お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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※ 今話も30分後に一人称視点版を更新します。


第243話 鮫は沼へと沈む

皇鮫后(ティブロン)

 

 斬魄刀の名を唱えた瞬間、ハリベルの背後から大量の水が生み出された。

 二枚貝を連想させる形状の水が、そのまま彼女を包み込む。まるで貝が獲物を捕食したかのようだ。

 すると今度は水そのものが回転を始め、まるで巻き貝のような姿へと変貌する。

 めまぐるしく形を変える水の貝。

 その貝を内側から切り裂きながら、解放状態となったハリベルが姿を現した。

 

 口元にあった仮面の名残は消えており、代わりに形の良い唇が覗いている。

 それでも名残そのものは完全に消えてはおらず、首元から胸元までをスカーフのように覆い隠していた。

 両肩にはショルダーガード、両腕には手の甲から肘までをガントレットで包むことで防御力を高めてる。

 腰に細いプレートを幾重にも並べることでラメラーアーマーのように覆い隠し、両脚はロングブーツのような防具で膝・脛・足首から爪先までを覆い尽くしている。

 背中には鮫のヒレを思わせる羽のような意匠もあった。

 身に纏う鎧はすべて白――白亜の女騎士とでも呼べば良いだろうか? それがハリベル本人の褐色の肌と合わさり、綺麗なコントラストを描いている。

 

 だが最も目を引くのは、彼女が手にする大剣だろう。

 鮫の頭部を模したであろう作りのその剣は、否応なく誰の目にも止まる。刃の身幅だけでも彼女の腰よりも広く、凶暴性というものをその一点に集約したかのようだ。

 帰刃(レスレクシオン)にて急激に上昇した霊圧、その恐ろしさを差し引いてもなお威圧感に溢れている。

 

「……それが、ハリベルの解放なのね」

 

 解放状態となったハリベルを、瞳を細めてじっくりと観察しながら藍俚(あいり)が感心したように口を開いた。

 続いて、誰に聞かせるでもなく小さな声で呟く。

 

「これは……壊れる、わね……」

 

 ――壊れる、か……

 

 独白にも似たそれはハリベルの耳にしっかりと届いていた。

 その言葉の意味を彼女なりに噛みしめながら、大剣を振り上げる。

 

「……だが、私にこの姿を取らせたのはお前だ。今更後悔をしても遅いぞ!」

 

 壊れる(・・・)

 そう口にした藍俚(あいり)の意図を、彼女は「解放状態で戦えば、なるほど虚夜宮(ラス・ノーチェス)そのものが破壊されてしまう。そのくらい強い相手だ」と認識していた。

 自分にこの姿を取らせたことを、今更になって後悔したのか? ――そう呆れながら、ハリベルは自身が得意とする技を放つ。

 

断瀑(カスケーダ)

 

 高圧の激流が生み出された。

 それは家一軒程度ならばすべてを飲み込んでしまいそうな程の水量を誇り、藍俚(あいり)目掛けてまっすぐに向かう。

 

「……っと!」

「逃すか!」

 

 すべてを押し潰さんと迫り来る水塊を、藍俚(あいり)瞬歩(しゅんぽ)にて一気に躱し、影響範囲の外へと逃れる。

 だがハリベルの攻撃はその一撃では終わらない。逃れた藍俚(あいり)へ追い打ちを掛けるように、再び断瀑(カスケーダ)を放った。

 

「また!?」

戦雫(ラ・ゴータ)

 

 驚きつつも先ほどと同じく瞬歩(しゅんぽ)にて逃れようとするが、それに先んじるようにしてハリベルが更に動いた。

 相手をその場へ縫い付けんと、大剣から刀身によく似た水の塊を放つ。

 

「なんの!」

 

 放たれた水塊を無言の虚閃(セロ)にて相殺しつつ、断瀑(カスケーダ)の効果範囲から再び逃れる。

 その動きをハリベルはしっかりと目で追い、油断なく切っ先を藍俚(あいり)の方へと向け続けている。

 

 ――気を抜けない。

 

 そう思いつつも一瞬だけ視線を動かすと藍俚(あいり)は口を開いた。

 

「水を操る能力……驚いたわ。まさかこんな、砂漠みたいな水気(みずけ)が一切感じられない場所でこれほどの激流を撃てるなんて……」

 

 少し離れた場所――丁度断瀑(カスケーダ)が直撃した位置――の地面を見れば、大量の水流が砂へと飲み込まれていくところだった。

 カラカラに乾いた砂地が大きく削り取られ、巨大な蟻地獄の巣のようになっている。

 蟻地獄の周囲は、未だ泥水のように茶色に見える。それはつまり、砂が水を飲み込みきれない――それだけ多量の水を瞬時に生み出しているということ。

 感心するのも頷けるというものだ

 

 その賞賛の言葉を、ハリベルは軽く鼻で笑う。

 

「言ったはずだ、後悔をしても遅いと。それと、貴様は一つ勘違いをしている」

「きゃ……っ!?」

 

 藍俚(あいり)の足下から水柱が吹き上がった。

 何の前触れもなく、突如として間欠泉のような勢いで噴出したそれは、藍俚(あいり)の全身を一瞬で包み込んでなお止まらない。

 まるで水で出来た竜巻のように螺旋の動きを描きながら、水柱の中の物を全て粉砕せんと立ち上っていく。

 

蒼海支配(オセアノ・ゴベルナンテ)――水を操るのではなく、支配しているのだ。天地四方全ての水は、我が意のままに動く従順な(しもべ)。上から下に流れるという固定観念を持っているから、そうなるのだ」

 

 聞こえるわけがないと思いつつも、水柱目掛けてハリベルが言葉を投げる。

 だが、彼女の言葉を否定するかのように真っ黒な柱が立ち上った。水柱の内側から現れたその柱は水の竜巻を塞き止めかき消しながら、力尽く勢いを弱めていく。

 やがて、水の噴出が完全に治まると柱に一本の線が入り、真っ二つに割れる。その中から無傷の藍俚(あいり)が現れた。

 

「な、に……っ!?」

罔象女命(みずはのめの)玉鋼(たまはがね)。少しだけ危なそうだったから、使わせて貰ったわ」

 

 ――とはいえ、少し濡れちゃったけどね。

 最後にそう付け加えたが、その言葉はハリベルの耳に届いていなかった。

 

 玉鋼とは藍俚(あいり)が使う防御用の技、金属板の壁を生み出す能力。

 これはその応用の一つ、罔象女命(みずはのめの)の名が付いているように耐水・耐圧に特化させた防御壁を生み出すもの。流水系の能力を持つ相手への対応策だ。

 

 無論、ハリベルはそんなことは知らない。

 知らないが、始解とは明らかに異なった能力。手にしていた斬魄刀が、全て真っ黒な刀へと変化していること。なにより霊圧が更に爆発的に膨れ上がったことから、何が起きたかは理解していた。

 

「……それが、お前の卍解か」

「ええ、そうよ。射干玉三科(ぬたばまさんか)って言うの。可愛いでしょう?」

 

 真っ黒な刀を見せつけるようにハリベルへ向けると、やがて戦闘態勢を取る。

 

「それにしても残念ね……水のない所でこれだけ強いんだったら、是非とも海の上で戦ってみたかったんだけど……そこまで贅沢は言えない、か……」

 

 藍俚(あいり)は、少しだけ残念そうに呟いた。

 

 

 

 

 

 

「あれが、あの死神の卍解かよ……」

「は、反則すぎませんこと……!?」

「あんなの、あんなの……まるで……」

 

 離れた場所で戦いを見守っていた三人だったが、藍俚(あいり)の卍解を見た瞬間一斉にその表情を青ざめさせた。

 (ホロウ)化の時にも感じた、霊圧が爆発的に膨れ上がる感覚。それが今回はもっとずっと、圧倒的に大きい。

 見ているだけで全身を締め付けられるようにな、言い知れぬ恐怖のような物が藍俚(あいり)の全身から放たれている。

 

十刃(エスパーダ)より……ハリベル様よりも、ずっと強――」

 

 そう口にし掛けたところで、ミラ・ローズは慌てて自分の口を塞いだ。続いてブンブンと頭を横に振ることで、今先ほど出掛かった言葉を頭の中から必死で打ち消す。

 

 仮にそれ(・・)が事実だったとしても、自分たちが口に出すようなことは、決してあってはならない。それはハリベルのことを信じていないのと同じだ。

 そう自らに言い聞かせながら、話題転換だとばかりに隣の破面(アランカル)へ乱暴に尋ねる。

 

「おい、チルッチ! あれが、お前の言っていた卍解か!?」

「ええ……そうよ。あんたたち、よく見ておきなさい。多分『あの卍解の相手をしなくてよかった』って、心の底から思えるはずだから……」

 

 ――あの卍解の相手をしなくてよかった。

 

 幸か不幸か、チルッチの予言は成就することとなる。

 

 

 

 

 

 

断瀑(カスケーダ)!」

断瀑(カスケーダ)現身(うつしみ)

 

 警戒しているのか、先ほどよりもさらに勢いの増した激流が藍俚(あいり)目掛けて撃ち出された。

 だが藍俚(あいり)もまた、ハリベルと同じように激流――ただし、水ではなく真っ黒な粘液のような物体――を生み出すと、断瀑(カスケーダ)へとぶつけた。

 青い激流と黒い粘液。二つが衝突し合うと、互いに互いを打ち消しあうように勢いを失い、やがて地に落ちた。

 

「ほう……」

「別に物真似が得意ってわけじゃないのよ? ただ、少しやってみたかっただけ。こういうこともできるんだぞ――ってね」

 

 今度は戦雫(ラ・ゴータ)を真似たように、粘液の塊をハリベル目掛けて直接撃ち出した。フェイントも何もない、ただ放っただけのその一撃は容易に躱される――ように見せかけて直前で爆発した。

 飛沫がハリベルの胸や腰、腕や腿と満遍なく飛び散り、べったりと張り付く。

 ダメージなど一切ないものの、黒くベタついた粘液が張り付く不快感に彼女は小さくうめき声を上げてしまう。

 

「く……っ!?」

蒼海支配(オセアノ・ゴベルナンテ)――ハリベルの能力が水を支配するのなら、私の場合はそうね……地相侵食(ちそうしんしょく)、とでも呼ぼうかしら? 意味は……自分で考えて!!」

螺旋水陣(ピラー・トルナド)!!」

罔象女命(みずはのめの)玉鋼(たまはがね)!」

 

 怯んだ隙に斬り掛かろうと、刀を握り締めて飛びかかろうとする藍俚(あいり)であったが、そうはさせじと足下からは再び水柱が噴出した。

 先ほど藍俚(あいり)を閉じ込めたのと同じ現象に、彼女は足を止めて再度壁を生み出して耐える。

 

 ……ついでによく見れば、ハリベルの足下からもシャワーのように優しい水柱が吹き出ており、へばりついた粘液を洗い流していく。どうやらよっぽど気持ち悪かったようだ。

 

戦鞭(ラ・ラティーゴ)

 

 足を止めた藍俚(あいり)目掛けて、ハリベルが今度は剣を振るった。

 距離はまだまだ遠く、どう見ても剣が届く距離ではないのだが、そんなことはハリベルも承知のことだ。

 彼女が握る大剣――その刀身を、まるで鞘に収めるように水が覆っていた。そして剣が振るわれるのと同時にその水の鞘が鞭のように伸びて、藍俚(あいり)へと襲いかかる。

 粘性を高めることで飴状の水を叩き付ける、斬撃とはまた違うピンポイントな打撃を狙う技が戦鞭(ラ・ラティーゴ)の正体だ。

 霊圧が込められた水鞭の一撃を叩き込まれ、玉鋼の壁が大きく揺れる。

 

「もう一撃!」

「うそっ!?」

 

 再び鞭が、今度は柱の天井へと振り下ろされた。

 途端に黒い柱へヒビが走ったかと思えば、すぐさま砕け散る。それでも水鞭は止まることなく藍俚(あいり)目掛けて天から迫り来る。

 予想外の威力を持った攻撃に藍俚(あいり)が小さく悲鳴を上げつつも、手にした刀で鞭を切断しようと構えた時だ。

 

灼海流(イルビエンド)

「えっ!? (あつ)っ!!」

 

 水鞭そのものが一瞬にして解けると、代わりに熱湯の雨が降り注ぐ。

 

 灼海流(イルビエンド)――氷を溶かして水へと変えるという対冷気使いを想定しての技であったが、溶かすという性質上このように意表を突くことも可能だ。

 付け加えれば、先ほど射干玉の粘液を浴びせられた意趣返しという面もあるのかもしれないが。

 

 とあれ、予期せぬ熱湯のシャワーに藍俚(あいり)は狼狽えてしまった。

 死覇装やサラシに熱湯が染み込んで、反射的に声を上げてしまう。転がるようにして降り注ぐ雨の範囲から抜けて出て行く。

 それはハリベルにしてみれば絶好の隙だ。

 

「水を支配する、貴様も認めたはずだ……掃射豪雨(チュバスコ・ペネトラール)!」

「……っ! 木の葉落とし!!」

 

 再び大量の水がハリベルから放たれる。

 今度は断瀑(カスケーダ)とは違い、無数の小さな水の球が機関銃の様に襲いかかってきた。一発一発に高水圧が掛かり、掠っただけでも皮膚を抉らんばかりの威力だ。

 死のスコール――その雨粒を、藍俚(あいり)は刀を高速で振るい全て打ち落としてみせる。

 

「ふぅ、危なかった……さっきの熱湯は、驚かされたわ……」

「……」

 

 ギリ、とハリベルが奥歯を食いしばる音が聞こえた。

 卍解のせいで彼我の霊圧差は、更に大きくなっている。けれども、勝てない相手ではないはず。

 そう信じて放った技がこうもあっけなく防がれれば。

 雨粒を、一つ残らず斬ってみせられれば。

 こんな反応にもなろうというものだ。

 

「それに」

 

 一瞬だけハリベルから視線を外して地へと走らせ、すぐに戻すと藍俚(あいり)は片手を掲げ、振り下ろす。

 

山津波(やまつなみ)

「!?」

 

 その動きに合わせて、巨大な土石流が放たれた。

 土砂や岩石が大量の泥水によって押し流されながら、ハリベル目掛けて怒濤の勢いで襲いかかっていく。

 

「くっ!」

 

 大地をガリガリと削り取って突き進むその流れに飲み込まれる前に、霊子を足場にして空中へと逃れる。

 その動きに追従するように藍俚(あいり)も空へ飛びながら、次の技を放つ。

 

「逃げ切れるかしら? 擬態技(ぎたいぎ)武奈伎(むなぎ)!」

 

 空中へと逃れたハリベル目掛けて刀を振り下ろせば、その切っ先から真っ黒で細長い何かが無数に放たれた。

 それらはまるで空中を泳ぐように身をくねらせながら、獲物目掛けて襲いかかる。

 

「これは……!?」

 

 正体を見極めようと躊躇した一瞬の間に、その黒く細長い何かはハリベルの周囲に纏わり付いた。と同時に、彼女もその正体を理解する。

 その正体は(ウナギ)だった。

 

 射干玉の能力にて生み出された鰻たち。

 それらがハリベルの身体へと絡みつき、手足を縄のように締め付けて動きを封じようと蠢く。

  

「くっ! 気色の悪い真似を……っ!!」

「嫌がるなんて余裕ね」

 

 さしものハリベルとて、ヌルヌルとした鰻が身体の表面を這い回る感触には強い嫌悪感を抱いたのだろう。

 慌てて追い払おうとするところへ藍俚(あいり)が接近すると、刀を一閃させた。

 まともに回避も出来ぬまま鎧ごと肩口を切り裂かれ、浅く出血する。

 

「ぐあ……っ!! 卑劣な真似を……!!」

「あら、私はいたって真面目よ? あなたを相手に虚を突くんだから、このくらいはやらないとね」

 

 戦いを侮辱しているとしか思えない卑劣な技にハリベルは激怒するものの、藍俚(あいり)はそれを悪びれることなくケロリと受け流しながら更に刀を振るう。

 だがその一撃はハリベルの持つ斬魄刀にて受け止められた。

 

「言ったな!? ならば、後悔はするなよ!!」

 

 空中にて鍔迫り合いの形が出来上がった瞬間、ハリベルの斬魄刀から水が吹き出した。

 溢れ出る水は刀身全てを覆い尽くし、それどころか藍俚(あいり)の持つ刀までもを一瞬にして覆い尽くす。

 

「はあっ!!」

「きゃっ……!!」

 

 そのまま勢いよく剣を捻り上げれば、藍俚(あいり)の手から刀が弾き飛ばされた。

 粘着質の水で相手の武器を覆い、自身の斬魄刀と接着させることで武器を無理矢理手放させるという荒技だ。

 強引に手の中から刀をすっぽ抜かれ、小さな悲鳴が上がった。

 素手となった藍俚(あいり)目掛けて、ハリベルは捻り上げた剣を今度は勢いよく振り下ろして刺突を放つ。

 

皇鮫后の牙(エストカーダ)!!」

 

 振り下ろされた剣の刀身には、いつの間にか水で形作られた鮫の姿があった。おそらくは接着のために使った水をそのまま利用したのだろう。

 見た瞬間に分かるほど強い水圧と霊圧が込められた一撃必殺の剣技が、藍俚(あいり)へ襲いかかる。

 

「そのくらいなら……!!」

「逃さん!!」

 

 後方へ飛び退き刃から逃れようとするが、今度ばかりはハリベルが一枚上手だった。逃げた藍俚(あいり)を追いかけるように、刀身の鮫が放たれた。

 さながら、水上の獲物目掛けて跳躍する鮫といったところか。

 

 全てを噛み砕かんとばかりに顎を大きく開き迫り来る巨大な水の鮫。

 その口中目掛けて藍俚(あいり)は片手を突っ込んだ。

 

「ぐ……あああっ!」

 

 自ら飛び込んできた獲物目掛けて、鮫は勢いよく口を閉じた。刃のような牙が腕に突き刺さり、透き通った鮫の体表が赤く染まる。

 だが藍俚(あいり)はそれに構うことなく手を奥へと突っ込むと、やがて勢いよく引き抜いた。乱暴なその動きに、水の鮫は形を維持しきれずに朽ちる。

 

「返して、もらったわよ」

「難儀なことだな」

 

 そう口にする彼女の手には、先ほど奪い取られた真っ黒な刀があった。

 手傷を負いながら刀を回収する藍俚(あいり)の姿に、ハリベルはそう嘆息する。

 

 藍俚(あいり)が鮫の相手をしていた僅かな間に、ハリベルは己の身体に水を纏わり付かせていた。首から下を全身鎧のように包み込んだかと思えば、即座に解除する。

 身体を伝い滴り落ちる水に混じってウナギや黒い粘液が流れ出て行くことから、どうやら不純物を洗い流す技なのだろう。

 ハリベルの動きはそれだけでは終わらない。

 

皇鮫后の牙(エストカーダ)!」

山津波(やまつなみ)!」

 

 洗い流した水を再び剣へと集めると、再び水の鮫を放つ。藍俚(あいり)はそれを打ち消すように、再び土石流を放った。

 土砂の勢いに負けた鮫が飲み込まれ砕け散っていくのを見送りながら、ハリベルは唇を薄く緩ませる。

 

「その技は失敗だったな」

「何が?」

「こういうことだ」

 

 言葉を証明するように地面が揺れ、大気が震え始めた。

 地の底から水がうねりを上げて吹き上がったかと思えば、周囲の砂地は一瞬にして水に覆われる。

 眼下に見えるのは全てが水、そして僅かに点在する塔だけ。それはまるで、この戦域に突如として海が呼び出されたかのような異質な光景だった。

 

「周囲は水で満ちた……お前が水の技を使ってくれたおかげだ……」

 

 藍俚(あいり)がこれまでに放った技は、断瀑(カスケーダ)を真似て激流を放つ技や、土石流を発生させる技など。

 そのほとんどが水に関係する物ばかりだ。

 勿論ハリベルも意識して水を撒き散らしてはいたが、それらが後押ししたおかげもあって、周囲は十分過ぎる程の水気に満たされていた。

 たとえ虚圏(ウェコムンド)の砂漠であろうとも、これならば問題ないと思われるほどに。

 

「なるほど、鮫だけに鼻が利くみたいね」

「戯れ言を! 皇鮫后の極牙(グラン・エストカーダ)!!」

 

 海の底から巨大な鮫が飛び跳ねた。

 その体躯は皇鮫后の牙(エストカーダ)の数十倍はあるだろうか。それほどの巨体でありながら、ハリベルが今まで放ったどんな技よりも素早い動きで藍俚(あいり)に向けてその牙で狙う。

 噛みつかれれば死神など一瞬で真っ二つに切り裂かれるだろうし、仮に躱したとしてもその巨体までもを避けきれるとは思えない。まず間違いなく突進に巻き込まれ、眼下の海へとたたき落とされることだろう。

 

「さあ、来なさい!!」

 

 鰐のように大口を開けながら飛び掛かってくる鮫に向けて、藍俚(あいり)は動じることなく待ち構えていた。

 傷ついた片腕――そこから流れ出た自らの血を指先で刃に塗りつけながら、巨大鮫を真っ正面から睨み付ける。

 迫り来る巨大な牙に己が握る刀を合わせ、そしてその身は鮫の顎の中に消えた。

 

 ――腹の中から攻略しようということか?

 

「無駄だ……我が鮫の一撃はどのような相手であろうと海の底へと沈める。慢心が過ぎたようだな、死神」

 

 飲み込まれた藍俚(あいり)への手向けの言葉のように呟く。

 

 皇鮫后の極牙(グラン・エストカーダ)――その腹の中は、高圧の激流が無数に渦巻いている。そこに飛び込むということは、巨大な渦潮へ身投げするようなものだ。

 

 牙に食い破られるか、突進に弾き飛ばされるか、はたまた腹の中で粉々に砕かれるか。

 周囲に大量の水が無ければ使用することが出来ないという枷こそあれど、放つことさえ出来れば皇鮫后の極牙(グラン・エストカーダ)に死角は無い。

 

 ――はずだった。

 

「なんだ……!? 何が起きている!?」

 

 藍俚(あいり)を飲み込んだ巨大な鮫、その内側が突如として強烈な輝きを放った。同時にビクビクと痙攣するように全身を震えさせ、ボコボコと断末魔の様な音を上げる。

 やがて光が目を開けていられないほど強く輝いたかと思えば、巨大鮫の腹が中から切り裂かれた。

 支えを失った大量の水が鮮血の如く溢れ出し、地へと吸い込まれていく。

 

閃光虚斬(せんこうこざん)……ご自慢の鮫さんも、内側からの攻撃には弱かったみたいね」

「馬鹿な……ッ! こんな、こんなことが……ッ!!」

 

 切り裂かれた内側から、藍俚(あいり)が現れる。

 その姿はびしょ濡れではあったものの、どこにも傷一つ付いていない。

 最大の大技を放ってなお倒せない敵の姿に、ハリベルの顔に明確な焦りが浮かんだ。

 

「残念だけど……私の勝ちね!!」

「ぐっ!!」

 

 鮫の腹の中からハリベルの眼前まで一瞬にして近寄ると、刀の峰を叩き付けた。

 強烈な一撃をまともに受け、意識が朦朧とする。集中が途切れたことで霊子の制御が乱れ、足場が崩れハリベルは落下していく。

 その下には、皇鮫后の極牙(グラン・エストカーダ)の残骸とでも呼ぶべき大量の水がたゆたっていた。

 

「まだだ……まだ、私は……!!」

 

 消えそうになる意識を必死で繋ぎ止めながら、ハリベルは水面へと手を伸ばし再び水を操ろうとする。

 水をクッションの様にすることで自らの身体を受け止め、この大量の水で再び反撃を行う。残る霊圧こそ少ないがまだ逆転は可能だと、そう信じていた。

 だが水は受け止めることなく、彼女は落下の勢いのまま水中へと没する。

 

「なっ、なぜだ!?」

 

 落下の衝撃に身を軋ませながら、海面から必死で身を起こし叫ぶ。

 全身ずぶ濡れのまま再び能力にて水を操ろうとするが、やはり上手く行かない。

 

「馬鹿な!!」

「そして鮫の女王様も、住むところが変われば実力を発揮出来ない……」

 

 驚愕の事態に混乱している中、気付けば目の前に藍俚(あいり)の姿があった。

 ハリベルと同じように腰から下までを水へ浸けながらも、今まさに突きを放つ瞬間だった。引いた右手に刀を握りながら、ご丁寧に左手は照準を合わせるように前へと向ける。

 その左手の先にあるのは、ハリベルの心臓だった。

 

「私の、負けか……」

 

 全てを観念したように呟く。

 

 刀が放たれ、鮮血が散った。

 




(書いておいて何だけれど。
 ハリベル、これだけ暴れられるならシロちゃんを倒せる気がする)

●(インチキ)スペイン語講座
・ティブロン:鮫
・カスケーダ:滝
・ラ:その
・ゴータ:滴
・イルビエンド:沸騰する(の現在分詞)

・オセアノ:海洋
・ゴベルナンテ:支配者
・ラティーゴ:鞭
・ピラー:柱
・トルナド:竜巻
・チュバスコ:大雨、土砂降り、豪雨
・ペネトラール:貫く
・グラン:大きい
・エストカーダ:突き刺す、刺殺、とどめを刺す

・エンペラトリツ:皇后
・バイラール:踊る
・エスプーマ:泡
・エスペホ:鏡
・ネブラ:霧
・プリジョン:牢
・ムーロ:壁
・バンデリージャ:銛
・セルピエンテ:蛇

●(インチキ)日本語講座
・罔象女(みずはのめ):水の神様の名前(罔象女命(みずはのめのみこと)
・武奈伎(むなぎ):ウナギのこと(万葉集に出てくる言い方)

●ハリベルの技(オリジナル)
蒼海支配(オセアノ・ゴベルナンテ)
 シロちゃんの天相従臨に相当。
螺旋水陣(ピラー・トルナド)
 竜巻のように回転する水柱を発生させて相手を包む。
戦鞭(ラ・ラティーゴ)
 水を鞭のように操って攻撃する。
掃射豪雨(チュバスコ・ペネトラール)
 雨粒を機関銃の様に撃ち出す。
皇鮫后の牙(エストカーダ)
 水の鮫を放ち相手を食い千切る。または、剣に水の鮫を纏わせて突き刺す。
 遠近両用の必殺技。
皇鮫后の極牙(グラン・エストカーダ)
 大量の水を使って皇鮫后の牙(エストカーダ)を放つ大技。
 (原作で狙ってた技はこんな感じかな? と妄想)

●藍俚の技
・○○・現身(うつしみ)
 相手の攻撃を真似る。それっぽい技を放つことで相手の動揺を誘う。
擬態技(ぎたいぎ)・○○
 動物や鳥などを生み出して攻撃する。
 (今回はウナギを相手に絡みつかせるという卑劣極まりない技)
罔象女命(みずはのめの)玉鋼(たまはがね)
 耐水、耐圧特化の壁を作って攻撃を防ぐ。
山津波(やまつなみ)
 土石流を放って攻撃をする。
・木の葉落とし
 瞬時に何度も刀を振るう技
閃光虚斬(せんこうこざん)
 以前、剣ちゃんと斬り合った時に使った技。王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)斬り。
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