お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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原作開始前 護廷十三隊入隊後
第19話 四番隊に入隊しました


 四番隊隊舎・執務室。

 

 今日は入隊初日、現在ここで入隊式の真っ最中です。

 畳敷きの部屋の中、卯ノ花隊長と副隊長が上座。そして私たち新人隊士たちは下座に座っています。

 全員揃ったことを確認すると、卯ノ花隊長が口を開きました。

 

「まずは皆さん、四番隊へようこそ。あなたたちの入隊を心から歓迎します」

 

 にっこりと微笑むその表情はとても穏やかなものです。これだけを見れば"ああ、さすがは四番隊の隊長なのだと思うのも当然だ"と思うほど。

 

「ここ四番隊は、あなたたちも知っての通り他の部隊の死神たちの救護・後方支援を主任務としています。そのため、一般的に思い浮かべる"死神"の役目からは少々縁遠い部隊でもあります」

 

 治癒・隊全体のサポートを行う部隊――と言えば聞こえは良いですが、自分の知識と今まで見聞きした経験から、どうにも地位が低くて軽んじられているんですよね。

 とはいえ入隊初日に新人隊士へそんなことを口にする隊長はいません。

 

「ですがそれもまた、大事な役目なのです。他の部隊の隊士たちが戦えるように、支援を円滑に行う。ある意味では護廷十三隊で最も大事な仕事を行う部隊でもあります。皆さんにはそのことをしっかりと心に留めつつ、日々の業務に励んでくださいね」

 

 言い得て妙ですね。

 確かにそう表現すれば、四番隊もまた大事な仕事と思えます。が、ここに配属されるのは元々四番隊志望だった者か、他の部隊からあぶれて仕方なくここに来たかのどちらかが大半だそうです。

 前者はともかく後者は、適当に仕事をしたらどこか別の部隊に転属願いを出してしまう――いわゆる踏み台のための部隊としか考えていないのだとか。

 

 ……霊術院卒業したての自分ですらこんなことを知っているんですから、そのトップである卯ノ花隊長はどう考えているのですかね?

 

「隊長、ありがとうございました。では、これにて入隊の儀を終了とする。何か質問などあれば、この場で受け付けよう。なければ早速業務に――」

「では宜しいでしょうか?」

 

 副隊長がそう言って場を締めようとしたところを遮るような形で、私はゆっくりと手を上げます。

 

「ふむ、お前は……」

湯川(ゆかわ) 藍俚(あいり)と申します。それで質問なのですが――戦闘訓練をお願いしても良いのでしょうか?」

「む?」

 

 私の質問の意図が理解できない、といった風で眉根を寄せています。

 まあ、そうですよね。私もこの場で聞いて良い物なのかどうか不安です。

 

「他の部隊より頻度は少ないが、四番隊の各隊士にも戦闘訓練は業務として義務づけられているが……?」

「いえ、そうではなくて……言い方に問題がありました、訂正させてください。つまり、卯ノ花隊長に直接、剣を習いたいのですが可能でしょうか?」

「……!」

 

 その言葉に卯ノ花隊長が一瞬だけ、眉を微かに動かしました。それまでは鉄面皮のように笑顔を浮かべていたというのに一瞬の動揺。

 反対に副隊長は何のことか分からず、といったように疑問顔を更に強くします。

 

「なるほど、確かに隊長から学びたいと言う気持ちは分かるが、隊長もお忙しい身であり――」

「いいでしょう」

 

 副隊長の遠回しに遠慮しろという言葉を遮る形で、卯ノ花隊長はそう断言しました。

 

「――え!? た、隊長!? それは……」

「私は彼女と少し話があります。あなたは他の新人たちを連れて、一足先に業務の説明をお願いします」

「し、しかし!」

 

 なおも食い下がろうとする副隊長に向かい、卯ノ花隊長は笑顔を浮かべながら――

 

「お願いします、と私は言いましたよ」

「は……はいっ!!」

 

 ……恐い。

 表情こそ笑顔でしたが、その裏には相手に有無を言わせない、恐ろしい程の圧が掛かっていました。蛇に睨まれた蛙ではありませんが、霊圧ともまた違う、本能に訴えかける"何か"がそこには込められていました。

 

 

 

 

 

 やがて副隊長と同期たちはぞろぞろと部屋を出て行き、執務室には私と卯ノ花隊長だけが残されました。

 一対一ですか……さ、さすがに……き、緊張しますね。

 

「さて……湯川隊士でしたね?」

「はっ、はい」

「一度だけ聞きます、あなたが口にした"私から直接稽古を受けたい"という言葉――その言葉の意味を、本当に理解していますか? 今ならまだ"聞かなかったこと"にも出来ますが、あなたは本当に、それだけの覚悟を持っていますか?」

「……ッ!!」

 

 途端、私にのし掛かってきたのは、息をするのも困難になる程の威圧感――いえ、気のせいなんかじゃない、これは実際に重圧が掛かっています。

 これは卯ノ花隊長から放たれた霊圧……それも、物理的な圧力を持ち、相手が動くことすら許さぬほどに強力なもの。

 く、苦しい……ただ座っているだけなのに、気分が悪くなってきました……

 

「わ、私は……もっと多くの仲間を……命を助けたい、です……だから、隊長に稽古を……」

「おかしな事を言いますね。助けるだけならば私に教えを請う必要はないでしょう? 命を救いたいというのならば、他に方法は幾らでもあります。それこそ、四番隊にて回道の腕を上げるだけでも、あなたの望みは叶うと思いますが?」

 

 た、確かにそうかも知れませんね……ですが、ですが――!!

 

「それ、だけじゃ足りないんです……! もしも敵の後ろに怪我人がいたら、救いになんて行けないです……だから、強くなりたいんです!!」

「……ほう」

 

 少しだけ、卯ノ花隊長は口角を釣り上げました。

 

「いえ、私はそれだけじゃない! 敵だった相手も、できれば救いたいと思っています……敵だった相手(ハリベルやバンビエッタ)だって、殺したくはありません……話せばきっと分かって貰える……救いの手を伸ばせる(おっぱいを揉める)はず……そう信じたいんです! そのためには強さがいるんです!!」

 

 そこまで答えた途端、全身を襲っていた霊圧が消えました。耐えきれぬほどの緊張から解放され、身体中からぶわっと汗が溢れ出します。

 

「ハァ……ハァ……」

「なるほど、あなたの気持ちはある程度は分かりました」

 

 霊圧を解いた、ということは少なくともここまでは合格、と考えていいのでしょうか? 駄目ですね……頭が酸欠状態みたいで、どうにも上手く動きません……

 

「ですが、現実はそう甘い理想が通用するものでもありません。例えば、そう……あなたが命を助けたその敵が"殺せ、駄目ならば自ら命を絶つ"と言ったらどうするつもりです?」

「その時は――」

 

 自殺、ですか……? どうしても自殺しようとするのなら……?

 

「――その時は、私の目が届かない場所で、私が向かっても間に合わないような方法で、死んでください」

「……そうですか。わかりました」

 

 この答えに果たして満足したのでしょうか? 卯ノ花隊長はスッと立ち上がると外へと向かい出しました。

 

「今のままでは業務は覚束ないでしょう、もう少し休んでから綜合救護詰所(そうごうきゅうごつめしょ)へ向かいなさい。そこで他の新人隊士と合流して、四番隊の業務について教わりなさい。現場には私から伝えておきますから」

「はい……」

 

 まだ呼吸も整っていない私を慮ってくれたようです。でも……この様子だと駄目だったのかな……?

 

「ああ、それと――」

 

 執務室を出ようとしたところで足を止め、思い出したようにこちらを見ました。

 

「――稽古の話ですが、良いでしょう。私も暇ではありませんので、不定期となりますし、あくまで仮ですが」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ、勿論本当です。その日まで、まずは四番隊の業務をしっかりと。それと斬拳走鬼をしっかりと鍛え直しておきなさい」

 

 そこまで言うと、今度こそ卯ノ花隊長は部屋を後にしました。

 

 よかった……どうやら合格は貰えたみたいですね。それにしても……

 

「隊長から剣を習うだけなのに、なんでここまで大事(おおごと)みたいになっているのかしら……?」

 

 誰もいなくなった部屋の中、私は誰に向けるでもなく呟きます。

 そして、この言い知れぬ悪寒は一体なんなのでしょうか……?

 

 

 

 

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 隊舎の廊下を、卯ノ花は珍しく上機嫌に歩いていた。

 その理由は言わずもがな、先程の藍俚(あいり)とのやりとりが原因である。

 

 ――敵の後ろにいる味方を救いたい、敵ですら救いたい、そして死ねるものなら死んでみろ、ですか……

 

 先程耳にした内容を心の中で反芻する。

 

 卯ノ花は今でこそ四番隊隊長の座につき、治癒部門の総責任者として回道を操り他部隊のサポートに回っているが、その本性は現在の地位とは真逆。

 

 十一番隊の初代隊長にして初代"剣八"――卯ノ花(うのはな) 八千流(やちる)、その姿こそが彼女の本来の姿だ。

 八千流は、数多のありとあらゆる剣術流派を我が手に収めたという自負から付けた名。回道を学んだのも"自らを癒やし永遠に戦いを楽しむため"の手段でしかない。

 

 前述の通り、四番隊は治癒専門の部隊である。訓練は積んでいても他の部隊と比べるとその練度は低い。

 真剣に強くなりたいと思っているのならば、もっと別の――例えば"他の部隊の戦闘訓練に参加しても良いか"などと聞くのが当然だろう。

 

 彼女から剣を習いたいなどとは、普通は言わないはずだ。

 

 そんな卯ノ花に剣を習いたいと申し出る者がいるとすれば、それは彼女の過去を知っているに他ならない。それも尸魂界(ソウルソサエティ)史上類を見ないほどの大罪人である彼女の過去を知り、それでも初代剣八に剣を学びたいと訴えているのだ。

 

 それがどれだけのことか、卯ノ花は藍俚(あいり)に問いかけた。

 新人隊士程度の実力では即座に気絶してもおかしくないほど強力な霊圧をぶつけ、真意と覚悟を問うた。

 だが彼女は押し潰されそうになりながらも、吠えてみせたのだ。

 

 ――邪魔な敵がいれば、打ち倒してでも仲間を救いたい、と。

 

 それどころか彼女はこうも吠えた。

 

 ――敵の命を助けたい、自殺を試みる相手には"自分の目が届かない場所で、手遅れになるような方法で死ね"と。

 

 それは言い換えれば「私の目の黒いうちはどの様な手段を使おうとも絶対に死なせない。それに対応するために、四番隊の隊士としての腕前をどんどん上げてみせる。そんな私を相手にして、死ねるものなら死んでみろ」と啖呵を切ったに等しい言葉だ。

 

 それも卯ノ花を相手にして。

 

 そこまで考えて、卯ノ花はもう一度藍俚(あいり)の事を思い出す。

 霊術院の成績は並。鬼道や歩法は得意であったが、それとて特筆するほどではない。腕前としても平凡だ。

 けれども、直接霊圧をぶつけても屈することなく抗ってみせた。それはすなわち、内在する霊力が一般隊士よりもずっと高く、下手な席官よりもずっと強い身体を持っていることの証左であった。

 

 ――もしかすれば、私の望みを……願いを叶えてくれるだけの存在に成長してくれるかもしれません……ならば、賭けてみる価値はあるかもしれませんね。

 

 通りがかった隊士に挨拶をしながら、卯ノ花は胸中で決意を反芻する。

 

 ただ成績の優秀な者では卯ノ花の稽古は――初代剣八の剣は、おそらく耐えられないだろう。ならば並の成績であろうとも、彼女のような存在の方が可能性はずっと高いはず。

 

 なに、多少手が掛かろうとも時間はあるのだ。

 自身の修行に藍俚(あいり)が心を折ることも、命を落とすこともなくついてくるだけで良い。

 そして、駄目だったら、その時はその時。

 

 隊士が一人死ぬのは、死神全体で見ればよくあることでしかないのだから。

 




●卯ノ花隊長(八千流の時代の話)
彼女が少年時代の更木剣八と戦ったのがいつかが不明。

卯ノ花が十一番隊の隊長だった時代のは多分確定。
多分だけど1000年前より後だと思ってます。
(1000年前だと、少年剣八が陛下に挑んでそう。
 それに加えて、陛下と総隊長の戦いを見て戦闘欲が疼いてしまい、卯ノ花が流魂街外縁で大暴れしていた(そこで少年剣八と出会った)のではないか、という妄想)

回道自体は、これよりもずっと前に麒麟寺から取得済み。と想定。
(ずっと戦っていたい願いは前からあっただろうから)

少年剣八に負けて、胸の傷を隠すように髪型を変更。
十一番隊を止めて四番隊に行った(自身への戒めのような意味も込めて)
このときに名前も変えた。
(剣 八 → 漢字を分解して再構成 → 烈 に改名した)

(これが900年くらい前のこと)

という感じの認識で進めています。


だって年表がないんだもん。
原作で名有りのキャラが「何年に何をした」(入隊年度や隊長になったタイミングとかそういうの)が分からないんだもん。

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