日々忙しい四番隊の業務ですが、それでもお休み――非番の日は当然存在します。
今日は護廷十三隊の死神として働き始めて、最初のお休みの日ですよ。
……まあ、だからと言ってのんびりと休めるわけではないんですけどね。
「この辺りで良いでしょう」
「ハァ……ハァ……は、はい……そう、ですね……」
平然と口にする卯ノ花隊長の言葉に私は荒く呼吸を繰り返しながら、何とか頷きます。
「どうしたんですか? この程度でへばるとは情けない。霊術院で何を学んできたのです?」
「も、申し訳ありません……」
事の起こりは前日。
終業間際に卯ノ花隊長から「明日、稽古をつけてやるから日の出と共に隊舎の前に集合」と言われました。こちらの予定など一切考慮しない、有無を言わせないような物言いは流石というか何というか……
まあ、先約とか皆無だったから、良いんですけどね。
そして今日。
まだ
そのまま休むことなく移動し続けて、ここは多分流魂街のどこかの山中――だと思います。場所がよく分かりません。
後を追うのが精一杯で地理を頭に叩き込むだけの余裕なんて全然ありませんでした。
斬魄刀や荷物、防具も込みで長時間活動する訓練。そんなのも霊術院時代にはやりましたが、アレとは比べものにならないほどです。
今回持ってきているのは斬魄刀に着替え、あと軽食に水筒くらい。比較的軽くて移動しやすいはずですが、そんなことは関係ないと言わんばかりの運動量です。
「まあ、今回は良しとしましょう――次からはもう少し速く移動するとして――」
「……え?」
後半部分を小声で呟いた……?
いえ、多分……間違いなく聞かせるように言いましたねこれは。
本気を出せばもっと速く走れるが、それをわざわざ私の速度に合わせていた……
くっ!
頭では理解していたつもりですが、改めて隊長と自分との間にはとんでもないくらい実力差が開いていると実感させられます。
「ではさっそく……稽古を始めます」
「……ぁっ!?」
そう口にするが早いか――いえ、絶対言う前に動いていました――卯ノ花隊長が斬りかかってきました。
私の目からすれば糸のような閃光が走ったとしか思えないような一撃。
その剣閃を本能と反射反応、恐怖心だけで身体を動かして剣を抜いて受け止めます。
「はぁーっ……はぁーっ……」
「ふむ、この程度は止められますか。よかった、一手目で弟子を失うかと思いましたよ」
受け止め、卯ノ花隊長の目を見た瞬間に確信しました。
この一撃は――大幅な手加減こそされているものの――殺気の籠もった本気の一撃。私が避けるか受けとめるかしなければ、間違いなくそのまま斬殺されていた。
そんな一撃だと後から理解し、心の底から耐えがたい程の恐怖が湧き上がってきました。全身が震え、歯の根が合わなくなり、何もしていないのに呼吸が苦しくなる。
……これと比べたら、今まで受けていた殺気なんてお遊びレベルでしかない。これが本物の殺気、ですか……
「い、一手目って……まさか二手、三手目も……?」
「さすがに
……まだ!?
い、いえ、今はそういうことは考えないでおきましょう!!
「次は湯川隊士、あなたの番です。私から
「は……はい……!」
余裕の表れか、刀を鞘に収め、両手を広げてどこからでも掛かってこいとばかり。
そんな隊長に向けて斬魄刀を振るい、何度も攻撃を繰り返していきます。
切り下ろし、切り上げ、袈裟斬り、薙ぎ払い、刺突。斬術の基本となるそれらの攻撃を全力で放ちます。
ですが――
「甘いですね。隙を見せぬ相手に無策ですか?」
「ぐ……っ! こ、このっ!!」
「どうしました? まだ寝ぼけているのですか? 剣先がもう鈍っていますよ」
「ぎゃっ!!」
「誰が手を止めて良いと言いましたか? 私はあなたに実力をみせろ、と言ったのですよ」
「……ぶぇっ!!」
何度目かの攻撃を全て躱し終えた辺りから拳が飛び始め、遂には殴り飛ばされました。ですがそれだけで終わることもなく、しまいには踏みつけられました。
「た、隊長……」
「なんです?」
「攻撃は……しないって……」
「ですからあれは、攻撃ではなく指導です。甘い攻めは敵に利用されて当然ですから」
「……最後の踏みつけは?」
「あれはオマケです」
……ひどい。
あれ? でも今の私は地面を舐めているのに、追撃もオマケも来ませんね? どういうことでしょう。
「それはそれとして、湯川隊士。あなたに一つ聞きたいことがあります」
「な、なんでしょうか……?」
さすがにずっと倒れているわけにもいかず、身体を起こしながら聞き返します。
「あなたの振るう剣は、どうもおかしいのです。身の丈に合わない巨大な武器を無理矢理振り回しているような、そんな印象を受けるのですが。何か心当たりはありますか?」
「心当たり、ですか……?」
そんなもの……あるとすれば……
「私が剣を習ったのは霊術院か、そうでなければ師匠ですから。多分そのどちらかだと思います」
「その師匠というのはどなたです?」
「斷蔵丸――あ、北瀞霊門の門番です」
「……なるほど。そういうことですか」
その名前を聞いた途端、全ての合点がいったとばかりの様相を隊長は見せました。
「湯川隊士、あなたの剣は斷蔵丸の剣――つまり、山のような巨漢が武器を振るうための剣術になっています。そんな剣技をあなたの様な小さな人間が扱うのですから、無理が生じるのは当然のことです」
「巨人が使う為の剣術、ですか……」
私も大きいですが、あくまで人間サイズですものね。
首が痛くなるほど見上げなければならない師匠のサイズと一緒にしてはいけません。
その師匠の剣術を私みたいな小さいのが真似ていれば、そりゃあ変になりますよね。
……師匠、なんで教えてくれなかったんですか……先生も……
「霊術院の院生程度の技量ならば、それでも通用するでしょう。ですが、実戦においてはあなたの剣は無謀以外の何でもありません。まずはその間違った剣技の矯正から始める必要がありますね」
「矯正ですか……?」
そっか、隊長曰く"間違った剣の使い方"が五十年分も身体に染みついていますからね。まずはこのクセを消して身の丈にあった剣の使い方を学ばないと。
「じゃあまずは、素振りからですか?」
「それも良いですが、それについては一人でも練習できます。後日、要点を纏めておきますから、個人練習の時には徹底して行うように。いいですか?」
いわゆる訓練メニューみたいなものをいただけるみたいです。
……今までの流れから鑑みると、毎日業務後に寝る間を惜しんで訓練する。くらいしないと到底間に合わないんだろうなぁ……
「はい! ……では、これからは一体何を……?」
「それは当然、一人では出来ないこと。防御の修練です」
そう言いながら再び、隊長は剣を振るってきました。
「わっ!?」
「重心がフラついていますよ。それでは一撃を受ける度に不利になっていきます」
「危な……っ!?」
「身体の柔らかさだけは合格点ですね。これならば致命傷は受けにくいはず、次からはもう少し強めに行きますよ!」
そうして始まったのは、隊長の剣をひたすら防ぐ特訓です。
ただ、放たれる剣は私が全身全霊を込めてなんとか防げる程度のもの。そんな攻撃が殆ど間を置かず、何度も繰り返されます。
こちらの状態をも見極めながら、常に限界ギリギリの対応を求められる攻撃たち。
心・技・体。そのどれかが少しでも緩めばあっと言う間に斬り殺されてしまうでしょう。
隊長の攻撃を見極め、常に最善の行動を瞬時に導き出すことを強いられながら、何時終わるとも知れぬ特訓は続けられました。