お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第18話 同じ職場で働くけれど卒業式はする

 枝を見れば、待ちきれなかった蕾の一部が桃色の花を咲かせ始めています。もう少しすれば、残った桜たちも一斉に花を咲かせることでしょう。

 暦は三月、時期は春。

 

 今日は霊術院の卒業式です。

 

「皆さん、ご卒業おめでとうございます」

 

 入学式と同じく霊術院の大講堂に集められた私たちは、学長のありがたいお言葉を右の耳から聞いて左の耳で垂れ流しています。

 内容なんて「霊術院で学んだことを活かして」とか「次代の死神の模範となるように」とか「新時代を主導するような存在になれるように」とか、そういった事ばっかりですので。

 マトモに聞いている卒業生なんて、片手で数えられるくらい……?

 

 垂れ幕に書いてある第千四百某(14XX)期卒業生の文字――原作開始から三百年くらい前、って事で良いのかな? もう悩むのは止めることにします。

 

 

 

 

 

「じゃあ、またね」

「次に会う時は護廷十三隊の仲間としてだな!」

「いいなぁ……俺、結局入隊試験落ちちゃって……」

「げ、元気出せって!! 来年もあるからさ!!」

 

 卒業式も恙無(つつがな)く終わり、解放されるとそんな声があちこちから聞こえて来ます。

 別れを惜しむ者、死神としての未来に希望を抱く者、どん底の今を嘆く者、悲喜交々ですね。

 まあ、昔も言いましたが入隊試験は割と狭き門です。試験を四回目でやっと合格して、希望の隊じゃなかったけれども死神になれた。なんて話も良く聞きます。

 何時の時代も変わりませんね。

 

「小鈴さん……藍俚(あいり)さん……わ、私たち……」

「ほらほら綾瀬さん、泣かないの」

「だ、だって卒業ですよ。私たち、離ればなれになっちゃうんですよ!」

「確かに卒業はするけれど、私たちは四月から護廷十三隊で一緒に働く仲間でしょう? そんなに離ればなれってワケじゃ……」

「それはそうですけど! うう……」

 

 周囲の空気に酔ったのか、綾瀬さんが別れを惜しむように号泣しています。

 ホント、この子は感受性強いですね。もうちょっとしたら今度は同じ死神として働くというのに。

 

「綾瀬さんは八番隊に、蓮常寺さんは六番隊。どっちも在学中に希望の隊に配属されたんだもの。誇って良いと思うし、また会う機会はたくさんあるでしょう?」

「そういう湯川さんだって、在学中に合格しているでしょう。あなたも充分誇って良いと思うわよ」

「私はホラ、四番隊になりたいって死神はちょっと少なめだから。オマケで合格できたみたいなものよ、きっと多分」

 

 はい、そうです。

 

 運良く一度も留年することなく卒業。そして卒業後には四番隊の死神になることが決定しました。

 

 成績は極めて普通だったんですけどね……ずっと第二組のまま、一度も特進クラスに上がれなかったのがそれを物語っています。

 一応、鬼道と歩法は割と良かったのです。ただ斬術と白打――拳を使った戦闘術――がイマイチで……特に斬術は、年々みんなに追い抜かれました。

 うう、師匠からこの辺はみっちり教わったはずなのに、何ででしょう?

 

 入隊試験も受けましたが、基本的には霊術院の入院試験と変わらなかったです。ただ、求められるレベルがとても高かっただけで、それ以外に特筆すべき点はなかったですね。

 ただ、入隊後にどの隊へ配属されるかは本人の希望と適正、全体のバランスを見て割り振られるわけですが。じゃないと隊ごとの人数の格差が酷くなりますから。

 なので四番隊志望だからといって回道や救護の講義を取るのが必須というわけではなく、入隊してからも教えて貰えます。

 まあ、十一番隊志望の暴れん坊が四番隊に配属させられて腐る、なんてのも良く有る話みたいです。

 

「だから、補欠合格みたいな私よりも、ちゃんと希望通りの隊に入れた二人の方が――」

「謙遜はしないの!」

 

 私の言葉は途中で蓮常寺さんに強引に止められました。

 

「あなたが四番隊に入りたいと思って回道の勉強を良くしていたり、斬拳走鬼も必死で学んでいたのを私は知っているわ。それにあなたの整体術も――」

 

 そこまで口にして、顔を真っ赤にして一度言葉に詰まりました。

 ははーん、さてはこの間のことを思い出しましたね?

 

「ん、んんっ!! とにかく! あなただって頑張ってた! だから入隊できた! 配属された部隊は違っても志は同じ筈よ! それでいいじゃない!!」

「えへへ……そう、ですよね! それじゃあ私たち、これからは隊長目指して頑張りましょう!!」

 

 元気を取り戻した綾瀬さんが力強く拳を振り上げました。

 

 

 

 

 

 ――と、ここで終わるのではなく、もう一悶着。

 

 

 

 

 

「あ、そうだ! 二人に一つだけお願いがあったんです!」

「え? 何かしら……?」

「私ばっかり名前で呼んでいるのはズルいと思うんです! だから私のことも幸江って呼んでください!!」

「ええっ!? そ、それは……」

「わかったわ、それじゃあ――幸江さん、小鈴さん。これからも仲良くしてね? ――こんな感じ?」

「おおーっ! いいですねぇ! さあ、小鈴さんも!!」

「え、え!? えええぇぇっ!?」

 

 その後、顔を真っ赤にして俯きながら「幸江さん、藍俚(あいり)さん」と呼んでくれました。とっても可愛かったです。

 

 

 

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「お久しぶりです! 師匠!!」

 

 瀞霊門――それも北の黒稜門――を開けると、藍俚(あいり)の視界には見知った顔……というよりも巨体が飛び込んでくる。

 内側から開いた門に何事かと思ったが、そこから知った顔が現れたことで斷蔵丸はすぐに警戒を解いた。

 

「おお、お主か! しばらく顔を見せなかったら心配しておったぞ!」

「疎遠になっていたことは申し訳ありません。連絡を取りたかったのですが、下手すると通行許可証が発行されずに立ち往生しそうだったので」

 

 斷蔵丸の言葉に藍俚(あいり)は申し訳なさそうに頭を下げる。とはいえ斷蔵丸もその辺の事情については知っているため、それ以上の追求などしない。

 

「まあ、良い。して、今日は何の用じゃ?」

「はい! 先日霊術院を卒業して、正式に護廷十三隊の死神となれたのでそのご報告にと思って」

「なんと、そうであったか! 便りが無いのは無事な証拠とは良く言った物だ! これはめでたい!!」

 

 心配していた弟子――それも五十年も芽が出なかった相手――の立派になった姿に、思わず斷蔵丸は喜色の声を上げる。

 

「それと、これは今までお世話になったお礼です。師匠、これをどうぞ!」

「これは?」

「樽酒です。細々とお金を貯めて買いました。師匠の身体だと量が足りないかもしれませんが……」

 

 そう言うと藍俚(あいり)は傍らに置いてあった樽のうち、一つを斷蔵丸の近くに置き、もう一つの樽を担ぎ上げる。

 

「それじゃあ私は、女将さんたちのところに行って来ます。あっちにもご報告とお礼の品を渡したいので」

「うむ、そうか。積もる話もあるだろうが、もうお前は死神だ。出入りについてはとやかく言わぬ。存分に語らってくるがよかろう」

「ありがとうございます師匠!」

 

 一礼をすると、大通りを駆け抜けていく。

 その速度は酒樽を一つ担いでいるとは信じられぬほどの速度だった。

 

「ふむ、あれだけ苦労していたあやつが立派になったものよ……いや、苦労していたからこそか?」

 

 去りゆく背中を眺めながら、斷蔵丸は大樽を掴むとそのまま軽く呷る。

 その味は、彼が今まで口にした酒の中でも格別だった。

 


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