「くそっ! なんだよこの霊圧は……!! この間襲ってきたヤミーにウルキオラって奴と同じような霊圧がこんなに……!!」
嫌な予感をひしひしと感じつつ、一護は通りを全力疾走していた。
そのため、代行証を用いて死神の姿にこそなったものの、明確な目的や狙いがあるわけでもなく、ただ最寄りの霊圧目掛けて急いでいるに過ぎなかった。
――狙うとすりゃ、俺かチャドか井上……後は海燕さんたち辺りか……!? 畜生……! 間に合ってくれ……!!
多少なりとも
そして――
「な、なんだよこりゃあ……」
――そこで、彼は見た。
「まさか、いきなり、地理確認が、役に立つ、とは、思いませんでした!」
「だろ? 何事もやっとくもんなんだよ!!」
死神の姿となった海燕とルキアの二人は、目的の霊圧へと――まるで狙いを定めていたかのように、まっすぐ黒崎一護へと向かう敵の霊圧目掛けて移動している。
その相手へと追い付くために、彼らもまた空座町の夜空を全力で駆け抜けていた。
……とはいえ、力量差からかルキアの方が若干遅れ気味だったが。
――チッ! どうする? 朽木に合わせて間に合わなけりゃ本末転倒だ! けど、下手に単独行動させてまだ伏兵がいりゃ、それはそれで厄介だ……!!
彼らが追いかけているのは、現世へと現れた六つの霊圧の内で最も強い力を放っている相手だ。
下手に一護と鉢合わせになって、万が一にも殺されるようなことになれば悔やんでも悔やみきれない。
なにより敵が六体だけとは限らない。彼らが囮という可能性を捨てきれず、海燕は判断を決めあぐねていた。
「……よぉ」
「ッ!」
「な……に……っ!?」
そんな折、二人が追いかけていたはずの霊圧が突如として消えた――いや、消えたというのは少々不正確だ。
消えたと思った瞬間、二人の目の前に姿を現していた。
そう表現するのが、最も正しいだろう。
「死神か……ん、テメエは……」
「あ……?」
目の前の男は突然何かに気付いたように氷のような冷酷な、そして殺気立った瞳で海燕を睨み付けた。
それを受けた海燕もまた、鋭い瞳で相手を睨み返す。
「こ、これは……」
二人が視線を交錯させるのを、ルキアは冷や汗を流しながら見ていた――というより、見ていることしか出来なかった。
水色の短髪をリーゼントのように後ろへと撫でつけた、二枚目ではあるが人相の悪い男。猫背でポケットに手を突っ込んでいることもあって、一見街の不良と錯覚しそうだ。
だが、腹に空いた大穴と、なにより放たれる霊圧がそれを完全に否定していた。
凡百の死神では、それこそ副隊長クラスであったとしてもとても太刀打ちできそうにない程に強力な霊圧を放っている。
その霊圧に気圧され、ルキアは下手に動くことが出来なかった。
「ウルキオラの奴が報告してた死神か……! ククク、いきなり当たりかよ!」
「ッ! ……ウルキオラ? 誰だそりゃ……?」
――ったく、一護と間違えられるのがこんなところで役に立つたぁよ……
どうやら目の前の相手が一護と自分を間違えていることに気付くと、内心では「またか」と思いつつも、特に否定するでもなく話を合わせ始めた。
「あぁん? ちょいと前にヤミーと一緒に現世に来ただろうが? まさか、もう忘れちまったのか?」
「おーおー、アイツか。そういやいたなそんな奴も!」
狙いは、敵の情報を少しでも引き出すこと。
そのために海燕は時に惚けて、時に大袈裟な演技をして、相手が口を滑らせるのを虎視眈々と狙います。
「んで、お前は誰だ? 何しに現世に来たんだ? まさか、藍染の命令であの二人の仇討ちにでも来たか?」
「ハッ! 敵討ちだぁ!? 笑わせやがる! 藍染なんざ関係ねぇ!! 俺はただテメエらを殺しに来ただけだ!!」
――藍染は関係ない、か……なら、これ以上の増援はなさそうだな。
その口ぶりから、海燕は判断を下す。
「それと、二つ訂正してやるよ。忌々しいが、ウルキオラは俺よりもNoが上だ。敵討ちなんざ、当てはまりゃしねえ。ま、
「……?」
相手が突如、苛立ったように吐き捨てた。
何か嫌なことでも思い出したのかと考えつつ、彼は
「やめだやめだ! こんなお喋りなんざ、俺の性に合わねえ……!!」
「チイッ!!」
もう少し情報を引き出したかったのだが、相手からの殺気が濃くなったのを感じて海燕は斬魄刀を即座に引き抜いた。
「お前らが生きていられたのは、ウルキオラが成長性だなんだと妙な理屈を付けてただけに過ぎねえんだよ! だが俺は違う! 全員、皆殺しにしてやるよ!!」
「
それだけでは飽き足らず、一気に斬魄刀を始解させる。
薙刀を構えて戦闘態勢を取る海燕の姿に、相手は訝しげに目を見開いた。
「……あん? ソイツは……テメエはたしか、デカい刀を……まさか!!」
「ハッ! 今頃気付いたのか? 俺は黒崎一護じゃねえ! 志波海燕ってんだよ!」
「テメエ……」
ようやく担がれていたことを悟り、相手の額に青筋が浮かぶ。
「どうやら
「ざけんな! 俺は
「うおおおおっっ!!」
――
このグリムジョーを相手に何処まで戦えるのかが、死神側の目安の一つとなるだろうと考えながら、金剛――薙刀を一閃させる。
「ハッ!」
「……く!」
だがその一撃をグリムジョーは手の甲一つで受け止めてみせた。それどころか――
「
「うおっ!?」
手首を軽く返すと、薙刀ごと海燕を吹き飛ばした。
単純な力に加えて、弾く瞬間に霊圧を放つことで威力と衝撃を爆発的に増大させる。単純な技術だが、操る霊圧の量が桁違いだ。
「やりやがるな……」
吹き飛ばされこそしたものの、海燕は空中でくるりと猫のように身を翻すと音も無く着地してみせ、即座に次の攻撃へと移ろうとする。
「な、なんだよこりゃあ……」
一護がこの場所へ現れたのは、そんなときだった。
「一護!?」
「ルキア!? なんだこりゃ、どーなってんだよ!?」
「よお、一護! 来てくれたのは嬉しいけどよ、お前はそこで黙って見てろ。コイツは俺の仕事だぜ?」
「テメエは……そうか、テメエが本物か!!」
「は……? ほ、本物……?」
先ほどのグリムジョーと海燕のやり取りを知らない彼は「本物」という言葉の意味が理解出来ず、頭の上にハテナマークを浮かべる。
「いやその……き、気にするな! 後で教えてやる!」
「お、おう……」
「後で、じゃねえんだよオレンジの死神ィ! コイツを殺したら、次はテメエの番だ!」
「ぐ……な、なんて霊圧だよ……」
苛立ちと殺気の混じったグリムジョーの霊圧に、一護は思わず身を竦ませてしまう。それでも背負った斬月を抜こうとするが、彼を庇うように海燕が前へと立つ。
「おいおいグリムジョー、お前の相手は俺だろう? 目移りしてっと、意中の相手にスネられっぞ。それと一護! お前がいなくてもこの程度の相手なんざ、俺がとっとと片付けてやるよ! だからお前は安心して、その身体の中のヤツを制御するアテに頼ってこいや!!」
「海燕、さん……?」
背中越しに語られた言葉を、一護はどこか懐かしい想いで聞いていた。それは今よりももっとずっと幼い頃に感じた、何よりも立派だった親の背中を見ているような想い。
「ハッ! そんな吹けば飛ぶ程度の霊圧で俺を倒すだぁ!? 笑わせやが――」
「そうでもねえさ」
続いて、笑い飛ばそうとしたグリムジョーの言葉を遮ると、海燕は胸元に刻まれた
「限定解除!!」
「――なッ……!!」
「うおッ……! なんて、霊圧だよオイ……!!」
途端、海燕の霊圧が爆発的に膨れ上がった。
一瞬にして数倍の霊圧を放つ相手の姿は、グリムジョーすら困惑の声を上げる。
「限定解除か……」
「おいルキア、なんだよそりゃ!?」
「隊長・副隊長は現世の霊に余計な影響を及ぼさないよう、霊圧を八割ほど制限されているのだ」
「八割!? ってことは、今まで残り二割で戦ってたってことかよ!?」
「うむ! だが、それもたった今解除された。しかし、一体どうやって……? 副隊長が
「なあ、朽木……お前の同期は気が利くな。湯川に仕込まれただけはあらぁ!」
「む……! そ、そうか! そういうことか!!」
その言葉でルキアは理解する。
限定解除には
その後、限定霊印を打ち込まれた者に天挺空羅を使い許可が下りた報を入れていた。
だから雛森への加勢に少し遅れていたのだ。
無論、ルキアにはそこまで細かな事情は分からないが、海燕の口ぶりから何が起きたのか程度は推測できる。
見れば別の方角でも、海燕と同じように霊圧が膨れ上がっているのが確認できた。おそらく、恋次も同じ様に連絡を受けたのだろうと悟り、彼女は思わず胸を撫で下ろす。
「ハッ! 死神ってのはどいつもこいつも面倒なことをしてやがんだな! まあ、いい。これだけ霊圧が上がりゃ、少しは愉しめるってもんだ!」
「愉しむ暇がありゃ良いけどな!」
霊圧を十全に操り、海燕は即座に攻撃を仕掛けた。
それまでの動きがまるで亀の歩みと錯覚しかねないほどの、高速移動からの斬撃だ。遅い動きに慣らされていたグリムジョーの目では、その動きに慣れるまで僅かな時間を要した。
「く……ッ!」
躱しきれず、攻撃を受け止める。
だが今回の攻撃は、グリムジョーの肉体を切り裂いていた。攻撃速度だけでなく、攻撃力もが増している。
「オラオラッ! 行くぜ行くぜ行くぜぇッ!!」
薙刀が振るわれる度に、グリムジョーの肉体に傷が増えていく。だがそれはどれも浅手、転んで擦りむいた程度のものだ。
海燕の何度目かの攻撃に合わせ、グリムジョーはカウンター気味に蹴りを繰り出した。
「調子に……乗ってんじゃねえッ!!」
「うおっ!?」
薙刀と蹴りとが激突しあい、両者とも僅かに仰け反りあう。
「上等だ! そろそろこっちの番と行くか!!」
手応えに笑い、グリムジョーは腰の斬魄刀を引き抜こうと動いた。それを見た刹那、海燕は叫んだ。
「破道の七十九!
冷気の渦が走り、グリムジョーを包み込む。
仮にも七十番台とはいえ、詠唱を破棄した鬼道だ。
だがそんなことは、術を放った海燕が一番よく分かっている。
「チッ! なんだこりゃ!? 剣が……!」
「オラァッ!!」
狙ったのはグリムジョーの斬魄刀と鞘。そこを凍り付かせ、抜刀を一瞬でも送らせるのが狙いだった。
直感でしかなかったが、グリムジョーに抜かせるのは危険すぎると海燕は本能で察知しそれを封じる動きをさせていた。
加えて、海燕の仕込みはそれだけではない。
「ぐ……ッ! 抜けねえ、だと……何をしやがった死神ィ!!」
「はっ! 教えるわけねえだろうが!!」
凍り付いた部分を狙って金剛を走らせ、能力にて圧縮する。
氷結箇所がより強固に押し固められ、グリムジョーの膂力を持ってしても容易には抜けぬほどの封印を施す。
「なら、かまいやしねえ! このまま――」
「おっと! そろそろ気をつけた方がいいぜ! お前、天気予報見てねえだろ?」
「天気予報だぁ!? 何を……ぐああああぁぁっ!?」
突然の言葉に怪訝な反応を見せるものの、凍り付いた剣を諦めて素手での攻撃を続行私用とするが、それは敵わなかった。
突如としてグリムジョーの周囲は黒い重力の奔流に覆われ、彼の肉体は押しつぶされていく。
「今夜の天気は快晴、所により黒棺。ってかぁ!?」
「馬鹿な! こんな術、一体いつの間に……!? ぐあああぁぁっ!!」
黒棺による高密度の重力の嵐を、だがグリムジョーは耐えきって見せた。
「はぁ……はぁ……死神ィ!! テメエは! テメエだけは生かしちゃおけねえ! 今この場で、絶対に――」
「手痛い一撃を食らったようだな、グリムジョー」
「東仙……!」
苦痛を怒りへと変換し、なおも海燕へと襲いかかろうとする。
だが、そんな彼の首下に刃が突きつけられた。
いつの間に現れ、割り込んできたのか。東仙要がグリムジョーの動きを封じている。僅かでも動けばその瞬間に喉元を掻き切られるという威圧を浴びせられ、グリムジョーは動きを止めた。
「よお、東仙隊長……いや、もう隊長なんて呼んじゃいけねえんだったな」
東仙の乱入に驚いているのは、海燕もまた同じであった。だが彼はその動揺を見せぬままに、言葉を紡ぐ。
「んで? 苦戦してる部下を助けにでも来たってか?」
「いや、その逆だ。命令違反者を連れ戻しに来た。わかっているだろう? 藍染様はお怒りだ、グリムジョー」
「……ちっ! ……わかったよ……」
藍染様。
その単語が口に出た瞬間、グリムジョーから闘志が消えていた。
彼は東仙の言葉に素直に従い、海燕へと背を向ける。
「おいおい、逃げるってのか? 俺を殺すんじゃなかったのかよ?」
「……はっ! 確かにテメエは強えよ。だが、テメエに解放状態の俺は倒せねえ。それを理解しているから、あんな小細工をしやがったんだろうが」
挑発の言葉を、グリムジョーは犬歯をむき出しにしながら笑い飛ばす。
「だが死神、テメエは殺す! この俺が確実に殺す! 志波海燕! このグリムジョーの名を覚えておけ!! この名を次に聞くときが、テメエの最後だ死神!!」
「はーっ……帰ってくれたか……しかし、とんでもねえのに目を付けられたもんだぜ。それによ……」
敵の気配が完全に消えたことを確認すると、海燕は大きく息を吐き出した。
そして――
「……ったく、余計なことしやがって。ま、一応礼は言っておくぜ」
誰に向けるでも無く、親指を立てて感謝の意を示す。
それを物陰から眺めつつ、とある男もまた同じポーズ取っていた。
イールフォルト? アイツは良い奴だったよ……
●タイトル
何も浮かばなかったので、もう旅館の挨拶みたいな感じで押し通しました。
●微温ィ感情を持つ十刃
ハリベルとかネリエルとか。
●
十三番隊の隊花。
花言葉は「希望」「慰め」「切ない恋愛」
●氷河征嵐(ひょうがせいらん)
アニメオリジナルの斬魄刀異聞録で登場した術。
多分鬼道のハズですが、詳細が不明なので。とりあえず鬼道にしておきました。
(番号の七十九というのも適当です)
●晴れ時々黒棺
こっそり海燕を手助けしちゃう元十番隊隊長さん。