お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第130話 緊急隊首会(二回目)

「脈、眼球運動、呼吸……諸々なし」

 

 藍染が生きているかをサッと確認しましたが、生活反応が全くありません。完全に死んでいます。

 

 ――これが鏡花水月の完全催眠、なんて凄い……

 

 今までも何回も騙されてきたんでしょうけど、自分で「あっ、これ完全催眠に騙されているんだ」と確信した状態で体験したのはこれが初めてです。

 しかも死体一つを偽装させるほどの精巧さですよ。

 これでも私、四番隊の隊長ですよ。医者ですよ。

 頭では別人だと理解して触れているのに、全然全くこれでもかってくらいに違和感がないです。

 これは騙されますよ。

 今だってうっかり「やっぱり本物なんじゃ?」って信じそうになったもの。

 

『これが未来の世界のバーチャルリアリティー技術でござるな……時間停止だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてないでござる……』

 

 はいはい、ジャンピエールジャンピエール。

 ……似たようなボケとツッコミ、前にもやったわね。

 

『ネタの引き出しは狭いし、鮮度も古いから仕方ないでござるよ』

 

「くっ! どこへ行った!?」

 

 簡単に検査してる一方で、逃げ出した夜一さんっぽい姿の相手を探すように砕蜂が右往左往していました。

 私もそれに参加したいのですが、無理なんですよね。

 

「う……あ……ぁ……」

「大丈夫!?」

 

 この部屋の中にはまだ、血まみれで倒れている隊士たちがいます。

 彼ら彼女らは全員深い刃傷を負っているものの、かろうじて生きています。最後の力を振り絞って「死にたくない、助けてくれ」と訴えかけるか細い悲鳴があちこちから聞こえてきます。

 

「気をしっかり持って! 目は見える? 私のことが分かる?」

「う、ぅ……ゆ、か……隊長……」

 

 この声を無視して、怪我人を見捨てて追いかけるなんて私にはできません。

 

 犯人はおそらくこれを見越して、全員をちょっぴり生かしていたんでしょうね。

 大怪我を負わせるもののちょっぴり生かしておき、それを発見させることで救護を強制させる。私が治療に時間を費やせば費やした分だけ逃走時間は稼げますし、安全に逃げられますから。

 

「砕蜂手伝って! このままじゃ全員死んじゃう!! まずは人を呼んできて!!」

「はっ!!」

 

 大慌てで治療しつつ指示を出します。

 彼女は私の言いつけに従い、部屋の外へと人を呼びに行きました。

 

「もう、しわ……け……」

「大丈夫、喋らないで。今は絶対に生きることだけを考えなさい」

 

 かなりの大怪我ですから、苦痛で心も自然と弱くなります。

 精神的に脆くなってしまうと生存確率も下がってしまうので、とにかく励ましつつ治療を進めますが――

 

「……時間との勝負ね」

 

 ――怪我人の数は多く、全員が重傷。全員を治療できるかと聞かれれば「かなり分の悪い賭けになる」というのが精一杯です。

 

「呼ばれて参りました! ……なっ!! なんだこれは!!」

「良いところに来てくれたわね! 手伝って!!」

「は、はっ!!」

 

 砕蜂が呼んでくれたのでしょう。部屋の外が騒がしくなって何人かの隊士たちが来てくれました。

 彼らに必死で指示を飛ばしつつ、治療を進めていきます。

 

 そんな野戦病院となった部屋の片隅で、黒猫がひっそりと姿を消すのが見えました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「事態は想像以上の結果となった」

 

 藍染が死んだことはあっという間に瀞霊廷中に伝わりました。

 隊長一人が殺されたというのは大問題です。

 この問題についてどう対処するか、そしてこれからどう動くかをとりまとめるため、緊急の隊首会が再び開催されました。

 

「これは未曾有の危機と呼んでも差し支えぬだろう」

 

 合計十二人の隊長が集まる中、総隊長はそう切り出してきました。

 

「諸君らも知っての通り、五番隊隊長 藍染惣右介は逝去した」

「……」

 

 隊長の誰かが息を呑んだようですね。悲しむような気配を感じられます。

 

「それだけでも大問題だが、下手人はよりにもよってあの四楓院夜一とのことじゃ」

「……っ!?」

 

 再び息を呑む声が。

 それと今度は先ほど以上に大きな動揺が感じられました。

 

「若い隊長の中には馴染みがない者もいるやもしれぬが、あやつは百年前に尸魂界(ソウルソサエティ)から姿を消しておる。今までどこで何をしておったのか詳細な行方は知れぬままじゃったが、突如現れたかと思えばこのような大罪を犯しおったわ」

「その情報、誤りは無いのでしょうか……?」

 

 白哉が念押しをするように口を挟んできました。

 夜一さんは彼が子供の頃に遊ばれた相手とはいえ、悪人ではないことは肌で感じているでしょうからね。突然「藍染を殺した」と言われても信じられるはずがありません。

 

「事実じゃ。隊首会の開催までに少々時間があったのでな、裏付けは既に済んでおる」

 

 各隊長が集まるまでにちょっと時間が掛かりましたからね。

 その空いた時間で総隊長に色々働かされましたよ。

 

「此度の藍染惣右介殺害、二番隊の砕蜂と四番隊の湯川が目撃しておるわ。再度問うぞ、お主らが見たのは四楓院夜一で相違ないか?」

「……はい」

「夜一様がこのようなことをするとは思えませぬが……ですがアレは、夜一様の姿を……していました……」

 

 私と砕蜂は当事者ですからね。そりゃ直接取り調べをされますよ。

 私たちはアレが本物の夜一さんではないと理解しています。理解しているんですけど、だからといって"黒にゃんこ"を「これが本物!」と公開するのは現時点で危険すぎます。

 百年前の容疑すら晴れていないわけですから、下手すれば「ルキアと一緒に処刑しちゃえ」みたいな展開に転がりかねません。

 

 ……え? なら「藍染が藍染を刺してました! 藍染は二人いました! 私たちこの目で見ました!!」みたいな証言をすればいいんじゃないかって?

 とんでもない。

 

「加えて、現場には他の隊士たちもおった。彼らは皆、四楓院夜一の兇刃に倒れておったが、湯川の回道によって全員が一命を取り留めた」

 

 苦労しました。すっごい生死が綱渡り状態で危なかったです。

 

「その中でも比較的軽傷だった者たちにも、同じ取り調べをしておる。その全員が口を揃えて言っておったわ。あれは四楓院夜一であったとな」

 

 これがあるわけですよ。

 別の目撃者がいたわけですから、私たちが下手に嘘をつくわけにもいきません。

 多分藍染は、私たち以外に目撃者を意図的に残そうとしていたと思います。

 だって一人だけ、怪我は大きく見えるけれど比較的軽傷だったのがいましたから。

 他の全員は死んでも良いけど、コイツだけは生き残って「犯人は夜一さんだ!」と言わせる為だけに、良い感じに傷を調整していたんでしょう。

 

「あれ? ねえ、確か山爺も藍染隊長たちと一緒にいなかったっけ? そこで取り押さえればよかったんじゃないの?」

「……その場にいればそうしておったわ」

 

 京楽隊長の質問に若干の苛立ちを含んだ返事がやってきました。

 

「その少し前に、四十六室に呼び出されておって留守じゃったわ。内容は"七番隊の四席が旅禍に倒された"ことに対する叱咤であったが、なんとも間の悪い……」

「む、それは……我が部下が申し訳ない」

 

 狛村隊長が「部下が先走ってごめんなさい」してる。

 まだ意地で顔は隠してるんだけど、耳をぺたーっとさせてる姿が目に浮かぶようだわ。

 ……かわいい。モフりたい。

 

「七番隊の四席ネェ……それ、今はどこに? もう死んだのかな?」

「部下の報告では四番隊にいるとのことだが……?」

「ええ、そうです。少し前のことですが収容しました」

「なるほど……」

 

 あ、涅隊長が悪い顔してる。

 でも藍染を除けば、負傷した隊士の中で一番席次が高いですからね。

 食指が動くのも無理はないか。

 

「つまりはこういうことかい? 偶然にも、現場にいたはずの隊長たちは席を外していた。残ったのは藍染と隊士たち数名のみ。そこへ四楓院夜一が現れ、彼らを殺害。だが偶然にも現場を湯川隊長たちに見られた、と?」

「…………」

 

 浮竹隊長ってば"わざと偶然にも"って言ってるわね。

 それって「何か意図的な裏があるんじゃないか!?」って言ってるようなものじゃない。

 京楽隊長も理解しているみたいで、したり顔をしつつも何も言わないし!

 

「せやけど、百年も前に姿を消したはずの隊長がなんで今更? しかもなんでこのタイミングで来たんやろ?」

「……復讐、ということは?」

 

 市丸の疑問に、東仙が口を挟んできました。

 おっとこれは面子的に考えても、茶番開始かな?

 

「どういうことで?」

「市丸隊長は知らぬだろうが、四楓院夜一は元十二番隊隊長の浦原喜助と親交が厚かった。だが浦原は過去に魂魄消失事件を引き起こした張本人、その浦原が尸魂界(ソウルソサエティ)への復讐のために動いたのではないか、と思っただけだ」

「なにッ!?」

 

 途端に場がざわつきました。

 

「そうか、東仙。お主は前隊長を……! す、すまぬ!」

「いや、いいよ狛村」

 

 ……なるほどね。

 かつて六車隊長の部下だった東仙です。

 裏事情を知らない人から見れば浦原は東仙の仇になります。その東仙がこの推論を口にするのは「前隊長の無念を晴らしたい」みたいに見えるわけで。

 

「大昔の犯罪者が、逆恨みで復讐しに来たって訳ですか? 怖いなぁ……」

 

 ついでに当時はまだ若かった市丸がこういう役回りをすることで、色々と煽るわけか。

 

「ってことは何か? そんな下らねぇ復讐のために巻き込まれて藍染は死んだのか?」

「さて、どうでしょう。注意すべきとは思いますが、それでも推測の域を出ておらず本当に浦原喜助が絡んでいるのか……どう思いますか、涅隊長?」

「フン……知らんネ。まあ、あの男なら出来るだろうとだけは言っておくヨ」

 

 十・十一・十二番隊隊長の流れるような会話ですね。

 

「可能性があるのなら話は早え。全員とっ捕まえて口を割らせりゃ済むことだ」

「……少し待たれよ日番谷隊長」

 

 なんかやたらと日番谷隊長がエキサイトしてるのよね。氷雪系の斬魄刀なんだからもっとクールに行きなさいよ。

 

「湯川隊長が恋次を連れて現世に行った際、強い霊力を持った人間たちがいたとのことだ。おそらくは彼らが旅禍の正体だろうが、彼らは利用されているだけかもしれぬ……四楓院夜一も含めてだがな」

「それがどうした朽木! 藍染が殺されたのは事実だ! そんな相手に情けを掛けろとでも言いたいのか!?」

「しかし……!!」

 

 白哉は多少なりとも一護たちの事を知ってるからね。

 それに夜一さんのことも含めて、穏便に行きたいと思っているみたいだけど。

 ……というかホント、どうしたの日番谷隊長は? 親の仇でも見つけたの? すごい噛みついてくる。

 

「やめい!」

 

 ざわついた場に総隊長の一喝が飛びました。

 

「まずは東仙。その意見、十分に一考に値するものと判断する。目的は不明なれど、各員は浦原喜助が背後にいるやもしれぬことを念頭に置き動くこと。場合によっては、かつての大鬼道長が動いているかもしれぬ」

 

 うーん、まあその判断は仕方ないわよね。

 そもそも浦原って夜一さんの推薦で隊長になったし。夜一さんは浦原と一緒のタイミングで姿を消しているし。

 それに握菱さんも同時に消えてるから、まだ姿を確認されていないけれど動いているって思うのも無理はないわね。

 

「続いて朽木白哉。旅禍たちが浦原に利用されているやもしれぬと危惧していたが、藍染殺害の裏にその旅禍たちが関係している可能性もある。よって旅禍たちを発見した場合、可能な限り捕獲、背後関係を調査せよ。同時に朽木ルキアの警備を強化する」

 

 こっちはなんとかなるわね。

 これなら一護たちが見つかっても殺されないで済みそう。

 

 ……色々と危ないのが何人かいるけれど。

 

 調査・解剖したいから「二・三人くらい構わんヨ。どうせ"可能な限り"なんだからネ」みたいに考えていたり。

 その気は無くても「あん、この程度の霊圧で死んだのか!? せっかく手加減してやったってのによ……」みたいな結果になりそうなのがいたり。

 

「それと諸君らが揃う少し前、四十六室より改めて命が下されておったのだ。隊長一人を欠く結果となったのは、事態を甘く見て不慣れな体制を強行したためとのこと。よってこれより体制を以前に戻し、儂が指揮を取る。同時に戦時特令を発動する。よいな?」

 

 よいな? と聞かれても「嫌です」とは言えませんよ。

 とはいえこれは藍染がこっちの動きに対応させてきたってことですかね。

 今まで通りの体制って微妙に各隊の連携が怪しいですから、藍染としてもつけ込みやすいんでしょうねきっと。

 

「それと先ほども言ったが、浦原喜助が糸を引いているやもしれぬ。その場合、瀞霊廷の地理についても明るいと――何らかの手段でこちらの動きを読んでいるとすら考えられる。これまで以上に用心するよう各隊士へ厳命するように」

 

 浦原さんならGPS完備のナビゲーションシステムとか用意して地理を補完させててもおかしくないですからねぇ……

 そういう注意を促すのも仕方ないか。

 

「最後に、湯川へ藍染惣右介の検死を依頼する」

「検死ですか……?」

「うむ、どんな些細なことでも良い。次に繋がる痕跡がないか調査せよ」

 

 とまあ、こんな感じで。

 緊急隊首会は終わりました。

 

 各部隊の隊長が解散して去って行きます――……ッ!!

 

 ……え、何今の……? 強い視線と敵意、悪意よね多分……? そんなのを感じたんだけど……どこから飛んで来たの!?

 隊長の誰かだとは思うけれど、全員が同じ方に歩いてるから分からないわ……

 

「湯川隊長、少し良いかな?」

「っ!! な、なんですか浮竹隊長?」

 

 驚いた……

 探ってる時に突然声を掛けられたものだから、もう少しで悲鳴を上げるところだったわ。

 

「あとで十三番隊まで来てもらえるだろうか? ああ、勿論検死が終わってからで構わないよ。結構時間が掛かるだろうから、明日に回してもらっても問題は無い」

「は、はあ……それは構いませんけど、一体何が……?」

「詳しいことは来てくれたら話す。すまないが頼んだよ、忘れないでくれ」

 

 ……浮竹隊長?

 何か私に用事があったみたいですけど、何かあったのかしら……?

 


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