お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第161話 弐泣決着

 ――雛森いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!――

 

「うわ……すごい声……」

 

『しかも悲しみとか無念とかこんなはずじゃなかったとか、そういう感情をこれでもかと詰め込まれた悲鳴でござるよ……録音して"絶望"という言葉のお手本にしたいくらいの、見事な叫びでござる。ある意味国宝レベルでござるな』

 

 風に乗って流れてきた無念の叫び声が、私と射干玉の心を抉りました。

 なによりも射干玉が「!」を付けてない時点で、心に直接訴えかけてくるというか何というか……コレ、大丈夫なの……? というか、何があったのかしら……?

 

 

 

 ということで中央議事堂から走ることしばし、私たちもようやく双殛の丘までたどり着きました。

 途中、吉良君があまりにも遅かったので担いで走りました。

 今になって思えば、卯ノ花隊長の肉雫唼(みなづき)に乗せて貰えばよかったかも知れないと気付きましたが……気付いたのは到着後なのでもう遅いです。

 到着して、総隊長や京楽隊長らの治療をしつつ簡単に事情だけは聞きました。

 色々と細かな違いこそあれど予定通りというか、ちゃんと虚圏(ウェコムンド)に行けたようで良かったです。

 

 ただ、藍染の「私が天に立つ」をナマで聞けなかったのだけが心残りよね。

 

『仕方が無いでござるよ藍俚(あいり)殿。所詮、拙者たちと藍染殿たちでは歩んでいる道が違うのでござる。(とも)に天を(いただ)かず――世話になったことも、共に戦ったこともあるでござる。ですが、同じ天を戴けぬと知った以上は別れもやむなしでござるよ。愛別離苦、会者定離……この世とはなんと儚くも無情なもの。こうなることはむしろ必定、運命だったでござるよ……』

 

 ……うん。

 偉そうなことを言ってるけれど。

 三国志で言う劉備と曹操みたいな関係で語っているけれど!

 何か急に仏教の言葉とか持ち出してきたけれど!!

 目指してるものが違うだけだからね? こっちは天じゃなくて(おっぱい)を目指してるだけだから!!

 

『これがホントのお前は天に立て! でござるよ!! 拙者達には特に関係なーし!! よし! タイトル回収した以上、いつ打ち切ってもOKでござるな!! エタり上等!』

 

 しないから、絶対にしないからね!

 

 ……えっと何の話をしようとしたんだっけ……?

 

 ……あっ! そうそう!!

 

「すみません、四番隊(ウチの隊)と怪我人が気になるので。これで失礼します」

「そっか、まあ気になるよね……あの声とか……それじゃ藍俚(あいり)ちゃん、またね」

 

 頭を下げつつ一言断りを入れると、そんなことを言われました。

 京楽隊長も、あの叫び声が気になってるみたいですね……というか京楽隊長だけじゃなくて、他の人たちも何やら気もそぞろと言うか……

 

『雛森って聞こえたし、四番隊絡みだからお前行ってこい。と目で訴えられているでござるよ……』

 

 ええ、行くしかないわよね……

 おっかなびっくり、この場を離れました。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……」

 

 ということで現場にやってきたのですが……事態は想像以上にとんでもないことになっていました。

 思わず声に出しちゃうくらい。

 

「……っ! ……ひ……っ!! ……ぐす……っ……!」

 

 泣いてるんですよ、あの日番谷が。

 下を向いたまま目には大粒の涙を一杯浮かべて、所在なく立ち尽くしたまま。

 ぐすぐす鼻をすすり、ひっくひっく嗚咽を漏らしています。

 近くには十番隊の隊士とかもいるんですけど、もうどうして良いのか分からないんでしょうね。皆さん、遠巻きで近寄らないようにしています。

 腫れ物を扱うようにっていうか……見て見ぬ振りを続けているっていうか……単純に怖くて声を掛けることも出来ないっていうか……

 

 本当に、何があったの……!?

 

『泣く子と泣く子には勝てぬ、とはよく言った物でござるよ……』

 

 泣いてる子しかいないじゃない! 泣くと無敵なの!?

 

「いやぁ……アレはちょっと、ねぇ……」

「松本副隊長?」

 

 私も思わず立ち尽くしていたところ、乱菊さんが声を掛けてきました。

 

「私もちょっと前に来て、何があったのか教えて貰ったのよ。んで、隊長のせいで間に合わなくなっちゃったから、文句の一つでも言ってやろうと思ったんだけど……」

 

 何があったのか教えて貰った、ですか……確か市丸と良い仲、だったんでしたっけ?

 となると十番隊と十三番隊でやり合っていた以上、足止めされてしまった彼女は去り際の会話どころか顔を合わせることもマトモに出来なかったということに……

 なるほど。

 文句の一つくらいは言っても(ばち)は当たらなそうよね。

 

「アレを見ちゃうと、文句を言う気も失せるっていうか……隊長も子供だったのよねって再認識したっていうか……」

 

 毒気の抜けた表情でそんなことを言っています。

 でも「文句の一つでも言おうと思って来てみれば、相手が本気で泣いてた」とか言われたら、確かにそりゃあそんな気にもなりますよねぇ……

 

「もうちょっと、隊長に優しく接しようかしら……?」

 

 うわ……あの乱菊さんがそんな健気なことを言ってる。

 ぽつりと呟かれた声に、思わず我が耳を疑ってしまいました。

 

『母性本能が擽られまくりという奴でござるかな?』

 

 そこまでは分かんないけど……

 

「とりあえず松本副隊長……ご自分の隊の隊長が関係していますし、どうぞ」

「……え? い、いやいやいや無理よ私には! 治療関係は四番隊にお任せするから!」

 

 心の傷は専門外なんですけど……! 卯ノ花隊長にも精神科医とかカウンセラー的な指導は一切受けてないんだけど!!

 

『卯ノ花殿は鬼も仏も斬るタイプでござるからなぁ……悩んでいる暇があったら斬ればわかるさ! でござるよ!!』

 

 いや、心が無いわけじゃないのよ……射干玉の意見も否定はしないけど!

 

「あとさっき雛森の名前も出してたし、だからこれは四番隊の担当案件! ね、ねっ!? 十番隊(ウチ)を助けると思って! お願いよぉ、湯川隊長~!」

「あ、ちょっと――!」

 

 なにやら色っぽい猫撫で声を上げながら背中をグイグイ押して来ては、強制的に私を矢面に立たせてきます。

 

「……あ」

「そういうわけだから、後はお願いね」

 

 押しつけてきたかと思えばそのまま本人はそそくさと人混みの中に隠れてしまいました。

 ……くっ、覚えてなさいよ! 次のマッサージの時に倍は揉んでやるんだから!!

 

「……ぐすっ……」

「えーと……」

 

 困惑する私をよそに、日番谷は上目遣いで睨んできました。

 私の方が上背があるので見上げる形になるのは仕方ないとしても、涙たっぷりで親の仇を見るような目を向けて来ます。

 

あんだよ(なんだよ)……どーぜ(どうせ)おばえもぼれを(お前も俺を)ばらいにきたんだろ(笑いに来たんだろ)……」

 

 あ、コレ駄目なパターンだ。

 

『完全にイジけモードに入ってるでござるな。おそらく、何言っても聞かないタイプでござるよ』

 

 放っておくと死ぬまでココに立ってそうよね。

 

『ストライキの亜種みたいなものでござるな。あと、何を話しかけても"そんなの興味ねえし"とか"死んでもいらねえ"とか延々言い続けそうでござる!』

 

 これがもっと小さくて普通の子供だったら「ケーキ作ったけど食べる?」「わーい」「ごめんね」「ううん、こっちこそ」で解決しそうなんだけどね。

 変に大人びてるっていうか、精神的に成長してる途中だから扱いが難しくて……なんとか拳の落とし所をコッチから用意してあげないと……

 

 よーし……出たとこ勝負だけど、やってみましょうか!

 

「日番谷隊長、とりあえず涙を拭いて下さい」

 

 小さい子供への基本応対! しゃがんで目線を合わせてから、懐の手巾(ハンカチ)をそっと差し出します。

 

びらべえ(いらねえ)……」

「まあまあ、そう遠慮なさらずに」

「ぶっ!」

 

 どうせ断られることはわかってましたから。

 有無を言わさず顔面に押し当てて、まずは表情を隠してあげます。

 

()……はにふん(なにすん)……――」

 

 当然暴れてその場から逃げようとするので、相手に身体を抱きかかえて固定するのも忘れません。

 

「とりあえず、今溜まってるものは全部出してスッキリしちゃいましょう」

 

『た、溜まってるモノを……だ、だ……す……!?』

 

 涙とか鼻水とかね。

 

「はい、チーンしてください。そうやって鼻をすすっているのも気持ち悪いでしょう? 大丈夫、今は誰も見てませんよ」

「…………」

「それが終わったら、気が向いたらで良いですから、胸の奥につかえているモヤモヤも聞かせてください。私は気にしてませんし、なにより当事者なんですから聞く権利くらいはありますよね?」

「………………」

「……理由がわかったら、取りなしに協力くらいは出来ますから。ね……?」

「………………(びいいいいっ!)」

 

 最後だけ小声で耳打ちするとやっと観念したのか、手巾(ハンカチ)(はな)をかみ始めました。

 

『情と利の両面攻めでござるな』

 

 このまま延々立たせて「双殛の丘のシンボル・シロちゃん像(生身)としてこれからは生きていきます」ってわけにも行かないでしょう?

 多少強引にでも事態を動かさないと。

 

 そのまましばらく洟をかむ音や嘔吐(えず)く音だけが響き、数分後にようやく止まりました。

 おかげで手巾(ハンカチ)がビチョビチョです。

 

『シロちゃんエキスが一杯詰まったハンカチでござるな……』

 

 気色悪い言い方しないの!

 

「落ち着きましたか?」

「…………(こくり)」

「じゃあ、話を聞いても平気ですか?」

「…………(こくり)」

 

 手巾(ハンカチ)から顔を離したところ、泣き疲れて目を真っ赤にしながらも素直に頷いてくれました。

 

「俺、藍染に色んな相談してて……恩があって……でも、藍染が死んだって、殺され……たって……聞いて、それで……どうしたいいかって……そしたら、藍染が、生きてて……俺に、教えてくれて……湯川が悪いって……雛森を、守れ、る……って……! だか、ら……俺……雛森、のこと……雛森は、湯川のこと、ばっかりで……ひぅっ……」

 

 あらら、話している間にまた泣き出してきましたね。

 喋っている内容も、理解できなくはない。みたいな感じになってます。

 

「だから……ひぐっ! 湯川を……ぐすっ! そうすれば、雛森、守れる……! おかしくないって……これは正しいことだって……すんっ! 自分に、言い聞かせて! 自分は、間違って、ないって……うぐっ……ひぐぅ……!!」

「日番谷隊長は悪くありませんよ、私は許します」

「うっ……うう……うああああああああああぁあああああああっ!!」

 

 とうとう大声で泣き出しました。

 

「だから、桃もその……出来れば許してあげて……ね?」

「……ずずっ……ぶえ……? ぼぼ()……びなぼり(雛森)……?」

 

 慌てて周囲を見回し、日番谷も気付いたみたいです。

 遠巻きに見ている人混み、その最前列にいる桃の姿に。

 そりゃまあ、これだけ大騒ぎしてれば気付いて様子を見に来るくらいはしますよね。

 

「うっ、うう……びなぼり(雛森)……びなぼり(雛森)いいぃぃ……っ! ごべんなぁ! ごべんなざいいいいいいいいいいぃいいいいいいいいいいぃっ!!」

 

 

 

 

 

 

「あー、その……なんだ……湯川……?」

「………………」

「――ッ!! ゆ、湯川隊長! すみませんでした!!」

 

 (こわ)ぁ……見た、今の?

 私のことを「湯川」って言った途端、桃が"すっごい良い笑顔"で日番谷を凝視したの。そしたらあの反応よ?

 目は口ほどにモノを言うって言葉の意味を再認識させられたわ……

 

 あの涙の青空謝罪会見のおかげか、桃もちょっとは態度を軟化させたみたいね。

 本当に"ちょっとだけ"みたいだけど……まあ、切っ掛けは出来たし……以降は当人の努力に期待、ということで……

 

「もうっ! 二度とこんなことしちゃ駄目だよ! シロちゃん!」

「あ……う……す、すまねえ……ごめんなさい……」

「先生は許してくれてるけど、それに甘えちゃ駄目だからねっ!」

 

 やたら素直に頭を下げてきますね。

 

『……藍俚(あいり)殿、お気づきでござるか?』

 

 え……? 何を……?

 

『雛森殿でござるよ……彼女、一度も"許す"とか"考え直す"と言ってないでござる……』

 

 ……あっ!

 

『これはもう、日番谷殿は多分、ずっと尻に敷かれ続けることに』

 

 そういえばさっきも「シロちゃん」って呼んでたわね。それに一瞬反応して訂正させようとしたけれど、その気持ちがすぐに萎えてた。

 指摘するだけの気力なんてもう完全に消え失せてるってことかぁ……

 つ、つまり……これって……

 

『本当の地獄はここからだ!! ……で、ですが雛森殿のお尻なら潰されて本望と言う可能性も……!?』

 

 女の子って怖いわね……

 

「あら、どうしたの吉良君? 顔色が悪いみたいだけど……」

「い、いえ……その……」

 

 気付けば近くに吉良君がいました。

 ただ、表情が真っ青なんだけど……何かあったのかしら……?

 

「大丈夫? 具合が悪いなら……」

「平気です! 大丈夫ですから! お気遣いありがとうございます!!」

「そ、そう……? ならいいんだけど……」

 

 変には思いつつも、特には気にしませんでした。

 

 

 

 その後しばらくしてから、吉良君が土下座しているシーンを見かけました。

 何をしてたのかしら……?

 

 

 

 あと、これは後日談なんだけど。

 吉良君が四番隊の皆の分の雑用を片付けている姿を、時々見かけるようになったの。

 隊士に頼まれている事もあれば、他の子から率先して雑事が無いか聞いてる時もあって。

 なんていうか「ヒエラルキーがちょっと下がった扱い」みたいって言えばいいのかな?

 あの子、三席なのに……どうしたのかしらね? まあ、同じ隊の仲間の仕事を回しているという点では高評価なんだけど……

 

 四番隊では"駆け回る吉良君"の姿は"点数稼ぎに来る日番谷隊長"と並んで、少しだけ名物行事みたいになっています。

 




●泣
こまっしゃくれたガキはガチ泣きする姿が一番カワイイと思います。

シロちゃんは犠牲になったのだ……書いている人の性癖の犠牲に、な……

(一番年下だし、このくらい泣いても(泣かせても)いいじゃない)

●土下座
地に這いつくばり、詫びるかのように頭を差し出す
故に――

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