「ねっ……ネエさぁぁぁーーんっ! ……おぶをぁ!?」
「久しぶりだなコン」
一護の部屋に入るなり飛びついてきたぬいぐるみ――コンをルキアは無表情で蹴り飛ばし、続いて後頭部をグリグリと踏みつける。
絵面だけみれば、少女がぬいぐるみを虐待しているそれだ。
「ああ、ひと夏越しの再会にも関わらず一片の迷いも無いこの踏みつけ……これぞまさしくネエさん……! オレは、オレは幸せっス……! ネエさん……!!」
だがまあ、ぬいぐるみの中の人が幸せそうなので虐待では無い。
断じて違う。
あと、ルキアは高校の制服を着ていて、制服はミニスカートで、うつ伏せのコンが必死で頭を上げてどうにか視線を確保しようとしているが、特に意味はない。
ないったらない。
「てか、急にどうしたんスかネエさん? たしか一護から聞いた話じゃ、ネエさんは
「いや、違うぞ」
「ガーーーーン!!」
踏みつけから脱出し、それまでのやり取りなどまるで無かったことのようにやり取りを続ける二人であった。
「お前も知っているだろうが、一護は
「仕事っスか……そう、っスよね……でも良いっす! それでも全然嬉しいっス! こうしてまたネエさんと一つ屋根の下で暮らせるんスから!!」
「ん? いや、
「え……」
コンの目が一瞬にして死んだ魚のように輝きを失う。
「じゃ、じゃあもう一護の部屋には泊まらない……ってことっスか!?」
「当然だろうが。もう"なんとかまんしょん"という部屋も借りておる。それに……」
「そ、それに……?」
「い、いくら一護が年下のガキとはいえど、他の男と同じ部屋で寝泊まりするのは、その……恋次の奴に不義理であろう……? 男女七歳にして席を同じゅうせず、とも言うからな。あやつに要らぬ心配は、掛けたくないのだ……え、ええいっ! 言わせるな!!」
もじもじと、まるで年頃の花も恥じらう乙女のような仕草を見せながら、この部屋には泊まれない理由を口にする。
どうやら恋次と正式にお付き合いをすることになったことで、彼女の中に意識の変化が色々と生まれたようだ。それと、
端的に言ってしまえば「彼氏がヤキモチ焼くから無理」ということである。
「そんな……!! ネエさんが……ネエさんが、男に誑かされている……!! おおおおおお落ち着いてくだせえネエさん! お気を確かに!! 今すぐこのオレが真実の愛で目を覚まさせて――ぐばあっ!?」
「しかし、海燕副隊長は大丈夫であろうか……? いや、むしろ一心隊長殿の方が心配……か……?」
「ネエさんが……オレの、オレだけのネエさんが……こ、これが寝取り……オレがしっかりしてなかったばっかりに……こんなバッドエンド……セーブポイントは一体どこに……」
ベッドに腰掛け――そのついでにコンを再び蹴り飛ばし、踏みつけて黙らせながら――ルキアは、階下の二人のことを気に掛けていた。
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「ここか」
「はい、ここが一護の家です」
さて、ここで時間は少しだけ過去へ戻る。
具体的には、丁度ルキアと海燕が黒崎医院の前へと到着した頃に。
ちなみに。
学校にて一護らに一通りの説明を終えた後、他の者たちは拠点の準備やら周辺の地理を頭に叩き込むやら、それぞれやることをやっている。
海燕だけが私用で別行動を取っており、ルキアは案内役として付き添っていた。
「それで、用があるときは門の前にあるこの"いんたぁほん"というのをですね――」
――ピーンポーン!
「と、この様に押します」
「なんだこりゃ? 呼び鈴みたいなもんか?」
副隊長に知識を披露できて得意げなルキアであったが、海燕はというと鳴り響いた耳慣れぬ電子音に胡乱げな表情を見せるだけだった。
ちなみにインターフォンという名称の場合は通話が出来ることになるので、音を鳴らして来客を知らせるこれは"呼び鈴"や"ドアチャイム"という方が正しいだろう。
それはそれとして。ドアチャイムの音が鳴り響いてから待つことおよそ百秒。
黒崎医院の扉が内側からゆっくりと開き――
「……はい」
――続いて一心が覗き込むようにそーっと姿を現した。
「よお、久しぶりだな一心。その様子からすると、どうやら色々と覚悟は決まってるみてえだな」
「は、はい……」
現れた頭を鷲掴みにすると、海燕はそのまま強引に一心を引きずり出す。その間、一心はと言えば捕らえられた獲物のように無抵抗のままだった。
「うっし! んじゃ、ちょっとお話すんぞ。ああ、朽木。案内ありがとな」
「え、あ……いえ! まだ副隊長は現世に不慣れでしょうし、帰りまで案内させていただきますから!」
「ん、そうか? なら頼まぁ。なーに、そんなに長い時間を掛けるつもりはねえからよぉ!」
「ッ!!!!」
どうやら海燕が掴む手に力が込められたらしい。
無言のまま、けれど身体をビクッとさせるがそれでも一心はそれ以上の抵抗を見せなかった。
「で、では二階の一護の部屋にでもいますので、終わりましたら声を掛けて下さい!」
「おう!」
勝手知ったるなんとやら。
家主である一心の頭を掴んだまま、海燕を先頭にして中へと入っていく。
どこの誰とは言わないが、気分は処刑台へ送られる死刑囚のようだった。
「とりあえず言いたいことはあるが、まず言っておくぞ」
お説教場所として選ばれたのは黒崎家のリビングである。
海燕が椅子に座り、一心がその前で正座するという極めてオーソドックスなお説教スタイルで始まった。
「お前さ、俺が現世に来たことは霊圧で分かっただろ?」
「はい」
「んじゃあさ、そっちから出向くことくらいは出来たよな?」
「……はい」
「あわよくばこのまま、見過ごされたらいいなぁ……とか思ってたか?」
「……あの、少しだけ……思ってました」
そこまで聞くと、海燕は大きく溜息を吐き出した。
その動作に、一心は反射的に身体を震えさせる。
「次の質問だ。お前、俺たちの手紙は読んだか?」
「よ、読みました……」
「んじゃ、
「はい……一護からも、話だけは……本家の跡取り――海燕の娘だって……」
「俺は別に、分家だから本家に来いとか堅苦しい事は言わねえよ。けどよ、それでも親族として通すべき義理や礼の一つや二つはあると思うんだよ。なあ、一心よぉ?」
「…………」
そう言われても未だ、一心は無言のままだった。
ただ伏して――要するに土下座してじっと耐えているだけである。
「二十年前、お前が現世で謎の
「はい……とってもお淑やかでお上品な、お姉さんって感じで思わず口説きたくなる美人でした……」
「お前、人の嫁をそういう覚え方してんのはどうなんだよ……」
一心の「間違ってはいないがその表現の仕方はどうなのよ?」と思わずツッコミを入れたくなる言い回しに、海燕は本日二度目となる特大の嘆息を吐き出した。
思わずもう何もかんも投げ出したくなるのを気力を振り絞ってグッと堪え、代わりに壁へと視線を移す。
「んで、これがお前の嫁さんか?」
壁には特大のポスターが張られており、一人の女性が印刷されていた。
優しく微笑んだ表情に、優しく波打った髪型がよく似合っている。茶色がかった髪色も、彼女の柔らかな雰囲気を醸し出すのに一役買っているのだろう。
「はい、
「ああ……これ見ればなんとなく名前は分かるわ……」
なおポスターには「真咲フォーエバー」と書かれている。
そしてこの女性であるが、海燕の目から見てもなるほど、美人である。この女性に惚れて現世に住み着いたのだろうか? などと、なんとなく思っていたときのことだ。
「んで、彼女は
「……なっ!!」
油断していた所に、特大の爆弾を投げ込まれた。
驚きのあまり思わず椅子から転げ落ちそうになったところを身体操作術で無理矢理引き戻して立ち上がり、頭を下げたままの一心を強引に引き起こす。
「ちょっと待て! そりゃ一体どういうことだ!? お前死神だろ! なんで
そこまで口にして、さらに新たな事実に気づき絶句する。
「……いや待て! ってことは、一護は死神と
「そういうことです」
肯定する一心の言葉に、海燕は再び。力なく椅子へと座り込んだ。
「……話してみろ」
「え?」
「いいから、まずは現世で何があったか話してみろ!」
「は、はい! えーっと……」
「あとその気持ち悪ぃ喋り方ももういいわ。昔みてえに話して構わねえよ」
「お、おう……んじゃ、改めて――」
今までは怒る側と怒られる側だったので一心も敬語を使っていたのだが、
本家分家というのに頓着がなく、そういうことを気にしない二人だからこそである。
「――あれは二十年前のことだ」
調子を取り戻した一心は、過去について語り始めた。
己が現世に行った際に、奇妙な
その戦いの際に、黒崎真咲という
そして――真咲の
「なるほどな……しかしこいつぁ、どうしたもんか……」
全てを聞き終えると、海燕は思わず頭をかきむしっていた。
どう判断したものかと、必死に頭を回転させる。
――俺にも覚えがあるからな……
一心の話を聞いて連想したのは、妻の都のことだ。
彼女もまた、
その時は仲間たちに助けられてどうにか事なきを得たが、もしも海燕一人だけだったならば、果たしてどうなっていたことか。
そう考えると、一心のことを露骨に責める気持ちは霧散してしまう。
「しかし……志波家の男は揃って疫病神にでも祟られてんのかねぇ……」
「ん……? ああ、そうか。都さんは……」
「まあ、な……」
二人とも似たような境遇だけに、そんな言葉少ない会話だけでも互いの気持ちがなんとなく読み取れていた。
事情は分かった。
「だがよ、話はコレで終わりじゃねえんだ……」
「まだ……あるのか……?」
「ああ、忘れもしねえ。あれは七年前の六月十七日……真咲を失った日のことだ――」
苦々しい表情の一心の口から語られたのは、黒崎真咲が死した日のこと。
幼い一護が見つけてしまった
「
「そうだ。それが原因で、真咲は力を失って命を落としちまった……」
ぎりり、と一心が拳を強く握り締める。
爪が食い込み、うっすらと血が流れ出すがそれを気に止める者はいない。
「かぁーっ……なるほど、コイツはもっと言えねえわな……」
話を聞き終え、海燕は思わず天を仰いだ。
「
状況を整理するように要点を口に出していたところで、ふと気付く。
「一心、お前は死神の力を失ったんだよな? けど、俺が『霊圧に気付いていたか?』って聞いたときにゃ『はい』って答えたよな? そりゃなんでだ?」
「ああ、そのことか。それはな、一護が原因だ」
「一護が?」
平然と答える一心の言葉だが、海燕には今ひとつピンと来なかった。
「アイツが自分の死神の力に目覚めた以上、俺が死神の力で守ってやる必要はねえからな。お役御免で二十年ぶりに力が戻ったってワケだ。そうなりゃ霊圧だって感じ取れるぜ」
「……おい。ってことは一護の奴は……」
「そういうことだ。
真剣な顔で頷く一心の姿に、海燕は思わず頭を抱えた。
「……チッ! そうか、そういうことか……ようやく全部合点がいったぜ! ロクでもねえ理由だったら、ぶん殴ってでも連れ戻そうかと考えてはいたが……」
「すまねえ、海燕……けど、俺だって勿論考えてはいたんだ。だけどよ……」
「あーもう! わかったわかった! 皆まで言うな!! とりあえずこのことは、浮竹隊長だけには報告させてもらうぞ。聞いちまった以上は俺にも立場があるし、あの人なら悪いようにはしねえだろ」
「ああ、それは仕方ねえだろうな。恩に着る」
「それと都たちにゃ、お前の無事だけは伝えておくぞ」
そこまで告げると、海燕は背もたれに身体を預けた。
体重が掛かりギシッと軽い音がなるのも気にせず、腕を組んで考えを纏めていく。
――この状況、下手すりゃ俺が同じ場所にいてもおかしくねえんだよな……ん、まてよ? ってことは、下手すれば
「……技術開発局は検査で問題ねえって言ってたが……備えておくか」
「ん? どうした海燕?」
「なんでもねえよ! ……事情はよくわかった。たしかに軽々と一護にも人様にも言える話じゃねえ。けど俺は聞いちまった。なら、やることは一つだ!」
身を乗り出すような姿勢で一心と向かい合うと、海燕は軽くガッツポーズのような姿勢を取ってみせた。
「まずは藍染から一護を守る。んで、その
「海燕……すまねえ。けど良いのか……?」
「なーに、気にすんなよ。俺たちゃ親戚だぜ? なにより、ガキを守るのは親の仕事だ。そうだろ?」
「ああ、そうだな……」
ニカッと頼れる海燕の微笑みに、一心も釣られるように笑うと、どちらからともなく二人は腕を組んだ。
子供を持つ親同士だからこそ通じ合えた、わかり合えた結果だろう。
「それはそれとして、だ。どっかで隙を見つけて、一度
「ああ……それは、その……そのうちに、な……」
なお
なお本人は、手紙を読んだ時にはそのピュアさで罪悪感を刺激されてしまい、会ったことすら無い親戚の娘に若干苦手意識があったりする。
「あー、そうそう。一応、伝令神機で写真もとっておいたんだぜ。えーと……ほら、コレだ」
歯切れの悪い返答には気付かず、海燕は機械を操作して一枚の写真を呼び出した。
そこには、現世への出立直前に撮った都と
「どーだ、可愛いだろう?」
「……たしかにな。だが――!!」
写真を見て納得したように頷いたかと思えば、しゅばっと距離を取る。
「
そしてどこからともなく、二人の娘が映し出された写真を見せつける。
「それに、都さんよりも真咲の方が美人だ!」
「あぁんっ!? あんだとテメエ!!
「いーや! そこだけは譲れねえ!!」
「そりゃコッチの台詞だ!!」
――わーわーぎゃーぎゃー……!!
静かだった黒崎医院が、俄に騒がしくなったようです。
●おやぢ
二人とも父親ですから。
多分、頑張ったらここに白哉も入る。
●黒崎姉妹
遊子「家に帰ったら、何か知らない人が父親と喧嘩してる……」
夏梨「おにいちゃんにちょっと似てるね」
●二階
ルキア「し、下でなにやら凄い騒ぎが!? と、止めに行くべきだろうか」
コン「ああ……ネエさん、もっと踏んで……」