突如として現れ、包み込まれた漆黒の空間。
恋次は周囲を見回しながら、その異質さに軽く息を呑み舌打ちする。
「チッ……周囲の霊圧も、特になしかよ」
続いて霊圧知覚にて、状況を把握しようとする。
だが、つい先ほどまで感じていた仲間の死神たちの霊圧は誰一人として感じられなくなっている。少し手を伸ばせば互いに触れられる程度の距離に仲間は位置していたのに、だ。
見知った霊圧はおろか、周辺の雰囲気そのものが変化している。
「つまりは、分断されて閉じ込められたってことか……」
半ば予想していた事柄を改めて口にしながら、それまで背を向けていた相手の方をようやく向いた。
「てことはやっぱり、お前を倒さなきゃ出られねえ――ってことで良いんだよな?」
「やっと私の方を向きましたか……」
恋次のことを怒りの籠もった瞳で見つめながらも、沓澤ギリコは内心の感情を努めて押し殺しながら丁寧な口調で話しかける。
「それはつまり、私は相手にならないと判断している。そう捉えてよろしいので?」
「ンなこと言ってねえだろ? 俺は『お前を倒したら出られるのか?』って聞いてんだからよ」
その一言を耳にした途端、ギリコの態度が急変した。
「その物言いが私を取るに足らない存在だと決めつけているのです! そういった馬鹿には、叩き潰して教えて差し上げましょう! 私の力を!!」
「あン……?」
叫びながら胸元に書かれた3のダイヤルを回す。
するとギリコの身体は一瞬にして膨れ上がり、筋骨隆々とした巨人のような姿へと変貌していた。
「どうです! 私の"タイム・テルズ・ノー・ライズ"はこんなことも出来るのです!!」
「おー、こりゃスゲェな。
5メートルほどもある巨体を見上げながら、恋次は暢気な感想を口にする。
それがギリコの感情をさらに逆撫でする。
「
「蛇尾丸!!」
「――ぢがあぁっ!?」
「ごちゃごちゃウルセえんだよ」
余裕ぶって喋っている間に斬魄刀を抜刀し、同時に始解させる。伸縮自在の蛇腹剣へと一瞬で変化させたその刀身を、相手の顔面目掛けてたたき込む。
恋次が行ったのはその程度のことだ。
力一杯叩き付けられた蛇尾丸の一撃に耐えきれず、ギリコは血を吹き出しながら吹き飛ばされていた。
だがそれでも意識も闘志も失うことは無かったようだ。地に手を着けながら何とか巨体を起こそうとするものの、その動きが緩慢なことから無傷とはいかなかったらしい。
「ぐ、ぐがががが……こ、この程度……!!」
「お、やっぱりか。この程度じゃやられねえとは思ってたけどよ……けど、案外ダメージ受けてんのな」
「なにいぃぃっ!!」
それはつまり「予想よりも弱い」と言われたのに等しいことだ。
侮辱されたという怒りがギリコの身体を突き動かし、即座に立ち上がると恋次目掛けて両手の拳を放った。
「ならばこれでどうだ!」
「おーおー、確かにこの力だけはスゲェのな」
巨木の幹を思わせる太さの腕から放たれる拳は、岩石が迫ってくるような恐ろしい印象があった。
ましてやそれを両の拳で、連続して繰り出しているとなれば、その衝撃はどれほどのものだろうか。
並の死神ならば掠っただけで戦闘不能になる矢のような連撃を、けれども恋次は余裕を持って躱していた。身体に当たるその直前まで引きつけ、最小限の動きで拳を避ける。
「くっ! 当たれ! なぜ当たらない!!」
筋肉を膨らませ、その筋肉を身に纏ってもなお自由自在に動き回れるだけの肉体を、ギリコは自らの能力にて手に入れている。
だが惜しむらくは経験の差だ。
直前まで引きつけての回避は、心得の無い者の目からすれば「相手は避けるのに精一杯、もう少しで当たるはず」と錯覚してしまう。
無論、恋次がそう見えるように動いているということもあるのだが……それを差し引いたとしても、恋次とギリコの間にはそれだけの技量差があった。
「うっし! 大体分かった!!」
回避に徹し続けていた恋次であったが、やがてそう叫ぶと唐突に足を止めた。
そこにギリコの一撃が襲いかかる。
「当たった!!」
結果、当然ながら恋次へと拳が突き刺さることとなった。
けれどギリコは即座に違和感を感じる。
自らが誇るほどの豪腕にて繰り出した拳だというのに、感触がおかしい。相手の身体へとたたき込んだような、そういった感覚が伝わってこない。
代わりに伝わってくるのは微かな痛み。包丁で誤って指先を傷つけてしまったときのような痛みが拳から伝わってくる。
「な……っ……!?」
「やっぱりか」
拳の下から恋次が顔を覗かせる。
その姿は傷一つ負っていなかった。どうやら叩き込まれた拳を、斬魄刀にて上手く受け止めたのだろう。
その証拠に、拳に蛇尾丸の刀身が食い込んで血を流しているのが見える。
「あんだけ避け続けてたんなら、他の手段なり能力なり使うよな? けどテメエは馬鹿の一つ覚えみてえに殴ってきただけだった。つまり力自慢以外に能力は無いか、あっても今は使えねえってことだ」
「ぐっ……」
拳を押しのけながら語られる恋次の言葉に、ギリコは呻き声を上げた。
過去に挟み込むという月島の能力を恋次は知らされている。ならばギリコが似たような能力を持っていても不思議ではなく、不用意に攻撃を受けるべきではない。
つまり、回避に徹しながら能力の観察と推測を続け、何もないという確証を持ちながら防御を行ったということだ。
「おらどうした! 力が自慢なんだろ!? なら俺と力試しと行こうぜ!!」
「舐めるな! 私のタイム・テルズ・ノー・ライズは――」
単純な力だけで下から拳を押し上げられ、僅かに体勢を崩す。
それでも自らの能力に絶対の自信と信頼を持つギリコは、強引に押し込もうと前のめりになった。
重心が動いた瞬間、恋次は口の端に笑みを浮かべる。
「卍解! 双王蛇尾丸!!」
「ぬおっ!?」
突如として支えが消え、前のめりになっていたギリコはバランスを崩す。
恋次の足下へと倒れ込む最中、彼は見た。右腕に大蛇の頭骨を纏い、左腕には肩当てを模した巨大な狒々の腕を身につけた相手の姿を。
「な……なんだ、それは……」
「卍解だよ、見りゃわかんだろ?」
地面へと倒れたまま、顔だけは上げる。けれども起き上がることすら忘れてギリコは問うていた。
恋次の姿は、何より彼が身に纏う霊圧は、それほどまでに激変していた。
「ば、卍解……死神の奥の手と聞いてはいました……ですが、知らない! それほどの変化を齎すなど、私は聞いてはいない!!」
「そうかよ、そりゃ悪かったな……
「ひっ……!!」
怯え混乱するギリコを見下ろしながら、恋次は左手を振り下ろした。
すると腕の動きを追従するように、肩当てから巨大な狒々の手が伸びる。狒狒王の手はそのまま、倒れたままのギリコを押し潰さんとばかりに襲いかかってきた。
「ぐ、が……ば、馬鹿な……」
狒狒王の腕を反射的に受け止めたものの、ギリコの口から出るのは呻き声だけだ。
状況はさながら先ほどの再現のようなもの。恋次が上から力を込めてギリコが下からそれを受け止めているという、立ち位置が逆なことを除けば、よく似ている。
だが決定的に違うのが一つ。
上から押し潰そうとする狒狒王の腕を、僅かたりとも押し返せないということだ。
「つ、潰れ……!? 私の、力が……時計が……通じな……!!」
「よそ見してていいのか? オロチ王!」
不意に押し潰そうとする力が無くなった。
その代わりに上から降ってきたのは、恋次の右腕。大蛇の頭骨のような手甲の下から覗く巨大な刀だった。
「ひっ! ああぁっ!! がはあああああああぁぁぁぁっ!!」
その迫り来る刀を見た瞬間、本能的に両腕を伸ばしながらギリコは直撃を防ごうと防御姿勢を取る。だがオロチ王の刃は巧みに蠢くとその両腕をすり抜け、胴体へと叩き込まれた。
振り下ろしの勢いが加わった一撃に、強化された肉体とて耐えきれず、ギリコの意識は一瞬で刈り取られる。
口から大量に血を流し、壊れた人形の様に力なく地へと横たわった。
「安心しろ、峰打ちだ。それにこの場所にゃ先生がいるんだ。死ななきゃ治して貰えるぜ」
そんなギリコを見下ろしながら恋次は言う。
だが気絶したままのギリコの耳にその言葉が届くことは無い。
ついでに言えば、いくら直前で腕をひねりオロチ王の攻撃を峰打ちにしたとはいえ、巨大な質量を持った刃を莫大な霊圧を込めながら叩き込んだのだ。
あれだけの巨体であれば、確かに「死にはしない」だろうし「死ななきゃ治して貰える」というのも事実なのだろうが……
「お! どうやら解放されたみてえだな」
そんなことは気にもとめず、恋次の意識は空間が解除されたことに向いていた。
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「ふむ、これは……」
「敵に閉じ込められた、ということかと」
「やはりか」
九条とルキアは、閉じ込められた不可解な空間を探りながら頷き合う。
「しかし、舐められたものだな。まさか我々二人を相手にして勝てると思われたとは……行くぞ望実!」
「ええ、先輩」
直接のやりとりの経験こそ少ないものの、二人とも十三番隊に所属する隊士である。しかも死神としてはルキアの方が先輩であり、ついでに空座町に駐在する死神という意味でもルキアは先輩だ。
ルキアの言葉に当然のように九条は頷いてみせる。だがそれに、異論を唱える者が一人いた。
「ちょっと待ったぁぁっ! ルキアの姐さん、オレ様も居ることを忘れて貰っちゃ困りますぜ!! 二人じゃなくて、三人でさぁ!!」
「コン……だがお主は直接戦闘には向かぬだろう? 無理はせず、望実の援護に回っていてくれ」
九条の肩にしがみついたまま、コンが文句を叫ぶ。
その文句の言葉を聞き流しつつ、尤もらしい意見を言いながらルキアはコンへと背を向けた。
「ちっちっち! 姐さん、甘く見ちゃ困るってもんですぜ! なんせこの世界のことなら、オレ様が一番詳しく知ってるんですからね!」
「何っ!?」
「ど、どういうことだコン!? まさかこの能力を知っているのか!?」
聞き捨てならない言葉に、ルキアばかりか九条までもがコンを見つめる。
美少女二人から注目を受けることに満足しつつ、コンは続きを口にした。
「いやいや、知らねえよ。けど、見てくださいよこの景色。まるでどっかのアクションゲームそっくりだ」
「ゲーム……?」
言いながら、視線を誘導するように片手を動かして壁や床を再確認させる。
確かにコンの言う通り、この空間は妙にカラフルでどこかの建物の中のようで、それでいて奇妙な異質さがあった。
あまりコンピューターゲームの知識を持たない二人はピンと来ていない様子であったが、コンは気にせず先を続ける。
「つまりは、コイツはゲームの中に入った様なモンです! だったらオレ様に任してくださいってなもんですよ!! ゲームならよく知ってますからね!!」
「よく分からんが……だ、大丈夫なのか……?」
「なーに、一護たちが学校に行ってる間、暇つぶし代わりにやりこんでるんですよ! こう見えても基礎知識程度ならたっぷりとありまさぁ!! こんなお約束通りのレトロなゲームっぽい世界なんざ、目を瞑っててもクリアできますよ!!」
「た、たのもしいな……」
ふんぞり返りながら、任せておけとばかり胸をドンと叩くコンの姿に一抹の不安を覚えつつも、物は試しとばかりにルキアは頼ることにする。
『ふーん……それはすごいね……』
「な、誰だ!?」
「ルキア先輩、後ろ!」
すると空中にモニターが浮かび上がった。文字通り、何もなかったはずの空間から突然生えたように、だ。
同時にスピーカーからは少年の声が聞こえ、モニターには声の主でありこの空間を作った
突然の出来事に死神二人は驚くが、コンだけは当然の事のように受け止め、モニターの向こうの雪緒へと視線を向ける。
『じゃあやってみせてよ。そんな不細工なヌイグルミに僕の作ったこの世界が負けるわけがないけどね』
「おうおうおう! 言ってくれるじゃねえか!! だったら今すぐにでもクリアしてやらぁ!!」
あからさまな挑発。その言葉を、コンは全力で返した。
「こちとら何本のゲームをクリアしたと思ってんだ! 伊達にドキメモやら道級生やらダメーポやらSo Hardやらスルーラブストーリーやらインチメンタル具ラフテーやらハスタープリンセスやら観音やら煮詰めてナイトやらブリンセスメイカーやら蔵等やら――ぶほおおおっっ!!」
そこまで全力で叫んだところで、九条がコンを殴りつける。
「っってええぇっ! 何すんだ望実ッ!!」
「す、すまないコン……その、なんだか分からないが無性にイラッと来て、その……つい……」
嫉妬である。
「コン!」
そして殴りつけられて軽く吹き飛んだコンを、ルキアが拾い上げた。
「ああ、姐さん……やっぱりオレのことを……」
「その、なんだ……お前がやったゲームの中に、翡翠のエルミタージュはなかったのか? ゲーム化されてはおらぬのか? 新刊は出たのか!?」
「姐さん!? ひょっとして情報が知りたかっただけなんですか! 心配とかしてくれねえんですかァッ!?」
「あんな漫画、ゲーム化するやつなんていないよ……」
別室にて三人の様子をモニターしながら、雪緒は思わずツッコミを入れていた。
同時に、この程度ならば自分の勝利は揺るがないだろうと、心のどこかで思い込んでしまう。
それが、大いなる間違いだと言うことも知らず。
なんだかんだ言いながらもコンのゲーム知識は的確であり、ルキアと九条の二人は絶妙なアドバイスを受けながら先に進むことが出来た。
加えて、二人の持つ斬魄刀も雪緒との相性が悪かった。
ルキアの持つ袖白雪は氷雪系――つまり、生み出した敵や攻撃をフリーズさせられる。
だがこれは可愛い物だ。
九条の持つ
つまり雪緒の能力もまた霊力によって生み出されたものであり、攻撃や敵キャラを全て吸収することで無効化する――だけでなく、壁や床といった本来なら通行不可能な部分すらも問答無用で無力化するのだ。
まさに、チート以外の何でもない。
「ず、ズルいぞ……!!」
モニター越しにツッコミを入れた数分後。
雪緒は、死神たちを相手に心底悔しそうに呟くこととなった。
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「……僕は、君の恩人だろう……? こんな事をして……心は、痛まないのかい……?」
胸に大穴を開けられ、命の灯火が尽きようとしている中。
月島は白哉へ向けてそう尋ねた。
勝利は確実のはずだった。
ブック・オブ・ジ・エンドの能力を用いることで白哉の過去に己の存在を差し込み、恩人だと認識させることに成功した。
能力にて白哉の全ての技術を知り得ただけでなく、千本桜の無傷圏すら見切り、鬼道すら無力化できるはずだった。
だが白哉の執念はそれを上回り、月島へ致命傷を与えたのだ。命を賭しても返し切れぬほどの恩人でありながら、白哉は月島を手に掛けた。
その事実が信じられず、彼はこうして命を振り絞り尋ねていた。
「……
月島の問いかけに、白哉は眉一つ動かすことなく答える。
「我が妻の命を救って貰っただけでなく、我が息子までも取り上げて貰った。その恩は、どれだけ返しても返しきれぬほど……過去を挟み込む能力と知りながらも、この感情は変わらない」
「だったら……」
どうして? 尋ねるよりも先に、白哉は口を開いた。
「だが
「……は……?」
「妻の出産は男児禁制、たとえ我が祖父であろうとも立ち会うことは許されぬ中で行われた。例外は夫たる私だけ」
「……っ……?」
それが、どうした? 今にもすり切れそうな声を絞り出す。
「分からぬか? 大恩があろうとも緋真の肌を他の男の目に触れさせるなど、他ならぬ私自身が許さぬ」
「……! ……!」
そんな理由で! と、喉元が微かに動く。
「故にその事実を以て
月島の命が尽きようとしているのを察知したのだろう。
空間がゆっくりと解除されていく。
「……くそっ」
月明かりの下、月島は悲しそうに呟いた。
●阿散井 対 ギリコ
原作同様、出落ちです
むしろ(一年半近く修行時間があった&存在を教えられたので)双王蛇尾丸に辿り着いた恋次の見せ場です。
●月島 対 白哉
原作通りなので、大幅カット(ラストだけ微変更)
敗因は「妻子が助かったのも月島さんのおかげじゃないか」したこと。
・理由1:死神として敵と認識されているから
・理由2:時期と年齢が合わないから(あと医療系技能も持ってない)
・理由3:女性だけで行った出産(実の祖父すら除外、例外は旦那のみ)
その出産現場に、どれだけ恩人でも他の男が立ち会える訳がないだろ
染色体からやり直せ
以上(理由3が九割)のことから、白哉は冷静に分析して勝利
●雪緒 対 ルキア(と九条とコン)
余りの寄せ集め。
あと
・(シロちゃんと同じ)氷系の斬魄刀のルキア
・霊圧(プログラム)を吸い取って壊せる九条
・ゲームが詳しそうだからコン
という理由も一応あります
●コンの挙げたラインナップの元ネタ
……多分、全部わかると思うので割愛。
(個人的には煮詰めてナイトが好き。告白シーンで「お断りだ」してヒロインを膝から崩れ落ちさせられる凄いゲームなので)
●翡翠のエルミタージュ
最初の頃(原作の3話)にルキアが読んでいた漫画。
コラボしたスイーツ(アイス)が発売されている(小説版)