お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第225話 金剛と捩花

 三叉槍へと変化した斬魄刀へ向け、愛おしそうに呼びかけながら都は構える。

 横一文字に最短で刺突を繰り出せる独特の高い構えも、彼女が手にするその斬魄刀も、海燕は見覚えがあるものだった。

 

 ――まるで俺、だな……

 

 腰ではなく胸の上まで上げて構えるのは、捩花を手にしていた頃の海燕が良く行っていた構え。

 穂先の青い房も槍に絡みつく流水も、海燕がよく知る捩花の姿と何一つ変わっていない。

 だが、同時にそれも当然かと海燕は納得する。

 

 捩花は都が危機に瀕した際、消失してしまった斬魄刀だ。(ホロウ)の能力によって消失したわけだが、その(ホロウ)討伐後に虚圏(ウェコムンド)にて再構成されていてもおかしくはない。

 そして捩花は、海燕との唯一の繋がりでもある。

 彼女が手に入れていても不思議ではない。

 

 加えて都が海燕の動きを憶えている事は、先ほどの解放前の斬魄刀にて戦っていた際にも明らかだ。

 となればそれこそ、始解状態であっても海燕の記憶を手本とするのもまた当然だろう。

 

「ふふ、懐かしいでしょう? 捩花も、私と一緒に虚圏(ウェコムンド)に来ていたの。最初は全然私に懐いてくれなかったんだけど……でも、ようやくここまで操れるようになったわ。やっぱり捨てられた者同士、相性が良かったのかしらね」

 

 ――捩花……!

 

 捨てられた者同士、という言葉に彼の胸がチクリと痛んだ。

 海燕からすれば捩花を捨てたつもりは毛頭無いが、結果的にそう思われても仕方ないかもしれない。

 死神の斬魄刀でありながら虚圏(ウェコムンド)に置き去りにされてしまえば、恨み言の一つも出るだろう。

 

一緒に(・・・)復讐しましょう」――先ほど都は、斬魄刀へそう告げていた。

 それはつまり、斬魄刀の本音を聞いたということだ。

 奇しくも実体化事件にて斬魄刀たちの本音を聞いていた海燕にとっては、少々耳の痛い言葉だった。

 ただの虚言・妄言ではなく、事実ではないのか? ほんの小さなトゲのように心へ引っかかり、疑って掛かってしまう。

 

「さあ、行きましょう捩花! 海燕が、海燕がようやく戻ってくる!! あなたも元の持ち主のところへ帰れるのよ!!」

「うおっ……!」

 

 狂気にも似た笑みを浮かべながら、都が捩花を振り回した。槍撃と共に大波が舞い上がり、槍の動きに追従するようにして襲いかかってくる。

 捩花は流水系――水を操る能力を持った斬魄刀だ。

 ただの水にしか見えないその波も相手を粉砕するだけの破壊力を誇る。

 

「舐めん……なッ!」

「あはっ♪」

 

 捩花の一撃を金剛にて受け止める。

 薙刀と三叉槍、二本の長柄武器同士が衝突し合い、甲高い金属音が鳴り響いた。

 一瞬遅れて捩花の生み出した波が砕け散り、ピシャリと音を立てながら床へと落ちる。金剛の能力にて一時的に固められ、捩花の影響下から外れたためだ。

 

「水を操る捩花を相手に、固めるだけの金剛だと……ちょっと厳しいかしら?」

「……言ってろ!」

 

 今度は海燕が攻める番だ。

 遠心力にて大きく勢いをつけながら振り回す横薙ぎの攻撃を、けれども都は捩花にて受け流す。

 

「まだまだぁっ!」

「ふふ……」

 

 受け流されたとて、攻撃は止まらない。攻撃の勢いを利用してそのまま今度は振り下ろしの一撃を放った。

 だが都はそれを予測していたらしく、三歩ほど下がって紙一重で避ける。

 

「隙あり、よ?」

「ねえ、よっ……!」

 

 攻撃が空振り流れに切れ目が生まれる。

 その瞬間を狙い都は捩花にて一文字突きを繰り出すが、海燕もまた反応していた。金剛を持ち上げると、三叉槍の隙間――叉の間に柄を差し込んで受け止める。

 

「そうかしら?」

「ぐっ!!」

 

 受け止められたと分かるや否や、都は手首を捻り捩花を手の中で半回転させた。

 さながらパスタをフォークで巻き取る時のような動きだ。回転の勢いに巻き込まれて支えきれず、海燕の手から金剛が弾かれ零れて落ちる。

 

「言ったでしょう? 隙ありだって……」

 

 片手で慌てて拾い上げるが、それは大きな隙を相手に晒すことになった。

 手の中で回転を続けながら都は再び突きを放つ。加えて今度は捩花の能力を併用している。海燕の目に映ったのは、銃弾のように螺旋を描きながら大質量の水が凄まじい勢いで襲いかかってくる姿だった。

 

「うおおおっ!!」

 

 全力で背後に向けて跳躍する。その際海燕は、鉄砲水の先端を金剛で斬りつける。

 能力にて圧し固められた水の先端はまるで壁のように変化して固定された。だが壁としての役割を果たせたのは一瞬だけだった。

 後から続く水流に押し流され、即座に砕け散ってしまう。

 それでもコンマ一秒程度の時間は稼げたらしく、なんとか直撃だけは避けられた。

 

「ほら、だから言ったじゃないの。金剛だと厳しいって……諦めて、私と一緒に虚圏(ココ)で暮らしましょう?」

「ハッ……! 何、言って、やがる……」

「強がっても駄目よ海燕。ほらその傷、とっても痛そう」

 

 再び高い位置で捩花を構えながら、都が指摘する。

 それは彼女が刺し貫いた腹の穴のことだ。簡易な手当こそしたものの、先ほどの鉄砲水で限界を超えたのだろう。

 再びどくどくと血を流し始めている。

 加えて痛みはまるで消えていないため、絶え間なく襲い来る激痛が海燕の動きにどうしても制限を設けてしまう。

 

「仕方ないわね……海燕は、こういう戦い方は嫌いだったけれど……」

「オイオイ……」

 

 にっこりと微笑みながら構えを解くと、代わりに捩花を天へ掲げる。

 穂先に瞬く間に水が集まっていき、やがてそれは巨大な塊となっていく。中空へと生み出される小さな湖のような水塊を眺めながら、海燕は都の言葉に少しだけ納得していた。

 

「痛いのなんてすぐに飛んでいくわ! ペチャンコになっても、海燕ならきっと平気よね!?」

「うおおおっ!!」

 

 巨大な水の塊が海燕目掛けて降り注ぐ。

 膨大な量をただ相手に向けて叩き付けるだけという、豪快すぎる戦法。確かに有効ではあるものの隙が大きく、なにより当たっても外れても周囲への被害が甚大なため、海燕はあまり好んで使わなかった技だ。

 

 とはいえ今は好き嫌いなど言っていられない。

 大質量に加えて広範囲のため、金剛の能力で防ぎきるのも難しい。最も確実なのは効果範囲から逃れることだ。

 瞬歩(しゅんぽ)を用いて全力で距離を取った数秒後、天から降り注いだ水塊が床を砕いていく。

 

「――んで、こうだろっ!?」

「あら?」

 

 効果範囲から逃れきると同時、背後に向けて海燕は金剛を振るう。

 捩花と金剛の刀身同士が再び衝突し合った。

 

「よくわかったわね」

「あんな派手な技、そうそう、当たるかよ……なら、次の一撃は絶対にある……決まってんだろ……」

「さすがね海燕! 私たち、お互いにお互いのことを分かっている……!! 本当によく分かっている!! ああっ、なんて素敵なのかしらっ!!」

「勝手なこと、ばかり、言いやがって……」

 

 攻撃を受け止められたというのに落胆もせず、むしろ歓喜の感情を見せる都の姿はなんとも不気味だった。

 相手の都合など一切考えず一方的に押しつけてくるその姿に身震いすら憶えながら、海燕は懐へと手を伸ばす。

 そこには虚圏(ウェコムンド)への出発直前に手渡された傷薬がある。疲労と激痛、出血の苦痛に加えて目の前の相手の毒気から逃れるためか、無意識に薬を求めたようだ。

 

「あら、何をしているのかしら海燕?」

 

 そんな動きすら都は見逃さなかった。

 尋ねられたことで、海燕もまた自分が何をしようとしていたのかに気付いた。

 

「……薬だよ。このまんまじゃ、ぶっ倒れちまうんでな」

「ふふ、おかしいわね海燕ったら……それを望んでいる私が、回復なんて許すと思う?」

「だよなぁ……」

 

 射貫くような視線を向けられ、懐に伸ばした手を渋々引っ込める。そしてわざとらしいくらいに大きな溜息を吐き出してみせた。

 

「ちっ、せっかく四番隊のあんにゃろから貰った特別品だってのに、出番は無しかよ……」

「四番隊の……ああ、湯川藍俚(あいり)が作ったのね。危ない危ない、そんな薬であれば、なおさら使わせられないわ」

 

 その言葉で誰が作ったものか、感付いたのだろう。せっかくの優位を崩されぬようにと海燕の懐を油断なく睨みつける。

 さらに強くなった圧を都から感じながら、海燕は口の端を釣り上げた。

 

「く、くく……あはは……あっはっはっはっはっ!!」

「な……何っ!?」

「だよなぁ……わかるぜ。アイツは副隊長時代が長かったからな、俺もつい癖で『湯川』って呼んじまう時があんだ。気持ちはよくわからぁ……」

 

 痛みが残っているのだろう、不格好ではあるもののニヤニヤと笑みを浮かべながら相手を眺めている。

 その言動の意味が理解出来ず、都は困惑していた。

 

「けど都はな、湯川のことを絶対にそんな風に呼ばねえんだ。アイツは細かい部分もきっちりしてっからよ……当時は湯川"副隊長"で、今は湯川"隊長"って呼ぶんだよ。それも必ずな!」

「……ッ!」

 

 そこまで告げられて、ようやく都は己の失言を笑っているのだと気付く。

 

「もしお前が寂しさで狂っただけの、もう一人の都だったとしても、だ。呼び方の癖までそうそう変わるもんじゃねえ……もしもお前が操られているだけなら、俺が都のことを見抜けねえわけがねえ……つまりテメエは、都でも何でもねえ! ただ姿形を借りているだけの偽物だ!!」

 

 最後に「呼び名の違いに最初に気付かなかったのは俺のミスだがよ」と自戒するような言葉を付け足しつつも、海燕はそう断じる。

 

「……ふふ、くくく……」「……フフ、ククク……」「あははははっ!!」「アハハハハッ!」

「な、なんだ……!?」

 

 返ってきたのは、笑い声だった。

 それも一つではない。

 似ているがどこか異なる二重に重なった嘲笑の声に海燕は周囲を見回し、やがて気付く。

 

「あーあ、もう少し遊べると思ったんだけどな……」「モウ、騙セナイミタイダ。ジャア仕方ナイ、隠ス意味モナイカラネ」

「この声……目の前のニセモンからかよ……っ!」

 

 偽者と断じられた都の顔が、どろりと溶けた。飴細工に超高温を近付ければ、おそらくはこんな風に溶けていくのだろう。

 溶けたその下を見て、海燕は絶句する。

 そこにあったのは、真っ赤な液体に満たされたカプセルだった。その中に鞠のような大きさの顔が二つ、浮かんでいる。

 

「自己紹介シテオクヨ……僕ラガ、第9十刃(ヌペーノ・エスパーダ)」「アーロニーロ・アルルエリだ!!」

 

 二つの顔が、交互に口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「強え強えとは思っちゃいたが、十刃(エスパーダ)かよ……」

「そうさ。気付いていなかったのかい?」「ソレトモマサカ、本気デ志波都ダトデモ思ッテイタノカナ?」「もしそうならお前は実に滑稽だな」

 

 二つの顔が互いに喋るため聞き取りにくさを感じつつも、海燕は吐き出す。

 

「いや、どっちかってーと、テメエみたいなバケモン相手に一瞬でも気を許した俺自身に腹が立つぜ……!」

「ヤハリ顔ノ事ヲイウンダナ。ケレド」「この顔の感想は、とうの昔に聞き飽きている」

「だからこの顔と姿は、実に都合が良いのさ」

 

 カプセルの中に浮かぶ顔。その一つから肉が表面へと浮かび上がり、やがて再びアーローニーロの顔は都のそれへと戻った。

 

「あの化け物の様な姿とは違って、この姿はとても美しくてね、気に入ってるんだよ。それに女というのもありがたい。お前のように油断してくれる馬鹿が増える」

「……チッ」

「中々楽しかっただろう? 本物の志波都が死んでいてくれればもっと面白い芝居になったんだがな。生きている以上はアレが限界……あはっ! あはははははっ!! 傑作だった、実に傑作だったよ!! 笑いを堪えるのが大変だった!! まさか本当に、目論見通りに引っかかるなんて!! あははははははははっ!!!!」

 

 そこまで語ったところでアーロニーロはおもむろに俯き、小刻みに肩を震わせる。だがやがてそれも我慢出来なくなったのか、弾かれたように勢いよく顔を上げると盛大に哄笑を上げる。

 

「『ねえ海燕、近寄っていい? 刺していい?』 ……あははははははっっ!! あんな言葉に簡単に騙されるなんて……!! これだからこの姿は面白い!! オレの所まで来てくれて、本当に嬉しかったよ!!!!」

「抜かせ……テメエがあんだけ霊圧を放ってたから寄っただけだ……」

「その霊圧を感じ取っておきながら、信じ込んだのはどこの馬鹿だ? オレの言葉を信じて、疑いもせずに近寄って来たのか? 危険だと分かっていたのにか?」

 

 よほど面白いのだろう、志波都の上品な相貌を下品に崩しながら笑い声を上げる。

 それに対し、海燕は真剣な表情で答えた。

 

「アレが本当に切り捨てられた都の意思だったかもしれねえ……あの時点じゃまだ、極々低くても可能性が残っていた……なら、見捨てたら俺はきっと一生後悔していた……そんだけだ」

「そんな低い可能性に賭けた結果が現状だ!! (ホロウ)の世界じゃあ、考えられない!! 弱い奴、負けた奴は全員喰われるってのに!!」

「お前に喰われたあの(ホロウ)みたいに、か?」

 

 そう尋ねた途端、笑顔がピタリと止んだ。

 

「特定の(ホロウ)を喰らって力も記憶も、存在全てを自分の物にする――そんなところだろ?」

「なるほど、馬鹿だが馬鹿じゃないらしい」

 

 アーロニーロは見せつけるように左手袋を外す。その下からは、口の付いた触手のようなものが現れる。

 

「その通りだ、オレの能力は喰虚(グロトネリア)、死した(ホロウ)を喰らってその能力と霊圧を我が物とする能力! この姿はお前と戦って敗れたメタスタシアをオレが喰らって手に入れた! 志波都の記憶と肉片の残滓、そしてお前の斬魄刀! それらを持って還ってきたからなぁ!! 全てありがたく頂戴したよ!!」

「やっぱりか……」

 

 海燕は納得したように頷く。

 

「言葉も動きも、都の生き写しみたいだったぜ……あのメタスタシアって(ホロウ)がコピーしてやがったのか? けど、記憶は読み取れても完璧に自分の物にしたわけじゃねえ。俺を騙すことだけに熱心になってたあまり、それ以外の事にゃつい気を抜いて素を出しちまったってわけだ……案外、大したことねえ能力だな」

「ほざけ!!」

 

 そう口にした途端、アーロニーロは激昂する。

 

「なら、その大したことのない能力で葬ってやろう! ……喰らい尽くせ! 喰虚(グロトネリア)!!」

 

 帰刃(レスレクシオン)した瞬間、アーロニーロの下半身が爆発的に膨れ上がった。

 

「コイツは……」

 

 その姿は、歴戦の勇士である志波海燕すら反射的に恐怖を感じてしまうほどだ。

 巨大な肉の塊――蛸に似た何か――の上に、志波都の上半身が生えていると表現するのが最も近い言い回しだろう。

 ただ、問題なのはその大きさだ。

 高さだけでも海燕のおよそ十倍、幅に至っては海燕の二十倍かそれ以上はある。

 

「いい顔だ、恐怖しているな? もっと恐怖しろ! 今までオレが喰らった(ホロウ)の数は、三万三千六百五十!! 最下級大虚(ギリアン)でしかなかったオレはこれだけの数を喰らい、第9(ヌペーノ)の数字を与えられた! これがオレの喰らってきた全ての(ホロウ)の力だ!」

「マジかよ……」

「そしてオレの喰虚(グロトネリア)は喰らった(ホロウ)の能力を全て発現できる! 三万を超える(ホロウ)の大軍勢を相手に、一人で勝てるものか!!」

 

 ――三万。

 言葉にすればたった一言でしかないが、実際に目にすればこれほど絶望的なこともそうないだろう。

 

 だが海燕の胸中には、一片の絶望もなかった。

 

 ――コイツは都じゃねえ……それどころか、都の影を利用して好き放題に(けが)していやがるクソ野郎だ! だったら……

 

「もう遠慮はいらねえよなあああぁぁっっ!!」

 

 腹の怪我も痛みも頭の中から吹き飛んでいた。

 両手でしっかりと薙刀――金剛の柄を握り締めながら、海燕は斬魄刀を振るう。

 

「馬鹿が! 遠慮が不要なのはこっちも同じなんだよ!!」

「ぐおおっ……!!」

 

 薙刀の一撃を下半身から生える触手にて受け止めると同時、触手の一部分から(ホロウ)の仮面が浮かび上がるとそこから海燕目掛けて高温のガスが噴出した。

 即座に反応して金剛で斬りつけたものの、気体が相手では少々分が悪かったらしく、まともに受け止めてしまった。さらに高温に加えて腐食の性質も持っているらしく、身体中がビリビリと鈍く痛む。

 

「この姿に加えて、全ての能力を自由自在に扱える! わかるか!? もうお前に合わせて我慢する必要はない! お涙頂戴ごっこの時間は終わりってわけだ!! つまりは!!」

 

 四本の触手がアーロニーロの背後へゆらりと立ち上る。その触手の一面に(ホロウ)の仮面が、蛸の吸盤のように整然と浮かぶ。

 

「こういうこともできるってことだ!!」

 

 その並んだ仮面全てから、一斉に虚閃(セロ)が放たれた。何百にも及ぶ光線が列を為し海燕目掛けて殺到する。

 

「ぐ……おおっ……!!」

 

 再び金剛を振り回し、虚閃(セロ)の光すら固定しながらどうにか躱していく。だがどれだけ走り身を躱せども、虚閃(セロ)の追撃には終わりが見えなかった。

 避ける先を予測するかのように触手が蠢き、追加の虚閃(セロ)を放つ。飛び回り、転がり回るようにしながらも、海燕はどうにか直撃を避けていく。

 

「無様に逃げ回ってんじゃねえ! とっとと諦めて、オレに喰われちまいな!! そうすりゃ今度はオレが志波海燕だ!! 続きは本物の志波都とやってやるからよぉっ!!」

「……っざけんな!! 破道の五十四! 廃炎!!」

 

 その言葉は看過できなかったのだろう。

 片手で鬼道を操り、アーロニーロの上半身目掛けて円形の炎を放つ。

 

「はっ! その程度かよ!?」

 

 肉の塊となった下半身が蠢き、新たな触手が数本飛び出す。その一本一本が海燕の胴回りよりもずっと太く、巨木の幹のようだ。

 触手の壁に阻まれ、鬼道の炎は上半身に届くことなく肉塊を焼くに止まった。

 

「破道の八十八、飛竜撃賊震天雷砲!!」

 

 ならばとばかりに、海燕は再び鬼道を唱える。

 チマチマした攻撃では効果が無いと思ったのか、はたまたアーロニーロの全体を焼き尽くそうと思ったのか、放たれたのは極太の雷だ。

 目論見通り、アーロニーロの巨体であっても半分ほどは包み込めるだろう。

 

「わかんねぇのか!? 無駄なんだよ!!」

 

 今度は元々生えていた巨大な触手を数本纏めて持ち上げ、壁を作る。

 そこへ鬼道の雷が衝突した。ジュウジュウと肉の焦げる音と匂いを放ち触手を焼くものの、焼き切るまでには至らない。

 それどころかアーロニーロの上半身は全くの無傷だ。

 

「惜しかったなぁ! だが――」

「破道の七十三! 双蓮蒼火墜!! 破道の七十三! 双蓮蒼火墜!!」

 

 懲りずに海燕は鬼道を唱える。

 ならば今度はと、二重詠唱の要領で二つの鬼道を同時に放つ。二つの蒼い炎がアーロニーロへと迫る中、さらに海燕の声が響く。

 

「君臨者よ・血肉の仮面――蒼火の壁に双蓮を――万象――ヒトの名を冠す――」

「今度は後述詠唱で威力を上げようってか!? 馬鹿が! そういうのを、猿知恵っていうんだよ!!」

 

 一度放った術へ後から詠唱を口にすることで強化する後述詠唱。二つの炎は勢いを増して襲いかかるものの、やはり結果は同じだった。

 それぞれの炎は巨大な触手を一本ずつ焼くものの、焼き切るには至らない。

 

「破道の五十八! 闐嵐(てんらん)!!」

「はぁ? 闐嵐だとぉ!? く……っ」

 

 思わず訝しげな声が上がった。

 闐嵐は竜巻を放つ鬼道だ。風圧や真空の刃といった攻撃力はあるものの、直接的な威力は今まで放った術と比較すれば大きく劣る。

 風圧に圧されて多少なりとも動きは鈍るものの、今のアーロニーロは巨体である。その影響はほとんど無いと言える。

 ならば一体何が――そう考えていたときだ。

 

「ちぇええええぇぇぇぃっ!!」

 

 動きの鈍った下半身目掛けて、海燕が勢いよく金剛の刃を食い込ませた。その一撃は、先の鬼道による後押しもあって触手を大きく切り裂いていく。

 惜しむらくは、切断ができなかったことだろう。一撃で切り捨てるには、触手が巨大すぎる。

 

「ちっ! それが狙いかよっ!!」

「っっおおおりゃあああぁぁっ!!」

 

 周囲を駆け回りながら同じように金剛を振るっていく海燕の姿に、アーロニーロはその狙いを推測した。嵐は只の目眩ましと動きを封じるためのものでしかない。

 本当の狙いは――

 

「この喰らった(ホロウ)どもの肉体を固めて、動けなくすることだろうが!!」

 

 なるほど、金剛の能力を全開にすればそれも可能だろう。

 圧縮して固めてしまえば、筋肉の収縮が出来なくなる。柔軟性を失った触手などただの肉の塊、どれだけの質量があろうとも障害物に成り下がってしまう。ついでに奪った能力を発動させるのも難儀となり、全体的な戦力低下をも狙った作戦。

 アーロニーロが奪い取った志波都の記憶からも、それは可能だろうと推測する。

 

「そんなもん、お見通しだ――ぐおおおっ!?」

 

 看破した目論見を叩き潰してやろうとした得意げになって動いたその瞬間、空間が爆ぜた(・・・・・・)。凄まじい威力の衝撃波が生み出され、それは近くにあった触手の一本をもぎ取ってなお足らないとばかりにアーロニーロの下半身を円形状に抉り取る。

 

「ば、爆発……だと……こんなもの、一体何が……!?」

「そうだよなぁ……テメエじゃ絶対わかんねえよなぁ!!」

 

 狼狽するアーロニーロの表情を見てようやく溜飲が下がったようだ。海燕は意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「貴様の仕業か、志波海え……ぐおおおおっ!?」

 

 にやけ顔に苛立ち、叩き潰そうとしたところで再びの爆発がアーロニーロを襲う。

 先ほどは左側の外縁部分の触手であったが、今度は右側だ。爆発が身体を肉ごと乱暴に毟り取る。

 

「おいおい、動きにゃ気をつけろよ。なんせその辺りは、爆弾の巣になってんだからな」

「爆弾の巣……だと……?」

「ああ、そうだぜ。嘘だと思うんなら、お前が奪った都の知識に聞いてみりゃいいじゃねえか」

「く……っ! まさか、金剛の能力なのか!? そんな馬鹿な……!!」

 

 ――まあ、絶対に知るわきゃねえよな。なんせコイツは、都に金剛を託されてからようやく使える様になったんだからよ。

 

 そう心の中で注釈を付け足す。

 

 爆弾の正体は単純明快、金剛の能力によって圧縮された空気だ。

 圧縮された空気はアーロニーロが触れた瞬間に解き放たれる。圧縮された力が大きければ大きいほど、解放された際の威力もまた大きくなる。

 火薬ではなく、圧縮空気の爆弾。

 逃げ回り反撃を繰り返すその裏で少しずつ空気爆弾を仕込み続け、アーロニーロを罠に嵌めた。

 ただそれだけのことだ。

 

 ――絶対に、教えちゃやらねえけどな!

 

「ぐおおおおっ!?」

 

 心の中の声に反応したかのように再びアーロニーロの肉体が爆弾に触れ、爆発が起こる。

 しかも今度は位置が悪かったらしく、本体となる上半身にも被害が及んでいた。衝撃に身体の一部を削り取られ、血が噴き出す。

 

「ぐ……おのれ、おのれ……っ!! なんだかよく分からないが、これなら!!」

 

 爆発を恐れているのだろう、触手を(たてがみ)を逆立てるように掲げて上半身を守護させながら、捩花を大きく振りかぶる。

 触手の壁の中、捩花を中心に大量の水が集まっていく。

 

「そりゃま、次はそう考えるよな」

「ほざけえぇぇっ!!」

 

 予想通りのその行動に、海燕は思わず嘆息した。

 先ほどの、志波都に化けていたときの戦いでは、金剛は捩花の能力を相手に防戦一方だった。

 ならば今回も同じだろう。

 この空気爆弾のことを理解できずとも、斬魄刀の能力相性を考慮すれば、悪くても引き分けには持ち込めるはず。

 自身が喰らった三万を超える(ホロウ)の能力を下手に使うよりも、優位に立った実績がある流水系の能力を無意識に選んでしまうのも、仕方のないことだろう。

 今のアーロニーロは、未知の恐怖に追われているのだから。

 

「この大量の水で全てを押しつぶしてやる! そうすればその妙な爆弾も使えないだろう!!」

「悪いけどな、こっちの準備はもうとっくに済んでんだよ!!」

 

 その言葉と同時に周囲が一斉に爆発した。

 なるほどこれだけの数の爆弾が仕込まれていたのかと感心する一方で、アーロニーロはどこか安堵もしていた。

 これだけの数の爆破と準備と言う言葉、ならばこの一斉爆破にて勝負を決するつもりだったのだろうと考える。だが残念なことにアーロニーロは健在だ。当然ダメージは負ったが、この程度ならば再生も容易い。

 

「なにが準備だがあああああああああああっっ!?!? あっ、熱いいいいいいいいいっ!!!!」

 

 圧倒的な水圧にて押し潰してやろうとしたところを、猛烈な熱がアーロニーロへ襲いかかった。

 それは、熱いなどという言葉で表現できるような生やさしいものでは決してない。

 

「アツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイイィィッィッ!!!!!」「焼ける灼ける焼ける灼ける焼ける灼ける!?!?!!?」

 

 それまで被っていた志波都の皮を一瞬でどろりと融解させ、顔が浮かぶカプセルまでもを一瞬で跡形もなく融かし尽くしてしまう。内側に満たされていた液体などコンマ一秒も経たずに蒸発してしまい、膨大な熱がアーロニーロ本体の顔を炭化させる。

 

「おまおまえおまえのしわ海燕あづあつあやけしぬぬ死死死死死死死!!!!」「シバシバシバシカイエンンンガガアガガアアアアッガアアァッァッ!!」

「言ったろうが! もう遠慮はしねえってなあっ!!」

「ぐ、が、ぎゃあああああああああああああああああああっっ!!」「ガガガガガガガゥツゥッッッッッッッッッッッッッ!!!!」

 

 下半身とて同じ事だ。

 襲いかかる熱量に肉は炭となるまで焼焦げても足らず跡形もなく蒸発していく。

 その様子はまな板の上の鯉ならぬ、溶岩の上の肉といったところだろうか? 水分や脂肪などが熱で弾ける間すらない。再生しようのもその元となる肉体そのものが消えていく。

 

「……ざまぁ、みろってんだ……」

 

 大急ぎで張り巡らせた結界の中でその様子を眺めながら、海燕は毒づく。

 

 空気とて圧力が加われば分子運動が活発となり熱を生み出す。

 高熱化してもなお金剛の能力にて圧力を掛け続ければ、それはやがて物質の第四状態であるプラズマ――厳密な意味では違うのだろうが――にまで至る。

 アーロニーロを焼き尽くしたのは、この数千度にまで達したプラズマだ。

 鬼道にて熱を生み出し、嵐を生み出して目を眩ませる。

 爆弾を用いることで爆縮圧縮の一助としてまで生み出した、とっておきの大技だ。

 

 志波都が手にしていた頃の金剛では、この様な使い方はありえなかった。

 彼女はその能力を防御や補助といった、いわゆる仲間を護るために使っていた。勿論その使い方も間違いではない。

 だがそれも志波海燕が手にしたことで変わった。

 斬魄刀を使いこなしてやろうと様々な使い方を試し、人に相談することでやがて彼はこれらの利用法まで行き着いた。

 とはいえ生み出すまでの仕込みの大変さや、なにより威力が高すぎて全力で結界を張ってもなお術者がダメージを受けるという諸刃の剣でもあるのだが……

 

「……くっ……! くそっ、まだだ……湯川の薬がありゃ、もう少し……」

 

 激痛と出血で疲弊しきっていたところを高熱で焼かれ、フラつき意識を飛ばしそうになりながらも海燕は必死で身体を動かして治療を始める。

 

「……お……っ……」

 

 だが、どうにも限界を超えていたようだ。乱暴に、それこそ患部に薬を叩き付けたところで、海燕は白目を剥いて意識を失う。

 

 

 

 

 

 

 ――やれやれ。ようやく迎えに来やがったと思ったらこのザマか。頭ン中カラッポなんじゃねえのか? あんなのどう考えたって罠だろうが。

 

 ――ええ、私もそう思います。ですが九分九厘……いえ、十割罠だったと理解していても、手を差し伸べずにはいられなかった。それだけ都のことを想っていたという証拠でもありますよ?

 

 ――その結果がコレだぞ!? ったく、あの気持ち悪い(ホロウ)に付き合わされて虚圏(ウェコムンド)くんだりまで連れてこられて、その結果がコレ!! ……俺もお前も、どうやら主にゃ恵まれなかったみてえだな。

 

 ――そうですね。ですが、決して嫌いではありませんよ。なにより、あなたもそう思っているから……

 

 ――だーもう! わかったわかった! 皆まで言うんじゃねえよ! しかたねえな、やるぞ金剛。

 

 ――ええ、それでは……知らぬ間柄ではありませんが、改めて。これからよろしくお願いしますね、捩花。

 

 

 

 

 

 

 動く者のいなくなった空間の中。

 倒れ伏せた海燕の姿を、二振りの斬魄刀だけが眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そういやお前、実体化したんだって?

 

 ――羨ましいですか?

 

 ――べっ、別にィ! ただちょっと小耳に挟んだだけだし!!

 




●熱力学(みたいなもの)
なんかこう、そういうものだとおもってください
(「圧縮すりゃ温度が上がるんだよ」「すっごーい」くらいのお気持ちで)

●アーロニーロ(都さん(美女)バージョン)
今で言うバ美肉ですね。
原作では美男、こっちでは美女! 恵まれてるなコイツ。

(しかし、あの本体が本文中の台詞を言ってたと思うと噴飯ものである。
 しかも認識同期でネカマプレイ拡散
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