お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第320話 西洋剣と日本刀

 その日、空座(からくら)総合病院の一室にて雨竜は織姫に傷の治療を依頼していた。

 自身が動揺していたことや、自分が狙われたのではないかという疑いもあって治療を拒んでいた雨竜であったが、僅か数日の間に状況が劇的に変化したのだ。

 一護の霊圧が変化し、さらには自分を斬った相手と一護が接触したと悟った雨竜は、もはや悠長にしていられる事態ではないと確信する。一刻でも早く戦線に復帰して状況を確認、対応する必要があると決意していた。

 

「すまないね……申し出を一度断っておきながら、結局ぬけぬけとこうやって治療を依頼するなんて……」

「ううん、気にしないで! 湯川さんにも言われたんだ。いつでも治せるように備えておけって!」

「え、そうなのかい?」

「そうだよ! だから石田くん……脱いで?」

「――何だって?」

 

 織姫の思い切りの良い言葉に、雨竜の目が点になった。

 

「ええっと……聞き間違えかな?」

「聞き間違えじゃないよ。だから脱いで、石田くん」

 

 二度目のその声は、一度目よりもハッキリと雨竜の耳に届いていた。

 

「え、ええっ!! い、いや待ちたまえ井上さん! 君の能力ならそもそも脱ぐ必要はないし、それに男の裸を見るなんて嫌だろう!?」

「ううん、嫌じゃないよ」

 

 慌てふためき、ずれたメガネの位置を直しながらどうにか説得しようとする雨竜であったが、そんな彼の反応とは対照的に織姫は一切の動揺を見せない。

 

「ほら、湯川さんに鍛えて貰ったでしょ? そのときに四番隊で、色んな人の色んな傷を診たんだ。だから全然気にならないよ」

「あ、あぁなるほど……そういうことか……」

 

 説明されて雨竜は納得する。

 ようするに耐性がついている――訓練と経験の賜物ということだ。

 

「それじゃあ、改めて。お願いするよ」

 

 そう言いながら雨竜は入院着をはだけ、織姫はその下の包帯をゆっくりと解いていく。

 ほどなくして上半身が裸となり、縫合された傷口が蛍光灯の明かりの下に浮かんだ。

 

「これが……うん、これ……ん、でも……」

「…………」

 

 息が掛かるほど近くに顔を寄せながら、真剣な表情で織姫は傷口を凝視する。とはいえ既に現代医学にて処置は完了しており、あとはゆっくりと回復を待つだけといったところだ。

 斬られた直後とは状況が違うものの、それでも彼女は少しでも情報を拾い上げようと懸命に観察を続けた。

 それからしばらくして、織姫はゆっくりと顔を上げる。

 

「違う……うん、やっぱり違う……」

「何が違うんだい?」

 

 深刻そうに呟かれた言葉が不審に感じられて、思わずそう質問していた。

 すると織姫は申し訳なさそうな表情を浮かべながら続きを口にする。

 

「あたしね、湯川さんに怒られちゃったの。傷口からだけでも、相手の色んな事がわかる。だからちゃんと調べておけって……」

「まあ、そうだね。今だって殺人事件が起きれば検死医が色々と調べるし……それで、何かわかったのかい?」

「うん……」

 

 再度傷口を一瞥すると、織姫は口を開いた。

 

「この傷、なんていうのかな……(おっ)きな剣? ほら、死神のみんなが持ってる斬魄刀みたいなのとは違って、ゲームとかに出てくるみたいなやつ!」

「ああ、そうだね。僕を斬ったのは、両刃で両手持ちの西洋剣とでも言えば良いのかな? そんな剣を持った男だったよ。それがどうかしたのかい?」

「あたしね、昨日斬られたの……」

「え……!?」

「その人が持っていたのは、本当に死神の斬魄刀みたいな、日本刀みたいな形で……そうだ! その人は完現術(フルブリング)って言ってた! 石田くんを襲った人もそうだったの!?」

「いや、正直そんなことを聞いていられる余裕も無かったよ……」

 

 軽く首を横に振りながらそういった情報を持っていないことを告げると、今度は雨竜が織姫のことを問い詰め始める。

 

「それより井上さん、斬られたってどういうことだ!? 本当に斬られたのなら僕のところへ顔を出している余裕なんて――!」

「あ、落ち着いて石田くん! 斬られたけど、全然斬られてなくて……身体の中に刃が入ってくる感触もあったけど……でも何にも無くて……」

 

 そこまで口にしたところで、織姫は自分で自分の言葉を否定した。

 

「ううん、何にも無いわけじゃないの。なんだか、記憶がモヤモヤしてる部分があって……それがなんだか、自分でも分からなくて……」

 

 喋っている内に、自らの記憶に自信が無くなっていったのだろう。

 その言葉は紡がれていくに従ってどんどん弱々しいものへと変わっていった。

 

「……つまり、敵は少なくとも二人いるってことだ。僕を斬った西洋剣の持ち主と、井上さんを斬った日本刀の持ち主の二人。そして片方――日本刀の持ち主は、斬っても斬られない斬魄刀のような能力を持っていると推測できる」

「あ、そっか……そうだよね……」

「そしてその能力はおそらく、藍染の完全催眠のように井上さんの記憶を阻害している……今分かるのは、こんなところかな?」

 

 織姫の気持ちを引っ張り上げるように、今までのやりとりで分かったことを纏める。

 簡潔に述べられた内容と、具体的な実例を伴った推測に織姫の顔に生気が戻っていく。

 それを確認すると、雨竜もまた安堵するように息を吐き出した。

 

「なら、情報共有の続きだ。僕は西洋剣の持ち主の男について、覚えている限りのことを話す。だから井上さん日本刀の持ち主について頼むよ」

「う、うん!」

「それと、治療の方も早めにお願いできるかな? 春先とはいえ、上半身裸のままは少し肌寒くて……」

「あ、ああっ! ごめんなさい!!」

 

 慌てて拒絶の能力を発動させながらも、二人は会話を続ける。

 そして"西洋剣の男"と"月島という名の日本刀の男"についての、大凡の人相や風体について二人は互いに知ることとなった。

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

 雨竜の治療を終えた帰り。

 織姫はうなり声を上げながら共有した情報について反芻していた。

 

 雨竜の傷口から考えるに、日本刀の男――月島が持っていた剣では傷口の形状が合わない。そもそも思い返せば、月島との会話の中で彼は「自分が石田を斬った」と否定も肯定もしなかった。

 となればこれは「斬られた」というキーワードだけで、襲ったのは同一人物だと思い込んでいたことになる。

 雨竜が推測したように、敵は二人いると考えるべきなのだろう。

 

 そこまで考えてから、織姫は重々しくため息を吐いた。

 動揺していたとはいえ、そんな単純なことにすら気づかなかったことに思わず嫌気が差したようだ。

 だが彼女はすぐさま、パンパンと軽く自分の頬を叩いて気合いを入れ直す。

 

「ダメダメ! 二人いるってわかっただけでも前に進んだって思わなきゃ!! そうだ、この情報を黒崎くんと茶渡くんにも教えてあげなきゃ!」

 

 連絡しようと携帯電話を取り出したところで、向かいから来た人の気配に気づいて視線を動かす。

 

「あれ、茶渡くん……」

「井上か、丁度良かった。ついて来てくれるか?」

「ついて来て、って……どこ行くの?」

「一護のところだ。ここから先の修行には、お前の力が必要になる」

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 茶渡に案内されてEXCUTIONの建物へとやってきた織姫は、雪緒の作った空間へと通されることとなった。

 始めて目にした異質な空間に驚きつつも周囲を見回し、やがてそこにいた一人の男――銀城空吾の顔を見るなり目を丸くしながら唖然とした表情を浮かべる。

 

「オウ、回復アイテムじゃねーか……てか、どうした? 俺の顔に何かついてるか?」

「い、いえ……」

 

 弱々しく否定しながらも、続けて見つけた一護のことが気になっていた織姫は、一旦銀城のことを置いて一護の元へと治療に走る。

 だが、治療の最中もずっと銀城の顔が頭から離れなかった。

 

 彼の風貌は、つい先ほど雨竜と共有した情報――西洋剣を手にした男のそれと、あまりにもよく似ていたからだ。

 

 だがそれは今は問い詰める場合ではないと己に言い聞かせながら、彼女はまず一護の治療を優先させた。

 治療を続け、やがて大まかに元の状態へと戻った辺りを見計らって織姫は口を開く。

 

「……黒崎くん、あの人って……」

「あん? ああ、銀城空吾って言ってな。話せば長くなんだけど、俺の力を取り戻す手伝いをしてくれているんだ」

「力を、取り戻す……?」

 

 そう答えられて、織姫は返答に窮する。

 一護がそう言うのだから、きっと味方なのだろう。だが頭の中に浮かんだ疑問を否定するには、銀城の風体は雨竜から伝えられた姿と一致しすぎている。

 なにより彼が手に持つ剣が、病院で凝視した傷口をどうしても連想させてしまう。

 

 雨竜を斬ったのは銀城だと断言しても、仕方ないほどに。 

 

「銀城、さん……」

「ん、どうした? 治療は終わったのか?」

 

 治療の手を止めて――それでも九分九厘は治し終えたところで――織姫は意を決して銀城へと声を掛ける。

 

「……あなたが石田くんを斬ったんですか?」

「は……?」

「おいおい井上! 何言ってんだよ!?」

 

 二人から正気を疑われながらも、けれども彼女は言葉を止めなかった。

 

「自分でも変だって思ってる。けど石田くんの傷は、とっても大きな刃物によるものだったの……ちょうど、あなたが持っている剣みたいに」

「ってことは何か? デカい剣を持っているってだけで、俺を疑ってんのか? 馬鹿言ってんじゃねえよ」

 

 銀城は織姫の言葉を鼻で笑う。

 

「俺が一護の友達を斬ったってんなら、なんで俺は今こうやって一護の事を鍛えてやってんだよ? おかしいだろ?」

「けど! でもあなたの剣は確かに! それに月島さんが持っていた刀とは傷口が違う! それに石田君が斬られたって言ってた人の姿は、あなたによく似ているの!」

「月島か……」

 

 若干忌々しそうに呟くと、さらなる否定の言葉を口にする。

 

「だったらよ、アイツの仲間が斬ったんじゃねえのか? アイツだって一匹狼とは限らない。誰か他に、俺たちが知らないお仲間がいて、そいつに斬らせていたとしても不思議じゃねえよ」

「それは……」

 

 確かにそうだ。

 銀城を疑うのはあくまで推測、自分の直感に過ぎない。

 仮にこの直感が正解だとしたら、一護や茶渡が銀城のところにいて親しげに話をしているのか、その理由が分からない。

 それこそ第三者が罪をなすりつけるために変装でもしていたと考える方が、よっぽど自然に思える。

 一護も雨竜も、どちらも織姫にとって大切な人だ。

 その二人の言っていることを信じたいのに、心のどこかがどうしても腑に落ちない。

 

「……大丈夫だ、井上」

「黒崎くん!? で、でも……」

 

 悩む織姫を背中で庇うように、一護は彼女の前へと力強く出た。

 

「俺だって……銀城のことは腹の底から完全に信用してるわけじゃねえ……もしかしたら、井上の言う通りに銀城が何か企んでるのかもしれねえ……」

「おーおー、サラッと傷つくようなこと言ってくれるのな」

 

 銀城が軽口を叩く中、一護はさらに続ける。

 

「けどよ、それでも力を取り戻す足しになるってんなら構わねえ。現に俺は今、こうやって完現術(フルブリング)って力を得られた! 死神の力を取り戻せるまでもう少しなんだ!!」

「黒崎、くん……」

「勿論お前の忠告は、ありがたく受け取っておくぜ……銀城! 少しでも妙な真似をしたら、その瞬間にお前をぶった斬ってやるからよ!! 精々気ぃつけておけ!!」

 

 完現術(フルブリング)にて生み出した刀を突きつけながら、そう宣言する一護。

 その姿にこれ以上の説得は無駄と悟り、それでも妙なことをすればいつでも一護を守れるようにと織姫は身構えていた。

 

 

 

 

 

 

「うーん……やっぱり、あたしの勘違いだったのかな……?」

 

 雪緒の空間から解放され、夜道を一人で歩きながら織姫は再びうなり声を上げていた。

 その後、一護の修行へと常に目を光らせ続けていたものの、怪しい部分はついぞ見つけられなかったのだ。

 一度だけ、銀城が裏切ったと思えるような出来事こそあったものの、それは完現術(フルブリング)を完成させるための演技だと教えられた。

  その後で続けられた修行も、厳しくはあっても一護を害するような物は一切感じられなかった。

 

 銀城が告げたように、全ては自分の勘違いでしかなかったのだろうか?

 けれど、どうしても自分の直感を捨てきることできず、頭の中がモヤモヤし続ける。

 

「うー……わからない、わからないです湯川さん!」

 

 何か助言を得られないかと伝令神機を取り出すものの、その手が通話へと伸びることは無かった。

 既に時刻は深夜の一時を過ぎている。

 四番隊は不夜城だということは知っている。連絡を入れればきっと彼女は快く応対してくれるだろうが――

 

「やっぱり、こんな時間じゃ迷惑だよね……ひゃっ!? で、電話!?」 

 

 結局諦めて取り出した伝令神機をしまおうとしたとき、まるで交代のタイミングを見計らったかのように携帯電話がけたたましく鳴り響いた。

 通知音から発信者が誰かを悟った彼女は、まるで全ての悩みを忘れたように嬉しそうな声で電話に出る。

 

「もしもし……わあ、月島さんですか!? お久しぶりです!!」

 




本編で言うところの「一護が完現術(フルブリング)の特訓中」の部分。
織姫が石田を治してから、ゲームの中に入って、外に出される辺りのシーンです。

書いておいてなんですが……
これ、別に読まなくても良い気がします。
「原作と比べて、この程度の軽い差異があったよ」なので。

(疑惑は感じるとは思うんだけど、その辺が限界かな? と言う感じ。
 この時点だと銀城は腹の底から本気で一護の味方だろうし……)

 ブック・オブ・ジ・エンドが便利すぎ……
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