遠目から私を見つめる視線に気付いて、なんとなくそちらを見返した瞬間。その瞬間に、私は全身に電撃が走ったような衝撃を受けました。
あの姿……間違いない! 絶対に間違いないわ!!
今を逃したら、もう二度と会えないかもしれない……ううん! こんなことが出来るのはきっと今だけ! 今を逃したら絶対に後悔する!!
だから――だからごめんねハリベル! チルッチ! それに桃も!! 後で謝るから許して!
『あ、
逃がさない! 絶対に逃がさない!!
その想いだけで、視線の方向目掛けて一気に駆け出しました。
向かう先は、建物の残骸で出来上がったと思しき物陰。その物陰に隠れてこちらの様子を窺っている相手にこそ、用があります。
「……へ?」
「な、ななななんでヤンスか!?」
全力の
一秒にも満たない僅かな時間で近寄った先にいたのは、二人の
「や、やっぱり……」
「や、やっぱり……?」
「やっぱり! やっぱりそうだったわ……!!」
思わず飛びかかりたくなる気持ちをグッと抑えながら、胸元に手を当てて気持ちを落ち着かせます。
二度、三度と深呼吸をしてから、私は改めて尋ねました。
「あ、あのッ! ペッシェ……ペッシェ・ガティーシェさんですよね……!?」
「む? いかにも私はペッシェだが……はて、君は一体……?」
間違いじゃなかった!
それを理解した瞬間、もう感情が抑えきれませんでした。
私は失礼なのを承知でペッシェの手を取ると、両手でギュッと握り締めながら叫びます。
「はじめまして!! 私、四番隊隊長の湯川
言った……言ってやりました……
「いやぁ、よいぞよいぞ! ついに、ついにこの私の時代がやってきたということだな!!」
私の突然のファン宣言に最初こそ戸惑っていたペッシェ――あ、名前を呼び捨てで問題ないって許可を貰いました――でしたが、アッという間に受け入れてくれました。
少し会話をしただけで信用してもらえて、もうすっかり友達です。
『あの~……
「いや、時代が私に追い付いたということか!? どちらにせよ今日はめでたい日だ!!」
「そうですね♪ 私も、今日は絶対記念日にします」
「ううう……なんでペッシェばっかり……ズルいでヤンスよ~……オイラは?
「フハハハハハ! 諦めろドンドチャッカよ!!
さっきからずっと、私はペッシェの手を握ったままです。
なので文字通り手が塞がっています。
だからごめんねドンドチャッカ、その気持ちには応えられないの……
『
「そういえば
「はい、そうですよ」
「ということは以前出会った、雛森という死神の……」
「そうです! 桃は私の部下なんです!!」
『
なに、どうしたの射干玉?
『ご説明を! いい加減ご説明をお願いいたします!! もう何が起こっているのやら、拙者にはさっぱりわかんないでござるよ!!』
んもう……仕様が無いわねぇ……
いい、この人はペッシェ・ガティーシェ。
ネルちゃんと一緒に
『それは知ってるでござるよ……そうではなく、知りたいのは……』
そして、そしてね!!
この人こそ伝説の「触れたものをものすごいヌルヌルにする汁が出せる!!」と言った人でもあるのよ!!
『………………っっ!?!?』
いい? ブリーチの中で一番の名言と言われれば何と答えるのが正解かしら?
なん、だと……?
チャドの霊圧が消えた?
私が天に立つ?
あまり強い言葉を使うなよ、弱く見えるぞ?
憧れは理解から最も遠い感情だよ?
百年後まで御機嫌よう?
いいえ! 私の考えはそのどれも違う!!
触れたものをものすごいヌルヌルにする汁が出せる!! これこそが最も素晴らしい言葉なのよ!!
『えーと……ひょっして今回は拙者がツッコミ役でござるか!?』
それを口にしたどころか、実際にやってのけたのよ!!
つまりはペッシェこそが至高なの! これは……これだけは異論は認めないわ!!
『そ、そうでござるか……』
そうなの!
『(ああ、だから
「なんと! そうであったか!! いやぁ、あのような可愛らしい死神の上司が、まさかこれほど色っぽく美人の死神であったとは……あの時、彼女を助けたのはもしや運命!? 運命が私たちを引き合わせたくれたのかもしれぬ!!」
「運命……確かに、運命かもしれませんね……」
運命って、良い響きの言葉ですね……
何というかこう、不可能も可能にして次に繋がりそうで……
……そうよ! 運命、これは運命じゃない!!
『ななななんぞ!? 急に一体どうしたでござるか!?』
「あの、あのねペッシェ……その……実は……」
「ん、どうした
ペッシェが私の頬を優しく撫でてくれました。
『無視でござるか
ああ……もう駄目……言いましょう……もう、この抑えきれない気持ちを口に出してしまいましょう……!!
「一生のお願い!! お願いだから私に
「!?」
『
私、何か変なことを言ったのかしら……?
勇気を出して想いを口にした途端、ペッシェの動きが固まりました。
「あ、
「だからその、貴方の
固まったポーズのままそーっと私から距離を取ったかと思えば、隣にいたドンドチャッカに話しかけています。
「なあ、ドンドチャッカよ? ひょっとして私の耳がおかしくなったのか? 彼女は今……その……」
「オイラも聞こえたでヤンスよ。ペッシェの
「おかしくないか!? 絶対におかしくないのか!? こう言ってはなんだがな、私のあの技はこう……その、何というかだな! うまく口で説明するのは難しいのだが……」
「大丈夫でヤンスよ! オイラも分かるでヤンス!! 言いたいことは全部伝わってるでヤンスから!!」
「おお、有り難いぞ! なのに自分から"かけてくれ"と言い出すのは……」
「そうでヤンスな……」
当人たちはひそひそ話のつもりでしょうが、全部丸聞こえです。
私、そんなに変なことを言ったのかしら……?
「あの~……」
「はうぁっ!! や、やややややあ
「お話、終わりました?」
「それは……そ、そうだ
『拙者にも! 拙者にも理由を教えてくだされ!!』
「理由、ですか……特に理由はないんです。ただペッシェの名前を聞いて、存在を知ったときに、ふと憧れたんです。その憧れはいつしか、体験したいという想いに変わった……ただそれだけのことなんです」
「むむむ……いや待て冷静になれ私、確かに私ならば
繰り返しになるんだけど、どうしてそんなに悩んでいるのかしら?
……そっか! きっと想いが少なかったのね!! だったら、もっと熱い気持ちを伝えればいいんだわ!!
さっきちょっと、物理的に距離を取られたからもう一度。そっと近寄り、ペッシェの手をぎゅっと握り締めます。
「恐れないで! 怖がらないで!」
「へ?」
「ここで私たちが出会ったのは、運命!」
「……」
「運命の初めまして!!」
「お、おう……」
『なるほど……』
ちょっと! なんでドン引きしてるのよ!!
それにね射干玉!! これはあなたにとっても悪い話じゃないのよ!?
『そ、それは一体どういうことでござるか!?』
考えてもみなさい!
今のあなたは、誰もが知ってる真っ黒でヌルヌルな存在!! 言うなれば界隈の頂点! 真っ黒ヌルヌル界のトップアイドルなのよ!!
『やっぱりでござるか? 薄々そうではないかと確信していたでござるが……』
でもそれは、あくまで真っ黒ヌルヌル界隈だけの存在なのよ!!
けれど、けれどよ?
もしもそこに、真っ白でヌルヌルが加わったら……果たしてどうなると思う?
『……ッ!! そ、それは……』
ええ、そうよ!! 黒と白が一つになったら、もう怖いものなんて何にもない!! 完全無欠よ!!
クロとシロがいれば
『つまりは……プリキュア!? 黒と白ということはもうこれは初代でござるな!! なんと……なんというご慧眼……拙者が、拙者が間違っていたでござるよ!!』
それにね! それにね!!
もの凄いヌルヌルにする汁って言われたら、一度くらいは体験してみたいでしょう!?
『それでしたらチルッチ殿と出会った時点で頼み込んで残り汁を……』
あの時点のチルッチにそんなこと言えるわけ無いでしょう!?
何より、出してから時間が経つと乾いちゃうでしょ! 一番搾りでないと意味が無いのよ!!
『そのためのペッシェ殿にお願いを……?』
そういうこと!!
「む……むむむ……よ、よーしわかった!! 私も男だ! やってやろうじゃないの!!」
何やら難しい顔をしたまま悩み続けていたペッシェでしたが、やがて覚悟を決めてくれました。
拳を力一杯握り締めながら、私のことを見つめてくれます。
これには私も、全力で応えなければなりません。
かけやすいように膝を突いてしゃがんで、こぼさないように両手でお椀を作って、それから顎を上げて舌を出しながら……
「
「…………ままままま待て! これはその、良いのか!? 絵的に問題ないのか!? 本当に大丈夫なのか!?」
……?
ペッシェは一体何を心配しているんでしょうか?
ただ私に、ものすごいヌルヌルにする汁をぶっかけるだけなのに……
私は私で気を遣って、ぶっかけられても問題ないような姿勢で待ってるだけなのに……
『……ペッシェ殿も言っておりますが、絵的には多分完全にアウトでござるよ?』
「あーん……」
「ええい! ままよ!!」
長い長い時間を経ましたが、ようやくペッシェは
仮面の先端の穴から、真っ白な液体が勢いよく噴出されます。
「ん……っ……」
その白い液体は私の眉間の辺りに降り注ぐと、顔全体をねっとりと汚していきました。
言葉通りに液体はヌルヌルとしていますが、けれども不思議な粘性を兼ね備えていました。私の顔にべっとりとへばり付いたかと思えば、自重に従ってとろりと流れ落ちていく白い液体たち。
それらはとても重く感じられました。
「ちゅ……っ……る……っ……ごくっ……」
大量の粘液は顔だけでなく、頬から顎を伝わって手の中に滴り落ちていきました。
手の中で感じるのは大量のヌルヌルとした液体たち。指の隙間から逃げだそうとする白い液体を逃すまいと、一気に口の中へと流し込み嚥下しました。
「ん……変な味、なのね……なんだか生臭いような……でも、そこまで嫌じゃない……」
喉を通り過ぎて奥へと流れ込んでいく液体。
身体の中からヌルヌルとした感覚が湧き上がってくるようで、私は不思議な火照りを感じていました。
ここには鏡がないので確認できませんが、間違いなく私の頬は真っ赤に染まっていると思います。
それともまさか、
嫌悪感と好奇心、好きと嫌いを同時に味わっているような……思わず「もっとぉ……」と甘い声を上げてしまいそうで、我慢するのが大変でした。
「れろ……っ……ん、ぱ……っ……」
だってまだ、液体の残滓が手の中に残っているんですから。
へばり付いた粘液も逃さないように、指を一本一本奥まで丁寧に咥え、じっくりと舐め上げていきます。
白い液体をこそぎ取るために、舌先で指を絡め取るのも忘れません。
「んん~……」
やがて、十指全てを舐め取り終えると、よく味わうように口の中で軽く攪拌してから飲み込みました。
『……はっ! あ、
何を……って、せっかく分けて貰ったんだから隅々まで体験しないと損でしょう?
目・鼻・口・舌・指・耳! 五感をフル活用して余すところなく感じ取るの!! おかげでなんだかこう、不思議な気分になってきたわ!!
飛び越えてはいけないラインのギリギリを攻め込んだような、そんな気分!!
『五感……? なにやら一つ多かったような……』
それよりも射干玉! そっちはどうなの!?
『へ……? おお、言われてみれば確かに……何と言いますか、こう……ジョグレス? メガ? しそうな感じでござるよ!!』
ね、そうでしょう!
『今の拙者たちなら、気持ち的には世界すら支配できそうでござるよ!! 気持ち的には!!』
そうね! 絶対にできるわよ!! 気持ち的には!!
あと気持ちだけじゃなくて実際に霊圧も完全回復しているし!!
行ける、行けるわよ!
「触れたものをものすごいヌルヌルにする汁が出せる!!」
は、ブリーチの"めいげんの中のめいげん"だと思っています。
あの1コマが無かったら、ここまで書けなかったです。
あの1コマに、どれだけ勇気づけられたことか。
むしろ前話までは、今回の前振りとすら言えるかもしれません。
……その結果がコレなんですけどね。
(なお、話的には全く進んでいないんですが、強化フラグなので問題ありません)