……なう、とかもう古い言い回しよね。誰も使ってないってば。
というわけで現在は絶賛で護送され中です。
何があったかと言いますと――
「失礼」
差し出した両手の手首に、鈍い音を立てながら手錠が嵌められました。
「手錠って初めて嵌めたけど、案外重いのね」
私は軽く腕を動かして、手錠の具合を確かめます。
手錠って初めて掛けられたけど、こんな感じなのね。少し横に引っ張ってみたけど、なかなか硬くて外れなさそう。
でも拘束プレイみたいでちょっとだけドキドキするわ……
「当然です。湯川隊長も、この手錠についてはご存じでしょう?」
そう言ってくるのは、隠密機動の隊員です。
多分、
彼らは、私が降参の意思を示した後で現れた隊員たちです。
人数は十名ほどですが、状況から推測すると砕蜂に話を通さずに市丸たちだけで無理矢理に引っ張ってきた隊員ってところかしら? 緊急事態だから上への報告を後回し、とか、報告についてはこっちでやっておくから、みたいなことを言って連れてきたんだと思います。
「そうね。話としては聞いていたけれど」
そしてこの手錠は罪人を牢へと閉じ込める際に使うものでして、通常の手錠と同じように短い鎖で両手首を結ばれているので自由に動かせないのは勿論、なんと霊圧を封じる効果まであります。
この効果のおかげで、霊圧の高い犯罪者でも安全に収監させられるわけです。
だって霊圧を自在に操れたら、そのまま力尽くなり鬼道を使うなりで簡単に脱獄できちゃいますからね。
基本的にこの手錠――というか霊圧を封じる機能を持った拘束具――は投獄された者ならば誰でも付けられます。
織姫さんたちも当然ながら、この霊圧を封じる手錠を……
あっ! いっけなーい!! そんな封印とか全然してなかったわー♪
私ってば超うっかりさん!
これじゃあ万が一の時に逃げられても仕方ないわよねー♪ てへりんこ♪
……うん。
いざというときには自力で逃げられるし、桃が全面協力してくれそうだから、ある意味あの子たちの安全は問題ないわね。
「それと、はい。私の斬魄刀も渡しておきます」
「お預かりします」
「触らないで!」
腰から鞘ごと斬魄刀を引き抜いたところで、隊員の一人が受け取ろうとしました。が、私はそれを強い口調で否定します。
「な、なにをっ!?」
「勘違いしないでください、預けないとは言ってません。ただこれは、狛村隊長。あなたにお預けします」
「む……儂に、か……?」
刃物を相手に渡すときのお約束は、刃の方を自分で持って柄の方は相手に向けること。
なので私もそれに倣い、狛村隊長へと斬魄刀を差し出します。
「はい。狛村隊長は、最も義と信に厚い方だと信じていますので」
「むぅ……」
困ったようなうなり声を上げつつも、そう言われて悪い気はしないのでしょうね。
ゆっくりとではありますが、斬魄刀を受け取ってもらえました。
「なんや、酷いなぁ。隠密機動が信用でけへんの?」
「狛村隊長なら最も信用できる、そう思っただけですから」
「ふーん……そうなんか……」
市丸が何やら糸目を意味深に歪めています。
けどだって、市丸や東仙には渡せないでしょう?
死神にとって斬魄刀は相棒です。渡すなら信頼出来る相手じゃないと。
「それと、隊首羽織も……あ、死覇装も脱いだ方がいいですか?」
「なななななっ!?」
「い、いやいや! 斬魄刀だけで構わぬ! 儂が確かに受け取った! それにもう手枷を付けているのだ! 隊首羽織を脱ぐのも手間であろう!?」
ついでなので纏っている物も脱ごうとすると、周りからもの凄い勢いで止められました。
それに、そう言われればそうですね。手錠付きじゃ服を脱ぐのも一苦労です。
一瞬ストリップを見れるのではと期待したような声を上げた隊員の子と、慌てて止めに入った狛村隊長が可愛かったです。
「下品な……」
東仙がボソッと、そんなことを呟いてきましたが……恭順を示すならこのくらいやってもいいでしょう?
「なんや、湯川隊長は案外おもろかったんやね」
市丸がまた……って、あら?
「それにしても吉良クン、残念やったね。同じ四番隊やのに、狛村隊長の方が信頼されてるんやて」
「…………」
ああっ! また吉良君が落ち込んでる! さっきのがドン底だと思ったのに、まだ二番底があったのね!!
な、何か声を掛けた方が良いわよね!? でもなんて言えばいいの!?
――モフモフが気持ちよかったら狛村隊長に渡したの。
いやいや、これじゃ駄目! えーっと……
――市丸と一緒だと吉良君、凄く信用できなくて。
って、トドメを刺してどうするのよ!! そうじゃない、そうじゃなくて!
「では湯川隊長の移送を始めます。本来ならば牢へと収監されるのですが、今回は四十六室からの特命もあり、中央議事堂へと向かいます」
ええっ! もう時間切れ!? もうちょっと時間を! 延長を! アディショナルタイムを!!
ああっ! 日番谷が「とっとと連れて行け!」みたいな目をしてるわ!!
「ま、待って下さい!」
「吉良三席、どうしました?」
「僕も! 移送に僕も参加します!」
あらら。
突然、大胆なことを言ってきたわね。
「し、しかしそれは……!」
「ええやん、行かせたりよ」
「市丸隊長……ですが……」
「吉良クンは自分の所の隊長さんを捕まえるのに協力してん、もう覚悟は出来とるやろ。それに、これが最後かもしれんから。お別れくらいはさせてやり」
うーん……これは、親切心から……なのかしら?
それとも何か狙いがあって、同行させようとしている??
くっ! 読めないわね……
「わ、分かりました……では移送には、吉良三席も付いて貰います」
……――と、こういうことがあったわけですね。
なので、現在は絶賛連行され中です。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
四方どころか六方向を
「………………」
そして私の隣では吉良君が、これまた無言です。
もしもここから逃げだそうとすれば必然的に七対一に……いえ、吉良君はもしかしたらもしかするとしても六対一になるわけで。
しかも手錠で霊圧が封じられているので苦戦は必至です。逃げるとしたら、苦労しそうですね。
何よりも問題なことは、斬魄刀が無いこと。
つまり、射干玉がいないんです。
うう……寂しいわ……
でもね、私よりももっともっと寂しい人がいるの。その方の心の声をお聞き下さい。
『射干玉殿おおおおぉぉぉっっ!! なんで、どうしていなくなってしまったでござるか!! 拙者と
それがたかが、斬魄刀を物理的に手放した程度で!! 離れてしまうなんてあんまりでござるよぉぉぉぉっ!!
射干玉殿! 拙者は、拙者はずっと射干玉殿のことを何でもできる超イケメンで超美女で超美少女で超美形ショタっ子だと信じていたでござるのに……裏切ったでござるな! 拙者の純粋な気持ちを裏切ったでござるな!!
こんな超素敵すぎるどこからどう見ても1ミリメートルどころか1フェムトメートルすら誤差が存在しない超完璧な球形ボディ!! こんなの世界中の名だたる芸術家も裸足で逃げ出すでござるよ!
ああっ、クンカクンカ! スーハースーハー! 射干玉殿の真っ黒ゴムボールボディをクンカクンカしたいでござるぉ! あっ、間違えたでござる! モフモフ、ヌルヌル! べちゃべちゃぁっ!! きゅんきゅんきゅぃっ!!
……え? 射干玉殿に拙者の想いが届いてるでござるか……!? ならばもっともーっと聞かせてやるでござるよ!! 心の叫びは心の叫びで答えてやるでござる!!
拙者は今日!! 伝えたい事があるでござるー!!
なーにー!?
三年B組の射干玉さーん! 拙者と一緒に! 黒とブラックを混ぜ合わせてシュバルツをつくりませんかー!!
ごめんなさーい!!
しませ――
ごめんなさーい!!!!』
はい、お疲れ様。
『途中から自分でも何を言ってるのか、ワケが分からなくなったでござる』
いやぁ、これがやりたいが為だけに射干玉はずーっと黙ってたのよね。
『斬魄刀を手放した程度で拙者の出番が消えるなどありえませぬな』
まるで落語の"粗忽長屋"みたいなことになってたわね。
『拙者アレ、あのネタのわけわかんない感じが大好きでござる!!』
というか下手したら射干玉は、狛村隊長に変なちょっかい掛けてたかもしれないから。それを考えると、今のこの状態はむしろアリよね。
射干玉と一緒で良かった。他の人に迷惑を掛けなくて良かった。そう、心から思える。
『おおおおおっっ!! それはひょっとして愛の告白でござるか!!』
はいはい。いつだって、どんなときだって一緒だからね。
本当に、頼りにしてるのよ。だから……これからもよろしくね。
『あ、
「あの、先生……」
あ、ごめんねちょっと待って。
吉良君が何か言ってるから。
『――あああっ! タイミング! タイミングが悪いでござる!!』
「吉良三席、私語は……」
「これは僕の独り言です。だから返事もいりません」
隠密機動の子に注意されたのに、強引に押し通したわね。やるじゃない。
「前にも言いましたけど、藍染隊長は僕や日番谷隊長とか、他の隊士の相談によく乗ってくれていたんです。僕のことも本当に……本当に親身になって話を聞いてくれて……」
無言で中央議事堂へと進む道すがら、吉良君は消沈しながらもポツリポツリと喋り始めました。
「だから、だからそんな藍染隊長が殺されたと知って日番谷隊長は……感情の制御が上手く出来なくなっているんだと思います。本当に、日番谷隊長は本当に藍染隊長のことを信頼していて……だからあんな、乱暴な手段に走ってしまったんだと……」
「………………」
何か言ってあげたいんだけどね。
ほら、今の私って捕まってる身だからね。私語は慎んでおくわ。
「少なくとも僕は、僕は……先生の事を信じてました。絶対に、そんなことを考えてなんかいないって……そう信じていたからこそ、先生の無実を証明したいって思っていたからこそ……こんな変な疑いを、二度と掛けられないようにするために……って! でも、でも……」
なるほどね。
吉良君は吉良君で、思うところがあったのね。
ふむふむ、これは……舞台裏がちょっとだけ見えてきた感じ。
「……信頼されなくなっても、当然ですよね……先生から見れば、僕のやったことは裏切りにしか思えないでしょうから……でも、それでも僕は……僕は……」
あっ、さっきの斬魄刀を狛村隊長に預けた時の下りが尾を引いてる! せっかくちょっと顔を上げてくれたのに、また俯いちゃった!
気にしちゃ駄目! 気にしちゃ駄目だから!!
『同じ四番隊なので疑われるかと思って預けるのを躊躇ったとか。他隊の、それも隊長がいたから、関係性の薄い相手に渡すのを優先しただけとか。そういうことを言えれば良かったでござるな』
本当にそうよね! 言いたかったのってそれなのに!
ああいう場面って意外と焦って言葉が出ないのよ!
……くっ! やはり何か声を掛けてあげるべきよね。
たとえ周りから怒られても、殴られてでも言葉は止めない!
「吉良君、それは……」
「湯川隊長、私語は慎んで下さい!」
「わかっています! ですけど……!」
「もうすぐ中央議事堂へと到着しますので」
「え……」
ええっ!! もう!? 早いわよ!
いや、ここまで来るのは長かったんだけど! 時間は確かに掛かったんだけど!
「もうじき……到着か……」
それまで下を向いていた吉良君が、不意に天を仰いだわ……
あ、上を向いたまま腰の斬魄刀に手を掛けた。
「先生……すみません!!」
「えっ!?」
吉良君はそのまま、斬魄刀を一閃させました。
●
粗忽(うっかり)者が身元不明の行き倒れを見つけ「これは自分の知り合いだ」と言い張って、その知り合いを連れてくる。
知り合いも抜けているので言いくるめられて「これは俺だ! こんな姿で死ぬなんて!!」と信じてしまう。
そんなトンチンカンさが面白いお話。
●相談に乗る藍染
???「雛森がよぉ……ずっと四番隊だ湯川だって言ってて……」
藍染「まあそう気を落とさずに。ささ、飲みなさい」
??「あの、藍染隊長……僕も先生――いえ、湯川隊長のことが……」
藍染「そうなのかい? でも彼女は色々と競争率は高そうだよ(隣をチラ見)」
???「雛森いいいぃぃぃっ」
??「で、でも四番隊に入れたので、脈はあると思うんですよ」
藍染「ふむ、そうだね……なんとか吉良君と湯川隊長が結ばれるように手助けしてあげたいところだけど……」
???「そうだ吉良! お前なんとかして湯川とくっつけ! そうすれば雛森も目を覚ますはずだ!! 隊長命令だ!! 絶対にやれ!!」
??「えええっ!? あ、藍染隊長! どうかお力を! アドバイスを下さい!!」
???「そうだぞ藍染! お前も手助けしてやれ!! 隊長命令だ!!」
藍染「これはまた……困ったなぁ……」
――こんな一幕があった模様
……この記述を本編に落とし込めないから、私は駄目なんですよね。
(ここで説明するんじゃなくて本編中で表現しろよ)