お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第237話 ハリベルとの邂逅

「死神ども……あっちこっちで派手にやってやがる」

「あの霊圧、ノイトラだね……チッ、好き勝手に暴れてくれちゃってさあ」

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)の奥――正確には回廊を抜けたその先、最深部へと続く途中といったところ――にて、四人の女性破面(アランカル)たちがそれぞれの戦いを監視していた。

 見て学ぶと書いて見学と読むように、見聞きするのも大切な要素だ。

 どんな相手がいて、どのような能力を持っているのか。知っているのと知らないとでは雲泥の差となる。

 故に彼女たちは、遠く離れた戦場の様子を探っていた。

 塔と錯覚しそうなほど巨大な柱の上に立ち並び、探査回路(ペスキス)にて戦いの詳細をつぶさに観察し続ける。

 

「でしたら二人とも、混ざりに行けばよろしいのでは? オツムの中が同じレベル同士、きっと歓迎してくれますわよ?」

「「ンだとスンスンてめぇコラァッ!!」」

「落ち着け」

 

 スンスンと呼ばれた破面(アランカル)の毒舌に、ミラ・ローズとアパッチの二人は揃って反応していた。

 怒鳴り声に場が一瞬騒然となりかけたものの、その一言で三人は口を閉ざした。

 

「騒いでも構わないが、探査回路(ペスキス)はそのままにしておけ。見ることもまた戦いだ」

「……はい」

 

 金髪褐色肌の破面(アランカル)――ティア・ハリベルの言葉に、従属官(フラシオン)の三人は神妙な態度で頷く。

 先ほどの雰囲気はどこへやら、申し訳なさそうな表情で真面目に見学を続ける。

 

「しかし、どこも大盛況だな……」

「ああ、まったくだ……ん?」

「どうしたミラ・ローズ? なんか気になることでもあったのか?」

 

 アパッチの言葉に同意しかけたところで、ミラ・ローズが不思議そうに声を上げた。彼女の探査回路(ペスキス)が、何やら奇妙な霊圧を感知したのだ。

 

「いや、なんて言うか……なんだコレ?」

「あら、ミラ・ローズも感知しましたの?」

「スンスンもか?」

「ええ……ですが、これは一体……?」

「あ……? いや、何がだよ……? あたしにも分かるように言えっての」

 

 二人は顔を見合わせ、困惑したように頷き合う。

 霊圧は感知している……しているのだが、どう判断すれば良いのかがわからないのだ。

 一瞬だけ何らかの霊圧が反応するものの、その反応が一瞬にして消えてしまう。何らかの詳細な情報を得ようにも、正体を掴む暇すらない。

 コマ送りした映像の中に、一コマだけ別の映像が映っているような気持ちの悪さ。

 決してアパッチが鈍感なわけではない。そこにあるのだと認識した上で意識を集中させなければ、上位の十刃(エスパーダ)とて見落としても不思議ではない――そんな異質な反応だった。

 

「……お前たちの反応は正しい」

「ハリベル様!?」

 

 部下三人の言葉を肯定するように、ハリベルが再び口を開いた。

 先ほどまで胸の前で組んでいた腕を解き、いつでも動き出せるような姿勢を取りながら、とある方角を凝視している。

 その様子から、只一人蚊帳の外だったアパッチも何かのっぴきならない事態ということに遅まきながらも気付く。

 

「来るぞ、構えろ!!」

「来るって何が……この霊圧は!」

 

 ハリベルが叫んだ瞬間、周囲に突風が吹き荒れた。

 それは何者かが高速移動したことで巻き起こった風圧なのだが、その正体に即座に気付けた者はこの場にはいなかった。

 巻き起こった風圧に従属官(フラシオン)たちは思わず手で顔を庇い、身を固くする。

 

「……っと、ようやく到着できたわね」

 

 風が止んだそこには、死神――湯川藍俚(あいり)の姿があった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「……ッ! 死神ッ!!」

「なんだテメエは!!」

 

 アパッチとミラ・ローズの二人が即座に動いた。

 どうしてこの場に死神がいるのか、その理由は分からないものの、藍俚(あいり)が死神だというだけで彼女たちが動く理由は十分だ。

 気付くと同時に、ミラ・ローズは手にした剣を抜き放ち斬り掛かり、アパッチは素手のまま殴りかかる。

 

「あらら、随分と好戦的なのね」

 

 左右から迫り来る二人の破面(アランカル)の姿に、藍俚(あいり)はにっこりと笑顔を浮かべた。

 続いて二人に油断ない視線を向けて観察したかと思えば、瞬歩(しゅんぽ)にてミラ・ローズへと接近する。

 

「なっ……!?」

「消えた……っ!?」

 

 ミラ・ローズからすれば、突然――それも互いの息遣いが肌で感じられるほど超接近されたことになり、アパッチから見れば襲いかかっていた筈の相手が消えたように見える。

 どちらも驚きの声が上がるのも当然だろう。

 だが藍俚(あいり)の動きはその程度では終わらない。

 

「ごめんなさいね」

「ぐ……っ!? あああっ!! が……っ!!」

 

 刃の軌道の内側に潜り込んだことでミラ・ローズの攻撃は実質無効化されたのだが、それはオマケ。

 本命はあくまで攻撃にある。

 相手の肩を掴んで押し込み、同時に足を払って姿勢を崩す。相手を後頭部から地面へ叩きつけるのが狙いの一撃。

 だが藍俚(あいり)はそこへ更に、相手の胸元に掌底を叩き込んだ。衝撃が加わったことで落下速度は更に加速し、強烈な勢いで地面に激突する。

 受け身も間に合わず、彼女は苦悶の声を上げながら床に縫い付けられた。

 

「ミラ・ローズ! てめえ……!!」

 

 仲間がやられたことに気付いたアパッチが声を上げるものの、その時は既に藍俚(あいり)の姿はなかった。

 彼女が殴りかかろうとするよりも速く、藍俚(あいり)瞬歩(しゅんぽ)にて再びその姿を消す。

 

「――どこに……!?」

「アパッチ! 後ろ!!」

「あら、あなた。素手かと思ったら手首につけた腕輪(ブレスレット)が斬魄刀なのね」

「うおッ!?」

 

 スンスンの叫び声と、藍俚(あいり)の感心したような声。その二つがアパッチの耳に同時に届いた。

 続いて藍俚(あいり)が腕を覗き込んでいることに気付き、彼女の心臓が驚きに跳ね上がる。

 

戦輪(チャクラム)、とかいうのかしら? 知らずに触ったら怪我するところだったわ……危ない危ない」

「て、てめえ!! ふざけんなッ!!」

 

 近寄っておきながら、何かするわけでもなく呟くだけ。

 侮辱されていると判断したアパッチは、藍俚(あいり)の顔面目掛けて拳を放つ。

 

「甘い」

「な……っ!?」

 

 その腕を両手で掴み取ると、瞬く間に背中に担ぎ上げ、勢いそのままに投げ捨てる。

 柔道の一本背負いだ。

 背負われた――アパッチはそう認識するのが精々だった。瞬く間に視点が地面へ、そして空へと忙しなく移り変わるのを、何もせずに眺めることしか出来ない。

 

「ぐえっ!」

虚閃(セロ)

「へえ、良い攻撃ね」

 

 背中から落とされ、蛙の潰れた様な悲鳴がアパッチの口から漏れる。

 地面へ衝突したのとほぼ同じタイミングで、スンスンが虚閃(セロ)を放つ。投げを終えて藍俚(あいり)の動きが僅かに鈍った隙を狙った――しかも背後からの一撃。

 避けにくいのは当然。それに加えて、倒れた仲間には絶対に当たらないように調節されている。

 ミラ・ローズとアパッチの二人が立て直す程度の時間を稼げる、中々どうして考えられた攻撃だった。

 藍俚(あいり)は再び笑みを浮かべながら、彼女の狙い通りにその場から飛び退く。

 

「っぅ……くっ……くそッ……!」

「死神ィ……!! やってくれやがったな!!」

 

 紫がかった虚閃(セロ)の光が通り過ぎた後、二人は痛みに顔を顰めながらもよろよろと立ち上がる。

 その様子を、藍俚(あいり)は少し離れた所から油断なく眺め、続いてスンスン、最後に未だ動かずにいるハリベルの順で視線を巡らせる。

 

 藍俚(あいり)の視線に気付いてか気付かずか、二人の破面(アランカル)は戦意を漲らせていた。

 それを見たスンスンは、嘆息しながら二人の前に出る。

 

「スンスン! 何の真似だ!」

「邪魔すんな!!」

「二人とも、少し落ち着きなさいな。その死神の姿を見て、何か気付きませんこと?」

「アァン!? この乳牛(チチウシ)がか!?」

「んなもん、あの馬鹿丸出しの髪型に決まってんだろ!! 歳考えろっての!!」

 

 その言葉に藍俚(あいり)がムッとした表情を浮かべる。

 一方スンスンは、同僚二人の言動に再び大きく溜息を吐き出していた。 

 

「……はぁ、まったく……そうではなく、その死神が羽織っているものです」

「羽織って……あっ!」

「つまりコイツは!!」

「今頃気付いたの!? その通り、その女は隊長です。決して舐めて掛かれる相手ではありませんわ」

「ええ、そうよ。私は四番隊隊長、湯川藍俚(あいり)。よろしくね、ミラ・ローズ。アパッチ。スンスン。それと――」

 

 首肯しつつ、これまでのやり取りから拾い上げた三人の名前を順番に口にし、そして最後にハリベルへと視線を向ける。

 

「――お名前、窺っても良いかしら?」

「……ティア・ハリベル。第3十刃(トレス・エスパーダ)だ」

 

 藍俚(あいり)の視線を真っ正面から受け止めながら、ハリベルは自ら名乗った。

 

 

 

 

 

 

 

「そう、ハリベルね」

「テメエ、気安くハリベル様の名前を口にしてんじゃネエよ!!」

「ってか、あたしたちの名前もだ!!」

「不本意だけど、私も二人の意見に賛成するわね……不本意だけど」

「「テメエはいつもいつも一言多いんだよ!!」」

 

 ギャーギャーと仲間内で喧嘩を始めた三人の従属官(フラシオン)たちを尻目にしつつ、藍俚(あいり)はハリベルへと話しかける。

 

「随分と騒がしいみたいだけど、放っておいて良いの?」

「構わん、いつものことだ」

 

 特に何かの反応を見せるでもなく、淡々と言ってのけるその姿に、藍俚(あいり)は思わずクスリと笑った。

 

「あなたの部下、ずいぶんと元気いっぱいなのね? それにあなたのことを凄く慕っている……見ていて羨ましいわ」

「ああ、自慢の部下だ」

 

 自慢の部下だ――その言葉が聞こえたのだろう。

 騒ぎ合っていたのが嘘のように静まりかえり、三人は頬を赤く染めながらハリベルに敬愛の視線を注ぎ込んでいる。

 

「でも自慢の部下って言う割には、手助けには入らなかったのね」

 

 その言葉に、今まで無表情だったハリベルの片眉がピクリと跳ね上がった。

 

「何か理由があったの? それとも見殺しにしても惜しくはなかったのかしら?」

「あれはアイツらから始めた戦いだ。易々と割って入っては無礼だろう?」

「……易々と?」

「そういうことだ。アイツらが無様な真似をしたり、あるいは貴様が卑劣極まりない真似をすれば、その限りではない」

 

 微かに殺気を強めながら、ハリベルは淡々と語る。

 だが淡泊に思えるのはポーズでしかない。その内には、アパッチら部下を気遣っているのだという気配がありありと漂っていた。

 口にこそださなかったものの、おそらくは三人が命の危機に瀕しても、彼女は飛び込んでいただろう。

 それをしなかったのは(ひとえ)に、藍俚(あいり)が相手を殺す程の殺気を放っていなかったに過ぎない――つまり、その程度は相手の力量を看破出来るだけの実力者だということでもある。

 

 それに気付き、藍俚(あいり)は嬉しそうに両手をパンと打ち鳴らした。

 

「……うん、やっぱりそう! ハリベル、あなたは私の思った通りの人物だわ!!」

「何が……?」

「ハリベル! 私に協力してもらえないかしら!?」

 

 数秒ほど、沈黙が場を支配した。

 

「……どういう、意味だ?」

「言葉通りの意味よ。尸魂界(ソウルソサエティ)は藍染惣右介は討伐する。そうするだけの対策と準備は進んでいるし、何より死神の意地に掛けても絶対に倒してみせるわ」

「……」

 

 藍染を倒す、と言ったところでハリベルが息を呑む声が聞こえた。

 だが口を挟むことはなく、藍俚(あいり)は説明を続ける。

 

「でも、問題はその後。頭がいなくなった組織は空中分解してしまうでしょう? 藍染が破面(アランカル)を何人作ったのかは知らないけれど、複数の破面(アランカル)に散発的に暴れられると尸魂界(ソウルソサエティ)としても困るのよ。それ以外にも、破面(アランカル)を下手に討伐し続けてしまうと、世界のバランスが崩れる可能性もあるの……だから――」

「だから私に、王になれと? 同胞全てを統治しろということか?」

 

 藍俚(あいり)は首を軽く横に振る。

 

「方向性としてはその通りだけど、そこまで重々しく考えなくても大丈夫よ。虚圏(ウェコムンド)(ホロウ)破面(アランカル)がやり過ぎない程度に、少し管理をして欲しいの。藍染がいなくなっても、十刃(エスパーダ)のあなたの言うことなら従う者は多いでしょうから。クラス委員長みたいなもの――って言って、分かる?」

「ああ、意味は分かる。貴様が私に何をさせたいのかも、そしてその言葉が十分な説得力を持っていることもな……」

 

 ハリベルは薄く瞳を閉じながら、言葉を吟味するように一度だけ頷き――

 

「――だが!!」

 

 そして強く見開いた。

 

「それは藍染様が負けるという前提になり立っている。私は藍染様を裏切る事はない! 故に! 貴様の言うことは聞けぬ!!」

 

 強い口調と共にハリベルから霊圧と殺気が吹き上がる。

 鋭い視線で藍俚(あいり)を睨み付けながら、背負った斬魄刀を今にも引き抜き襲いかかりそうな勢いだ。

 むき出しの感情を叩き付けるような勢いに、藍俚(あいり)は軽く身震いする。

 

「よって、この交渉は決裂だ。死神よ、私は貴様を倒さ――」

「ハリベル様!」

 

 全てを言い終えるより前に、アパッチが口を挟んだ。

 

「お願いします! どうか、この死神の始末はあたしたちに!」

「この死神に、舐められたままじゃ!! 腹の虫がおさまりません!!」

「私は別に手玉に取られた訳ではありませんが――ですが、この不遜な物言いは少々癪に障りますので。仕方なく手伝わせていただきます」

「……良いだろう。だが、自ら言い出したことだ。分かっているな?」

 

 数秒の逡巡の後、ハリベルは許可を出した。

 その言葉に三人の従属官(フラシオン)――特に二人が、破顔する。

 

「へへっ! 勿論です!!」

「このクソ死神がぁ!! そのデカい乳ぶった切って犬の餌にしてやるよ!!」

「……お下品ですこと」

 

 スンスンが顔を顰めるその一方で、藍俚(あいり)は落ち込んだ様子など一切見せずにいた。

 むしろ、どこか愉しそうな表情でハリベルら四人を見つめる。

 

「まあ、最初から上手く行くとは思ってなかったわよ。何より、そういう高潔な精神と誇りを持っているハリベルだからこそ、混乱した虚圏(ウェコムンド)を導く者として相応しいって思えるのよね」

「ハッ! その余裕ヅラ、何時まで持つかな!?」

「というか、尸魂界(ソウルソサエティ)はもう勝った気でいますのね……少々ムカつきますわ」

「テメエ、またハリベル様の名前を! しかも呼び捨てにしやがって!!」

 

 アパッチは手首の輪から刃を生み出し戦輪(チャクラム)とすると両手で掴み、ミラ・ローズは再び手にした剣を構え、スンスンは長い袖の下から(サイ)を構える。

 三人ともやる気は十分のようだ。

 少なくとも、先ほど藍俚(あいり)に良いようにやられたことを引き摺ってはいない。

 

「三対一、か……」

「今になって怖じ気づいたか!? けどな、手加減なんざ期待するだけ無駄――」

「……なら、こっちも抜かせてもらうわね」

「――だ、ぜ……ッ!?」

 

 今まで白打――素手にて戦闘を行っていた藍俚(あいり)であったが、自らの周囲を囲む三人の様子を確認すると斬魄刀を引き抜いた。

 その途端、周囲に殺気にも似た強烈な気配が周囲に立ちこめる。

 背筋に何か得体の知れない物が這い回っているような、そんな(おぞ)ましさを感じてしまい、アパッチの言葉が弱々しく尻つぼみとなってしまう。

 

「う、あ……」

「く……っ」

 

 アパッチだけではない。

 ミラ・ローズとスンスンもまた、それぞれの斬魄刀を手にしたまま"形容しがたい何か"を感じて、攻めあぐねている。

 せっかく敵を包囲して数の利を活かせる陣形なのに、これでは宝の持ち腐れだ。

 

「あら、どうしたの? 手番はそっちからだと思ってたけれど……それとも、私に譲ってくれるのかしら?」

「う……あああっ!! 舐めやがって!!」

 

 藍俚(あいり)もそれを感じたのだろう。

 斬魄刀を構えたまま、誘う様に微笑み掛ければ、一人が飛び出した。

 

「ミラ・ローズ!?」

「アパッチ! スンスン! アンタら、ビビったなら引っ込んでな!! 邪魔だよ!!」

「「誰が!!」」

 

 その言葉が刺激となったのだろう、残る二人もミラ・ローズから少し遅れて動き出す。

 

「ふふ、そうやってハッパを掛けてあげてるのよね」

「は、はぁ!? 考えすぎだよ!!」

 

 巨大な剣を鈍器のように大きく振りかぶり、勢いよく打ち下ろすものの、その強烈な一撃を藍俚(あいり)は片手で軽々と受け止める。

 それどころか、近くに寄ったミラ・ローズにだけ聞こえるように、小声でこっそりと褒めれば、彼女は頬を赤く染める。

 

「でも、戦い方はまだまだね」

「……えっ!?」

「なっ!」

 

 数秒ほど剣を受け止めたままでいたかと思えば、藍俚(あいり)は突如として受け流し、その場から離れる。

 それは一瞬の出来事、まるで煙が消えるような早技だった。

 今まで拮抗していたはずの力が急激に消え、ミラ・ローズは思わずつんのめった。その先では、アパッチが今まさに攻撃を加えようとしていたところだ。

 

「馬鹿ッ!!」

「くっ……!」

 

 慌てて軌道を逸らそうとしてももう遅い。

 アパッチの攻撃を、ミラ・ローズは不格好に腕を上げて防御したものの、浅くダメージを受ける。

 

「なるほど、長い袖の下に隠して間合いや軌道を読み難くしてるのね」

「え……っ!?」

 

 敵の姿が一瞬にして消え、二人の同士討ちを目にしたかと思えば、背後から藍俚(あいり)の声が突然聞こえてきた。同時に、袖の上から腕を掴まれる感触が襲ってくる。

 その驚きにスンスンの動きが鈍る。

 

「悪くはないけれど、でもその口元を隠す手はどうなのかしら」

「あぐ……ッ!!」

 

 次の瞬間、驚きも冷めぬまま背中に強烈な衝撃が襲ってきた。

 背中を蹴り飛ばされたのだと気付いた時には、アパッチらの姿が目前まで迫っている。もはや回避は不可能な距離だ。

 

「スンスン!? 馬鹿、よけ――ッ!!」

「きゃあああっ!!」

「うわっ!?」

 

 吹き飛ばされた先の二人と衝突し、三人は揉みくちゃになって倒れ込んだ。互いが互いにぶつかり合い、自身の現状把握にすら手一杯な状況だ。

 だが悲劇はそれだけでは終わらない。

 

「いてて……スンスン、テメエ……スンスン!?」

「あ、う……ううっ……」

 

 いち早く状況を認識したアパッチが、自分のことは棚に上げて、とりあえず吹き飛んできたスンスンへ文句を言おうとして気付いた。

 彼女は脇腹を押さえて苦しんでいる。

 よく見れば長い袖が出血で真っ赤に染まっており、その近くではミラ・ローズが手にしていた大剣が赤く濡れている。

 

「まさか、あたしの剣に!? なんで避けなかったんだよ!」

「よけ、られる、わけない、でしょう……!」

「……狙って、やったってのか……!?」

 

 不可抗力とはいえど、自分の武器で仲間を傷つけてしまった。

 その事実にミラ・ローズの顔が真っ青に染まる。

 

 一方、アパッチはこの状況を理解し冷や汗を流していた。

 自らを意図的に囲ませ、同士討ちを誘ったかと思えば、そこへ第三者を巻き込む。加えて相手の武器にぶつける事で更にダメージを――仲間を傷つけたことで心理的なダメージまで与える。

 狙ってやったとなれば悪魔の所業に近い。

 

 だが藍俚(あいり)は追撃の手を緩めない。

 

「破道の四、白雷(びゃくらい)

「ぐあああっ!」

「きゃああっ!!」

「うぐぅ……っ!!」

 

 指先から放たれた三本(・・)の光線を、動揺して動きが鈍っていた三人は反応しきれず、それぞれの肩が正確に打ち抜かれる。

 詠唱破棄、されど霊圧を操り疑似重唱の技術にて、複数回詠唱したのと同じ効果を発揮させて鬼道を放つ高等技術。

 

「そこの誰かが言ってたけれど、その通り。狙ってやったのよ」

 

 肩を押さえながらうずくまる三人に向けて、藍俚(あいり)が口を開く。

 

「ミラ・ローズが最初に動いて、アパッチの方がスンスンよりも勢いよく飛びかかってきた。だったら、この順番で対処すべきでしょう?」

「あたしらを、利用したってわけかよ……!!」

「多対一では囲まれるのが当然、だったら数の少ない方は戦い方に気を配るものよ。相手を利用して、可能な限り一対一に持ち込むように動く」

 

 ――昔、泣くほど叩き込まれたわ。

 

 最後に小さな声で呟いていたが、その言葉までは届いていなかった。

 まるで赤子の手を捻るように軽くあしらわれる屈辱、しかも相手はまだ始解すらしていないという事実。

 一矢報いようにも、肩を打ち抜かれては腕をまともに動かせない。万全の状態でも叶わなかったのに、片腕で抗うなど絶対に不可能だ。

 

「ちくしょうが!! 突き上げろ! 碧鹿闘女(シエルバ)!!」

「アパッチ!?」

「あなた何を!」

 

 忌々しげに叫びながら、アパッチは帰刃(レスレクシオン)する。額にヘラジカのような角が形成され、首から下は毛皮のように覆われる。

 突然の解放に仲間二人が異論の声を上げるものの、彼女は取り合わない。

 

「ミラ・ローズ! スンスン! てめえらも分かってんだろうが! もう出し惜しみは出来ねえ!! アレで一気に片付けるぞ!!」

「……チッ、仕方ないか」

「確かに、癪ですが同感ですね」

 

 二人とも心のどこかで同じ結論だったのだろう。

 

「喰い散らせ! 金獅子将(レオーナ)!!」

「締め殺せ、白蛇姫(アナコンダ)

 

 アパッチに倣うように、二人もまた解放する。

 

 只でさえ豊かだったミラ・ローズの髪が、獅子の(たてがみ)を思わせるほどに長く伸びた。長い黒髪の中に一房の黄金色をした髪が混ざり、全体的には女傑のイメージをより強調させた姿に、どこか荘厳さを加える。

 

 スンスンは、ラミアを思わせる姿へと変じていた。

 腹から下の全てが大蛇のように変貌しており、三人の中で最も異質さを放つ。

 

「ようやく帰刃(レスレクシオン)した、か……」

 

 それぞれが帰刃(レスレクシオン)した姿を、どこか達観したような目で藍俚(あいり)は眺めていた。

 何よりも彼女が注目していたのは、三人の肩だ。

 

「しかも傷が治ってる。便利よねぇ、羨ましいわ……でも、そうなると四番隊は不要かしらね? ……あら?」

 

 帰刃(レスレクシオン)した破面(アランカル)は傷が治る。鬼道で開けた穴も、同士討ちで刻まれた傷も、その全てが一瞬で完治してしまう。

 知識としては知っていても、これだけキチンと目にしたのは初のこと。

 思わずそんな、この場にそぐわぬ感想を口にした時だった。

 

 三人の従属官(フラシオン)たちは、それぞれが自らの片腕をねじ切ったかと思えば、絵の具のように混ぜ合わせる。

 

混獣神(キメラ・バルカ)

 

 三本の腕が組み合わさったそこには、一体の巨大な獣がいた。

 直立状態でも藍俚(あいり)の四倍はあろう巨体。

 ベースは人間のそれだが、鹿の角と蹄、獅子の(たてがみ)、大蛇の尾を生やすという異形の姿。

 放つ霊圧もその巨体に恥じぬほど大きく、解放した三人よりも強いとすら感じられる。

 

「行けッ! アヨン!!」

「なるほど、自慢するだけのことはあるわね」

 

 だが巨体よりも姿よりも霊圧よりも、漂ってくる気配の不気味さが何よりも際立つ。

 深淵を覗き込んだような寒々しさに藍俚(あいり)は思わず感心していた。

 

「だったら、こちらも手札を一枚使うわよ……(まみ)れろ、射干玉」

 

 斬魄刀が黒く染まる。

 




3獣神(トレス・ベスティア)とかハリベルのシーンって、結構途切れ途切れな部分があるんですよね。
(現世での戦闘シーンだけ見ても、場面があっちこっち行ったり来たりで、単行本の確認が大変でござる)

あとミラ・ローズって打つ際の「・」が地味に面倒。
(でもローズだと別人になっちゃうし、フランチェスカだと「誰?」ってなるし)

●ハリベル組の現状
32巻の、グリムジョーとの戦いを観戦している辺りに相当。
死神が来たので、情報収集や部下に見学させる意味などで外に出ていた。
(そこに変態が乱入してきたわけでござるよ)

●ハリベルに望むこと
絶対的なリーダーが消えて混乱するだろうから、引き締め役をお願いしたい。
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