「これが現世か……」
「俺が現世に行った頃とは、全然違う光景だな」
無論、彼らは全員最低でも一度は現世に行ったことはあるのだが、その頃の記憶と目の前の風景が違いすぎたのだ。
瀞霊廷の貴族街か、はたまた十二番隊の近所を彷彿とさせるように発展した街並みに、彼らは目を丸くする。
「そういや阿散井は、ちょっと前にも来たんだろ? なら、頼りにさせて貰うぜ」
「イイッ!? いやぁ、でもあのときは湯川隊長の後について回ってただけなんで……そこまで詳細に覚えちゃいないっていうか……何しろあのときはルキアのことで頭がいっぱいだったもんで……」
海燕の言葉に、恋次は申し訳なさそうに頬を掻く。
実際、あの時の彼の立場からすれば現世観光のような気楽な気持ちなど、これっぽっちも持てなかっただろう。
「……ってことは、この中で現世に一番詳しいのは朽木ってことか!?」
「はい! 任せて下さい副隊ちょ――」
「あ! 忘れるところでした!」
名前を呼ばれたルキアが得意げに胸を張ろうとした瞬間、雛森が声を上げる。
「実は先せ……湯川隊長から、こんな物を貰ったんです」
「なんだそりゃ? 本……だよな?」
「表紙に書いてあるな……現世のしおり、だと……?」
「普通に考えれば、現世での注意事項をまとめてあるんだろうね」
鞄から取り出した一冊の本に、その場の全員の注目が集まった。
そこにあったのは、彼らの独白通りの本である。
しかも紐で頁を綴じて製本されているという、手作り感いわゆる一冊。表題には一角の言葉通り手書きで「現世のしおり」と書かれている。
これこそ現世に行く吉良たちの為に
これを読めば、コンビニで「手にぎりおむすびって怪しくねえか? ウラで糸を引いてる奴がいるんじゃねえの?」などと思っても、すぐに疑問が解消できるぞ!
他にも細かい注意点とか、現世での便利な暮らし方が満載だ!
やったね!!
なお、頑張って徹夜で書いた物なので、この一冊しかないのだけが欠点である。
「さすが湯川! 現世学の講師もしていただけの事はあるな!! んで、ソイツにはなんて書いてあるんだ?」
「えっと、ちょっと待って下さい。私もまだちゃんと目を通していなくて……えっと……」
出発直前に渡されたこともあってまだ現世のしおりを読み込んでいないため、雛森は大慌てで
探しているのは、
「あ! ありました! えっと……――」
どうにかこうにかお目当ての
「まずは、現世での活動拠点を借りろ。って書いてあります」
「活動拠点、だと……?」
「はい。先生が言うには……まんすりーまんしょん? とか言うのがあるそうなので、駅の周りの不動産屋さんを訪ねて交渉してみろ。できれば日単位で借りられて、即日入居可能な物件が良い……って書いてますね」
「まんすりーまんしょん? なんだそりゃ?」
「あ! ここに書いてあるよ。賃貸契約可能な住居のこと、長屋などと同じ……だそうです」
聞き慣れない単語に一角が首を捻れば、雛森の横から本を覗き込んでいた吉良が注釈に気付き、そう答える。
「へえ……現世にゃ、便利な物があるんだな」
「というか一角。活動拠点を借りろとか、即日入居とかいう言葉があったんだから、なんとなく想像は付くんじゃないのかい?」
「うっ、うっせえな弓親! とにかく、そのなんたらカンタラに行けばいいんだな!? よっしゃ! 行くぞ!!」
「待て待て斑目! 殴り込みに行くんじゃねえんだぞ!!」
「えっと、駅前の場所は多分朽木さんが知っているから案内してもらえ、って。それと交渉の際には志波副隊長に任せること。現金を多めに積んで融通を利かせて貰うこと。それと一角は外で待っていろって――」
「ああん!?」
「ひいっ! だ、だって本にそう書いてあるんですよ!!」
「
天に向かって吼える一角を見ながら、吉良は自分の鞄から札束を取り出していた。
「うおっ! そ、それはなんだ吉良!? 現世のお金ではないか!! 一体どうしてそんな大金を!?」
「……ん? ああ、これは先生から預かった活動資金だよ朽木さん。現金を多めに積むって言ってたから用意しておこうと思って」
なお、どこぞの隊長のポケットマネーである。
拠点を借りろと指示した以上、このくらいの金額はポンと出すのだ。勤続年数が長いので、貯金もいっぱいあるぞ。
「すっげーな……なあルキア! これ、幾らくらいあんだ?」
「馬鹿者! これだけあれば、何でも買い放題だぞ!」
「か、買い放題……だと……?」
「……いや、二人とも。これは共用のお金だからね?」
――このお金の束がもう二つあることは、黙っておこう。
二人の様子に、吉良は思わず心の中でそう決意する。
「てか、お前ら! そろそろ出発すんぞ! 日の高いうちに要件は済ませるからな!」
騒がしくなりつつある一行に海燕が声を掛け、全員を引き締める。
何しろ彼等は現世に来たばかり、まだ義骸に入ってすらいないのだ。
だというのにこれだけ騒げるのは、頼もしいやら残念やら。そんなことを思いつつも、海燕は隊長の責務を果たそうとしていた。
そして彼らは向かう。
不動産屋に。
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「お、おい……今、窓から入ってきたぞ……」
「何だアイツら……?」
「おーい黒崎ー。それみんな、あんたの知り合いー?」
何しろ見知らぬ一団が現れたと思ったら、続いて二名の男女が窓から登場。
しかもその全員が黒崎一護の知り合いといった雰囲気なのだ。
制服を着ているものの全く見たことがない男女がこれだけ登場したとなれば、騒ぎにもなろうというものである。
「つーか、あの赤髪とスキンは何だよ……?」
中でも生徒たちの目を特に引いていたのは恋次と一角だった。
両者とも長身に加えて頭部が特徴的すぎる。見てしまうのも当然だろう。
「金髪もいるぞ……」
「え、でもあの金髪の人、ちょっとイケメンじゃない? 陰があるっていうか……」
容姿が良い方であるためか、金髪なれど吉良は女生徒にウケていた。
そして――
「あの窓から来た片方って……黒崎に似てるよな……?」
「まさか兄弟とか!?」
「でも髪が黒いぞ? 兄弟はありえねえだろ?」
「いや俺知ってるけど、アイツの妹の片方は黒髪だったぞ。だから可能性はあるんじゃ……」
「なるほど! 見た目は大人っぽいから、兄なんじゃねえのか?」
海燕が違う意味で目立っていた。
「はー、ったく……頭痛くなってきたわ……」
「まあまあ、副隊長……ここは我慢ということで……」
「いや、騒がしいのは良いんだよ。清音と仙太郎で慣れてるからな。むしろ
辟易したように嘆息する海燕の姿に、ルキアが慌てる。
「いえその、今帰るわけには……」
「わかってるよ! つーわけだ。一護、ちょいとツラ貸せ」
「え……?」
その言葉に、教室中が再びザワつき出した。
「ツラを貸せって……」
「やっぱり不良……?」
「赤い髪にイレズミだぞ? おっかねえ……」
どうやら、ワードのチョイスが問題だったようである。
「なんだか、騒がしくなってますね……」
「気にすんな恋次。人間共の
「あー……そのなんだ、ちょいと込み入った話があるからな。人目につかねえ場所に移動したいんだよ。だから、ツラを貸せって言っただけで……」
男、志波海燕。
必死で笑顔を作り、騒ぎにはしたくないし、何も問題は無いのだと教室内へのアピールである。
「人目につかない場所ってことは……」
「やっぱりヤキを入れられるってことなんじゃ……?」
だが、やっぱり逆効果だったようだ。
「…………ッ!」
「駄目です副隊長! 抑えて下さい!!」
思わず手が出そうな気配を出したところを、ルキアが飛びついて止める。
だがその動作にまた教室内が騒然としかけたときだ。
「わあ! 桃さん!! 来てくれたんだね」
「織姫さん! うん、そうなの!」
それまでの殺伐とした空気が一瞬にしてぶち壊れた。
織姫と雛森は、そんな雰囲気などどこ吹く風といった具合で、手を取り合って再会を喜んでいる。
「え……何? ヒメの知り合いなの……?」
「うん、そうだよ千鶴ちゃん」
「可愛いわね……しかもヒメと並ぶと……これはセットでお持ち帰りしたい……」
「おい、本匠が……」
「いつものことだ、ほっとけ」
「てかあの一団、井上の知り合いでもあるのか……?」
「なら、安心か……?」
教室内が再び別の意味で騒がしくなる。
「コラー! オレ抜きでそんなテンション上げてんのはどこのどいつだ!? この……」
「え……?」
「か、可憐だ……清楚だ……可愛い……」
一護のクラスメイト、浅野啓吾が騒ぎを聞きつけて教室へと突入する。
かと思った途端、織姫と並んだ雛森の姿に目が釘付けになっていた。
「なんかよく分からんが、今のうちに場所を変えるぞ一護」
「あ、ああ……んじゃ、外にでも……」
「その辺は任せらぁ。それと、茶渡に井上。お前らも来い」
「え……? うん」
「ム……」
注意が逸れて多少なりとも空気が弛緩したのをこれ幸いとばかりに、死神たちは一護らを連れて教室から退散して行く。
……あ。
浅野さんは、ちゃんと一角に睨まれてビビりました。
乱菊がいなかったので張り倒されずには済みましたが、腰が抜けて立てなくなりました。
「話は聞いたぜ一護。大変だったそうじゃねえか」
とりあえず校舎裏へと場所を移し、周囲に関係者以外がいなくなったことを確認してから海燕は口を開いた。
「
「え、ええまあ……てか、耳が早いっスね……」
「まあな。ちらっと程度だが、俺も話は聞いてらぁ。けどな、その程度で落ち込んでんじゃねえよ。安心しとけ、都だって
励ますようにバンバンと一護の肩を叩きつつ、海燕はさも当然のように言ってのける。
そのどっしりとした態度に、一護もまた安堵したように表情を綻ばせていた。
「ありがとうございます……その言葉だけでも、救われるっていうか……」
「なーに気にすんな! 知らねえ間柄じゃねえんだからよ!!」
「はは……そうっスね……ところで、どうして
「うむ! それは私が教えよう!! それはだな――」
一護の疑問の言葉に、ルキアが胸を張って"ずいっ"と前に出る。
そして、
死神たちがどうして現世にやってきたのかについての説明がされた。
「――とまあ、こんなところだな」
……なお、口頭説明に補足するようにして雛森がスケッチブックで絵を描いていたため、非常に分かり易かったらしい。
「あー、だから吉良たちもいるんだな」
「そういうことだよ。
「おう!」
「……よろしく」
見知った顔である吉良がいることで、一護と茶渡は安心していた。
「そっかぁ……じゃあ、今度は
「そうなの! それでね、まんすりーまんそん? とか言うのを借りたの!」
「え、マンションを!? すっごーい!! ねえねえ、遊びに行っても良いかな?」
「勿論! 大歓迎だよ!!」
そして、もはや説明不要とばかりに嬉しそうに会話を繰り広げる二人であった。
ちなみに住居は無事に借りられました。
男部屋と女部屋で区切っているので、男部屋がちょっと手狭ですね。
「それと、だ。一護、少し頼まれちゃくれねえか?」
「え……何をですか海燕さん?」
話も終わり、教室へ戻ろうとしていたところで声を掛けられた。
それまでの明るい雰囲気から一点、真面目な顔を見せた海燕に、一護も思わず緊張した面持ちで返事をする。
「放課後って言うのか? この学校ってのが終わってからで構わねえんだ。お前の家に案内してくれ」
「俺の家ですか? そりゃ構わねえですけど……?」
「海燕副隊長! 一護の家なら私も知っています! 案内出来ます!!」
「ん、そういやそうか。なら朽木、案内頼めるか?」
「お任せ下さい!」
「あー……まあ、ルキアなら適任か……」
やたらと張り切った様子を見せるルキアの姿に若干の不安を覚えて声を掛けようと思いつつも、結局一護は任せることにした。
「んじゃ、一応俺の知り合いが家に行くって連絡だけは入れておきますよ。けど、ウチに何か用でもあるんですか……?」
「ああ。ちょいとお前の親父と話し合いに、な……」
不敵な笑みを浮かべる海燕の姿に、一護は思わず父親の無事を祈っていた。
二秒くらい。
●マンスリーマンション
月単位で借りる短期賃貸マンション(週単位、日単位もアリ)です。
古くは1970年代に原型が、1980年代にはウィークリーマンションも出来て正式なビジネスになったようです。
ですので(連載時の年代を考慮したとしても)十分アリ。
長期任務なのに、仮宿も無しに現世に放り出される死神たちも、これで安心ですね。
家具付きなので居住性もきっと良いぞ。
ただ、現実的に考えると即日入居は条件が色々と厳しそうではあります。
それに加えて、身分証とか緊急連絡先とかも必要になるはずです。
なのでその辺を、現金という名の暴力で解決しています。
海燕さんなら見た目は大人ですし、保証金として多めに払えば融通も聞かせて貰えるでしょう。多分。
●現世のしおり
某隊長が一晩で書き上げた、現世での暮らし方の手引き書。
これを読めば自動改札だってへっちゃら。
●お金
一角がコンビニのオニギリを外で食べたりしてるから、死神たちも自前のお金はあるはず。
なら、お金くらい支給してもいいよね。
●一護たち
授業をサボるわけにもいかないから。