お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第297話 眼鏡を買うなら銀蜻蛉

「ふぁぁ……っ……うー……あ、勇音。おはよう」

「おはようございます隊長」

 

 顔も洗ったし身支度も整えて、ようやく頭がスッキリしてきました。

 やっぱり、三十分くらいでも寝ると違うわよね! あと二十時間くらいは働けそう!!

 

 隊首室では私より一足先に起きていた勇音が、早々に業務を始めていたようで。報告書の山とにらめっこをしていました。

 

「警戒レベルも一段階下げられたし、日常業務に戻れそうね……そうそう、三門それぞれの怪我人の様子は? 感染症とか出てないわよね?」

「はい、今のところは何も」

「そっか、なら良かったわ。やっぱりイヅル君たちは頼りになるわね」

「その分、こっちの業務が大変になってますけどね」

 

 勇音の軽口に、私は苦笑しながら執務机の上にあった報告書を手に取ります。

 

 京楽隊長・浮竹隊長と一緒にロカちゃんと出会って、別れてから。

 私たちはそれぞれ自分の隊に戻りました。

 だってお仕事が山積みですからね。

 

 特に四番隊は、ピカロが暴れて人的被害が出たので、その対応に大忙しです。

 被害の大きかった三つの門にはそれぞれイヅル君・桃・伊江村三席を部隊を率いて派遣して、現場で救護活動を行わせました。

 その甲斐あって怪我人の治療は済んだんですが、その後は門の周辺を拠点としてピカロやザエルアポロ捜索が続けられています。瀞霊廷の外、流魂街に逃げたかもしれないということで。

 なので、拠点の後方支援に四番隊(ウチ)の隊士が駆り出されたままです。

 勇音が「こっちの業務が大変になってます」って言ってたのは、そういうことなの。

 

 ……治療だけなら、三つの門それぞれに派遣すれば良かったんだけどね……拠点になると四門全てが対象になっちゃったから、さらに人数が必要になってて……

 

 そういうわけで、隊に戻ってからの私は、その対応に追われていたの。殆ど不眠不休で。

 でも、ピカロもザエルアポロも特に目撃報告や襲撃も無かったから、警戒レベルが下げられるって知らされて、それでようやく休めたの。

 三十分だけ、だけどね……

 ああ、勇音は私より先。まだ警戒レベルが高かった頃に休ませたのよ。というより、あの子と入れ違いに休んだって感じかしら。

 

「警戒レベルも下げられたとはいえ、まだ重要拠点は緊張しているままなのよね。ピカロは"子供の気まぐれ"で何時やってくるかの予測も立てにくいし、ロカちゃんは見つからないし、ザエルアポロに至っては……」

 

 報告書に目を通しながら、そんな風に世間話をします。

 

「確か、自分と一つになろうとしていた……んですよね? 技術開発室からの報告書には、そんなことが書かれていましたけど」

「うーん……でも、それはありえないのよね」

 

 目を通し終えたので、手を伸ばして次の報告書を取ります。

 

「やりたかったのは肉体と魂の再融合みたいだけど、ザエルアポロの魂魄が地獄に行ったのは記録を確認済み。となるとやっぱり、十二番隊を荒らしたのは本物ではない。複製品でしょうね」

「でも、そんなものを誰が作ったんでしょうか……?」

「案外自分で作ったんじゃないかしら? 身代わり用に作った偽物が、本体の死後に"自分は本物だ"と誤認して目覚めたとか……」

「なんだか怖い話ですね……」

「研究とか技術開発を得意としていた破面(アランカル)だったから、充分あり得ると思うわよ」

 

 また目を通し終えたので、手探りで次の報告書を。

 ……あら? なんだか小さいわね。

 

「まあ、この程度の事なんて涅隊長は全部思いついているでしょうね。観測した情報を解析しているでしょうから、今頃は場所まで絞り込んでいても不思議じゃ……って、ええっ!!」

「ど、どうしました隊長!?」

 

 思いがけず叫び声を上げてしまったので、勇音が大慌てで私の所までやってきます。

 なので私は手に持っていた紙――メモ帳を見せます。

 

『……おや? メモ帳でございますか? 報告書ではなく??』

 

 そうよ、メモ帳なの。一枚の。

 

「あの、隊長……? これは一体……?」 

 

『……なぜメモ帳が?』

 

 勇音も射干玉も、そんな不思議そうな顔しないの。

 特に勇音! そんな可愛い顔して首を捻らないで!! 思わず抱きしめたくなっちゃうから!!

 

藍俚(あいり)殿! 拙者はいつでも抱きしめウェルカムでございます!!』

 

 はいはい、ぎゅー

 

『おっふ!! たまんねぇでござる!!』

 

 それでこのメモ帳だけどね。

 チルッチからピカロが来たって連絡を受けたときのことを覚えてる? アレを受けて総隊長に報告へ行こうとしたとき、隊士の子が「連絡がある」とか言ってたでしょ。あのときの物なの。

 メモは机の上に置かれたまま、私は机に座る暇もないまま仕事。

 だから今の今まで気付かれることもなかったの。

 

「隊長? これ"注文の商品を入荷したとのことです。明日までに引き取りに来てください"――って書いてあるんですけど……」

「ええ、そうよ」

 

『しかもこれ、お店の名前が……藍俚(あいり)殿? これ、ご注文はお菓子作りの材料でございますか?』

 

 ええ、そうよ。

 

 ……悪いの?

 

『い、いえ別に…………あ、あああっ! だからやちる殿があのとき!!』

 

 そうでしょうね。

 もしもピカロたちが来なかったら、私は連絡を受けて材料を受け取りに行っていた。

 そして持ち帰って、お菓子の試作をしていた。

 

『そしてやちる殿は欲望の限りにお菓子を貪ることができた、と? なんと!! 一分の隙も無い理論!!』

 

 けど残念、その理論は破綻しちゃったのよね。

 でも、いつだってやり直しはできる! はず!! はずなのよ!!

 だから……ね? わかるでしょ勇音?

 

『おお……藍俚(あいり)殿が珍しく目で訴えておられる……』

 

「……あの、隊長……? その顔は、まさかとは思いますけど……」

「だ、だってぇ……」

 

 勇音が膨れっ面です。お冠です。

 

半刻(一時間)だけ! いえ、四半時(三十分)だけだから! すぐに行って、受け取って戻ってくるから!!」

「もう、仕方ありませんねぇ……ちゃんと戻ってきてくださいね? まだお仕事いっぱいあるんですから」

「ありがと! だから勇音って大好き!!」

 

 軽く抱きしめて感謝の意を伝えてから、大慌てで出発しました。

 

 

 

「た、隊長……もっとぎゅーってしてくれても、良いんですよ……?」

 

 ……なんだかすっごい色っぽい声が聞こえた気がします。

 

 

 

 

 

 

 

『とはいえ、この状況でお店はやっているのですかな? 人通りも殆どありませんが?』

 

 全速力で商店街まで来ましたが、辺りは閑散とした様子でした。

 警戒レベルが下げられたとはいえ、まだ自粛は続けておこうって雰囲気になってますね。射干玉が心配していたみたいに、人の気配も少なくてお店も臨時休業が殆どです。

 

 けど大丈夫。

 住居内待機が勧告されているから人は居るはずだし、そもそも商品はメモを受け取った時点で入荷済み、しかもお金は先に払ってるからね。だから仮にお店が閉まってても受け取るだけなら何も問題なし。

 

 ……あ、あそこのお店で注文したのよ。さ、すぐに受け取って帰るわよ!

 

「すみません、湯川です。商品の受け取りに来ました」

 

『……しかしこれは、藍俚(あいり)殿が常識知らずに見えるような……』

 

 無事に商品を受け取れたから良いでしょ!

 それに生ものだから、早めに受け取らないと鮮度が落ちるのよ!! もしも腐らせちゃったら、お店にも迷惑でしょ!?

 だからこれは決して常識知らずなんかじゃないの!!

 

 

 

「――無駄メシ喰らいなどではありません!!」

 

 

 

 ほら、そう言ってる…………え?

 いやねぇ射干玉ったら。メシじゃなくて、お菓子よ。それに食べる方じゃなくて、作る方だから。あと全然無駄じゃないし。

 

『いやいや、拙者ではありません!!』

 

 じゃあ誰が……あら? あそこのお店の前にいるのって……

 

『幼女でございますな』

 

 せめて少女って言ってあげなさいよ。

 でのあの子、綺麗な着物を着てるわね。あの品質、おそらく貴族が着てるものかしら? ということはあの子も貴族。

 でも、着物も綺麗だけど本人もそれに負けないくらい美人よね。

 まだ全体的に小さいけれど、とっても可憐で、髪もふわふわしてて……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ねえ、その隣にいるのは見なかったことにしていい?

 

『駄目でございましょうな。ほら、視線を向けられていますぞ? めっちゃめちゃこっちを見ていますぞ?』

 

 ……前話で確証は何も無いって言ったばっかりでしょ!!

 

 なのになんで……なんでいるのよ!! 主役補正ってこんなに強いものなの!?

 

『それがフラグという物でございますぞ!! なんだか楽しくなってきましたなぁ!!』

 

 楽しくない!!

 

 うー……来るかなとは思ったけど、このタイミングで!?

 けど、仕方ないわよね……

 

 

 

 

 

 

 

「そこのお嬢さん? 余計なお世話かもしれないけれど、その人には近づかない方が良いわよ」

「その(そし)りを受けるのは――……え? ……ええっ!?」

 

 可愛らしい見た目にそぐわない、強い言葉を投げかけていた少女に向かって声を掛けたところ、彼女は私の方を見ると呆けた声を上げながら振り返りました。

 続いて私のことを二度見……いえ三度見くらいすると、驚いた様に声を上げます。

 けれど私は、彼女が文句を言っていた相手と目を合わせます。

 

「お久しぶりです。けれど、どうしてこんな所にいるんですか?」

「何のことは無い、個人的な用事だ。迷惑を掛けた謝罪にすぎない」

「謝罪、ですか。まさかとは思いますが、そのためにわざわざ脱獄を?」

「え……?」

 

 脱獄、という言葉に少女が怪訝な表情を浮かべました。

 

「脱獄したと理解しているのなら、護廷十三隊の隊士としては私を捕縛すべきではないのかな?」

「ええ、勿論。全力で縛道を唱えて捕まえていますよ。あなたが相手でなければ……ねえ、痣城剣八元隊長?」

「相変わらず理解が早いな、湯川」

 

 二百五十年程前、無間に投獄されたはずの痣城剣八を前に正面から向き合います。

 

 

 

 ……両手に大量の荷物を持ったまま!!

 

 

 

『スーパーで爆買いした帰りに喧嘩に巻き込まれたような光景でございますな!!』

 

 実際そんな感じなのよねぇ……何しろ中身は食材だから。

 パンパンに膨らんだビニール袋を持ったまま歩いているのと変わらないし。

 

 この状況で痣城剣八を相手にしなきゃいけないのね……

 

「とはいえ、見過ごすこともできませんからね。抵抗、させてもらいますよ?」

「そうか」

 

 スーパーのビニール袋……じゃなくて、荷物を手放しながら斬魄刀を抜いて構えます。

 

 ……今! 今なんだか嫌な音がしたわ!

 そっと下ろす時間も惜しかったから荷物は捨てる勢いで手放したんだけど……卵とか、絶対に割れてるわよね……せめて果物! 果物は無傷でいて!!

 

『本当に主婦みたいでござるな』

 

「お嬢さんは私の後ろへ!」

「は、はいっ!」

 

 斬魄刀を向けていますが、痣城は無表情のまま微動だにしません。私のことなど歯牙にも掛けないといった様子です。

 ……そりゃあ、二百五十年前はまるで通用しなかったんですけどね……

 けれど私だって成長はしています! なんとか捕縛を――

 

「おう、いたいた! てめえだな? 隊長でもねえのにその羽織を着て遊んでるばかりか、ウチの妹に絡んでいるってふてえ野郎は!!」

「お兄様!!」

「大前田三席……え、お兄様?」

 

 と思っていると、通りの向こうから二番隊の大前田三席が現れました。

 痣城に向けて、背後から喧嘩を売るようにドスの利いた声をぶつけています。

 けれども痣城はまるで相手にしていません。聞き流しているように無反応のまま、私に注意を払っています。

 

 ……いえ、それよりも……

 お兄様!? 今この()、お兄様って言ったわよね!?

 ということは、大前田三席の妹さんなの!?

 

 

 ……え、妹?

 

 だって……え?

 

 え、ギャグ……?

 

『何を言ってるでござるか藍俚(あいり)殿?』

 

 利発そうな妹さんなのよ!!

 

 

「ありゃ、湯川隊長がなんでここに? まあ、構いませんや。このふざけた野郎はオレが今すぐ……」

「駄目!」

 

 私が居ることに驚きつつも、まずはこちらを優先とばかりに、背後から痣城の肩を掴もうとしました。

 慌てて止めるように声を上げながら、私も斬りかかろうとします。

 

「……あ? ぐおっ!?」

「くっ……!!」

「お兄様!」

 

 ですが動き出そうとしたその直前、嫌な予感を感じて私は斬魄刀を振るいます。まるでその動きに合わせたように、斬撃を受け止めたような衝撃が手に走りました。

 私が見えない攻撃をされると同時に、大前田三席の身体は宙を舞いそのまま地面に叩き落とされています。

 

 ……なんだかさ、攻撃の種類に差があるわよね?

 なんであっちは投げ飛ばしただけなのに、私は斬られかけたの??

 

藍俚(あいり)殿? 藍俚(あいり)殿は隊長でございますよ? 三席を相手にするのとでは扱いに差が出るのも当然のことでは??』

 

 それもそうね。

 

 それにどうやら相手も手加減してくれたみたいだし。

 ……本気で来られたら、一瞬で全身を切り刻まれていたでしょうからね。

 

「やはり無駄メシ喰らいか。君が出来る最善があるとすれば、湯川に任せて逃げることだ。その程度のことも理解できないとは」

「ふ、ふざけんな! そんな真似が出来るかよこの野郎!!」

「いえ、大前田三席。申し訳ないけれど、彼の言う通りよ」

「湯川隊長!?」

 

 衝撃を受ける大前田三席ですが、そういうわけじゃないのよ。

 

「あなただからって訳じゃないの。本当に痣城を相手にするのなら、それこそ全隊長を集めるくらいの相手なのよ」

「ぜ、全隊長を……ですかい……? この貴族のボンボンみてえなのが、そこまで……?」

 

 そう告げれば、どうやら事態を飲み込めたみたいです。

 恐ろしげに呟きつつ冷や汗を流しながらも、けれども勢いよく立ち上がると自分を鼓舞させるように叫びました。

 

「だからって、ここで"はい、そうですか"って訳にはいかないんですよ! こちとら"他人を巻き込んででも敵を仕留めろ"ってのがやり方でしてね!! だから希代(まれよ)! お前は早く逃げろ!!」

「!」

「おめーに気を遣うつもりなんざねえって言ってんだよ! だからとっとと逃げろ!!」

「……お兄様」

 

 そっか、妹さんがいるんだものね。

 兄としては逃げられないわよね、意地があるわよね。

 でも出来れば、一緒に逃げて欲しかった……いえ、本気で仕留める気なら逃げても一緒よね……

 そんな決意が伝わったのか、希代さんが口を開こうとした瞬間――

 

「縛道の六十三、鎖条鎖縛(さじょうさばく)!」

 

 かつてよく知っていた霊圧がお店の奥から現れたかと思えば、縛道が放たれました。

 (しろがね)元副隊長! え、ということは……

 ああ、ここって(しろがね)さんのお店の前だったのね。痣城を相手にしていたからか、全然気付く余裕がなかったわ。

 

 となると、こっちから感じる凄い勢いで走ってくる霊圧も……久しぶりねぇ……

 

「ぱっ、ぱ、ぱぱぱぱ、パパ上ぇ!?」

「お父様!」

 

 続いて現れたのは、茶髪でパーマリーゼントの髪型に紫レンズのサングラス。おまけに金むくのネックレスを付けた、どこからどうみても"ならず者"の格好をした厳つい顔の男性です。

 大前田元副隊長!

 あ、大前田希ノ進(まれのしん)さんの方ですよ。

 現役なのは大前田希千代(まれちよ)さん。希ノ進さんはその父親です。

 

『大前田元副隊長だと、ややこしいでござるな』

 

 砕蜂が夜一さんを連れて来て、無理矢理役職につけたからねぇ……

 希千代さんも"元副隊長"って呼べなくもないのよね。

 

 そんなことを考えている間に、希ノ進さんは縛道の詠唱を始めました。

 完全詠唱の五柱鉄貫(ごちゅうてっかん)を放ったかと思えば、(しろがね)さんはそれに合わせて六杖光牢(りくじょうこうろう)を放ち、痣城の動きを封じ込めようとします。

 ですが、手はまだ止まりません。

 断空を疑似重唱で唱え、痣城の前後左右上下の計六面を覆いつくして閉じ込めます。

 

「す、すげぇ……」

「おう、お前たち、無事か!」

「どうしてお父様がこちらに!?」

「家に居たら、会社の部下から連絡があってなあ」

 

 大前田兄妹の二人は、現れた二人の姿に目を丸くして驚いていました。

 

「希ノ進さん、(しろがね)さんも。お久しぶりです」

「おう! 湯川副……じゃねえ、もう隊長だったな!」

「ご無沙汰しております」

 

 私の挨拶に、二人とも返事はしてくれました。

 ですが、緊張した面持ちはそのまま。視線は一瞬たりとも痣城から外しません。即座に動けるようにと、構えを取り続けています。

 そんな二人に向けて、私は申し訳なく言葉を続けます。

 

「ご助力、感謝します……と言いたいところなんですが……」

「やはり湯川はよく理解している」

 

 私の言葉の後に続くように、痣城の周囲に張り巡らされていた四重の縛道が、空気に溶け込む様に一瞬で消え失せました。

 

「鬼道、それも縛道は最悪です。それなら肉弾戦の方がまだ……」

「仕方ねえだろ! 斬魄刀は返しちまったんだからよ!!」

「多少なりとも効果はあるはず、そう踏んでおったのですが……これほどとは」

「仮に斬魄刀を有していようと同じ事だ。君たち程度では私には通じぬ……」

 

 口惜しそうに唇を噛み締める二人へ向けて言葉を口にしていた痣城でしたが、不意にその言葉が途切れました。

 同時に一瞬だけ視線が横に動きます。

 

「……無駄な問いかけをするな」

 

 ……え? 

 

「……黙れ。黙れと言っている! その程度、理解している!!」

 

『(おや? 今何か、一言多かった気がしますな……?)』

 

 な、何が? 誰も何も言ってないわよね? 痣城は、誰に何を言ってるの?

 私と同じように困惑しているのか、希ノ進さんたちからも動揺する気配が伝わってきました。

 それにしても「黙れ」って……何かしらね? 射干玉がまた悪さでもしたのかしら?

 

『呼んだでござるか?』

 

 呼んでないってば!

 

 ……あれ? なんだか今の一瞬、もの凄い既視感……

 ま、まさか……ねぇ……

 

「これ以上は、無意味だな。私はそろそろ(いとま)を告げさせてもらう」

「なッ……! ちょ、ちょっと待ちやがれ!!」

「二百五十年前、君の家族への慰謝料は利子も込めて勘定台の上に置いておいた。受け取ってくれると助かる」

 

 突然のその物言いに希千代さんが引き留めようとしますが、痣城は意に介しません。

 (しろがね)さんへと向き直ると淡々と告げ、そしてその身を空気へと溶け込ませて消えていきました。

 

「……逃げた? いえ、何かを優先したのかしら……?」

「なんにせよ、助かったってことだよな……?」

「そのようですね……いやはや、生きた心地がしませんでしたわい……」

 

 希ノ進さん、(しろがね)さんと合わせて、大きく息を吐き出します。

 

「とはいえ、まずは感謝を。お二方とも、現役を退いたにも関わらずありがとうございました」

「いや、俺たちじゃ全く役に立たなかったみたいだな……てかよ、どうしてこの場にアイツがいるんだよ? おかしいだろ」

「考えるに今回の旅禍の襲撃事件が影響しているのではありませんか?」

「でしょうね。被害を受けて封印が緩んだ? いえ、それよりもまずは事実確認と総隊長に報告を――」

「あの~……」

 

 三人で簡単に意見を出し合いながら今後の方針を決めようとしていたところ、希千代さんの遠慮がちな声が聞こえてきました。

 

「つかぬ事を窺うんですが、湯川隊長もパパ上も、アイツのこと、ご存じなんですかね?」

「え……?」

「はぁ!?」

 

 その言葉に思わず私たちの目が点になりました。

 

「希千代……お前、まさか……アイツを知らないのか?」

「……え!? い、いやその……」

「ったく、砕蜂のヤツ! 希千代への指導はどうなってんだよ!! 夜一さんを連れ戻したのだけは評価してやってもいいが……いや、だとしても今この場にいない時点で落第だな。どこで油を売ってやがるのやら……」

「それは厳しすぎませんか? 痣城剣八の霊圧は……」

「あー、そういやそうだったな。ま、この場にいないヤツのことはこのくらいにしておくか」

 

 希ノ進さんはボリボリと頭を掻きます。

 

「いいか希千代、アイツは痣城剣八って言って、本来ならあと二万年は無間にいるはずの大罪人なんだよ」

「無間に!? そ、そんなヤツがどうして!?」

「それは知らねえ。それより希千代、ちょっとこっちに来い」

「へ、パパ上……?」

「お説教だ」

 

 あらら、連れて行かれちゃったわね。

 まあ、さすがにねぇ……大前田三席の立場からすれば、知らないのはちょっと看過できない問題よね……

 

「……あら?」

 

 連れて行かれる姿を見送っていたところ、隊首羽織の袖がくいくいと引っ張られました。

 視線を動かせば犯人は希代さんでした。

 

「ありがとうございました! 湯川隊長様!!」

「いえいえ、私は何もしていないから……」

「そんなことはありません! あの隊長さんに立ち向かう湯川隊長様のお姿は、とても凜々しくて素敵でした!」

 

 そう言われて悪い気はしないけれど、でも感謝にしては少し過激すぎないかしら?

 

藍俚(あいり)殿! ここはチャンスですぞ!! この幼女を誑かしてしまえば!!』

 

 いやいや、それは無理だって。

 この()は大前田さん家の子なのよ?

 

『つまり、お金持ちでござるよ!! 金持ちは味方につけておくべきでござる!!』

 

 それもそうか……って、一瞬でも納得しちゃ駄目だってば私!!

 

「ははは、湯川殿が面食らうのも無理はありませんなぁ。こちらのお嬢ちゃん、実は四番隊を志望しておりましてのう」

四番隊(ウチ)を? 隠密機動じゃなくて?」

「はい! 救護隊はそんなに甘くはないとお父様たちからは止められているのですが……」

「志望先の四番隊、それも隊長を目の当たりにして、嬉しくて仕方ないのでしょう」

 

 そ、そうなんだ……

 だったら私も、何か隊長らしいことをした方がいいわよね?

 

「希代さん、立派な死神になって四番隊で一緒に働ける日を、私も待ってるわ」

「は、はいっ!!」

「だから、一生懸命に頑張ってね」

「はいっ!!!!」

 

 こんなところかしら?

 

『そして成長した希代殿をマッサージするわけでございますな!! テリトリーの四番隊に連れ込んでしまえば、後は……でゅふふふふ……!!』

 

 そう! 今だとさすがに幼すぎるから、もうちょっと胸とお尻を……って、射干玉!! そんなんじゃないから!!

 まったくもう……

 

 

 

 

 

 

 

 ……っていうか、これ……

 間違いなく、緊急の隊首会案件よね……

 

 ……また? 昨日もやったばっかりなのに!!

 

 ごめんね……勇音、ごめんねぇ……

 私が出歩いちゃったばっかりに……本当にごめんねぇ……

 

藍俚(あいり)殿の責任ではないと思いますが……』

 

 え、私が出歩いたからフラグを立てちゃったんじゃないの? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あ、忘れるところでした。

 買った材料、半分くらい駄目になってました……

 




●大前田さん家
・希千代
 原作通り「十一番隊の隊首羽織を着ている人と妹が揉めている」と連絡を受けた。
 ただこの世界だと、その隊長は卯ノ花さん。なのでそこまで心配していなかった(仮に卯ノ花さんと絡んでいたのなら女性という情報も来るはず)
 よって「馬鹿な貴族が隊長ごっこでもしてるんだろう」と判断。それでも可愛い妹のために急いで来た。
 痣城に最初から喧嘩腰で接していたのは、上記理由から。

・希代
 四番隊志望の子なので、その隊長に出会えてニッコニコ。

・希ノ進
 特に原作通りのはず。
 ただ砕蜂がいないので、矛先は息子に。
 可愛い息子だけど、ちょっとだけお説教。

●砕蜂
夜一さんと一緒にいます。
同じ隊で隊長と副隊長だからね。
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