――以下の者を四番隊・第二十席に任命する。
――湯川 藍俚
……え?
書面に書かれた文字を見て、私は思わず絶句しました。
ゴシゴシと目を擦り、自分のほっぺたを抓ります。
「……痛い」
どうやら夢じゃないようですね。
「席官……昇格……? 本当に!?」
「先輩、おめでとうございます!」
今日もお仕事頑張るぞ! とばかりに四番隊に来たところ、上司から書類を手渡されました。
何事かと思って見てみれば前述の通り、席官に昇格したという書類です。
霊術院を卒業し、四番隊に配属されてから大体百年とちょっと。
やっと平隊士から卒業です。
傍にいた同僚――立場は同じでも年齢は私の方がずっと上ですが――も私が手にした書類を見て、祝ってくれました。
「えっ!? 本当に!?」
「湯川先輩が席官ですか!! おめでとうございます!!」
周りには他の同僚たちもおり、席官昇格の話し声が聞こえたのでしょう。全員がワイワイとお祝いの言葉を投げかけてくれます。
まあ、みんなもホッとしたんだと思いますよ。
だって私、百年間ずっと平隊士だったんですもの。年下の上司が次々に出来ていくんですよ?
年上の部下に命令するのって、意外とやりにくかったと思います。
「皆さん、ありがとうございます。本格的に席官として扱われるようになるのは正式に辞令が下りる一ヶ月後ですが、どうかよろしくお願いします」
まるで所信表明かなにかのような言葉を口にして深々とお辞儀をすると、周囲の隊士たちがワァッと湧き上がりました。
……けれど私、まだ始解も出来ないんだけど席官になって大丈夫なのかしら……?
まあ、先日ようやく斬魄刀と話が出来るようになって、霊力も成長したのだけれど。
というか、百年以上掛けてようやく二十席というのも、出世としては相当遅いわよねぇ……早い人は二十年くらい。遅くても五十年くらいが平均みたいだから。
それが私の場合は、百年以上使っても二十席――席官の中でも一番下の下っ端です。
やっぱり私、才能ないのね……漫画で言うところの、名前も無いまま敵の大技で有象無象と一緒に吹き飛ばされるモブ程度の実力しかまだないんでしょうね……
……と、悔やんでいても仕方ないわよね! 目指せ、次は名のあるモブ!!
そのためにもやるべき事をやらないと! 今の私が真っ先にやるべき事は……
「すみません、明日か明後日にでも半休を取りたいんですが!」
周囲の喧騒が止んだのを見計らい、上司にそう告げました。
――七番区・人別録管理局
「番号札七十五番でお待ちの方ーっ!! 三番窓口までお越し下さい!!」
「こちらの書類、不備がありますのでもう一度提出をお願いします」
「……ああ、その用件でしたらこちらではなく、二階の窓口です」
凄まじい喧騒と熱気に包まれています。
大勢の人が並び、自分の順番を今か今かと待ち続けている人もいれば、近くの台で書類の手直しをしている人もいます。
なにしろここは、瀞霊廷内に住む人の情報管理の為の場所ですから。市役所とか区役所みたいなものですね。
瀞霊廷内に住んでいる人全体を対象とした情報の管理局。
となれば、この混んでいる様子も当然です。
貴族も死神も商人も職人も、この場においては差はありません。みんな順番が来るまで待って書類を提出するのです。
私も霊術院生になった頃や死神になった頃に、こちらにお世話になりました。
……しかし、今回で三度目。それも毎回朝早くに来ているのに、なんでこんなに混んでいるのでしょうか?
もう日が昇る前に来ないと駄目なの? この混雑は回避できないの??
「すみません、護廷十三隊の隊士の役職変更の届け出を出したいのですが、どこに並べばよいのでしょうか?」
「はい、それでしたら――……」
混雑回避を早々に諦めながら、近くにいた案内係に目的と窓口の場所を聞くと、番号札を取ってそちらに並びます。
……うーん……並んでいる人、いっぱいいますねぇ……
ここにいる人たちは皆、何らかの届け出の為に待っています。
例えば結婚・離婚・養子縁組・引っ越し……等々。先程も言いましたが、何らかの登録情報が変わると必ずここへ来て手続きをしなければなりません。
だから待ち時間が桁外れに多いこと多いこと……
こうなると分かっているからこそ、上司もすぐに半休の許可を出してくれました。
昼休みや業務終了後にちょっと寄って書類だけ提出して終わり、というわけにはいかないのです。
分かっているけれど、言わせて下さい。
お役所仕事なんて大嫌い!!
――四番区・護廷隊士録管理局
「こっちは本当に、空いてるわよねぇ……」
朝一番――実際は二番だったのかもしれない――に並んだ人別録管理局の用事を済ませると、その足で次の書類提出場所へとやってきました。
先程の場所と同じような造り、業務自体も同じような物ですが、人が格段に少ない。
仕方ありませんよね。
あっちは"瀞霊廷に住んでいる全員が対象"なのに、こっちは"護廷十三隊の死神全員だけが対象"なのですから。
受け持つ人数が違いすぎます。
加えてここに来るのは、大抵が非番や休みを取った死神ばかり。
なのでいつ行っても比較的空いています。待っても二、三人と言うところですね。
私もここに来たのは、四番隊への配属時の書類提出以来です。
「すみません、役職変更の――……」
ああ、簡単に手続き完了するのって素敵。
――六番区・高次霊位管理局
こっちはもっと空いています。
先程の場所は"全死神が対象"だったのに対して、こっちは"席官の死神が対象"なので、該当人数は一気に減ります。
なので訪れる人も少なければ待ち時間も皆無に等しいという。
扱っている業務は前二つと殆ど同じなのに、なんでこうも差があるんでしょうか?
担当者も暇そうにしてました。
その割には建物は人別録管理局よりもずっと綺麗なんですよね。
………………
…………
……
え? 書類はどうしたって? もう受理されましたよ。
だから言ったじゃないですか。空いてて待ち時間なんて皆無に等しいって。
こんなところ初めて来ましたよ。
さて、空を見上げればお日様の位置から考えて……お昼が終わる頃かしらね?
四番隊に行って仕事しましょう。
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「患部……ここね、縫合します。薬品は足りてますか!? あ、そっちは処置が終わりました! 霊圧治療を開始してください!」
「はい!」
「包帯巻き終わりました!」
「どれどれ……問題ないみたいね。この人は施術完了! 残りの処置をお願いするわ!」
「わかりました!」
席官になったことで、やることや権限や仕事が一気に増えました。
平隊士の指揮を取ったり指導したりも仕事ですから。
その分だけ責任も増えました。
責任が増えたと言うことで現在は手術の真っ最中です。
四番隊で治療といえば、基本的には回道を用いた治療――霊圧治療のことを言います。
大前提として、大雑把に行ってしまえば死神なんて霊力の塊なんですから、外部から霊圧を注ぎ込んでやれば勝手に回復します。
人間だって怪我をしても、そのうち自分で回復しますよね? でも大きな怪我だとそれは無理。自力で治るよりも先に出血死してしまう。
死神もそれと同じです。
怪我をするとその部分から霊力が減ってしまうので、回道を使って霊力を注ぎ込んでやります。
霊力が回復すれば身体が勝手に内部霊圧で怪我を治そうとするので、そこへ更に回道による外部霊圧で肉体を回復させる。
ところが、この霊圧治療で間に合わないような大怪我をする場合もあります。
その場合には霊子縫合という、怪我を縫い合わせる技術が必要になります。縫合して霊力が漏れるのを防いでやる。
穴の開いたバケツには、水を注ぐ前にまず穴を塞ぐ――当然の理屈です。
なので"怪我しても回復魔法で一発で治ります"みたいにはいかないわけです。
手術もすれば麻酔も使う、気付けに強い薬を使う。と、医術は発達してます。外科も内科も一通り出来るようにさせられます。
霊術院時代から、血とか内臓とか度々目にしていました。
四番隊に入ってからはこういう実践的な施術も行うようになりました。
新人の頃は看護師みたいに先輩たちの手助けをして、ある程度成長すると執刀も担当するようになって……
血や内臓を見て貧血を起こしていた頃が、懐かしい……もう遠い昔の頃の話よね……
「……よし、これで全員施術完了! お疲れ様!」
「「「お疲れ様でした!」」」
野戦病院さながらの施術が全て終了しました。
執刀を担当しつつ全員の指揮も取って、本当に大変でしたよ。
いえ、ちょっと語弊がありますね。
「終わりました。まだ術後の経過観察は必要ですが、全員一命は取り留めましたよ」
「すまぬ、ありがとう」
こちら、十番隊の席官さんです。
流魂街某所にて大量の
当然、怪我人の治療のためですよ。
怪我人は戦場にいるわけですから。病院に来る患者の治療以外に、直接助けに行くこともします。なにより「任務で怪我したので四番隊の隊舎まで来て下さい」じゃ治せる傷も治せませんから。
現場には
外で手術とか雑菌が恐いですがそこはそれ、そうしないと命はありませんでしたからね。
だから、野戦病院なのです。
私の報告に、席官さんはお礼を言ってくれました。
彼自身も何カ所も傷を負っており、治療が必要なのですが「部下たちを先に頼む」の一点張りでして、自分よりも部下の命を優先させた上司の鏡みたいな人でした。
……名前は知らないんですけどね。
「ちょっと! まだ動いちゃ駄目ですよ!!」
「うるせぇ! この程度の怪我、なんてことねぇよ!!」
と思っていると、向こうの方から怒鳴るような声が聞こえてきました。
「……私が行って来て良いですか?」
「申し訳ありません。本来なら私の役目なのですが……」
「お気になさらずに。ちょっとお灸を据えてきます」
ばつが悪そうにしている席官さんにそう言うと、現場へと向かいます。
よくいるんですよ、こう言う輩が。
俺は元気だから入院は必要ねぇ、とか、この程度の怪我なんてことはない、とか。
こっちの言うことを聞かない、自分の怪我を甘く見た挙げ句、四番隊だからってだけで下に見る他隊の隊士。
こういうのを諫めるのも、上司の仕事です。
本当ならあの席官さんの仕事なのですが、彼も怪我してますし。
なにより、了承はとりましたから。
「ちょっと」
「あぁん、なんだテメェ……っ!?!?」
「怪我人は大人しくしててくださいね」
思いっっっっ切り想いを込めながら、お願いします。
そう、想いと言う言葉に「殺気」と「霊圧」というルビが振られるくらいに力強く。
「は、はははははははいっ!! ごめんなさいっ!!」
気持ちが通じたようで、あっと言う間に素直になってくれました。
これ、卯ノ花隊長がやっていた事の真似です。隊長がやっていたのだから、間違いないです。医療関係者敵に回すと恐いですよ?
「助かりました、先輩」
「こういうのもお仕事だからね。気にしないで」
やっぱり席官は大変です。少しは上司らしいことが出来ているでしょうか?
あ、一応お給料も増えました。
ちょっとだけね。
●人別録管理局・護廷隊士録管理局・高次霊位管理局
小説 BLEACH WE DO knot ALWAYS LOVE YOU より抜粋。
お役所である。
そしてお役所が混むのはどこの世界でも変わらないのである。
さらに「貴族会議(中央一番区)」や「金印貴族会議(中央一番区)(これは四大貴族だけ)」という貴族用の役所もあるようです。
●笑顔で脅す
卯ノ花隊長も原作でやっていたので何も問題ありません。