お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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漆黒の明星氏


第26話 思ってたのと違う

 一日の業務が終わり――時間によっては修行をしてからですが――自室に戻ると、一時間ほど刃禅を続けるのが、四番隊に入ってからの日課です。

 ……たまに忘れたりしますけれどね。

 と、とにかく! なんとか斬魄刀とコミュニケーションを取れないかと毎日のように刃禅をしているわけです。

 

 勿論今日も。

 

 座禅をして膝の上に斬魄刀を乗せて意識を集中させれば――

 

 ――目の前にはもう飽きるほど何度となく目にした、人工物と植物が入り交じった混沌(カオス)な空間が広がりました。

 もう年単位でやってますからね、ベテランですよ!

 ……まあ、話すらして貰えないんですけどね……

 

「おーい、ゴムボールさーん」

 

 私が声を掛ければ、すぐさま真っ黒な球体が転がってきました。

 未だに名前が分からないから、ゴムボールって呼んでるんですけどね。この仮称もひょっとして嫌われてる原因の一つなんでしょうかね?

 一応、呼べば出てきてくれますし、逃げたりもしないからある程度は好かれている、はず……と思いたいです。

 

「今日もまた色んな仕事を押しつけられてね。もう同期の子はみんな出世して席官になってるか、そうでなければ結婚してるのに、私だけずっと平隊士のままだし……年上の部下って扱いだから、扱いもちょっと困っているし……入院患者の中にはいつまで経っても言うこと聞かないで暴れるのもいるし……それから――……他の隊だともう私と同じ時期なら上位席官にまでなってるのに――……卯ノ花隊長にも申し訳なくて――……」

 

 ここ最近はずっとこんな感じで、ゴムボールさんを抱きかかえながら愚痴を吐き出し続けています。

 ……こうやって愚痴を聞いてくれる人って有り難いんですよね。ペットを飼うのってこんな感じなんだなって、よく分かります。

 

 いえ、最初の頃はもっとこう、話せないかと色々試していたんですよ?

 レイアップシュートを試したり、ディーフェンス! ディーフェンス! したり、スリーポイントシュートの成功率を上げようとしたり。

 全力で霊力を注ぎ込んでなんとか会話しようとしたり、もしかしたら別の場所に隠れていてこのゴムボールは他に似たようなのが七つあってそれを集めれば本物が出てくるんじゃないかと思って精神世界中を探し回ったり、ひょっとしたら骨伝導みたいな会話なんじゃないかと思ってゴムボールに口付けしながら話し掛けたり。

 

 でも全然駄目だったので。もはや刃禅なのか私の愚痴大会なのか分からなくなってきました。

 

「ごめんね、毎日毎晩こんな詰まらない話に付き合わせてばっかりで……」

『いえいえ! そんなことはございませんぞ!! 藍俚(あいり)殿の苦悩は拙者にも伝わってきますが、それにめげることなく続けている姿は誠、尊いものであります!!』

 

 ……は?

 

「え? 今の声って……」

『おやおや? ひょっとしてひょっとすると、よもやよもや拙者の声が聞こえたのでござるか!? キタコレ!! おっと、失礼をば。キタコレなどと言っては通じぬ可能性ありますからな!』

 

 何かしら、この……ステレオタイプな感じで、漫画に出てきそうな一昔前のキモオタ像のイメージを物凄く彷彿とさせる、早口な声は……?

 

「今キタコレって言ってたけれど、ひょっとしてゴムボールさん、あなたの声なの!?」

『オウフ!! 気のせいではなかったでござるな!! ようやく、ようやく藍俚(あいり)殿に拙者の声が届いたようで。これはもはや祭りの予感!!』

「えー……」

 

 なんていうか、こう……物凄く申し訳ないんだけど、イメージと違う。私の望んでいたのと違う。思ってたのと違う。

 

 いやいや待ちなさい私! 霊術院で斬魄刀を貰ってから刃禅を続けることおよそ百年!! このチャンスを逃したらもう次はないかもしれない!! もう「長年死神やってるくせに斬魄刀の声すら聞けない」って蔑まれた目で見られることもない!!

 

 ……うん、そうね。元気いっぱいな斬魄刀だって思うことにしましょう。それに口調や台詞はともかく声は綺麗だから、そこで妥協しておきましょう。

 

「あの、祭りはいいから……それよりも、この声はゴムボールさんが喋っていて、あなたが私の斬魄刀の本体って事で良いのよね?」

『左様でござる! 藍俚(あいり)殿がこの百年ほど拙者に愚痴を言っていたことも、初めて出会った時にバレーボール代わりにされたのも良く覚えております。いやぁ、あれはなかなか衝撃的な出会いでしたなぁ……』

 

 ああ、霊術院時代のアレね……

 

「その節はその、本当にごめんなさい……」

 

 謝罪代わりにゴムボールさんを強く抱き締めます。

 

『オウフ! これはこれは、藍俚(あいり)殿の立派なお胸の感触が全身に……デュフフフフ!! もうたまりませんなぁ!! 流石、霊術院時代の男子生徒や同僚の男性死神からも毎日ガン見されるだけのことはありますゆえ!!』

「そぉれっ!!」

 

 とんでもないことを口走ったので、反射的に全力で投げつける。

 綺麗な放物線を描いて建物の向こうまで飛んでいったのだけれど、ゴムボールはしばらくするとコロコロと自力で転がって戻ってきました。

 

『いやいや、これは申し訳ない。拙者としたことが、流石に失言が過ぎましたな』

「いえあの……私も投げちゃってごめんなさい」

『構いませぬぞ! それに藍俚(あいり)殿のお胸が素晴らしいのは喜ばしいことですからなぁ。蓮常寺氏のもっちりとしたお胸も綾瀬氏の未成熟なお胸も素晴らしかったですが……いやはや、苦労してこちらに存在を用意した甲斐がありました』

 

 ……は?

 

「ちょ、ちょっと待ってゴムボールさん!! 今なんて言ったの!?」

『ですから、藍俚(あいり)殿のマッサージで様々な方のお胸を揉んでいますが、綾瀬氏と蓮常寺氏は――』

「そっちじゃない! いえ、そっちも気になるんだけど……用意した(・・・・)ってどういうこと!?」

『いやいや、ですから過去に願っていたではありませんか、あそこで』

 

 そう言われて思い当たるのは、とある神様のところにお祈りにいったこと。私がこの場にいることの原因はアレなんじゃないかと思い当たった事です。

 

「……待って。確かにお参りに行ったことは認めるし、願望があったのも認めるわ。けれど、あの時の私は絶対にそんなことを願ってはいなかった!」

『ですから、その願望があったことを汲み取って願いを叶えさせていただきました。何しろ拙者、気が利きますので』

 

 そんな気の利かせ方は、要らないかなぁ……

 

『それに藍俚(あいり)殿はあの後で死んでしまいましたからな』

「え……何それ、私知らないんだけど……!?」

 

 まさか、ベタに交通事故とか……? それでここに……!?

 

『お参りに行ってから百年ほど経ちました故に』

「……オイ」

 

 人間、百年もすれば大抵死ぬわよ!!

 思わず完全に語気が荒くなりましたが、きっと許されるはず。

 

「ああもうっ、頭がおかしくなりそう!! 尺度が間違ってるのよ尺度が!! とりあえずゴムボール! 私がどうしてここに来たのか、説明して頂戴!!」

『先程からゴムボールゴムボールと仰っておりますが、そういえば自己紹介がまだでしたな。拙者の名前は――――と申しまして……』

「そういうの後回しでいいから!! というか、出生の秘密を明かすみたいな一大事件みたいなイベントを斬魄刀の名前を知るイベントと同時進行にしないで!!」

 

 ……名前、聞こえなかったわね。

 まあ声を聞けるようになるだけでも百年近くの時間が掛かったんだから、聞こえなくても今さら落胆とかはしないけれど。

 

『そ、そうでござるか……? でしたら、ご説明させていただきます……あ! 説明しよう! みたいな台詞の方が――』

「うるさい!! いいからさっさと話しなさい!!」

 

 つ、疲れるわね……なんていうかノリが。決して嫌いではないんだけど……

 

 こうして始まったゴムボール(仮称)の説明。

 面倒なノリを必死で我慢して話を聞き続け、そして理解した結果をざっくりと纏めると――

 

「つまり、私がお祈りした時の願望を感じ取って、叶えようとしてくれた。でも超特殊で変態的な願望だから叶えるのに時間が掛かった。その間に私は死んでいて、でもこんなこともあろうかとお参りした日の精神状態を保存してあって、それをこの身体に入れた。ってわけね?」

『こんなこともあろうかと! いやはや、技術屋ならば一度は言ってみたい台詞ですなぁ……』

「うるさい黙れ!」

 

 終始こんなノリなんだもの、ツッコミしてるだけで話が終わっちゃうわよ。

 

「それで、この身体を用意したり願望を叶えようとしてくれたってことは、あなたは所謂(いわゆる)神様って認識でいいの?」

『それで問題ありませぬ!』

「えぇ……あそこって、かなり有名な場所なのに中身がコレなの……?」

『いえいえ、違いますぞ! 拙者は願望を聞いて担当することになった別の者でして、藍俚(あいり)殿に分かり易く言うなら派遣ですかな?』

「は、派遣……いえ、それもお仕事なんでしょうし、批難する気はないけれど……」

 

 色々と世知辛いのね。 

 

『それに拙者も織姫氏や松本氏のお胸を堪能してみたく思いましてな。派遣と言っても自ら諸手を挙げて土下座する勢いでお願いした次第でして!』

「……聞かなきゃよかった」

 

 そういえばこのゴムボールは小鈴さんや幸江さんの胸の感想も言っていた……ということは感覚とか体験は共有されているのかしら?

 そもそも、こんな願望を持っていた私に付いてきてくれたのだから、ひょっとして良い人なのかもしれない。

 この場の勢いだけで見限る様な真似は早計よね。

 

「ということは、この身体はあなたが用意したの? なんで女性に?」

『フヒヒ、それは愚問でござるなぁ……男よりも女性の方が良いでござろう?』

「……やっぱり聞かなきゃよかった」

 

 見限った方が良かったかも知れない。

 

『いやはや、やはりツインテールはたまりませぬ! ああ、喋れると分かったらもう溢れ出す感情が止まりませぬ!! 藍俚(あいり)殿藍俚(あいり)殿! どうか他のツインテールキャラの真似をしては貰えぬでしょうか!? 拙者、もうツインテール分が不足しすぎて死にそうでござるよ! 後生で、後生でござるから!!』

「ツ、ツインテールキャラ!?」

 

 というか用意って言ってたし、この髪型とかも全部趣味だったのね!? どうりで変えようと思っても変えられなかったわけだわ……

 それにツインテールキャラって……えっと……

 

「……か、かしこまっ!!」

「おほ~っ!! たまらん、たまりませぬ!! 次、次もお願い致します!!」

 

 頑張ってポーズを決めると、ゴムボールはやたらと喜びました。

 ……喜んでいる、のよねこれ? なんだか縦に横にとぐにょんぐにょん伸びたり縮んだりしているけれど。 

 

「えーと……バカね、撃ってくれってこと?」

「ぬほほほほっ!! これはまた、なかなかのチョイスですな!!」

 

 今度はもう少し感情を込めて、強気な感じでやってみたところ……

 これでいいんだ……

 

「次、次もお願いいたしまするっ!!」

「ええっ!? そんなにネタ無いわよ!!」

「でしたら、でしたら拙者が指定いたしますのでどうかどうかっ!!」

 

 刃禅していたはずなのに、気がつけば即席モノマネ大会みたいになってて……

 他にも色々聞きたかったんだけど……なんかもう、どうでもいいや……

 

 

 

 

 

 何より頭に来るのは、こんな馬鹿なやりとりしていたのに斬魄刀と交流したことになってて霊力が上がってるのよね……

 なんでだろう。強くなったはずなのに、すっごくモヤモヤする……

 




●ゴムボール(会話編)
「おっぱい揉みたい!」『拙者も! だから便乗して楽しませて貰います! あ、でも拙者の趣味マシマシでお願いします』

大体こんな感じ、理由なんてこんなものでいい。
むしろ喋り方が難しい。

●かしこまっ!
プリパラシリーズより 主人公 真中らぁら の決め台詞。
(書いている人は"服音声"で"コーンが足らない"と言っていた頃から見始めた程度のニワカ)

●バカね、撃ってくれってこと?
艦隊これくしょんより 軽巡洋艦 五十鈴 の台詞。
(書いている人はVita版しか遊んだ事の無いニワカ)

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