お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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ある程度は書き溜めアリ。
しばらくは1日1話更新です。


第2話 働かざる者食うべからず

 北流魂街一地区「璃筬(りおさ)

 

 これが私、湯川(ゆかわ) 藍俚(あいり)が送られた場所の名前です。

 

 この世界、尸魂界は死者が辿り着く場所――あの世だとか冥界だとか、そういう認識で問題ありません。

 中心には瀞霊廷と呼ばれる死神や貴族といった特権階級が住まう地区が有り、その周りには流魂街と呼ばれる下町、つまり一般人が住まう地域が広がっています。

 

 この流魂街も東西南北それぞれ扇状に広がって八十の地区に分かれる、つまり四方それぞれに八十ずつ、合計三百二十の地区が存在しています。なので「南流魂街二十地区」のように表現し、これがこの世界の住所に該当します。

 そしてこの地区の番号は若いものほど治安が良くなり、大きくなればなるほど悪くなる。なんでも五十地区を境に急激に低下するらしく、五十九以降の地区では草履を履いている者はいないとか。

 私が割り振られた一地区は江戸時代というか安土桃山時代というか、そういった感じの街並みが広がっていました。道行く人たちもちゃんと着物を着て草履も履いてますし、温厚そうな方々たちばかりでしたね。

 

 そういえばこの割り振られる先の番号は魂の質によって左右されるらしいけれど……一番治安の良い地区に振り分けられたってのは、いわゆる転生特典みたいなものなのかな? だとしたら地味だけどすごく嬉しい。

 

 ……ひょっとして特典は、自分の容姿ですかね? すっごい美人ですし。

 

 ちなみに、あの場面で思いっきり偽名を名乗った後に「ひょっとしたら偽名だから割り振り先が無くてこのまま死ぬんじゃ……!?」と気付いて心配したけれど、結論から言えば杞憂でした。

 着物の袂を探ったところ、整理券が入っていました。見つかったときは、本当にホッとしましたよ。

 もしも見つからなかったらと思うと……うう、想像したくありません。

 

 そして、流魂街に無事辿り着いた私が今現在何をしているかというと――

 

「ねえちゃん! お銚子追加!!」

「こっち、(あつもの)とご飯を二つ!!」

「串焼き三本!!」

「はーい!! 少々お待ちください!!」

 

 料理が出てきてお酒も飲めるお店――いわゆる居酒屋で、給仕係として働いています。

 三角巾を頭に被り前掛けを身に付けて、注文のあった品物をお客様のところへ運ぶ。と思ったら皿洗いに回されたり、料理のお手伝いなんかもします。

 

 昔のお店といった内装の店内は大勢のお客さんで大賑わいです。それぞれが思い思いに談笑したり食事をしたりお酒を飲んで顔を赤くしていたりと、活気に満ちあふれています。

 お客さんといっても新規のお客さんは皆無で、皆さん一地区の住人の方々。常連さんばっかりですね。

 

 初日こそ、この圧倒的な勢いに押されて目を回して倒れかけましたが、さすがに三日も経てば慣れるもの、随分と余裕になりました。

 喋り方や言動なども見た目に合わせて取り繕うのにも慣れました。ほらほら、男の喋り方から女性っぽい話し方に見えませんかね?

 

 余裕が出てくると働くのが楽しくって、特にまかないの食事が美味しくて、食べ過ぎないように節制するのが大変で……

 

 ……え?

 流魂街の人間は基本的に腹も減ることなく暮らしていける? 腹が減るのは霊力の素養を持つ者だけ? 一般人は食事は不要なんだから飲食店なんて成り立たない??

 ご指摘はごもっとも。私も最初はそう思ってました。

 でもね、ちょっと考えてみてください。

 

 食べなくても餓えません。何もしなくても死にません。

 

 そう急に言われても、生前は「毎日働いて、ご飯を食べて働いていました」って人たちがやってきて流魂街に住む訳です。

 何もしなくても生きていけるけれど、何もしない生活は時間と暇を持て余す。そうなると人間、仕事をしたくなるものです。いわゆる手慰み、趣味や道楽と言い換えてもいいかもしれません。

 

 住民の皆さんが生前に持っていた技能や経験を活かして働くことで、作物を作ったり服を作ったり家を建てたりします。そうしているうちに経済活動が生まれます。元々そうやって暮らしていた人も多いわけですからね。

 なにより尸魂界にも貨幣文化が存在しているので、生前の文化がそのまま通用します。

 

 ついでに、一地区という立地と治安の良さも関係しています。

 最も治安の良いココに住む人たちだからこそ「皆で仲良く協力して生きていこう」という思考で問題なく回るわけで、これが八十地区に近い――いわゆる最下層に住む人の場合は「奪え殺せ犯せ」の思考になってしまうので不可能です。

 自動販売機は日本でしかなりたたない、みたいな理屈です。

 

 付け加えるなら瀞霊廷に近い地区は死神が顔を出すことも多いので、飲食店などの普通のお店というのも充分にあり得るわけです。この地区で商売をしている人の中には、瀞霊廷の中に入って貴族と直接やりとりをしている人もいるとか。

 あくまで瀞霊廷の中で「住めない」だけであって「入れない」わけではないので。

 

 そんな理由で、飲食店というのも「食い道楽」や「呑兵衛」の欲求を満たす場所として充分に成り立つわけです。

 それに流魂街にだって「素質はあっても死神になりたくない」って人もいます。そう言う人は普通にお腹が減るわけですから、飲食店はありがたいのですよ。

 

 それと、大きな声では言えませんが食事以外の嗜好を満たすお店もあるみたいですよ、色々(・・)な嗜好を満たすお店が。

 

 璃筬(りおさ)へと連れてこられたは良いものの、右も左もわからぬまま当てもなく彷徨っていたとき、偶然にもこのお店のご主人と出会いました。

 嬉しいことに璃筬(りおさ)を彷徨っている途中で私もお腹が空きました。

 

 つまり、素質があるのだから死神になれる可能性もあるということです。やったね!

 

 それらも含めてご主人に告げたところ、住み込みで働かせてもらえることになりました。

 こちらはご主人と女将さんの二人でやっているお店で、自分が死神となるまでの繋ぎとして働くという条件であっても快く受け入れてくれたとても人の良い方々でした。

 

 おそらく、ですが私を雇ってくれた理由って親切心以外に看板娘みたいな働きを期待されてもあると思っています。死神になるのにどれだけの期間が必要になるかわかりませんが、ちゃんとやっていきましょう。

 礼には礼で返さないと。

 

「こっちお会計を頼む!」

「はーい」

 

 おっと、またお仕事ですね。注文の品の配膳を終えたところで、お声が掛かりました。

 

「ひーふーみー……しめて千二百(かん)です」

 

 環とはこの世界の通貨です。

 そしてこちらのお店は一皿幾らでお代を計算しています。

 回転寿司がお皿ごとに値段が違うのと似たような物で、お皿の種類と枚数を数えれば合計が幾らになるのかすぐに分かります。

 現代社会の料理屋みたいに一品ごとに値段が違って伝票に全部記載する、というやり方よりも簡便な方法ですね。

 

「じゃ、これで」

「えーと……はい、たしかに。ありがとうございました」

 

 お代を受け取って間違えのないことを確認したところで、頭を下げます。お金を払ってくれる瞬間だけはお客様は神様ですから。

 

 ……他の時間はちょっとこう――プチ悪人みたいなものですけど。

 

「しかし藍俚(あいり)ちゃん、今日もいいお尻してるな」

「あの胸もだろ? 着物がぱっつんぱっつんでさ、たまらねぇ」

「ちょっと背が高すぎるのが残念だけどな。でもすげぇ美人だぜ」

「阿呆! あの背が高いのが良いんだろ!!」

「土下座して頼めば一回くらいは何とかならねぇかな」

 

 聞こえてるんですよねぇ……

 

 そう口々に言うのは、まだ残って呑んでいる他のお客さんたちです。仲間内だけで私には聞こえないようにヒソヒソ小声で話しているつもりなんでしょうけれど。

 あと最後の人! 仮に土下座を千回されても絶対に無理だから諦めてください。そんな安い女じゃないです!!

 

 こちらのお店で働くようになってまだ三日だというのに、こういう話を耳にしなかった日はありません。

 男性のお客さんからの視線は基本的に胸元に熱く熱く注がれています。

 今着ているのもお店から貸していただいたものなんですが、縦にも横にもサイズが合わなくて、大急ぎで手直ししたとはいえかなり無理しています。無理に動いたら破けそう。

 サイズが小さい服を無理に着ているせいで体型が丸わかりな上に、裾や袖丈も限界間近ですからね。そりゃ他の人は見ちゃいますよ。

 

 ……しかし、こういう視線って分かるものなんですね。男の時にも話には聞いていましたが、実際に体験するとすごくよく理解できました。

 

 視線だけならまだしも、お酒が入っているせいで気が大きくなってるらしく、尻や胸を触られたことも何度かあります。

 でも、本気で怒れないんですよね……逆の立場からすれば、彼らの気持ちも分かってしまうわけで。

 

 少なくとも生前の私だったら見ちゃうもの。

 なまじ甘い対応になってしまい注意もやんわりとしたものになるので、言ったその瞬間は止めて貰えるんですけど、またすぐに手を出されるし……

 

「はぁ……」

藍俚(あいり)ちゃん、嫌だったら嫌だってちゃんと言いなよ。なんだったらアタシがガツンと言ってやろうか?」

「女将さん……いえいえ、お酒の席の戯れですし大丈夫ですよ。本当に危険な時はちゃんと怒りますから」

「そうかい? そうなってからじゃ遅いんだけどねぇ……でもホントに気をつけとくれよ」

 

 思わず吐いた溜息を聞かれたのでしょう、女将さんが声を掛けてきて、ご主人も心配そうに私の方を見ています。

 本当に良い人たちに会えたことに感謝しながら、私は先ほど空いた席の片付けを始めました。

 

 

 

 

「んー、疲れた……」

 

 最後のお客さんも帰り、後片付けを終えたところでご主人から「今日はもう上がってよい」と言われました。

 ご夫妻はまだこれから明日の仕込みとかも行うらしいのですが、まだ入ったばかりの新人にそこまではやらせませんね。

 

 貸していただいた部屋へと向かいます。

 部屋と言っても本当に狭く、私物どころか布団が一組と着物が二つしかないような些末なもの。とはいえ贅沢は言えません。

 ここが今の私の住まいなのですから。

 

 布団を敷き終えると、最後の抵抗とばかりに見よう見まねの柔軟体操と筋トレを行います。一応これでも死神志望ですからね。やらないよりはマシなハズです。やり方が合っているのかどうかは知りませんけど。

 本当ならば霊力を鍛えられれば一番良いのでしょうが、残念ながらやり方すら分からないので鍛えようがありません。

 

 ただ、良いこともありました。

 こちらにご厄介になった日にご主人が「死神を目指すなら良い所に連れて行ってやる」と言われており、明日がその日なのです。

 

 はてさてどこに連れて行かれるのでしょうか?

 小一時間ほど鍛錬もどきをしていたところで眠気が限界にきました……

 

 おやすみ、なさい……

 




要約すると「衣食住を得ました」

●北流魂街一地区「璃筬(りおさ)」(オリジナル命名)

更木 → ザラキ → ザオリク → りおく→「璃筬」(りおさ)
(ザラキの対極、ザオリクからお名前拝借。オサレにはほど遠い名前)
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