お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第312話 トラウマをほじくり返す医者

「みーつけた」

「……っ!!」

 

 卯ノ花隊長たちと別れて一人別行動を取っていた私ですが、どうにか痣城を見つけることが出来ました。

 

 ……良かった、見つけられて本当に良かったわ……

 あれだけ啖呵を切っておいて「やっぱり見つけられませんでした」じゃ、洒落にならないもの。

 

 いえね、前回に接触した時点で一応仕込み済ませておいたからそれなりにある程度の自信はあったんだけど。それでもほら、痣城に通用するかどうかはまた別の話だから!

 上手くいって本当に良かった! 重い荷物を背負ってここまで来た甲斐があったってものよね!!

 

 嬉しいやらホッとしたやらで、なんだか隠れんぼの鬼みたいな口調になっちゃってたけれど、変じゃないわよね?

 姿を現した瞬間、全力で攻撃を仕掛けられるんじゃないか? とかも想定していたんだけど、どうやらそれは無かったみたい。

 

 というより痣城は「コイツ、一体どういうことだ!?」みたいな表情を見せているけど、なんでかしら? 私、そんなに変なコトしたかしら?

 

『ここらで一杯、熱いお茶が怖い! というやつでござるよきっと!!』

 

 そうねーまんじゅうってこわいわよねー

 

『ん? ああ、剣の字なら藍俚(あいり)ちゃんがココに来たことに驚いてるのさ! 身を隠して体勢を整えていたところを襲われれば驚くだろうよ!』

 

 なるほど。

 今までまともに今場所を把握できなかったはずだったのに、突然さも「ここにいるよね?」とピンポイントで確信を持って登場されたら、そりゃ怖いわよね。

 ……でもてっきり、気づかれてると思ってたんだけど? 違うの?

 

『キヒヒ! 剣の字は、気づいちゃいないのさ! 射干玉ちゃんとの愛の結晶にね!!』

 

『う、雨露柘榴殿……て、照れるでござる……拙者、そんなふしだらな粘液では……』

 

 ……あー、なるほど。そっかそっか。

 

『無視!? 無視でございますか藍俚(あいり)殿!?』

 

 ――って、気づいていないの!? ウソでしょう!?

 むしろ私としては"泳がされている"くらいには警戒していたのよ!!

 

『剣の字が藍俚(あいり)にちゃんにビビらされただろう? あれも私の中に捨ててきたからね! その時にまとめて一緒に捨ててしまったのさ! だから気づきようがないんだよ!!』

 

 ああ、なるほどね。

 その表現から察するに、気づいていないというよりも、あえて見ないようにしている感じかしら?

 けれどそれはそれで好都合。利用させてもらいましょう。

 

「よかった、まだ現世に留まっていたのね。黒腔(ガルガンタ)虚圏(ウェコムンド)まで行かれたら、少し面倒なことになってたから」

「追うのが面倒、ということか? だが湯川は向こうについての知識も持っていたはずだが?」

「何を言って……? ああ、そういうこと。まだ気づいていないのね」

 

 さも今気づいたように演技をしながら、薄く笑みを浮かべて挑発してやりました。

 すると痣城はそれに乗ってくれたようで、微かにムッとした表情を見せてきます。

 

「気づいていない……だと? なんのことだ? お前が接近していたことには気づいていた。ここまで適確に私の位置を特定されたのには少し驚かされたが、それも現世という場所を考慮すれば――」

「違う違う」

 

 ふふっ、と鼻で笑いながら軽くかぶりを振りながら説明代わりに斬魄刀を抜くと、その切っ先に指先を浅く刺します。

 文字通り刺すような痛みと共に指先からは当然、血が流れ出します。そして痣城は、私が何をやりたいのか理解できずに怪訝な雰囲気を放ち始めました。

 まあ、この時点じゃちょっと分からないかしらね?

 

「何を……!?」

「ほぉら、こうすれば見えるかしら? 私とあなたとの繋がりが」

「……これは!」

 

 赤く染まった指先を、そのまま刀身へと擦りつけます。

 溢れ出る血液がまるで絵の具を塗りつけるかのように刀身を朱色に染めていき、やがて私の血を吸い上げて着色されたかのように一本の細い細い糸が浮かび上がりました。

 

 斬魄刀『射干玉』と痣城剣八とを結ぶ、粘液の糸が。

 

「私とあなたを繋ぐ、運命の赤い糸――といったところかしら?」

 

『それは拙者と藍俚(あいり)殿が結ばれているでござるよ!! 他の者は絶対に、ぜええぇぇぇぇったいに結ばれねえでござるよ!! ホントマジで! 命賭けるレベルでござるから!!』

 

 小学生みたいなことを言うのは止めなさい!! というか今! 私がちょっとかっこ良く決めてたところだったのに!!

 

『キハ! キハハハハハハ!!!』

 

 雨露柘榴も笑ってないで!

 ほらほら、痣城が何か喋るから聞いてあげて!!

 

「こんなものをいつの間に!?」

「気体になった射干玉と融合したでしょう? そのときにちょっとね。射干玉の霊圧(ニオイ)をプンプンさせているんだもの。居場所は簡単に分かったわ」

「く……っ……!」

 

 悔しそうな顔をしているわね。

 実際には、既に気付かれて切断されてるんじゃないかとか、いっそダミーとすり替えられて逆利用されているんじゃないかって、ヒヤヒヤものだったんだけど。

 

『射干玉ちゃんに唾を付けられ(マーキングされ)たってのに、気付かないんだからね!!』

 

『まるで初心な生娘のようでございますよ!!』

 

『剣の字に関しちゃその表現も案外間違っちゃいないよ! なんせそういう経験がないからねぇ!! キハハハハ!!』

 

 そのおかげで、私は助かったんだけどね。

 おっと、いけないいけない。会話の続きっと。

 

黒腔(ガルガンタ)まで行かれるとさすがに繋がりも切れちゃうだろうから、だから"助かった"って言ったのよ。案外、鈍感なのね?」

 

『不感症でござるな!』

 

『あー、剣の字なら仕方ないね。藍俚(あいり)ちゃん、なんとかしてあげておくれよ』

 

 そういうのは業務範囲外です。

 

「くっ……ならば!」

「遅い!!」

 

 痣城の周囲の霊圧が蠢くのが分かりました。

 おそらくは追跡用の糸を切り離そうとしているのでしょう。一瞬、私から視線を切った痣城目掛けて斬撃を放ちます。

 

「ちっ!」

 

 空気ごと霊子を斬り裂く一撃ですが、いい加減痣城も慣れてきていますね。

 舌打ちしつつも距離を取られ、ほとんどダメージを与えられませんでした。とはいえ、これはフェイント。

 

「本命はこっちよ!」

「これは……」

 

 片手で斬魄刀を操るかたわら、空いたもう片方の手で背負っていた荷物――義骸を投げつけます。

 

 ええ、そうです。

 ドン観音寺たちへの追っ手として使われた挙げ句、破壊されてしまったあの義骸です。

 卯ノ花隊長やピカロたちの遊び相手になって、最終的に残骸というかガラクタというか、そんな風になって転がっていたあの義骸ですよ。

 

「こんなものが何に――」

 

 とはいえ、ただ投げつけているだけ。こんなもの、とても攻撃とは呼べません。

 こんなことをするくらいなら、斬魄刀で斬った方がよっぽどマシです。

 

 痣城もそれを理解しているのでしょう。微かに驚いた様子でしたが、それは私が"物を投げつける"という、どう考えても無駄な行動を取ったから。

 向かってくる義骸に、避ける素振りすら見せぬまま。むしろ私への警戒を強めていたところで――

 

「な、なんだこれは!?」

 

 驚愕の声を上げました。

 

 

 

 

 

 

 

 藍俚(あいり)が投げつけてきたのは、痣城が手駒として操っていた義骸――正確にはその残骸だった。

 壊れたマネキン、あるいは役目を終えたダミー人形とでも言うべきか。かろうじて原型を留めている程度のそれを、痣城は一瞥しただけで興味を失う。

 一時的とはいえ融合して、自分の身体のように操っていた道具だ。だがすでに破壊されて役目を終えている道具。

 役に立たない道具に割く無駄な時間など、一秒も持ち合わせてはいないのだ。

 

『キヒヒヒヒッ! だから、その無駄がいらないって考えが藍俚(あいり)ちゃん相手には致命的なのさ! まだわかんないかな!?』

 

 まだ危険なはずの藍俚(あいり)へと意識を向けたところで、雨露柘榴が不意に姿を現した。

 痣城へ背中を預けるように、背中合わせとなるような体勢で、肩越しに告げる。

 どういうことかと問いただすよりも一足早く、義骸が衝突する。

 

「な、なんだこれは!?」

 

 そして痣城は、驚愕の声を上げた。

 

 存在そのものが義骸の中へと吸い込まれていく、底なし沼に全身をねっとりと絡みつかれて飲み込まれていくような感触。それと同時に自分の世界全てが壊れて作り直されていくような感覚が襲いかかってきた。

 自分が自分でなくなっていきながら、それが瞬時に当たりだ前と感じられるような、そんな恐ろしい何か積み上げてきた物の全てが根底から崩れ落ちていくような感覚。

 耐えきれず、痣城は膝を着いて頭を抱える。

 

「雨露柘榴の能力は、融合。個体や液体、気体にすら融合して意のままに操る――今更説明するまでもないわよね?」

 

 そんな筆舌に尽くしがたい何かの感覚に困惑している中、藍俚(あいり)の声が響いてきた。

 痣城から二歩ほど離れた場所に陣取りながら、いつの間に卍解したのか真っ黒な刀を握っている。

 

「だったら、何か一つの物に融合させて閉じ込められたら? 今まであなたが、無間に閉じ込められていたのを、もっと小さな単位(スケール)で行ったら、どうなるかしら?」

「なん、だと……?」

「答えは――言うまでもないわよね? 能力が、痣城剣八という存在そのものが封じ込められる」

 

 さも当然のように告げられた回答は、痣城からすれば歯の根が合わなくなるほど恐ろしい内容だった。

 

「あなたが無駄な物として捨てたその義骸、私にとってはとても有用な物だったわ。融合して使っていた物だから痕跡も残っているし、閉じ込める器としては最適よね」

「あれを……使ったかっ!」

 

 確かに痣城も義骸を道具として利用した。

 だがそれはあくまで自由に動き回るための、乗り物や手駒としての利用だ。それがまさか拘束具として逆利用される羽目になるとは埒外だった。

 けれど、まだやりようはある。

 

「この程度、抜け出してしまえば……ッ!」

「出来るかしら?」

 

 融合の能力を操り、ここから抜け出てしまえば良い。

 幸いなことにガラクタのような義骸なのだ。抜け出す穴は無尽蔵にある。

 無間の牢獄を脱したときのように、空気と融合した状態のまま隙間から抜け出て行ってしまえばそれだけで事足りる――はずだった。

 

「ば、馬鹿な……雨露柘榴が……っ!?」

「少し前に、噴霧した射干玉と融合したでしょう? あれから何分経ったのかしらね?」

 

 既に痣城は頭の先までどっぷりと底なし沼に沈んでいた。

 全身にべっとりと絡みつく感触は、未だ微塵たりとも解消はされない。むしろ酷くなっている。

 融合の能力こそ発動しているが、義骸を境としてそこから先に影響を与えられない。結果だけを見れば、能力が発動していないのと同じだ。

 

「その義骸には、射干玉の粘液がたっぷりと詰め込んであるの。その身体が一つの世界みたいなもの。解析された霊圧で融合して一つになって、義骸そのものに死神としての存在を固定されるように調整した特別品なの……」

「なにっ……!」

「……そうなったら、痣城剣八という個の存在はどうなっちゃうのかしらね?」

 

 額に幾重もの脂汗を滲ませながら、痣城の口からは何も言葉はでてこなかった。

 痣城剣八という個人そのものが義骸(そこ)に固定されてしまう。

 その義骸が本体として固定されてしまう。

 そして義骸という身体を境に、能力が封じられてしまう。

 では、それ以外はどうなる? 彼が融合させていた霊圧はどうなる?

 おそらく切れてしまうだろう。

 その結果残るのは、戦う力を失った痣城という個の存在だけとなる。

 

「さて、これで仕上げね……射干玉三科、大毒(たいどく)

 

 その技は痣城も知っていた。藍俚(あいり)がいつぞやも披露した、毒素を放つという技。

 とはいえ一番記憶に残っているのは――対戦相手が同じ死神だったということもあり――毒素ではなく悪臭を放つだけに加減されていたのだが。

 だが今回藍俚(あいり)が放ったのは、まごうことない毒だった。

 それも痣城専用の。

 

「その義骸も含めて、細工に散々苦労させられたのよ。だから……たっぷりと堪能してくださいね?」

 

 無数の黒い飛沫が空に舞い上がり、そして降り注ぐ。

 痣城の視界からすれば、それはまるで真っ黒な雨が襲いかかってくるようだった。

 

『キヒッ! キヒヒヒヒッ!!』

「雨露柘榴!」

 

 いつの間にか消えていた雨露柘榴が再び姿を見せる。

 先ほど現れた時は背中合わせだったが、今回は目の前。ちょうど互いに向かい合うような位置関係だ。

 雨に濡れるのを気にした素振りもみせず、ただ悠然と立っているだけ――そう思ってから、痣城は無意味なことを考えていた事に気づく。

 

 雨露柘榴の姿は幻影のようなもの。たとえ豪雨や豪雪の中に立っていようとも、何の影響も受けることは無い。

 好き勝手な事を好き勝手に話すだけ、のはずだ。

 

『あーあー、だから言ったんだよ。剣の字』

「な……っ……!」

 

 そう判断した痣城の目の前で、雨露柘榴の姿がゆっくりと溶けていった。

 黒い雨に濡れた部分がじわりと、酸に犯されたように焼け焦げ、爛れる。

 降りしきる雨の中、雨露柘榴の姿は少しずつ変貌していく。

 

『どうやら、もうここまでみたいだね』

「何を、言っている……?」

『見て分かるだろう? もう私の力は無くなっちまうのさ』

 

 黒い雨が白い肌を汚すように触れる。水滴が絡みついた場所は、そこがまるで己の物であるかのように我が物顔で広がり、そして焼け跡を刻みつけていく。

 そして、雨が焼くのは当然肌だけではない。

 身に纏った純白の着物はあっさりと焼け焦げ、大きな穴が開く。穴からは雨露柘榴の肌が覗いており、彼女の身体をじわじわと露出させる。

 その空いた穴からも、雨は容赦なく入り込み、彼女の身体を焼いていく。

 

 元々露出度の高い格好をしていた雨露柘榴だ。

 雨に当たってから僅か十秒足らずで、着物はボロボロになっていた。

 ところかしこに穴が空き、なまめかしい太ももや細い腰が見え隠れしている。少し後ろに回れば、引き締まったお尻をボロボロの布が隠しているのも確認出来るだろう。

 

 だがやはり、目に付くのは胸元だった。

 大きく襟を開いていた格好だったこともあり、既に胸元はほとんど丸見えになっている。焼け残った繊維がかろうじて胸の頂を隠してこそいるものの、それだけだ。丸く大きな胸の形は丸わかりだ。

 深く刻まれた谷間には、粘ついた雨が彼女の肌を伝って入り込み、その内側を無遠慮に焼いていく。

 それが痛むのか、雨露柘榴はビクリと一瞬身体を震わせた。

 

『射干玉ちゃんと藍俚(あいり)ちゃんに、いいようにやられちまったからねぇ! キヒヒヒッ! まあ、仕方が無いさ。剣の字も、やかましい私がいなくなって嬉しいだろ?』

「何を、言っている? 理解が出来ない……お前は斬魄刀だろう? 私以外が影響を受けるはずが……」

『キハッ! だめだめ、いつだって人生ってのは"こんなハズじゃ無かった"ってことばっかりなのさ!』

 

 髪飾りが溶け、纏められていた髪がバサリと小さな音を立てながら広がる。

 目元を覆い隠していた革紐も、雨に犯されて今にも千切れそうだ。

 

『どうやら私の力はここまでみたいだね。あとはまあ、頑張りなよ』

 

 やがて、革紐が完全に千切れ飛ぶ。

 その下から覗く素顔を痣城剣八に見せながら、雨露柘榴は雨の中に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

『『イエエエエエェェェェェィッ!!!!』』

 

 射干玉と雨露柘榴がハイタッチしています。

 すっごい嬉しそうな声を上げてますね。下手な陽キャ顔負けですよコレ。

 

『いやぁ、頑張った頑張った! 私、頑張っちゃったよ!! キヒヒヒヒ!!』

 

『拙者も! 拙者も頑張りました! 頑張って雨露柘榴殿の服を溶かしました!! アカデミーな主演賞と助演賞、揃って総なめでございますな!!』

 

 一応突っ込んでおきますね。

 何コレ?

 

『何って、演技だよ藍俚(あいり)ちゃん! 剣の字に散々振り回されてきたんだ、このくらいやってもバチは当たらないだろう?』

 

 そ、そうなんだ……私には分からないんだけど、何やったの?

 目の前で「さよなら」とかやったの? おもいっきりトラウマをえぐるような真似とかしたんじゃないでしょうね!?

 

 というかまあ、痣城を追い込むのは元々の目的通りだったけど……

 イイの? 本当に大丈夫なの!?

 

『大丈夫大丈夫! 信じてるよ藍俚(あいり)ちゃん!!』

 

 私を信じられてもねぇ……限界ってあるわよ……?

 

 ……あ、また三人称で続きです。

 

 

 

 

 

 

「雨露柘榴……馬鹿な……!?」

 

 痣城の目の前で、雨露柘榴の姿が完全に消えた。

 慌てて呼びかけても、もはや声が聞こえることもない。

 続いて融合の能力を使う。幸いなことに、どうやらまだ能力は消えていないようだった。

 だがそれが何になる?

 雨露柘榴が消えた以上、遠くないうちに能力も使えなくなるだろう。それ以前に、現在は義骸の中に封じ込められていて能力をマトモに使うことすらできない。

 

「どうやら、斬魄刀も封じられたみたいね。その能力、やっかいだったから対応に苦労したわ」

 

 痣城の動揺を煽るように、藍俚(あいり)が刀を向ける。

 今までであればその行動は、対処こそ必要なれど恐れるほどではなかった。

 だが今の痣城には、見慣れたはずのその光景がとてつもなく恐ろしく見える。

 

「さて、これで最後。このまま斬ってしまってもいいんだけど――」

 

 顔に手を当てて面を被るような仕草を見せる。

 

「ひっ! あ、ああ……っ……!!」

「念には念を入れておかないと。なにしろ相手は無間を脱獄するほどの手練れなんだから」

 

 (ホロウ)化。

 死神の力に(ホロウ)の力を上乗せすることで、一時的に自らの霊圧を底上げする。

 (ホロウ)の面を被り、ゆっくりと近寄ってくる藍俚(あいり)の姿に、痣城の中で過去の記憶がよみがえった。

 

 それは遠い昔、まだ痣城が斬魄刀を手にする直前のこと。

 痣城家の財を狙う複数の貴族たちの罠に嵌められ、処刑場に閉じ込められて(ホロウ)と戦わされた。

 家族が次々と(ホロウ)に殺され、残った姉も双蓮蒼火墜を暴発させることで彼を助けた。だがそれも、次なる(ホロウ)が投入されたことで無駄に終わってしまった。

 新しく登場した(ホロウ)が、痣城目掛けてゆっくりと迫る――

 

 過去、そのときは与えられた浅打の斬魄刀を卍解させて全てを皆殺しにすることで生き延びた。

 

 けれど今はもう、雨露柘榴はいない。

 手の中に斬魄刀は無い。

 仮にあったとしても、斬魄刀を振るい戦うだけの肉体が無い。

 霊力の扱いを学び、鬼道を唱えられるようになったとはいえど、目の前にいる相手に通じるとはとても思えない。

 

 ――あのときと、同じ……いや、あのときよりもっと悪くなっている……

 

 ――もう、誰モ、お前をタスケテ、クレナイ……

 

「う、あ、あああああああああああああああああああああああああああぁぁぁっ!!」

 

 過去と現在とが重なり合い、半狂乱になりながら痣城は悲鳴を上げて叫ぶ。

 

「姉さん! 姉さん!! 僕には、僕にはもう無理だ! 助けて、助けてよ!! なんで、なんでなんだ! どうして! 僕には強い死神なんてなれない! どうしてあのとき、助けてくれなかったんだ!! どうすればよかったんだ! 僕にはわからないよ! なんで僕の邪魔をするんだ!! なんで、どうしてあのときに死んだんだ!!」

 

 その姿は、かつて剣八と名乗っていた男とは到底思えない。泣き叫んで駄々をこねる子供のような、恥も外聞もない姿。

 痣城剣八(・・)ではなく、痣城双也(・・)としての姿。

 過去の記憶の赴くまま、姉の最期の姿と言葉を思い出しながら、感情の赴くまま出鱈目に叫ぶ。

 やがて彼は、口にしてはならない言葉を口にしてしまった。

 

「この、この役立たず!!」

 

 叫んだ途端、顔面を蒼白にする。

 

「ッ! …………あ、ああっ……ち、違う……私は、僕は……違う、違う……」

 

 今までの冷静で常に合理的な行動をとり続けていた痣城からは、まるで想像も付かないほど狼狽し始めた。両膝を地に着けた姿勢はそのまま、さらにがっくりと肩を落としながら虚ろな瞳で頭を抱える。

 両目には大粒の涙をにじませながら、先ほど己が口にした言葉を否定し続けて、無かったことにしようと何度も何度もかぶりを振り続ける。

 けれどそれは、無駄なあがきに過ぎない。

 本人自身が心の中で誰よりも理解しているのだろう。否定の言葉を口にする度に表情はぐしゃぐしゃに歪み、ボロボロと涙を零していく。

 

 そんな変わり果てた痣城の前に、藍俚(あいり)はゆっくりと立つ。

 

「姉さん、違う……無駄じゃ、無駄なんかじゃあない……僕は、私は、(ホロウ)をこの世から……違う、そんなの……姉さんを……雨露柘榴を……」

 

 目の前にいるのが藍俚(あいり)なのか雨露柘榴なのか、それとも亡き姉なのか。それすらももはや区別がついていないような様子だ。

 ただ女という性別が合致しているだけで、同一視しているのだろう。

 藍俚(あいり)の袴、その裾を両手でしっかりと握りしめながらすがりつく。

 ぐちゃぐちゃになった瞳で必死に見上げながら、弁解の言葉を口にし続ける。

 

「……」

 

 その姿を、藍俚(あいり)は無言で見下ろす。

 

「僕は、私は……ああ、いやだ……嫌だ……嫌だぁぁっ!!」

 

 それがトドメとなったのだろう。

 痣城は絶叫と共に意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 はぁ……叫びだした時はどうしたことかと思ったけれど……

 こんな感じになっちゃったけど、本当に良かったのかしら?

 

 ……ねえ、雨露柘榴?

 

『キヒヒ!』

 




原作の剣ちゃんは、大雑把に言うと「限界が見えないヤベー相手」です。
そこから恐怖を感じて云々~という感じの展開でした。

じゃあ、藍俚(あいり)殿は?
「おんなじ事をやっても芸が無いし……となると、下には下がいる理論しかないよね?」
という感じです。

雨露柘榴を失って、残ったのはガリガリボディの痣城そーちゃん一人だけ。
向かってくるのは、(ホロウ)化した藍俚(あいり)殿。

過去のトラウマ刺激しまくりですね。
痣城剣八のすまし顔を、涙と恐怖でぐちゃぐちゃにしたかったんです。

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