獅子頭君の小さい獅子を手の甲で引っ叩いて気絶させたので、これでやっと二人に集中できるわね。
『名前を間違えられるすし河原殿ぇ……』
寿司がわら……? ……あ、いけないいけない。名前を間違ってるわね。
"獅子河原君のちっちゃい獅子"が正しい表記だったわ。といっても大きさについては、あくまで手の甲で一瞬だけ触れた限りの評価だけど。
『気絶をしているのに、二回も小さいと評価で辱められたでござるよ……でも、
まあ、獅子河原君のイジりはこのくらいでいいわよね? 気絶した彼は少し離れた場所に寝かせておいたことだし、ついでに
それじゃ、残った二人へと意識を戻しましょうか。
私が斬魄刀を抜いたのを見ると、二人は少しだけ警戒したような雰囲気になりました。
「……その刀、本当に使えるのかい? 無理せず死神らしく、あたしたちにも色仕掛けで迫った方が良いんじゃないの?」
「ホントホント、男に
「あらら、酷い言われよう……随分と低い評価されちゃったわね……」
ですが内心では警戒していても口から出るのは私を蔑むような言葉でした。
二人の痛烈な言葉を耳にしながら、私はふふっと小さな含み笑いで返します。
「お望みとあれば、あなたたちにも色仕掛けしてもいいんだけど……でも、二人には通用しないでしょ? 獅子河原君は通用しそうだから試しただけ。一番楽に無力化出来る方法を選んだだけよ」
「……その言い方、気に入らないねぇ……!」
ジャッキーさんが双眸を刃物の様に鋭く細めながらこちらを睨んできました。同時に肩に付けたバイクのマフラーのような部品が怒りの声を上げるように音を鳴らして煙を噴き上げています。
そしてリルカさんも口には出さずとも同じ感情を抱いたみたいで、胡乱げな目でこちらを見ています。
……どうやらさっきの色仕掛けで、かなり格下に見られたみたいね。
でも、それってさすがに浅慮すぎるんじゃないかしら?
「まるでソイツもあたしたちも、実力で倒せるって言ってるみたいじゃないか?」
「ええ、だから――」
斬魄刀は手にしたまま。
けれど構えることはしないで、二人に向けて殺気を強めに放ちながら続きの言葉を口にします。
「そう言ってるのよ?」
「……っ!!」
「くっ……!! ナマ言ってんじゃ……ないわよっ!!」
私が放った殺気に気圧された二人は息を飲み、動きを止めます。
けれど真っ先に立ち直ったのは意外にもリルカさんでした。彼女は手に持った――手に持った……
何アレ!! なんて言ったら良いの!? 銃って呼んで良いの!?!?
アンコウみたいな鳥みたいな珍妙なデザインをしたオモチャの銃……? としか言えないんだけど!!
でもアレを銃って呼びたくないなぁ……オモチャって呼びたい……
『あー……あれは"ラブ・ガン"という名前でござるよ。できればそう呼んであげてくだされ
ラブ・ガン!? 予想を超えて珍妙な名前が出てきたわね……
と、とにかく! そのラブ・ガンを構えて引き金を引けば、巨大な動物のぬいぐるみが撃ち出されました。
ぬいぐるみ……?
なんで!? なんでぬいぐるみ!? なんでそんなにメルヒェンでファンシーな物を銃弾代わりに射出してるの!?
私の知らない間に、現世の流行り廃りが変わったのかしら……?
ま、まあいいわ!
「単純な攻撃ね」
「えっ! 消え……!?」
撃ち出される物体の大きさとメルヒェンさに一瞬だけ驚かされましたが、脅威には値しません。
それでも念のため
どうやら彼女は私の動きに反応しきれなかったらしく、姿を見失った事に驚いて目を丸くしているのが見えました。
「ちっ! リルカ!!」
「あら?」
襲いかかる私に、リルカさんに代わってジャッキーさんが反応しました。
彼女は私の動きに対応できているので、進路を塞ぐように飛びかかってきたかと思えば、なかなか強烈な蹴りを放ってきます。
受け止めても問題なさそうですが、今回も安全策を取って避けることにしました。急ブレーキを掛けるように足を止め、その場から飛び退いて蹴りを躱します。
「避けたか、良い反応じゃないか! けど、これでどうだい!?」
「ふむ……?」
忌々しそうにそう告げる彼女は、けれども攻撃を止めることなく追撃の蹴りを放ってきました。それは最初の一撃よりも確実に速くなっています。
「さっきよりも速くなってるわね」
身体を捻って二発目も躱しながら、攻撃の手を一旦止めてジャッキーさんの様子を観察します。速くなっている以上、何らかのカラクリがあるはずだからね。
それを見切らないまま、拙速を選ぶのはちょっと危険でしょうし。
だって月島君みたいな"一度でも受けたら終わりの能力"があるかもしれないもの。
とはいえ、怪しい部分は――
「……ああ、なるほど」
すぐに見つかりました。
少し注意して見てみると、右肩につけたマフラー型の装甲から白煙と共に真っ黒な液体を吹き出していました。
その黒い液体で身体が汚れていくたびにつれて、ジャッキーさんの霊圧が上昇していくのが感じられます。
……いやいや、ちょっと待って!
こんな分かり易い能力を、しかも垂れ流しみたいに見せて良いの!? これ、罠なんじゃないの!? これは囮で、きっと本命は別の何かが……
「あーもう、チョコマカと……当たりなさいよっ!」
「…………」
……もしかして、と思ったけど。間違いないみたいね。
ジャッキーさんの攻撃を避けて、距離が離れた瞬間を狙ってリルカさんが第二射を放ちました。
迫ってくる洋菓子の形をしたメルヒェンなぬいぐるみを避けながら、念のためにもう数秒だけ観察を続けてから、私は浮かび上がった仮定を口にします。
「その肩の装甲で自分の身体を汚すことで強くなる……といったところかしら?」
「勘が良いね。そうさ! あたしの"ダーティ・ブーツ"は汚れれば汚れる程強くなる!! 身に纏う
ジャッキーさんがやたらと自信満々に答えてくれました。
……なんで自分の能力を自分で説明しちゃうのかしら……?
いくら相手に予測されたからって、自分で口に出して言っちゃうのは問題だと思うんだけど……ブラフとして使うとか、他にも「そういうのもあるかもしれない」って相手に思わせるとか、そういう駆け引きはしないの!?
彼女の自信に呼応するように肩の装甲は猛烈な勢いで汚れを吐き出すと、周囲の空間ごと彼女の全身を一気に汚します。
『どろんこ遊びでございますな!! 拙者も子供の頃によくやったでござるよ!!』
こ、子供の頃……!? 射干玉の……!?
『なにか?』
……そうよね! 誰だって子供みたいなものよね!!
というかジャッキーさん、自分で自分を汚す能力って……それは女としてどうなの?
まあでも、泥パックみたいに考えれば一応はアリ、なのかしらね……?
『えっと、一応ご説明させていただきますとですな……ジャッキー殿の能力は別に自分が望んだわけでは無く……』
「ちょっとジャッキー!! アンタ、もう少し考えなさいよね!!」
射干玉の説明を遮るように、リルカさんが叫びました。
彼女は最初に放ったヌイグルミに悲しそうな視線を向けると、続いてジャッキーさんを恨みがましく睨みます。
「ああっ、もうばっちい!! お気に入りのウサ子が汚れちゃったじゃない!!」
「うるさいよリルカ!! そこの死神に斬られそうだったのを助けてやったんだ! 汚れくらいでガタガタ言うんじゃないよ!!」
流れ出した黒い汚れが、ヌイグルミに染み込んでいました。
どうやら二人の相性は今ひとつみたいね。能力的にも、性格的にも。
「……あのね、リルカさん。ジャッキーさん。一つだけ、訂正させてもらうわ」
はぁ、と軽く嘆息しながら、私は言い争っていた二人に声を掛けます。
「死神の使命は人間を守ること。だから、斬るつもりなんてないわよ。あなたたちがどれだけ隙だらけだったとしてもね」
「っ!」
「ち……っ……」
ようやく言い争っている場合ではないと認識してくれたようで、こちらをしっかりと見てくれました。
その様子に私はにっこりと微笑みます。
「そうそう、その調子。でも、重ねて言うけど斬らないから安心してね。ただまあ……少しだけ、お仕置きはさせてもらうけど」
「何が、お仕置きだ!!」
再び汚れをまき散らし、身に纏いながらジャッキーさんが蹴り込んできました。
ですが私は、彼女の蹴りを片手で受け止め、軽く払います。
威力は……予想通りといったところかしら? 全身汚れていて、この程度なら……ハリベルの方がよっぽど強かったわね。
「な……っ!! くっ……!!」
受け止められたばかりか、半歩すら動かせなかったことに驚いているみたいですね。
焦りながらも彼女はトンボを切って宙返りしながら私から距離を取ります。
「ナマイキッ!!」
「あら今度は……鹿のヌイグルミ?」
ジャッキーさんをカバーするように、続くリルカさんの攻撃が来ました。
飛んできたヌイグルミを、私は斬魄刀で真っ二つに切り裂いてみせます。
確かに、巨大なヌイグルミはそれなりの威力です。けど、その程度でしかありません。
注意すべき点があるとすれば、銃から撃つという性質上、収縮して格納もできる――くらいかしらね? 下手をすれば小さくされて閉じ込められるかもしれないから、そこだけは注意しておきましょう。
「ああっ! なにすんのよ!!」
リルカさんの悲痛な叫びが響きました。
ですが私は特に反応することも反撃することもなく、代わりに蹴りを受け止めた左手に視線を――正確には、左手にへばり付いた汚れへと視線を落とします。
「汚れれば汚れただけ強くなる……か……」
「……なんだい? まさかビビっちまったのかい?」
「ううん、そうじゃなくてね」
手の中で軽く汚れを弄びながら、ジャッキーさんの虚勢に首を横に振ります。
「私、護廷十三隊では救護や後方支援を担当している隊に所属しているの」
「それがどうしたってよ!?」
「怪我人や病院にとって、汚れは天敵なのよ。だからね――」
ぐしゃり、と左手を強く握りしめて汚れを握力で吹き飛ばします。
同時に二人が焦ったように息を呑みました。
「――こういうのって、許せないのよね」
「許せないから、なんだってんだよ!!」
再びジャッキーさんの攻撃です。
今度は左右に移動しながら、虚実を織り交ぜるようにして攻め込んできました。能力頼りで真っ正面から叩き潰すのは止めたみたいですね。
ですがまだまだ動きは単調で、見切るのはそれほど難しくはありません。
「卍解、射干玉三科」
渾身の一撃を躱しながら、卍解を発動させます。
「さあ、お掃除の時間よ。少し、本気でやらせてもらうわね」
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「……ッ!!」
「な……なによ、これ……!!」
私の霊圧が一気に膨れ上がったのが理解できたのでしょう。二人とも化け物を見るような目で私を見てきます。
「卍解は知っているかしら? 死神が持つ斬魄刀の、真の力を発揮させることよ。私の場合は――」
生み出された真っ黒な刀を握りながら、それを見せつけるように軽く振ります。刀身から粘液が飛び散り、地面を黒く汚しました。
それを見た途端、ジャッキーさんがさらに渋面を強くします。
「まさか、あたしのダーティブーツと同じ……!?」
「ふふ、それこそ"まさか"よ」
あらら、勘違いさせちゃったわね。
なまじ似ているからか、自分と同じような物と連想させちゃったみたい。
……そんな生やさしいものじゃないのにね。
「
刀の切っ先を地面に突き刺し、そこから粘液を大量に分泌させます。
沸き溢れていく粘液はそのまま地面を伝わって、周囲をゆっくりと浸食していきました。
「な、なんだいこれは!?」
「ま……まっ黒な世界が……! 広がって……!!」
粘液はまず彼女たちの周囲を取り囲むように広がって逃げ場を奪うと、今度は壁を作り出すように立ち上り空間そのものを取り込んでいきます。
その光景の悍ましさからか、二人とも無意識に私から距離を取りました。
気づけば背中合わせになりながら、少しでも浸食から逃れられる場所はないかと視線を慌ただしく周囲に向けます。
けれどもう、逃げ場なんてありませんよ。
「これでこの空間は、私の物になったわ」
まだ多少地面が残っていますが、二人を精神的に追い詰めるべくそう断言します。
するとジャッキーさんは、少しだけ挑発的な笑みを私に向けてきました。
「私の物……? ハッ! 雪緒の空間を本当にどうにか出来ると思ってんのかい!!」
それって、カッコいいこと言ってるけど、他人の能力頼りの発言よね……
それにこの技を使ったのはその雪緒君対策でもあるから、間違ってはいないんだけど。
ゲームの中みたいな空間である以上、どこかで監視されている可能性は高い筈。だから黄泉比良坂を使ったのは、監視の目を遮るって意味が一番強いの。
「出来るから、そう言ってるのよ。これでもうあなたたちは、私のお腹の中にいるも同然」
だってこれから……子供には見せられないようなことをするんだから……
『正確には拙者の中でございますがな!! ああ……なんというか……とてもとても人には言えないことをしてしまいそうでござるよ!! 興奮してきたあああぁぁっ!!』
「ふ、ふざけるんじゃないよ!! この程度――うわぁっ!?」
「ひっ! やだやだ!! 足下に来た!! 気色悪い!!
「ダ、ダーティ・ブーツの汚れが……!! ち、力が……!!」
やがて、ついに彼女たちのところへと辿り着いた粘液は、そのまま靴にへばり付くと足首へと伝わりながらゆっくりと這い上がっていきます。
それはさながら、蛇が身体に巻き付いていくような感触といったところかしらね。
特にジャッキーさんにへばり付いた粘液は、自ら撒いたその黒い汚れに食らいついて吸い取り、お掃除していきます。
「邪魔だ! 離れろ……なにっ!?」
ブーツに張り付いた粘液を吹き飛ばすように、地面を巻き込んで力一杯蹴りを放ちましたが、その程度では射干玉の粘液は剥がれないわよ。
むしろ接触した時間が増えた分だけ張り付いた粘液の量は増えて、そろそろ脛の半分くらいまでが浸食が進んでいます。
「ちょ、ちょっと何よコレ!
そしてリルカさんも、粘液をなんとかしようとしたのでしょう。
『今この瞬間、リルカ殿とジャッキー殿をさらにヌルヌルにしてやるでござるよ!! ぐへへへへへへへへ!!』
――って具合だからね。むしろ効果がなくて良かったわよ。
ところがリルカさんは諦めません。
もの凄く嫌そうな顔をしながら、ラブ・ガンを地面に向けて構えました。
「だったら! この気色悪くて不細工なヌルヌルごと吹っ飛ばしてやるわよ!! やりたくなかったけど!!」
なるほど、ヌイグルミを撃ち出して弾き飛ばすつもりなのね……あら? どうしたの射干玉?
『気色悪くてヌルヌルと言われたでござるよ……』
ぬ、射干玉……? まさか落ち込んで――
『……こ、こここここ興奮してキターーーーーァァッ!!
――る、わけないわよね。
射干玉のテンションが上がったからか、粘液の浸食速度が目に見えて上がりました。
既に太ももの辺りにまで粘液が這い上がっており、ねっとりとした黒い液体が二人の足下をネトネトと這い回り、ブーツとニーソックスに染み込んで素肌を汚していきます。
どろりとした粘液に肌を直接蹂躙され這い回られる感触に、二人とも恐怖と嫌悪感の混じった焦りの表情を見せます。
「う、嘘だろ!?
そしてどうやら、ジャッキーさんの場合は焦る理由がもう一つあったみたい。
全身に纏っていた白い服にまで射干玉の体液は染み込んで、それをゆっくりと剥ぎ取っていきます。
彼女の褐色の肌が、少しずつ露わになっていきました。
「リルカ! こうなったらあんたの能力で――」
「いやああああぁぁっ!! 何よコレ何よコレええぇぇっ!!」
リルカさんの悲鳴が木霊しました。
「あたしのお気に入りのヌイグルミが! タンスが!! 中に何か変な粘液がみっちり詰まってるぅぅっ!!」
お忘れかもしれませんが、彼女は粘液を吹き飛ばそうとラブ・ガンを撃ちました。
撃ち出されたヌイグルミやら家具やらは、ですが粘液の海へとへばり付いてそのまま吹き飛ばされる事はありませんでした。
それどころか粘液の浸食を受けて中身がぎゅうぎゅうに詰まり、今にも内側からはじき飛びそうなほど。
というか、もう許容量は限界ですね。小さな穴が幾つも開いて中から黒い粘液がドロドロと漏れ出ています。
その光景は、リルカさんでなくても泣くくらいおどろおどろしいものでした。
「チッ!! そのくらいで何を言ってんのさ!!」
「何が"そのくらい"よ! 見てみなさいよコレ!! 真っ黒な
粘液塗れになったヌイグルミを指差しながら叫びますが……
……
「煮凝りだかなんだか知らないけど、とっととこの気持ち悪いのを入れちまいなよ! そうすりゃこの変なのから逃げられるんだ!!」
「いや!! こんな気持ち悪いのを許可するなんて絶対に! ぜええええぇぇっったいに無理いいいぃぃぃっっ!!」
許可、ねぇ……つまり危惧していた通り、小さくして閉じ込めることも出来る――
『ああっ! また、またそんな激しい拒絶を……!! ああああああ
あー、はいはい。
能力の解析とかそういうのは、もうお呼びじゃないのね。
黄泉比良坂で周囲を完全に囲っているから、監視の目はもう完全に届かなくなっているだろうし。もう良いわよね。
刀を地面に突き刺したまま手を放すと、二人のところへゆっくりと近寄っていきます。
「それで……もう手詰まりかしら?」
一歩一歩、ゆっくりと。粘液の海の上を草履で歩きながら。
草履裏に粘液がへばり付きますが、這い上がってくることはありません。浅い水たまりの上を歩くような感覚、といったところでしょうか?
ゆっくりと近寄ってくる私に、二人は最大限警戒しています。
「……ぐっ!」
「くっ、来るな! 来ないでよ!!」
ですが、二人にできるのはもうそのくらい。
粘液に絡みつかれた下半身はまともに動かせず、ジャッキーさんに至っては汚れを剥ぎ取られて弱体化までしています。
「言ったでしょう? あなたたちはもう私のお腹の中だって……」
「ま、まだまだあぁっ!」
まともに動けないまでも、拳を放ってきました。
殴りかかってきた手を掴んで止めると、ジャッキーさんにがニヤリと笑います。
「今だよ、リルカ!!」
「湯川
リルカさんが左手を私に向けると、そこからハートの形をした矢のようなものを撃ち出しました。得意げな表情をしているところから、これが奥の手みたいですね。
「ざーんねん」
「え……っ……!!」
至近距離から放たれたそのハートを、身体を半歩ずらして避けます。
当たらなかったことでリルカさんの表情が驚愕したものになりましたが、そもそも注意を払っていないとでも思っていたのかしら?
「追い詰められて、のこのこ近寄ってきたところに逆転の一手を放つ。よくある手段よね」
「うぐっ……!?」
「ひいいいっ!! なにこれなにこれ! ベタベタしてる!!」
足下の粘液を両手で掬い取ると、二人の頬をそれぞれゆっくりと撫で回します。
当然、手にはべったりと粘液がへばり付いています。黒く粘ついた液体が化粧のように塗布されていき、二人の端整な顔をベタベタと汚していきます。
嫌悪感で眉間にシワを寄せる中、私は二人に問いかけました。
「それで?」
「そ、それで……とは……?」
「まだ何か手はあるのかしら? ないなら、私の勝ちって事で良いわよね?」
「こ、殺さないのかい……?」
「言ったでしょう? 死神の使命は人間を守ること。斬るつもりはないって」
そう答えた途端、二人はどこかホッと安堵したような雰囲気になりました。
「あら、私はこうも言ったわよ? 少しお仕置きはさせてもらう――って」
ですが続く言葉に、二人の緊張が一瞬で高まります。
「ま、まさか……」
「ちょ、ちょっと! 止めて! やめてってば!! 謝る、謝るから!!」
「大丈夫、痛くはしないから」
私は二人を安心させるように、そう告げました。
●黄泉比良坂
大昔にも使った(具体的には、都さんを
黒い空間を作って、外部からの視線を遮る技。
今回の場合「子供に見せられない」という配慮から。
(同時に「他の死神たちにもこの光景が見られていた場合、万が一にも勘違いされるわけにはいかない。だから隠しておこう」という下衆な狙いもある)