「くそっ! 急がねえと!! 夜一さん、道はコッチで合ってんだよな?」
「うむ! じゃが急げ!! 今のお主の足では正直、移動に集中せんと間に合わん!!」
一護と夜一。
共に高速移動している二人は、怒鳴るような言葉で道順の確認を取りあっていた。
十一番隊へ世話になっている際に朽木ルキアの処刑が行われることを知った二人は、別の道を行く卯ノ花らと別行動を取ることを選んだ。
とはいえそれは、元々の目的が――優先順位が違っていただけのこと。
ルキア救出のために
彼らは簡素に別れを済ませた後、それなりに長い時間世話になった地下空間を抜け出すと誰にも気付かれぬように十一番隊の敷地を後にしていた。
何しろ二人の公的な扱いは未だにお尋ね者――それも上からは"殺せ"と命令されるような立場である。
そんな彼らが堂々と大手を振って外へ出て行けるわけもなく、また世話になった十一番隊へ無駄に迷惑を掛けるわけにもいかないため、泥棒か隠密のようにこっそりと出て行くことを選ばせた。
こうやってこっそりと逃げ出せば、少なくとも"匿っていた旅禍は恩知らずにも暴れて逃げた"と言い訳の一つも出来るだろうという目算からである。
そうして抜け出した二人は、瀞霊廷を全力で駆け抜けていた。
二人が向かうのは、朽木ルキアの処刑場――双殛の丘と呼ばれる場所である。
「つまり全力でもっと急げってことだろ!? 上等だ! この数日で体力と度胸だけは嫌でもアホみたいに鍛えられたからな!!」
「ほう……」
半ば己を鼓舞するように、半ばヤケクソで叫びながら、一護は走る速度を一段階あげた。その速度は、夜一が思わず感嘆の声を上げるほどだ。
走りだけとはいえその速度は、彼女がかつて所属していた隠密機動の隊員と比べても遜色がないものだった。
たった数日でここまでの成長を見せる一護の才能に、感心と若干の恐怖すら覚えてしまうほどに。
「けど夜一さん! なんかこう! もっとガーッと移動できるような便利な道具はねえもんかな!? 一瞬で目的まで移動出来る
「なんじゃ? もうへばったか?」
「いいや全然!! けど、そういうのはないもんかと思っただけだし!! 別に全然平気だけどよ!!」
明らかにやせ我慢をしているのだが、それでも弱音を吐くことなく強がってみせるその精神を、夜一はほんの少しだが評価に加算していた。
だが、それはそれとして……
「あるぞ」
「マジでか!?」
「四楓院家の秘宝には空を飛ぶ道具もある。あと浦原が好きな場所へ転移できる道具を作っておったな」
「んな便利な道具があるならさっさと――」
「じゃが空を飛ぶ道具は別の場所まで取りに行かねば使えんし、転移の道具は事前に目的地へ設置しておく必要がある。時間制限の押し迫る今では走った方が早いの」
「――な……んっだよそれっ!! 一瞬でも期待した俺が馬鹿みてえじゃねえか!!」
「かかか、すまんすまん」
それはそれとして、からかわずにはいられなかった。
これもまた夜一という人間の持つ魅力の一つなのかもしれない。
「それよりも道はあってんだよな!? 夜一さんが知ってる頃と町並みって変わってる気がすんだけど、本当に大丈夫なんだよな!?」
「問題はないぞ! 多少道順は変わっても場所そのものまでは変わらぬからな! 方角さえ合っておれば仔細はなかろう!?」
「へへ、そりゃまあそうだな!!」
死神として、霊圧を操って移動できる二人からすれば、行く手に少々の障害物が待ち受けていても何ら問題は無い。
霊圧で強化された身体能力で回避することもできれば、霊子を固めて足場とすることで擬似的に空を駆けることもできるのだから。
そのため"方角さえ分かれば問題ない"という夜一の意見は、一護から見ても驚くくらい単純で納得出来る理屈でもあった。
「よっしゃあ! このまま全力で――」
「行かせねえよ」
「――っ!?」
「一護ッ!!」
気合いを入れ直そうとした瞬間を見計らったように、一護の視界に何者かの影が映り込んだ。
その影は明確な意識と殺意とを放ちながら攻撃を仕掛けて来ていた。
夜一の叫ぶ声すら遅く聞こえるような瞬間の最中、斬魄刀を抜くのは間に合わないと即座に判断した一護は自ら足へ霊圧を圧縮して込め、その影を迎え撃つように蹴りを放つ。
「うおおおっ!!」
「ちっ!」
蹴り足から伝わってきたのは、何やら硬い手応え。
同時に影から聞こえる舌打ち。
それから――
「ぐっ!! なんだこりゃ!?」
最後に片足から異様な冷たさが伝わり、思わず悲鳴を漏らしてしまう。
「……って、これは……」
「よお、旅禍。初めまして、だな」
襲撃に足が止まり、視界が開けた。
そこにいたのは、一護よりもかなり背の低い――それこそ彼の妹たちと比べる程度の背丈と雪のような髪色をした死神。
「んで、さよならだ」
日番谷冬獅郎の背後には、さらに十番隊の隊士たちが控えていた。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「ちっ……面倒じゃな……」
思わず夜一が吐き捨てる。
まさに待ち構えていたとしか思えないほどの陣を敷いていた十番隊の隊士らの偉容は、一秒でも早く先へ進みたい
「儂らを待ち構えていた、というわけじゃな……?」
「当然だ。ネズミを捕まえるにはまず巣穴から叩き出さねえとな」
日番谷は不敵な笑みを浮かべる。
「よし! 十番隊、旅禍を捕まえるぞ!!」
「えー、隊長~……本当にやるんですかぁ……」
威勢良く命令を下した途端、乱菊が心底面倒くさそうに声を上げた。
「なんだ松本! 文句があるのか!?」
「だってぇ~……だってほら、変じゃないですか?」
「何がだ!」
「そんなに怒んないでくださいよ」
「お前が怒らせてる原因だろうが!!」
既に斬魄刀を抜いて気合い十分な日番谷に対して、乱菊は
それだけでも苛立ちを覚えてしまい、日番谷の語気がさらに荒くなっていった。
「ほらほら、私って湯川隊長によくお世話になってるじゃないですか。私だけじゃなくて、護廷十三隊の女性死神は全員お世話になってると思うんですけど……別に湯川隊長って、悪い人じゃありませんよ」
「悪人に見えない悪人なんざ大勢いる! 根拠は話しただろうが! それにこれは四十六室からの命令もあるんだ!」
「それそれ! その隊長の言ってる根拠もおかしいですよ。乱暴すぎるっていうか、無理矢理信じ込もうとしているっていうか……いくら上からの命令だからって、ねえ……みんなもそう思うでしょう?」
「それは……」
「いや……でも……」
「どう思う……?」
「だが……命令……」
「……上が……」
最後の言葉は部下の隊士たちへと投げかけられていた。
訴えかける演説のような問いかけに、この場にいた一般隊士たちに動揺が走っていく。
漏れ聞こえてくるひそひそとして話し声からも、どうやら心底納得してこの場にいるのではないことが伝わってきた。
「い、今のうちに逃げられるんじゃねえかな……夜一さん?」
「それは、あやつがいる間は少々難しそうじゃの……」
「やっぱりかよ……」
夜一が視線で示すその先は当然、日番谷冬獅郎だ。
姿形こそ小柄だが、一護はもはやその程度では相手を侮らない。
隊首羽織を身につけている――つまり、相手は隊長なのだ。幸か不幸かここ数日、何人かの隊長と手合わせしたおかげでその手強さは身に染みるほどの知っていた。
「テメエら! 何をモタついてやがる!!」
「ですから隊長……あら?」
一護たちが緊迫している一方で、日番谷は浮き足立つ部下たちへ活を入れる。
さらに苦言を口にしようとしたところで、乱菊はふと動きを止めた。
小さく口を動かしながら、まるで自分で自分に言い聞かせる――自己暗示を掛けるように、何事かを呟いていたのだ。
「そうだ、俺は間違ってない……命令もあったんだ……雛森のためにも……なによりも、俺を信頼して任せてくれたんだ……だから……」
「隊長?」
「だから……藍染……だから……」
「藍染って、五番隊の藍染隊長のことですか?」
「ッ!!」
藍染――その言葉を聞き返した途端、日番谷は弾かれたように乱菊の顔を見た。
そして、動揺を隠すように強気な姿を無理矢理取り戻す。
「なんでもねえ! それよりも行くぞお前ら!」
「あっ! ちょっと……隊長ってば!!」
日番谷は一護を目掛けて突撃を仕掛ける。その背中にはもはや乱菊の声など届いていなかった。
「くそっ! やっぱりこうなるのかよ!」
仕掛けてきた日番谷を一護は迎え撃つ。
先ほどの不意打ちまがいの一撃とは違い、今回は斬魄刀を抜くだけの余裕もある。背負っていた巨大な斬魄刀を構えると日番谷の攻撃を受け止めていた。
「一護!」
「唸れ、
加勢しようとした夜一の足下に、細かな灰が降り注いだ。
瞬間、嫌な予感を覚えた彼女は一瞬にしてその場から飛び退く。わずかに遅れて降り注いだ灰は、つい一瞬前まで夜一が足場としていた箇所へ刀傷を刻みつけていた。
「むむっ!?」
「ごめんなさいね。私も乗り気じゃないんだけど、隊長が先行しちゃった以上は……ねえ?」
乱菊の言葉、そして彼女が持つ"刀身の無い"斬魄刀を見て、先ほどの一撃が彼女の仕業なのだと夜一は理解する。
「乗り気ではないなら、見逃してもらえると嬉しいんじゃがの!?」
「隊長が乗り気な上に何の理由も無いんじゃ、そういうわけにもいかないのよ。こういうのが"宮仕えの辛さ"っていうのかしら……ねっ!!」
灰猫の一撃が再び放たれた。
「おい旅禍。お前も湯川の駒に使われて可哀想になぁ……」
「く……っ……! 駒、だと……?」
一護と日番谷の戦いは、じわじわと日番谷が優勢になっていった。
元々が隊長を任されるほどの実力者が相手なのに加えて、日番谷は背が低い。
一護からすれば慣れぬ下からの攻撃を受ける羽目となるのに対して、日番谷から見れば自分より背の高い者を相手にするのはいつものことだ。
実力差以上に慣れぬ戦局に苦戦を余儀なくされる中、日番谷がぽつりと呟いた。
「何も知らないとはいえ、罪は罪だ。俺は容赦はしねえ……」
「……!?」
その言葉を聞いた途端、一護は言い知れぬ違和感を覚えた。
状況からすれば間違いなく目の前の相手へ、一護へと話しかけているのだろう。だが、話しかけているように思えて話しかけていないような……
まるで別の何者かに語りかけているような、そんな違和感を感じていた。
「容赦は……しねえええっ!!」
「うおおおっ!?」
相手の霊圧が突如として膨れ上がり、一護を吹き飛ばす。
「そうだ……容赦なんざしねえ……」
「なんなんだよコイツ……」
鬼気迫る表情で睨む日番谷の形相に一護が気圧され始めたときだ。
――チッ!! 仕方ねえなぁ!!
「な、なんだ!?」
――あのデカい女死神に乗せられたようで、腹立たしくて癪だけどよぉっ!!
一護の頭の中、というよりももっとその奥――心の底から聞こえてきた声に、なにか本能的な恐怖のような感情を覚える。
同時に霊圧そのものが塗り潰され、内側から変えられていくような……そんな言い知れぬ感覚が微かに走り始めた時だ。
「で、伝令いいいいいいいいいいいいぃぃぃぃっっ!!!!」
戦場そのものに割って入るような突拍子もない大声で叫びながら、一人の隊士が現れた。
「向こうの通りに、オレンジ色の髪をした死神が現れました!! その者は自らを"旅禍だ"やら"朽木ルキアを助けに行く"などと叫んでおりまして……」
「「……はぁ!?」」
その報告内容に一護と日番谷、二人は仲良く同じ声を上げる。
何しろ早い話が「黒崎一護が向こうにいます!」という報告を聞かされているのだ。突然そんな間抜けな報告をされれば毒気を抜かれるのも無理はないだろう。
「馬鹿か! そんなの偽物に決まってんだろ!! いいからとっとと……――」
「おっ! 海燕の兄貴じゃねえか!! こんなところにいたのか!!」
とっとと追い払おうとする日番谷の言葉を遮って、さらに別の者が現れた。
「な、なんだテメエは!?」
「おれかい? んじゃ、耳の穴かっぽじってよく聞きな! おれの名は志波空鶴! そこにいる
「「「「……………………」」」」
突拍子も無い一言に、その場の時がわずかに止まった。
数秒の後、一番早く動き出したのは乱菊だった。
「あ、なーんだ。その人って十三番隊の志波副隊長だったんですね。それじゃあこの場は、私たちの勘違いで解散って事に……」
「出来る訳がねえだろうが!!」
「えー、でも向こうの通りにいるのが本物だって話ですし。それに妹が"この人は兄だ"って行ってるんですよ? 家族が見間違いますかねぇ? だからこの場はもう無かったことにして……」
降って沸いたように飛び込んできた"理由"をこれ幸いにと、いけしゃあしゃあと言い放ちつつ乱菊は場から離れようとして、日番谷に噛みつかれる。
「そうじゃぞ。そやつは海燕の妹の空鶴じゃ。儂が保証する。ほれほれ、
「ほら隊長、この人もそう言ってますし。もう帰りましょうよ」
「敵の言うこと素直に信じる馬鹿がどこにいんだっ!!」
そんな内輪揉め――状況を完全に理解したわけではないもののなんとなく察して悪ノリで参加する夜一さん込み――を繰り広げている間に、空鶴は一護の隣までこっそりと近寄っていた。
「(あの、空鶴さん……? これは……)」
「(馬鹿! お前を逃がすための囮に決まってんだろ!! そのくれえ理解しろ! 空気を読め!)」
日番谷たちへの視線は外さずに警戒したまま、二人は小声で会話を続ける。
「(んで、だ。この場はおれが抑えておいてやる。だからお前はとっと先に行け!)」
「(す、すまねえ)」
「(なあに、カワイイ親戚の頼みだ。礼なんざいらねえよ。その代わり絶対に助けて戻って来い) おらっ、今だ! いけっ!!」
「ああ、恩に着るぜ!!」
景気づけのように空鶴は一護の肩を勢いよく叩く。
まるでその勢いに乗って加速したように、一護は軽い足取りで飛び出していった。
先ほどまでの恐れの感情はどこへやら、日番谷の横を一瞬にして通り抜けて突き進んでいく。
「あっ! 待て!」
「おいおい、まあ待ちなガキンチョ。お前の相手はこの空鶴姉さんがしてやるよ」
慌てて一護の後を追おうとする日番谷。だが、そんな日番谷の行く手を遮るように、空鶴が回り込んでいた。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
その頃、一護たちのいる場所から少し離れた通りでは――
「テメエら聞いてるかぁ!? 旅禍、黒崎一護とは俺のことだっ!! 朽木ぃっ! 今助けに行くからなぁっ!!」
「あ、兄貴……」
岩鷲が少しだけ嘆くのも無理はありません。
そこにはヤケクソな精神状態で大暴れしながら、大声で自己アピールをしまくる一人の死神の姿が――
髪の毛をオレンジ色に染めた
●黒崎一護(志波海燕)
オレンジ ⇒ 黒 をやった以上、逆もまた然り。
●黒崎一護(本物)
墨汁で染めたので、もうとっくに色は落ちてます。
それを入れ忘れた……!