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それは、死神と貴族のために作られた瀞霊廷の中でも、とりわけ異質な区画。
流魂街の、それも七十番台以降の区画のように
貴族という言葉とは正反対の、厳めしい顔をした男たちが蔓延る区画。
その区画の中心には、十一番隊の隊舎が存在する。
周囲のむくつけき男たちなど歯牙にも掛けない、猛々しい虎たちの集まり。
「さあ、行きますよ剣八」
「おう! ……しかし、あんたも一緒に行くのか……」
「当然です。私は隊長、剣八は副隊長ですから」
だがその街並みの様子も、今日は随分違っていた。
通りの先頭を行く卯ノ花の後を付き従うように、更木が続く。
「ま、そりゃいいんだけどよ……お前らまで来るこたぁねえだろうが……」
「何いってんすか。こんな面白そうなこと、見逃すわけがないでしょう!」
「そうそう。それに隊長が来いと誘ってくれたんです。隊長命令には従わないと」
更木の言葉に答えたのは弓親と一角だ。
二人は更木の後に続く位置に陣取って歩いて行く。
「……チッ。まあいい、今日は俺の斬り合いだ。割り込んできたら、てめえらだろうとあんただろうとぶった斬るからな」
「頼もしいですね。ええ、そのときは是非お願いしますよ。私を失望させないでください」
そんなことを言いながら歩き続ける、護廷十三隊でも指折りの猛者たち。その彼らの後にはさらに、十一番隊の隊士たちが囁きながら続いていく。
「つーか、初めてだよなこんなの?」
「あん? まあ、そうだな……」
「卯ノ花隊長が久しぶりに復活させるって言ってたらしいけど……」
小声で囁きを交わし合いながらも歩みは止めず、それどころか歩みを進めるに従って口数は減っていく。
一歩一歩進むごとに一団の歩みは力強く、自信に満ち溢れていくようだった。
「……なんだか、美味しそうな匂いがする……あいりんのお菓子の匂い……」
「うー……でも、剣ちゃんを置いていく程じゃないような……でも、食べに行きたいような……どうしようつるりん!?」
「……俺が知るかよ」
……訂正。一カ所はいつも通りだった。
と、ともあれ!
そんな十一番隊の行軍を、轡町の住人は感動したように眺め続ける。
二百人近い集団が大通りを闊歩するその姿は、彼らにとっては象徴のようなものだ。
興奮・感動・誇り・憧憬……目にするだけで様々な感情を抱く。
「この光景をまた見られるとはなあ……」
「なあ、これなんの集まりなんだ?」
「知らないのかい? 出入りだよ出入り! なんのこたぁない、ただ斬り合いに行くだけの話さ!!」
「昔は十一番隊の名物だったんだ。けど、刳屋敷の時代で廃れちまったかと思ったが……」
「長生きはするものじゃのう……」
事情を知らぬ若い住人の一人が尋ねれば、予想以上の勢いで答えが返ってきた。
「ましてや、あの卯ノ花が先頭に立ち、更木が後に続いておる……儂は今ココで死んでも満足じゃよ……」
年老いた住人は、嬉しそうに言いながら目から大粒の涙をこぼしていた。
『――とまあ、こんな感じになってるよ! キハハ! あの更木が卯ノ花に従って歩いているとか、似合わないったらありゃしないね!! キハハハハハ!!』
そ、そうなんだ……ここから十一地区の様子も見られるとか……
便利すぎるわね……
あと草鹿さん、なんで匂いを感じてるの……?
ここからどれだけ離れていると思っているのよ!?
『まあまあ、相手はやちる殿でございますから! 地球の裏側からだってやってくるのは当然でございますよ!!』
そうよね……気にしたら負けね……
しかし出入りとは……卯ノ花隊長も粋な計らいをしてくれるわね。
十一番隊の隊長になった時は各隊長の前だけだったから、花道というかハク付けというか、そういう狙いがあるのかしら?
何だかんだ言って、更木副隊長のことが可愛くて仕方ない人だもん。
でも、出入りをしてるって分かったら、私も一緒に行けば良かったかしら?
刳屋敷隊長の時は名物だったから、久しぶりに自分の目で見たくなったわ……
……あ、一応説明しますね。
現世に行くのに
だから、十一番隊は十一番隊用の門を。私は四番隊用の門を。それぞれ通って現世へと向かっているの。
『まるで飛行機の機長と副機長が別々の物を食べるようでございますな!』
やめてよ縁起でもない! そうなったら……私が痣城の相手をしなきゃ駄目、よね多分……
『そして、剣の字をとっ捕まえた
そうなるから絶対に嫌なの!!
ああもう……あ、忘れるところだったわ……
伝令神機でチルッチに連絡を入れます。
「……あ、チルッチ? 私よ」
『
「そのことなんだけど、困ったことに、ロカちゃんを狙っている死神がいるの』
『ハァ!?』
受話器の向こうで「わけがわからない」という声が聞こえてきました。
『……何、アイツってそんなおたずね者なの?
「そうじゃないんだけど……
『戦力って……またアンタたちみたいな隊長がわんさか
無意識に首を横に振りながら答えます。
「いえ、現世までのつもり。ロカちゃんは現世にいるみたいだし、そこで決着を付ける腹づもりよ」
『そうなの? それなら――あ、ちょっとアンタまた勝手に――もしもし!?』
あ、声がネリエルに変わった。心配しすぎて伝令神機を奪い取ったわね。
ということは、ずっとチルッチの近くで待機して連絡を待っていたのかしら?
……伝令神機持っていないから仕方ないんだけど……ネリエルにも渡しておけばよかったかしら?
『あの、今声が聞こえて! ロカちゃんのためにまた隊長さんたちが
「落ち着いて! そうじゃないの!」
聞こえてきた内容からすると、そう思うのも仕方ないかしら?
「どちらかというと、とある死神がロカちゃんを狙っているのよ。彼女が持っている能力が欲しいみたいで、それを防ぐためにも
『そ、そうなの……よかったぁ……』
向こうからホッとした声が聞こえてきました。
……言えないわよね。痣城の目的を防ぐのに一番手っ取り早いのは、ロカちゃんを消す事なんだけど……絶対に言えないわよね……
私の意地に賭けても、守ってみせるわよ!!
「そうそうネリエル。ロカちゃんと少しの間だけ接触できて話もしたんだけど……彼女、帰ろうとしなかったわよ?」
『ええっ! そ、それ本当なの!?』
「なんだか思い詰めていたっていうか、顔を出し難そうだったっていうか……何か心当たりはあるかしら?」
そう尋ねると、向こうは数秒沈黙しました。
『……やっぱり、ザエルアポロの下にいたことを気にしているのかな? でももうザエルアポロはいないし……』
「ちょっと待って!! ザエルアポロ!? 今、ザエルアポロって言ったの!?」
『ええ、そうよ。ロカちゃんは元々ザエルアポロの
「そのザエルアポロだけど、
繋がってきたわねぇ……
『じゃ、じゃあロカちゃんは……その偽物が原因で!?』
「離れられない、行動を操られているのかもね。ただその偽物、足取りが全く追えないの。もしかしたら
『わかったわ、探してみる。湯川さんも、ロカちゃんに会ったらなんとか説得して! お願い!! ――ほら、チルッチ! 行くわよ!!――ハァ!? 行くってどこに……ちょっと、説明をしなさい!! あんたら二人も何を当然のように従って……』
……聞こえてきた声がなんだか哀れで、思わず通話を終了してしまいました。
しかしまあ、こんな風に繋がるのね……
『情報提供者が色んな場所にいるのって、本当に便利でござるなぁ……』
『キハ! ボッチの剣の字じゃ千年かかっても無理な芸当だね! もう少し人を頼ってればよかったってのに!!』
自分の持ち主なのに、凄い評価……
『それはそうと
『雨露柘榴殿が痣城殿にブチ込むわけですかな? おお、それはそれは……』
『相変わらず射干玉ちゃんも好き者だねぇ! そんな風に官能的な言い回しをされたら興奮してきちまうよ!!』
……もうそろそろ現世に着くわよー? 降りる準備できてるー?
さて、現世に到着したわけですが……まだ十一番隊は来てないみたい。
どうしたのかしら……?
『キヒッ! キヒヒヒッ!! どこで油を売ってるのかねぇ……!!』
……何か企んでるの、雨露柘榴?
まあ、いいわ。
私も私で、一応の考えがあるから。
『
『どれどれ、
探すのは痣城じゃなくて……まずは霊圧を……希望的観測だけど、一人くらいは……
……いた!
遠くの方から感じ取った霊圧目がけて、一瞬で移動します。
「わぁっ! びっくりしたぁ……おねえさんだれ?」
霊圧を放っていたのは、一人の少年でした。
しかも都合の良いことに、一人で行動をしています。これはチャンスですね。思わず口元が緩みそうになるのを我慢します。
少年はというと、突然現れた私の姿に目を丸くしながら、けれど同時に興味深そうに私のことを見ています。
「はじめまして。あなた、ピカロよね?」
「うん、そうだよ! あ、もしかして僕たちと一緒に遊んでくれるの!?」
「うーん、それも楽しそうなんだけど……キミ、私と友達になってくれる?」
「お友だち?」
きょとん、とした表情を見せる少年ピカロに向けて、私はにっこりと頷きました。
「ええ、そうよ。私ね、こう見えてもハリベルやネリエルともお友達なの」
「ハリベルのこと知ってるの!?」
「勿論! それでね、彼女たちからあなたたちの事を聞いて、お友達になりたいって思ったの」
そう言いながら、手にしていた風呂敷包みをピカロへ手渡します。
「これなーに?」
「ふふ、開けてみて」
私の言葉に疑うこと無く素直に従って、彼は包みを開けて――
「ふああああぁっ! なにこれなにこれ!!」
一瞬にして目を輝かせました。
風呂敷包みの中に入っていたのは、私の手作りのお菓子です。
具体的に言うと、干し柿と芋ケンピ! べっこう飴にカルメ焼き!
『おばあちゃん! チョイスがお婆ちゃんでござる!!』
失礼ね! 全部私の手作りよ!!
しかもべっこう飴は、駄目になりかけていた果物を包んであるの! 飴でコーティングしてあるから瑞々しいままだし、果物はちゃんとカットして食べやすい大きさになってるのよ!!
これが私の秘密兵器! 対ピカロ用に用意した物!!
題して「子供なんて一緒にお菓子を食べてりゃ友達になれる」作戦!!
『……あ、もしもし警察でござるか? ここにお菓子で子供を手なずけてロクでもないことをさせようとしている悪い大人が……』
ちょっっっと待ちなさい射干玉!!
これでも気を遣ってるの! 本当なら大根餅とかも用意しようと思ったけど、さすがに子供なピカロだと受けが悪そうかなって思ってやめにしたの!!
ハッカの飴が最後まで残るのと同じ理論なの!!
『はつかのとがめ!?』
……なにそれ?
『い、いえ何も……(知らないでござるか……)』
「お近づきの印よ。それ全部、あなたたちへのプレゼント」
「食べていい!?」
「勿論!」
そう言うと彼は、手近にあったべっこう飴を一つ摘まんで口の中に入れると――
「あま~~い!!」
屈託のない、蕩けた表情を見せてくれました。
「まだまだいっぱいあるから、お友達も呼んであげて」
「うん!!」
元気いっぱいの返事をすると、彼は仮面の名残りに触れながら何やら独り言を言い始めました。
そんな彼にそっとお願い事をします。
「その代わりね、お願いしたいことがあるの。君たちが探しているお姉ちゃんについてなんだけど……」
「うん! 大丈夫、まかせて!! その代わりこれ、もっとちょうだい!! ――そうそう! お姉ちゃんがいっぱいお菓子くれたんだよ! だから集合!!」
……よし! やったわ!!
『……』
なによその目は?
合法! これは合法なの!!
『キハ! キハハハハハ!! キハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!! なるほどなるほど!! こりゃあ剣の字の負け、逆立ちしたって勝てやしないよ!!』
ちょ、ちょっと雨露柘榴! 私の中でそんなに暴れないで!!
※ 緊急速報 ※
お菓子を渡しながら「私たち友達だよね? 君のお友達も呼んでくれる?」などと言って子供に近寄る変質者がいる模様。
児童らに手を出す可能性が極めて高いため、周辺住人は気をつけてください。
なお変質者は、黒髪で黒い着物を着た見た目は若い女性とのこと。
繰り返します。
東京都空座町の上空にて変質者の死神が……