お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第169話 織姫と(チャドを)トレーニングする話

「もうこれはいらない、っと……よかったよかった」

 

 隊首室の書き物机、その一番上の引き出しに忍ばせておいた手紙をビリビリと破りながらホッと胸を撫で下ろします。

 

 表題に書かれているのは遺書――

 

 ええ、そうです。万が一の為に予め書いておきました。

 (ホロウ)化して更木副隊長と斬り合うんですから、タダでは済まないことは予想していました。なのでこのくらいの準備は当然です。

 これが他人の目に触れることなく、結果的にゴミにできたのは喜ばしい限りです。

 

『パソコンのハードディスク、中身は見ないで処分して下さい。と書いていたでござるな!?』

 

 積み荷を燃やして……

 

『大丈夫、みんな燃えたわ』

 

 ほっと息を引き取る。

 

 ……このネタ、多分通じないわね……

 

 ……え? あの戦いがどうなったのか、ですか……?

 勝者は、草鹿三席でした。

 終了の鐘が鳴る直前――どうやったのか分かりませんが――彼女は更木副隊長の頭の上に移動しており、鳴ったと同時に頭の上でふんぞり返ってました。

 最終的に彼女の頭が一番高い位置にあったので、彼女の勝ちです。

 しかもそれまでは「我関せず」とばかりにお菓子を食べていたこともあって、誰も相手にしていませんでした。

 

「漁夫の利って、ああいうことよね……頭良いわ」

 

 私や剣八二人がいるのに、無傷の勝利です。

 微妙に納得出来ないんですが、最終的には押し切られました。というか、私が味方して認めさせました。

 だって下手な相手に勝たれると「じゃあまた明日やるぞ」とか言われかねないんだもん! 連日は無理なの!! それに今日は予定があるの!!

 

 それと、勝利者権限で「今度は倍のお菓子を持って来て」って言われました。

 昨日は重箱で七段だったから……十四段!? 食べ切れるのかしら……?

 

「まあ、リハビリだと思えばいっか」

 

 昨日の戦いで身体がボロボロになったから、修復した肉体を動かすよい機会だと思いましょう。

 それに、あれだけ好き放題暴れられるのは、それはそれで非常に得難い経験でもあるのですが……あるのですが。

 去り際に卯ノ花隊長が呟いていた「卍解を使いこなせるように特訓……」という言葉が怖くて仕方ありません。

 はてさて、一体誰の卍解を特訓するのかしらねぇ……

 

「次はコンポートとか……うーん、アイスやシャーベット系は溶けちゃうから食べるには呼びつけないと駄目ね。保冷にも限界があるから……」

 

 次に一護ですが、十一番隊で一角とお稽古してるみたいです。

 昨日は色々とやらかしましたからね。阿散井君にも頼み込んでいて「まずは卍解を文句なく使えるようにする」と言っていました。

 吉良君にもフォローするようにお願いしておいたから、怪我や疲労は気にしなくても良いでしょう。それに暴走しても彼の斬魄刀なら動きを封じられるし、腕前もあるから最悪の場合でも仮面を叩き割って無理矢理リセットもできる。

 

「とにかく、今日は平和な一日~♪」

 

『そして次の予定の日でござるな!!』

 

 そう! そうなのよ!!

 実はね、今日も織姫さんが修行したいって言ってたの! それで今日は私もお付き合い出来ることになってたの!!

 一緒に修行しようねって約束したの!!

 いやぁ……昨日頑張った甲斐があったわ……斬魄刀を杖代わりにしながら這ってでも帰ってきた甲斐があったわ……

 

「でもまずはお仕事からね」

 

『ガクッ! でござるよ!! ええっ、このまま一気に過程を全部吹っ飛ばしてマッサージをするのではないでござるか!?』

 

 タイトルを見なさい! どこにも「マッサージをしよう」って書いてないでしょうが!

 今日はこれからお仕事なの! それを終えてからなの!!

 

『働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!!』

 

 私も!!

 だからさっさと書類仕事を片付けるわよ!!

 

 

 

 

 

 

「……あ、もうこんな時間なのね」

 

 気がつけばお昼を過ぎていました。

 ただ私が約束したのは午後からだったので、時間的には丁度良い頃合いですね。

 なのでそろそろ向かいます。

 

 修業場所は、昔はおなじみだった四番隊の訓練場です。

 思えばここで、色んな事がありました。

 一角と戦ったり一角と戦ったり一角と戦ったりしたわねぇ……

 

『思い出がオンリーでござるか!?』

 

 冗談冗談、そんなことよりも……ああ、いたいた。

 

「待たせてごめんなさい、織姫さ……ん……??」

 

 現場についてみればそこには、彼女を含めて三人分の人影が。

 しかもその内の二つはやたらと大柄です。私よりも大きい(185cm以上)です。

 しかもその片方はモフモフです。

 

「おお湯川隊長! 事前説明も無しにすまぬ」

「場所、借りてます……」

「はいご丁寧にどうも。じゃなくて! 狛村隊長!? 茶渡君も!? なんで!?!?」

「ごめんなさい、私が茶渡君にお話したんです。そうしたら狛村さんにも話が行っていたみたいで……」

 

 頭を下げる織姫さんの言葉から、大体の事情は察せました。

 そういえば一日時間がありましたから、仲間を誘ったらさらにその知り合いまで来てしまった、というのもあり得る話です。

 

 あり得る話……なんですけど――!!

 

「こ、狛村隊長……いえ、お貸しするのは構いませんが。それにしても、茶渡君のことを随分と気に掛けているようで……」

「む……! 確かに、現世の者にあまり肩入れしすぎるのも問題であろう。だが儂は、泰虎の男気と信念が気に入ったのだ。すまぬ……」

 

 マジかぁ……マジで、マジだわ……

 狛村隊長、茶渡君のことお気に入りにし過ぎでしょう!!

 

 ……あ! あそこで射場副隊長が隠れて見てる。

 サングラス越しで表情もよく見えないけれど、なんとなく嬉しそう。

 

『あれだけ見ると、某スポ根野球漫画(巨人の星)お姉ちゃん(星 明子)みたいでござるな』

 

 陰から見守ってるからねぇ……

 

「それと……儂と東仙の様な擦れ違いを起こして欲しくはないのだ……そのための一助(いちじょ)となれるならば、儂は喜んで(とき)を割こう」

「左陣……すまない、ありがとう……」

 

 ……え? さじん??

 

 ……あ! 左陣って狛村隊長の名前じゃない!

 ……ということは、もうこの二人って名前で呼び合ってる仲ってこと!? 急接近しすぎでしょう!? 

 

『相性メッチャ良いでござるな!!』

 

 タイプが似てるからねぇ……さもありなん、ってところかしら……?

 

「なるほど……そういう理由でしたら、こちらも特に異論はありません。ですがその、もしかして朝から稽古を……?」

「うむ。雛森三席もおったのだが、業務があると昼前には帰って行ったぞ」

「そ、そうですか……」

 

 桃もビックリしたでしょうね……いきなり狛村隊長と茶渡君が来たら……

 

「ではここからは私が引き継ぎますね。戦闘訓練も、治療も任せて下さい!」

「おお、頼もしいな!」

「よろしく頼む」

「お願いしまーす!」

 

 ということで開始です。

 

「ふん!」

 

 茶渡君の右腕から放たれた霊圧の一撃を素手で受け止め、そのまま力尽くで押し潰してかき消しました。

 

「……ム」

「なるほど、結構強いわね」

 

 これは確かに、隊長クラスでも油断したら大火傷を負いそうです。すごい攻撃力ですね。一般隊士が蹴散らされていたのも頷けます。

 

「私は拒絶する!」

 

 少し遅れて、織姫さんの攻撃が飛んで来ました。

 飛んで来たその一撃を、霊圧をたっぷりと込めた片腕で受け止めます。

 

「くそっ! 離しやがれ!」

椿鬼(つばき)くん!」

 

 私の手の中では、実体化した小さな人間が暴れながら文句を言ってきます。

 これは彼女の盾舜六花の能力の内の一つ、攻撃担当の子ね。ちょっと暴れん坊な性格ってところかしら。

 能力としては悪くないんだけどね。

 

「ふむふむ、こっちもそこそこ強いけれど……担当の子を実際に射出するから、こんな風に無力化されやすいのが難点ね」

「そ、そうなんです……前にもそれで……」

 

 指摘すると少しだけ落ち込んだ表情になりました。

 どこかで死神相手に同じ様な経験があって、手痛い一撃でも受けたのかしら?

 

「技の性質は仕方ないにしても、でもそれ以前に……遠慮して撃ってるでしょう?」

「え、そ、それは……」

「荒事が苦手なのは分かるけれど、これは稽古よ?」

「う……そ、その……」

「本気で攻撃しないと、椿鬼だっけ? この子にも迷惑よ?」

「あう……」

「というか、茶渡君も遠慮してるわよね? 私を傷つけたくないと思ったの?」

「…………」

 

 あら、二人とも黙っちゃったわ。

 

「はぁ……仕方ない……」

 

 ――久しぶりに、先生モードになりますか。

 

「稽古で本気を出せないのに、本番で本気を出せると思ってるの?」

「……ッ!!」

「が……ぐ……っ!?」

 

 少しだけ大袈裟に霊圧を解放して二人へ向けて叩き付けます。

 それだけで驚きながら息を吐き出し、怯えの混じった瞳でこっちを見てきます。二人が纏う雰囲気は、今にも全身を押しつぶされそうなのを必死で堪えている、と言ったところでしょうか?

 

「ほら、どうしたの織姫さん? あなたの椿鬼は私の手の中よ? 大事なお友達なんでしょう?」

「つ、ばき……く……」

「ぐ……ッ! てめ、え……はなせ……」

 

 見せつけるように手の中の椿鬼を手の中で弄べば、彼女は取り返そうと必死で手を伸ばしています。

 私の放つ霊圧に耐えながら、どうにか動こうとしていますが……まだ足りませんね。

 

「そうだ! このまま握り潰したらどうなるのかしら? 元に戻るのか、それとも二度と使えなくなるのか、試して――」

「オオオオオッ!!」

 

 先に動いたのは茶渡君でした。

 右腕を全力で振り抜いて霊圧を放つその姿は、私を絶対に倒さんとばかりの覚悟がありました。

 その様子を見て、私は手の力を緩め(・・・・・・)ます。

 

「へえ……」

 

 軽く口元を歪めながら、今度は斬魄刀を抜いてその一撃を天へ受け流します。

 さて、もう片方はどうかしら……?

 

「孤天斬盾! 私は拒絶する!!」

 

 私が攻撃を受け流しているその後ろで、織姫さんが椿鬼を放ちます。

 今回は動けない私を背後から狙った、決意たっぷりの一撃です。

 

「おっと……あら?」

 

 その攻撃を身を捻って躱しつつ再び椿鬼を掴み取ろうとしたところ、今回はさらりと見事な軌跡を描きながら逃げられてしまいました。

 

「うん……まあ、ひとまずは及第点かしら」

 

 二人の反応に満足しつつ、私は霊圧を放つのを止めてにっこりと微笑みます。

 

「ごめんね、驚かせちゃって」

「ッ!?」

「え……?」

 

 急激な対応の変化について行けなかったようで、二人は目を白黒させました。

 

「狛村隊長も、すみません」

「……お、驚いたぞ。演技か……」

「どうも少し、身が入っていなかったようだったので。それだと稽古をする側も受ける側も為になりませんからね」

「そういえば、霊術院の講師もしておったな……忘れていたぞ」

「はい。新入生の気を引き締める大役を、毎年やらせていただきました」

 

 懐かしいわねぇ……全員シメてたわ……

 

「……新入隊員が下手な席官よりも湯川隊長の言うことを守っておった理由が、よくわかったわい……」

 

 全てを察したような表情をしましたが、多分ご想像の通りです。

 十一番隊希望の子たちを重点的にシメてたけど、やっぱり他の部隊でも似たような反応だったんですね。

 

「……湯川隊長が在籍していた時代に当たらなかったのは、運が良かったのか悪かったのか……」

 

 なにかブツブツ呟いていますが、気にしません。

 

「今のは演技……ということか……?」

「よ、よかったぁ……」

「驚かせちゃってごめんね。でも稽古だから、現在の限界はどのくらいかを知らないといけなかったの。そこを基準にして成長しないと意味なんてないでしょう?」

 

 こうやってちゃんと説明したところ、二人ともどこかしゅんとした表情で視線を下に向けました。

 

「それと、狛村隊長も悪いですよ」

「わ、儂もか!?」

 

 突然槍玉に挙げられて、驚いていますね。

 

「そうです。午前中は一緒に稽古をしていたそうですけど、何をしていたんですか?」

「む、そうだな……霊圧の操り方や、二人の操る力について再検討などだ」

 

 ああ、まだその程度の段階だったんですか。

 となると、私もちょっと悪かったですね。性急に事を進めすぎました。

 

「二人の力といえば、そうそう! 直接受け止めてみて分かったんだけど、その力って本当に特殊なの!」

「え……?」

「なにか、違うのか……?」

「死神や滅却師(クインシー)が操る力ともまた違う……あえて言うなら、(ホロウ)に近い……のかしら……?」

 

 この力ってなんなのかしらね……?

 正体がきちんと分からず首を捻っていると、聞いていた狛村隊長が反応しました。

 

「それは一体どういうことか!? まさか、泰虎たちは……」

「落ち着いて下さい! あくまで分類すれば(ホロウ)に近いというだけですし、そもそもちゃんと生きてる現世の人間ですから!」

「だ、だが……」

「もし疑問でしたら十二番隊に"研究対象です"と言って渡せば数日で解明されると思いますけど――」

「いかん! それはいかん! 絶対にいかんぞ!」

 

 人の形をしなくなってる可能性が高いですからねぇ……

 

『駄目でござるよ! まだおっぱい揉んでないでござる!! このおっぱいをホルマリン漬けなど世界の損失でござるよ!!』

 

「ということで、手探りになっちゃうわけだけど。まずは茶渡君からね」

「あ、ああ……」

「君の力、凄く強いんだけど……どこかまだ遠慮しているのよね」

 

 そう告げると、不審な顔を見せてきました。

 

「遠慮……? いや、そんなつもりはないが……」

「表現の仕方が悪かったわ。攻撃に慣れてない、と言う方が正しいかしら」

「慣れていない……?」

 

 再び茶渡君が首を傾げます。

 そんなつもりはない、と自分の中では思っているようですね。

 

「ええ、死神で例えるなら"斬魄刀の峰で斬り掛かっている"みたいな印象だったのよ」

「峰打ちか……? だが、ありえんだろう」

「普通はそうなんですけど……まあ、あくまで私の印象ですからね。だから"頭の片隅に"くらいのつもりで覚えておいて」

 

 たしか茶渡君、いつの頃だったかは忘れましたが両手で殴ってましたよね?

 となると、そっちに近付けるようなアドバイスの方が良いと思うから……

 

「なにより戦いに向いた力なのは間違いないから……だから、狛村隊長と少し試合でもしてみて。何か掴めるかもしれないから」

「ム……わかった」

「狛村隊長は、できるだけ茶渡君の力を引き出すような立ち回りを意識してみてください。ただ、まだまだ謎の力ですから十分に注意もしてくださいね」

「心得た」

 

 とりあえず、この二人はこれで良いかな……?

 って、いけないいけない。忘れるところだったわ。

 

「あとこれは、お詫びの品物ね」

「う……な、なんだこれは……!?」

 

 茶渡君の身体に手を当てて、霊圧を注ぎ込み回復させます。

 

「こっちの都合で力を使わせちゃったからね、補充をしてるの。どこか変に感じる所はある?」

「いや……なるほど、確かに力が漲ってくる……」

 

 霊圧が補給されて、なんだかやる気に満ちた表情になった、気がします。

 

「準備は良いか泰虎! では行くぞ!!」

「……ああ!」

 

 あっちでお稽古が始まりました。

 

 

 

 

 

 

 ということで私は残った織姫さんの相手です。

 

「次は織姫さんなんだけど、まずさっきの攻撃は良かったわよ。後ろから狙ってたし、捕獲を避けるような動きも高評価ね」

「あ、ありがとうございます! なんとか頑張ったら出来ました!」

「うんうん。ただ一直線に撃つだけじゃ簡単に対策されちゃうから、そうやって試行錯誤をするのは良いことよ」

 

 野球だって、ストレートだけじゃ対応されますからね。

 カーブとかスライダーとかフォークボールとか、多少は球種がないと。

 

 ……直線軌道でも、避けられないくらい速ければそれはそれでアリだけどね。

 

『デッドボール専門のピッチャーとかいやでござるよぉ……!』

 

「ただやっぱり、威力を求めるのは難しそうね」

「うう……す、すみません……」

「別に謝らなくても良いわよ。織姫さんは回復術を使えるようだし、そっちを伸ばした方が良い――」

「で、でも!」

 

 私の言葉を遮って、彼女は叫びました。

 

「あのとき、私、朽木さんを助けられなかったんです……だから、私……」

「……何かあったの?」

「その、実は……」

 

 織姫さんが教えてくれたのは、双殛の丘での出来事でした。

 藍染を前に怯えてしまって、ルキアさんを助けられなかったから……って! ちょっと待った!! アレを相手にして勝てるのって、世界中探してもそうそういないからね!!

 

『でも藍俚(あいり)殿が相手だった時は逃げたでござるよ?』

 

 アレは卯ノ花隊長たちを引きつけるためだから! 本気で戦ってないから!!

 え? 本気でやり合ったら……うーん……勝て、ないわよねぇきっと……

 

 ととと、私のことなんてどうだっていいのよ!!

 

「うん、その気持ちはとても尊いものだけど、だからって何も相手を打ち倒すだけが方法じゃないでしょう?」

「え……?」

 

 性格的にも能力的にも、敵をビシバシ倒すのは向いてないでしょうからね。

 なので矛先を変えます。

 

「例えば、そうねぇ……相手を足止めし続けて、援軍が来るまで耐える――とかはどう?」

「え、で、でも……」

「他にも――守りたい対象と自分は絶対に守る結界を張って防御に徹するとかは? さっきのと似てるけれど」

「あっ、それなら」

 

 少し表情が明るくなりました。

 

「それとも……仮に、仮によ? 仮に五百年くらい鍛えれば、どんな相手でも蹴散らせるようになるかもしれないけれど……やってみる?」

「あ、あうぅ……それはちょっと……」

「でしょう? だったら自分が得意で、出来ることを伸ばした方が良いと思うわ。それが結果的に、良い道に繋がると思うの」

「は……はいっ!」

「うん! 良い返事ね! それじゃあまずは――」

 

 斬魄刀で、自分の手に傷を付けます。

 

「え、ええっ!? な、なんで……こんな……!?」

「まずは織姫さんの能力を間近で体験したいと思って。この傷、治せるかしら?」

「治せます、治せますけど……でも、まさか自分の身体を傷つけるなんて……」

 

 驚きつつも盾舜六花の能力を使い、傷を消してくれました。

 その様子を私は凝視して、さらには霊圧まで解析していきます。

 

「ふむふむ……」

「あ、あの……そうやって見られているとちょっと恥ずかしくって……」

 

 口ではそう言っていますが、回復の手を抜かないのは高評価ですね。

 

「ああ、ごめんなさい。回道以外の術だったから、参考にできるかなと思って……でも、どうやらこれは参考にはならないみたい」

「す、すみません……下手な回復で……湯川さんみたいにできなくて、私って上手じゃありませんよね……」

 

 あらら、落ち込んじゃいました。

 

「違う違う、そうじゃなくて! そもそもこの術は、回復じゃないのよ」

「……え? ええっ!? ど、どういうことですか!?」

 

 突然こんなことを言われたら、そりゃ驚くわよねえ。

 

「観察と体験して分かったんだけど、これって回復というよりは、傷そのものを無かったことにしてるみたいね」

「無かったことに……って……?」

「言葉通りの意味よ。斬られても、斬られなかったことにしちゃう。骨が折れても、折れなかったことにしちゃう。怪我は嫌だから、無かったことにしちゃおう。ってことよ」

 

 軽く説明したところ、何やらおでこに手を当てて考え事を始めました。

 

「……あ! そういえば舜桜たちが"拒絶する力"って言ってた気がします!!」

「でしょうね。詠唱にも"私は拒絶する"ってあるし」

「なるほどーっ!」

 

 納得したように軽く手をポンと叩いたかと思えば、再び表情が不安げなそれになりました。コロコロ変わって、見てて面白いわねぇ。

 

「でもそれが分かったからって、何か変わるんでしょうか?」

「勿論、大違いよ!」

 

 織姫さんを安心させるべく、力一杯太鼓判を押してあげます。

 

「そ、そんなに違うんですか……?」

「自分の力を正しく理解すれば、それだけ無駄がなくなって扱いやすくなり、効果も大きくなるの。これだけでも大成長よ」

「大成長……」

「それとさっき気付いたんだけど、傷を治したときにどうも"傷を負ったという事実"まで消してるから、まずはそれを調整できるようにしましょう。そうやって使いこなせるようにしていけば、拒絶できる範囲も増えて速度も上がるはずよ」

「え、え……あの傷を受けた事実も消えるってどういうことですか!?」

「ああ、ごめんなさい。突然言ってもわからないわよね」

 

 軽く謝りつつ、事象の説明をしてあげます。

 

『忘れた方はお手数ですが、162話を再度目を通してくだされ!!』

 

 読み返すのが面倒な人は「全部拒絶しちゃった結果、免疫や耐性もまとめて消えちゃう」とでも認識しておいてね。

 

「そんなことになってたんだ……知らなかった……」

 

 説明を聞き終えた彼女は「想像もつかなかった」とばかりに呟きます。

 

「今までは知らなかったから仕方ないわよ。これからゆっくり練習していけばいいわ。死神の鬼道に近い力だから、霊圧の高め方も含めてじっくり教えてあげるわね。それと、できる限り防御や回避といった戦闘訓練もね」

「はい! よろしくお願いします!!」

 

 目的がはっきりしたからか、織姫さんはとっても可愛い笑顔でした。

 

 

 

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「ふう……今日はこのくらいにしておきましょうか」

「ああ、そうだな」

 

 いつの間にかお日様は地平線に随分と近くなり、周囲を真っ赤に染めています。

 頃合いを見計らって声を掛ければ、狛村隊長も同意してくれました。

 その一方では――

 

「お、終わり……ですか……」

「ハァ……ハァ……」

 

 生徒二人は息も絶え絶えです。

 仕方ありませんよね、小休止を挟みつつとはいえ数時間ぶっ通しでお稽古ですから。

 死神の私たちは鍛えているからまだ余裕はありますけどね。

 

 なんだったら私は、小休止の度に二人に霊圧を補充し続けていましたから、消費は私が一番大きいです。

 でもへたり込んでいるのは織姫さんたちです。

 若い子だから、仕方ないわよね。

 逆に言えば、まだ伸び代があるわけですから羨ましい話です。

 

 そして、頑張った甲斐はありました。

 

 織姫さんは霊圧が抜群に高くなりましたし、盾舜六花たちの扱い方も上手になりました。

 初歩的な段階とはいえ身のこなしも覚えてきましたので、相手に襲われても怪我を減らせるはずです。

 運動は苦手そうな見た目――特に大きなおっぱいを持っているから――ですが、そこを差し引いても大したものですよ。

 

 茶渡君は戦い方がかなり上手くなりましたね。

 攻撃は勿論、防御とか小回りを使った対応とかを叩き込まれていました。

 なにより特筆すべきは、右腕が進化していたことです。

 この分なら、明日にでも左手を使えるようになるかしら?

 

「二人ともお疲れ様、狛村隊長も今日はお疲れ様でした。ご迷惑でなければ、四番隊で汗を流していって下さい」

「む、それは……だが、良いのか?」

「ご遠慮なさらずに。汗で汚れたまま帰す方が失礼ですから」

「そうか……では、お言葉に甘えよう」

 

 柔和な笑みを浮かべながら、狛村隊長は頷いてくれました。

 

「それと、よければお夕飯もいかがですか? なにかお好きな料理があれば、ご希望に沿いますよ?」

「好物か……泰虎、何か好物はあるか?」

「……トマト」

 

 あら意外、茶渡君ってトマトが好物なのね。

 てっきりお肉とかだと思ってた。

 

赤茄子(トマト)か。ふむ、わかった。湯川隊長、すまぬが……」

「ええ、お任せ下さい。それと織姫さんも、汗を流してきてね」

「そんな! お手伝いします!」

「大丈夫大丈夫。お手伝いはまたの機会に、ね?」

 

 ということで、三人がお風呂に入っている間に夕飯を作りました。

 トマトが好きということで、カプレーゼ・ミネストローネ・ピリ辛サラダ・冷製パスタとトマトづくしです。

 

「美味そうだな……」

「これはまた、豪勢な」

「うわっ、すっごい! お料理が輝いてる!!」

 

 準備が終わって少し経った頃、三人は食堂へとやって来ました。

 

「さあ、どうぞ。おかわりもありますよ」

 

 よっぽどお腹が空いていたんでしょうね。

 私が勧めるよりも先に席について、食べ始めました。

 

「美味い」

「酸っぱくて、冷たくて、いくらでも食べれそうだよぉ……!」

「これが現世の、泰虎たちの食べている物か」

 

 お味の程は……聞かなくても良さそうですね。

 

「あ、狛村隊長。少し動かないでください、毛が……」

「む……ゆ、湯川隊長……!?」

「お風呂上がりだからって、油断しちゃ駄目ですよ。ちゃんと整えますからね」

 

 近くの子から借りた櫛で、毛並みを丁寧に()かしていきます。

 ちゃんと洗って乾燥も済んでいるからか、ふわふわの毛並みですね。うーん、手触りも良くて最高!

 

「はい、男前になりましたよ」

「……すまぬ」

 

 どうしたことか、狛村隊長もちょっとだけ尻尾が揺れてました。

 

 あら? なんで織姫さんたちは私たちのことをちょっと感心するような目で見てるのかしら?

 別に、かいがいしくお世話とかしてるわけじゃないのに……?

 

『(周りからは「お似合いの二人」とか思われているのでござろうなぁ……)』

 

 

 

 そして狛村隊長が帰る間際に――

 

「左陣……今日はありがとう」

「なに、気にするな。儂が好きでやったことだ」

「いや、そういうわけにもいかない。だから……今度は、そっちの好きな料理を教えて欲しい……」

 

 茶渡君がそう告げると、狛村隊長はフッとニヒルな笑顔を浮かべました。

 

「そうか……ならば次は、儂の行きつけの店にでも連れて行こう」

「ああ、楽しみにしている」

 

 そう言葉を交わすと、狛村隊長は帰って行きました。

 

「それじゃあ二人も、今日はもう寝ちゃいなさい。疲れたでしょう?」

「そう、だな……」

「ふぁい……」

 

 汗を流してお腹もいっぱいになったからか、すごく眠そうです。

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

「失礼する……」

「おやすみ、なさい……」

 

 ということで、二人は部屋に戻って行きまし――

 

『……って! 逃がしてどうするんでござるかああぁぁっ!!』

 

 ――はっ! そういえば!!

 

 途中から完全に忘れてたわ!!

 お稽古してお料理作ってお持てなししてブラッシングしたら満足しちゃった……!!

 

 これがアニマルセラピー……

 




●積み荷を燃やして
ナウシカ。

●トマト
チャドの好きな食べ物(検索したら出てきたので多分正解)
なので、トマト料理を出しました。
漢字で書くと「赤茄子・珊瑚樹茄子・唐柿・小金瓜・蕃茄」と五種類あるようです。
(文中は、一番読みやすいであろう「赤茄子」で押し通しました)

ちなみに中国だと「西からきた紅い柿」で西紅柿(トマト)だそうです。
(なお蕃茄は、中国読みでもトマトになるというややこしさ)

●狛村隊長をブラッシング
ねじ込みました。この位しかタイミングがなかったんです……

●狛村隊長の好きな食べ物
好物はお肉だそうです。
……ジビエとかかしら……?

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