「いよいよ明日に迫りましたが、心と身体の準備の方はよろしいでしょうか? 一番隊の隊士はもとより、護廷十三隊の全ての死神が元柳斎殿の快気を心から――」
「ええい! そのような取って付けた文など読まんで良いわ!」
「では次にこちら、中央四十六室からの見舞い文を……」
「いらぬ!!」
総隊長が苛立ちながら手を振り払うと、雀部副隊長が持っていた手紙が弾き飛ばされて病室内に散乱しました。
紙が大量に空を舞って綺麗だわ……なんて、思わず現実逃避しちゃう……
というか……掃除するのって最終的に
……まあ、気持ちは分かりますけどね。
入院してからまだ二日目だというのに、初日だけでもお見舞いの手紙やらお客様やらが途切れずに山ほど来ていたから……そりゃ、うんざりするわよね……
だから気持ちは分かる……分かるけれど、怒らないで! 血圧上がっちゃうから!!
「それよりも長次郎、業務の方は滞り無かろうな?」
「はっ、万事問題ありません」
「……まあ、お主と沖牙がおるのだ。心配するだけ無駄というものか」
さも当然のことのように「一切問題なし」と答える雀部副隊長の姿に、総隊長は指先で髭を撫でながら納得した様子で呟きました。
『大丈夫だ、問題ない――でござるよ』
またネタが古いわね!!
あとそれ、発言そのものが問題が起こるおっきなフラグだから止めて!! もうお腹いっぱいだから!! しばらく厄介ごとは要らない!! タダでさえ、あんなことがあったばっかりなんだから!!
「あの、お二人とも? 手術日も明日に迫っていますので、今日のところはそろそろ……」
「そうですね。申し訳ありません湯川隊長、元柳斎殿がご迷惑をお掛けして――」
「長次郎!!」
「ですから! 患者にそういう発言は止めてください!!」
ジト目で睨めば、さすがに遊びが過ぎたと理解してくれたのか。雀部副隊長は真剣な表情で頭を下げてきました。
「――確かに、そうですね。申し訳ありません。湯川隊長、明日の手術はどうか! どうかよろしくお願いします!!」
「ええ。万難を排し、万全を尽くさせていただきます」
続いて総隊長へと向き直ると、こちらにも深々と頭を下げます。
「元柳斎殿……万全な姿となって戻ってきてくださる日を、一日千秋の想いでお待ちしております」
「当然じゃ。担当はこの湯川じゃぞ? 何を心配する必要があるか。明後日には執務を再開してやるゆえ、しばし待っておれ」
「ははは、明後日ですか。となると退院祝いの準備を急がねばなりませんな。では、これにて」
うわぁ……総隊長からの信頼が凄いことになってる……
でも明後日は絶対に無理だから……
退室しようとする雀部副隊長の後を追い、彼へ耳打ちします。
「(当人はああ言っていますが、一週間近くは掛かりますので)」
「(やはりですか?)」
「(当然です。それと、一応新作のお菓子を何点か作っておいたので。帰りしなに、調理場に顔を出して味見をお願いします)」
「(ありがとうございます!!)」
最後の「ありがとうございます」が、今日一番良い声してたわね……
……あ、お菓子というのは雀部副隊長主催のお茶会に出すものです。昔、ちょっとした縁で提供するようになってから、今までずっと協力し続けています。
ちなみに新作は、現世から取り寄せた本を参考にしました。
やっぱり便利よね、YDM書籍販売。しっかり利用しちゃう。
『ですがお茶会の設定、殆ど生きておりませんな!!』
だってアレ、普通にお茶会しているだけなんだもの。
普通に「お茶美味しいね、お菓子美味しいね。このお茶、茶葉のブレンドが……」で終わっちゃうんだもの!
話に挟みにくいのよ!!
とまあ、そんなやりとりをしつつ雀部副隊長の見送り終えてから、総隊長の病室に戻ります。とりあえず、さっきの「明後日には復帰」の部分は誤解を解いておかないと。
「総隊長、雀部副隊長はお帰りになりました。それと明日の大事に備えて、もうこれ以上は見舞いの客や品物はすべて取り次がないようにします」
「うむ、そうしてくれ」
「それと、先ほど仰っていた『明後日には執務を再開』の件ですが、不可能です」
「……無理か?」
「主治医として、四番隊の隊長として、断言させて貰います。絶対に無理です」
「……お主ほどの腕前でもか?」
「絶対に無理です。なにしろ――」
「――喪失した腕の結合手術なんですから。
藍染との戦いにて、総隊長が片腕を失ったことはまだ記憶に新しいと思います。
現在、その腕の再生と結合手術のために総隊長は綜合救護詰所に入院しています。
本来ならあの時、
加えて、炭化させたとはいえ片腕を失っている訳ですから、腕をそのままにはしておけません。なので処置をして傷口を縫って塞ぎました。
ですが、その後。
色々と仕事があったことと、総隊長がさらに「儂のことは後で良い」と言って頑なに治療を受けようとしませんでしたので。
その結果伸びに伸びて、気づけば一ヶ月以上も経過してしまいました。
全部が終わって、
後回しにすればするほど、再生治療が難しくなっていくから……出来ればもっと早く決心して欲しかったのよね……総隊長ってば、なんでこんなに後回しにしたのやら……
一時的にでも自分が抜けると、屋台骨が揺らぐ――とか遠慮していたのかしらね……?
入院のスケジュールについてですが。
腕の再生培養と手術の準備のため、施術予定日の二日前に入院。
ですが、総隊長が入院したということで――前述もしましたが――見舞い客や見舞いの品物が後を絶ちませんでした。以前、朽木家の蒼純さんが時折入院することがありましたが、それを思い出すような賑わいっぷりです。
『VIP用の病室が大活躍してたアレでござるな』
アレはアレで大変だったわねぇ……
でも、ある意味では今回の方がよっぽど大変なのよね……だって総隊長の腕の治療なんだから……万が一にも失敗とかしたら……
なんだか、胃が痛くなってきた気がする……
「ままならぬ、ものじゃな……」
退院まで一週間ほど掛かると告げたところ、総隊長は遠い目で天井を見上げながら呟きました。
「何しろ日数が経ちすぎていますから。一度喪失して、処置をした腕をもう一度切開して繋げるだけでも大手術になるんですよ? 再生させた腕だって、下手をすると拒否反応が出るかもしれませんし……」
「じゃが、儂の腕なのじゃろう? 自分の腕を繋ぎなおすのに、何の不都合があろうか」
「それはそうなんですが……どんな問題が起こるかは不明ですので」
再度になりますが、総隊長の片腕は炭化して消失しています。
なので今回、残った体組織から射干玉の能力で複製の腕を作り出して、もう一度くっつけるという処置をするわけです。
もう一人の自分から、身体のパーツの一部を分けて貰うことになるので、拒否反応とかは出ない……はずなんですけど……ねぇ……
『おや
コイって
って、そうじゃなくて!
射干玉もちゃんと頑張って仕事をしてねってこと!!
『なんと!? 空鶴殿が腕を失ったときにも拙者! めっちゃ頑張ったでござるよ!! 他にも都殿とかチルッチ殿とか、拙者はめちゃめちゃやる気に満ちあふれていたでござる!!』
それは分かってるわよ!
でも今回、総隊長は怪我をしてから一ヶ月以上経過しているし……あと、総隊長って……男性でしょう?
これが女性だったら、射干玉の仕事を一切疑ったりしないんだけど……
『失礼な! 男性であっても仕事はちゃんとやるでござるよ!?』
それも知ってる。
でも女性相手の場合と男性相手の場合とで、やる気が違うのよね……
そこだけがちょっと心配なのよ。
どのみち、腕の複製を作った時点で射干玉の仕事はもう終わってるんだけどね。
総隊長が入院した初日に、身体から情報をコピーして射干玉の能力で作りました。今は培養槽の中でプカプカ浮かびながら、出番を待っていますよ。
「それと、再生した腕と同じくらい総隊長のお身体も心配なんです。この
「ああ、分かっておる。それについては今朝もお主に聞かされたわ」
説明の途中なのに、総隊長は強引に話を切り上げるとゴロリと俯せになりました。
まあ確かに、この話も三度目ですからねぇ……
「骨休めで湯治にでも来たと思って、大人しくしておくとするわい。ほれ湯川、暇なら腰でも揉んでくれぬか?」
「……はぁ、仕方ありませんね……他の業務もありますから、ちょっとだけですよ?」
総隊長ってば、私と顔を合わせると大体
嘆息しつつ死覇装の上から腰に手を当て、ぐっと力を込めてマッサージを始めます。
「ぬおっ……!! おお……おおおっ!!」
静かになった病室内に、しわがれたよがり声が響きました。
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明けて翌日、ついに手術日です。
関係者へ事前の通達はしていましたが、告知はしていません。ですがどこから聞きつけたのか、朝から綜合救護詰所の建物周辺に多くの隊士たちが押し寄せてきました。
皆さん、総隊長のことを心配しているのでしょうね。
手術室の中にまで、外の喧噪が聞こえて来そうなほどです。
「では、これより総隊長――山本元柳斎重國の左腕縫合手術を行います」
「「「「はいッ!!」」」」
執刀開始の宣言をすると、助手の子たちが力強く返事をしました。
ですがどうやら――医療用のマスクで目元以外は覆い隠されていて表情を完全に読み取ることは不可能ですが――雰囲気から察するに緊張している様子です。
「外には大勢が押し寄せてきているみたいだけど……気にせずに私たちは私たちの仕事を行うのに集中すること。いいわね? 特に伊江村三席、第一助手なんだからしっかりね」
「は、はイッ!」
緊張をほぐすために声を掛けたところ……うーん、返事は良いんだけど……声が裏返ってる……
大丈夫かしらねぇ……
……え? 助手は勇音じゃないのか? あの子、今日は外に集まってる隊士たちの応対に出てるわ。桃やイヅル君もね。
そもそも最初から、助手は伊江村三席の予定だったの。万が一にも、何か急患が来たときに隊長副隊長が揃って手を離せない様な状況は問題だもの。
「メス」
「……あ、はい!」
「グズグズしない!」
強い薬と鬼道とで総隊長は完全に意識を失っていますし、今くらいの躓きなんて問題にするほどでもありませんが。
でも手術が始まったんだから、ちゃんとやってね。
手伝いの看護師から受け取ったメスを手にして、総隊長の腕へ処置を施していきます。
「まずは
一度縫合して治療が済んだ腕。その腕の切断箇所をもう一度開けて、元の腕に再び繋ぐ。
軽く言っていますが、実際はかなり頭のおかしいことをやっています。
「おお……」
「さすがは隊長……」
「そういうのは良いから、腕の準備は?」
「出来てます!」
「じゃあ繋ぐわよ! まずは血管から。輸血の用意は?」
「問題ありません!」
「繋いだら確認を忘れないで! そっちのチェックは任せるわよ!?」
その後は神経、骨……皮膚……と順番に繋いでいって……
「施術、終了……問題は、なさそうね……お疲れ様」
「「「お疲れ様でした!」」」
朝一番で始めたんだけど、時間掛かった……
やっぱり、かなり無茶な手術だったわね。一緒にいた助手の子たちも汗塗れ。私もかなりクタクタだもの。
「それと誰か、外で待ってる子たちに知らせてきてあげて。手術は成功、後は術後の経過を見守るのみ――って」
「わかりました!!」
疲れているだろうに、看護師の子が笑顔で外に駆け出て行きました。
「……む?」
「覚醒も時間通りですか。凄いですね、総隊長……」
「湯川、か……?」
「あ、まだ身体を起こさないでください」
起き上がろうとした総隊長の肩を掴んで、無理矢理寝かしつけます。
今は手術が終わった翌日、総隊長からすれば意識を失ってから二十四時間後になります。
……確かに
一応、まさかと思って様子を見に来ておいて正解だったわ。
顔を見てたら急に目を開けるんだもの、ビックリしたわよ。
「安心してください、手術は成功しました。左腕の感覚はどうですか?」
「ふむ、どれ……おっ、おおっ!!」
身体は横たわったまま、けれども総隊長の左手――その指先がピクピクと動いています。
「動く、動くぞ!!」
反応があることに気を良くしたのでしょう。
おっかなビックリだったその動きは次第に大胆になり、やがてゆっくりと手を握ったり開いたりするようにまでなりました。
「問題、なさそうですね。あとは、ゆっくりと慣らしていくだけです」
「ゆっくり、か?」
「はい、そうです。お忘れですか? 昨日までの約一ヶ月、ずっと片腕がない生活をしていたんですよ?」
なんでこう、すぐに動きたがるんでしょうか?
縫合部分は回道も併用したから問題はないはずだけど、でも繋がったばっかりなのよ?
「わかっておる。昨日、いや一昨日か? お主に言われた通り、一週間は休んでおくわい」
「そうしてください」
「じゃが一週間後、隊首会を開くぞ」
……は?
「隊首会、ですか? それも総隊長が退院後、すぐに……?」
「そうじゃ」
出来ればそれも止めて欲しいんですけど……
そう告げようとしましたが、総隊長の口から聞き逃せない単語が出てきました。
「お主も多少は聞き及んでおるじゃろう? 十三番隊の志波から報告のあった……」
「……ああ、そのことですか……」
「うむ。今までは
海燕さんが一心さんから聞かされたという話ですね。
「今までは目下、藍染の対応に追われていたわけじゃが、それも片付いた。ならば次は、
ゆーはばっは……? って、誰でしょうか……
口ぶりから、きっとそれがボスの名前なんでしょう。
「じゃが安心せい。千年前、儂は彼奴を打ち倒しておる。再び来たところで、何の問題もない」
……え?
なんだか嫌な言葉が頭の中で再生されました。
大丈夫だ、問題ない……って……
「ましてやお主のおかげで、失ったはずの左腕も甦った。五体満足である今ならば、仮に万の軍勢で攻め込まれようとも
やる気が漲ったのか、左腕がグッと力強く拳を握りました。
……握ったんですけど……
『フラグが! でっかいフラグが立った音が聞こえたでござるよ!!』
あ、やっぱりそうよね! 絶対にそうよね!!
……うわぁ、大丈夫かしら……
私は心の中で頭を抱えながら、隊首会までの日を過ごすことになりました。
●腕の治療
空鶴だと、即座に治療。治療直後に振り回せるくらい完璧。
総隊長だと、事前に腕を作り出して、その腕を繋ぐ。その後一週間くらい安静が必要。
これが、やる気の差。
●両腕が健在ってことは、山爺はユーハ陛下に勝つの?
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