お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第308話 連合軍

「あ、あの……っ! あのっ!!」

「ロカ嬢! もう少しの間だけ大人しく掴まっていたまえ! でないと舌を噛むぞ!」

 

 猛スピードで疾走を続けるドン観音寺の愛車、名前はジャンヌダルク――の車中にて。ロカは必死で訴えかけようとするものの、肝心のドライバーは聞く耳を持たなかった。

 アクセルをベタ踏みして速度を上げながら、藍俚(あいり)ら四人が集まった現場から離れていく。

 だがその逃走劇も、ようやく終わりを迎えた。春休み中の高校が見えた辺りで速度を緩め、裏手の来客用駐車場に停車させる。

 

「うむ、この辺りまで来ればセーフティだろう」

 

 観音寺はそこでロカの方を向き、真剣な表情を見せた。

 

「……さてロカ嬢、この私に何を言いたかったのかな?」

「え……」

「先ほどから、何か訴えようとしていたではないか。今なら多少は時間もあるぞ」

「え……あ……」

 

 まさかそんな返しをされるとは思ってもおらず、ロカは数秒呆然としながらもなんとか口を開いた。

 

「えっと、その……どうして……どうしてあの場を離れたんでしょうか……?」

 

 ――どうして私を置いて逃げなかったのか? という喉まで出掛かった言葉を飲み込みながら、似て非なる、逃げる様な問いかけをしてしまう。

 

「愚問だなロカ嬢。あの場はバッドなスメルが渦巻いていたのだよ! あのままあの場に留まっていては、ロカ嬢を狙っているという悪漢どもに何をされるか分からない! 我々だけでは守り切れぬやもしれぬ! そう判断し、緊急避難させてもらった!」

「そ、そうですか……」

「……あの一護ボーイの同僚のガールやインテリメガネボーイには、失礼をしてしまったがね。無断であの場を離れたことについて、後で謝らねば」

 

 確かにあれはまあ、失礼だったかもしれない。

 特にあの死神は危機を伝えに来てくれた。ドン観音寺の身を案じてくれた。糸で集まった情報から判断しても、危害を加える事は無いように思える。

 彼女がいれば、大丈夫だろう。きっとこの人を守ってくれるはずだ――そう信じて、ロカは必死で口を開く。

 

「いえ、できれば私を置いて……そのままこの町から離れてください……!」

「なぜにホワーイ!? どういうことだねロカ嬢!?」

「私がいれば、あなたにまで危険が及びます。だから……えっ!?」

 

 話の途中で感じた霊圧に驚き、ロカは言葉を打ち切った。オープンカーから身を乗り出すようにしながら、今まで逃げてきた方角に向けて視線を凝らす。

 凝視すること数秒。

 豆粒のように小さな何かが見えたかと思えば、それはすぐに大きくなって人影を作る。

 

「ロカちゃん!!」

「ネリエル、様!?」

 

 駐車中のジャンヌダルクの隣に、ネリエルが降り立った。

 来る、とは聞いていたが、まさか本当に現世までやってくるとは思わず、

 そして突然現れた破面(アランカル)の女性の姿に、ドン観音寺もまた驚いて声を上げる。

 

「ネリエル……? ハッ! とするとユーが、あの一護ボーイの同僚のガールが言っていた、上司の方だね!?」

「じょ、上司!?」

「なんと美しい……ロカ嬢が囚われのプリンセスだとすれば、ユーはさながらバルキリー……いやワルキューレ!?」

 

 なお同じ言葉である。

 あとワルキューレと呼ぶなら多分、ハリベルの方が良いと思う。特に根拠とか深い意味は全くないけど。もしくはやちる。

 

「上司って何……? 多分、湯川さんが何か変なことを言ったと思うんだけど……そ、それよりもロカちゃん!」

「は、はい!?」

「助けに来たわよ!」

 

 そう叫びながら、ネリエルは身を乗り出しかけていたロカの手をそっと握りしめる。

 

「私と一緒に虚圏(ウェコムンド)に帰りましょう! そうすれば安全よ」

「え……で、ですが……」

「ちょーーーーっと待ったぁ!!」

 

 誰よりも何よりも、ドン観音寺が我先にと割り込んできた。

 まさかここから物言いが付くとは思わず、驚きのあまり目を丸くしながら手を放してしまう。たじろぐネリエルを気にすることなく、観音寺は指を一本立てながら続きを口にする。

 

「チッチッチ! 甘い、甘いのだよ上司の方よ! そう、先ほどロカ嬢が口にしていたスイーツよりもずっと甘い!!」

「ロカちゃんそんなの食べてたの?」

「は、はい……」

「今度ごちそうしてね」

 

 ――ごちそうするのは、無理だと思います……あ、でも糸の能力で再現すれば……!

 

 なんだかんだ言いつつも、ネリエルが来たことが本心では嬉しいようで。ロカは自身の感情に気づかぬままそんなことを考えてしまう。

 

「上司の方よ! あなたは故郷に連れて帰ればロカ嬢の身は安全だと思っているようだ! 違うかね!?」

「え、ええ……そうよ……そのつもりだけど?」

 

 少なくともハリベルは動いてくれるはずだ。となれば従属官(フラシオン)の三人も動くはず。

 チルッチは、頼まなくてもきっと動いてくれるわよね。

 あと説得の仕方にもよるだろうが、ウルキオラとスタークも仲間に加わってくれるはず。

 グリムジョーは……望み薄だろうな。

 と、それだけの戦力があればシエンにも勝てるだろうと、ネリエルは算段する。

 

「答えはノーだ!」

「ええっ!?」

 

 まるで頭の中の考えを見透かされたかのような言葉だった。

 自信たっぷりの態度に「まさか、あれだけの強者を集めても勝てないほどシエンは強いのか!?」と困惑させられる。

 

「先ほどの話を聞くに、ロカ嬢の追っ手の片方は同じ出身だそうじゃないか! 地元出身の土地勘を侮ってはならないのだ!!」

「うーん……」

 

 同じ出身、地元の土地勘――それらの言葉を「ロカはザエルアポロの従属官(フラシオン)であったから、何か奇妙な仕掛けを施されているかもしれない」や「虚圏(ウェコムンド)のどこかに罠を張り巡らせており、そこに誘い込まれて戦う羽目になるかもしれない」というように伝えているのではないか?

 ネリエルはそう感じとり、思わずうなり声を上げた。

 

 ……言うまでも無いが、そこまで深く考えてはいない。

 そもそも詳細な人間関係すら知らないのだ。精々が「田舎に帰ってしばらく身を隠し、ほとぼりが冷めるの待てば良いだろう」くらいの認識である。

 

「何より、そんな輩を野放しにしていてはロカ嬢が安心して夜眠ることもできない! そんなバァァァッッドなシチュエーションを、この私は見過ごすことはできないのだよ!!」

「……ッ!!」

 

 言っていることには一理ある。

 他人に任せきりでは、あまりにも無責任かもしれない。そもそもロカのことを助けてほしいと頼み込んだのも、ザエルアポロ(シエン)との因縁についても、発端はネリエルだ。ロカを自分の従属官(フラシオン)として、一緒に暮らしたいとすら思っている。

 

 

「そうね、私が間違っていた……!」

「おお、美しい上司の方よ! ユーも理解してくれたかね!?」

「ええ! 私も一緒に戦うわ!! だからロカちゃん、安心してね!!」

「え、えっと……」

「はっはっは! その意気は素晴らしい! だが戦いは私に任せておきたまえ! 最終奥義、二連観音寺弾(ゴールデンキャノンボール)の前に敵はいないからね!!」

「なにがだっ!!」

 

 理解者を得て調子に乗る観音寺に、ツッコミが入った。

 声のした方に視線を向ければ、雨竜が肩で息をしながらその場に立っている。どうやら霊子の流れに乗る飛廉脚(ひれんきゃく)であっても、追いつくのに体力を消耗していたようだ。

 というより、ネリエルが速すぎたのだろう。

 

「ぜー……はー……や、やっと追いついた……」

「む、メガネボーイではないか! どうしたのかね? まさかユーも私を追ってここまで!?」

「ああ、そうだよ。湯川さんに……」

「参ったな……サイン色紙は持っていないのだが……」

「違うっ! ……げほ、げほっ!!」

「あ……その、ごめんね……ロカちゃんが心配すぎて……」

 

 咳き込む姿に思わずネリエルが頭を下げるが、雨竜は片手を上げてそれを制する。

 

「ところで今、どういう状況なんだい? 案内と説明役を頼まれたのに先に行かれて、事態がよく分からないんだけど。というか僕としては、死神にも(ホロウ)にもさっさとお帰り願いたいんだけどね!」

「私も少し前に来たの。それで、ロカちゃんを狙う相手と一緒に戦おうってことになって……」

「はぁ!? どうしてそういう結論になっているんだ!!」

「説明しようボーイ! それはだね、ロカ嬢が安心して眠れないからだよ!!」

「さっぱりわからない!! というかあんたは黙っててくれ!!」

 

 座席の上で何やら格好をつけるドン観音寺に突っ込みをいれてから、雨竜はロカを見る。

 

「君はロカという名前だそうだが、一つ教えてくれ。君はどうしたいんだ?」

「え……」

「色々と聞きたいことはあるが、今は後回しだ。君は死神と破面(アランカル)から狙われていて、死神と破面(アランカル)が守ろうとしている。だが、君の意思はどうなんだ?」

「そんなの決まっているでしょ、ロカちゃんは……!」

「すまないが、黙っていてください」

 

 雨竜は再び、ネリエルのことを片手を上げて制する。

 

「湯川さんから話を聞いたときから、君はずっと黙ったままだった。否定するわけでも肯定するわけでもなく、ただ流されるまま……いや、少しだけ逃げようとする素振りがあったから、どちらかと言えば死のうとしているのかな?」

 

 そこまで口にすると滅却師十字(クインシー・クロス)を片手で掴む。

 

「湯川さんは口にしなかったが……ここまで来る途中、少し考える時間があったからね。もしかしたら、君を消滅して(たおして)しまえば、この問題は全て解決するんじゃないかな? 死神も(ホロウ)も含めて」

「な……何を言うんだボーイ!!」

「そんなこと……私が見過ごすとでも思う……?」

 

 ロカをこの世から消すという言葉に、二人は驚き声を上げる。特にネリエルなど、今すぐこの場で雨竜へと飛びかからんほどだ。うっすらと闘気を放ちながら、一瞬にして戦闘時の気配をまとい始めた。

 だが雨竜も引くことはない。

 そしてロカ当人はといえば、顔を青ざめさせながら俯くだけだった。

 

「勿論、こんなことを言えば君たちを敵に回すことは理解しているよ。けど、ロカさん本人の意見を僕は今まで聞いていない。もし彼女の本心が消滅を望んでいるのなら、あなたたちがやろうとしていることは余計なお世話になる」

「ロカちゃん……違うよね……そんなこと、ないわよね? ザエルアポロが……」

「そういった、考えを誘導するような言葉は慎んでもらえませんか?」

「……確かに、メガネボーイの言う通りだ」

「あ、あなたまで!」

 

 まさかの言葉に、ネリエルは今度は観音寺を強く睨む。

 

「どうして!? あなただってロカちゃんを守るって……」

「ワルキューレよ、それは見解の相違というものだ。ロカ嬢が本当に、心の底からそう望んでいるのであれば、その気持ちは尊重すべきだ!!」

 

 きっぱりと告げると、彼はロカへと優しく語りかける。

 

「だが、ロカ嬢よ。結論を口にする前に、少しだけ聞いてもらいたい」

 

 そこからドン観音寺が口にしたのは、彼の現世での立場。そして彼自身の考え方についてだった。不退転の決意といってもいいだろう。

 

 諦めではなく、最後まで希望を選んで欲しい。

 ロカが希望を抱けるのならば、自分のことなどいくらでも踏み台にしても良い。その道を選ぶのなら、自分はどれだけ泥に塗れようとも、その道を歩けるようにしてみせよう。

 大人のように全て割り切ってしまうのではなく、小さな子供たちが夢や希望を抱けるような存在に、ヒーローとしての自分でいたい。

 そのヒーローとしての自分が言うのだ、ロカを救いたいと。

 こんなことを語るのは自分の我が儘でしかない。

 それでも、自分はロカに生きていてもらいたい。諦めないでいてもらいたいと。

 

「――無論、そう考えているのは私だけではない」

「え……あ……!?」

 

 観音寺の言葉を肯定するように、ネリエルはロカの手を再び――今度こそ放さないとばかりに強く、そして優しく握りなおした。

 

「上司の方も同じ気持ちなのだ! その上司の方から依頼されたというあのガールもまた、同じ気持ちなのだ! さて、困ったぞロカ嬢? どうやらユーのことを心配している者が、少なくとも三名いることになる。このままでは三人もの人々がユーを、そしてユーにそんな選択を選ばせてしまったこの世界をも憎みかねない」

「そうだよロカちゃん! 私だって、ペッシェだってドンドチャッカだっているのよ! チルッチだってハリベルだって!!」

 

 ――勝手に数に入れないでよ!!

 という声がどこからか聞こえてきた気がした。

 ……それはそれとして。

 

 初めて耳にする名だが、それが別の知り合いの事なのだろうと察した観音寺は、語っている内に上がったテンションの赴くまま、さらに叫ぶ。

 

「時間はまだあるはずだ。結論を出すのは、この状況を切り抜けてからでも決して遅くは無い!! だがもしも、もしもだ! もしも、それでもなお、この世界から消えてしまいたいと! そう願っているのなら!! どうかもう一度、私のところに来て欲しい! そのときには!!」

「そのときは……私のことを……」

 

 ――消して、くれるのでしょうか?

 

 そう開くはずだったロカの唇を塞ぐ様に、観音寺は手の平を差し出す。

 

「その考えはノーだ! 私は、レディにもう一度生きていたいと、この世界に存在していたいと心の底から思えるように努力しよう!! そのときには勿論、ユーも一緒だワルキューレよ!」

「私も……?」

「当然だ! ロカ嬢がそうなってしまうとすれば、それはユーにも同じことが言える! このドン観音寺! まとめて相手をしてみせようじゃないか!! ああ、勿論……」

 

 歌舞伎役者が見栄を切るように、奇っ怪なポーズを取りながら叫んだかと思えば。

 ドン観音寺は思わせぶりに手を腰に当て、首を真上へと向けた。

 

「そのときにはユーたちも一緒だボーイズ&ガールズ!」

 

 不意に上空から、一人の子供が降りてきた。

 

「あー、バレちった」

「な……! ピカロ!?」

 

 ボンネットの上に着地した少年の姿。

 それを皮切りに、ピカロたちは次々と姿を現していく。

 

「うー、また鈍感おじさんに負けちゃった」「霊圧を出すからだよ」「えへへ……」「だって、邪魔しちゃ悪いって言ってたから」「そうそう、死神のお姉さんが言ってたよね」

「え、死神のお姉さん……?」

「そう死神のお姉さん!」「お姉さんが言ったんだ! ネリエルたちを助けたらお菓子くれるって」「だからお菓子!」「違うよ、お菓子は死神のお姉さんからもらうんだってば!」「言ったのはそっちのお姉さんじゃないってば!」「お手伝いしたらお菓子くれるんだ!」

 

 ごちゃごちゃとした子供たちの話の中からキーワードと思われる言葉をなんとか拾い上げると、ネリエルは結論を出す。

 

「えーっと……よく分からないんだけど、あなたたちは私たちの味方ってことでいいのよね?」

「うん!」「そうだよ!」「お菓子もらうんだ!」「僕は別に、お菓子は無くても……」「あ、こいつー!」「かっこつけだー!!」

 

 シエンの命令に従い、ロカの居場所を探しに来ていたのかと思っていたネリエルであったが、どうやらこの様子から判断するにその心配は無用のようだ。

 

「あの、ネリエル様……」

「どうしたの、ロカちゃん?」

「私、私は、その……」

 

 もじもじと、躊躇うような。諦めと希望とが次々に連続して顔を出しているような。ロカの様子はそんな感じだった。

 

「聞こえない、聞こえないよロカちゃん! もっとハッキリ、大きな声で言ってくれなきゃ!!」

「そうだロカ嬢! 今のユーの言葉を、この世界に聞かせてくれたまえ!!」

「私は……私は――! 皆さんと、もっと一緒にいたいです!! だから皆さん、どうか、どうかお願いします!!」

 

 道具として扱われ続け、目的を持てなかった(ホロウ)の少女の叫び。

 周囲の何かを気にするわけでもなく、心の赴くままの声。

 

 心地よく響く声を耳にしながら、ドン観音寺は思い返す。

 かつて、彼がまだ黒崎一護と知り合う前。間違った手段で現世に縛られた霊たちを(ホロウ)へと変えてしまっていた頃のこと。

 その頃の彼は、悪霊を生み出し多くの人を悲しませてしまっていたのだろう。霊本人も、もしかしたらその家族や子供にまで悲しい想いをさせたのかもしれない。

 これは、そんな過ちに対する償いでしかないのかもしれない。実際にはヒーローなどではなく、ただの無力な道化でしかないのかもしれない。

 

 ――見ていてくれたか一護ボーイ……? 私は今日、一人のレディを笑顔にできたようだ……

 

 その呼びかけ、多分一護は聞こえないと思うんだ。

 感傷に浸っているところ、大変申し訳ないんですけどね。

 あと、そろそろもう一騒動起きるんですよ。

 

 

 

 

 

「あー、死神のお姉さんだ!」

「え!?」

 

 一人のピカロが指を指す。

 そこにはいつの間にか、卯ノ花ら十一番隊の死神が現れていた。

 

「あなたたちは……まさかロカちゃんを……!」

「いえいえ、違いますよ」

 

 身構えたネリエルに対して、卯ノ花は優しく告げる。

 

「どちらかと言えば、世界を憎んでしまう方――でしょうか?」

「え……それって、まさか……」

 

 つい先ほど聞いたばかりのフレーズ。

 そしてピカロたちが言っていた「死神のお姉さん」「そっちのお姉さんではない」という言葉から、どうやら彼女がもっとずっと早い段階から見ていたことを。

 そしてピカロたちが邪魔しないように抑えていたことを悟る。

 

「……それはまさか、尸魂界(ソウルソサエティ)の総意ですか? だとすれば、とても信じられない……」

「いえ、十一番隊の都合ですね。彼女を斬るのは隊の矜持に反する。だから手を出さないでくれと、藍俚(あいり)に頼まれましたから。それに……」

「そ、それに……?」

「剣八があの破面(アランカル)に連れ去られてしまいましたから。残念ですが、私では干渉できません。となれば、こちらに来るしかないでしょう?」

 

 スゥッ――と、周囲の気温が下がったようだった。

 春休み、暦の上では既に春だが、一瞬だけ真冬に戻ったような、そんな肌寒さを雨竜は感じる。

 

あの虚(ロカ)の近くにいれば、痣城と刃を交える機会もきっと生まれるはず。あらあらどうしましょう? 剣八に黙って手を出すことになりかねませんね。不機嫌になってしまいそう……ですが、藍俚(あいり)に頼まれてしまった以上、仕方ありませんよね」

 

 鞘に収まったままの斬魄刀を手にしながら、一切申し訳なさそうな雰囲気を感じられずに卯ノ花は告げる。

 その言葉を肯定するように、遠くから銃声が聞こえた。

 

「火縄の音!?」

「古いですね、現世では銃声と呼ぶそうですよ。現世学を百年ほど講義していた元部下が言っていました」

 

 一角の言葉をやんわりと訂正しつつ、彼女は鞘から斬魄刀を抜く。

 

「なんでもあの銃の弾というのは、音よりも速く飛んでくるとのこと。つまり、あれを防げれば音を斬れる証明になるわけです」

 

 さすがにそれはちょっと……速度は銃や弾の種類にもよりますから……

 ライフルだと音の倍を超えますけど、拳銃だと音速の6割程度が限界とかもありますから……

 

「気配がこちらに近づいてきています。今、こんなことをしようとする相手がいるとすれば……ふふふ、楽しみですね」

 

 そんな詳細な事実を知らない卯ノ花は、斬魄刀を抜きながら口元を薄く緩ませる。

 

 ……どっかの「現世学を百年ほど講義していた現四番隊の元部下」さんは、どうやらもう少しちゃんと教えるべきだったようだ。

 これで期待以下だった場合、後でどんなとばっちりが来るか知らないぞ。

 

「おっかねえの……」

 

 自部隊の隊長と肩を並べながら、一角は思わず呟いた。

 

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