夕べは結局、日が沈むまで剣八と斬り合いをする羽目になりました。
それどころか興が乗った卯ノ花隊長まで参戦しました。一角も殴り込んで来ました。三つ巴ならぬ四つ巴で、全身ボロボロにされました。
全部終わって帰る時、一護が「違いが凄すぎてよく分からなかった。けど、見て損はなかった」と言ってくれました。
いやいや、あなた……何を言ってるのよ……?
というか見たからこそ、こっちも危機感を煽られるんですよ。逆に言うと「あれくらい力を持っていないと危険なんじゃ?」って思ってしまって。
でもやっぱり慣れないことはするもんじゃないわね。
「うーん……流石に昨日の今日じゃまだちょっとキツいわねぇ……」
昨日と一番違う点は「これは余計なことじゃない、誰だってお腹が減るんだ」と自分に言い聞かせてることくらいですね。
身体的には正常でも、精神的にはちょっと重く沈んでいるのを感じつつ、昨日に引き続き今日も差し入れのお弁当作りに励んでいます。
『過干渉は厳禁でござる!! 身をもって知らされたでござる!! いわゆる"わからせ"でござるよ!!』
何度も言うけどこれは余計なことじゃないから! 食べるのも修行なんだから!
「確か、昨日から卍解の修行もするって言ってたから……となると消費も多くなってそうだし、味付けは少し濃いめくらいが良いわよね……じゃあ……――」
「あの先生!」
おむすびを握っていたときに、声を掛けられました。
あら? この声は……
「ボ、ボクもお手伝いさせて下さい!」
振り返ればそこには、予想通り吉良君がいました。
どうやら手伝う気が満々らしく、すでにエプロンと三角巾を付けて準備万全の姿です。
でもこの子、今日は確か休憩日の予定のはずだったんだけど……休まないで平気?
「手伝ってくれるのは嬉しいけど……でもいいの? これを誰が食べるのか、想像は付いているんでしょう?」
「……はい。でも、それでもボクは……どうか……」
なんでそんなに必死になってるのかしら? やることはただの料理なのよ? 四番隊の炊事業務と変わらないのよ?
「そう、ありがとね吉良君。それじゃあまず、野菜の下ごしらえからお願いしていいかしら?」
「わかりました!」
そう言うと彼は、近くにあった包丁を手に取りました。
本当、やる気満々ねぇ……
「量が多いけど気をつけてね。特に大きさは、揃えるように注意して」
「はい!」
「あと手は切らないように注意してね。でも切ったらちゃんと言って、処置するから」
こうやって吉良君に指導するのって、なんだか懐かしいですねぇ……
この子は――桃もそうでしたけど――優秀ですぐに席官まで上がっちゃって、お料理とかお裁縫とかはあんまり経験しなかったんですよ。
だからでしょうかね? 手つきがどこか危なっかしく感じます。
「……あ、それは逆に大きさを不均一にするの。そうすると食感が変わって面白いのよ」
「え、そうなんですか?」
「単調にならないように、ちょっとだけ……ね?」
時折そんな会話をしつつ、料理は進んでいきます。
昨日の彼らの食べっぷりを見たときも思いましたが、今日は昨日より大量に作る予定だったので、正直に言ってお手伝いが増えるのは嬉しいです。
「あ、そういえば吉良君。阿散井君の話って聞いた?」
「え……いえ、多分聞いてないと思いますけど……何の話ですか?」
「阿散井君がルキアさんに告白したって話」
「……え!?」
――ざくっ!
いえ、実際にはそんな音はしませんが。動揺したんでしょうね。
そんな音が鳴ったと錯覚するくらい、吉良君は思い切り手を切っていました。
「ああああぁぁぁっ!!」
「あーもう! だから気をつけてって言ったのに! ほら、貸して」
うわ、結構ざっくり行ってる!
さっと消毒して、治療して、はいおしまい。
マンガだったらこう、切ったところを咥えたり舐めたりするシーンなんだけどね。こう、指をパクッとやって「んむっ」とか小さく喘いで、相手が顔を真っ赤にしたりするのが王道なんだろうけどね。
『ヒロインムーブでござるな! やはりここは絵的にも指をぺろぺろするべきでござるよ!! いや、ですが吉良殿からすれば
それ、もう完全に違う意味になってるわよね?
だって回道で治せちゃうから舐める必要が無いのよ。
それに自分で舐めるならまだしも、他人が舐めるのはちょっと……立場的にも変な細菌を感染させるような真似は出来ません。
『それが許されるのは布団の中だけ……』
お黙んなさい!
「あ……先生、ありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
傷口の処置も終わったので、料理を再開します。
そして、先ほど一瞬だけ赤く染まってしまった阿散井君とルキアさんのことについて、続きを話してあげました。
とは言っても簡単に馴れ初めを説明しただけなんですけどね。
「そうですか……阿散井君が」
「だから、なんとかしてあげたいのよね。二人は吉良君とも同期だし、できるだけ協力してあげてね」
「……はい」
そういえば藍染は、何かを仕掛けてくるんでしょうか?
今の所は小康状態ですが、これが長く続くのもそれはそれで相手にとっては面白くなさそうですし……
昨日は丸一日なんにも動きがなかったわけですが、これは逆に「嵐の前の静けさ」や「何かを仕掛けるための準備段階」のようにも取れるわけです。
うーん……考えられることがあるとすれば……
あ! 危ない危ない、魚を蒸しすぎてパサパサにしちゃうところだったわ。
料理中に余計なことを考えるのは駄目ね。
一通り終わってからにしましょう。
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「あいりんのお料理が二日続けて……! しあわせー!!」
「ええい! 食事は行儀良く、しっかり味わって食べろ! まったく美しくない!!」
昨日に引き続いて今日もお弁当を差し入れに十一番隊まで来ました。
昨日に引き続いてなので、もう向こうは勝手が分かってると言いますか……差し入れに顔を出した瞬間、草鹿三席が重箱を強奪して食べ始めました。
それはもう凄い動きでしたよ。気がついたら取られてましたから。
そんな草鹿三席に苛立ちをぶつけているのは、綾瀬川五席です。
昨日はいなかったんですけど、今日は顔を出していますね。一角もいれば隊長副隊長もいるわけですから、考えてみればいても不思議ではないです。
「なんの騒ぎだ……? おっ、今日もかよ! ありがてぇ……って勝手に食うな草鹿! 俺も食う!!」
「儂も貰うぞ! いい加減、腹が減っておったんじゃ!」
「ごはん……隊長の、ごはん……」
「湯川さんの料理か……また今日も有料とか言わないよな?」
なんともまあ……
『ですがこうも歓迎されると、やはり作り手側は悪い気はせんでござるなぁ!!』
卯ノ花隊長たちも集まって
「今日はもう有料とかケチなことは言わないから、ほら黒崎君も思う存分食べてね」
「本当だよな? 信じて良いんだよな?」
一護に疑われています。もう昨日みたいなことしないってば。
「お口に合うかしら?」
「色々と思うところはあるが、料理の腕前は美しいと認めている」
「そ、そうなの……? ありがとう……」
綾瀬川五席に面と向かって褒められたのって初めてかもしれないわね。
「今日は一段と量がありますね」
「もう少し辛い物が欲しいんだが、ねえのか
「ごめんね。一応、黒崎君が好きそうなのを中心にしてるから。それと昨日の食べっぷりから、もっと量が多くても平気だと思って。吉良君にも手伝ってもらいました」
「あ……どうも……」
今日は量が多かったので吉良君も一緒に十一番隊まで運んでくれました。お料理の手伝いも込めて、あとで何かお礼をしないと駄目よね。
あんまり絡まない人たちが多いせいか、吉良君ってば今日は一段と大人しいわね。
「あいりんのお料理がお腹いっぱい、まだ食べられる! キミもありがとうね!」
「いえ、そんな……」
吉良君が草鹿三席に完全に圧倒されてます。
「吉良君もお腹減ったでしょ? 一緒に食べましょう?」
ほら、山田七席なんて物も言わずに食べてるわよ。
『昨日のゾンビ状態が健康的と思えるような憔悴っぷりでござるな……花太郎殿はここで限界まで詰め込まないと明日が拝めないと無意識に悟っているようでござる……』
さ、流石に交代させた方がいいかしら?
「そういえば、黒崎君の成長度合いはどうですか?」
「昨日、少し手を合わせたが……まあまあだな」
なんとなく聞いてみたところ、更木副隊長が返事をしてくれました。
……え!?
「更木副隊長と戦ったの!?」
「ああ……手加減されてるのが丸わかりだったのに、それでもまるで歯が立たなかったぜ……生きた心地がしなかった……」
その時の様子を思い出したんでしょうね。一護が身震いしています。
「そういえば、私も少しだけですが手合わせしました」
……は? マジで? 卯ノ花隊長とも?
「く、黒崎君……大丈夫だったの……?」
「…………あぁ」
へ、返事がない……目が死んでる……更木副隊長の時にはまだ恐怖があったのに……
吉良君まで「え、何コイツ……? マジで二人と戦ったの……?」って顔してる。
「まさか、綾瀬川五席も黒崎君の相手を?」
「……ふっ」
「カッコつけてんなよ」
あ、もういいです。一角のその言葉でなんとなくわかったから。
直接斬り合いするタイプじゃないからねぇ……始解すればまた話は違うんでしょうけど。
「ところで夜一さん……隊長たちとの戦い、止めなかったんですか? まだ時期尚早だと思うんですけど……」
「斬魄刀ではなく、木刀だったのでな。死ぬことはなかろうと思っていたのじゃが……」
木刀……ああ! 更木隊長時代から愛用していた"硬くて壊れない木刀"ですね。私もあれでよくぶっ叩かれました。凄く痛かったです。
確かに、死ぬことはないですけど……見誤りましたね?
「ば、卍解修行の方は……?」
「少々特殊な方法を用いて、昨日から行っておる。じゃが、芳しいとは言えぬな」
特殊な方法? 具象化と屈服の手助けになる便利アイテムの――転神体とかいう道具を使ってるんですかね?
でも確かそれって、日数に期限があったような……
どっちにしても、一護の身体はボロボロよね。仕方ない、もう一肌脱ぎますか。
「黒崎君、ちょっといい?」
「あん? どうしたんだ湯川さ……――って、うおおっ!?」
一護が驚きの声を上げました。
何もそこまで驚かなくてもいいでしょう?
「ななな何してんだよ!?」
「何って、診察よ。どうも少し念入りにしておいた方が良さそうだから」
直接肌を見たいからちょっと着ている服を脱がせただけなのに、大袈裟よね。
どれどれ……? と、そのまま顔を胸元に埋めるくらい近付けながら傷や筋肉・骨の具合などを入念にチェックしていきます。
こんなことなら、診察用の道具も持ってくればよかったわ。
診察の間、一護は大人しくしててくれました。ただ、無駄に全身に力を入れているのは止めて欲しいなぁ……
んー……ここも治療、こっちもね。あら? ここなんて、応急処置程度じゃない。
「おおう……そ、そうだ湯川さん! 井上たちはどうしてる!?」
治療中の無言に耐えかねたのか、必死でそんなことを聞いてきました。
「織姫さんたち? 名目上は旅禍だから牢には入れているけれど、それ以外は可能な限り不自由のないように気を遣ってるわ」
「そっか……ってことは、あいつらも修行してんのか?」
……そうか。そうよね。
織姫さんたちも鍛えていいのよね。どうも「一護だけが滅茶苦茶修行する」って固定観念に囚われすぎていたわね。
「あ、でも石田君は……」
「石田が!? アイツ、どうかしたのか!?」
「ええ、実は……」
隠しても仕方ないので、霊力が消えたことを伝えました。
「……くそっ! 石田のやつ! カッコ付けすぎなんだよ……!!」
あ、一護の霊圧がちょっと上がったわ。
こんなのでも強くなれるのね……羨ましい……
お食事と治療も終わったので、私たちは十一番隊を後にしました。今日は更木副隊長との斬り合いはお休みで、そのまま四番隊に戻る予定です。
更木副隊長との戦いを連日続けていると隊の業務も回らなくなりそうだし、あと織姫さんたちも少しでも鍛えてあげたいからね。
なので丁重にお断りしておきました。
……その分、明日の差し入れに注文を付けられましたけど。
なんと「甘い物を多めに入れろ」でした。
でもそれを言ったときに一瞬だけ草鹿三席を見ていましたから……優しいですね。
「今日は手伝ってくれて、本当にありがとうね吉良君」
「いえ……そんな……そんなことは……」
私が先を、吉良君はその後を着いて来ているので顔は見えません。ですが後ろから聞こえてきたのは沈んだ声のトーンと、歯切れの悪い言葉でした。
「あ、そうそう。言わなくても分かってるかも知れないけれど」
なので振り返って直接顔を合わせて、元気づけるように笑顔を浮かべます。
「今日のことは秘密ね?」
「へぇ……一体何が秘密なんだ?」
吉良君の隣には、日番谷隊長がいました。
●織姫たちの修行をするなら
石田:今は霊力消えてるから無理。やる必要がない。
茶渡:拳からビームを放つ関係上、広くて堅固な場所が必要そう。
織姫:盾と治療だけなら狭くても平気。むしろヒーラーは何人いてもいい。
……よし、織姫につきっきりで修行できる。
●133cmと185cm(某隊長と某隊長の身長)
??「声はすれども姿は見えず……あ、下にいたのね」
???「テメェ……いい度胸だ……」