お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第31話 始解すると色々変わります

 昇進しました! なんと第十八席です!

 これも始解が出来るようになったおかげですかね?

 

 ……二十席から十八席かぁ……いや、嬉しいんですよ。

 

 百年掛けて二十になって、五十年掛けて二つ上がったわけですから。

 それだけ聞くとなんだか法則性がありそうにも見えますが、だからといって二十五年後に三つ上がってるとは思えない……私がそんなに成長しているなんて思えない……

 

 同僚のみんなは祝ってくれました。それだけが救いですね。

 

 

 

 そうそう、忘れるところでした。

 あの後色々と能力を試していて気付いたのですが、射干玉の声は始解していないと聞こえないようです。

 さすがに四六時中アレと会話をするのはちょっと……楽しいのは認めますけど。

 

 

 

 ……というか、席次が変わったからまたお役所に届け出を出してこなきゃ……

 あの混みっぷりのところへまた行くのね……

 

 

 

 

 

 始解が出来るようになったら、次は卍解を目指します!

 次のステップに進むためにも修行をしないといけません。ということで――

 

藍俚(あいり)、ようやく始解に目覚めたようで、まずは"おめでとう"と言っておきましょう」

「ありがとうございます、隊長」

 

 ――卯ノ花隊長とのお稽古です。始解を覚えてからは、初めてのお稽古です。

 もう私が始解が可能になったというのも伝達済みです。

 

「ですが……百五十年ですか……」

「それは……その……」

「この分では、卍解は何時になることやら……」

「……ううぅ……申し訳ありません……」

 

 普通なら始解にここまで時間掛かる阿呆はいないんですよね……

 とっくに見捨てられててもおかしくないのに。

 面倒見が良いのでしょうか? それとも何か企まれてる??

 

「まあ、先のことを言っても仕方ありません。それよりも、これからのことに目を向けましょう。ということで藍俚(あいり)、あなたの始解について教えてください」

「え、私のですか? どうして……?」

「勿論、今日からは始解を使うからですよ」

 

 ……え!?

 

「た……隊長の始解をですか!?」

「違います。藍俚(あいり)、あなたの始解ですよ。私の始解は戦闘向きではありませんから」

「私の能力も、直接戦闘向きではありませんけど……」

 

 そう前置きして、射干玉の能力を説明しました。

 とはいえ粘液を塗りつけているというのは――面倒ですし、恥ずかしいので――省き、刀身で触れると摩擦を操っている、としましたが。

 

「なるほど……良いではありませんか」

 

 説明を聞き終えた途端、隊長の目が爛々と輝きました。

 

「斬っても斬れない……ならば危険性はないでしょう。つまり、もっと激しくやっても問題ありませんね?」

「いえ、あの……」

「摩擦を変化させるとは盲点でした。これを突破できれば、私もどうやら更なる高みに上れそうです」

「隊長……隊長……!?」

 

 なにやら呟きながらうっとりとした表情を浮かべていますが……恍惚の表情ではありますが、ひたすら剣呑というか、その……正直恐いです……

 

「何をしているのですか? さっさと能力を使いなさい!」

「は、はいぃぃっ!!」

 

 今度は鬼気迫る顔で言われ、大慌てで能力を使いました。

 一応、全身の摩擦を下げてあるので、多分大丈夫……

 まあ剣を持つ都合上、手の平とかは無理ですけど。

 それと死覇装は腰紐で抑えてあるので、摩擦を下げてもずり落ちたり脱げる心配もない……はず……

 

「では」

「うぐっ!?」

 

 斬られた……んだと思います。

 何しろ剣速が凄まじすぎて何も見えませんでした。私が感じられたのは、強烈な衝撃だけでした。

 

「なるほど、なかなか面白い手応えですね。にもかかわらず、斬れてはいない……面白い、実に面白いですよ!!」

 

 一旦、何かを確かめるように剣を見ていた隊長ですが、その表情がどんどん恐ろしい物へと変わっていきます!

 

「ほらほらどうしました藍俚(あいり)!? 斬れていないのですから、反撃は可能でしょう!?」

「そんっ……な……っ……!」

 

 確かに斬撃ではありませんが、代わりに打撃になっています。

 鈍い痛みが各所から襲い掛かって来て、心が折れそうです。

 必死で己に回道を使いながらがむしゃらに反撃しますが、今回はその一切がまるで通用しません。

 

「その程度ですか? 今あなたには本気――の少し手前くらいで攻撃しています。好機ですよ? 私の攻撃に喰らいつき、盗み取ってみなさい!」

「くっ……!!」

 

 一秒間に少なくとも十回は攻撃をされている気がします。

 それでも何とか、これだけ攻撃されて目が慣れたのでしょうか? 十数回に一回程度ですが、摩擦を利用して完全に攻撃を逸らせるようにはなりました。

 

「ふふ……うふふふ……! あはははははっっ!! やれば出来るではありませんか! そうです、それです! それを私に打ち破らせてみなさい!!」

 

 時々混じる変わった手応えに気を良くしたのでしょう。

 隊長が、その……剣術の鬼です……これはちょっと……下手な(ホロウ)顔負けの恐怖です……

 

『ぬほほほほほっ! これが卯ノ花殿の剣術でござるか!? 藍俚(あいり)殿を通して知っていたつもりでござったが、これが本物!! ナマでござる!! ナマは全然違うでござるよ!!』

 

 射干玉!? あんたなんで出てきたの!?

 

『これはもう! これはもう!! 逝ってよし!! 拙者、逝ってよしでござるよ!!』

 

 何が"逝ってよし"よ!? って、ああああ!! ツッコミ入れてる場合じゃない!!

 

「どうしました? 集中が乱れていますよ! もっと私を愉しませなさい!! それとも私との戦いはそんなに退屈ですか!?」

 

 ツッコミを入れるのには一秒も掛かっていませんが、その一秒という時間があれば隊長は私を十回殺せます。というか十回殺してもお釣りが来ます。

 射干玉に気を取られて意識が散漫になったのを即座に見抜かれ、今まで以上に手痛い攻撃が何度も襲い掛かってきました。

 というかこれ……斬られてる!? 摩擦をゼロにして攻撃を無力化するって能力はどこに行ったの!?!?

 

 か、回道と防御と意識の立て直しにまずは全力を……!!

 

『オウフ! 退屈だなんてとんでもない!! 拙者が斬られるとは、ますます萌え萌えキュン!! でござるよ!! 尊し……いやさ、尊死(とうとし)……』

 

「ああもう、うるさいっ!! ……あ」

 

 ……思わず叫んでしまいました。

 

「……なるほど」

「ち、ちちちちち違うんです隊長! これにはワケが……!!」

 

 後の祭り・後悔先に立たず・覆水盆に返らず……

 昔の人は、良く言ったものですね……

 

藍俚(あいり)、偉くなりましたね……もう第十八席ですものねぇ……隊長であり師でもある私に是非、礼儀というものを教えてくれませんか?」

 

 ひいいいいぃぃっっ!!!

 

 今までで、今までで一番死を感じるっ!?!?

 

『んほおぉぉっ! これが修羅場! これが刃傷沙汰!! 殿中でござる! 殿中でござるよぉぉっ!!』

 

 あんた……本当に、本当にいいぃぃっ!!

 

「熱っ!?」

「おや、燃えるのですか?」

 

 斬られたところが熱い!? いえこれは、斬撃の痛みじゃなくて……燃えてる! 本当に燃えてる!?

 ……まさか、弱点の熱を!? でもどうやって……え!? 剣の摩擦で加熱して発火したの!?

 摩擦を操るって話はどこに行ったの!?!? 摩擦ゼロってそんなに万能の能力じゃないの!?!?

 

「ま、待ってください! これ、燃えると能力消えちゃうんです! 今斬られたら本当に、本当に死んじゃいますから!!」

「そう言えば敵が手を止めてくれると思っているのですか? 弱点だとわかれば、なおさらそこを攻めるものですよ?」

 

 敵じゃないですよね!? 今、稽古のはずですよね!?!?

 

 死ぬ! 私、今日、ホントに死ぬ!!

 

 

 

 

 

 ……生き残れたのは奇跡以外の何でもないと思いました。

 

 私、強くなれてますよね?

 

 三冬とか真琴とか、伊佐子くらいには強くなれてますよね??

 




うのはな の れべる が あがった。

●三冬・真琴・伊佐子
……皆さん知ってますよね?
でもまあ、一応。
三人とも時代小説の女性剣士の名前です。

佐々木 三冬:剣客商売 より
堀 真琴:まんぞく まんぞく より
伊佐子:堀部安兵衛 より

藍俚が肩を並べるなんて烏滸がましい。

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