お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第224話 夫婦の再会

「ここか……」

 

 回廊を抜けた先の、だだっ広い街並みのような空間。

 そこに無数に乱立する建物の中の一棟――塔や宮殿を思わせる建築物にアタリを付けた海燕は、身構えながらも呟いた。

 

 少し前、それこそ一護らと離ればなれになった辺りからだろうか。

 海燕はとある霊圧を感知していた。

 それは彼だけにしか捉えられない――というよりも、彼だけが捉えられるように相手が気を遣っていたというべきだろう。現に共に行動していたルキアは気付いた様子がまるで無かったのだから――微細な刺激で海燕の感覚を擽り続けていた。

 始めは指先で肌を優しく撫でるような小さな刺激だったそれは回廊の出口へと近づくにつれて激しさを増していく。

 

「……ったく、こんな面倒な連絡しやがって……」

 

 例えるならば、炎へと近寄っていくようなものだ。

 近くに炎があれば、人は熱を感じるよりも先にまず光に気付く。その光に近寄っていけばやがて暖かさを感じる。けれども近寄りすぎれば高熱に身を焼かれる。

 海燕が感じているのはまさにそんな感覚だ。

 

「こいつはいったいどっち(・・・)なのやら、じっくり聞かせてもらうからな」

  

 身を焦がすような霊圧を受け止めながら、それでも無視できずにいたのは、霊圧に覚えがあったからだ。

 それも、決して"この場では感じる筈のない"霊圧。そんなものをこの場で感じるとするならば――

 

「……できれば、あっちの考えだけは外れててくれよ」

 

 ――海燕の脳裏に浮かんだのは、二通りの可能性。

 

 その中の一つだけは外れていて欲しいと心底願いながら、宮殿の扉を開ける。

 

「うぉっ、暗いな……」

 

 重厚そうな造りの扉の奥は、闇が広がっていた。

 一条の光明すら差すことのない、完全なる暗闇に閉ざされた空間。今は扉が開いているので辛うじて光は入っているものの、その程度の光量では部屋の隅まで届いていないことから室内はかなりの広さがありそうだ。

 

「おーい、明かりの一つくらいねえのか? ……わざわざ旦那様(・・・)が来てやったんだからよ」

「あら、ごめんなさい。まさか本当に来てくれるなんて思わなかったから」

 

 室内に数歩足を踏み入れながら、闇の奥へ向けて声を掛ける。

 すると扉がひとりでに閉じ、奥からは返事が聞こえてきた。それは、海燕が最もよく知っている声音。

 

「はっ! 何言ってやがる、散々『来い来い』って霊圧を放っていたのはお前だろうが……都」

「ええ、そうよ。でもね、来てくれて本当に嬉しいのよ……海燕」

 

 壁に据え付けられていた松明が燃え上がり、闇を切り裂いていく。

 その先には、白い装束を身に纏い柔和な笑みを湛える志波都の姿が浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――やっぱり、か……

 

 突然現れた最愛の妻を、海燕は特別驚くことなく、むしろ納得した様子で観察する。

 何しろ回廊の途中から彼女の霊圧を感じ取っていたのだ。ならば姿を現すことは想像に難くない。

 

 問題は、この都が本物か否か(・・・・・)だ。

 

 ほぼあり得ない、最悪の可能性が、けれども海燕の脳裏を過る。

 眼前の志波都は"本物が洗脳されているのかもしれない"という可能性が。

 

 九割九分ありえないのだが、たった一分――いや、それ以下であっても可能性がある以上、迂闊に動く事が出来ない。

 

 かつて都が(ホロウ)に肉体を乗っ取られた時のことを、海燕は記憶の底から掘り起こす。

 できれば思い返したくない、苦い記憶だ。

 (ホロウ)と都とが霊体融合をして同一の存在となり、引き剥がすことは不可能だと思われた。

 その時は偶然同行(・・・・)していた某四番隊副隊長(当時は副隊長だった)のおかげで事なきを得たが、運命が少しでも狂っていれば、海燕は自らの手で最愛の女性へ引導を渡さねばならなかった。

 

 その時の記憶を思い出し、続いて今この場にいるのは自分だけ。ケリは自分の手でつけると決意を固めなおす。

 

「どうしたの海燕? そんなに怖い顔をしちゃって」

「……っ」

 

 だが固めたはずの決意が、声を聞いた瞬間僅かにグラついたのが自分で分かった。

 

「……なんで、ここにいんだ?」

「海燕は、私が(ホロウ)に取り込まれた時のことを憶えているかしら……?」

「当たり前だ! 絶対に忘れねえ……忘れられるわけがねえ!!」

「ふふ、嬉しいわ。心配してくれてるのね」

 

 怒りと慚愧を感じられたことに満足したのだろう。

 都はほっと胸を撫で下ろす。

 

「あの(ホロウ)はね、藍染の実験体だったの。破壊されると虚圏(ウェコムンド)に飛ばされて再構成される、そういう仕掛けが施されていたみたい」

「何ッ!? じゃあ、あの時に俺がトドメを差したせいで……」

「ええ、そうね。結果的にはそうなるの」

 

 あの時、海燕はメタスタシアを怒りに任せて倒した。完全詠唱の黒棺にて完膚なきまでに叩き潰したのだ。

 それが回り回って復活の引き金になるなど、予測出来るはずもない。

 

「その後、(ホロウ)は予定通り復活したわ。ただ、唯一予定外だったのは霊体を支配していたのは私の精神だったってことだけ……」

「都の、精神が……?」

「融合を無理矢理引き剥がした弊害だったのか、それとも再構築に何か不具合でもあったのか。理由ははっきりとは分からないんだけど……気付けば私は虚圏(ウェコムンド)にいたわ」

「嘘だ! そんなこと、ありえるはずがねえ!!」

 

 理由を聞いた途端、海燕は叫んでいた。

 

「どうして……? どうしてそんなことを言うの?」

「だってアレは、湯川が……融合した部分を引き剥がして補ったって……」

「ええ、そうね。湯川藍俚(あいり)のおかげ……でもね海燕、融合した組織の中には私を構成している部分だってあったのよ……それが溶け込んで、再構築されて生まれたのが私……私だって、志波都なの……!」

「だったら……だったらどうして俺を呼んだ! それもあんな霊圧で!!」

 

 ――コイツが……!

 

「海燕が虚圏(ウェコムンド)に来るって知って、どうしても会いたくなったの……霊圧については、その……ごめんなさい。今の私は(ホロウ)――破面(アランカル)なの。だから、死神を相手に無意識に威圧するような霊圧を放ってしまって……」

 

 ――コイツが、本物の都のはずがねえ……!

 

「ううん、そうじゃない……本当は羨ましかったの! 切り捨てられなかった私は、尸魂界(ソウルソサエティ)であなたと夫婦のまま! 一緒に暮らしている! じゃあ切り捨てられた私はどうなるの!?」

「それは……」

(ホロウ)として再構成されてしまったら、もう二度と……海燕には会うことも許されないの……!? 死神と(ホロウ)は、心を通わせ合ってはならないの!? そう考えたら、私の中の黒い感情が出てきてしまったの……」

 

 ――けど……!

 

「みや、こ……」

 

 ――本当、なのか……?

 

 瞳の端から大粒の涙を零し、肩を震わせながら訴える都の姿を、海燕はどうしても敵と見做すことができなかった。

 敵だと断じるにはあまりにも自らの知る妻の姿と似過ぎており、彼が知る都の姿と目の前で涙を流す相手の姿が重なって見えてしまう。

 

「海燕……」

 

 苦悩の表情を浮かべながらも、海燕は都の肩へそっと手を掛けた。優しく肩へと触れる手の上へ自らの手を重ねながら、都は微笑む。

 

「嬉しい、信じてくれたのね……?」

「…………」

「ねえ、もっと近寄ってもいい?」

「……ああ」

 

 海燕は、喉の奥から声を絞り出すようにしながら頷く。

 

「温かい、本当に温かいわ……ああ……っ! 海燕の温もりをもう一度、感じられるなんて……夢みたい……」

「そう、か……」

 

 胸元に顔を埋めながら、都は穏やかな表情で感慨深く呟く。

 その表情も、身体を通して伝わってくる体温も、そのどれもが海燕が知る妻のそれと変わらないように思えた。

 

「けどな、ここまでだ」

「……え?」

 

 肩に手を置いたまま少しだけ力を込め、相手を一歩だけ引き離す。

 

「お前は都かもしれねえ……けどな、お前は(ホロウ)で俺は死神なんだ。俺にとっては、尸魂界(ソウルソサエティ)で……家で待っててくれてる都こそが本物なんだ……」

「かい、えん……駄目、なの……私じゃ駄目なの……?」

「知らねえこととはいえ、寂しくさせちまってすまねえ……けど、これ以上は出来ねえ。これが精一杯、俺にできることだ。俺は都を裏切る事は出来ねえ!」

「そう……」

 

 真摯な顔のままそう告げると、都は切なげに顔を逸らせた。

 

「そう、よね……ごめんなさい海燕、これは私の我が儘なんだから……もう一度、あなたの温もりを感じられただけでも良しとしなくちゃ……」

 

 ――すん、と僅かに鼻を鳴らし、瞼の下を指先で軽く擦りながら都はもう一歩だけ下がり、海燕から離れる。

 

「でも、おかしいわよね……私がお願いしているのに、そのお願いを聞くと、私を裏切ることになるなんて……」

 

 くすりと小さく笑うその様子は、海燕には無理をしているようにしか見えなかった。

 

「すまねえな……」

「ううん、構わないわ……あ、でももう一つ。もう一つだけ、お願いを聞いて貰っても構わないかしら? それさえ聞いてくれたら、私はもう二度と我が儘は言わないわ」

「聞いてやりてえのは山々だがよ、聞ける物と聞けねえ物があんだが……」

「とっても、簡単なことよ。あのね、海燕……」

 

 

 

 

 

 

 

「――死んでくれる?」

 

 

 

 

 

 

 

「があああああああああっ!!」

 

 腹部に激痛が走り、海燕は悲鳴を上げた。

 視線を下へと落とせば、斬魄刀が腹に突き刺さっている。

 視界の端では都がしっかり柄を握りしめながら、手首を軽く返すのも見える。

 

「ぐおおおおお……っっ……!!」

 

 同時に、さらに鈍い痛みが腹から伝わってくる。

 突き刺さった刃が捻られたことで傷口が抉られ、血管に空気が入って血が大量に流れ出てていく。臓物にも傷がついたらしく、鉄錆のような味が喉の奥から溢れ出てきた。

 激痛を味わいながらも海燕は都を突き飛ばすようにして後ろへと下がり、斬魄刀を引き抜く。

 

「何を……しや、がる……!」

「ねえ海燕、死んで。私のために、死んでほしいの。そうすれば藍染様は、あなたの肉体を再構成して(ホロウ)へと生まれ変わらせてくれるって約束してくれたの」

 

 口の端から血の泡を吐き出す海燕へ、都は瞳孔の開き切った瞳を向けながら言う。

 

「そうすれば私たち、ずっと一緒にいられるのよ! それって、とっても素敵なことだと思わないかしら!?」

 

 斬魄刀を手にしたまま、もう片方の手を自らの頬へと当てると、うっとりと恍惚の表情を浮かべながら都は口にする。

 その光景は海燕の目には精神が狂気に犯されたようにしかみえなかった。

 死神としての精神を持ちながらも(ホロウ)へと転生した挙げ句、恐怖と寂しさから心が壊れてしまい、ありもしない妄言を都合良く信じ込んでいる――少なくとも海燕にはそう見えた。

 

「ふざ……けんな……! んなこと、出来るわけねえ……だろうがっ!!」

「あら、お願いを聞いてくれるって言ったじゃない……」

「んな約束、聞けるわけねえだろうがよおおっっっ!!」

 

 腰の斬魄刀を抜き放ち相手へ突きつけながら、海燕は叫んだ。

 

「お前が、お前が本当に、こぼれ落ちた都だったとしても……! 都はそんな弱い女じゃねえ! 他人を犠牲にするような女なんかじゃ断じてねえ!!」

「まあ怖い、斬魄刀を突きつけるなんて……」

「もしも心が病んじまったっていうのなら、他の誰でもねえ! 俺がお前を止めてやる!!」

 

 怪我を押して、目の前の都へと海燕は斬り掛かった。

 腹の傷口から血が溢れ出し、床に血がこぼれ落ちて道筋が刻みつけられる。

 

「ひょっとして、剣の稽古がしたいのかしら? 懐かしいわ、十三番隊の頃には時々だけど一緒にしたわよね」

 

 迫り来る海燕の攻撃を、都は手にした斬魄刀にて余裕を持って受け止める。

 互いの刀身がぶつかり合い、相手の呼吸の音が聞こえそうな距離まで迫ってなお、彼女は現実が見えていないかのように昔の出来事を懐かしそうに口にし始める。

 

「でもあなたの所にも私の所にも、すぐに他の隊士が来ちゃって指導になっちゃうのよね……」

「黙れっ!!」

「けれども今は、邪魔する者は誰もいない……ふふっ、今日はとことんやりましょう」

「その顔で……その声で……喋るんじゃねえ!!」

 

 彼女が口にしたエピソードには、海燕も覚えがあった。

 二人ともなまじ強くて慕われていただけに、周囲には人が絶えなかったのだ。ときおり二人きりになれたとしても、どこからともなく人が沸いてくる。意図的に身を隠さなければ、二人きりはおろか一人になるのも大変だったほどだ。

 

「ここで右、そして突き……ああ、懐かしいわ……本当に、あの頃に戻ったみたい……! 私の知る、海燕のまま……!!」

「くそっ……コイツ……!!」

 

 胸の内側から湧き上がる感情を必死で押し殺しながら毒づくように吐き捨てる。

 攻撃を続ける海燕であったが、状況はお世辞にも優勢とは言えなかった。 

 

 負傷しているのは当然のこととして、眼前の相手は海燕の攻撃全てをまるで事前に見切っていたかの様に防ぎ、そして反撃を繰り出す。

 その反撃もまた、海燕にしてみればよく知った太刀筋――海燕の記憶の中にある、志波都の動きそのままだった。

 

 互いが互いの戦い方を知っているためか、互角の勝負が続いていく。都の言葉ではないが、本当に稽古か何かを行っているかのようだ。

 となれば先に倒れるのは海燕の方、負傷は決して軽いものではない。許されるならば、このまま痛みに負けて倒れこみ、気絶して意識を失ってしまいたいほどだ。 

 

 ――仕方ねえ……!

 

 何度目かの打ち合いの後、始解すべく大きく下がる。

 

稠密(ちゅうみつ)なるは櫛比(しっぴ)の如く」

「……」

 

 聞こえた途端、都は目を細めた。

 

「「重畳(ちょうじょう)なるは波濤(はとう)の如し、金剛(こんごう)」」

 

 続いて解号の声が、斬魄刀の名を呼ぶ声が、まるで合唱のように二重に響く。

 

「金剛……懐かしいわね」

「……そりゃ、そう、だよな……知ってて、当然だよな……」

 

 腹の傷を手で押さえながら、海燕は顔を顰める。

 彼の持つ斬魄刀――金剛は元々、都が持っていたものだ。本来手にしていた斬魄刀が消失してしまったため、その代わりにと譲り受けたに過ぎない。

 ならば解号と名前くらい知っていても当然だ。

 

「それに何より、嬉しいわ……海燕、あなたが持っていてくれるんだもの……私が持っていた斬魄刀を、きちんと使いこなしてくれているんだもの……」

「そうかよ……けどよ、これでもうお前に勝ち目はねえぜ」

 

 薙刀――始解した金剛にて傷口を軽く撫で、圧縮させることで簡易的に傷口を塞ぐ。

 痛みはちっとも治まらないが、応急処置程度にはなったと思いながら仕切り直そうとしたときだ。

 

「でもね、海燕。私だって、無為に時を過ごしていたわけじゃないのよ。それにこの子(・・・)も、海燕には会いたがっていたの」

「まさ、か……」

 

 手にした斬魄刀を慈しむように軽く撫で上げたかと思えば、都は刀身を下に向け、そのままくるりと手首を一回転させる。

 

「水天逆巻け――」

「「捩花(ねじばな)」……」

 

 斬魄刀の名を呼ぶ声が再び重なり合う。だがその一方は、驚愕に彩られた声だった。

 

「さあ、行きましょうか捩花。私たちを捨てた相手へ、一緒に復讐しましょう?」

 




(やりたかったので、やって)やりました。
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