お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第156話 双殛の丘にて その2

「どうやら、少々予定と異なる場所に出てしまったようだ」

 

 ――双殛の丘には違いないが、やや離れた場所……と言ったところか

 

 周囲を僅かな時間だけ観察した後に、藍染はそう結論づけた。

 辺り一帯の光景は無論、その周辺の植生や地質。そればかりか霊子の質――空気の匂いとでも例えれば良いのだろうか? それら情報からの総合的な判断である。

 

 何より、遠くに見える炎の柱がこの場所がどこかを雄弁に語っていた。

 

「流刃若火……なるほど、アレが原因か……」

 

 どこか物見遊山のような雰囲気すら纏いつつ、猛火を眺める。

 本来ならば双殛の丘へと転移する予定だったのが、現在はややズレて離れた位置に出てしまっている。

 その要因となったのが、あの炎なのだろう。

 尸魂界(ソウルソサエティ)最強最古の炎熱系斬魄刀――その力が空間にまで何かしらの影響を与えていたとしても、特段不思議なことではない。

 位相に変化が出たか、はたまた空間が不自然にねじ曲がったのか。詳細な原因こそ不明なものの、おおかたそのような事なのだろうと納得していた。

 

 そして、流刃若火が使われているということは"処刑が予定通りに進んでいないこと"を意味している。

 何者かの妨害があったと考えるのは当然、自明の理というものだ。

 それも誰か、強力な死神が動いているのだろう。

 でなければあの山本元柳斎が斬魄刀を始解させるなどあり得ない。

 

「だがまずは、現状の確認からだ」 

 

 つい先ほどまで遠く離れた場所にいた藍染は、果たして今この場所で何が起きているのか、その詳細がわからない。

 自分がこれからどう動くかを見定めるためにも、彼は現場へと――業火が猛り躍るその舞台へと急ぐことにした。

 

 

 

 

 

 

「こちらだ! 足場が悪い、転ぶなよ!」

 

 自ら先導する狛村は、足場や周囲の様子を確認しては後に続く者達へと声を掛けて注意を促し続けていた。

 

「ありがとうございます!」

「すまない」

「気にするな!」

 

 律儀に返ってくる礼の言葉を狛村は「無用だ」とばかりにばっさりと斬り捨てた。そしてこの反応は一度目ではない。既に何度か、こういったやりとりをしていた。

 狛村が注意を促しては、強引に話題を切り上げるそれは、一見すればなんとも乱暴な様にも感じられるだろう。

 だが真実は少々異なっていた。

 

 そうやって他の者達を気遣い続けなければ、彼は内なる情動に身を任せて今すぐにでも全力で駆け出していただろう。

 急いて逸る気持ちを、他者への気遣いに置き換えることで必死に耐え続けていた。

 

「隊長……何でしたらご無理をなさらんと……儂らのことは……」

「言うな! 鉄左衛門」

 

 さすがは副隊長と言うべきだろうか。

 ただ一人、射場だけはそんな狛村の心中を慮り、そう声を掛ける。

 

「言われれば儂は、今にも駆け出してしまいそうになる……」

 

 ギリリと音が鳴りそうな程に歯を食いしばり、必死で心の奥の感情を押さえつけながら、彼は心の中で再び自問自答を繰り返す。

 

 ――元柳斎殿が流刃若火を使うなど……何が起きているというのだ……!?

 

 総隊長たる山本が斬魄刀を解放したということは、裏を返せば"斬魄刀を解放しなければならない程の非常事態が起きた"ということでもある。

 

 この時ばかりは、藍染惣右介と狛村左陣。

 二人の考えは奇しくも一致していた。

 

 そして――

 

 

 

「おや?」

「むっ!?」

 

 

 

 ――それは果たして偶然か必然か。

 心中が同じ者同士、無意識に合流したのか。

 出発地点は違えど、同じ場所を目指しているが故に当たり前だったのか。

 

 藍染と狛村らは出会い、そして足を止めた。

 

「藍染!」

「お久しぶりですね、狛村隊長」

「生きておったのか! 四番隊から死は偽装の可能性が僅かにあると聞いておったが……いや、待て!」

 

 平然と、人の良い藍染惣右介隊長の仮面を即座に被ると、さも当然のように挨拶する。そのあまりにも普通すぎる様子に、狛村は湧き上がり掛けた感情を必死で抑えつけた。

 

「お主、誠に藍染……か?」

 

 この事件の裏に潜む真意について、狛村は何も知らない。

 あえて言うならば「何かがおかしい。確認と慎重な行動をするべきだ」と思っているくらいだろう。

 その感情だけならば、彼はここで相手を無条件に信じていたかもしれない。

 だが今の彼は、背に多くの者たちを連れている。友の為にと自らの身を張ろうとした相手との出会いが。

 加えて道中続けていた、自らの心を押し殺してまでその者らに注意を促し続けたことが、どうやら狛村の思考をもう一段階ほど疑り深くしていたようだ。

 

「それはおそらく、眼鏡を掛けていないからでしょう。普段身につけている物がなくなったり髪型を急に変えると、印象が変わると言いますから」

「ならば、眼鏡はどうした? 」

「少々やんちゃ(・・・・)な目に遭いましてね。壊されてしまったんですよ」

やんちゃ(・・・・)、か……」

 

 どこか藍染らしからぬ物言いに、狛村が眉をひそめたときだった。

 

「狛村隊長、何か……ああっ! 藍染、隊長……!!」

「やあ、雛森君。それと――お友達、かな?」

「ひっ!!」

「……っ!」

 

 どうやら気をつけたつもりでも、急ぎすぎていたのだろう。追い付き、何事かと顔を覗かせた雛森と、彼女の周囲の織姫らにも藍染は柔和な笑顔を浮かべる。

 だが雛森らはこぞって怪訝な反応を見せていた。さながら蛙が蛇に睨まれたような、そんな反応を。

 それを見た狛村は、一つの覚悟を決める。

 

「実はな、藍染。儂は湯川隊長から、斬魄刀を預けられた」

「……それが何か?」

「彼女の斬魄刀が、儂の斬魄刀を通して語りかけてくるのだ。藍染、お主こそが――」

 

 最後まで言葉が紡がれる事はなかった。

 藍染が斬魄刀を抜き放ち、狛村を切断しようと振るう。とはいえ相手もそれはある程度予測済みだ。

 なんとか致命傷は避けたものの、両腕に浅くはない傷を負う。

 

「――ぐっ!! やはりか、藍染……!!」

「隊長!!」

「まさか斬魄刀を通じて知らせるとは……やはり、あの女は油断ならない」

 

 射場が叫ぶ中、この惨状を引き起こした当人は一切気にした素振りを見せなかった。それどころか、遠く離れた明後日の方角――その先には中央議事堂が存在する――を眺めながら、忌々しげに言い放っていた。

 

「残念だが、それは見当違いだ! 先の問いかけは、儂がお主を試しただけのこと!!」

「おや、それは意外だね」

 

 藍俚(あいり)から預けられた斬魄刀は、狛村が一度隊舎へと持ち帰り隊首室にて厳重に保管している。そのため、仮に"本当に射干玉が斬魄刀を通じて相手に情報を知らせる"という能力を有していたとしても、現状では知ることは出来ない。

 全ては狛村自身の機転によるもの、雛森らの反応を見たことと自らの直感から咄嗟に吐いた虚言でしかなかった。

 

「まさか君が、そんな頭を使うことが出来たとは」

「おどりゃあああぁぁっ!! 隊長に何をさらしとんじゃああああぁぁっっ!!」

「鉄左衛門!!」

 

 単純に怪我を負わされたこと。そして侮辱されたことに怒り、射場が斬魄刀を抜いて斬り掛かる。

 だがその突撃に、謎の横やりが入った。

 

「きゃあああっ!!」

「どおおおっ!?」

「なんじゃああああああぁっ!?」

 

 射場目掛けて激突した何か(・・)は、彼を巻き込みもみくちゃになりながら団子のような塊になっていく。

 

「あいたたた……な、何があったのだ……?」

 

 その団子状態からいち早く抜け出てきたのは、朽木ルキアだった。

 どうやら清音らが彼女を連れて逃げていたところ、前方不注意で激突した結果がこの大惨事のようだ。

 狛村はおろか藍染すら"ぽかーん"と驚愕させるほどの、ある意味では史上最大級の珍プレーである。

 

「朽木さん!」

「む、雛森か? ではここは!?」

「近づくな!! 離れろ!!」

 

 周囲を見回し現状を把握しようとしていたルキアの背後に、藍染が忍び寄る。雛森や狛村が叫ぶが、全ては遅かったようだ。

 

「これはこれは、なるほど。運などと言う言葉は信じていなかったが、案外馬鹿にならないものなのかもな」

「なっ……藍染隊長……!? う、ぐうううっ!!」

 

 彼女の肩に手を掛けながら、思わず自嘲していた。

 仮に今の様な珍事件がなかったとしても、見つけ出すのは藍染に取っては容易いこと。どこに逃げようともどれだけ離れようとも、確実に捕獲できるだけの自信も備えもあった。

 だがまさか、このような予期せぬ展開になるなどとは、当人ですらまったく予想だにしていなかった。

 ルキアの肩を握る手に、力も入ろうというものだ。

 

「いででで……ああっ! 藍染隊長! ってか何してんだあんた! 朽木から手を放せ!」

「いったーい……仙太郎、もっと前をちゃんと……って、えええっっ!? なんで!?」

「ええからさっさとどかんかい!! わりゃ、何時まで人の上に乗っかっとる気じゃ!?」

 

 どうやら少し遅れて残りの三人も目を覚ましたようだ。

 口々に痛みや文句を訴えつつもルキアと同じように周囲を見渡し、驚愕した。

 

「こ、狛村隊長!?」

「なんで!? なにがあったの!? どういうこと!?」

「十三番隊の二人! 説明は後だ! 詳しくはわからぬが、藍染に何らかの謀反の疑いがある!! 藍染! そやつを離せ!! 人質を取るなどという下衆な真似は許さぬ!」

「朽木!」

 

 叫びつつ狛村は斬魄刀を抜く。

 茶渡も彼の隣へと並びながら、右腕に鎧を纏うような姿へと転じていた。

 

「は、はいぃっ!」

「なんだかわかんねーが……藍染隊長! 朽木は返して貰いますぜ!!」

「いちちち……」

 

 続いて清音・仙太郎・射場の三人がさらに藍染を囲むように並ぶ。

 その間、藍染は無言で俯いたままだ。

 危険性に気付いたのは、包囲に参加していなかった雛森だった。

 

「……っ!! いけない! 逃げてくださ――」

「縛道の七十五、五柱鉄貫(ごちゅうてっかん)

 

 悲鳴にも似た叫び声は、巨大な柱の降り注ぐ音にかき消された。

 

「あ……ああ……」

「ぐ……」

「うぐぐ……」

 

 五柱鉄貫は五本の柱を相手へと打ち込み、五体の全てを地へと縫い付けるという強力な縛道だ。

 詠唱破棄で瞬時に放たれたこの鬼道に反応出来た者は五名の中に皆無であった。各人が、計十本(・・・)もの柱に押しつぶされている。

 

「疑似、重唱……」

 

 それは霊圧を注ぎ込むことで複数回詠唱をしたのと同じだけの効果を生み出すという、鬼道の高等技術である。

 この効果によって疑似重唱によって一度に都合十回、五柱鉄貫を発動させたのと同じ効果を生み出していた。

 疑似重唱の技術こそ知っていても、これだけの効果を生み出したとなれば雛森が戦慄するのも無理はないだろう。

 

「やり過ぎ――」

 

 周囲を柱の山に囲まれたまま、藍染が呟く。

 まるでその声が届いたかのように、その中の何本かがピシリと音を立てながら亀裂が走っていく。

 

「卍解! 黒縄天譴明王(こくじょうてんげんみょうおう)!!」

「――ということもなかったか」

 

 柱の山をまるで積み木の山を崩すかのように軽々と吹き飛ばしながら、中から鎧兜を纏った巨人が姿を現した。

 よく見れば足下には、巨人と同じ姿勢をした狛村の姿もある。

 巨人を呼び出し、自身の動きに連動させて操る――これこそが狛村の卍解・黒縄天譴明王(こくじょうてんげんみょうおう)の能力だった。

 彼はその強大な力を発揮し、五柱鉄貫を力尽くで跳ね返す。

 

 いや、力尽くというのならもう一人忘れてはならないだろう。

 

「ぐ……ふんっ!!」

 

 狛村に負けじと、茶渡が鉄柱を投げ飛ばしながら現れた。

 こちらは単純に筋力だけで、五柱鉄貫を打ち破った……ようだ……

 実際は右腕に発現させた能力によるものなのだろうが、どう見ても筋肉によるものとしか見えなかった。

 

「なんという馬鹿力……」

 

 戦う力を失ってしまったので少し離れた場所にいた雨竜が、これを見て思わずそう呟いてしまったのだが、決して責められないだろう。

 

「藍染! 覚悟!!」

巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)――!!」

 

 狛村の卍解と、茶渡の右腕。それらの攻撃が届くよりも早く――

 

「破道の九十、黒棺」

 

 ――藍染は再び、鬼道を発動させた。

 

 重力の奔流によって相手を囲み圧砕するその術は、余人が見ればまさしく黒い棺に閉じ込めれたのと同じ光景を生み出していた。

 だがそれも一瞬のこと、棺の蓋はすぐに開く。

 

「が……は……」

「……ぐ……」

 

 全身を押しつぶされたように、血を吐き出しながら中の二人は倒れ込んだ。

 

「ま、まだ……」

「……っ……く……」

「丈夫なことだ。いい加減、寝ていたまえ」

 

 黒棺を受けてもなお執拗に藍染へと手を伸ばす狛村たちの姿に、藍染は嘆息しつつ斬魄刀を抜いた。

 

「あああああああああああっっ!!」

「桃さん!」

「良い打ち込みだね。やはり、(きみ)がいればもう少し上手くやれたかもしれない」

 

 させじと、これまで織姫らの護衛に徹していた雛森がついに動いた。

 多少なりとも不意を突いたはずの行動だったが、けれどもその程度では藍染に通用するはずもない。

 

「今となってはやはり……残念だ」

「あぐ……っ!」

 

 渾身の打ち込みをあっさりと払うと、未練を断ち切るかのように彼女の顔面を蹴り飛ばした。

 そして、残った織姫と雨竜へと視線を向ける。

 

「四楓院夜一からか、湯川藍俚(あいり)からかは知らないが、私のことは聞いていたのだろう? 勝てぬ相手には逆らわない。それでいい、それが弱者の賢い選択だよ」

「な……っ!」

 

 絶対に勝てないのだから見逃してやろう。

 そう告げられた途端、織姫は椿鬼を呼び出していた。

 

孤天斬盾(こてんざんしゅん)! 私は拒絶する!」

「……む?」

 

 放たれたのは、藍染からすれば弱々しい一撃だった。彼の意思一つで如何様にも対処出来るだろうその攻撃を、けれども彼は興味深そうに見つめながら躱す。

 

「朽木さんは、渡さない……!」

 

 決意を込めて叫ぶが、だが藍染の耳にはまるで届かなかった。

 ただ黙ったまま何かをじっと考え続け、やがて結論を出す。

 

「興味深くはあるが、今は少々立て込んでいるのでね」

「あっ!」

 

 そう叫んだときにはもう遅かった。

 織姫の反応に藍染は薄く笑いを浮かべると、ルキアを捕まえてどこかに消えてしまった。

 藍染の姿が見えなくなり、その霊圧が遠ざかっていくのを感じ取ながらも、移動術を持たない織姫にはどうすることも出来ない。

 今の彼女に出来ることがあるとすればそれは――

 

「あ、あああああああああああっっ!!」

 

 ――泣き声を上げることだった。

 

 後悔と無念さに苛まれ、自らの足下が崩れ落ちていくような感覚を体験する最中、そんな彼女の肩へそっと手を置かれた。

 

「桃、さん……?」

「駄目だよ、織姫さん。泣いてるだけじゃ駄目。まだ、頑張らなきゃ!」

 

 雛森本人とて藍染に蹴り飛ばされ、決して浅くはない怪我を負っている。それでも織姫を気遣い声を掛けてきたその姿に、少女もまた涙を拭う。

 

「うん!」

「まずは、皆を……――」

 

 残った二人の女性が、その能力を用いて怪我人を治療していく。

 

「……」

 

 その光景をただ見ていることしか出来ない。

 悔やんでいるのは雨竜もまた同じだった。

 




●ルキア捕まえるのギャグすぎじゃない?
崩玉「だって119話で『なんとなく良い感じに上手く展開が転がって――』って願われたから、仕方ないんや!」
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