お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第28話 四番隊の普通の一日

 一見すると平和に見える尸魂界(ソウルソサエティ)ですが、色々と事件は起きます。そして事件が起きると、四番隊は駆り出されます。

 

 訓練をしすぎて倒れた新人隊士が綜合救護詰所に担ぎ込まれる、なんていうのは良く有る話、かなり優しい話でして。

 流魂街で(ホロウ)が出たので退治に行ったら、怪我したので治してくれ。というのも良く有る話です。

 前にもあったような、他の部隊が出発したので応援に行ってくれ。というのもままあります。

 死神って危険なお仕事ですからね。

 

 乱暴な話となると――ときどき、本当にときどきですが――権力争いに破れた貴族が反乱を起こして、その鎮圧に護廷十三隊の死神が借り出される。

 なんてこともあります。

 当然、四番隊も現場に行って治療やら食事の用意やら死覇装の縫製やらで活躍します。

 

 何かにつけて忙しい四番隊ですが、楽しいこともあります。

 

 基本的に入院患者は精神的に弱っていることが多いので、簡単な話し相手を務めることがあります。

 こっちもお仕事ですし親切に対応していると、結構ほだされることが多いですね。そのおかげか、ポロッとこう――機密なお話なんかも聞けたりします。

 人の口に戸は立てられぬとは良く言った物ですね。まあ、言いふらしたりはしませんが。

 

 それとは逆に、無力感に打ちのめされることもよくあります。

 

 怪我人の救護・治療は誰しもが当然必死で行いますが、それでも限界はあって。全ての人を助けたいと願うのは、今の自分ではまだまだ夢物語でしかなくて――

 

「はぁ……」

 

 ――私はそっとリボンに指を這わせます。

 

 頭では分かっていたつもり、覚悟していたつもりなのですが……もう彼女の顔を見ることが出来ないと思うと……

 

 いえ、もうこの話はこれ以上は思い出したくもありません。気に病んでも、失われた時は戻ってきません。

 お仕事に戻らないと!

 

「あ、湯川さん。丁度良かった、少しだけ頼めるかしら?」

「はい、なんですか?」

 

 先輩に声を掛けられました。

 この人、第十一席で自分よりもずっと上司なんですけどね。でも四番隊は役職の上下関係にそこまで拘らない風潮なのです。拘ってられないとも言います。

 

「この患者さんなんだけれど、お願いしてもいいかしら? 私ちょっと、別の人も見ないといけなくって手が離せないのよ」

 

 そう言いながら診療簿(カルテ)を手渡してきました。

 お願いして良いかしら? と聞いていますが、押しつけに近いですね。まあ、断る理由もありませんし。

 

「勿論、構いませんよ」

「それじゃあお願いするわね。今は、一〇五号室にいるから」

「わかりました」

 

 流れから察するに、上級貴族の隊士でも来たんですかね?

 とあれ、こちらの方の診療をしましょうか。どれどれ――

 

「……え?」

 

 ――診療簿(カルテ)に書かれた患者の名前を見て、思わず絶句しました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「失礼します」

「はい、どーぞ」

「お、おい。一応患者は俺……ゴホッゴホッ!!」

 

 病室に入ろうと声を掛けると、私が予想していたのとは違う――けれど想定の範囲内ではあった――声が聞こえ、続いて予想していた声が咳き込んでいました。

 

「失礼します」

「あっれぇ? 診てくれるのって、いつもの()じゃないの?」

「いえ、別件があるということだったので。代わりに担当を引き継ぐことになりました。第二十席の湯川 藍俚(あいり)と言います」

 

 病室にいたのは二人の死神。

 

 一人は如何にも遊び人然とした風体の男です。

 先程の入室許可も、担当が変わったのかという疑問も口にしたのもこっちですね。端々から飄々とした態度が感じさせられますが、ときおり放つ気配はまるで真剣を突き付けられたように鋭いです。

 

 そしてもう一人、白髪の男性。

 こちらは如何にも生真面目で責任感が強そうな風体なのですが、今は病によるものか大分弱ってみえます。

 いえ、弱っていてもなお目を引く容貌とでもいうべきでしょうかね?

 

「それでは、浮竹(うきたけ) 十四郎(じゅうしろう)三席の治療を始めさせていただきます」

 

 そうです。

 病室にいたのは――私の知っている知識では後の十三番隊隊長――浮竹さんでした。

 驚きましたよ、診療簿の名前を見たときは。

 この頃から十三番隊所属だったのですね。そして、今の時点で三席というのも相当優秀ですよね。

 浮竹さんが死神になったのは私と同じくらいの頃。なのにもう三席、片や私は二十席になったばかり……

 これが成長速度の差……才能の差かぁ……

 そして浮竹さんがいるということは、隣にいるのは――

 

 そんなことを心の中で思いつつ、治療を始めます。

 診療簿(カルテ)には肺病と書かれています。そして回道による治療で問題ないとも書かれていますので。

 まずは胸部に対し弱い霊圧を照射して内側を探り、患部を特定します。

 場所がわかればそこへ向けてゆっくりと、けれども丁寧に正確に回道による治癒を施していきます。

 

「……ふぅ、いかがでしょう?」

 

 おおよそ三十分も回道を続けたでしょうか?

 容態が問題ないラインまで回復したのを見計らい、手を止めます。

 

「まだどこか痛むところや、苦しい部分はありますか?」

「ん……? ああ、ありがとう。すっかりよくなったよ」

 

 調子良さそうに微笑む浮竹さん。

 よかった。顔色もかなり明るくなっていましたからね。なんとか治療は成功というところでしょうか。

 

 しかし治療していて気付きましたが、浮竹さんが内在させている霊力は飛び抜けていますね。下手な隊長顔負けなくらい強烈ですよ。

 それだけにこの病がなんとも残念です。完治させられれば良いんですけれど、これは……

 

「ですが、診療簿によるとこの病は体質と先天的な物、とのことなので……完治は……申し訳ありません」

「いやぁ、気にせんで下さいよ」

 

 返事をしたのは浮竹さんではなく、隣の男でした――いや、多分間違いないのですが。一応初対面の体を装って尋ねておきましょうか。

 

「あの、失礼ですけどあなたは? 付き添いの方でしょうか?」

(ぼか)ぁ、八番隊の京楽(きょうらく) 春水(しゅんすい)。よろしくね」

 

 やはり、という他ありませんね。後の八番隊隊長、京楽さんです。

 

「八番隊……ですか? それがどうして?」

「隊は違うけど、浮竹とは親友だからねぇ。付き添いだよ。それにこうやってサボる口実にもなることだし」

「京楽、お前も四席なんだからもう少し――……」

 

 やれやれ、といった様子で浮竹さんが嗜めますが……そんなことよりも。

 四席!! この時点で四席ですか!?

 京楽さんは浮竹さんと同期だったはずです……

 つまり、やっぱり私と同じ頃に死神に……

 

 これが……才能の差……天才はこれだから!!

 

「まあまあ浮竹、いいじゃないの。おかげでこんな可愛い子と知り合えたんだからさ」

「……え?」

藍俚(あいり)ちゃん、だっけ? 何度も四番隊隊舎内ではすれ違ってたんだけどさ。こうしてお話するのは初めてだよね? 今度一緒にお酒でもどう?」

 

 肩に手を掛けられて……あれ、まさか私、口説かれてます?

 あ、チラッと胸を見られた。

 

「申し訳ありませんが、まだ就業中ですので。そういった個人的な話はご遠慮ください」

「あらら、残念。振られちゃったよ」

 

 なんとか失礼の無いようにスッと席を立つと、京楽さんはそれ以上何をするでもなく引き下がりました。

 からかわれていただけ、なんですかねぇ……?

 

「浮竹三席の薬を取ってきますから、少々お待ちください」

「はいはい、よろしくね」

 

 そのまま逃げるようにして外へ。

 

 ……あれ? 今気付いたんだけど、私が院生だった頃の出来の良い後輩ってもしかして……!?

 

 

 

 

 

「ねえ、浮竹。正直に言ってくれないか? ……彼女の治療、どうだった?」

 

 藍俚(あいり)が退室し、完全に離れたのを見計らい京楽はそう口にする。

 

「どう……って、腕は良いよ」

「やっぱりかい? まあ、浮竹の顔色を見ていれば僕にもそれはよく分かったよ」

 

 回道を施した途端、スーッと苦痛が引いて楽になっていく。

 それまでの苦しみの表情が一瞬にして驚きに変わったそれは、傍で見ていた京楽もよく分かっていた。

 彼がこうして浮竹の付き添い――という名のサボりも兼ねているが――で四番隊に来るのは一度や二度ではない。

 そして当然、浮竹の治療に付き合ったのも。

 

「最初に二十席だって聞いた時はどうなるかと思ったけれど、取り越し苦労だった……いんや、むしろ幸運だったのかもしれないね」

「……京楽」

「今まで診て貰ってた()よりもずっと腕が良い……違うかな?」

「…………」

 

 性格上、口にすることなく腹の中に飲み込んだ浮竹の感想を代弁するかのように、京楽はそう口にする。

 そして、その言葉には否定も肯定されず、沈黙だけが返ってきた。

 だがその沈黙は誰の耳にも、京楽の言葉を肯定しているとしか思えなかった。

 

「まあそう深く考えることはないよ。そうだ、次から彼女を指名するっていうのはどうだい? 指名料込みでさ」

「まあ……その言い方はともかくとしてだ。意見については俺も検討しておくよ」

「それが良いと思うよ、どーんと頼っちゃいなって。年上の女房は金の草鞋をなんたらって言うじゃない?」

「……え!! 年上!? そ、そうなのかい!?」

「なんだ、気付かなかったの? 僕たちが霊術院にいた頃の先輩だよ、彼女は。浮竹も見たことくらいはあるはずだけど」

 

 霊術院の同級生男子であればその名を知らぬ者がいないくらいには、藍俚(あいり)は色々と目立っていた。

 まあその理由は背丈の高さであったり胸の大きさであったりと、成績優秀だから名が知れていたわけではなく、別方面――特に男性死神の下世話な方で有名だったのである。

 故に性格的な面もあって京楽はよく知っていて、浮竹は言われるまで気付かなかったのだが。

 

「ああ……思い出したよ。そう言えばいたね、彼女」

 

 並の男性よりもずっと上背のある彼女の存在は、簡単には忘れられない。少なくとも言われればすぐに思い出せるくらいには。

 

「そう、それじゃあ霊術院時代の彼女の容姿って思い出せるかい? 仲の良い二人の女の子とよく一緒にいたんだけれど」

「容姿……? いや、悪いがそこまでは……」

「美人だったよ、彼女。今と全く変わらない(・・・・・・・・・)くらいに」

「……っ!? それは、本当かい!?」

 

 死神といえども、決して不老不死というわけではない。

 誰しもがいずれは老いていき、やがて死ぬ。が、その時間は万人に平等ではない。

 

 簡単に言ってしまえば、各個人の持つ霊力が成長している間は老いも緩やかになる。

 なかなか老いずにいるというのは、伸びしろがあるということの証明でもある。

 そしてこの伸びしろは――生まれ持っての素養というのも大きいが――訓練で伸ばすこともできる。

 

 浮竹と京楽が霊術院を卒業してから百と余年。

 その間、彼らも少しずつではあるが容姿が成長しているというのに、藍俚(あいり)だけは記憶の中の姿と変わらない。

 

「……まあ、今は良い医者と知り合えた。くらいの認識でいいんじゃないの?」

「ああ……」

 

 そんな相手が二十席になったばかりとなれば、そこに果たしてどのような理由があるのか。二人の疑問は尽きることはなかった。

 




●死神の老い
こんな感じだと思っています。
早い話が見た目の成長が遅い奴ほど強い。
エビだって塩分濃度が高い水槽で養殖すると成長が遅くなるけれど美味しくなるっていいますし。

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