「さて、と……それじゃ、名残惜しいけれど、お片付けましょうか?」
「はい隊長! お手伝いしますね」
桃と織姫さんが通った
先遣隊が現世に行ってから、もう一ヶ月は経過しています。
その間に藍染の目的も判明していて、死神にも一護たちにも周知済みです。
また「崩玉の完全覚醒に三ヶ月は掛かるから決戦は冬になる」とのお達しも出ました。
なので一応、異を唱えておきました。
浦原だって「三ヶ月は掛かる」と報告していた、つまりは開発者のお墨付きの期間なわけですが、記憶の中で一護たちが冬に決戦していた覚えが無いんですよね。
もう擦り切れてる記憶――
『なお、おっぱいのことだけはしっかり覚えてるでござるよ!!』
――なので、不安なんですが……って、今何か余計なチャチャが入ったわよね……!?
と、とにかく! 「以前、私たちを出し抜いた藍染なので、冬を待たずとも準備を万端にしておく心構えは絶対に必要だと思います! 相手がこっちの都合に合わせてくれるとは限りませんから!!」と上に申し出ておきました。
効果はどこまであるかは不明ですけどね。
そもそも私の記憶の中には、斬魄刀が実体化しておっぱい揉めるような事件なんて一切ないので、となると知識が通じない危険性もあるし……
それに確か、もう一回くらいは
ヌルヌルの触手で乱菊さんがおっぱいを絞り上げられている記憶だけは残ってるの!
『
八倍よ八倍! 八倍の八目鰻でヌルヌルにされた乱菊さんが喘いでいた記憶だけは残っているの!! この記憶だけは絶対!!
『そ、そうでござるか……』
……八倍の八目鰻って何かしら? 三倍体のニジマスみたいに美味しそう……
そんなことを考えていたら、なんだかウナギが食べたくなってきたわね。
「そうだ! 斬魄刀が実体化できなくなって、悲しんでいる子もいるでしょうし……明日のお昼ご飯は奮発してウナギでも食べましょうか? 全員分、奢るわよ」
「え、ええっ!! その、とってもありがたいんですけれど、お金は大丈夫なんですか……?」
「大丈夫、任せて……あら?」
気付けばいつの間にか、近くを地獄蝶が飛んでいました。
――緊急連絡!
「え、ええっ!! 隊長、これって!!」
「ええ、そうね。藍染が部下を動かした、ってことでしょうね」
「ですけど冬になるまでは動かないって……!?」
「前にも言ったでしょう? 相手がこっちの都合に合わせてくれるとは限らない、って。予定が少し前倒しになったと思いなさい」
「うう……そんなぁ……」
「しかしまあ、タイミングが良いんだか悪いんだか……」
涙目の勇音の頭を撫でながら、現在の状況を頭の中に思い浮かべます。
現世に残っているのは三名。
その内、桃はつい今さっき現世に出発した。
残る三人がどうなっているかは分からないけれど、連絡はきっと受けているはず。だったらすぐにでも現世に戻るだろうから、劣勢は一時的なもの。
しばらく持ちこたえれば、阿散井君たちがすぐにでも駆けつけてくる。相手の実力次第だけれども押し返すのは十分に可能なはず。
「こうなると、桃たちが先に
「え……あ、そうですよ!!
「連絡、ちゃんと行ってると良いんだけど……」
となると、現世の様子を知らないままの可能性があります。
のんびりお喋りしながら帰って、外に出たら全部終わってました――なんてことになったら……二人とも絶対に心を痛める!!
「勇音、桃に連絡は出来る!?」
「やってみます!」
「お願い、繋がったらすぐに状況を伝えて!」
続いて部下の子たちに、追加の医療物資を現世へ手配するように命じます。
来たのが
「……え?」
回復役……回復……!?
「あああっ!! しまった!!」
「た、隊長!?」
「どうしましたか!?」
急に叫びだした私を部下の子たちが不思議そうに見てきますが、気にしている場合じゃありません。
そうよ、なんで忘れてたの!!
触手でおっぱい縛り上げてヌルヌルとか考えてる場合じゃないってば!!
『いえ、その妄想はとても素晴らしいものでござるよ?』
ありがとね射干玉!
「今すぐ
「隊長!? 何を……!?」
「伝令神機は繋がったみたいですけれど、その……」
「後からで良いから、何人かついて来なさい!!」
私の行動の意図が読めずに困惑していますが、それも仕方ありませんね。
ですが説明している時間も惜しいので。
乱暴に命令を下しながら近くを飛んでいた地獄蝶を掴み取り、そのまま
そのまま薄暗い
なんで気付かなかったのかしら!?
私の記憶が確かなら、このタイミングで織姫さんが誘拐されるのよね……細かい理由は忘れたけれど。
しかもその時に出て来るのは、
そんなのが出てきたら桃は絶対に狙われる。
最悪、桃が死ぬ!!
「いたっ!!」
無事でいて欲しい――と、逸る気持ちを抑えつけながら走ること数秒、倒れている桃の姿がありました。
「桃! 無事!? 生きてる!?」
「あ、せんせ……っ……」
「喋らないで!」
近くで確認したところ、桃の容態は「酷い」の一言でした。
死覇装はべっとり血に濡れていて、ただでさえ黒い色が不気味に淀んでいます。
血だまりに顔を突っ込んだのか前髪は額に張り付いていて、可愛い顔も血で真っ赤に染まっています。
さらに彼女の後ろへと目を向ければ、引き摺ったような血痕が帯のように伸びていました。どうやら離れた場所からここまで必死に這いずってきたみたいね。
先ほど喋ろうと口を開いた際に口からまた血を吐き出したので、内臓を痛めているのだろうとは思っていましたが……
霊圧を用いて軽く診察したところ、背中からお腹を貫かれた痕が見つかりました。
多分、傷口を自分で無理矢理治療して最低限だけでも動けるようにした――そんなところかしら。
『多分……というか、間違いなく、やられたでござるな……』
そりゃそうでしょ。
でもこれ、背中から攻撃しているってことは桃の背後を取れる、格上の相手……
実力で仕留めることも出来たのに、わざわざ手刀で刺し貫いている……苦痛を与えるのが目的、いえ、それ以上に織姫さんに見せつけるのが狙いかしら!?
『なんと!! しかし、雛森殿はなんと言いますか、こう……穴を開けられるのに縁がありますなぁ……』
笑い事じゃ無いってば!!
マズいわね、この怪我……特に内臓の損傷が酷い……回道だけじゃ治療は無理ね……
それに出血も多すぎて足りない、下手をすると……
いえ、考えている場合じゃない! すぐにでも治療しないと!!
「揺れるけれど、少しだけ我慢して!」
横抱きに抱え上げると、今来た道を――揺らさないように全力で気を遣いながら――戻ります。
すると向こうから何人かの隊士がやって来るのが見えました。
「よかった、追い付きましたよ隊ちょ……ひ、雛森三席!?」
「うわわっっ! 一体何が!?」
そういえば「ついて来い」って命令していましたね。
言いつけ通り後からやって来たところで、瀕死の桃に驚いています。
「今すぐに戻るわよ! 手術室の準備! 緊急で輸血の用意も! 遅れたら桃が死ぬわよ!! 襲撃現場はこの先のはずだから、手の空いてる子は仔細漏らさず調査を!! どんな些細な痕跡でも逃さず見つけなさい!!」
「はいっ!!」
「急げ急げ!!」
今来た道のりを大急ぎでUターンしていきました。
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結論から言うと、桃の命は助かりました。
とはいえ死神が、それも三席ほどの実力者が
大騒ぎに混乱する中を必死で抑えつつ、大急ぎの手術です。
桃の容態はかなり危険で、もう数分遅かったら手遅れだったかもしれません。
治療は時間との戦いでした。
「ふぅ……」
「隊長、お疲れ様でした」
疲労困憊の私の前で、桃はすやすやと規則正しい寝息を立てています。
まだ麻酔が効いてるので、おそらくはあと一時間くらいはこのままでしょうね。
繰り返しになりますが、手術は成功しました。
傷は治しましたし、輸血も済ませましたので、命に別状は無しです。
ただ少し強い薬を使ったので、それが抜けるのを考慮すると三日くらいは安静にしておかないと駄目ですね。
「ええ……勇音もありがとうね。色々仕切らせちゃって……」
私の執刀中、勇音にはそれ以外のことをお願いしました。
現場が
「おかげで、飛梅も回収できたし」
「飛梅も、悔しいでしょうね……雛森さんがこんな目に遭わされて……」
桃が眠る枕元には斬魄刀――飛梅があります。
現場検証の際に無事回収され、こうして持ち主の手元に戻って来ました。
……本当なら私が一緒に持ってくれば良かったんですけどね。
それどころじゃなかったっていうか……ごめんなさい、これは私のミスです。
「あの、それと隊長。先ほど総隊長から、今回の件についてお話を聞きたいと連絡があったんですが……」
「勿論行くわよ。そう返事をしておいて貰えるかしら?」
「分かりました」
さて。
ここからの身の振り方は最重要よね。
気をつけないと。
●三倍体
生物は通常、二組の染色体を持っている。
この染色体を三組持っているのが三倍体。
バイオテクノロジー的なもので応用すると「種なしスイカ」とか「デカくて美味しいお魚」とかが出来る。
※ 特に意味は無い