お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第15話 まずは知っている人に聞いてみる

「はぁ……」

 

 食堂で朝ご飯中です。

 ですが、どうにも気持ちは晴れません。

 

 原因は昨日の――刃禅中の精神世界での出来事についてです。

 

 あの後結局、バスケットをしたりキックベースをしたりソフトボールをしたりラグビーをしたりゴルフをしたりと色んな球技を……もとい、精神世界の色んな場所を探してみたのですが、肝心の斬魄刀本体とは出会えませんでした。

 まずは会って対話をしないと、始解なんて夢のまた夢です。

 

 結局、体感時間で数時間くらいは探してみたのですが、何の成果も無し。

 目覚めたら経過時間は一時間くらいだったので、体感時間と実時間で流れが違っているようです。

 決して私の体感時計がぶっ壊れているワケではありません。

 

「やっぱり、野球をやらなかったのがいけなかった……?」

 

 朝食の焼き魚を箸で突きながら、何が悪かったのか。その原因を思い返します。

 

「それともペタンクとか?」

 

 さすがにそんなマイナーな球技を求められているとは思いたくないです。

 

藍俚(あいり)さんおはようございます!」

 

 と、悩んでいるところに綾瀬さんたちがやってきました。

 

「どうしたの湯川さん? なんだか浮かない顔色だけど……」

「え、そう見える?」

 

 ううん、悩みが顔に出ていましたか。

 ……そうだ! 二人とも斬魄刀との対話は私よりもずっと先輩ですし、ちょっと聞いてみましょう。

 

「実はね――」

 

 そう前置きして、二人に夕べのことについて話していきます。

 勿論、精神世界の人工的な建造物については"家"とか"蔵"とか"お城"みたいに、ぼかして伝えますが。だってビルとか電車って言っても通じなさそうなんだもん。

 

「――というわけで、結局斬魄刀の本体には会えず仕舞いで。朝ご飯が済んだら知っている先生に聞きに行こうと思っていたの」

「ふむふむ、なるほど」

「…………はぁ」

 

 一通り話を終えると、綾瀬さんは頷いて。蓮常寺さんは無言で額に指を当て、やがて小さく溜息を吐きました。えーと、何か悪かったのかしら?

 

「綾瀬さん、湯川さんのコレって本気で言ってると思う?」

「確かに、ちょっと珍しいかもしれませんけれど。でもお話の途中で、自分で気付きそうなものだと私は思ってました!」

 

 え、え? どういうこと??

 

「単刀直入に言うわね。多分、その黒い球体が斬魄刀の本体よ」

「はい! 私もそう思います!」

「……え!? あのゴムボー……黒い鞠みたいなのが!?」

「そもそも斬魄刀との対話時は、死神本人と斬魄刀以外に生物はいないというのが定説よ。そして刃禅で精神世界へ入れる程度には関係が良好、であれば斬魄刀本体の方から姿を見せてくるはず――そうでなくても、交流を取ろうとした痕跡くらいは見せるはずよ」

「あ……そう言われれば……」

 

 なるほど、その発想はなかったわね。

 

「……つまり私は、斬魄刀を鞠の代わりにして投げたり叩いたりしてたってこと!?」

「そうなるわね」

「げ、元気出してください! これから、これからですから!!」

 

 自分のしでかしたことに思わずがっくりと肩を落としてしまいます。いつも元気を貰える綾瀬さんのフォローも、今回ばかりは気休め程度にしかなりませんね。

 

 気分を変えようと言うことで、そのまま雑談へと話題はシフトしていきました。

 

「へぇ、そんなに優秀な後輩がいるのね」

「はい! 藍俚(あいり)さんも見たことあると思いますよ? あの二人はとっても凄いんです!」

「片方は軽薄だけどやたら勘が鋭いって言うか、真実をズバッと言い当てるっていうか。もう一人は身体が弱いみたいだけど、自然と人の輪の中心になるのが当然って感じなのよ」

 

 話題に上がっているのは、今期に霊術院生となった二人の後輩についてです。

 なんでも一回生なのにとんでもないくらいに出来が良くて、このままならば飛び級は当然のこと、卒業前に護廷十三隊への入隊も確実だと言われているとか。

 それどころか在院中に始解して席官で入隊してもおかしくないとのことです。

 

「でも、後輩が優秀なのは良いことなんじゃないの?」

「それはそうだけど! 私にも先輩の意地ってものがあるの!!」

 

 食後のお茶を愉しみつつそう答えますが、どうやら事はそれほど単純ではないようです。どうやら特進クラスや上級貴族には、下々の者には分からない悩みや苦悩があるみたいですね。

 私? 五十年も入試特訓してたらそんな気持ちは失せたわ。意地がないわけじゃないけれど、それよりも相手を認めちゃう気持ちの方が強くて。

 

「はぁ……話していたらなんだか疲れちゃったわ。ねえ、そうだ湯川さん。これからアレ、久しぶりに頼めるかしら?」

「ああ、アレですか? 勿論構いませんよ。相談にも乗って貰いましたし、そのお礼も兼ねてたっぷりご奉仕させてもらいます」

 

 蓮常寺さんのその提案は、私にしてみれば断る意味がありません。

 

 アレ、というのはマッサージのことです。

 

 この数年間、同じ院生たちの間にじわじわと浸透させていきました。伊達に五十年間も流魂街で整体師やってたわけじゃないですよ。

 疲れが取れて元気になって、何故か成績まで上がると評判です。今のところ、男性死神は断っています。流魂街時代は老若男女問いませんでしたが、ちょっとくらいえり好みしてもいいよね?

 

 蓮常寺さんにも今までに二回ほど施術をしているのですが、どうやら先の話題に出ていた二人の後輩が原因でストレスでも溜まっているのでしょうか? 斬魄刀についてもヒントを貰いましたし、誠心誠意ご奉仕させてもらいますよ。

 

「綾瀬さんはどうする? 二人同時にでも私は構わないけれど……?」

「ええーっ!? 私もですか!? うーん、どうしようかなぁ……」

「いいじゃない、ついでだから受けて行きなさいよ」

「う、うーん、でも……」

 

 蓮常寺さんの後押しを受けて、綾瀬さんはさらに考え込んでいます。ですが、どうやらもう既に腹の内は決定しているようです。

 

 

 

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「ふぅ……良いマッサージだったわ……」

 

 たっぷりと時間を掛けて、二人の身体をほぐしました。外を見れば、お日様は中天をとっくの昔に通り過ぎています。

 朝ご飯を終えた後で施術を開始したのに、そろそろお昼ご飯の時間ですね。

 だけど、それだけの時間を使った甲斐のある、素晴らしい時間だったわ。

 

「それじゃあ、忘れないうちにもう一度刃禅を試してみましょうか」

 

 禅を組み、膝の上に斬魄刀を置いて精神を集中させます。

 心を刀へと注ぎ込むようにして、焦ることなくゆっくりとゆっくりと、意識を一点へと向けるようにして――

 

 

 

 ――気付けば目の前には昨日も目にした混沌(カオス)な光景が広がっていました。

 どうやら一度入ったことでコツを掴んだのか、今回は簡単に入れました。こんなことに三年も掛けていた自分が馬鹿みたいです。

 

「さて、前回ならあの辺りに……いた!」

 

 ですが落ち込んでいる暇はありません。

 もしも蓮常寺さんたちの指摘が本当なら、あのゴムボールこそが私の斬魄刀本体。幸いなことに探せばすぐに、特徴的な真っ黒ゴムボールを見つけられました。

 すぐさま駆け寄り覗き込むようにしゃがみます。

 

「問おう、あなたが私の……あ、ちょっと待って! 行かないで!!」

 

 声を掛けた途端、何かを察知したのかゴムボールはコロコロと、私から遠ざかるように転がっていきました。

 ですがゴムボールがこうも勝手に動くはずがありません。やはり二人の言っていたことは正しかったわけです。

 慌てて後を追い、今度は繊細なガラス細工でも扱うかのような手つきでゴムボールを優しくそっと抱き上げます。

 

「順番が間違っていました。前回来た時にボール代わりに使っちゃったのは謝ります、ごめんなさい」

 

 大きなゴムボールを抱えながら、それに向かって謝る背の高い女。知らない人が見たら、随分とシュールな光景よね。

 

「謝ったくらいで許して貰えるとは思っていません。でも、私はあなたと一緒に強くなりたいの。だからお願い、声を聞かせて……お話をしてくれますか?」

 

 胸元にぎゅっと抱きかかえながら、そう懇願します。

 初対面であんなことしたら印象が悪くなるのは、嫌われるのは分かってる。

 

 でもお願い、もう一度最初からやりなおしたいの!

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 へんじがない。

 ただの ごむぼーる のようだ。

 

 

 

「そーれ!」

 

 ゴムボールさんは綺麗な弧を描きながら飛んでいきました。

 




●飛び抜けた二人の後輩
一体、何楽さんと何竹さんなのか……

●肝心のシーンは!? 飛ばしたシーンは!?
落ち着いて。冷静に次話を待ちましょう。具体的には60分くらい。
なにより、期待するほどの物でもないです。

●書き忘れそうなので備忘的に記載
・山本の「京楽・浮竹は霊術院卒業生で初めて隊長になった」という発言。
・京楽たちが隊長になったのは、どれだけ早くても5~600年くらい前と想定。
 (子供京楽が残火の太刀の絵を見てる + 成長するだけの時間 + 隊長に出世するまでの時間 = 多分そのくらいの時間)

 ↓

・昔の死神たちが滅茶苦茶強くて、霊術院卒業生が隊長になれなかった。と言うのもあるとは思いますが、それ以外に霊術院を卒業せずに死神になった者も多かった、と想定。
・死神になるには入隊試験を突破する必要がある → 試験さえ突破できればいい。霊術院は必須ではない。と言う理屈。
(車の運転免許を、直接運転免許試験場に行って取る(いわゆる一発合格)のように)

 ↓

・貴族の死神志望の子が、自宅で家庭教師を付けて特訓してから死神になっていた。
・霊術院よりも良いカリキュラムで訓練していて実力が高い。
(当然、教育ノウハウは秘匿されていて霊術院には共有されていない)
・貴族たる者が、隊長・副隊長。上位席官の地位を有象無象に渡せない。
・この教育を受けるのは長男(家を継ぐ者)だけでいい。次男以降は長男の手足となるべきだから、下手に力を付けられるのは困る(なので霊術院に通わせる)

 という詰まらないプライドから、そんなことをしていたのではないか。
 なので、霊術院出身で隊長になった者が少なかったのではないか。
 という想定。

 問題はこの妄想が活かせそうにない、ということ。

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