お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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今回、無駄に長いです。
面倒なら後書きだけ見てください。



第279話 下心を君に

「そんなはずない……そんなはずは、ない……!!」

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)内部、専用に用意された個室の中で、彼女――ロリ・アイヴァーンは同じ映像を何度も何度も繰り返し繰り返し眺め続けていた。

 薄ぼんやりとした明かりだけが灯る室内に、ロリが持つ映像再生機器から放たれる映像の光が彼女の顔をゆらりと照らす。

 

「そんなはず、ない……そんなはず無いのよ……!!」

 

 映像再生機器に映し出されているのは藍染惣右介――彼女が主と慕い仕えていた男の姿だった。

 

 藍染が現世の空座町へと侵攻した際、死神たちはこれを迎撃するために出撃。結果、空座町上空――厳密にはそこは、死神たちが用意したニセの街だったが――にて両者は激突することとなる。

 その際、藍染の持つ完全催眠の能力への対抗の一助として、映像機器を利用した遠隔からの監視と指示というが実施された。

 これにより、現世での藍染の行動は全て録画・保存されることとなった。

 

 ロリが見ているのはまさにそのときの映像。

 湯川藍俚(あいり)が、映像再生機器にて虚圏(ウェコムンド)へと持ち込んだ映像。

 

 藍染惣右介が現世にて、自らの部下たちを切り捨てた場面の映像であった。

 

「どこかに、どこかに加工の痕跡くらいあるはず……そうよ、そうでなきゃ……」

 

 その映像は、藍染が現世へとやってきてから穿界門(せんかいもん)を開いて尸魂界(ソウルソサエティ)へと移動するまで。

 まさに一部始終と呼べるものだ。

 

 その映像をつぶさに見直しながら、ロリは映像のどこかにおかしな点が無いかを探す。

 何度も何度も、呪詛のように独り言を繰り返しながら、探し続ける。

 だってそうだろう。

 

 そうでなければ――

 

「二人とも、気にくわないけど十刃(エスパーダ)だった……あの統括官は、藍染様が死神だった頃からの忠実な部下だった……」

 

 ――藍染がバラガンやスターク、東仙を手に掛けるはずがない。

 

 いや、十刃(エスパーダ)の二人は処罰されても仕方ないだろう。彼らは藍染が集めた有能な駒だ。

 その駒が敵である死神たちに敗れたということは、主の期待を裏切ったということだ。

 不要と切り捨てられても、劣勢時に見捨てられてもしかたあるまい。

 

 だが東仙は違う。

 あの狼のような死神(狛村左陣)に絆されたとはいえ、まだ戦うことは出来たはずだ。

 なのに藍染は、東仙を手に掛けた。

 どのような手段を用いたのかは映像では分からず、ひょっとしたらここに加工の糸口があるのではと考えて重点的に見返すものの、何の手掛かりも捉えられない。

 

 当然だろう。

 藍染が東仙を手に掛けたのは、事実なのだから。かつて二人の間で交わされた盟約により慈悲を与えたのだから。

 だがそれを知らぬロリの目には、藍染が東仙をも殺したとしか映らない。

 

「くそっ! ああっ、なんでよ! なんでどこにも見つからないわけ!? こんなときザエルアポロがいれば……」

 

 あの破面(アランカル)は、こういったことに長けていた。彼に頼めばロリが望んだ情報の解析など一日もあれば……

 いや、普段から大口をたたいていたのだ。一時間以内にやって貰わなければ困る。

 だが既にザエルアポロはいない。死神に討伐されている。

 

 無能な十刃(エスパーダ)め! ――心の中でそう悪態を吐きつつ、ロリは映像の確認作業へと戻る。

 彼女の目が、もはや何百回目かとなるバラガンが手に掛けられる瞬間を睨んだところで、部屋の扉が開いた。

 だが彼女は気づいていないのか、特に反応することはなかった。

 薄暗い部屋の中に浮かぶ背中へ向けて、遠慮がちな声が掛けられる。

 

「ね、ねえロリ……」

「ッ!! ……なんだ、メノリか? 邪魔しないでよ……」

「……!」

 

 声を掛けられた瞬間、まるで弾かれたようにロリは一瞬にして振り向くものの、相手がメノリだと分かるとすぐさま興味を失い再度映像へと意識を戻す。

 だが表情を確認した瞬間、メノリは絶句して動くことができずにいた。

 

 そこに浮かんでいたのは"鬼気迫る"といった言葉を体現したような表情だった。

 目は充血して血走り、頬は痩せこけていた。頬だけでは無く、お腹や手足なども同じように丸みが消え、骨が薄ら見えているほど。

 藍俚(あいり)がこの映像を持ってきてからというもの、既に一週間は経過している。

 その間、ロリはずっとこのまま――部屋に閉じこもったまま、寝食を忘れ、現実を否定するかのように同じ映像を繰り返し見続けている。

 

 勿論メノリとて、ロリがこのままで良いとは思っていない。

 彼女が閉じこもってから二十四時間後、どうにか説得して部屋から出そうとしたが、あえなく失敗。逆に拒絶させられ、大暴れされたほどだ。

 そこで萎縮したものの、ロリの事が心配だという心根は変わっていない。凡そ二日に一度の間隔でメノリは様子を見に来ていた。

 日に日にやつれていく親友を、ただ眺めて声を掛けることしかできないまま。ロリの変化も多少は見慣れたと思っていたが、顔を合わせるたびに驚かされてしまう。

 

「……あのね……」

「まだいるの? いいからもう帰って!」

「そ、そんなわけには行かないってば!」

 

 少し口を開けば、ロリから罵声が返ってきた。

 昨日までであればそこで折れて引き下がっていたが、今日は少しだけ勝手が違う。意を決したようにメノリは叫び返す。

 

「今日は、あの死神が来てるの……」

「……ッ!!」

 

 その言葉に、ロリは幽鬼のような表情を見せながら振り返る。

 瞬間、思わずその場から逃げ出したくなる気持ちをメノリは必死で押さえ込む。これが吉事か凶事かは分からないものの、けれどもロリがこれだけ反応を見せたことは初めてだったからだ。

 

「……アイツが?」

「そう、あの湯川って死神……あの女、ロリの事を聞いてきたんだ……元気にしているか……って……心配してた……」

「はっ! 元気にしているか……ですって!?」

 

 鼻で笑い、続いて勢いよく立ち上がる。

 藍俚(あいり)が持ってきた映像再生機器をその手で掴むと、それを床に叩き付けながら感情を爆発させたようにヤケクソ気味で叫ぶ。

 

「アンタが持ってきてくれたこのクソみたいな映像のおかげで、こちとら元気いっぱいよ!! この数日(・・)、元気すぎて寝る暇も無かったくらいだわ!! それが今更何を言ってんのよ!? 刺し殺してやりたい気分だわ!!」

「そう、本当にそのくらい元気なら良かったんだけどね……」

 

 ロリの怒声に、部屋の外から返事が返ってきた。

 当然、メノリではない。だが聞き覚えのある声から嫌な記憶を想起してしまい、ロリは反射的に身を固くする。

 

「でもね、あなたが没頭していたのは数日間(・・・)じゃなくて一週間(・・・)。日付の間隔がおかしくなるくらい追い詰められているのは、さすがに正常な状態とは判断できないわ」

「死神……ッ!!」

 

 扉の影から湯川藍俚(あいり)が現れる。

 その姿を見た途端、ロリは相手を睨み付けながら奥歯をギリリと噛み締めていた。だがそれも数秒のこと、言葉の中の違和感に気づいた彼女は僅かに力を抜く。

 

「……ちょっと待って、一週間……?」

「ええ、そうよ。前に私が虚圏(ウェコムンド)まで来て、あなたにその映像を引ったくられてから、今日で一週間。もういい加減、気持ちの整理もついたでしょう? そろそろ外に出たら?」

「みんな、ロリのこと心配しているよ? ハリベルだって、スタークだって、グリムジョー……は、知らないけど。それと、チルッチとネリエルだっけ? あの二人も……」

 

 藍俚(あいり)の言葉を引き継ぐように、メノリが口を開く。

 だがその発言は、逆効果にしかならなかったようだ。話を聞きながらロリは握りしめた拳をブルブルと震わせる。

 

「それが、それがなんだって言うのよ!!」

「ロリ……?」

「はっ! 藍染様に捨てられた連中が雁首揃えたところで何だっていうの!? 心配してた!? そんなもの、勝手に――」

「とりあえず、落ち着きなさい」

「――……ッ!?」

 

 忌々しそうに罵詈雑言を吐いていたところへ、藍俚(あいり)文字通り(・・・・)に割り込んできた。

 瞬く間にロリの目の前まで移動したかと思えば、彼女の頬を両手で包み込んで言葉と行動を強引に遮り、顔を覗き込む。

 

「な……なにふぉ(なによ)……?」

「目の充血、頬は痩せこけていて、肌の具合も悪くなってるわね……匂いも少しだけ……あんまり喋ってないからか、声もちょっと変だけどこれは許容範囲……」

 

 当然、ロリは頬を掴む手を払いのけようとして――だが出来なかった。

 以前藍俚(あいり)と相対したときの恐怖を思い出し、そのトラウマにも似た体験から身体が動かせない。

 出来たことといえば、文句を言うことくらい。とはいえそれも、くぐもった声になっていまい迫力などは微塵も無い。

 そんなどこか可愛らしい抵抗を受けながら、藍俚(あいり)は真剣な表情でロリの顔を見つめながら指先を軽く動かして肌の状態を、次いでまぶたを大きく開けて目の状態を診ていく。

 

「あのさ、何やってんの……?」

「見て分かるでしょう? 彼女の診察よ」

 

 メノリへ返事をしながらも手は止まらない。

 髪を指で軽く梳いたかと思えば、脇腹から肋骨の辺りを手で軽く撫でる。浮き出た骨の固い感触が伝わってきて、柔らかさがまるで感じられない。

 

「……!!」

「典型的な栄養失調と運動不足、それから過度の疲労と精神的なストレスってところね。特に目を酷使しすぎだし、さっきの言葉から判断するに日付感覚までおかしくなっている。よくもまあ、一週間でここまでボロボロになれたものだわ」

「う……うるさいわねっ!! アンタ、あたしのことを馬鹿にしてんの!?」

 

 お腹から腰回りを触れられ反射的に肌を隠しながらも、悪態は忘れない。

 だが藍俚(あいり)は何ら反応することなく、ため息を吐いた。

 

「……まずはこっちの面倒を見ないと駄目そうね……」

 

 独白したかと思えば、さらに小さな声で藍俚(あいり)は呟く。

 

「今の手持ちじゃ道具も準備も、何もかも足りない……この場で作るより、いったん出直すべきね……今日の予定は中止。仕方ない、か……はぁ……」

「……?」

 

 ちらりと中空へ視線を投げて考えを纏めたかと思えば、持参していた小さな包みをロリへ押しつけるように渡す。

 

「とりあえずそれ、食べておきなさい。食べたらぐっすり眠ること。いいわね? それと水分は多めに取って、あと忘れずによく噛んで食べること」

 

 困惑するロリをよそに、続けてメノリに声を掛ける。

 

「メノリ、後の面倒は任せるわ。ハリベルたちよりもあなたの方が気心も知れているし、言うことも聞くでしょうから」

「え……? あ、はい……」

 

 戸惑いつつも了承の意を見せたのを確認すると、ついでとばかりに映像再生機器を取り上げる。

 

「最後に、これは没収」

「あっ! か、返せ!!」

「返せって……これ、元々は私の物よ。勝手に持って行ったのはそっちでしょう?」

 

 慌てて取り返そうとするも、二人の間には背丈にも実力に歴然とした差がある。

 飛びかかってきたロリを軽くいなすと、そのまま部屋の外へと出て行ってしまう。

 

「それじゃあ二人とも、また明日(・・・・)

「うるさい! もう来るな!!」

 

 去り際、顔だけ覗かせながら挨拶をするもののロリはそれを罵倒で返す。

 そして扉が閉まり、姿が完全に見えなくなってからようやく思いついた様に近くのメノリへと声を掛ける。

 

「……メノリ! あんたも――?」

 

 言いかけて気づき、言葉を引っ込める。

 メノリは"珍しいものを見た"とでも言いたげげな表情で、藍俚(あいり)の事を視線で見送りながら立ち尽くしていたからだ。

 

「あの死神、また明日って言ってた……」

「――は? それがどうかしたの?」

「ううん、ただ……」

「ただ?」

「今日来たとき、仕事の合間を縫って来てるとか言ってた癖に、明日も来るんだって思って……」

 

 ――それがどうした?

 

 そう言おうとして、ロリもまた気づいた。

 藍染がまだ死神への敵対宣言をしていなかった頃のことだ。

 その頃の藍染は、誰にも気づかれぬように身を隠して秘密裏に虚圏(ウェコムンド)へと赴いていた。

 加えて死神たちの前では"優しく温和で優秀な理想の上司"の仮面を被ってたこともあって、下手に業務を滞らせるような真似も出来なかった。

 つまるところ、当時は藍染であっても連日虚圏(ウェコムンド)を訪れるようなことは滅多に無かったというわけだ。

 

 藍俚(あいり)もまた隊長であるため、似たような境遇なのだろう。なのに「明日も来る」と言った。

 ただの口約束だと笑いながら切り捨てることもできたが、何故かそれがロリの心にほんの僅かだが引っかかった。

 

「……ていうか、コレは何よ?」

「ああ、それ? 焼き菓子よ。スコーン、とか言ってた」

 

 話題を変えようと押しつけられた包みをうさんくさそうに摘まみ上げると、あっさりと答えが返ってきた。

 なるほど確かに、包みへ意識を集中させると美味しそうな匂いが感じられる――そう思ったところで気づいた。

 

「……中身、メノリは知ってたの?」

「うん、だってハリベルたちに振る舞ってたし……あと、あたしも食べた……」

「ハァ!?」

「だ、だってアイツ急に来たし! それにロリいなかったから!!」

 

 自分に無断で食べたことが癪に障ったとでも思ったのだろう。メノリは慌てて両手を振りながら言い訳じみた言葉を口にする。

 そんな小さなことで怒っていると思われ続けるのも、それはそれで腹が立つ。ロリが溜飲を下げて"気にしていない"のアピールをすると、メノリもそれを察して続きをしゃべり出した。

 

「あ、それとあの死神。紅茶も()れてた」

「ッ!! アイツまさか藍染様の……」

「違うってば、別の。あの死神が自分で持ってきてた。ポットからカップから、色々と持ってきてたよ」

 

 藍染が虚夜宮(ラス・ノーチェス)を建造した際、趣味嗜好用の道具なども用意していた。ティーセットもその一つだ。

 とはいえ、一護たちが虚圏(ウェコムンド)へ突入した時、会議の間に集まった十刃(エスパーダ)たちに振る舞うために使われたのが最後で、それ以降は誰も使おうとすらしていないのだが。

 まさかその一式を勝手に使ったのか!? と聞いた瞬間には思ったのだが、どうやら懸念だったようだ。

 

「自分で持ってきた?」

「ハリベルたちに振る舞ってた。あたしも、一杯だけ貰った……持ってくる?」

「……いらない」

 

 そこまで飲むのはなんだか自分の負けな気がして、ロリは突っぱねながら手の中の包みを開く。中にはメノリの言った通り、ふっくらと美味しそうな焼き菓子が入っていた。

 

「これって、まさか手作りってやつ……?」

「そう言ってたよ。あ、味も毒もハリベルたちで保証済みだから」

 

 保証済み、となんだか酷い事を言っているが、その言葉はロリの耳に届いていなかった。

 彼女の意識の大半は、お菓子に集中していたからだ。

 包みを開けたことで香りが一気に飛び出し、襲いかかる。空腹も相まって、それは抗い難い魅力を放っていた。

 見ているだけで涎が出そうで、それを気取られまいと唾を大きく飲み込む。

 

「フン! 馬鹿じゃないの!?」

 

 文句を言いながらも一つを掴むと、口の中へ乱暴に入れて当てつけのように噛み砕く。だが二回ほど咀嚼したところで、口の動きが止まった。

 

「そういえば水分は多めにって言ったよね? あたし、やっぱりちょっと行ってくる!」

 

 それを食べにくさからだと受け取ったのか、メノリはそう断ると慌てて部屋を出て行く。

 その後ろ姿を眺めながら、ロリは何度も咀嚼して十分に細かくなったところで飲み込んでから呟いた。

 

「……ま、食べられなくはない、か……」

 

 ケチを付ける言葉の内容とは裏腹に、ロリの手は一切よどむことなく新たな焼き菓子(スコーン)へと伸びていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ロリ、生きてる?」

「死神!! また来たの!?」

「勿論よ。だって『また明日』って昨日言ったでしょう?」

 

 翌日、藍俚(あいり)約束通り(・・・・)虚圏(ウェコムンド)までやってきていた。

 何やら大荷物を抱えて部屋に入ってくる藍俚(あいり)の姿を、嫌悪とほんの少しだけの驚きを抱きながら、相手を邪険にする言葉で出迎える。

 次いでメノリがばつの悪そうな顔でこっそりと入室してきた。

 

「メノリ! なんで止めてくれなかったの!?」

「だ、だってあたしじゃこの死神止められないし……」

「く……っ……」

 

 以前対峙したときに、二人の間の格付けはもう済んでいる。

 口では文句を言うものの、ロリが逆の立場であればメノリと同じ結果になっただろう。

 奥歯をギリリと噛み締めながら、手にした大荷物から何やら準備を始めている藍俚(あいり)を指差す。

 

「そ、それよりアンタ! 何なのよそれ!!」

「何って……土鍋よ」

「そういうことを聞いてるんじゃないの!! なんでそんな物を持ってきてるのよ!!」

 

 大きめの鍋を両手で持ったまま首を傾げながら答える藍俚(あいり)の姿に苛立ち、ロリは声を張り上げる。

 

「ああ、そういうこと? これはね、ロリに食べさせようと思って」

「あたしに……?」

「昨日診察して分かったんだけど、あなたは栄養失調なの。だから、まずは食べて栄養を付けることから始めましょう」

「ハァ!? 馬鹿じゃないの!! そんなもの、いらな――」

 

 ――グウウウウゥ!

 

「――!!」

 

 ロリは慌てて自分のお腹を押さえる。だが、腹の虫がそれで止まってくれるはずもない。

 ましてや無用だと突っぱねようと、死神の無知を笑おうとした瞬間にこれである。立つ瀬が無くて、顔を真っ赤にしながら思わず蹲ってしまった。

 

「……虚圏(ウェコムンド)は霊子が濃いから、呼吸をするだけでも栄養を得られる。だから極論、何も食べなくても問題は無い――それは知ってるわ」

 

 そんなロリの行動を、藍俚(あいり)は笑うわけでも気遣うわけでもなく、ただ淡々と――鍋の準備をしながら語る。

 

「でもどうせ食べても食べなくても一緒なら、美味しい物を食べる方が良いでしょう? ましてやそれが、呼吸で霊子を吸収することも忘れたような()だったら、なおさら放っておけないもの」

 

 どうやって調達したのか、簡易コンロの上に土鍋を置いて。取り皿や箸なども人数分並べながら。ロリの暴言を気にした様子もなく淡々と。

 

尸魂界(あっち)で準備してきたから、虚圏(こっち)では一煮立ちさせるだけで食べ頃よ? よく煮込んで柔らかくしてあるからお腹にも優しいし、栄養も満点だから安心してね」

 

 手際よく準備を終えたかと思えば、最後に小さな箱を軽く持ち上げて見せる。

 

「それと今日はアイスケーキを持ってきたの。良く冷やしてあるから、食後に楽しみましょう」

「……ッ!」

 

 アイスケーキ、と聞いてもロリにはどういう物かは想像が付かなかった。せいぜいが"冷たい食べ物"くらいが関の山だ。

 だが想像出来ない身であっても、彼女の脳裏には昨日食べた焼き菓子(スコーン)が連想されていた。

 あれも美味しかった――今のロリは素直に認めないだろうが――が、どちらかと言えば温かい食べ物だった。だが今回は冷たいものだ。

 はたしてどんな味なのか考えてしまい、小さな箱から目を逸らせなくなる。

 

「うわ……いい匂い……」

 

 一方メノリは、早くも鍋から漂ってきた匂いに心を奪われ始めていた。

 一煮立ちさせれば食べ頃と言っていた通り、煮込まれた様々な食材の香りが食欲を刺激する。

 それはロリも同じ……いやむしろ、空腹だった期間が長かった分だけ、彼女の方が飢餓感も強くなっているだろう。

 

「ほら、座って座って。取り分けてあげるから。はい、これはロリの分」

「……い、いらな……」

 

 ――グウウウウゥ!

 

「――!!」

 

 生唾を飲み込みながら断ろうとしたところで、再び腹の虫が鳴った。

 こらえ性のない自分の身体に業腹しつつ、差し出された器をひったくる。

 

「……上等じゃない! 精々けなしてあげるから覚悟しておきなさい!!」

「はーい、お手柔らかにね。それと、こっちがメノリの分」

「あ、どうも……」

 

 ロリの行動にハラハラさせられつつも、メノリは差し出された器を手に取る。その間にロリは器の中の食材たちを次々に口の中へと運んでいた。

 ……昨日の言いつけ通り、よく噛みながら。

 

「お味はいかが?」

「まあまあってところ」

「そっか、おかわりは?」

「……」

 

 無言で差し出された器を受け取り、藍俚(あいり)はたっぷりとよそって返す。

 その光景を、メノリは黙って眺めていた。

 ロリがこんなにも、死神の言うことに従って素直な態度を見せていることに驚きつつも、その驚きを胸の奥にしまい込んで。

 

「うーん……もう二日か三日ってところかしら……? けど、このくらいだったら……」

 

 食事も一通り終わり、後片付けまで済ませたところで、藍俚(あいり)はロリの顔を見ながら――正確には肌や栄養状態を診察しながら、そう呟くとスッと音もなく立ち上がる。

 

「今日はそろそろ戻らないと駄目だから、また明日。あ、さっきも言ったけれどデザートはそこにあるから。二人で仲良く分けて食べてね」

 

 持ってきた鍋やら簡易コンロやら食器やらを一纏めにして背負うと、部屋を出て行った。

 有無を言わせぬ行動に、二人が口を開いたのは藍俚(あいり)が消えてからたっぷり一分は経った後だ。

 

「帰った……ね……」

「あの死神、本当に何しに来てるのよ……?」

 

 二人からすれば、藍俚(あいり)はロリの世話を焼きに虚圏(ウェコムンド)まで来ているようにしか見えない。

 わざわざ死神が(ホロウ)の世話を焼きに、だ。

 魂魄量のバランスを取るという観点で考えればあり得ない話では無いが、それだって見逃す程度のことだろう。昨日今日のような上げ膳据え膳の好待遇など望めるはずもない。

 それが不気味で、だけど世話を焼きに来ている以外にコレと言った理由も思いつかなくて、なんとももどかしい感覚だ。

 

「そういえばあの死神が言ってたお菓子、どうする?」

「……食べる」

「っ! ま、待ってて! すぐに用意するから!!」

 

 呆気にとられて気を抜いたからだろう。

 ロリの口から出た素直な言葉がなんだか嬉しくて、メノリは大急ぎで箱からお菓子を取り出す。

 そして、それを口に含んだ瞬間表情を崩したのを確認すると、メノリは心の中で藍俚(あいり)へお礼の言葉を述べていた。

 

 

 

 

 

 

 

「今日もお鍋よ。だけど昨日とは食材も味も違って飽きないようにしてあるから、安心してね」

「そ、そう……」

「わ……美味しそう……」

 

 次の日もまた、藍俚(あいり)はロリの元にやってきた。

 今回も昨日と同じように大荷物を抱えながらの登場であり、慣れた手つきで食事の準備を始める。

 昨日と同じように美味しそうな香りが立ち上ったところで、藍俚(あいり)は大荷物の中から小瓶を取り出すとロリの背後に回り、そっと髪を撫でる。

 

「なっ! なにすんのよ!?」

「こっちは、早めに手を入れておこうと思って」

 

 勝手に髪を触られ、反射的に後ろを向きながら罵倒の言葉を放つ。

 だが藍俚(あいり)はそんな言葉など気にせずに、小瓶の中から透明の液体を取り出し手のひら全体に馴染ませていく。

 

「髪が、痛んでいたから。せっかく綺麗な顔をしているのに、痛んだ髪じゃ可哀想でしょう?」

「だからその変な液体で、あたしの髪の手入れをするってことかしら?」

「そういうこと。でも変な液体は酷いわね。この手入れ薬(トリートメント)、ちゃんと破面(あなた)の髪質に合うようにわざわざ調合したのよ」

 

 髪質に合うように――という言葉を耳にして、ロリは二日前の藍俚(あいり)の行動を思い出す。

 あのときも確か、今日と同じように髪を指で梳いていた。ならばそこから二日という僅かな期間の間に、分析から調合までを熟したことになる。

 

「……そう、わざわざ破面(アランカル)を相手に死神がご苦労なこと! それで? あたしは動かなければいいのかしら?」

「ああ、食事はしていて。私は勝手にやるから。メノリ、悪いんだけどロリに取り分けて貰える?」

「え、あ……はい」

「大丈夫、メノリの分の手入れ薬(トリートメント)もあるから。そんな心配した顔しないで」

「べ、別にそんなつもりじゃ……!!」

 

 嫌みたらしいロリの言葉を聞かされながらも嫌な顔一つせず、淡々と髪の手入れを始めた藍俚(あいり)の胆力に驚いていただけなのだが、どうやらそれを別の意味に取られたらしい。

 メノリは否定しながら慌てて下を向くが、心の底では嬉しくもあった。

 今までずっと、ロリの添え物のような扱いを受けていたような感じがして。でも自分のことも気にかけて貰えて。

 軽快な手つきで鍋を取り分け、ロリに渡す。

 

「…………」

「お味は?」

「……昨日よりも良い」

「あたしは昨日の味の方が好み……かな……?」

 

 そんな何気ない会話をしながら、藍俚(あいり)はロリの髪に触れていた。

 手に馴染ませた手入れ薬(トリートメント)を、時間を掛けながらゆっくりと髪に染みこませていく。

 ゆっくりと、けれどどこか洗練された手つきで髪に触れていくその仕草は、対面のメノリが思わず見惚れるほどだった。怪我人を労るように優しく、無理やストレスを与えることなく、それでいて的確に薬効を与えて痛んだ髪を整えていく。

 

「…………っ」

 

 メノリが思わず息を呑んだ。

 そうして何回も手が触れていくうちに、ロリの髪に変化が起きていた。くすんだ色が輝きを放つように、痛んでいた髪が見違えるように元気になっていく。

 

「どうかした?」

「ううん、なん――っ!?」

 

 メノリの変化を不思議に思い、声を掛けるロリに何でも無いと返そうとして、思わず声が裏返った。

 見上げた視線の先では、ロリが穏やかな表情をしていた。

 藍俚(あいり)に髪を撫でられるたびに、気持ちよさそうに。憑きものが落ちたような優しげな表情にへとゆっくりと変わっていく。

 

「なんでもない! なんでもないから!!」

「そう……?」

 

 とはいえ、そんなことを口にすればまた不機嫌になるだろうことは目に見えている。

 必死で取り繕うメノリの姿に、訝しがりながらもそれ以上の追求はなかった。

 

 

 

「はい、こんなところかしら」

 

 鍋の中身が殆ど空になった辺りで、そう言いながら藍俚(あいり)はロリの頭をポンと軽く叩く。

 

「どう?」

「ま、まあまあ……ね……」

 

 だが、軽くとはいえど叩かれたことに文句を言うこともなく、ロリは答える。

 手入かしながら。その行動が、何よりも雄弁にロリの心の内を語っていた。

 

「そっか、まあまあでもお役に立てたなら何より。はい、これはメノリの分」

「あ、ありがと……」

 

 小瓶を受け取りながらメノリはロリをチラリと横目で盗み見る。

 感触がよほど気に入ったのか、未だに自分れされたばかりの髪を、自分の手で何度も梳の髪に触れ続けるロリがなんだか羨ましく思えて。自分でも使ってみたくて、でもどうせだったら人に髪の手入れをして貰いたいような、そんな気持ちが自分の中で渦巻いていて。

 

「それと、残念だけど明日は来られないの」

「はぁ!? こな……くていいわよ!」

 

 ――来ないの!?

 

 そう言いかけて慌てて言い直すロリの姿を、微笑ましく思いながら藍俚(あいり)は後片付けを始める。

 

「だから明日の分のお弁当、ここに置いておくわね? 傷み難い物を選んで作ったつもりだけど、でも日が経つからそこは注意して。早ければ明後日には来るから……あ、髪の手入れは忘れないでね。今日、私がやったみたいにすればいいから」

 

 矢継ぎ早にそう言うと、荷物を纏めて慌ただしく帰って行く。

 その様子から、どうやら本当に忙しいのだろうということは二人も何となく理解できた。

 

 一人分の気配が消え、静かになった部屋の中でメノリは手に持っていた小瓶をロリに差し出しながら言った。

 

「あのさ、ロリ……これであたしの髪、手入れしてくれないかな……?」

「なんであたしが!? そのくらいメノリ一人で出来るでしょう!」

「だ、だって! やり方よくわかんないし……ロリは手入れして貰ったんだからわかるでしょう!?」

 

 その言葉は半分嘘で半分本当。

 ロリが髪の手入れをされるところをメノリは向かいで見ていたのだから、なんとなくは分かる。何より髪に薬液を塗り込んでいくだけなのだから、それこそ自分一人でも出来る。

 それらを理解しながら、メノリは手にした小瓶を差し出し続けていた。

 

「ああもう……っ! 一回だけだからね!!」

 

 根負けしたのだろう。

 小瓶を奪い取ると、ロリは手に馴染ませてからメノリの髪に触れる。

 藍俚(あいり)にやってもらったのを思い出しながら。

 

「ロリ……」

「何よ?」

「……ありがと」

「…………どういたしまして」

 

 

 

 

 

 

 

「……うそつき」

「嘘なんてついてないでしょ? 早ければ(・・・・)明後日ってちゃんと言ったもの。それに死神としてのお仕事もあるんだから」

「…………」

 

 再び藍俚(あいり)虚圏(ウェコムンド)を訪れたのは、五日後のことだった。

 顔を合わせるなり頬を膨らませながら嘘つき呼ばわりするロリのことを宥めつつ、藍俚(あいり)は彼女の頬に触れる。

 

「うん、予想通り肌艶も良くなってきてる。良かった、これなら次に進めそうね」

「次って……今度は何をする気よ?」

「何って、決まっているでしょう?」

 

 今回もまた大荷物を持ってきたかと思えば、その中から小瓶――髪の手入れ薬とはまた違ったデザインの物――を取り出すと二人に見せつける。

 

「今度は、肌のお手入れ。こっちを先にするから、今日は食事は後回しね」

「……え?」

「はい、ちょっと失礼するわよ」

 

 髪の手入れをしたときと同じように、だが今度はロリの頬へトロリとした薬液を塗り込んでいく。

 

「うん、こうやって直に触れるとよく分かるわね。ちゃんと持ち直してきてる」

 

 一週間ほど前に顔を合わせた時は、肌は荒れてボロボロの状態だった。

 頬も痩せこけて髑髏のようであり、身体は痩身を通り越して胸元に肋骨が浮かび上がるといった有様で、女を捨てていると言われても仕方ないほど。

 それが今では、顔も身体も丸みを取り戻しつつある。ロリがきちんと身体を休め、栄養補給をしていた証だ。

 自分が言ったことを、なんだかんだ文句を口に出しつつも守っていることに、藍俚(あいり)は思わず笑みを浮かべていた。

 

「……これもまさか、アンタの手作りってワケ?」

「ええ、そうよ。でも栄養状態を改善させないとあんまり意味が無いからね。だから最初は食べることに集中させていたの」

 

 当然のことのように答えながら、ロリの肌をケアしていく。

 

「それに、肌の状態が悪いとお化粧も上手く出来ないからね」

「化粧……? あたしが!?」

「ええ、そうよ。駄目?」

「駄目って言うか、別にそんなの要らない……ていうか死神! アンタ化粧なんて出来るの!?」

「あんまり本格的なのは無理だけどね。でも、薄く塗るくらいなら私もしてるわよ?」

 

 肌用の手入れ薬をロリの顔へ塗り終えると、頬を指先で軽く突いて容態を確認し、ため息を吐いた。

 

「うーん、でもまだちょっと早いわね……もう数日は肌を治すのに集中しないと、逆に肌が荒れちゃうから……」

「……そう」

「残念だった?」

「だ、誰が!!」

 

 慌てて反論するが、直前の反応は誰が見ても気落ちのそれでしか無かった。

 

「その代わり、メノリにやってあげる」

「あたし!? い、いらない! あたし、そんなの似合わないし……!!」

「遠慮しないで。そんなに濃くはやらないし、メノリだってロリとはまた違った美人なんだから、このくらいは普通よ」

 

 言いながら肌の色に近い白粉を選んで塗り、下地を整えると薄く紅をさして眉を整える。

 仕上げに持ってきた手鏡をメノリの前に差し出し、出来上がりを本人に見せる。

 

「どう?」

「え……あ……うん、あり……だと思う……」

「…………!」

 

 鏡に映る自分の姿を眺めながら、メノリは戸惑いつつもどこか嬉しそうに頷く。

 その反応を、ロリは自分でも気づかないほど微かな苛立ちを覚えながら眺めていた。

 

「よかった。それじゃあ化粧道具と肌の手入れ用の薬は置いていくから、ちゃんと使ってね。それとお化粧だけど、もっと知りたかったらチルッチを尋ねて。彼女、詳しいから」

 

 化粧落としの道具の使い方を教えながら、さらに荷物から追加の化粧品や装飾品を並べていく。

 一通り出し終えたところで、ロリが遠慮がちに切り出してきた。

 

「ちょっと」

「何?」

「その、さ……何か忘れてない?」

「え……? うーん……あっ! ひょっとしてお菓子?」

 

 遠回しな要求に僅かに頭を捻りつつも答えを導き出せば、ロリの仏頂面が一瞬にしてパアァッと明るくなる。

 

「ごめんね、今日は持ってきてないの」

「……ッ!!」

「ふふ、嘘々。ちゃんと持ってきてるわよ」

 

 続いて一瞬にして落ち込んだところで、荷物の中から甘い匂いのする包みを取り出す。

 

「……ッ! ……ッ!!」

「あいたたた……ごめんなさい、悪戯が過ぎたわね」

 

 無言で殴りかかってくるロリの拳を身体で受け止めながら、藍俚(あいり)は包みの中の菓子を切り分けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 それからさらに二週間ほどの間――連日ではないものの――藍俚(あいり)虚圏(ウェコムンド)へ通ってはロリとメノリの相手をしていた。

 元の状態に戻ったロリのことを満足そうに見ながら化粧を施し、健康状態を確認してはお菓子を振る舞う。

 それが続いたある日のこと。

 

「ねえ……アンタ、なんであたしたちのことを気に掛けてるのよ……?」

「……え?」

 

 慣れた手つきで茶会の用意をする藍俚(あいり)に向けて、ロリはそう尋ねた。

 

「アンタ、あたしたちの事嫌いでしょう!? だって、あたしたちは死神の仲間だった織姫のことを……」

「ロ、ロリ……?」

「メノリだってそう思うでしょう!? この死神からすれば、あたしたちは気にくわない相手! なのに、どうして……どうして、あたしたちの面倒まで見てるのよ……要らないなら要らないって、はっきり言いなさいよ……」

「ロリ……」

 

 藍俚(あいり)へと訴えかける姿は、不安な気持ちでいっぱいだった。

 それは、ロリが藍俚(あいり)のことを受け入れていると気づいたからこそ湧き上がった疑問だ。

 なまじ出会ったときの関係性が最悪だったこともあってか、自分たちのことを何故気遣ってくれるのか、藍俚(あいり)の考えが分からなくなってしまった。

 

 かつて――藍染から恩寵を受けていると思い込んでいた頃の彼女は、格上である十刃(エスパーダ)を相手にしても臆することなく高圧的な態度を取っていた。

 だがその幻想は、グリムジョーやヤミーの手で粉々に打ち砕かれた。

 

 その後、まだ残っていたはずの藍染への忠誠心は、藍俚(あいり)が持ってきた映像や証言などによって揺らぎ、一週間もの間不眠不休で続けていた映像の確認作業によってトドメを刺された。

 虚圏(ウェコムンド)を死神が訪れては我が物顔で歩く、それは虚圏(ウェコムンド)が藍染の手から離れたことを意味する。

 当の藍染は二万年もの長きに渡って投獄されたと、死神から知らされる。

 

 そうした積み重なりがロリの心を蝕んだところへ、藍俚(あいり)から手を差し伸べられたのだ。

 その手を取って良いのか、それとも再び裏切られる結果となるのか。

 端的に言えば、怖くなっていた。

 

「うーん、そうね……」

 

 そんな内面を抱えているとは察することもなく、藍俚(あいり)は少し悩んでから考えを口にした。

 

「ただ、傷ついている少女(ロリ)を放っておけなかっただけよ」

「え……?」

「せっかく可愛い顔をしているのに、痩せこけて骨と皮だけになって今にも倒れそうな姿になっているなんて、見過ごせなかったの」

 

 屈託のない笑顔でそう告げられて、ロリの心が僅かに揺らぐ。

 

「それと、あえて下心を言うなら……ハリベルに協力して破面(アランカル)たちの統率を手伝って欲しい、くらいかしら?」

「え……え……?」

「だってあなたたち、藍染の側近だったんでしょう? だったら多くの相手睨みをきかせたりとか、取り仕切ったりとか、そういう知識や技術・経験なんかは他の破面(アランカル)よりも持っているでしょう?」

「あ……その……」

「それは……」

 

 ――言えない。側近は自称でしかなく、ただ藍染の近くで命令を受けていただけ。精々が使用人に毛が生えた程度だなんて、言えない。

 

 二人の表情が僅かに曇ったのに気づいていないのか、藍俚(あいり)はそのままのトーンで話し続ける。

 

「だから、期待してるの」

「期待……してる……」

「あっ! でも無理はしないでね。難しそうだったらハリベルにでも、勿論私にだっていいから。ちゃんと相談して」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、メノリ……」

「なに、ロリ……」

 

 藍俚(あいり)虚圏(ウェコムンド)から去り、二人きりとなった室内。ロリとメノリの二人は、言葉を交わしていた。

 

「あの死神、あたしたちに期待しているって言ってたわね……」

「そうね……側近っていっても、別にそれらしいことなんて全然、していないのに……謝った方が良いのかな……?」

「別に、要らないでしょ? あっちが勝手に勘違いしてたんだから……」

 

 気にすることは無い――そう(うそぶ)くロリの表情は、どこか無理をしているようだった。

 

「でもさ、そうなるとあの死神、ガッカリする……かな?」

「…………」

「あたしさ、なんか嫌なんだ……あの死神が持ってきた物、どれも美味しかったし……期待を裏切るみたいで……」

「はぁ!? 別にそんなの……! 勝手に、裏切れば……いい、じゃない……」

 

 最初こそ強かった語気は、言葉が続くにつれてどんどん力を失っていった。

 それは藍俚(あいり)のことを裏切りたくないと、ロリが心のどこかで思っていることの証明でもある。

 

「……幻滅されたら、もうあのお菓子って食べられないのかな……?」

「知らないわよ。でも、いい顔はしないんじゃないの……? あたしだったら、そんな役立たずに餌なんてやらないもの……」

「役立たず、かぁ……でもあの死神だったら、何だかんだ言いながらも相手をしてそう……」

 

 自嘲するように呟くと、メノリはどこか覚悟を決めながら続く言葉を口にした。

 

「……藍染様とは違ってさ」

「ッ! メノリ!!」

 

 その言葉を聞いた途端、ロリはメノリの胸ぐらを掴み上げる。

 

「アンタ! アンタなんて事を言ってんのよ! あたしたちは藍染様の……!!」

「だ、だって! ロリだって本当は心のどこかでちょっとは思ってるでしょ!?」

 

 そう言われて、ロリの手から力が抜ける。

 その隙にメノリは掴み掛かる手から逃れ出ていた。

 

「……分かってたのよ……ええ、そうよ……スタークもハリベルもウルキオラもグリムジョーも、それから他の奴らだって……みんな、みんな藍染様のことを裏切った馬鹿ばかりだって思ってた……でも、本当に馬鹿なのはあたしたち……藍染様はもう虚圏(ウェコムンド)には戻ってこない……あたしらみたいな役立たずは、いらない……あの映像を見るたび、あたしは……」

「ロリ……」

「ねえ、メノリ……あたしたち……どうしようか……?」

 

 問い掛けながらロリは、自らの髪へ無意識に指を絡めた。

 指先は髪に引っかかることもなくスルリと通りぬけ、抜群の手触りを返す。今まで何度もしてきた行動だというのに、まるで自分の髪ではないようだ。

 

「そう、だね……」

 

 メノリもまた、返事をしながら指先を口元に這わせる。

 そこに残っているのは、最初に(べに)をさされたときの何とも言えないドキドキとした感触だ。

 

 

 

 

 

 

 

「あのさ、死神……」

「ん?」

「アンタ、私たちにマッサージしなさいよ……!」

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 豚は太らせてから食べるもの。

 

 そんな格言が、とある国にはあって。

 うんまあ、それに倣った……というワケでもないんだけどね。

 

 時間が解決してくれるのを待つしかない――藍染の映像を見てショックを受けていたロリに向けて、私はあの日そう言った。

 言ったけれど、それでもロリとメノリの様子が気になっちゃって……

 

 一週間ぶりに様子を見に行ったら、ロリが痩せこけてたの。

 顔も身体も、まるで鶏ガラみたいになってて驚いたわ。見た瞬間「すぐに治療しなくちゃ!」って思ったもの。

 

 だって、考えてもみて?

 同じマッサージをするにしても、骨と皮だけよりもこう……手応えがあった方がいいでしょう?

 だからね、その……

 

 

 

 ……ごめんなさい、認めるわ。

 "太らせて(餌付けして)から、いただこう(マッサージ)"って考えてたの。

 

 

 

 と、とにかく!

 コレはマズイと思って、食事を与えて肌や髪のお手入れなんかも教えてあげて、そこから面白くなっちゃって、他にも色々と教えてあげたわ。

 必死で虚勢を張るロリの姿が面白くって……

 

 で、そんなある日。

 虚圏(ウェコムンド)に言ったらロリに「マッサージをしろ」って言われたんだけど……

 

 なんで……???

 いや、確かに思ってたわよ!? ロリの身体も完全に元に戻って、それどころか少しだけ肉付きも良くなっていたから、そろそろ良いかなぁ……でもどう切り出そうかなぁ……とは思ってたのよ!?

 それが、どうしていきなり……!?

 

『ロリ殿とメノリ殿に、果たしてどういう心境の変化があったのでございましょうなぁ……ですがこれはチャンス! チャンスですぞ!!』

 

 そうよね! ここは畳みかけるところ!!

 




●今回のあらすじ
引きこもってたロリを餌付けして、髪と肌の手入れをして、優しくしてあげたらデレた。
具体的には「マッサージして」と自分から言い出すくらいにデレた。
コレでようやく、後腐れ無く揉める。
(約二万字使った内容がコレ)


●ロリとメノリ
「どうやって良い感じに持って行こうか?」に苦戦。
(特にメンヘラ小物女(ロリ)の方)

暴力や手枷、洗脳(思考誘導)・入れ墨などを使って無理矢理上下関係を叩き込む。
というのもアリなんでしょうが……
(でも「藍俚殿のキャラかな?」と考え断念)

なので
・暴力と洗脳 → 優しく接して美味い物を食わせる(食べ物に依存させる)
・入れ墨と手枷 → トリートメントや化粧を使い、目に見えないマーキングをする
・力ずく → 以前の尻叩きや、霊圧の差の認識などで格付けはもう済んでいる

という感じに。

優しくされて徐々に絆されていく感じにしたかったんですが……
上手くデレさせられましたかね……?

(つけ加えると。

虚圏の藍染様は「本性出しまくりのやべーヤツ」の顔で行動していました。
(基本、虚たちは「力と恐怖で支配」ですし)

となると、ロリとメノリへの藍染の認識も「自分から尻尾を振って来るが、戦力としては並以下。まあ多少便利なので使ってやっている」程度かなと。
(何しろ「(自称)藍染様の側近」の二人ですから)

(尸魂界の「優しくてイケメンで万能の藍染隊長」の顔だと、めっちゃ気遣いとかプレゼントとかをしてくれると思いますが。)

その辺もあって、優しくされて必要とされてじわじわ受け入れた感じ)


●ちょっとだけ補足
虚圏は霊子がいっぱいあるので、呼吸でもお腹は膨れる。
(人を襲って食べるとか不要)
ロリが空腹だったのは、そういう無意識的な補給すら忘れて引きこもっていたため。

藍染を信じて映像を何度も見返していた。
合成の映像に決まっていると思ってたのに、全然証拠が見つからず、徒労で思考が摩耗。
(精神が削れる)

そこを気遣われて、甘い言葉を囁かれて心のガードが緩み、信じてしまう。
(なお心がトドメ寸前まで追い詰めたのは誰かさんの持ってきた映像が原因)



とはいえ
「あのこじらせメンヘラ性悪ヒスクソ小物女がこの程度の訳がないだろ! 全然足らない!」
という考え(意見)も、あるにはあるんですけどね。
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