「そろそろいいでしょう」
「はいぃ……」
始まったのが朝の七時くらいですかね? そして今は……
今、
……太陽の位置から察するに、多分お昼は過ぎていると思います。
ようやく剣術の修行が終わりました……何度も何度も限界ギリギリの対応を求められ続けて、もう精神も肉体もボロボロです。
当然のように失敗を何度もしているので、死覇装もボロボロ。
……え!? ちょ、ちょっと待って!? 今私、お昼を過ぎているって言った!?
「……まだ正午過ぎ……」
「何か言いましたか?」
「い、いえ何も!!」
肩を落としかけたところで声を掛けられ、慌てて何でもない様に取り繕います。
「では次に、四番隊の隊士としての稽古に移ります」
「四番隊の隊士として……?」
「ええ、回道です」
回道なら少しは……でも今の私って結構ボロボロですし、そこまで上手くできますかね? それに回道を使うには相手が――
――え? 風……?
「……?」
今、確かに隊長は剣を一閃させました。
けれどそれは剣筋どころか、いつ剣を抜いたのかも分からない程の速度。ただ剣を振るったことで生み出された風だけが……
「痛ッッ!?!?」
鋭い痛みが遅れてやってきました。
胸元が袈裟斬りに切り裂かれ、血が噴き出します。
「た、隊長!?」
「どうしました? 怪我人ですよ、治療はしないのですか?」
け、怪我人って……あ! まさか、そういうことですか!?
「くっ……な、なんとかこのくらいなら……」
意図がわかり、慌てて回道を使って治療します。これくらいなら霊圧治療だけで何とかなりますからね。
時間は掛かりましたが、なんとか傷口は塞ぎました。
「……ふぅ」
「不合格、ですね」
「え!?」
「そのくらいの怪我、ましてや自分が負った怪我なのですよ? どれだけ遅くとも今の半分以下でようやく採点対象、といったところです」
厳しいですね……
「そもそも自分の肉体の損傷なのですから、何がどうなっているかは自分が一番よく分かっているはずです。そして同じく自分の肉体を治すのですから、どうやって治すのかも自分が一番よく分かっているはず……違いますか?」
納得できない、という私の心の中を読み取った様に、隊長は厳しい言葉を投げかけてきました。
「四番隊の隊士は他隊の死神の救護を担う者たちです。それはつまり、他人の命を預かっているということに他なりません。その手に生殺与奪の権利を握っているという事実を、もっと厳粛に捕らえるべきです」
確かに……そうです。甘く見ていたつもりはなかったのですが……
「それともあなたは、自分も満足に癒やせないような未熟な技術しか持たずに他人を救おうと考えていたのですか?」
「申し訳……ありません……自分の考えが、甘かったです……」
心の奥が熱くなるのを感じながら、隊長に頭を下げます。
「分かればいいのです。それにあなたも知っての通り私もまた未熟。共に研鑽していきましょう」
「はい!」
「良い返事です。では――」
そう言うと隊長はとても良い笑顔で剣を抜きました。
その姿に私もまた笑顔――喩えるなら、ジャングルの奥地で巨大な蛇と鉢合わせした時に浮かべるような特別な笑み――を浮かべながら尋ねます。
「あの、隊長……その剣は……」
「簡単なことです。あなたを斬りますから、回道で癒やしてください」
「ええええぇぇっ!?」
「先程までは剣の稽古でしたので、薄皮一枚削る程度に抑えていましたが、ここからは実際に肉を斬ります。当たり所が悪ければ腕の一本くらいは落ちますから注意して……ああ、それはそれで修行になりますね。なら、何も問題ありませんね?」
そう言うと隊長は剣を走らせました。
言っていることは間違っていませんが、これは絶対に違う気がします!
そう叫びたくなるのを必死で堪えながら、自分自身を実験台とした回道修行は私が霊力切れで倒れるまで続けられました。
「はい、これまで」
「はいぃ……」
回道修行も一応は終わりました。腕も足も指もちゃんと落とされずに残っていたのは、多分奇跡以外の何でもないと思います。
「明日も業務があるので、私はこれで失礼しますよ。ああ、そうそう。瀞霊廷にはここから真っ直ぐ西に向かえば辿り着くはずなので。始業時刻に遅れないように」
「うう……明日も仕事があるんですよね……」
仕事どころか明日起きられるのかが心配なんですが。
とりあえず私も帰り支度――の前に一息吐こうと荷物から竹筒を取り出して……
あ、忘れていた。
「隊長。お腹減っていません? もしよろしければ……」
「おや、なんですかそれは?」
お昼とか抜きでずっと修行をしていたので忘れていたのですが、お弁当を作ってきていたのです。
塩むすびを少々という、物凄く単純なお昼ご飯なんですけどね。
「一応少し多めに作ってきたので……簡単な物ですし、お口に合うかはわかりませんけど……」
「美味しそうですね。一ついただきましょう」
そう言うとおむすびを手に取り、食べてくれました。
たったそれだけの事なのですが嬉しいですね。
「ふむ……これは……この味は……」
「あ、もしかして不味かったですか? 塩むすびなのでそこまで変ではないはずなんですけど……」
食べた途端、何かを考え込むような表情を見せます。ひょっとして怒られるんじゃ……
「……湯川隊士」
「はい!」
「あなた、炊事班の専属になりませんか?」
「……え?」
えーと、それは……
「こっちの方が才能があるみたいですよ」
「そ、それだけは許してください……」
やっぱり私は、死神本来の業務以外の部分で評価されるんですね……
あ、瀞霊廷に戻れたのは辺りが真っ暗になった頃でした。
重たい身体を必死に操って、行きの何倍も時間が掛かりました。
誰に襲われることもなく無事に戻れたのは、奇跡だったと思います。
●卯ノ花隊長
私の中の卯ノ花隊長はこんなイメージ。
平時はこんなことしないけれど、一つスイッチが入ったらこのくらいはきっとやる、多分やる。
だってこの人、最前線に出たくてウズウズしてるし。