お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第266話 狼の相談

「書類って、まだ残ってる?」

「いえ、これで最後です」

「ということは、もう一踏ん張りね……」

 

 部下からの言葉に気合いを入れ直すと、私は筆を走らせます。

 今日は現世ではなく、尸魂界(ソウルソサエティ)で溜まったお仕事を片付ける日です。なので朝の始業時刻から今までずっと、書類仕事をしていました。お山が三つだったから、まだ少ない方よね。

 

『……あ、そっちのお山(書類の束)でござるか』

 

 そうよ。何だと思ってたの?

 

『てっきり、お山(おっぱい)のことだとばかり……』

 

 私だって可能ならそうしたいんだけどね……このまま一気にアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの話に移りたいわよ!!

 でも放っておくと溜まっちゃうんだもん……そうなったら、自分で解消しないとダメでしょ?

 

『ということなので、あの三人の話はちょっとお待ちを! 大体この二話くらい後になる予定でござるよ!!』

 

 ちなみに現世には勇音が行ってるわよ。

 なので今、代わりに秘書役をやってくれているのは四番隊(ウチ)の――まあ、覚えなくていいわ。

 

「それが終わりましたら、新しく入院して来た隊士たちの回診もお願いします」

「……ああ、転界結柱の外で踏ん張ってくれた子たちね」

 

 一瞬何のことか分かりませんでした。

 

 柱の内側では激戦が繰り広げられていましたが、外側も大変だったんですよ。

 霊圧に惹かれて(ホロウ)が集まってくるので、下手をすれば本物の空座町に(ホロウ)が迷い込みかねません。

 それを決死の覚悟で防ぎ続け、結果的に役目は果たした物の病院に担ぎ込まれた隊士たちがいるので、それを診てくれという依頼です。

 

「わかりました。多分、昼の八ッ時(14時)くらいから始められると思うから、準備をお願いね」

「はい。では失礼します」

 

 そこまで告げると、臨時秘書役の子は「用事は済んだ」とばかりに一礼して去って行きました。

 ……現世(そと)にいても尸魂界(なか)にいても、お仕事いっぱいね。

 

「んんーっ……さすがに肩が痛くなってきたわ……」

 

 一旦筆を置き、肩を軽く揉みながら小休止を取ります。

 窓の外を見ながら「そろそろお昼かな?」なんて思っていたところ、部屋の外から声が掛かりました。

 

「隊長、失礼します。今よろしいでしょうか?」

「平気よ。何かあったの?」

 

 そっと障子が開き、隊士――さっきまで臨時秘書役をやってくれてた子とはまた別の子――がおずおずと入ってきました。

 

「あの実は、隊長にお客様が……」

「え? 誰が来たの?」

「狛村隊長です」

「わかったわ、すぐに向かいます。応接室にお通しして」

 

 ……そんな約束、していたっけ? 特にそんな予定は無かったはずなんだけど……

 疑問に首を捻りつつ、応対に出向きました。

 

 

 

 

 

「おお湯川隊長」

 

 部屋に入れば椅子に座っていた狛村隊長が立ち上がり、そして深々と頭を下げました。

 

「まずは急な来訪、申し訳なく思う。だが、しばらく忙しそうだったのでな。今日を逃せば次はいつ捕まえられるか分からなかった故……すまぬ」

「いえ、どうぞおかけ下さい」

 

 あはは……ごめんね、忙しくって……

 

「それで今日は一体、何の御用でしょうか? 先日の怪我のことでしたら……」

「いや、そうではなく……その、なんだ……相談に、乗って貰いたいのだ……」

「相談……ですか……?」

 

 一体何を話されるのかしら……

 

 それより個人的には、怪我の方が心配なんだけど。

 だって狛村隊長、現世で藍染にぶっ飛ばされて、四番隊(ウチ)の子の手当を受けて、そこから入院もせずに業務に戻っているんだもん。医者の診察も待たずに勝手に退院してるんだもん。

 

 だからほら見て、頬が少し()けているでしょ? 多分だけど、傷の影響が体調に現れているのよ。

 

『(頬が……?? わ、分からぬ! 拙者にはよくわからんでござるよ!! 藍俚(あいり)殿はどうして一目で見抜けるでござるか!?)』

 

「うむ、その……東仙のことでな」

「……なるほど」

 

 少しだけ顔を背け、やっとの思いで口から出てきた名前。

 それを聞いただけで、なんとなくですが察せました。

 

「湯川隊長は知らぬやもしれんが……」

「いえ、お気遣い無く。私も知っていますよ。といっても、録画した映像を見た程度ですが」

「そうか……ならば話は早いな……」

 

 ちょっと前にも言いましたが、鏡花水月の完全催眠対策のアレです。

 撮影者が気を利かせてくれたおかげで、録画された映像にはバラガンやスターク戦、そして勿論狛村隊長のシーンもありと多岐に渡っています。

 私も一通りは目を通しました。

 

 ちなみにこれらの映像、凄すぎるので「編集して売り出せば一儲けできそう」とか「霊術院の教育資料に使えそう」みたいなことが、水面下で画策されていたりします。

 

「儂は……儂はあの時、東仙とわかり合うことが出来たのだろうか……? いや、出来たはずなのだ! それは疑ってはおらぬ!!」

 

 あのシーンのことですね。

 ……そういえば狛村隊長! なんであの時、私を引き合いに出したんですか!? 東仙の刀剣解放(レスレクシオン)だって、かなりの力でしたよ!!

 あ、でも確かに。ぶっつけ本番だったのは、ちょっと"らしく"なかったわね。

 

「なればこそ、藍染の行動が許せぬのだ……藍染の行動を、東仙は受け入れていた。慈悲と言っておった……儂にはそれが分からぬ!!」

 

 ドン! と力強く、目の前のテーブルを狛村隊長が叩きました。

 ヒ、ヒビが……ヒビが入ってる……後で発注しなきゃ……

 

「何故だ! わかり合うことが出来たのならば、なぜ儂と共にやり直そうとはしてくれなかったのだ! なぜ藍染の与えた死を受け入れられたのだ!!」

「…………」

 

 悲痛な叫びを、私はただ黙って聞き続けます。

 

「……藍染は、あの男は……自らの部下をも手に掛けたのだぞ……それを! それをどうして受け入れられるのだ……!! 儂が……儂が間違っておったのだろうか……あの日から、儂はずっと……ずっと悩んでおる……だが、どれだけ考えても答えには辿り着けぬ……儂は一体……どうすれば良かったのだろうか……?」

 

 お、重い……相談内容が予想通りに重かったわ……

 

『狛村殿は真面目でござるなぁ』

 

 でもそこが狛村隊長の良いところでもあるんだから。

 

『それで藍俚(あいり)殿、どうお答えを?』

 

 うーん……これ、多分だけどサバイバーズギルトの症状……よね?

 

『サイバー・ギルド……でござるか?? ……あっ! ひょっとして!! エロサイトに入る時にいつまで経っても広告に飛ばされてしまうアレ対策の組織の名前が!?』

 

 そんなわけないでしょ!

 サイバーじゃなくて、サバイバー! Suivivor's(サバイバーズ) Guilt(ギルト)

 生存者の罪悪感って意味の言葉なの!!

 

 要するに、戦争とか災害に遭って奇跡的に生還した人が「周囲の人は死んだのに自分だけ助かってしまった……」って罪悪感を感じる事なんだけどね。

 

『それが何か?』

 

 このケースって「自分は他人を犠牲に助かったんじゃないか?」とか「あの時に自分はもっと他の人を助けられたんじゃないか?」みたいな自責の念で、潰れちゃうのよ。

 

『ああ、なるほど……言われればまさにソレでござるな!!』

 

 生き残ったのは恥だ。なんでお前も一緒に死ななかったんだ――そんな同調圧力、昔から良くあったからね。

 性格以外にその辺の社会性も加わって、個人に悪影響を及ぼしちゃうのよ。

 不眠とか鬱とか心的外傷後ストレス障害(PTSD)とかは、その典型的な症状ね。

 

 ましてや真面目な狛村隊長だと、思い詰めて最悪の方向に走ったとしても――

 

「同じ立場に立てば、少しは理解できるのだろうか……? 湯川隊長、(ホロウ)化とはどのようにすれば……」

 

 ――あっ! 進行が想像以上に早い!!

 

「落ち着いて下さい。それは最悪ですから、まずは落ち着いて」

「う、うむ……」

 

 危なかったわ……

 とりあえず落ち着いて貰ったけれど……さて、なんて答えれば良いの……

 うーん……この問題、未来ではどうやって解決したのかしら……けどもう頼れないんだし、私が自分でなんとかするしかない、わよね……

 

「まずその、東仙が死神を裏切った理由は一体何だったんでしょうか?」

「わからぬ……東仙は、彼奴は何も教えてはくれなかった」

「御自分で調べたりは?」

「無論、調べた! だが手掛かりは何も……いや待て!!」

 

 そこまで叫んだところで、ハッと何かを思い出したように口元を押さえました。

 

「東仙は最後に――()……う……――ハッキリとは聞こえんかったが、確かにそう言っていた……」

「となるとそれが、糸口になりそうですね。人の名前? それとも何か物事や事件の名前かしら……」

 

 か、う……ねぇ……途切れているから分かりにくいけれど、かきょう? かしょう? かりょう? かろう?

 どれもピンと来ない、と思うんだけど……ねぇ射干玉は何か知ってる?

 

『せ、拙者は知らないでござるよ!!』

 

 ……怪しい……

 

「ともあれ、その名前は調べておきましょう」

「うむ。儂の方でも心当たりが無いか、探ってみよう」

 

 納得したように頷きましたが……狛村隊長、調査とか苦手そう……

 

「それともう一つ。東仙への慈悲というのは、わからなくはないです」

「何!? それは一体……!!」

 

 あぁ、またテーブルが……すごい嫌な音が……ミシミシどころかバキッって……

 

「狛村隊長を初めとした死神を裏切ってでも、成し遂げたい"何か"があった。その何かを成し遂げる前にもう一度死神と手を取り合うのを、彼は許せなかったんだと思います。隊長時代、正義について自他共に厳しかった人ですから」

「なるほど……そう言われれば……」

 

 私の意見を聞くと、顎に手を当てながらブツブツと考え始めました。

 

「藍染が言っていた慈悲、アレはいわゆる介錯のような物と考えれば……儂と再び手を取り合うことは、東仙にとって苦痛……だったのか……? 一時的な物でしかなく、やがて覚悟と正義との狭間で苦しませることになるだけ、だったと……?」

 

 あ、また思考がマイナスの方向に進んでる。

 

「ならば、儂のしたことは……」

「余計なこと、ではなかったと思いますよ」

 

 なので言葉を勝手に引き継ぎます。

 

「結果としてはそうでも、あの瞬間だけは間違いなくわかり合えていた――私の目にはそう見えました。藍染と出会う前に狛村隊長と出会っていたら、あるいは東仙にもう少しだけ柔軟さがあったのなら、また違った結果になったのかもしれません」

「む……だがそれは……!」

「誰も悪くはない。あえて言うなら、機会が悪かっただけです。だから狛村隊長も、あまり思い詰めすぎないでください。狛村隊長が忘れない限り、東仙が貫こうとしていた正義は消えることもないと思います。だから、ゆっくりと……」

 

 そう告げれば眉間の皺がさらに深くなり、表情がさらに険しい物になりました。

 せ、説得失敗しちゃった……!?

 

「いや、違う……! 違うのだ! 確かに、機会も悪かったのだろう!! だが儂らは"東仙が死神を裏切る決意をした何か"について、何も知らぬ! 故にその結論を出すのはいささか早すぎるのだ!!」

「ええ、ですから……」

「すまぬな湯川隊長……その言葉、儂を気遣ってくれたのであろう? だが儂は東仙の最期を看取った者として、彼奴の苦しみを取り除いてやりたいのだ!!」

 

 あらら、そっちに行っちゃったかぁ……

 

『元気になったのですから、良いことなのでは?』

 

 そうなんだけど、同時に死者の意思に縛られている状態とも言えるのよ。

 悪い状態とは言い切れないんだけど……

 

「こうしてはおられぬ! 東仙の無念、その根本を突き止め、儂が果たさねばならぬ!」

「待ってください! もしも……もしもですよ? その原因を知って、取り除く為には死神を裏切らなければならないとしたら……狛村隊長はどうしますか?」

「む……!? そうだな……」

「それ以前に、その原因を突き止められない可能性だってあります。狛村隊長が無為に苦しむような事は東仙も望まないと――」

「そうなった時には、また湯川隊長に相談させてもらうとしよう」

「……っ!!」

 

 うわ、うわあぁ……!! 突然そんなイケメンなセリフはズルいですって!!

 私今顔が真っ赤になってる自覚があるもの!!

 

「お主ならば、儂を止めてくれるだろう? こう見えても、信頼しておるのだ」

「わ、わかりました……どれだけご期待に応えられるかはわかりませんが……」

 

 うう……表情を見られないように俯きながら返事をするのが精一杯です……

 なんでこうなっちゃったの?

 

『やはり藍俚(あいり)殿はチョロいでござるな!! さらっと協力を約束しているでござるからして……クソチョロでござるよ!!』

 

「では、失礼する。やることが山積みだということが、改めて分かったのでな……それと、机は申し訳ない。代金は儂に直接請求してくれ」

 

『おお! 去り際に弁償すると告げる辺りも好感度がアップっぷでござるな!! 笑うと負けてしまいそうでござる!! しかも自腹を切るとサラッと言っている辺りも倍率ドンでござる!!』

 

 本当にね……

 

 ああもうっ!

 少しだけ、顔の火照りが冷めるまでの間だけ、ココで休んでいきましょう!!

 

 しばらく狛村隊長はお腹いっぱいだわ……

 

『ですが、この件はこれで終わらないのでござるよ』

 

 ……え、ウソ!! まだ続くの!?

 




(この相談してる場面、某人は映像を見ながら腹抱えて笑ってそう)
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