流魂街――それも番号の大きな地区ともなれば、漂ってくる雰囲気すらどこかおどろおどろしい物へと変わっているように感じます。ピリピリとした剣呑な空気に周囲一帯を覆われているかのよう。
少なくとも
辺りには人家はおろか人の気配すらありません。
ここに来る途中でも、ボロボロの民家や無気力に寝転がる人たちを見かけましたが、ここにはそんな物もありません。
まるで
「虫や獣も、本能的に感じ取って逃げている……ってところでしょうね」
懐から数枚の紙を取り出し、ここに来るまでの道中何度も読み返したそれを、最後の確認とばかりに再び目を通します。
「もう……隊長はやることがいつも突然すぎるのよね……稽古を付けて貰う時も、いつも前日にいきなりだし……」
記されているのは、手配中の
「これもまた試練――愛の鞭だと思うことにしましょう」
どうしてこんなことになったのか、それは半日程前まで遡ります。
「ああ、湯川隊士。丁度良かった」
「はい?」
綜合救護詰所にて、始業の鐘がなる十分ほど前でしょうか。卯ノ花隊長に話し掛けられました。
「あの、何か……?」
「ええ。あなたに特別任務を申し渡します」
「……は?」
とくべつ……にんむ……?
もう四番隊に配属されて十年以上経っていますけれど、そんなことは今まで一度も無かったような。
諸先輩方や席官の方にも、そんなことは無かったと思うのですけれど……?
「はい、これ」
そう言って隊長が渡してきたのは、数枚の書類でした。
一応それらに目を通しながら尋ねます。
「これは?」
「他の隊から貰ってきた
書類に走らせている目が止まりました。
「え……? あの、もう一度お願いします……」
「ですから討伐対象の
にっこりと笑顔でそう口にする隊長の姿は"何か問題でも?"と言わんばかりです。
「……わけて貰って……? って、
「大丈夫ですよ、あなたなら出来ます。場所は少々遠いですが、行って帰って調査してで、二日もあればお釣りが来るでしょうね」
「その、行っている間の私が担当している通常業務――」
「問題ありませんよ、他の者たちで分配しますから」
ああ! 話を聞いてくれない!!
「経験が無い者に突然
「当然です」
「そんなの無理ですってば!! 隊長、ひょっとして私のことが嫌いですか!?」
そこまでツッコミを入れると、隊長はふぅと溜息を一つ吐き出しました。
「いいですか? 入隊してから今日まで、私はあなたのことを見てきました」
……入隊して隊長に稽古を付けて貰うこと既に数十年は経過してますけどね……ホント、成長しないなぁ私……
「時間は問題ではありません。確かに歩みは亀よりも遅いですが、あなたを今まで見捨てていないのが、その証とでも思ってください」
こ、心を読まれた!? い、いえ、きっと偶然よね……?
「そして今のあなたなら、問題なく任務を完遂できる。そう判断したからこそ、他隊から無理を言って貰ってきたのです」
「隊長……そう、だったんですか……申し訳ありません」
「分かって貰えたようでなにより、これもあなたを思えばこそです。それに、ちゃんと私自ら吟味して、あなたでも勝てそうな相手を選びましたから。初の
「お気遣い、ありがとうございます」
私は思わず隊長に頭を下げました。
「後のことは私が説明しておきます。湯川隊士、あなたは早速現場に向かいなさい」
「はい!」
こうして、流魂街までやってきたわけです。
やってきたわけなんですが。
「書類の記載情報が薄いのは問題よねぇ……」
ですがそこに載っているのは、どの辺りに出没するかを纏めた物と、そこから推測した大雑把な出現予想範囲と本拠地だと思われる場所の情報程度。
それと敵の
あったのですが、大きさや姿形程度。どのような能力を持っているのか、強さはどの程度なのか、そういう戦闘に必要な情報が皆無です。
一応今いる場所も、この書類に記載されている"この辺に潜んでいるんじゃないのか?"情報を頼りに向かった先なのですが――
「ここ、アタリっぽいのよね」
生物の気配の無い周囲の様子から、本命の可能性は高いのでは? と判断しました。
「とすれば、この辺りのどこかに――……ッ!!
霊圧知覚によって周囲の捜索をしようとした矢先、首筋がチリチリするような猛烈な嫌な予感と強烈な殺気を感じ取りました。
ほとんど無意識のうちに
「……くっ!」
ですが反応が少しだけ遅かったのか、背中を浅くやられました。
が、発動させていなかったらもっと深手を負っていましたねこれは。
「キヒャヒャヒャヒャヒャ!! とうとう死神が出張ってきたか!! まあいいぜ、この辺の雑魚の味にも飽き飽きしていたところだ!! そろそろ大物を相手にするのも悪くはねぇなぁ!!」
浅手とはいえ死神を傷つけたことに気を良くしたのでしょう。どこに隠れていたのやら、
胸に大穴を開け、巨大な仮面を付けたその姿はまさしく私の知っている
口元には牙のような鋭さがあり、爪も肉食動物のように鋭い。逞しいその腕を持つその姿は、接近戦に自信があると主張しているようなものでした。
「それにちっと大柄だが、女の死神だ……ああ、たまんねぇ!! ゆっくりゆっくり、全身に傷をつけて、泣き叫ぼうとも誰も助けになんて来やしねぇ……たっぷりと絶望したところを、喰ってやるよ!!」
「やれるものなら、やってみなさい!!」
相手はどうも、アレな性格みたいですね。
その勢いに呑まれないよう、こちらも斬魄刀を構えて吠えることで心を奮起させます。
しかし
「キヒャヒャヒャヒャヒャ!! なら、お望み通りに!!」
「……えっ!? 消えた……!?」
目の前にいた
これは一体……?
「そおらぁっ!!」
「……ッ! そこっ!」
見えなくなりましたが、あくまで姿が見えなくなっただけ。
確かに早いし攻撃力も高いようです。ですが霊圧知覚で動作を察知することも出来れば、攻撃の空気を切り裂く音も聞こえます。殺気だって隠せていません。
この程度なら、冷静になれば対処は可能です。
初手を貰ったのと、初めての
落ち着け私……隊長との修行を思い出せばこの程度……
あ、違う意味で恐くなってきた。
「ほう、マグレとはいえなかなかやるじゃねぇか! だがそれもいつまで持つかな……?」
私が攻撃を避けたのを偶然だと思っているのか、それとも避けられても問題無いほど自分の能力に絶対の自信を持っているのか。
嘲るような
「これが……あなたの能力ってわけね?」
「その通り!! 俺は周囲の景色と同化して身を隠すことが出来るんだよ! だから絶対に見つからねぇ! お前がどんな死神だろうとも、目を塞がれた状態でまともに戦えるか!? 出来るわきゃねぇ! 見えない恐怖ってやつを、たっぷりと味わわせてやるぜ!!」
「そういう、こと……」
……漫画的といってしまえばそれまでなのですが、なんで自分の能力を自分でバラしたんでしょうか? だって教えちゃえば絶対不利になると思うんですが。
この能力だって、相手からすれば――
透明になっているのか? 風景と同化しているのか? それとも姿を隠して不可視の攻撃をどこかから放っているのか? どこかに仲間がいるのか?
――と言う具合に、幾つもの可能性があるはずなんですが。もしかしてこれがオサレと言う奴なんでしょうか? 自分には理解できそうにありません。
あともう一つ、分かったことがあります。
それは"なんでこの
そんな手柄を他の隊に簡単に譲るでしょうか? もしも譲るとすればそれはきっと"他の隊に回しても惜しくない"ような相手なのでしょう。
今回のコイツみたいに、隠れるのが上手くて探すのに物凄い労力が必要だとか。すぐに逃げ回ってねぐらも頻繁に変えるとか。
そういう面倒だったり厄介だったりする、自分ではやりたくないなぁ……他人に押しつけちゃいたいなぁ……が回ってきたことに……
なぁんだ、つまりはいつもの四番隊の仕事と同じですね。
しかも――推測でしかありませんが、きっと隊長は"最も面倒で厄介な相手"を厳選して私に持ってきた気がします。
だってわざわざ「私がちゃんと吟味して」って言ってたくらいなんですからね。
あは……あはははは……!!
よし、全部コイツが悪い。
「……
「ぐあぁぁっっ!?!?」
敵は喋っている最中も巧妙に移動して位置をズラしていましたが、そもそも霊圧知覚で居場所は割れているんです。
そこへ向かって無造作に手を突き出すと、即座に破壊の閃光を放ちます。
相手はまさか撃たれるとは思ってもおらず、油断していた分だけ大ダメージを受けたようです。
「な、なんで俺の居場所が……!? いや、それよりも今のは……!? なんで、なんで死神が
「ニセ物だけど練習したからね……それに、こんなのも出来るわよ」
「ぎゃああああぁぁっ!!」
続いて今度は
一撃一撃は
途切れることなく放たれ続ける
諦めずに百年以上訓練した甲斐がありました。
せっかくの機会なので、この
「やめっ、やめろっ!! ぐべっ!! し、死神ってのは、鬼道とかいうのを使うんじゃねぇのかよ!!」
「あら、鬼道がお望み? だったら……」
「へ……? いや、
「縛道の三十!
三つの巨大な嘴を生み出し、それらを両腕と腰に突き刺します。それでもなお嘴の勢いは止まらず、近くにあった樹木へと
「がっ!? う、動けねぇ……!? これじゃあ……」
「破道の三十三!
続けて蒼い炎を生み出し、今やただの的へ成り下がった相手へと放ちます。
「ぎゃああああああああああぁぁっ!! 熱い熱い熱い熱い熱いっ!!」
地面を転げ回り、腕で振り払ってなんとか消火したいのでしょう。ですが嘴突三閃に縫い付けられているためビクともしません。
「さて、これで終わりよ」
「あ、ああああぁぁぁっ!! 嫌だ嫌だ嫌だ! 俺はまだ――ああああぁっ!!」
縛道と蒼炎ですっかり動けなくなった相手目掛けて斬魄刀を一閃。
木の皮に残る焼け焦げた跡だけが唯一、あの
「性癖と違って、末期の言葉は随分と詰まらないものだったわね」
隊長の――毎回死を覚悟させられる――稽古を続けて来たのは伊達ではありません。既に師匠を真似した分不相応な剣ではなくなっています。
刀を鞘へと納め、仕事は終わりとばかりに帰ろうとして気付きました。
「……あ、忘れるところだった」
背中を走るほんの少しの痛み。未熟さ故に避け切れなかった傷。
「まあ、この程度なら」
無言で精神を軽く集中させます。それだけで、背中の痛みは綺麗さっぱり消えました。もはや傷跡一つ残りません。
隊長との回道修行の成果ですね。自分の身体ですし、この程度の怪我なら一瞬で治せますよ。もう入隊したての頃とは練度が段違いです。
こうして、私の初めての
「あら、湯川隊士。丁度良いところに」
「……またですか隊長……?」
前回のことで味を占めたのでしょうか。
あれ以来、度々書類を手にしては特別任務を言い渡してくる隊長の姿を目にしては、私はがっくりと項垂れました。
今このくらいの強さ。
???「不意打ちされたので落第ですね。もっと厳しくいきましょう」
●(今回の)虚
擬態能力で身を隠して、他者を全身傷だらけにするのが趣味。
女が泣き叫ぶ声が大好物で、見えない敵が襲い掛かってくる恐怖をじっくりじっくり叩き込んで絶望させるのが大好き。
こんな設定なので多分元は変態の男だと思う。
流魂街の住人を殺していたので、死神が調査していた。
でも姿を消すので中々見つけられない。
(
あっさり勝てたように見えるけれど、実はかなり危険な相手。
並の死神だと姿を見えぬまま殺されてた可能性が高い。