お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第148話 少しぐらいキレてもこれは仕方ないと思う

「あ……ぜん、ぜい(先、生)……」

 

 吉良君の驚いた声が聞こえてきます。

 ごめんね、驚かしちゃって。お詫びにすぐに、コイツの眼鏡は殴って砕くから!

 その後で――

 

「――ちゃんと手当してあげるから、もうちょっとだけ頑張って」

 

 仮面越しとはいえ、優しい言葉を投げかけてあげたおかげでしょうか。吉良君からはどこかホッとしたような気配が漂ってきました。

 

 そしてもう一方。

 

「ほう、その姿……実際に目にするのは初めてだよ」

 

 (ホロウ)の仮面を通してなお、薄笑いを浮かべる藍染の表情はなんとも恐ろしいものがありました。

 目を見開き、狂喜と驚愕の感情を同時に発露させているような、そんな容貌を。

 

「やはり、これが狙いだったわけですか」

「ふふふ……君が聡明で嬉しいね」

「あら? 伊達に霊術院に何度も特別講師としてお呼びしたわけじゃないんですよ? 忘れちゃいました?」

 

 余裕たっぷりの態度を見せる藍染に、こちらも余裕たっぷりの態度で返します。

 

 ――引くな! 臆するな! この場の主導権は私が握れ!

 

 心の中でそう自己暗示を続けながら。

 

「はあああああああっ!!」

「く……ぐっ……!!」

 

 霊圧で強化した拳で思い切り藍染を殴りつけてやりました。

 斬魄刀で受け止められましたけど。

 とはいえ拳と刀で拮抗状態です。(ホロウ)化した甲斐は確実にありました。

 

虚閃(セロ)!!」

「っ!」

 

 そのまま至近距離で虚閃(セロ)を放ちます。

 死神状態ではなく、(ホロウ)化状態の虚閃(セロ)の威力はひと味違いますよ?

 

「ぐ……っ!」

「まだまだっ!」

 

 反応が早いですね、霊圧を鎧代わりに放出されて塞がれました。

 ですがまだですよ! 追撃の拳を喰らいなさい!!

 

「縛道の七十九、九曜縛」

「っ! 虚閃(セロ)!!」

 

 反撃とばかりに藍染が生み出したのは、動きを封じる九つの黒い玉です。

 

『拙者のことでござるか?』

 

 違うから。

 その黒玉へと力一杯虚閃(セロ)を放ち、霊圧の暴力で強引に打ち消しました。

 やはり虚閃(セロ)虚弾(バラ)は瞬間的に放てるのが利点ですね。

 

「ほう……!!」

 

 無理矢理かき消したことに藍染が驚きの声を上げていますね。

 さて、今のうちに――

 

「……むっ」

「よしよし、よく頑張ったわね。もう大丈夫だから」

 

 ああもう! もう気付かれた!

 藍染が一瞬だけ守勢に回った隙を利用して吉良君に近寄り、回道を使ったんですが……ここまで早く気付かれるとは計算外です。

 ほとんど一瞬で気付いているじゃない!!

 でもせっかくのチャンス! せめてこの致命傷までは治しておかないと……!

 

「素晴らしいな。(ホロウ)化の力は何時、どうやって身につけた? 君が同期と共に任務へ行った日かな? それにその練度、その技術。どれほどの時間を掛けて練り上げた? 何より、この状況で私を無視して他人を助けに行くその度胸が素晴らしい」

 

 と思っていましたが、どうやら藍染は追撃してきませんでした。

 おかしいわね? 普通なら絶好の好機のハズなのに……私だって一回二回くらいは斬られるのも覚悟の上だったのに……

 探りを入れてるのかしら?

 

「ごめんね吉良君、この辺が限界。後は自分で頑張れるわよね?」

「はい……」

 

 けど、この時間はありがたいわ。

 なんとかして怪我を――吉良君が自力で回復し続ければなんとかなる程度まで治療したところで手を止め、藍染へと向き直ります。

 

「残念ですが教えてあげません。それに、次は私の番でしたよね?」

「何がかな?」

「次は私が答える番だったじゃないですか。もう忘れましたか?」

「ああ、なるほど。そういえばそうだったね」

 

 仮面の下でくすくすと笑ってみせれば、藍染は微笑で応えてくれました。

 

「何からお答えしましょうか? 例えば……その斬魄刀――鏡花水月の"本当の"能力のこととか?」

「おや、残念だがそれは私の聞きたい答えではないな。四楓院夜一から聞いているんだろう? 人から教えて貰った答えでは傾聴には値しないよ」

 

 少しだけ興が冷めたような表情を見せてきました。

 

「夜一さんですか? ああ、彼女とは答え合わせをしただけです……気付いてましたよ。それよりずっと前から」

「ほう?」

 

 相手の眉がピクリと動きました。

 どうやら興味を引けたようです。

 

「重ねて言います。私が何度、霊術院時代にあなたを特別講師として呼んだと思っているんですか? 私が何度、鏡花水月が始解するところを見たと思っているんですか?」

「おかしいね。常に同じ幻影を見せていたつもりだったのだが」

「確かに同じに見えましたが、ほんの少しだけ乱反射に違いがあったんです。そこから気付いたんですよ。ああ、この能力は嘘だと。相手に何か都合の良い幻影の様なものを見せる能力なんだって。まさか完全催眠とまでは思いませんでしたけどね」

 

 特別講師として藍染を呼んだときには、彼が始解をする度に差分がないか探し続けてましたからね。

 試行回数という名の暴力です。

 もしくは長年の間、間違い探しを続けていたようなものですよ。

 

『昔の雑誌の巻末とかによくありましたな! 間違い探し!!』

 

「ふふふ……それにしても、あはははは! 藍染隊長ってば、そんな"自分は全知全能だ"みたいな態度を取っておきながら、こんな単純ミスにも気付かなかったなんて……案外、カワイイところがあるんですね」

「…………」

 

 あ、藍染の額に一瞬だけ「ピキッ!」って青筋が走った。

 苛ついた顔が少しだけ見えたわ。

 

「それにその言動……ひょっとして、そちらが()の顔でしたか? そっちはそっちでよくお似合いですよ。いかにも裏で何かを企んでいそうで……思わず、思い切り殴りつけたくなりますよ」

「なるほど。私の能力に気付き、そこから推論を組み立てていった……四十六室へ嘆願を続けさせたのも、私を総責任者に付けることで動きを封じようとしたのも、私のことを危険視したその結果――ということかな?」

 

 いいえ。

 どっちかといえば、ただの嫌がらせよね。

 だから間違ってないけど。でも素直に認めるのも癪だし、ここは思いっきり――

 

「いえいえ、優秀な藍染隊長ならこのくらいの仕事は平気で片付けてくれると思っていただけですよ?」

 

 ――挑発してやるわよ!

 

『おおっ! 攻めるでござるな藍俚(あいり)殿!! け、けど大丈夫でござるか!?』

 

 というかもう、相手はこっちを殺しに来てるのはほぼ間違い無いでしょう!? だったらこっちも必死に迎え撃たないと殺されるわよ! ならちょっとでも怒らせて、判断ミスにでも繋げられたら儲けものでしょう?

 

「あ、でもそんなことを仰るなんてまさか……ごめんなさい。藍染隊長にも出来ないことがあったんですね。ちょっと多めに仕事を振っただけなのに……残念ですが、見込み違いだったようで」

「君は本当に……いちいちどうして、私の神経を逆なでしなければ気が済まないようだね!!」

 

『あ、ぶち切れでござるよ藍俚(あいり)殿!!』

 

 そりゃあんだけ仕事回せばキレるわよね。

 

 それにしても……ひええ、すっごい霊圧! 怒りの感情と霊圧を同時に迸らせるその姿は、まるで憤怒の化身のようです。

 溜まりに溜まった愚痴や不満を全部吐き出してやると言わんばかりに襲いかかってきました。

 

「君のその余計な進言が原因で、私がどれだけ無駄な時間を使ったか! 想像が付くかね!?」

「ぐ……ううぅ……っ!」

 

 藍染が斬魄刀を振り回します。

 怒りに身を任せているようでいて、どうやら頭は冷静さを失っていない模様。その攻撃はとても緻密で、隙がありません。

 光が糸状に走ったかと思った次の瞬間にはまた新しい斬撃が飛んで来ます。

 こちらも霊圧を高めつつ、さらには血装(ブルート)もどきまで同時発動させて全体の能力を向上させているものの、それでも防ぐのが精一杯ですね。

 

「どうした? ここまで手間を掛けさせたのだ。もう少し、その力を見せたまえ」

「ぐううっ!!」

 

 マズいですね。腕を切られました。

 防御をしてもこれですか!? 傷は深くはないけれど浅くもない。けれど確実に戦力が削り取られる攻撃です。

 ……普通なら。

 

「超速再生、かな?」

 

 一瞬で腕の傷を治したのを見て、藍染が少しだけ顔を顰めます。

 超速再生は通常の(ホロウ)なら普通に持っている能力ですからね。名前の通り、もの凄い早さで傷を治すという、四番隊要らずの能力です。

 ただ残念なことに、確か破面(アランカル)になるとこの能力が失われるんですよね。

 この時期だと、藍染はとっくにそのことは知ってるはずですから。となれば藍染が驚いたのは「死神が(ホロウ)化すれば超速再生が出来るのかと勘違いした」とかそんなところでしょうか?

 

「残念ですが、これは――回道です!」

「ちっ!! 厄介な!!」

 

 治した腕を振り子のように動かして、遠心力を加えた強烈な回し蹴りを放ちます。

 藍染は斬魄刀を構えて蹴りへの防御に使いますが、構いません。刀身を目掛けて強烈に蹴り飛ばしてやります。

 

「……ぅっ!」

「まさか、そう来るとはね……」

 

 刃物を蹴ったわけですから私自身も多少なりともダメージを受けます。

 ですが、気にしてはいられません。何より刀ごと蹴り飛ばした攻撃は、藍染の意表を突くことができたようです。

 

「お褒めの言葉、どうも!」

 

 微かに動きが鈍った瞬間、相手の死覇装の襟を掴み取ります。そのまま一気に担ぎ上げる要領で――

 

「投げか!!」

 

 ――気付かれた! というか、そりゃ気付かれますよね。

 けどもう遅い! このまま地面に叩き付けて動きを封じてやる――ッ!!

 

「ぐううっ!?」

「おっと、危ない危ない」

 

 せ、背中に猛烈な痛みが……!! 斬られた!? 投げの瞬間に!?

 いえこれは、私と藍染の間に斬魄刀を挟み込んだのね。

 そのまま体重が乗って圧し斬られたってところかしら!?

 くうううっ!! よくもまあ、あの一瞬でそんなことを……!!

 

(ホロウ)化の力と速度で投げられるのは、少々痛そうだったのでね。不格好で悪いが、遠慮させてもらったよ」

 

 私は予期せぬ痛みに投げの姿勢が崩れ、地面に膝を突いてしまいました。背中からはぬるりとした血が流れ出し、地面にポタポタと赤い染みを作っていきます。

 なのに藍染は、軽く飛び跳ねるように移動して投げと崩れから逃れています。

 

「さて、そろそろ私の番かな?」

 

 あ、私を斬って血を見られたからか、少しだけ溜飲が下がったみたい。

 さっきまでの怒りがどこへやら、また冷静な仮面を被ってるわ。余裕そうなその態度がなんとも頭に来ます。

 傷はもうとっくに治しましたけど、斬られた背中が疼くわぁ……

 

「私の番……?」

「そうさ、色々と教えて貰ったよ」

 

 また質問合戦? それに何か教えたっけ?

 

「時には直接刃を交えてみるというのも良いものだ。戦闘狂たちが口にする"戦いを通じてわかり合う"というのも、案外馬鹿にならないものだね」

 

 ……あっ! (ホロウ)化の時の戦闘力!!

 うええ……つまりさっきの戦いでデータ収集されていたのね……ということはまだ藍染は実力の底を見せていない……?

 嫌になってくるわね、本当に……

 

『くうう……せめて拙者がいれば……!!』

 

 あのときは私が自主的に斬魄刀を預けたけれど、そうでなければ取り上げられていただろうし。純粋に、(ホロウ)化の強化がどの程度かを知りたかった……ってところ?

 

「尤も、肝心な部分は分からなかったが……まあ、もうじき不要になる答えだ。かまわないよ」

 

 肝心な部分……? でも、不要になる?

 普通に考えれば、(ホロウ)化に繋がるヒントか何かを探していたってところよね? でも不要になるということは……

 

「さて、次は私が答える番だ。何を聞きたい?」

「……そうか! ルキアさん!!」

 

 藍染が尋ねたのとほぼ同じタイミングで、私は反射的に叫んでいました。

 

「驚いたよ。まさか、いったいどうやってその答えにたどり着いたんだい?」

「…………」

 

 いや、何を言えって言うのよ!?

 

「だんまりかい? まあ、いいさ。その通り、私は彼女を狙っていた。だがそれももう終わる――」

 

 そこまで口にすると藍染はチラリと視線を上へ――天へと向けました。

 一体何を見たの?

 

「そろそろ刻限だからね」

「刻限……?」

「勿論、処刑の時刻ということさ」

 

 ……えええっ!?

 

「なぜ!? だって彼女の処刑は……!!」

「君が捕まってから、四十六室は改めて命令を出したのさ――此度の混乱は湯川藍俚(あいり)が原因。その首謀者が捕まった以上、これ以上の遅延は不要。尸魂界(ソウルソサエティ)の威信のためにも、速やかに朽木ルキアの処刑を開始せよ――とね」

 

 私を捕まえてから命令を出した!? 

 

「え……!?」

「勿論、君の捕縛についても大々的な通達が出ているよ――騒乱の首謀者たる湯川藍俚(あいり)は四十六室による審議の後、処刑を執り行う――とね。さて、困ったな。朽木ルキアと湯川藍俚(あいり)、果たしてどちらを選べば良いのだろうか?」

 

 くうううっ! 楽しそうに言ってくれちゃって……!!

 でもそれってつまり、同時進行……!?

 

 

 

 ……まさか藍染!

 

 今日で一気に風呂敷を畳みに来たってこと!?

 




●ルート分岐
ルキア救出ルートと藍俚救出ルート。
どちらかを選択できます。
どちらに向かいますか?

(なおフラグの状況によっては、この選択肢が出現しないこともあります)

●鏡花水月は使わないの?
アレは「何も無い場所に都合の良い幻影を見せる」ようなことはできません。
あくまで催眠を被せる何かがないと駄目ですし、催眠を被せてもその相手がそれっぽい動きをしないとすぐに見破られます(平子があの禿頭死神に騙されたように)
オマケに催眠を操るのに集中する必要まであります。

早い話が「藍染だからあそこまで超万能な能力」にできたわけです。
(極端な話、藍染は大根一本握ったって強くなるんだ)

今回の場合は一対一ですし、虚化の能力を確認する(自分で直接感じ取りたかった)狙いもあるので使いません。

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