お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第159話 双殛の丘にて その5

「ぐ……っ!!」

 

 砕蜂の強烈な蹴りを受け止め、東仙は小さく喘ぐ。

 まさか自らの卍解を物ともしない――無明の世界にこれほど対応できる者がいたことは、彼にとって誤算だった。

 想定外の事態に彼が心を切り替えるよりも先に砕蜂は動き続け、攻撃を繰り出している。

 その動きは通常の世界にいるそれとまるで違いが無いように――いや、むしろ通常時のそれよりもよほど苛烈だった。

 見えぬ聞こえぬが故に今の砕蜂は、仮に相手が絶命したとしてもその死骸を容赦なく破壊し尽くしかねないだろう。

 それは相手の状態を感じ取れぬ状態で勝利する以上は当然の帰結であり、なまじ聴覚が残っている為に東仙にはその狙いが手に取るように分かってしまった。

 

 ――どうする……いや、まだだ! まだ私の方が有利……!

 

 卍解を解除することも頭をよぎったが、その考えを即座に捨てる。

 如何な理由があろうとも、今はまだ己の方が有利な状況に変わりが無い。

 そう考えた時だ。

 

「はい……はっ、いえ……了解いたしました」

 

 余人には聞こえぬ空間の中で返事をすると、続けて東仙は卍解を解いた。

 

「むっ!?」

「お……おおっ!? 見えるぞ、聞こえるぞ!」

 

 色が、音が、匂いが。今まで封じられていた感覚が突如戻ったことに戸惑い、砕蜂は足を止める。

 彼女の視線の先には、立ち尽くす東仙の姿があった。

 彼女が肌で感じ脳裏の思い描いていた場所と寸分違わぬ位置に立っており、殴打による負傷と疲労を隠そうともしていない。

 

「……やめだ」

「貴様、何の真似だ……?」

「もうお前たちの相手をしている時間は終わったということだ」

 

 一方的にそう告げられ、砕蜂は訝しむ。

 ダメージを受けすぎて卍解を維持しきれなくなったのかと考えたが、どうやらそれも違うようだ。

 東仙はそこまで口にすると「こうして話している時間すら惜しい」とばかりに、瞬歩(しゅんぽ)にて一瞬で姿を消した。

 

「くっ……ハァ! ハァ……!」

「砕蜂!」

 

 すぐさま後を追おうとしたが、息が切れてしまった。膝が笑い、思わず砕蜂はその場にへたり込んだ。

 見えぬ聞こえぬ空間での戦いは、どうやら想像以上に彼女を疲弊させたようだ。

 訓練で慣れているとはいえ、隊長格を相手に。しかも夜一の居場所までも気遣いつつの激闘を続けていれば、力尽きてしまうのも無理はなかった。

 全身を極度の疲労に悩まされながらも、砕蜂は東仙を追おうと手を伸ばす。

 

「まだ、です……追う……」

「それは儂に任せろ! あやつ程度ならば、お主を背負ってでも追いつけるわ!」

 

 砕蜂の身体を持ち上げ、夜一は軽々と背負う。 

 予想外の出来事と肌の感触に、彼女は思わず惚けた声を漏らす。

 

「……え……?」

「まあ、乗り心地の保証はせんがな」

 

 そう一言だけ告げると、夜一は駆け出した。

 自分で口にした通り、なるほど大した速度だ。それに「乗り心地は保証しない」と口では言いつつも、背中の砕蜂を揺らさないように気遣っているのが走り方でよく分かる。

 

「良い部下を持てて……私は幸せです……」

「だ、誰が副隊長じゃ誰が! 言っておくがの! 儂はお主の一方的な取り決めなど決して認めんからな! こら! 聞いておるのか砕蜂!!」

 

 先ほどの卍解――閻魔蟋蟀の空間内では、ほとんど役に立たなかったのだ。ならばせめて、少しくらいは彼女に報いてやりたい。

 口ではなんだかんだと文句を言ってはいるものの、そんな気持ちも夜一の中にはあった。

 

 天挺空羅の情報が伝えられたのは、そんな時だった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「これは驚いた」

 

 ルキアに向ける刃すら思わず止めて、藍染は一護のことを凝視していた。

 先ほどまで始解までしか至っておらず、腹に穴を開けて動けなくなっていたはずの相手が、突如としてこれだけの動きを見せれば、藍染でなくとも驚くのは当然だ。

 

「卍解、それもこの一瞬で屈服を済ませた、ということかな? だが……」

「さすがに卍解(コレ)見過ごすんはアカン思たんで、つい手ぇ出しました」

「いや、構わないよ」

 

 再び大怪我を負わされてどうやら完全に折れたらしく、一護は倒れ込んだままだ。

 それでも市丸は油断などなく、一護の背中へ神鎗の刀身を撫でつけるようにして、動きを封じている。

 そこへ東仙が現れた。

 

「遅れての参上、申し訳ありません」

 

 だがどうやら、一目で分かる程の怪我を負い、息を切らしているその様子が市丸の興味をそそったらしい。

 

「おやおや? どうやらそっちも、ちょいと手強かったみたいやね」

「気にすることはないよ、(かなめ)。それよりも、よく戻ってきてくれた」

「はっ!」

 

 それでも申し訳ないと東仙が頭を下げる。すると――

 

「貰ったぞ!」

 

 風のような速度で躍り込んできた砕蜂が、藍染の手からルキアを奪い取ってみせた。

 

「一護!」

「よ、る……い……さ……」

「喋るな! じっとしておれ! 儂とて、回道の心得くらいは持ち合わせておる!!」

 

 続いて夜一は一護へと駆け寄り、怪我の治療を始める。

 二人がそれぞれ見せた動きは見事であり、思わず藍染は空になった手を数秒眺め続けたほどだ。

 

「なるほど、君が相手だったのか……要が手を焼くわけだ」

「ああ、少し苦労させられたぞ」

 

 ルキアのことを庇うように抱きしめつつ砕蜂が得意げに言えば、東仙は微かな苛立ちを顔に浮かべた。

 

「だがもうお前たちはこれで終わりだ」

(じき)に他の死神たちもやってくるわい。貴様らの悪行、その全ての責を取らせてやるわ!」

「終わり? なるほど、君たちにはそう見えるのか……視野が狭いことだ」

 

 確かにそう見えるだろう。

 砕蜂の言う通り朽木ルキアは取り戻され、夜一の言う様に他の死神たちが――双殛の丘へと集まっていた全ての死神たちが、この場所へと集結しつつあるのが分かる。

 

「藍染!」

 

 気が早ければ足も速い死神の一部など、すでにこの場所へとやって来ていた。比較的近場にいた山本らや雀部らである。

 彼らはいずれも隊長・副隊長ばかりであり、尸魂界(ソウルソサエティ)でも最強の者たちと言えるだろう。

 それどころか、遠くまで霊圧知覚すれば中央議事堂へと置き去りにしてきた者達が凄まじい速度でやって来ているのまで分かった。

 

「やはり、多少無理をしてでも予定を早めて正解だった」

「……?」

 

 その言葉の真意を測りかね、誰かが疑問の息を吐いた瞬間にそれは起きた。

 天から光の柱が降り注ぎ、それは藍染を中心とした結界のように彼を囲む。

 

「あ、あれは……」

「莫迦、な……」

 

 その光の柱の先――空の一点が、僅かに裂けていた。空間そのものがゆっくりと切り開かれて行き、その奥から白い指が。その白い指は空間を一気に押し広げる。

 

大虚(メノス・グランデ)だと!?」

 

 広がった先には黒い空間と大量の最下級大虚(ギリアン)の姿があった。さらにその奥、闇に覆い隠された先に、何者かの姿があるのも見える。

 そして光の柱が伸びたのは藍染だけではない。

 市丸・東仙もまた同じように光が包み込むと、彼らをゆっくりと持ち上げていく。

 

反膜(ネガシオン)……」

 

 光の正体を山本が口惜しそうに呟いた。

 それは大虚(メノス)が同族を救う場合に使用される能力。光の内と外を干渉不可能な隔絶空間とするものだ。

 つまるところ光に包まれた瞬間から、藍染たちには何者も手出し出来なくなったことを意味していた。

 その事実を頭では理解していようとも、ただ黙っていられるほど死神たちも穏便ではいられなかった。

 

大虚(メノス)と手を組んだ……いや、従えたと言うべきか? だが……何の為に?」

「高みを求めて」

「……地に墜ちたか、藍染……!」

「……傲りが過ぎるぞ浮竹。最初から誰も、天に立ってなどいない。君も、僕も、神すらも。だがその耐え難い天の座の空白も終わる。これからは――」

 

 

 

「――私が天に立つ」

 

 

 

 決意の現れか、はたまた自ら被り続けた仮面を完全に捨て去るための決別の証か。

 藍染は下ろしていた髪を掻き上げると、隊首羽織を脱ぎ捨てた。

 

「さようなら、死神の諸君。これが、君たちの未来だ」

 

 その行動に山本が真っ先に反応を見せた。

 眉間に深く皺を刻むという、傍目には大した事の無いように見える動きであったが、彼の胸中は烈火すら生温い怒りが湧き上がっていた。

 

 藍染が「もはやこれは不要」とばかりに脱ぎ捨てた隊首羽織を縦に引き裂いたのだ。背に刻まれた隊番号が丁度半分に分かつように、この場の者達へ見せつけるようにしたその行動は、なるほど確かに未来を暗示しているとも宣戦布告とも言えるだろう。

 

 もはや豆粒程度の大きさにしか見えなくなった敵たちへ、忌々しげに視線を向けることしか出来なくなった程になった辺りで、狛村がやってきた。

 

「東仙!」

 

 空の上にいる友と信じた者へ向けて叫ぶ。

 

「貴公、何故だ……どうして……」

 

 だがもはや声は聞こえない。いや、届いているのかもしれないが、相手が何かを言っているかも聞こえない。そもそも姿を認識することすら困難なのだ。

 それはもはや一方通行とすら呼べないだろう。

 やがて藍染らの姿は空の向こうへと消えてゆく。

 

「うおおおおおおおおっっ!!」

 

 悲哀の遠吠え。

 それは風に乗り此度の事件の終息を瀞霊廷中へ告げていた。

 




●閻魔蟋蟀
原作ではドームが壊れてましたけれど、こっちは自己解除。
というかアレも壊れたら直らない物なのか、ふと疑問。

●隊首羽織
もう眼鏡たたき割っちゃった(物理的に無い)
隊首羽織を無くした時に山じい凄く怒ってたし(挑発効果抜群)
虚圏に行ったら藍染は着替えるし(お色直し)
なら、もういいかな……って……

●私が天に立つ
(こんな仕事やってられっか! 独立起業して社長になる!!)

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