「
『おおーっ!! 流石は
リクエスト通りに足を垂直に上げると、ゴムボールは大層喜びました。
色の区別もつかないような真っ黒ゴムボールのはずが、どうにもこの瞬間だけは顔――というか全身を真っ赤にするほど興奮している様子が見えるようでした。
『おおっ! なんと!! 袴がズレて丸見えに!? 紐パン……いやいやこれはもっこ褌でござったな!! ムチムチの太腿までもが白日の下に!! 拙者は今、新たな歴史の立会人になったでござる!!』
「そーれっ!」
流石に暴走が過ぎるようなので、サーブでぶっ飛ばしてお仕置きです。
『いやぁ、失敬失敬。何しろ神降臨と見間違うほどの光景でござったので……』
「神降臨って……」
……あなたがそれを言うの……? というか、言って良いの?
『むしろここは"神キター!!"の方が良かったですかな?』
「知らないわよ!!」
暇があれば刃禅を続け、斬魄刀と交流して心を通わせる続けること早数十年。
会話は出来るようになりましたが、未だに名前を聞けていません。今日もこうして刃禅して精神世界へと入り、お稽古です。
というか、これで本当に心を通わせられているのでしょうか?
さっきのだって、このゴムボールのリクエストのままにやってしまいましたけど……
立場を利用した只のセクハラなんじゃないのこれ!?
「ねえ、ゴムボールさん……これで本当にあなたの名前を知れるようになるの? 私が知っているのだともっとこう――"修行しました!"みたいなことをするって思っていたのだけれど……」
『ククク……フハハハハ……!! アーハッハッハッハッ!!』
三段笑い!? ……あなた、どこの悪役なのかしら?
『いやぁ、一度やってみたくて……とと、そうでござった。名前を知る方法についてでござったな。どうも本筋から外れてしまうのが拙者の悪い癖というか……』
それはこの五十年くらいの交流でホントによく知ってる。
『結論から言えば"
「確かにそうだけれど、もっとこう……あるでしょう!? ほぼ毎日アンタとバカ話したりモノマネ大会やったりしてるだけよ?」
『なんと!
う……そう言われると確かに。
『とまあ、冗談はさておいて――』
「おい」
『――漫画のように絵的に派手で分かり易い方法だけが、始解へと通じる道ではござりませぬ! まったく同じ性格や趣味嗜好を持つ人間など存在せぬのと同じように、斬魄刀もまた千差万別。その手段も様々になりますので。無駄話で何とかなるのならその方がよっぽど良いではないですかな? 』
「それは……」
そう言われると弱いわね。
「確かに、そうね……世間話ばっかりだったから、修行してるって気になれなくて……ごめんなさい」
『んほぉ~!! その愁いを帯びた表情たまりませぬ!! 神! これが神!! 神推し! 全推し!
「そーれっ!」
相変わらず良く飛ぶわねぇ。
『まあ、そこまで気にし続ける必要もござらぬよ。卍解に目覚め、歴史に名を残すような死神がいる一方で、始解にも至れぬまま終わる死神もいるのもこれまた当然。大事なのは、諦めずに挑み続けることでござる』
「それもそうね。ごめんねゴムボールさん、ちょっと弱気になってたみたい」
『なんのなんの! 悲しげな表情を見るのも、ぶっ飛ばされるのも拙者にとってはご褒美でござるので!
「ありが……とう?」
………………ん? 今なんて…………!?
「ねえ、ゴムボールさん。今、ひょっとして……
『んほおおぉっ!? まさか、まさか名前が聞けたのでござるか!?』
「良いのよね? 射干玉って名前で、良いのよね!?」
『その通りでござる!! それが拙者――いや、仮ではござるが――名前でござるよ!!』
「やった! やったぁ!! これで始解が出来るのね!?」
『しかりしかり!』
よ、良かった……長かった。ここまで来るのに本当に長かった……
『いやぁ、思い返せば
「長かったわねぇ……本当に、本当に長かったわねぇ……」
あれ、なんだろう。目から涙が止まらないよ。
同期がどんどん先に行っちゃうのに、私は始解も出来ないまま……名前を聞くだけならばそこまで大変なことではないって認識だったのに……私は一世紀半も……
「射干玉!! これからよろしくね、射干玉!!」
嬉しくって嬉しくって、何度も名前を呼びます。
色々ありましたが、そんなこと一切合切気にならなくなるほどの嬉しさだけが私の心の中を占有していました。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「さて、もう日も落ちているし……破道の二 蛍火」
――翌日。
四番隊業務を終えた私は、鍛錬場までやってきました。
ここは敷地内の一角に存在する四番隊隊士用の鍛錬場、ですが隊の特色もあってか使う人はあんまりいません。定期的に義務づけられた戦闘訓練時以外には使ったことがない、という死神もいるくらいですが。
今回の場合は寧ろ、ありがたいくらいですね。
破道で灯りを生み出し、視界を確保してから。逸る気持ちを抑えつつ、斬魄刀を抜き放ちます。
「
解号を唱え名を呼ぶことで斬魄刀の始解が完了し、能力が解放されます。同時に斬魄刀そのものの形状も変化しました。
基本的には始解しても刀のまま、色や刀身・部位が変わる程度の変化が主流なのですが、場合によっては槍や鎖付き鉄球になる物もあります。
能力と同じで、形状も千差万別ですね。
そして、
基本形状は刀のまま。ただ刀身全体が黒一色へと変わります。
切っ先から根元まで全てが黒一色で、見た目だけで言えば精神世界で出会った射干玉の本体がまとわりついたような印象です。
変化はそれだけ。
鍔は黄色で丸型、柄巻の紐は赤ですが、これは浅打の時のまま。
とはいえ、浅打の形状自体が死神が霊圧をコントロールすることである程度自在に変化させられるので、結局変わる部分は刀身が真っ黒になるだけです。
「なんとも……ちょっとだけ禍々しく思えるのはどうしてかしらね?」
二、三度軽く刀を振るって重心などの具合を確かめます――が、これも浅打の時と同じ。本当に形状に大きな変化はありませんね。
「まあ、変わられても困るから不満は無いけれど」
槍やら斧などの別の武器に変わられると、それらの武器の扱いについても学ばないといけないので。
覚えが悪く成長の遅い私からすれば、むしろ変化が無いのがありがたい。剣術だけでいいですからね。
槍術などまで覚えられる自信はこれっぽっちもありません。
「次は能力の確認ね。こっちは射干玉から直接聞いていたけれど……」
昨日、名前と一緒に聞いた能力のことを頭の中で反芻しながら、物は試しと切っ先で地面を軽く斬ります。
そして地面を斬った辺りへ足を乗せると――
「わっ、わわわわわっ!?!?」
――踏ん張りが全く利きません。
結構体感なり鍛えているので、雨の中で泥だらけのぬかるみを走っても転ばない自信があったのですが、これはそういう次元ではありません。
「これ……使い方によってはとんでもなく恐いわね……」
先程滑った部分を今度は手で撫でてみます。
踏んだ時と同じように、一切の抵抗なく指先がツルツルと、面白いように滑って行きます。僅かな引っ掛かりすらもなく、地面を触れているとは思えないほど。
――刀身で触れた部分の摩擦を操る。
簡単に言えば、これが射干玉の能力です。
それだけ聞くと地味な能力としか思えないかも知れませんが、使いこなせれば恐ろしい能力ですよコレ。
先程私がすっ転んだ時よろしく罠のように仕掛けておけば、踏んだ相手は確実に大きな隙が出来ます。だって間違いなく転びますから。
自分の身体に仕込めば、殴られても斬られても刺されても、物理的な攻撃ならば完全に無力化できます。
なにより恐ろしいのは、摩擦を
足裏の摩擦を思い切り強く上げれば接地面との抵抗力が大きくなり、急ブレーキを掛けられます。
この抵抗を応用すれば更なる高速移動だって不可能ではありません。
「オマケに、ヌルヌルしてるのよね……」
先程まで地面を撫でていた指先は、まるでオイルにでも触れたかのようにヌルッとしています。良く見れば、点描のような黒い点が幾つも付いていました。
摩擦を操るのですからヌルヌルしているのは分からなくはありませんが、この点々って一体……?
『お答えいたしましょう!!』
「――え!? ぬ、射干玉!?」
『左様ですぞ!! 始解まで到達いたしましたからな! こうして呼びかけることも可能になったようで……いやぁ、これからいつでも
「そ、そう……」
あ、分かっているかも知れないけれど。
射干玉の声は他の人には聞こえないわよ。あくまで私の中から、私だけに向けて投げられた言葉だから。
『昨日は摩擦を操ると伝えましたが、実際はちょっとだけ違いまして。その黒い点々は拙者の肉体を塗りつけているわけでござるよ』
「に、肉体!? あなた、ゴムボールじゃないの?」
『当然ですぞ、失敬な。幾ら
「じゃ、じゃああなたって一体……??」
『拙者は粘菌――
「スライム!?」
浮かんだのは某水滴みたいな形をしてて両目と口があって"ピキー"とか鳴きそうなレベル99まで鍛えると灼熱の炎を吐いたりマダンテを使う生き物――ではなくて、こうアメーバのようにドローッとしてネバーッっとしてヌチョーッとしてヌルーッとしている不定形生物でした。
「……つまり、刀身で触れることであなたの肉体を塗りつけている。あなたの肉体の能力自体は、摩擦を操作できる。ネバネバしているのはスライムだから。黒い点々があるのも呼び出された真っ黒ゴムボールがへばり付いたから――ということ?」
『いやぁ、
「うわ、ホントだ……」
試してみればヌルヌルの粘度は更に増して、片栗粉でトロミを付けたときか、はたまたボンドを水に溶かしたような状態になりました。
指の一本一本にヌトヌトした油のような粘液が絡みつき、指先を軽く擦り合わせてから離せば糸を引いた粘液が橋のように掛かりました。
濁り粘ついた液体が、手のひらいっぱいに広がります。
『むほおおぉぉっ!! これはもう、これはもう!! 光景が犯罪でござる!!』
「な、なんで興奮してるのよ……? というかこれ、どうやって取るの?
『始解を解除すれば、全てが綺麗さっぱり消えますが。一箇所だけを消したい、というような場合には火が弱点でござるよ』
「火?」
ちょうど灯り代わりに生み出していた蛍火へ、ぬるぬるになった指先を差し出してみました。すると――
「わぁっ!?」
――予想以上に勢いよく燃え上がり、けれども一瞬にして燃え尽きました。
あ、全然ヌルヌルしなくなった。ホントにただ粘液部分だけが焼失したのね。それに火傷とかも全然してない。
『いかがでござるか!? いかがでござるか!?
確かに、クセは強いけれど強い能力みたいね。
ただ……
……これからはいつでもコイツと会話かぁ……疲れそう……
●ぬばたま
1.緋扇(ヒオウギ)という植物の黒い実のこと。
2.(上記の実の色から)黒・夜・黒髪・その他の黒を連想させるものに掛かる。
夜の連想から、月・夢などにも掛かる。
●斬魄刀のまとめ(始解編)
名前:射干玉(ぬばたま)
解合:塗れろ(まみ-れろ)
形状:刀身が真っ黒になる。柄や鍔などは変わらない。
能力:摩擦を操作する。
摩擦は重要です。
人が立っていられるのも、スカートからパンツがずり落ちないのも、摩擦のおかげ。
直接戦闘能力は無いが、応用の幅はある方。
弱点は火。マッチの火程度で簡単に着火して一瞬で燃え尽きる。
操作と言っているが、正確には
(よく見ると刀身が触れた部分はゴマ粒みたいな点々があるのが分かる)
感触は油のようにヌルヌルしている。
……ヌルヌルしたオイルのようなナニカ……
オイル……マッサージ……
※ 能力を真面目に考察してはいけません。ノリで「こんな感じなんだ」と。
●浅打→斬魄刀(始解)時の刀の形状変化
基本、各死神が持っている斬魄刀は浅打の姿のまま。
始解するとそれぞれの形状に変化する。
でも浅打は死神がサイズや形状をコントロールできるので、皆さん好き勝手(持ち主の趣味が反映した姿形)になっている。
(マユリは禍々しい感じに。総隊長は杖の形に。のように浅打の頃はファッションみたいに自由)
……という認識。違ってても知らない。