お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第155話 双殛の丘にて その1

 双殛の丘。

 

 普段は閑散としており、何人(なんぴと)もこの地に近づかない。

 だがそれは当然だ。

 ここは処刑場。

 処刑場が賑わいを見せるとすれば、それは刑が執行される時だけだ。

 

 そして、現在の双殛の丘は幾ばくかの賑わいを見せていた。

 

 急遽、それも大幅に予定を繰り上げて強行されることとなった朽木ルキアの処刑のために護廷十三隊の各代表者たちが集まっていたのだから。

 

「ふむ……集まりが、悪いようじゃな……」

 

 この場に集った各隊の面子を眺め、山本は軽く目を閉じた。

 

 やって来ているのは三番隊・八番隊・九番隊の隊長と副隊長。それと――

 

「……やはり……あちら……選択……失敗……決断……」

「隊長……? あの、隊長……?」

 

 ――俯いたままなにやらボソボソと小声で呟き続ける二番隊の隊長と、それを心配し続ける副隊長もいる。

 これに自ら指揮する一番隊を加えても、合計十名だけ。十三隊の全隊長副隊長に招集を掛けたにも関わらず、半数にも満たない。

 

「ですか、それも仕方がないでしょう……」

「その気持ちも分からぬではない」

 

 雀部の言葉に山本は嘆息しつつ応じる。

 

 四番隊・五番隊・十二番隊は隊長不在のため仕方ない。

 七番隊・十番隊は別件で動いており、その影響で十一番隊も不在だとしても仕方ないだろう。

 

 問題は六番隊と十三番隊だ。

 朽木ルキアの助命と減刑のため、この二隊が特に熱心に動いていたことは山本も知っている。

 片や肉親、片や部下として朽木ルキアに接してきたのだ。

 そんな思い入れのある相手の処刑など、見たくもないと思うのもまた感情の正しいあり方だろう。

 

「じゃが、護廷十三隊の死神――それも隊長じゃ。そのような甘えが許されるわけがなかろう。四十六室の命とあれば、従わねばならぬ」

「……ですが」

「くどい。もはやどうにもならぬ」

 

 そう理解しつつも、山本は断じる。

 決して揺らぐことなどないとばかりの言葉に、雀部は続く言葉を完全に失っていた。

 

 ――じゃが……

 

 静寂に包まれた丘にて、これ幸いと山本は思索にふける。

 

 ――長次郎の懸念も理解できる。如何な理由があろうとも、これはやり過ぎじゃな。強権が過ぎるわい。四番隊、十一番隊の影に隠れておるが、六番隊と十三番隊も何やら動きがあるとの報告もある。それでなくとも四十六室が四番隊に、もとい湯川藍俚(あいり)へあれだけの命令を下すか……? 卯ノ花の剣八騒動が片付いてから、まだ十年程度しか経っておらぬ……喉元過ぎればと言うが、あれだけの熱さを忘れるにはまだ早すぎる……

 

 長きに渡り総隊長を務めてきた男は、これまでと現在の四十六室の対応の差に違和感を拭いきれなかった。

 処刑をせずとも一時捕縛や監視などで問題はないはずだ。

 何者かの意思を――それと同時に急がねばならぬ何らかの理由が見え隠れしている。

 

 ――じゃが、どのような理由があろうと。死神は命を果たすまでよ。

 

 片手を顎へ当てながら、そう結論づけたときだった。

 

「……む」

「来たようですな」

 

 双殛の丘に、新たな人影が姿を見せる。

 それは官吏に連れられてやって来た、朽木ルキアの姿だった。

 

 獄中生活は多少なりとも堪えたらしく、幾ばくかやつれている。表情にもどこか生気が抜け落ちており、肌も極囚の纏う白の装束とそう変わらぬ色をしている。

 首元には霊圧を封じる特別製の輪を嵌められ、一切の抵抗を許さぬよう彼女の周囲は官吏が囲んでいる。

 

「朽木ルキアを、連れて参りました」

「うむ――」

 

 ――ご苦労。そう続きを山本が口にしようとしたときだった。

 

「吼えろ! 蛇尾丸!!」

「なっ!?」

「なんだ!! これは……!?」

 

 遠方から巨大な刃が、鞭のようなしなりを見せながらルキアの側に叩き付けられた。

 その衝撃に周りの官吏たちは狼狽え、彼女から僅かに離れてしまう。

 

「まさか……これは……」

「まだまだっ!!」

「ぐわっ!!」

「ぎゃあああ!!」

 

 地面に叩き付けられた刃は、続いて生き物のように跳ね上がると官吏たちを一瞬にして弾き飛ばしてしまう。

 その刃の動きを、その斬魄刀を、ルキアが忘れるはずもない。

 

「ひゅー、危ねえ! ギリギリか!?」

「恋次!!」

「悪ぃ、ルキア! コイツら変な道順を通ったみたいで見つけるのに手間取った!! 本当なら移送途中で見つけるハズだったんだけどよ……」

「まったく……来るのが遅いぞ、馬鹿者……」

 

 後ろから、ほんの少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべながら阿散井恋次が現れた。隣へと並んだその姿に、ルキアは瞳を潤ませる。

 

「無事か、ルキア!!」

「兄様……!!」

 

 続いて、彼女を庇うように現れた白哉の姿にルキアはとうとう堪えきれず、大粒の涙を流し始めていた。

 

 

 

 

 

 一方、双殛の丘へ集まっていた死神たちには動揺が走っていた。

 処刑の執行直前での騒動もだが、彼らを何よりも驚かせたのはその騒動の主に朽木白哉の姿があったからだ。

 死神たちの模範となり規律を守る朽木家の現当主とは思えぬ突飛な行動は、その場にいた全ての者達が思わず動きを止めるほどだった。

 

「なんと!!」

「へえ……意外やなぁ……」

「ま、こんなとこだろうね」

「よもや、自らこの場に来るとは」

 

 各隊長が口々に感想を漏らす中、山本は闖入者たる二人に向けて話しかける。

 

「……六番隊、朽木白哉。および副官の阿散井恋次。お主ら、自分が何をしておるのか分かっておるのか?」

「無論だ。ルキアを、我が妹をむざむざと殺すような真似はさせぬ」

「それが我らに、ひいては四十六室と尸魂界(ソウルソサエティ)に弓を引く行為と分かっておるのか?」

「無論だ!」

 

 圧を掛けるように殺気を放ちつつ山本は問いただす。

 だが白哉はその気配をはね除け、むしろより強く堂々とした意思と口調で続きを語る。

 

「ルキアは確かに罪を犯した。だが罪に対しての罰があまりにも大きすぎる」

「じゃが、既に決定したことだ」

「その決定に対し、我らは何度も嘆願し続けた。だが訴えは聞き入れられず、あまつさえ今回のような乱暴な結果を強行したのだ。それは決して認められるものではない!」

 

 そう叫ぶと、白哉は微かに悔いるように目を伏せた。

 

「私は、私の行いが罪であると理解している。いかなる罰でも甘んじて受けよう……此度の騒動にて、罪と罰が誠に適切であったならば、だ。私には、どうしてもそうは思えなかった」

「……お主の今の姿、銀嶺が見ればどう思うじゃろうな」

「私の行いは確かに我が祖父に、そして我が父に対して恥ずべき行為かもしれぬ……」

 

 親族たる祖父の名を出され、微かに動揺したのだろう。

 白哉はさらにもう少しだけ瞳を伏せる。

 

「だが、もしもこのまま処刑の執行を許せば、それは悪しき前例となりかねぬ。それは後に続く若き死神たちに、いらぬ不安と懸念の種を産むこととなりかねん! それでは法に従う死神にこそ育てども、良き死神には育たぬ!」

「はっはっは!! 言うじゃないか朽木隊長!!」

 

 白哉の言葉に即座に反応したのは京楽だった。

 

「全くだ、彼の言うことも一理あるよ。山じいも、そうは思わないかい?」

「ふむ……」

 

 山本に考え直すように話を振る。

 だが山本の意見は変わらなかった。

 

「朽木白哉、阿散井恋次の両名は直ちに極囚、朽木ルキアから離れて処刑の列へと加われ」

「山じい、そりゃないよ……」

 

 思わずがっくりと肩を落とし、編み笠を深く被る。

 だがそれは見た目だけのことだった。

 その笠の奥から覗く眼光は遠く離れた場所――白哉のさらに背後に向けられている。

 

「ほらほら、山じいが頑固だからもう一人、聞き分けのないのが来たみたいだよ?」

 

 その視線が指し示すように、とある一団がこの場に躍り込んできた。

 

「すまない朽木、遅くなった!」

「朽木ィ! 生きてっかぁ!? って、なんだ! もう救出されてるじゃねえか!」

「浮竹隊長……! 小椿三席と虎徹三席も!」

「ごめんね朽木さん! ウチの副隊長様が途中で勝手に離脱しちゃったから!! 文句は海燕副隊長に言ってね!」

 

 十三番隊の浮竹、仙太郎、清音たちである。

 やってくるなり口々に騒ぎ立てるその姿に、阿散井は思わず薄笑いを浮かべていた。

 

「相変わらず騒がしいっつーか……へへ、でも来てもらえると嬉しいもんだろルキア」

「あ、ああ……恋次……」

「んじゃ、絶対に逃げて生き残って礼を言わねえとな」

「そうだな……後でしっかりと礼を言わねばならぬ」

 

 二人が頷き合うその一方、京楽と浮竹もまた軽口をたたき合う。

 

「まったく、遅いよ浮竹。もうちょっとで僕一人で時間稼ぎしなきゃならないところだったんだから」

「そう言うな京楽! 緊急事態に加えて対双殛用の宝具を持ってきたんだ! 遅くもなる!」

 

 二人の間では、既にある程度の打ち合わせが済んでいた。

 万が一にも双殛が使用される場合に備えて浮竹が対策を用意し、京楽は現場で時間を稼ぐという予定だった。

 

「だがどうやら、必要はなかったようだな」

「だねえ。それに朽木隊長、すごくカッコいい事を言ってたんだよ? 浮竹ももうちょっと早く来れば聞けたのに、勿体ないなあ。ねえ、七緒ちゃん?」

「ええ、そうですね。もう少し早くいらしていただければ……」

 

 事実、白哉らが間に合わなければ京楽は一人でも身体を張る覚悟だった。

 だがその計画は幸いにも崩れ、おかげでこうして悠々と軽口を叩ける。

 無論これは京楽の副隊長である伊勢も承知の上であり、彼女は内心で京楽の出番がなかったことをこっそりと安堵していた。

 

「いいかげんにせい!!」

 

 だが浮ついた空気でいられたのもそこまでだった。

 山本の一喝に、周囲はシンと静まりかえる。

 

「そこまでじゃ。それ以上の狼藉は儂も看過できぬ。ゆるりと手を放し、持ち場へと戻れ。今ならまだ間に合うぞ?」

「お気遣い、申し訳ない。だが、我が心は既に決まっている!」

「そうか……ならば容赦はせぬ」

 

 その言葉に返事をしたのは朽木白哉だった。

 既に覚悟の決まった表情に、山本はもはやこれ以上の言葉は不要と悟る。

 

「全員、朽木白哉らを捕らえよ! 殺しても構わぬ!!」

「はっ!」

 

 山本の命令を受け、真っ先に動いたのは雀部だった。

 彼は真っ先に朽木ルキア――正確には彼女を抱き寄せている阿散井目掛けて襲いかかる。

 

「おおっと! 邪魔はさせねえよ!!」

 

 雷のような俊敏な動きに反応した阿散井は、刀を抜いて受け止めた。

 即座に自身の身体を前に出してルキアを庇ってみせると、攻撃を受け止めたまま正面から視線を切ることなく叫ぶ。

 

「逃げろ、ルキア!!」

「恋次!!」

「オラ朽木ィ! 逃げるぞ!!」

「早く! こっちはもう脱出ルートも合流地点も決まってるんだから!!」

「あ、ああ……っ!! 恋次! 死ぬな!!」

「当然だ! 俺も適当な所で逃げるからよ!!」

 

 戸惑うルキアを尻目に、仙太郎と清音の二人はルキアの肩を掴むとまるで強引に引き連れてその場から去って行く。

 

「あらら、逃げられてまうね。しゃあない……それじゃ、ボクらも行こうか?」

「命とあれば、やむを得ん」

 

 逃げ出すルキアらの行動に反応して、市丸と東仙の二人がゆっくりと動き出そうとして、思い出したように口を開く。

 

「あかんあかん、忘れるとこやった。あっちの副隊長の相手をしとき。副隊長同士、丁度エエやろ」

「こちらも同じだ。協力して確実に対処しろ」

 

 そう告げると、二人の隊長が今度こそ動いた。

 そして、残された砕蜂は――

 

「くっ……どうすれば……!!」

「あの、隊長? 俺たちも加勢した方が……」

「動くな! 口を開くな! 気が散る!」

「そりゃねえっスよ……」

 

 ――まだ迷ってたようです。

 

 

 

「……はっ!!」

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「朽木、十四郎。それに春水もか……覚悟は出来ておろうな?」

 

 雀部が阿散井へと向かったのと時を同じくして、山本は白哉へ。そしてその協力者たる浮竹と京楽へと声を掛ける。

 達観したようなその表情は、ともすればこの状況の一切に動じていないようにも見えるだろう。

 けれどその穏和な様相は偽りに過ぎない。

 被った仮面の奥底から、抑えきれぬほどの怒気がゆっくりと漏れ出してきているのが誰の目にも明らかだった。

 

「元柳斎殿……!」

「まあまあ、山じい。仕方ないでしょう。朽木隊長はあれだけ覚悟を決めて啖呵を切ったんだ。何よりこの結果を避けるために、朽木隊長が――」

 

 そこまで口にしてから、京楽はふと言葉を止める。

 朽木白哉が瀞霊廷のどの死神よりも熱心に動いていたのは間違いないだろう。だがその陰に隠れて尽力していた者もいた。

 まるで黒幕が暗躍するかのようなその働きを鑑みて、彼は自然と言の葉を紡ぎ直した。

 

「――もとい、色んな隊長がどれだけ尽力していたことか。知らないわけじゃないでしょう? こうなるのは、ある意味では必然だったってわけじゃないの?」

「そうじゃな、それは予見出来なかった。じゃが、この事態を収めるのが儂の役目よ」

「そっか……じゃ、仕方ないね」

 

 嘆息したように肩を竦めつつ、浮竹・白哉・伊勢の三人へ一瞬で目配せをする。相手が応じたかまでは分からなかった。

 確認する余裕などなく、下手に時間を掛ければ気取られる恐れもある。

 

「それっ! 逃げろっ!!」

 

 目配せが済んだと同時に叫び、瞬歩(しゅんぽ)で一気に駆け出す。

 どうやら目で語ったのは伝わったらしく、全員がそれに反応して動いた。

 

 三名、ではなく――四名(・・)の死神が。目の前にいた、最も気付かれてはならぬ相手が。

 

「……流刃若火(りゅうじんじゃっか)

「ッ!?」

 

 逃げ出した京楽たちの行く手を遮るように炎の壁が生み出され、彼らは思わず足を止めた。止めてしまった。

 

「春水よ、一つ言い忘れておった」

 

 その後ろから、魂を震わせるような声が聞こえてきた。

 

「悪戯を企む洟垂(はなた)れ小僧の考えならば、容易に予見できるぞ? 昔で散々に慣れたのでな」

「あちゃあ……それはどうも、参ったねこれは……」

 

 近づくだけで消し炭になりそうな熱気を放つ炎を前にしながら、背筋に汗が流れる。それは驚くほど冷たく感じられた。

 

 

 

 

 

 

「適当なところで逃げる、とは……随分と大きくでましたな」

「へっ! ああでも言わねえと、ルキアが安心して逃げられねえからな」

 

 雀部の言葉に阿散井はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「けど安心してくださいよ。音に聞こえた雀部副隊長を相手に、手を抜くようなことは決してねえっスから」

「ほう……それは驚きました。私のことをそこまで評価しているとは」

「当然!!」

 

 きっぱりと言ってのけるその内心で、彼は大量の冷や汗を流していた。

 相手の実力が見切れないのだ。底知れないと言っても良いだろう。

 

 阿散井は無能でも馬鹿でもない。

 藍俚(あいり)の教えを受け、斑目に叩き上げられ、そして白哉の元で更なる研鑽を積んでいる。

 その実力と霊圧の高さは、隊長クラスと呼んで差し支えない。

 

 なのに、実力差が読み取れない。

 

 その戦闘力を直接目にしたことこそなかったものの、藍俚(あいり)から雀部の話を聞いたことはあった。

 彼女曰く「自分が死神になった頃からずっと一番隊の副隊長を務めている」と――その経験と年月によって叩き上げられた実力は、下手な隊長よりもずっと強大だと。

 その言葉が心底理解出来たのは、実際に刃を交えた瞬間だった。

 

「好きな女の前で、カッコ悪い姿なんて見せられねえんですよ!!」

 

 自分が卍解を使えることなど、何の利点にもならない。

 そんな確信めいた悪寒が脳裏をよぎり、それを心から追い出すために必死で声を張り上げて己を鼓舞する。

 

「相手によく見られたい。その気持ちは分かる。だが、この現実をどう乗り切る?」

「まさか霊術院時代からの後輩を斬らなきゃならねえとはな……」

 

 だがそんな鼓舞を無に帰すように、さらに二人の声が聞こえてきた。

 

戸隠(とがくし)副隊長……檜佐木副隊長……」

「逃れられるとは思わんことだ」

「こっちも隊長命令なんだ。悪く思うなよ」

 

 三番隊副隊長、戸隠(とがくし) 李空(りくう)。それと九番隊副隊長、檜佐木修平である。

 二人もまた自らの所属する隊長の命を受け、阿散井の相手を務める。

 

「……へっ! 上等!! 同じ副隊長だからってだけで、俺の相手が務まると思ってんじゃねえぞ!!」

 

 腹の底から声を張り上げ、阿散井は斬魄刀を振るった。

 

 

 

 

 

 

「仙太郎! あんたもっと速く走りなさいよ!!」

「っるせーな虎徹! こっちは人一人(ひとひとり)抱えてんだよ! 文句言うなら代わってから言え!!」

 

 ――仙太郎と清音。

 二人はお互いに文句を言い合いつつも、だが丘から距離を取るべく必死で走っていた。

 

 あの場には最低でも副隊長格の実力者が揃っていた。

 そして最も実力の劣る二人が出来ることは、脇目も振らずに逃げることだけ。

 追っ手を足止めするには実力が足りず、足止めどころか障害物にもなれない公算が高い。

 ならば自分たちに出来るのは、息が続く限り逃げ続けることだけだ。

 

 それを理解しているからこそ、二人は逃走を必死で全うしようと走っていた。

 

「あの、下ろしてください! 私は自分で走りますから!」

「馬鹿言ってんじゃねえよ朽木ィ!! いいからお前は黙って背負われてろ!!」

「そうそう! 朽木さん、この馬鹿が潰れたら今度は私が背負ってあげるからね! 乗り心地は期待していいわよ!」

 

 やりとりに心を曇らせたルキアが思わず口にすれば、二人は先ほどの口喧嘩よりも強い勢いで彼女のことを叱る。

 獄中生活で弱っており、さらには霊圧を封印する装置まで付けられているルキアでは、仮に自分の足で走ったところで満足に動けるわけもない。

 清音も仙太郎もそれを理解しているため、担いで移動しているのだ。

 

 加えて運び手が二人もいる。

 ならばまずは仙太郎が潰れるまでルキアを運び続け、潰れれば清音がその後を引き継ぐという方法も取れる。

 もしもこの逃走劇のどこかでルキアが自らの足で逃げるようなことがあれば、それはもはや失敗と同義だとすら認識していた。

 

「まあ、それで正解やろね」

「重要人物を戦場から少しでも遠ざけ、安全の確保と残る者の負担を軽減する。逃走手段は最低でも二つ用意する。常套手段ではあるが、有効だろう」

 

 その声に思わず二人は足を止めた。

 いや、思わずというのは語弊があるだろう。

 

 逃げられないと悟り、本能的に足が止まってしまったとでも言うべきだろうか。

 

「う、あ……」

「あああっ……!!」

「そんな……」

「スマンなあ、お二人さん。けどボクらの相手、誰もしてくれへんかったんや。ご自由にお通りください言われたら、こうなるのもしゃあないわな」

「鬼ごっこはここまでだ」

 

 絶望の声が自然と絞り出てきた。

 市丸・東仙の両隊長が、手を伸ばせば届く程の距離に立っていたのだから。

 

「ああもうっ! 海燕副隊長がいれば……」

「仕方ねえだろ……あの人、あっちの方に行っちまったんだから……」

 

 思わず苦虫を噛み潰す。

 だが仮にこの場に海燕がいても逃げ切れたかどうか。

 数の差だけ見れば優位に立てるだろうが、隊長二人という質の差は想像以上だ。

 

「……朽木、逃げろ!」

「え……?」

 

 ぎりぎりと奥歯を噛みしめた後、仙太郎は背中へとそう呟いた。

 

「俺たちが時間を稼ぐ、その間に……」

「そんな」

 

 無謀だということは言っている本人が一番理解している。

 ついぞ先ほどに「朽木ルキアが自分の足で逃げるような事になればそれは失敗と同じ」だと断じたばかりだ。

 しかしこの状況ではもうそれ以外に方法もない。

 

「その覚悟は立派やなぁ……けど、それは無理や」

「そうだな。無理だ」

「ッ!?」

 

 市丸の言葉に、彼自身予期せぬ場所から同意の声が聞こえてきた。

 それに驚きつつも彼は慌ててその場を飛び退く。と同時に刃のような鋭い手刀が市丸が先ほどまでいた空間を通り抜けていく。

 

「わあっ……っとと、危ないなぁ……砕蜂隊長さん」

「二番隊の……! 一体どういうつもりだ」

「今の行動を見て、まだ説明が必要か?」

 

 ルキアらと市丸らの間へと瞬時に降り立った砕蜂は、挑発するような声でそう告げる。

 

「邪魔しに来た……ってことでええん?」

「む、無茶ですぜ砕蜂隊長! ありがたいが、二人を相手に一人じゃ……」

「……ふんっ」

 

 仙太郎の言葉を鼻で笑う。

 

「いらぬ心配だ。お前たちはさっさと走れ! それに、一人ではない」

「え……?」

「むっ……!」

「あらら……」

 

 その言葉に導かれたように、二人の死神がこの場へ躍り込んできた。

 

「なんだよ畜生! 察するに大遅刻じゃねえか!!」

「じゃが間に合ったんじゃ。よしとせんか!!」

「一護!!」

 

 一護と夜一の二人である。

 久方ぶりに目にした一護の姿に、ルキアは思わずその名を叫んでいた。

 

「よお、ルキア! 久しぶりだな! けど、のんびり挨拶もしてられねえみたいだな……」

「うむ。間に合ったが、どうやら紙一重のようじゃ。用心せい、一護!」

「こういう訳だ! 行けっ!!」

 

 砕蜂の激に、仙太郎たちは再び全力逃走を再開していた。

 

 

 

 

 

 

「あれは……!」

 

 双殛の丘の辺りから突如として、天をも焦がさん程の勢いで炎の柱が立ち上る。

 それを見た途端、狛村は思わず叫んでいた。

 

「元柳斎殿の流刃若火……一体何が起きているのだ!?」

「隊長! よくはわかりゃしませんが、急いだ方がええんとちゃいます!?」

「うむ」

 

 射場の言葉に頷くと、彼は連れ立つ者達へ声を掛ける。

 

「聞いたな、お主たち。急ぐぞ! 儂の後ろを(しか)とついて参れ!」

 

 その言葉に頷くのは雛森たち。

 

 かくして彼らもまた彼の地へと集まる。

 

 

 

 

 

 

 ――そして。

 

「おや、ここは……? ふむ……」

 

 藍染惣右介もまた、この地に姿を現した。

 




気がつくと砕蜂がすぐコメディ要員になっちゃう……でもカワイイ。

●ちょっとだけ解説
(市丸と東仙が動いたちょっとあとの)
「……はっ!!」 (← ここで気配を感じ取って動くことを決意)
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