「おらああぁぁっ!!」
「へっ!」
一角による一護君の稽古は、まだまだ続いていました。
十一番隊の特別地下室からは二人の喧騒と剣戟の音がうるさいくらいに響いています。
巨大な刀なのにその重さを感じさせないほど軽々と操り続ける一護君の攻めと、片手に刀を片手に鞘を持って攻め続ける一角。
刃と刃の激しい応酬が続きます。
一見すれば互角の戦い――ですが当人たちは、否応なしに感じていました。互角に見える流れが、一方へ向けてじわじわと傾きつつあるのを。
「くそっ!!」
「らぁっ!!」
焦りを感じた一方が強烈な一撃を放ち、それに釣られたかのようにもう一方も大ぶりな一撃を放ちました。
同時に放たれた斬撃は、それぞれがそれぞれの相手の身体を切り裂きます。
「がぁぁっ!」
「ぐうぅっ!」
互いに痛みで声を上げながら地面へと膝をつきました。
どうやら、勝負ありのようです。
勝負ありということで剣を振るう手は一旦止まりました。止まりましたが――
「……ちっ。本当、嫌になるぜ……もうここまで追いついて来てんのかよ……」
「そりゃ、こっちの、セリフだ、一角……」
それでも流れ出る血も痛みも意に介していないようにすっと身体を起こす一角と、身体を動かすことも出来ずに座り込んだまま、呼吸を乱している一護君。
結果こそなんとか引き分けに持ち込めましたが、それでも両者の間にはまだまだ高い高い壁があったようです。
なによりも……
「テメェ、始解、まだ……使っ……ね……ぇ……」
「あー、いいからもう喋んな。おーい山田、治してやれ」
そう。
なんとか引き分けに持ち込むことこそ出来ましたが、それはまだまだ大幅な譲歩をされているという前提の上です。
一角という強者との戦いの経験と、剣八さんに無茶苦茶乱暴にたたき起こされた事もあって、霊圧はどんどん上がっていく一護君でしたが、それでもまだまだ一角の始解を引きずり出すことすら出来ないようです。
「……ん? おい、山田?」
「…………」
「……山田隊士?」
「ッ!! は、はいぃっ! ねてません、ぼくねてませんから!!」
一角の呼びかけと卯ノ花さんの
「くぁ……んー……っ……」
「…………」
少し離れた所では剣八さんにもたれかかりながら、やちるちゃんが船を漕いでいます。
二人の戦いは、今日一日で既に十回以上も繰り広げられていました。
ですがそれだけやってもまだまだ一護君は一角に届かないようで、その都度怪我を負っては花太郎君が治しているわけで。そんなことを繰り返せば、花太郎君だって疲弊してしまうわけなのですが……
でも仕方ないですよね。
恨むのなら一護君と空鶴さん――に捕まった自分を恨みましょう。
「山田隊士も頑張っていますが、今ひとつですね……やはり、
そう呟いていますが、卯ノ花さん? 流石にこれは一般的に見れば疲れてぶっ倒れても仕方ないレベルですよ? それに教育というのなら
「……なにか?」
いいえ全く何にも全然問題ありません全部あのツインテールが悪いんです。
「それに黒崎さんも、伸びてはいますがこのままでは……」
花太郎君もそうですが、どうやらそれ以上に卯ノ花さんは一護君の成長ぶりが気になっているようです。既に半日ほど経過しているというのに自分が見立てた強さまで登っていないのがご不満のご様子です。
卯ノ花さんの見立てでは一護君は原石であり、もっと伸びると思っていたのですが……
「見込み違い、だったのでしょうか……?」
いえいえ決して見込み違いではありませんよ、むしろ一護君はよくやっています。
ただ今回の場合は、何より時間が無いわけですから。
一護君の目的を果たすためには一秒でも早く、そしてわずかでもより強くするべきであり、そういう意味ではまだまだお眼鏡に適わないようです。
なにか別の一手を打つべきなのかもしれない、と考え始めていたときです。
「おーおー、やられてんな一護」
「ん? お前、恋次! なんでここに……!?」
「ああっ、動かないで下さいよ! まだ傷が……」
「あだだだだだ!!
座り込んで治療を受けていた一護君の元へ恋次君が姿を現しました。
突然の来訪者に驚いて反射的に立ち上がろうとしたところ、治療中の傷口が開いて悶え苦しみます。
「寝てろ寝てろ。斑目さんが相手だろ? こっぴどくやられんのも当然だ」
「ぐ、くそ……」
痛みに苦しむ一護君の姿を恋次君は、にやにやと笑っています。それを見たことで一護君の機嫌は、どうやらもう少しだけ悪くなったようです。
「何しに来たんだよ……」
「何ってまあ、手伝いだな……それと、一言詫びにも来た」
「……詫び?」
意外な言葉に驚いていると、恋次君は深々と頭を下げました。
「現世でのことは、すまなかった」
「お、おう……まあ、なんだ……そっちの事情も浮竹さんや海燕さんから聞いてるからよ。そんなに気にしないでくれ」
「悪いな、そう言ってもらえるとこっちも助かる」
と、このように。一通りの謝罪と交流が済んだところで。
一護君にはまだもう一人、顔を合わせなければならない相手が残っています。
「それと、隊長も一言お前に言いたいそうだ」
「隊長?」
そう言うと、今まで後ろに控えていた白哉君が恋次君と入れ替わるように前に出ます。
「黒崎一護、で相違ないか? お初にお目に掛かる。六番隊隊長、朽木白哉という」
「お、おう……」
突然現れた、格好・立ち振る舞い・雰囲気に至るまでが、いかにも"貴族です。上流階級です"といった白哉君の存在感に、どちらかと言えば一般庶民の一護君はたじたじです。
「妹が世話になったことで、礼を言いに来た」
「妹……? あ、朽木……っ!? え、じゃあまさか、あんたルキアの兄貴かよ……!!」
そんな相手が頭を下げたことと、妹というワードから関係性に気付いた一護君。どうやら奇跡的に、今まで白哉君の存在についてはスルーされていた様です。
「……あんま似てねぇな」
「そりゃルキアとは義理の
「ふーん……」
納得してるけど一護君? キミも妹が二人いるお兄ちゃんだぞ?
でもどっちもそんなにお兄ちゃんには似てないんじゃない? まあ、妹の
「それと黒崎一護。
「ん? なんだ?」
「ルキアのことだ……まさかとは思うが、手を出してはおらぬだろうな?」
「は……?」
「た、隊長……?」
治療のために座っている一護君と目線の高さを合わせるために白哉君もしゃがみ、かと思えばそんなことを言ってきました。
一瞬何のことか分からなかった一護君でしたが、それに構わず白哉君は相手の肩を掴んでヒートアップしていきます。
「ルキアとはこの数ヶ月、寝食を共にしていたと聞く! 交際関係にも至っていない男女が同じ屋根の下でという時点で大問題だが、緊急事態故にそこには目を瞑ろう! ルキアは世話になった恩は確かにあるが、よもやその恩を盾に関係を迫ったりしておらぬだろうな!!」
「ちょっ、おい!」
「隊長!? 隊長、やめてくださいって!! こっちまで恥ずかしいですから!!」
「何を言うか恋次! お前も気にはならぬのか!? 信頼せぬわけではないが、本人の口からも確証が欲しいのだ!」
「してねぇ! なんもしてねえよ! 少なくともアンタが心配するようなことは何一つやっちゃいねえよ!!」
「大丈夫ですって! コイツがそんなド畜生だったらルキアの様子はもっと落ち込んでますから! それにほら、俺がその辺はもう確認しましたから!!」
どうやら白哉君の"よそ行きの仮面"が外れて、ぽんこつモードが顔を出したようです。
でもしかたないよね。ルキアちゃんってば、緋真さんと顔が似てるんだもの。こういうのって自分を基準で考えがちだから。
そうでなくてもお兄ちゃんは心配性だから。妹のことを考えちゃうから。
あとこの瞬間、一護君の中で白哉君の評価が色々変わりました。
具体的に言うと"偉そうでとっつきにくく見えるけど、実は凄く親しみやすくて良い奴"って感じでしょうか。あと、家族想いだというのも高ポイントでした。
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「しかしおめえら、よく俺がここにいるってわかったな」
「先生、ってもわかんねえよな……湯川隊長に聞いたんだよ」
さて先ほどの馬鹿騒ぎも終わりまして。話は真面目モードに切り替わっています。
「またあの人か……つーかあの人、めちゃめちゃ動いてんのな」
「それは……おそらくは私の所為だろう……」
また
「湯川殿には緋真を……我が妻の命を救っていただいた恩と、ルキアと巡り合わせていただいた恩がある。そして私がルキアを捕縛せよという命を受けた際にも、湯川殿は快くお引き受けくださった。その縁と責から、誰よりも率先して動いて下さるのだろうな……本来ならば私自身が誰よりも先んじて動かねばならぬというのに……」
そう恩義に感じる白哉君でした。
まあ真相は「織姫ちゃんのおっぱい」と「ハリベルさんのおっぱい」につなげる為に頑張っているだけであって、一護君辺りはその副産物みたいなものなんですけどね。
知らぬが仏とはよく言ったものです。
「そう感じた故に、今日はここまで出向かせて貰った。黒崎一護、
「夜一さん!?」
白哉君は夜一さんを取り出しました……前話で話題にしていたように、袖の袂から。
「こら白哉! もっと丁寧に扱わんか!」
「知らんな。それよりも袂が抜け毛で汚れたぞ? 責を取ってもらおうか」
「ふん! そんなもんは後で熨斗を付けて返してやるわい!」
「ああ、待っておこう。期待は一切しておらぬがな」
軽口をたたき合うという、なかなかどうして珍しい光景です。
「あら四楓院隊長。お久しぶりです」
「む! 卯ノ花か」
「やっぱり夜一さん、卯ノ花さんと知り合いなのか」
「ええ、まあ。昔のよしみですよ。それよりも皆さん、黒崎さんにご協力くださるということで良いのでしょうか?」
「ええまあ、そういう事っス」
恋次君が頷くと、卯ノ花さんはにっこりと微笑みます。
「丁度よかった。猫の手も借りたいところだったんですよ」
「
さてすっかり傷も回復した一護君。
卯ノ花さんの計らいで、今度は恋次君とのお稽古です。どうやら色んな相手から、色んな刺激を受けた方が良いだろうと判断したようですね。
「それがお前の始解かよ……!」
「ああ、カッコいいだろ?」
その目論見はどうやらあたったようで。
刀身に幾つもの節を持つ形状へと変化した恋次君の斬魄刀に、どうやら一護君は興味津々のご様子です。
そして同時に、始解した死神から漂ってくる手強さが嫌と言うほど叩き付けられていました。
「現世でやり合ったときには見られなかったからな……! けどよっ!!」
とはいえ一護君も、ここで無意味に一角に負け続けていたわけではありません。
臆せずに剣を構えると、恋次君に向かっていきました。
「斬月の方がもっとカッコいいぜ」
「それがお前の斬魄刀の名前かよ? なかなかイカすじゃねえか……蛇尾丸には及ばねえけどな!!」
とはいえそこは初めて見る斬魄刀です。
蛇尾丸は刀身が自在に伸び縮みする――いわゆる蛇腹剣の特徴を持っています。そのため恋次君の間合いは近距離から中距離までに及び、イマイチ攻めきれません。
一角とはまた違う、距離を選ばぬ戦い方に苦戦させられます。
それでもなんとか接近に成功したものの――
「わざわざありがとよ!」
「いいっ!?」
――容易に迎撃されました。
中距離戦も得意ですが、接近戦はもっと得意な恋次君。伸ばした蛇尾丸を引き戻した際の隙への対処法の五つや
これはこれで良い刺激と経験になっているのですが……
「阿散井副隊長!!」
ダメ押しとばかりに、卯ノ花さんが叫びます。
「せっかくの機会です。黒崎さんにもう一歩先を体験させてあげてください」
「もう一歩先……って! まさか!? いいんですか!?」
それだけで"何をさせたいのか"を理解した恋次君。
ですが一護君にはさっぱりです。
「あ? 先……? なんだそりゃ……?」
「ええ、構いませんよ。そのくらいの刺激は必要でしょうから。それに……阿散井副隊長は使えるんでしょう?」
「はぁ……敵わねえっスねぇ……」
喧伝した覚えはないのに見抜かれていることに軽い恐怖を覚えつつ、恋次君は一護君へ剣を向けます。
「おい一護! 見て驚けよ! 腰を抜かしても構わねえし、こればかりは逃げても笑わねえからよ!! ……卍解!
「ば……卍解……?」
未だに始解までしか教えられていなかった一護君、卍解という聞いたこともない言葉と斬魄刀の変化に度肝を抜かれています。
しかも卍解したことで霊圧は何倍にも膨れ上がっています。
さらにさらに! なんと一護君、今まで"現世に行く際には隊長・副隊長は
「おーよ! これが斬魄刀の真の姿だ!」
「な、なんだよこれ……」
この限定霊印は「副隊長以上は霊圧が高すぎて現世の霊などに影響を及ぼすから」ということで刻まれるもので、付けると霊力を本来の二割に抑制します。
なお印は各隊の隊章を模したデザインというオシャレさもあったりしますが、それはさておくとして。
「こんなのに、勝てるわけねぇ……」
今の恋次君は限定解除状態に加えて卍解です。
よって一護君からすれば「限定解除で五倍! さらに卍解で(最低でも)五倍! お前の知る二十五倍の霊圧だ!!」と感じているわけです。
そんなの「勝てるわけないよぉ……」と思っても無理はありません。
「いくぞ一護! こっちも全力で手加減してやっからな!!」
「あ……ああああああああああああああああぁぁぁぁっ!!!!」
卍解により骨だけの大蛇のような形状へと変貌した斬魄刀が一護君へと襲いかかります。
ですがこれはあくまで稽古、殺し合いではありません。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ!!」
狒狒王蛇尾丸は一護君をわずかに掠めただけに終わりました。とはいえ、その掠った一撃ですら、一護君にとっては魂魄を磨り潰されんばかりの衝撃だったわけですが。
知らない人が見たら「着衣で泳いだのかな?」と思わんばかりに全身をびっしょりと汗で濡らしていて、呼吸と動悸が一向に静まりません。
我らが主人公がそんな臨死体験をしている一方で――
「おっ! なんだ阿散井! テメエも随分強くなったみてえじゃねえか!!」
「ざ、更木隊ちょ――副隊長!?」
「それが終わったら少し遊ぼうぜ! なに、同じ副隊長同士なんだ! 遠慮はいらねえ!!」
今まで退屈だったおかげか、もの凄い食いついてくる剣八さんの姿がありました。
「
ですが、一護君の苦難はまだ終わりません。だって協力者はもう一人いるんですから。
「こんどは オラが やる!」とばかりに選手交代、白哉君が相手となりました。
強者特有の余裕たっぷり悠々とした姿は、先ほど刻み込まれた"卍解ショック"もあって一護君を恐れさせるのに十分でした。
「安心しろ、黒崎一護。私は卍解は使わん」
「何……?」
千本桜の能力は、刀身を目に見えないほど細かく分裂させるというものです。
無数に枝分かれした細かな刃の一枚一枚が光を反射することで、まるで桜吹雪が舞い散っているかのような幻想的な光景が広がっています。
「
刀身が消えて、柄と鍔だけとなった斬魄刀を軽く振るいます。千本桜の刃たちは主の命に従って、一護君へと襲いかかりました。
「なっ……!?」
「――始解といえど、極めた者はここまで戦えるということだ」
無数の刃はその全てが、一護君に一滴の血も流させることなく、薄皮だけを切り裂いていました。
……死覇装にも一切の傷を付けることなく。
「う、嘘だろ……?」
「無論、こんなものは実戦では役に立たぬ大道芸に過ぎぬ。だが、極めてわかりやすいはずだ」
皮膚の皮一枚だけを斬られたむず痒い感覚に全身を包まれながら、けれど一護君の心はゾッとするほど冷え込んでいました。
厳密に言えば、一護君は
ですが本人からしても、アレを戦闘とは呼べません。だって歯牙にも掛けられず、一方的にやられただけですからね。
卍解だけなら、先ほど恋次君に見せて貰いました。
ですが卍解を使える者が隊長なのではありません。隊長として副隊長以下全員の隊士たち全員を率い、命を背負うという覚悟が伴って初めて隊長としての格が産まれるのです。
「いくぞ」
「う、うわああああああああぁぁっ!!」
真の意味での、隊長との初めての戦いが始まりました。
「なるほど……まさか藍染隊長はそんな能力を持っていたんですね。あの死体には疑問が残っていましたが、これで心のつかえが取れました」
「いや、儂としては遺体を怪しいと思った時点でお主らも十分おかしいのじゃが……」
一護君が色々と大変な頃、夜一さんと卯ノ花さんは思うところがあったようでお話中でした。
「となると四十六室の件も?」
「儂が知る限りじゃが、あやつらなら"このような状況であろうと実施する!
「ええ、確かに」
そう確認しあったところで、卯ノ花さんが視線を動かしました。
「……あら? そろそろ黒崎さんが危険ですね。それにどうやら山田隊士も限界みたいですし……お話の途中で申し訳ありませんが、仕方ありません。私が対応してきます」
「う、うむ……」
二人が話し合いをしていたその横では、とうとう精魂尽き果てて死んだように眠っている花太郎君がいました。
●一護フルボッコ(だが霊圧は超上昇中)
一角:始解なし、手加減されてる
恋次:卍解を見せる
白哉:始解だけだが、隊長格の恐ろしさをたたき込む
剣八:恋次も白哉も結構楽しそう。斬り合ってみたい。
●限定霊印
説明通りなら、隊長・副隊長しか付けない。
一角は……?