お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第333話 私自身が半裸で磔になる事だ

「湯川!」

 

 ユーハバッハの剣が藍俚(あいり)の腕を切り裂くところを見た瞬間、ハリベルは叫んでいた。

 かつて、自分を相手に易々と勝利してみせた湯川藍俚(あいり)という死神。

 彼女がいれば、この滅却師(クインシー)の軍団ですら打ち負かすことができるかもしれない――そうどこかで期待していた。

 だがその彼女がこうもあっさりと切り裂かれる姿は、ハリベルの心を強く揺さぶる。戦地へと赴く意中の男の無事を祈り続ける乙女のように、平静ではいられなくなっていた。

 

 だがその心配は、どうやら杞憂だったようだ。

 腕で刃を受け止めたかと思えば、藍俚(あいり)は刀傷を気にした様子すら見せずにすぐさま反撃へと転じる。

 ユーハバッハへと拳を放つその腕からは、もう傷跡が綺麗さっぱり消えていた。

 彼女が一瞬にして治したのだと理解し、ハリベルは思わず胸をなで下ろそうとしたところで気付いた。

 

 ――私は今、何を考えた……?

 

「……くっ!」

 

 思わず脳裏を過った恥知らずな考え。それを打ち消すようにハリベルは自らの頬へ拳を一撃叩き込むと、ユーハバッハを睨み付ける。

 相手がどれだけ強くとも、気圧され膝を屈するわけにはいかない。

 ハリベルは藍俚(あいり)虚圏(ウェコムンド)を纏めるようにと頼まれたのだ。ならばその役目を全うしてみせる。

 守られるだけの、お飾りのだけの存在であり続けるなど、戦士としての誇りが許さない。

 

皇鮫后の牙(エストカーダ)!!」

 

 斬魄刀を強く握りしめながら、全力で水の鮫を放つ。

 彼女の能力によって生み出された巨大な鮫は、その顎から禍々しい牙を覗かせながらユーハバッハ目掛けて襲いかかる。

 

「いったぞ湯川!」

「ありがとハリベル!」

 

 とはいえ、ただ大技を放つだけで食い下がれるような相手ではないことはハリベルも重々承知している。

 最前線で戦う藍俚(あいり)の背中へと言葉少なく声を掛ければ、彼女はそれに反応して即座に虚閃(セロ)を放ってみせた。

 それも、皇鮫后の牙(エストカーダ)の進路を邪魔することなく。それでいて虚閃(セロ)を避ければ水の鮫に襲われる。皇鮫后の牙(エストカーダ)に注意を払いすぎれば藍俚(あいり)の攻撃を受けるという絶妙な援護だ。

 

「これは……」

 

 二人の動きにユーハバッハは微かに眼を見開く。

 

「それぞれの戦い方、癖を知っているということか。情報(ダーテン)にも無い、我々が知り得なかった事実。だが、特に記す必要もあるまい」

 

 即席とは思えぬ制度の連携を見せられたことに感心しつつも、僅かな隙間へとその身体を滑り込ませた。

 まるであつらえたかのような、二人のどちらの攻撃も届くことのない絶妙な位置へ。

 

「すまないな、湯川」

「気にしないで」

「ほう……!」

 

 先ほどよりも少しだけ大きく目を見開きながら、今度は声を上げる。

 まるでユーハバッハが動くことを待ち構えていたかのようなタイミングで、ハリベルは迫る。その手に握る斬魄刀には、予め生み出していたのだろう水の鮫が絡みついている。

 そして、ハリベルの動きに合わせたように藍俚(あいり)もまた動いていた。同士討ちにならないように、巧みに位置を調整しながらも挟み撃ちができるような場所へと身体を滑り込ませる。

  

皇鮫后の牙(エストカーダ)!!」

「はあああぁぁっ!!」

 

 斬魄刀による刺突と、渾身の力を込めた掌底がユーハバッハに前後から襲いかかる。

 どれだけの実力者であろうとも避けられるはずもない、これ以上ないタイミングのはずだった。

 

「な……!?」

「硬い……重い!?」

「……前言を、一つだけ撤回しよう」

 

 鋭い切っ先を胸で、掌底を背中で受け止めながらも、僅かにも揺らぐことのないままユーハバッハは口を開いた。

 

「知り得なかったことは我々にとって損失だったようだ。だがそれでも、情報(ダーテン)に記す必要は無い。なぜならば――」

 

 斬魄刀を通してハリベルへと伝わってきたのは、まるで堅固な城壁でも突いたかのように硬く重い手応えだった。

 藍俚(あいり)も似たような物だ。小山のように巨大な岩塊を力一杯叩いたような感触。むしろ一撃を入れたはずの自分が弾き飛ばされてしまいそうで、反射的に両足に力を込めて踏ん張らされた。

 攻めを続けていたはずの二人の動きが止まれば、その隙を逃さずユーハバッハは眼前のハリベルの頭を握りしめた。

 

「ぐ、ああああああぁぁっ!!」

「今ここで、その片方が消滅するからだ」

 

 

 

 

 

 頭蓋を潰されんばかりの痛みにハリベルが悲鳴を上げると同時に、スタークは手にしていた二丁の拳銃――帰刃(レスレクシオン)した斬魄刀をユーハバッハへと向ける。

 

「スターク!? 何を……」

「どうやら、あの滅却師(クインシー)の王様とまともにやりあえそうなのは彼女とウルキオラくらいみたいだ。なら俺は、援護に回らせてもらうとするさ!」

「ちょ、ちょっと待ったスターク! それはわかるけど、まだ藍俚(あいり)が!! ハリベルも!! それに合図くらい――」

「アンタらなら平気だろ? 信じてるぜ……無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)!!」

 

 祈るような言葉と共に、スタークは蓄えた霊圧をユーハバッハへ向けて撃つ。

 まず飛び出したのは、喚き続けるリリネットの声を掻き消すほどの轟音。続いて放たれる虚閃(セロ)は、数センチ程度しかない銃身から撃ち出されたとは信じられないほど巨大な閃光だった。

 

 スタークの技に、無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)というものがある。拳銃型の斬魄刀から最大千発以上の虚閃(セロ)を連射するというものだ。

 これは、その応用の一つ。千発もの虚閃(セロ)をほぼ同時に――それこそ銃声が一つにしか聞こえないほど素早く連発するというもの。より単純にすることで、より強力な技へと昇華させたのだ。

 

 虚圏(ウェコムンド)が藍染の手を離れてからおよそ二年。その間、ウルキオラやグリムジョーの面倒を見ながら、彼自身も歩みを止めることなく成長を続けていた。

 これはその成果の一つ。

 一撃一撃の虚閃(セロ)の威力もかつてのそれよりも上がっており、加えて無数の虚閃(セロ)が重なり合うことでさらに威力を増している。

 ユーハバッハほどの実力があろうと、僅かに注意を払わねばならないほどに。

 

「えっ!? ええっ!?」

 

 スタークのその攻撃は当然、ユーハバッハに肉薄していた藍俚(あいり)たちにも向けられる。

 ハリベルが掴まれた瞬間を狙ったかのような極大の虚閃(セロ)に面食らうものの、藍俚(あいり)の動きは素早かった。

 ユーハバッハが気を取られ、拘束を微かに緩めた瞬間に藍俚(あいり)はハリベルを取り返すと即座にその場から離れる。

 

「ありがとスターク! でも合図くらいは欲しかったわ! けどこれでユーハバッハも少しは……はあぁっ!?」

 

 巻き添えを食らわぬように全力の瞬歩(しゅんぽ)虚閃(セロ)の範囲から逃れながら、藍俚(あいり)は腕の中のハリベルの治療も即座に済ませる。それでいてユーハバッハへの注意も怠らない。

 とはいえ王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)にすら勝るほど強力な一撃を受けたのだ。どれだけの強者であろうとも手傷は免れないはず――そう楽観視していた藍俚(あいり)に向けて、彼女の霊圧知覚が知らせる。

 ユーハバッハの状態を。

 

「オイオイ、マジかよ……」

 

 続いてスタークも気付いたのだろう。乾いた笑みを浮かべながら消沈したように呟く。

 

「これが真の血装(ブルート)……防御に用いる静血装(ブルート・ヴェーネ)だ。お前の扱う紛い物では、これほどの防御は出来まい?」

 

 津波のような虚閃(セロ)の奔流の中から現れたのは、無傷のユーハバッハだった。身体に不可思議な文様を浮かび上がらせながら、さも当然のことのように告げる。

 藍俚(あいり)を睨み付けながら。

 

 

 

 

 

「だが防御だけでは俺たちは倒せん」

 

 静血装(ブルート・ヴェーネ)を発動させたユーハバッハに、ウルキオラが襲いかかる。手にした霊子の槍を何度も振るうものの、けれどその全てが静血装(ブルート・ヴェーネ)に防がれて肉体を傷つけることは無かった。

 

「その程度では私の血装(ブルート)は突破できんぞ」

「かもな」

 

 言われることなく、攻撃が届いていないことはウルキオラがよく分かっている。しかしそれでも彼は愚直に攻撃を続ける。表情どころか眉一つ動かすことなく、幾度も幾度も鋭い攻撃を繰り出し続ける。

 

「だがそれは防御専用の技と見た。攻撃に転じるにはおそらく、一度その技を解く必要があるはず。こうしていればお前は防御しかできん」

「ほう、なるほど」

 

 血装(ブルート)に防御を任せ、一歩も動くことなくウルキオラの攻撃を防ぎながらユーハバッハは尋ねる。

 

「だが、私がこのまま防戦一方だと――攻撃を行わないという保証はどこにある? 今の状況が気まぐれの産物でしかないとは思わんのか?」

「そのときは、俺の見立てが甘かっただけだ」

「その潔ぎやよし!」

 

 ウルキオラの言葉に、ユーハバッハは即座に動きを見せた。

 静血装(ブルート・ヴェーネ)を発動させたまま剣を振るい、ウルキオラの攻撃ごと切り裂く。

 

「どうやら、見立てが甘かったようだな」

「な……っ……!」

「ウルキオラ!!」

 

 攻撃そのものを潰されたばかりか、槍ごと片腕を切断される衝撃にウルキオラの表情が驚愕に歪む。

 それを見て即座に回復に駆け付るべく動こうとした藍俚(あいり)の前へ、先回りしたかのようにユーハバッハが立ち塞がる。

 

「今助け――えっ!?」

「今のは静血装(ブルート・ヴェーネ)を発動させたままの一撃だ。そしてこれが動血装(ブルート・アルテリエ)よ!」

「うああぁっ!!」

 

 防御用の静血装(ブルート・ヴェーネ)から攻撃用の動血装(ブルート・アルテリエ)へと瞬時に切り替えると、ユーハバッハは無造作に剣を振り下ろした。

 反応して全力で防御を固めるものの、ユーハバッハの一撃はそれを上回り藍俚(あいり)の身体を深々と切り裂いて深い傷を刻みつける。

 

「……」

「湯川さん!」

「う、ぐ……回復……ウルキオラ……」

 

 その傷の深さにネリエルが悲鳴を上げるが、だが藍俚(あいり)はこれくらいでは止まらない。この程度で止まるようならば、とっくに卯ノ花に見限られていただろう。

 痛みに呻きつつも即座に自らの傷を治し、さらにウルキオラの腕まで癒やし始める。

 その速度はユーハバッハが目を見張るほどだ。

 

「ハッ! ようやく解きやがったか馬鹿がッ!!」

 

 そして、血装(ブルート)を切り替える瞬間を待っていたのだろう。グリムジョーは両手に巨大な爪を生み出すと、ユーハバッハ目掛けて一斉に放った。

 

豹王の爪(デスガロン)!!」

 

 二年前、志波海燕との戦いの時に見せたそれよりも洗練された十爪による一撃。彼もまた日々を遊んで過ごしていたわけではないと見せつけるかのような見事な攻撃だった。

 だがそれが通じるとは限らない。

 

大聖弓(ザンクト・ボーゲン)

「ぐ……あ……っ……!!」

 

 巨大な光の弓を生み出したかと思えば、そこから数十本の神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を放つ。

 一矢々々(いっしいっし)が生き物のような軌道を描いて豹王の爪(デスガロン)を打ち抜いて消滅させ、余った矢はグリムジョー本人へと襲いかかる。

 それも動血装(ブルート・アルテリエ)で強化された攻撃だ。

 肉体を飛び越えて魂魄までもが消滅しかねない破壊力を受け、悲鳴すら上げられぬままグリムジョーは倒れ込む。

 その身体は削り取られ無数の穴が穿たれていた。

 

「貴様程度では、解こうが解くまいが同じ事よ」

 

 動かなくなったグリムジョーを一瞥すらせず、ユーハバッハはただそう口にする。

 

 

 

 

 

「グリムジョー!!」

 

 同胞が倒れた姿を見た瞬間、スタークはユーハバッハへ向けて再度無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)を放っていた。

 今回は先ほど撃った一点集中型とは違い、連射による速度と面による攻撃範囲を重視したものだ。響転(ソニード)を用いた高速移動を併用しながら虚閃(セロ)を連射するその姿は、さながらアクション俳優のようだ。

 横から、前から、後ろから、上から。スタークはたった一人で弾幕を張りながら、仲間の破面(アランカル)たちへ目で合図を送る。

 

戦鞭(ラ・ラティーゴ)

 

 その意図に気づいたハリベルが、水を鞭のように操ると穴だらけのグリムジョーへと巻き付けて回収する。

 続いてまだ息があることを確認すると藍俚(あいり)の元へとグリムジョーを担ぎ込んだ。

 

「湯川!」

「ええ、今度はそっちね!?」

 

 丁度、ウルキオラの腕を問題無い状態まで治し終えたところだった。

 治療をしながらも周囲の状況は把握し続けていたのだろう。藍俚(あいり)は名前を呼ばれただけで二つ返事でグリムジョーの治療を始める。

 

「すまん……」

 

 自分の怪我など二の次と言わんばかりに破面(アランカル)たちの回復を続ける藍俚(あいり)の姿に、ハリベルは小さく頭を下げると、せめて少しでも時間を稼ごうと再びユーハバッハへと攻撃を始める。

 

「その力……我々の予想を超えて厄介だな……」

 

 ユーハバッハの目は藍俚(あいり)が治療する姿へと注がれていた。

 両断したはずのウルキオラの腕を治し、あちこちが消し飛んだグリムジョーの肉体すらも再生させる様子を観察しながら、やがてそう呟く。

 無数の虚閃(セロ)がほぼ全方位から襲いかかってきているにも関わらず、だ。

 

 さながら嵐のような虚閃(セロ)の弾幕ですら、ユーハバッハからすれば小雨が吹き付ける程度の障害でしかない。

 むしろ、先ほどのような集中射撃の方がいくらか鬱陶しく思えた。霊子の分解・隷属させるのに、あちらの方が多少なりとも手間が掛かったのだから。

 

「やはり、優先すべきは貴様か」

 

 虚閃(セロ)の弾幕に、水の鮫が加わった。

 第1(プリメーラ)第3(トレス)十刃(エスパーダ)の連続攻撃だが、それすらもユーハバッハは意に介さない。

 隷属させた霊子を練り上げると、巨大な神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を見せつけるように生み出す。

 

「な……っ……!!」

「これは……!!」

「大凡の力は知れた。ならば、これはどうだ?」 

「ちょ、ちょっと待って……!!」

 

 その矢の狙う先にあるのは治療を続ける藍俚(あいり)の姿だった。

 狼狽える藍俚(あいり)目掛けて、ユーハバッハは光の矢を放つ。迫り来る神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を前に、動くことが出来ない。

 

「湯川!!」

「ダメ! まだ傷が!!」

 

 動くことが出来ないというよりも、手を離せないがというのが正しいだろう。

 グリムジョーが受けた傷は想像以上に深く、まだ動かすことが出来ない。

 見捨てて逃げ出すのは簡単だが、それはグリムジョーを見捨てるのと同義。無論、全力で治癒は続けているものの、下手に動かせばどうなるか分からないという容態だ。

 

 ――せめてあと五秒あれば……!! いえ、それよりまずはグリムジョーを庇って……

 

 即座にそう判断すると、怪我人にこれ以上ダメージを与えぬようにと身を挺そうとする。

 だが神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)が届くよりも早く、その間に割って入る姿があった。

 

「おおおおおおおおおっっ!!」

「……ほう?」

 

 ウルキオラだ。

 自らが放った矢を受け止め弾き返そうとするその姿を眺めながら、ユーハバッハは口元を少しだけ歪ませる。

 そして、神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を受け止め続けること数秒。光の矢は輝きを失い消滅した。

 だがそれだけでウルキオラの全身は痛々しく焼け爛れていた。

 グリムジョーの治療を終えると、即座に藍俚(あいり)が動くものの、それを牽制するようにユーハバッハは別の目標へと目を向ける。

 

「ならば次は――」

 

 その方角は、アパッチたちが退避している地点だった。

 視線を向けられたことに向こうも気付いたらしく、七つの小さな人影が慌てたような動きを見せる。

 

 ――待て!

 

 そちらに向けて攻撃を行おうとしたところで、ユーハバッハは自ら動きを止めた。

 ユーハバッハからすれば彼ら彼女らは、十刃(エスパーダ)たちよりもずっと矮小。取るに足らない存在だ。いちいち気に掛ける必要すらない。

 だがそんな路傍の石のような相手を狙おうと、なぜ考えたのか? 何か気になることでもあったのだろうか?

 

 ――七つ(・・)……だと……!?

 

 原因に思い当たった瞬間、叫び声に反応したようにユーハバッハは即座に振り返る。

 

「ドイツもコイツも、あたしのことを舐めた眼で見てんじゃないわよッ!!」

 

 そこにいたのは、チルッチだった。

 路傍の石のような存在。そう判断したことがユーハバッハの気付きを遅らせ、感覚を僅かに鈍らせ、接近を許してしまった。 

 彼女は帰刃(レスレクシオン)状態のまま、攻撃態勢は完全に整っている。もはや避けることは不可能なタイミングだ。

 

王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)!!」

 

 ユーハバッハを襲ったのは、十刃(エスパーダ)のみが使用可能な最強の虚閃(セロ)だった。

 チルッチも、落ちたとはいえ元十刃(エスパーダ)。使用資格はある。

 加えて王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)は自身の血を混ぜ込んで虚閃(セロ)を放つというもの。番号が3桁になった途端に使えなくなるという道理も無い。

 手を伸ばせば直接殴れそうなほど近くまで接近した状態で放てば、格上相手であろうとも勝機はあるはず――

 

「……チッ!」

 

 というのは、どうやら甘い幻想でしかなかったようだ。

 王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)が通り過ぎた場所からは、何事もなかったかのように無傷のユーハバッハの姿が現れる。

 予想通りのその光景を目にしながら、チルッチは恥も外聞も無く吐き捨てる。

 

「わかってんのよ!! いくら王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)でも3桁(トレス・シフラス)じゃあ現十刃(エスパーダ)には届かない……」

 

 悔しそうに奥歯を噛みしめながら、沈み込んだ表情で顔を伏せる。

 

「ま、でも――」

 

 続いて沈んだ表情から一転、得意げにニヤリと満面の笑みを見せた。

 

十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)寄せ集めれば(・・・・・・)一人前になるんじゃないの?」

「……ッ!!」

 

 寄せ集めれば、という言葉には心当たりがあった。

 この場にいる破面(アランカル)たちのなかで、正式な十刃(エスパーダ)となっていない者がもう一人だけいる。

 僅かに、ほんの僅かだが、焦った様子でユーハバッハはチルッチに背を向け――正確には王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)が放たれた先へと視線を向ける。

 

「ざーんねん、ちょっと遅かったみたいね王様?」

重奏虚閃(セロ・ドーブル)!!」

 

 背中から聞こえてきた小馬鹿にしたような声に合わせ、ネリエルは大きく口を開けると超特大の虚閃(セロ)を放った。

 相手の虚閃(セロ)を吸収し、自らの力を上乗せして放つネリエルの固有技たる重奏虚閃(セロ・ドーブル)

 

 これはそれをさらに発展させた連携技だ。

 チルッチが放った王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を吸収し、さらにネリエル本人も王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を上乗せして放つというもの――無理矢理にでも名付けるのならば、王虚の重奏閃光(グラン・レイ・セロ・ドーブル)とでもいうべきか。

 

 元々は、なぜか共に行動する機会の多かったネリエルとチルッチ。その際にネリエルの言動に腹を立てたチルッチが、彼女に虚閃(セロ)を放ったのが始まりだった。

 癖でそれを吸い込んでしまい、慌てて虚空へと放つネリエルであったが、その技の威力を目の当たりにしたチルッチが「何かに使えるのでは?」と怒りを忘れて模索をはじめ、あれこれ改良と練習を重ねて完成させた、とびっきりの大技だ。

 

 それは只の王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)すら超えた、超々特大の一撃。その影響力は空間を大きく揺らめかせ、虚圏(ウェコムンド)全体が微かに震えるほど。

 スタークであろうとウルキオラであろうと、個人でこれだけの威力を生み出すのは現時点では不可能だろう。

 ハリベルたち全員が、目を丸くしながらユーハバッハが立ってた場所を見つめる。

 

「へ、陛下……!!」

「馬鹿な……そんなわけが……!!」

「あは、あははははははっ!!」

 

 それは滅却師(クインシー)達も同じだった。

 ユーハバッハの絶対勝利を信じている彼らが、思わず心を動揺させるほどの衝撃。その結果を生み出せた事実に、チルッチは得意絶頂で高笑いを上げた。

 

 実情は、余裕があるわけでは無い。

 チルッチ本人は全力の王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を放った消耗でフラついて余裕が無く、ましてそれを打ち返したネリエルに至っては全身から大量の汗を吹き出しながら座り込んでいる。顔を真っ青にしながら、言葉を放つ余力すらない。

 今の二人ならば赤子の手を捻るように易々と倒せてしまうほど弱体化している。

 

「どうしたの王様!? こーんな格下にやられちゃった気分はどう!?」

「ふむ、そうだな……良い戒めとなった。とでも言うべきか」

「……え?」

 

 昂ぶった感情のままに煽るような声を上げれば、それに返事があった。 

 その声にチルッチの動きがピタリと止まる。

 

「少々、肝を冷やした。山本重國の卍解が相手でもなければ、このような苦戦もあるまいとと思っていたが……」

「う、嘘でしょう……!?」

 

 再びユーハバッハが姿を現した。

 王虚の重奏閃光(グラン・レイ・セロ・ドーブル)ですら、霊子を分解・隷属させて己が力としたのだろう。傷らしい傷を負った様子はない。

 それどころか、先ほどよりもさらに巨大な神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を生み出しており、先端はチルッチへと向けられている。

 

「あと百年研鑽を積んでいれば、私とて手傷を負っただろう。未熟な技を使う己の迂闊さを恨め」

「逃げて! チルッチ!!」

藍俚(あいり)!?」

 

 先の強大すぎる虚閃(セロ)の力をも上乗せした、正真正銘の本日最大の一撃。

 放たれたその矢に向かい飛び込んだ藍俚(あいり)は、攻撃を身体で背で受け止めると、チルッチに逃げるように伝える。

 

「な、なんで……」

「ごめんね……私が……隙、作るからって……言っちゃったから……」

 

 それは藍俚(あいり)虚圏(ウェコムンド)へと辿り着き、チルッチを治療したときに最後に呟いた言葉。

 良いようにやられ、手助けすら出来ないまま待っているように伝えられた彼女の気持ちを慮り、なんとか一矢報いるだけの機会を作ってみせると伝えていた。

 

「チルッチは、悪く……ない……」

 

 彼女はそれに従っただけ。

 今の結果を生んだ原因があるとすれば、それは自分だ。だから気にすることはないと、藍俚(あいり)は訴え続ける。

 やがて、神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を受け止めきると、怯えた目をしたチルッチを安心させようと口を開く。

 

「大丈夫……まだ……」

 

 ――戦える。

 

 そう伝えようとした瞬間、藍俚(あいり)の胸元から剣の切っ先が生えた。

 

「ぐ……っ!?」

「今の一撃ですら耐えるのは想定通りだ。だがこれまでは耐え切れまい?」

 

 背中から剣を突き刺し、その身体を貫きながら、ユーハバッハは事も無くそう告げる。

 痛みと消耗で刀剣解放(レスレクシオン)した(ホロウ)化を維持しきれなくなったのだろう。

 藍俚(あいり)の姿は死神のそれへと戻っていく。

 被ったままだった(ホロウ)の仮面は、チルッチの目の前でボロボロと崩れ落ちてその下の素顔を覗かせる。

 

「……え?」

 

 仮面の下から現れた表情。それは穏やかな微笑みだった。

 口の端から血を滴らせながらも、目の前の彼女を心配させまいと心がけているようにも見えて、困惑の声をチルッチは上げる。

 それを耳にしながら藍俚(あいり)は、背中のユーハバッハへ囁いた。

 

「余計な気を回さねば、このような不覚を取ることもあるまいに」

「……ねえ滅却師(クインシー)の王様? この程度で、私を仕留められたと――本気で思ってる!?」

「ぐっ!?」

 

 胸を刃で貫かれながらも、片手で剣を掴んで固定するともう片方の腕で振り向くようにしてユーハバッハの顔面へと肘鉄を叩き込んだ。

 まさかそこまで出来るとは埒外だったのだろう。顔面を打ち抜かれ、ユーハバッハは今日初めて攻撃らしい攻撃を受ける。

 

「えへへ……よう、やく……あ……っ! か、は……っ……」

 

 だがそれで藍俚(あいり)も限界だったのだろう。

 口から大きく吐血すると、力が抜けたように倒れてしまった。

 

藍俚(あいり)……? あ、あああ……いや、いやあああぁっ!!」

「よもや、ここまでとはな……本来ならば、ここで確実に息の根を止めるべきだろうが……」

 

 打ち抜かれた頬を軽く撫でながら、ユーハバッハは血の海へと沈む藍俚(あいり)の腰元を見下ろす。

 そして、そこに本来あるべき筈の物が無いことを改めて確認すると、小さく嘆息した。

 

「斬魄刀を持ってこなかったのが幸いしたな」

 

 そう呟きながら、藍俚(あいり)を担ぎ上げる。

 身に纏った軍服が出血で汚れ、ドス黒く染み込んでいくのを一切気にした様子もないまま、部下へと声を掛ける。

 

「キルゲ」

「はっ! ようやく我々の出番でしょうか!?」

「いや、そろそろ時間だ。戻るぞ」

 

 そう告げられ、今にも動き出そうとしていたキルゲたちの動きが固まった。

 

「……よ、よろしいのですか!? まだ破面(アランカル)は……」

「構わぬ。予定外ではあったが、予定が一つ繰り上がった。(ホロウ)共の相手をする必要はもはや無い」

「か、かしこまりました……ではせめて、その死神は私が……」

 

 ユーハバッハの考えを理解できぬが、命令は絶対だ。

 素直に恭順の意を示しながら、それでも重荷を持たせることはできぬとユーハバッハから藍俚(あいり)を受け取ってみせる。

 

「……逃がすと思っているのか?」

 

 退却の様相を見せる滅却師(クインシー)達を、ハリベルらが取り囲む。

 逃がしはせんとばかりに徹底抗戦の構えを見せる彼女たちだったが、ユーハバッハは何も反応することは無かった。それどころか、キルゲら部下の滅却師(クインシー)ですら薄く笑みを浮かべるだけだ。

 

「まさか無傷で突破できると思っているのか?」

「運が良かったな(ホロウ)ども。残された時間、精々待っているがいい。私が平和な世界を作るのを」

 

 挑発的な態度を見せるハリベルだったが、その言葉に取り合うことなくユーハバッハは告げる。

 そして彼らの姿を影が覆う。

 影に包まれた一瞬の後、そこには誰の姿もなかった。

 




感想で「ハリベルの代わりに半裸で磔にされるんですね」と言われました。

まったくカケラも考えてなかった展開に気づかされて、凄くショックを受けました。
(本来は、時間切れのなぁなぁで戦闘終了の予定だった)

その後「……そのルート、行けるかなぁ……??」と延々悩みました。

半裸で磔ルートに進めるだろうか?
進めて大丈夫だろうか?
進んだ場合、どんな展開が自然だろうか?

陛下が持ち帰る理由付け・戦闘時の描写・それぞれの理由や背景……などなどを延々と延々と悩んで悩んで悩み続けた結果――



「千手丸を揉む」ことが決定しました。



アレ絶対に男(加えて同性愛者)だと思ってたのに! だからスルーしていたのに!
イチモツを切り落とすとか言っちゃうのは、そのケがあるからだと思ってたのにぃっ!!
終わった作品の公式Q&Aで「女です」って回答しないでよぉっ!!(頭抱え)

……ですので、なんとかこう、なんとか頑張って揉む回を用意します。
 
 
そして以下、全くぜんぜん読まなくて問題ない言い訳です。

●主要な破面が全員揃って陛下と戦っている
ある意味ではご都合まっしぐらなのですが……
けど、一応「全員ある程度は一緒に行動している(近場にいて異変に気づいて即座に駆け付けてくる程度の仲間意識を持っている間柄でも変に思わない)」程度には描写していた……つもりです……

●上位の十刃たちとはいえ、(藍俚が来るまで)陛下の戦力に耐えきれるか?
まず陛下ですが
・まだ陛下は本調子ではない(力の9年待ちの最中)
・そもそも本気ですらない(格下相手に戦ってちょっと錆を落とそう、程度の認識)
・失敗しても良いと思っていそう(後述)

続いて破面側
・原作よりも戦える頭数が多い(原作はハリベルだけ(+ネルたちを庇った?))
・ウルキオラも第二階層まで解放して抗っている
・(2年前より全員)多少は強くなってる

辺りの理由で、ギリギリ耐えきれる(そのうち押し負ける)程度でもいいかなと……
そういう感じで位置づけました。

(上記に加えて他の理由が微妙にあります(後述))

●陛下が虚圏に侵攻した理由とか背景の推測みたいなもの
理由は「破面を(鍛錬不要・使い潰せる)手駒として使うため」ですよね?

「(虚と死神は敵対しているから)力をくれてやる。だから忠誠を誓え。一緒に死神ぶち殺そうぜ!」みたいな感じで引き込んだイメージ。
加えて、ハリベルを捕縛したのも、虚圏の最強戦力を屈服させ旗印にして、より心を折りやすくするためかと思っています。

決して半裸で磔にされたハリベルが見たかったわけでは無いと思います。
(※ 私は見たい)

それに加えて、虚圏への侵攻は失敗しても大きな問題はないと思うんですよ。

ユーハの目的は「平和な世界(婉曲表現)」で。
「本命は尸魂界の侵攻(霊王様)」
「破面の兵士はあくまで手段の一つ(無くても問題なし)」だと思われる。

よって、原作で攻め込んだ理由の
「使い捨ての戦力として利用したかったので攻め込みました」
「言うことを聞くなら戦力としてそれなりに良い待遇をしてあげる。逆らうなら殺す」
「けど立場は本命(星十字騎士団)温存のための、危険の身代わり程度の扱いだよ」

を受けて、拙作中では(上記理由に加えてさらに)
「攻め込んでみたら、思ったよりも抵抗が強くて、しかも変な死神まで来ました」
「ここで変な死神らを相手にし続けて、下手に怪我したり、本命(星十字騎士団)の戦力を削られるくらいなら、退いて本命(死神相手)と戦った方がマシ。時間も来ちゃったし」

滅却師側も(失敗したとはいえ)「あんな使い捨ての兵隊がいなくても、本命の騎士団だけで死神全員ブッコロできますしおすし。まだ本気出してないし、やろうと思えば」みたいな認識かなと。

そういう理由背景的な考え、なんじゃないかなと妄想していました。

●虚圏でも影を使って移動できるのか?
虚圏に攻め込むのだから、滅却師たちも事前に調査くらいはしている。
ただし(滅却師の)天敵しかいない世界なので、ドローンや無人探査機を使って調査実行。
加えて調査中に無人機で、非常口程度には影の出入り口を設置済み。
(なので一応影で移動できる(瀞霊廷の影ほど万能な移動は出来ない))

という認識で書いています。

ここからさらに妄想ですが。

一護たちが虚圏に突入した辺りで、ようやく滅却師らも虚圏の場所や行き方を知った。
その後(空白の二年の間に)ちょっとずつ調査範囲を広げていった。
やがて陛下が「そこそこ調査も済んだし、そろそろ9年経って満期になるし、自分の力がどれだけ戻ったか試したいし、タカキも頑張ってるし」ということで本格侵攻した。

(もしかしたら「(死神らの監視をしてい最中に)藍染の資料とかを見れば、虚圏の情報をもっと早く入手できるのでは?」と思いましたが。
 藍染も「資料を他者に見られないプロテクト的な細工」くらいしていると思うので。

 結果的に、あの戦いの最中のドサクサで虚圏関連の情報を盗んで利用した。
 みたいな感じかなと妄想して位置づけています)

(本編中に陛下が「藍俚とハリベルの連携とか見て"記載がない"」とかは、その辺から)

●お時間です、陛下
結局、コレで戦いを有耶無耶にしている辺りに私の限界を感じます……

しかしこの時間制限も
・制限時間を過ぎたら外にいる滅却師はどうなるのか?
 (死ぬ? 弱体化する? 立ち眩みがする? ご飯がまずく感じる?)
・再出撃までのインターバルはどのくらい必要なのか?
・そもそも制限時間はどうやって決まっているのか?
 (例えば「霊圧が高い者ほど、制限時間は短い。再出撃までの時間も必要」のような)
 (まさか「外にいた時間=待機時間」? はたまた「常に固定の時間だけ待機」?)
・出撃先が違うと制限時間も違うのか?
 (例えば「尸魂界・虚圏・現世でそれぞれ限界の制限時間に差はあるのか?」のような)

……こういうことを延々と(無駄に)悩み続けていました。
(加えて、過去に見えざる帝国に所属していた石田祖父の存在がさらに悩ませてくれるんです……)

(そして悩んだ挙げ句、全然活かせないという……)

●ロカちゃんとピカロたち
これ以上混ぜられないです……管理限界なんです……
(一応後で申し訳程度にフォローはします……)
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