「
斬魄刀の名を唱えた瞬間、ハリベルの背後から大量の水が生み出された。
二枚貝を連想させる形状の水が、そのまま彼女を包み込む。まるで貝が獲物を捕食したかのようだ。
すると今度は水そのものが回転を始め、まるで巻き貝のような姿へと変貌する。
めまぐるしく形を変える水の貝。
その貝を内側から切り裂きながら、解放状態となったハリベルが姿を現した。
口元にあった仮面の名残は消えており、代わりに形の良い唇が覗いている。
それでも名残そのものは完全に消えてはおらず、首元から胸元までをスカーフのように覆い隠していた。
両肩にはショルダーガード、両腕には手の甲から肘までをガントレットで包むことで防御力を高めてる。
腰に細いプレートを幾重にも並べることでラメラーアーマーのように覆い隠し、両脚はロングブーツのような防具で膝・脛・足首から爪先までを覆い尽くしている。
背中には鮫のヒレを思わせる羽のような意匠もあった。
身に纏う鎧はすべて白――白亜の女騎士とでも呼べば良いだろうか? それがハリベル本人の褐色の肌と合わさり、綺麗なコントラストを描いている。
だが最も目を引くのは、彼女が手にする大剣だろう。
鮫の頭部を模したであろう作りのその剣は、否応なく誰の目にも止まる。刃の身幅だけでも彼女の腰よりも広く、凶暴性というものをその一点に集約したかのようだ。
「……それが、ハリベルの解放なのね」
解放状態となったハリベルを、瞳を細めてじっくりと観察しながら
続いて、誰に聞かせるでもなく小さな声で呟く。
「これは……壊れる、わね……」
――壊れる、か……
独白にも似たそれはハリベルの耳にしっかりと届いていた。
その言葉の意味を彼女なりに噛みしめながら、大剣を振り上げる。
「……だが、私にこの姿を取らせたのはお前だ。今更後悔をしても遅いぞ!」
そう口にした
自分にこの姿を取らせたことを、今更になって後悔したのか? ――そう呆れながら、ハリベルは自身が得意とする技を放つ。
「
高圧の激流が生み出された。
それは家一軒程度ならばすべてを飲み込んでしまいそうな程の水量を誇り、
「……っと!」
「逃すか!」
すべてを押し潰さんと迫り来る水塊を、
だがハリベルの攻撃はその一撃では終わらない。逃れた
「また!?」
「
驚きつつも先ほどと同じく
相手をその場へ縫い付けんと、大剣から刀身によく似た水の塊を放つ。
「なんの!」
放たれた水塊を無言の
その動きをハリベルはしっかりと目で追い、油断なく切っ先を
――気を抜けない。
そう思いつつも一瞬だけ視線を動かすと
「水を操る能力……驚いたわ。まさかこんな、砂漠みたいな
少し離れた場所――丁度
カラカラに乾いた砂地が大きく削り取られ、巨大な蟻地獄の巣のようになっている。
蟻地獄の周囲は、未だ泥水のように茶色に見える。それはつまり、砂が水を飲み込みきれない――それだけ多量の水を瞬時に生み出しているということ。
感心するのも頷けるというものだ
その賞賛の言葉を、ハリベルは軽く鼻で笑う。
「言ったはずだ、後悔をしても遅いと。それと、貴様は一つ勘違いをしている」
「きゃ……っ!?」
何の前触れもなく、突如として間欠泉のような勢いで噴出したそれは、
まるで水で出来た竜巻のように螺旋の動きを描きながら、水柱の中の物を全て粉砕せんと立ち上っていく。
「
聞こえるわけがないと思いつつも、水柱目掛けてハリベルが言葉を投げる。
だが、彼女の言葉を否定するかのように真っ黒な柱が立ち上った。水柱の内側から現れたその柱は水の竜巻を塞き止めかき消しながら、力尽く勢いを弱めていく。
やがて、水の噴出が完全に治まると柱に一本の線が入り、真っ二つに割れる。その中から無傷の
「な、に……っ!?」
「
――とはいえ、少し濡れちゃったけどね。
最後にそう付け加えたが、その言葉はハリベルの耳に届いていなかった。
玉鋼とは
これはその応用の一つ、
無論、ハリベルはそんなことは知らない。
知らないが、始解とは明らかに異なった能力。手にしていた斬魄刀が、全て真っ黒な刀へと変化していること。なにより霊圧が更に爆発的に膨れ上がったことから、何が起きたかは理解していた。
「……それが、お前の卍解か」
「ええ、そうよ。
真っ黒な刀を見せつけるようにハリベルへ向けると、やがて戦闘態勢を取る。
「それにしても残念ね……水のない所でこれだけ強いんだったら、是非とも海の上で戦ってみたかったんだけど……そこまで贅沢は言えない、か……」
「あれが、あの死神の卍解かよ……」
「は、反則すぎませんこと……!?」
「あんなの、あんなの……まるで……」
離れた場所で戦いを見守っていた三人だったが、
見ているだけで全身を締め付けられるようにな、言い知れぬ恐怖のような物が
「
そう口にし掛けたところで、ミラ・ローズは慌てて自分の口を塞いだ。続いてブンブンと頭を横に振ることで、今先ほど出掛かった言葉を頭の中から必死で打ち消す。
仮に
そう自らに言い聞かせながら、話題転換だとばかりに隣の
「おい、チルッチ! あれが、お前の言っていた卍解か!?」
「ええ……そうよ。あんたたち、よく見ておきなさい。多分『あの卍解の相手をしなくてよかった』って、心の底から思えるはずだから……」
――あの卍解の相手をしなくてよかった。
幸か不幸か、チルッチの予言は成就することとなる。
「
「
警戒しているのか、先ほどよりもさらに勢いの増した激流が
だが
青い激流と黒い粘液。二つが衝突し合うと、互いに互いを打ち消しあうように勢いを失い、やがて地に落ちた。
「ほう……」
「別に物真似が得意ってわけじゃないのよ? ただ、少しやってみたかっただけ。こういうこともできるんだぞ――ってね」
今度は
飛沫がハリベルの胸や腰、腕や腿と満遍なく飛び散り、べったりと張り付く。
ダメージなど一切ないものの、黒くベタついた粘液が張り付く不快感に彼女は小さくうめき声を上げてしまう。
「く……っ!?」
「
「
「
怯んだ隙に斬り掛かろうと、刀を握り締めて飛びかかろうとする
先ほど
……ついでによく見れば、ハリベルの足下からもシャワーのように優しい水柱が吹き出ており、へばりついた粘液を洗い流していく。どうやらよっぽど気持ち悪かったようだ。
「
足を止めた
距離はまだまだ遠く、どう見ても剣が届く距離ではないのだが、そんなことはハリベルも承知のことだ。
彼女が握る大剣――その刀身を、まるで鞘に収めるように水が覆っていた。そして剣が振るわれるのと同時にその水の鞘が鞭のように伸びて、
粘性を高めることで飴状の水を叩き付ける、斬撃とはまた違うピンポイントな打撃を狙う技が
霊圧が込められた水鞭の一撃を叩き込まれ、玉鋼の壁が大きく揺れる。
「もう一撃!」
「うそっ!?」
再び鞭が、今度は柱の天井へと振り下ろされた。
途端に黒い柱へヒビが走ったかと思えば、すぐさま砕け散る。それでも水鞭は止まることなく
予想外の威力を持った攻撃に
「
「えっ!?
水鞭そのものが一瞬にして解けると、代わりに熱湯の雨が降り注ぐ。
付け加えれば、先ほど射干玉の粘液を浴びせられた意趣返しという面もあるのかもしれないが。
とあれ、予期せぬ熱湯のシャワーに
死覇装やサラシに熱湯が染み込んで、反射的に声を上げてしまう。転がるようにして降り注ぐ雨の範囲から抜けて出て行く。
それはハリベルにしてみれば絶好の隙だ。
「水を支配する、貴様も認めたはずだ……
「……っ! 木の葉落とし!!」
再び大量の水がハリベルから放たれる。
今度は
死のスコール――その雨粒を、
「ふぅ、危なかった……さっきの熱湯は、驚かされたわ……」
「……」
ギリ、とハリベルが奥歯を食いしばる音が聞こえた。
卍解のせいで彼我の霊圧差は、更に大きくなっている。けれども、勝てない相手ではないはず。
そう信じて放った技がこうもあっけなく防がれれば。
雨粒を、一つ残らず斬ってみせられれば。
こんな反応にもなろうというものだ。
「それに」
一瞬だけハリベルから視線を外して地へと走らせ、すぐに戻すと
「
「!?」
その動きに合わせて、巨大な土石流が放たれた。
土砂や岩石が大量の泥水によって押し流されながら、ハリベル目掛けて怒濤の勢いで襲いかかっていく。
「くっ!」
大地をガリガリと削り取って突き進むその流れに飲み込まれる前に、霊子を足場にして空中へと逃れる。
その動きに追従するように
「逃げ切れるかしら?
空中へと逃れたハリベル目掛けて刀を振り下ろせば、その切っ先から真っ黒で細長い何かが無数に放たれた。
それらはまるで空中を泳ぐように身をくねらせながら、獲物目掛けて襲いかかる。
「これは……!?」
正体を見極めようと躊躇した一瞬の間に、その黒く細長い何かはハリベルの周囲に纏わり付いた。と同時に、彼女もその正体を理解する。
その正体は
射干玉の能力にて生み出された鰻たち。
それらがハリベルの身体へと絡みつき、手足を縄のように締め付けて動きを封じようと蠢く。
「くっ! 気色の悪い真似を……っ!!」
「嫌がるなんて余裕ね」
さしものハリベルとて、ヌルヌルとした鰻が身体の表面を這い回る感触には強い嫌悪感を抱いたのだろう。
慌てて追い払おうとするところへ
まともに回避も出来ぬまま鎧ごと肩口を切り裂かれ、浅く出血する。
「ぐあ……っ!! 卑劣な真似を……!!」
「あら、私はいたって真面目よ? あなたを相手に虚を突くんだから、このくらいはやらないとね」
戦いを侮辱しているとしか思えない卑劣な技にハリベルは激怒するものの、
だがその一撃はハリベルの持つ斬魄刀にて受け止められた。
「言ったな!? ならば、後悔はするなよ!!」
空中にて鍔迫り合いの形が出来上がった瞬間、ハリベルの斬魄刀から水が吹き出した。
溢れ出る水は刀身全てを覆い尽くし、それどころか
「はあっ!!」
「きゃっ……!!」
そのまま勢いよく剣を捻り上げれば、
粘着質の水で相手の武器を覆い、自身の斬魄刀と接着させることで武器を無理矢理手放させるという荒技だ。
強引に手の中から刀をすっぽ抜かれ、小さな悲鳴が上がった。
素手となった
「
振り下ろされた剣の刀身には、いつの間にか水で形作られた鮫の姿があった。おそらくは接着のために使った水をそのまま利用したのだろう。
見た瞬間に分かるほど強い水圧と霊圧が込められた一撃必殺の剣技が、
「そのくらいなら……!!」
「逃さん!!」
後方へ飛び退き刃から逃れようとするが、今度ばかりはハリベルが一枚上手だった。逃げた
さながら、水上の獲物目掛けて跳躍する鮫といったところか。
全てを噛み砕かんとばかりに顎を大きく開き迫り来る巨大な水の鮫。
その口中目掛けて
「ぐ……あああっ!」
自ら飛び込んできた獲物目掛けて、鮫は勢いよく口を閉じた。刃のような牙が腕に突き刺さり、透き通った鮫の体表が赤く染まる。
だが
「返して、もらったわよ」
「難儀なことだな」
そう口にする彼女の手には、先ほど奪い取られた真っ黒な刀があった。
手傷を負いながら刀を回収する
身体を伝い滴り落ちる水に混じってウナギや黒い粘液が流れ出て行くことから、どうやら不純物を洗い流す技なのだろう。
ハリベルの動きはそれだけでは終わらない。
「
「
洗い流した水を再び剣へと集めると、再び水の鮫を放つ。
土砂の勢いに負けた鮫が飲み込まれ砕け散っていくのを見送りながら、ハリベルは唇を薄く緩ませる。
「その技は失敗だったな」
「何が?」
「こういうことだ」
言葉を証明するように地面が揺れ、大気が震え始めた。
地の底から水がうねりを上げて吹き上がったかと思えば、周囲の砂地は一瞬にして水に覆われる。
眼下に見えるのは全てが水、そして僅かに点在する塔だけ。それはまるで、この戦域に突如として海が呼び出されたかのような異質な光景だった。
「周囲は水で満ちた……お前が水の技を使ってくれたおかげだ……」
そのほとんどが水に関係する物ばかりだ。
勿論ハリベルも意識して水を撒き散らしてはいたが、それらが後押ししたおかげもあって、周囲は十分過ぎる程の水気に満たされていた。
たとえ
「なるほど、鮫だけに鼻が利くみたいね」
「戯れ言を!
海の底から巨大な鮫が飛び跳ねた。
その体躯は
噛みつかれれば死神など一瞬で真っ二つに切り裂かれるだろうし、仮に躱したとしてもその巨体までもを避けきれるとは思えない。まず間違いなく突進に巻き込まれ、眼下の海へとたたき落とされることだろう。
「さあ、来なさい!!」
鰐のように大口を開けながら飛び掛かってくる鮫に向けて、
傷ついた片腕――そこから流れ出た自らの血を指先で刃に塗りつけながら、巨大鮫を真っ正面から睨み付ける。
迫り来る巨大な牙に己が握る刀を合わせ、そしてその身は鮫の顎の中に消えた。
――腹の中から攻略しようということか?
「無駄だ……我が鮫の一撃はどのような相手であろうと海の底へと沈める。慢心が過ぎたようだな、死神」
飲み込まれた
牙に食い破られるか、突進に弾き飛ばされるか、はたまた腹の中で粉々に砕かれるか。
周囲に大量の水が無ければ使用することが出来ないという枷こそあれど、放つことさえ出来れば
――はずだった。
「なんだ……!? 何が起きている!?」
やがて光が目を開けていられないほど強く輝いたかと思えば、巨大鮫の腹が中から切り裂かれた。
支えを失った大量の水が鮮血の如く溢れ出し、地へと吸い込まれていく。
「
「馬鹿な……ッ! こんな、こんなことが……ッ!!」
切り裂かれた内側から、
その姿はびしょ濡れではあったものの、どこにも傷一つ付いていない。
最大の大技を放ってなお倒せない敵の姿に、ハリベルの顔に明確な焦りが浮かんだ。
「残念だけど……私の勝ちね!!」
「ぐっ!!」
鮫の腹の中からハリベルの眼前まで一瞬にして近寄ると、刀の峰を叩き付けた。
強烈な一撃をまともに受け、意識が朦朧とする。集中が途切れたことで霊子の制御が乱れ、足場が崩れハリベルは落下していく。
その下には、
「まだだ……まだ、私は……!!」
消えそうになる意識を必死で繋ぎ止めながら、ハリベルは水面へと手を伸ばし再び水を操ろうとする。
水をクッションの様にすることで自らの身体を受け止め、この大量の水で再び反撃を行う。残る霊圧こそ少ないがまだ逆転は可能だと、そう信じていた。
だが水は受け止めることなく、彼女は落下の勢いのまま水中へと没する。
「なっ、なぜだ!?」
落下の衝撃に身を軋ませながら、海面から必死で身を起こし叫ぶ。
全身ずぶ濡れのまま再び能力にて水を操ろうとするが、やはり上手く行かない。
「馬鹿な!!」
「そして鮫の女王様も、住むところが変われば実力を発揮出来ない……」
驚愕の事態に混乱している中、気付けば目の前に
ハリベルと同じように腰から下までを水へ浸けながらも、今まさに突きを放つ瞬間だった。引いた右手に刀を握りながら、ご丁寧に左手は照準を合わせるように前へと向ける。
その左手の先にあるのは、ハリベルの心臓だった。
「私の、負けか……」
全てを観念したように呟く。
刀が放たれ、鮮血が散った。
(書いておいて何だけれど。
ハリベル、これだけ暴れられるならシロちゃんを倒せる気がする)
●(インチキ)スペイン語講座
・ティブロン:鮫
・カスケーダ:滝
・ラ:その
・ゴータ:滴
・イルビエンド:沸騰する(の現在分詞)
・オセアノ:海洋
・ゴベルナンテ:支配者
・ラティーゴ:鞭
・ピラー:柱
・トルナド:竜巻
・チュバスコ:大雨、土砂降り、豪雨
・ペネトラール:貫く
・グラン:大きい
・エストカーダ:突き刺す、刺殺、とどめを刺す
・エンペラトリツ:皇后
・バイラール:踊る
・エスプーマ:泡
・エスペホ:鏡
・ネブラ:霧
・プリジョン:牢
・ムーロ:壁
・バンデリージャ:銛
・セルピエンテ:蛇
●(インチキ)日本語講座
・罔象女(みずはのめ):水の神様の名前(
・武奈伎(むなぎ):ウナギのこと(万葉集に出てくる言い方)
●ハリベルの技(オリジナル)
・
シロちゃんの天相従臨に相当。
・
竜巻のように回転する水柱を発生させて相手を包む。
・
水を鞭のように操って攻撃する。
・
雨粒を機関銃の様に撃ち出す。
・
水の鮫を放ち相手を食い千切る。または、剣に水の鮫を纏わせて突き刺す。
遠近両用の必殺技。
・
大量の水を使って
(原作で狙ってた技はこんな感じかな? と妄想)
●藍俚の技
・○○・
相手の攻撃を真似る。それっぽい技を放つことで相手の動揺を誘う。
・
動物や鳥などを生み出して攻撃する。
(今回はウナギを相手に絡みつかせるという卑劣極まりない技)
・
耐水、耐圧特化の壁を作って攻撃を防ぐ。
・
土石流を放って攻撃をする。
・木の葉落とし
瞬時に何度も刀を振るう技
・
以前、剣ちゃんと斬り合った時に使った技。