お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第342話 サイタ サイタ サクラ ガ サイタ

 死神たちが卍解を奪われた瞬間から、もう少しだけ手前の時間。

 山本からの指示によって各隊長たちは各々の隊の持ち場へと向かっていた。

 それは、狛村や日番谷で先述したように、持ち場が近い者であれば即座に戦場まで辿り着くことが出来る。

 

 だがそれとは反対に、持ち場が黒稜門から遠く離れた地点だった場合もある。

 その場合は単純に移動距離も長くなり、俊足を誇る隊長たちといえども辿り着くまでにある程度の時間を要する。

 そしてその途中、一切の敵と遭遇しない――なんてことは、あろうはずもなかった。

 

「見ツケた」

 

 六番隊の持ち場へと移動する最中、朽木白哉の目の前に一人の滅却師(クインシー)が姿を現した。

 他の星十字騎士団(シュテルンリッター)たちと同じような、軍服を模した衣服を身に纏った黒髪を長く伸ばした男――ここまでならば、白哉と似たような印象を受けるかも知れない。

 だが口元はマスクで覆い隠しており、何より白哉と決定的に異なるのは瞳と、彼自身が身に纏う雰囲気だ。

 

 瞳孔があり得ないほど大きく散大しており、目玉は今にも零れ落ちそうに飛び出ている。

 それらも相まってか、全身から発する雰囲気は不気味そのもの。見ているだけで恐怖や不安といった負の感情を喚起させる、幽霊のような存在感を放っていた。

 

 不用意に姿を見せた相手を前にして、白哉は足を止め斬魄刀を構えながら尋ねる。

 

「何者だ?」

「ボクは、エス・ノト。"(エフ)"ノ聖文字(シュリフト)、"恐怖(ザ・フィアー)"ヲ持ツ滅却師(クインシー)ダよ」

「やはり滅却師(クインシー)か……ならば(けい)は、私の敵だ!」

 

 半ば予想通りの回答を耳にした瞬間、白哉はエス・ノト目掛けて斬りかかった。

 太刀筋鋭いその斬撃に対して、エス・ノトは斬魄刀の刀身を掴み取るように手を伸ばすと掌で攻撃を受け止めてみせた。動きが止まった刀身は即座に指で絡め取られ、容易には抜かせないとばかりに万力のような力で押さえ込まれる。

 

「何……ッ!?」

「フフフふ、ヤッパリ強イナ隊長は」

 

 真剣を素手で握りしめているというのに、相手の手の平に食い込む感触が感じられない。

 いや、僅かに表皮程度は裂けているのだが、そこから先へ――肉や骨まで刃が食い込まずに止まっている。

 その奇妙な感覚を斬魄刀から感じ取り、白哉は冷や汗を一筋流した。

 

 一方、エス・ノトは受け止めた攻撃の鋭さに喝采を上げていた。

 白哉は知らぬ事だが、滅却師(クインシー)たちは血装(ブルート)と呼ばれる技術を用いて防御力や攻撃力を高められる。今回の場合、防御用の静血装(ブルート・ヴェーネ)を使って斬撃を受け止めたのだが。

 だが血装(ブルート)を使ってもなお、白哉の攻撃はエス・ノトの薄皮を切り裂いた。

 始解ですらない、ただの斬魄刀の一撃でこれだ。

 ならば卍解はどれほどなのか。そして、その卍解を奪えればどれだけのことになるのか。

 そんなことを考えながら、エス・ノトは白哉を追い込み卍解を使わせようと言葉で煽る。

 

「サッキマデ殺シテイタ死神トハ全ク違う。君ノ霊圧ヲ感ジテ此処ヘ来テ正解ダッた。始解モセズニ僕ノ血装(ブルート)を、僅カデモ突破デキルナンテね」

「…………」

 

 言葉こそないものの、手の中の斬魄刀がさらに力強く押し当てられた。

 期待通りの反応にエス・ノトは瞳を僅かに細めながらさらに言葉を紡ぐ。

 

「強イ君ヲ殺セバ、陛下モオ喜ビニナる。アアソウだ、ツイデニ君ノ家族モ殺ソう。知ッテイルンダよ。確カ名前ハ緋真ト鴇哉(ときや)――」

「……それ以上、口を開くな。虫唾が走る」

「――!!」

 

 白哉の霊圧が吹き上がるように高まる。

 それを感じた瞬間、エス・ノトは握りしめていた刀身から手を放すと白哉から距離を取った。一瞬遅れて、白哉が斬魄刀を力強く振り抜く。

 あのまま握りしめていれば、血装(ブルート)の上から掌を落とされていた――そう確信させるほど鋭い斬撃。

 期待通りの白哉の反応にエス・ノトは両目をさらに細めて笑いながら、片手をマントの下へに忍ばせると星章(メダリオン)を密かに取り出す。その動作は死角で行われ、白哉は気付かない。

 

「卍解、千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)!」

 

 白哉が卍解を発動させたのを見計らい、エス・ノトも星章(メダリオン)を掲げる。

 

「ソレヲ待ッテヰた」

「……なに!?」

 

 星章(メダリオン)が黒く輝くのを目にしながら、白哉は気付く。

 

「千本桜、貰ッタよ」

 

 卍解を奪われたのだと。

 

 

 

 

 

「……ならば、千本桜!!」

 

 卍解を奪われたと気づき一瞬だけ呆けていたものの、白哉は思考を素早く切り替える。

 奪われたのは卍解だけ、ならば始解ならば可能なのではないか? そう判断した白哉は、半ば祈るような気持ちを込めて斬魄刀の仮の名を叫んだ。

 幸いにも想定通り始解は発動し、斬魄刀の刀身は無数の細かい刃へと枝分かれすると持ち主の意のままにエス・ノトへと襲いかかっていく。

 

「フフふ」

 

 迫り来る千本桜の刃たちに向けて、エス・ノトは再び星章(メダリオン)を掲げる。その瞬間、視界の全てを覆い尽くさんほどに無数の細かい刃が現れると千本桜の刃を一瞬にして打ち払った。

 

「馬鹿な……」

 

 今度こそ、呆然と呟くしかなかった。

 なぜならその光景は、他ならぬ白哉自身が最もよく知るもの。

 舞い散る桜吹雪のように流れる刃たちは、白哉が最も数多く目にしてきたもの。

 

「千本桜景厳だと!?」

「卍解ヲ奪ワレタンダよ? ダッタら、使ワレルノモ当然さ」

 

 星章(メダリオン)は死神から卍解を奪い取るだけでない。卍解という力を、自身の力として利用できるのだ。

 死神への対策としては、これ以上の物は無いだろう。

 

「……なんだと! 遅い、今頃になって……!!」

 

 間の悪いことに、驚く白哉の脳裏に天挺空羅の声が響き渡る。

 その内容は「敵の滅却師(クインシー)は卍解を奪い取る可能性がある」というもの――白哉は知らないが、三番隊のローズたちからの知らせだった。

 知らせを聞き、白哉にしては珍しく吐き捨てる。だが無理もない「せめてもう三十秒ほど早ければ」と歯噛みせずにはいられないのだから。

 

 というか、どこかの四番隊隊長がユーハバッハと殴り合っていた時に斬魄刀を持ち込んでいたら、回り回って破面(アランカル)経由で「滅却師(クインシー)は卍解を奪う」などの警告が出来たかも知れない。役たたずめ。

 

「油断ダよ」

 

 卍解を奪われた衝撃と天挺空羅に一瞬注意を逸らされている間に、エス・ノトは追撃の手を放つ。

 自らの周囲に蒼い光を放つ棘のような物を浮かび上がらせると、それらを白哉へ向けて撃ちだした。

 

「ぐ……ぅ……っ!?」

 

 棘は白哉へと吸い込まれるように突き刺さり、全身が縮み上がるような感触に襲われる。手足の動きが止まり、身体を動かそうとするも重しでも括り付けられたかのように自由に動かせない。

 

 ――なんだこれは!? まさか毒か……!? 卍解を奪われたというのに……!!

 

「身体ガ動カナクナッタダロう?」

 

 思わず胸中で叫び声を上げる白哉と、その心を見透かしたようにエス・ノトは告げる。

 

「毒ヤ鬼道ミタイナモノジャナい、ソレハモット単純ナ恐怖ダよ」

「恐怖……だと……?」

「ソウダよ、ソレトモ恐怖ナンテ感情ハモウ忘レテシマッタカい?」

 

 千本桜景厳の刃を見せつけるように操る。

 それを見た瞬間、白哉の全身は彼の意思に反したように凍り付いた。

 舞い散る桜の花弁のような刃の一枚一枚を目にするだけで、その刃が煌めく光を感じるだけで心が張り裂けそうな恐れが湧き上がってくるのを実感して、思わず胸元を抑える。

 

「……ぐっ!」

「僕ノ矢ニ撃タレタ者は、アラユルモノガ恐怖ニ変ワる。普通ノ死神ナラ恐怖デ発狂し、耐エ切レズニ心ヲ壊シテ息絶エルンダケど、サスガハ隊長ダよ。ヨク耐エテイる。デモ怖イダロう? 僕ガコレカラナニヲスルノか? 卍解ヲ操ッテ攻撃スルンジャナイか? ソレトモモット別ノ攻撃ヲスルノか? 何ヲ喋ッテクルノか? 視線ヲ動カスノか? 何ヲ考エテイルノか? 何カラ何迄疑心暗鬼、思考スルコトモ侭ナラナく――」

「おおおおおっ!!」

 

 感じ続ける内なる恐怖を振り払う様に雄叫びを上げながら、白哉は千本桜をエス・ノトへと放つ。

 

「ハハは、驚異ダよ。ソレダケノ恐怖ヲ感ジナガラマダコレダケ闘志ヲ放テルナンて。ダケド君ノ心ハ既ニ僕ヘノ恐怖ニ取リ憑カレテヰる。ダカラホら」

 

 だがその動きは卍解を奪われた直後のそれよりも、明らかに精細を欠いていた。

 エス・ノトが操る刃の群れは、白哉の操る刃を一瞬にして飲み込み無力化してしまう。

 

「動キガ鈍い」

「……ぐは……っ……!!」

 

 そればかりか、半数ほどの刃は白哉へと襲いかかってきた。

 迫り来る刃を視認するや、竦み上がった身体に全力で喝を入れながら必死に動かし卍解からどうにか逃れる。

 

「恐怖ハ経験デ乗リ越エラレルト強者ホドソウ錯覚スる。ダケド理由ノ在ル恐怖ナンテ優シイモノさ。真ノ恐怖ニハ理由ガ無い。決シテ止マラズ際限モ無ク延々ト湧キ上ガッテ来ル本能……本能カラハ逃レラレナヰ」

 

 そのまま追撃をすることは十分に可能だっただろうに、けれど余裕のつもりかエス・ノトはそれ以上の攻撃を仕掛けなかった。

 淡々と語り続けながら、血に塗れた白哉を見下ろす。

 

「……それが、(けい)の考えか」

「……ウん?」

 

 始解しているため柄だけとなった斬魄刀を力強く握りしめながら、強固な意志の込められた瞳で白哉はエス・ノトを睨み付ける。

 

「ならばその恐怖、恐れるほどのことはない」

「不思議ナ事ヲ言ウね。恐怖ガ怖クナイナンて」

 

 まだそんな目が出来るのかと、白哉の反骨心にエス・ノトは愉悦すら感じていた。

 

「僕ガ親切丁寧ニ説明シテヤッタノに、マダ理解デキナイノか? 命アルモノハ全テ死ヲ恐レ本能的ニ恐怖カラ逃レヨウトスる。ソコニ理屈ヤ感情ノ有無ハ関係ナい。死ニタクナイ理由ナンテ山ホド用意出来テも、生キタイ理由ナンテ薄ッペライモノシカ用意デキナイヨウに、恐怖カラハ誰モガ逃レヨウトスルガ誰モ逃レラレナい。ヲ前ニ命ガ有ル限リは」

「そうだな、その半分だけは私も同意見だ……千本桜!!」

 

 白哉の呼びかけに応えるように、千本桜の刃が浮かび上がった。

 千本桜景厳の無数の刃に埋もれて身動き一つ取れなくなっていたはずの千本桜の刃たちは、周囲を埋め尽くしていた刃を切り裂きながら姿を現す。

 

「ナンダと!?」

「卍解は会得してからが本番だ。手足のように操れるようになるには、卍解を習得した時よりもさらに長い年月を経て研鑽を続けねばならぬ。今日覚えたての未熟者の卍解など怖くもなんともない。ましてやそれは私の卍解だぞ? 恐るるに足らぬ!」

「ソレガ恐怖シナイ理由カい!? 浅インダよ!!」

「いや、これはただの純然たる事実だ。恐怖を恐れぬ理由にはならぬ」

 

 浮かび上がった千本桜の刃は、精妙なる動作にてエス・ノトの操る千本桜景厳の刃の動きを巧みに封じ込めていく。

 それは白哉が指摘したように練度の差だ。

 完全に卍解を使いこなせるのならば、ここまで一方的なことにはなろうはずもない。

 

「貴様は言ったな? 命ある者は全て死を恐怖する。そこには理屈も感情も無いと! 確かにそうだ! それは認めよう!!」

「認メタな! ナラバドウシテソコマデ動ケる!? 死ヲ恐怖シテイナイノか!?」

「簡単なことだ! 死ねぬ理由以上に、意地でも生きねばならぬ理由があるからだ! 恐怖などに屈している訳にはいかぬ責任が、我々(・・)にはあるからだ!」

 

 喉の奥から声を張り上げ、白哉は叫び訴えかける。

 その心からの声が届いたかのように、エス・ノトの手の中の金属板がピクリと震えた。

 

「ナンだ……!? 星章(メダリオン)が……!!」

「どうした、千本桜!! それともお前の心とはその程度だったのか!? お前の訴えは、その程度の想いしかなかったのか!?」

「ウアあ……アアアアアアッ!?」

 

 最初は小さな震えだったそれは一瞬にして地震を思わせるほど大きく震え始め、星章(メダリオン)の表面に幾重もの亀裂が走っていく。

 震えに耐え切れなくなりエス・ノトが星章(メダリオン)を手放した瞬間亀裂は金属板の全体にまで一気に広がり、次の瞬間には爆発を起こしたかのように粉々に砕け散った。

 

「……よくぞ戻ってきたな、千本桜。お前は私の誇りだ」

 

 柄だけとなったままの斬魄刀へ向け、褒め称えるように言葉を投げかける。

 周辺一帯の空間全てを覆い尽くしていた千本桜景厳の刃は瞬く間に霧散し、残っているのは白哉の持つ千本桜の刃だけとなっていた。

 その光景は、誰が見ても疑いようが無かった。星章(メダリオン)の呪縛は解け、卍解は朽木白哉の手に戻ったことを証明していた。

 だが、ただ一人。それを認められない者がこの場にいる。

 

「卍解が、僕ノ卍解ガナクナッテシマッた……ソンナ馬鹿ナ事、アッテイイ筈ガ無い……」

「良い表情をしているな。先ほど卍解を奪われた時の私も、きっとそんな(かお)をしていたのだろう」

「返セ僕ノ千本桜ヲ返セ返セ返セ返セ返セエェェっ!!」

「千本桜は断じて貴様のものではない!! 卍解、千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)!!」

 

 何が起きたか理解できず半狂乱となりながら襲いかかるエス・ノト目掛けて、白哉は再度卍解を発動させた。

 だがもはや卍解が奪われることはない。

 元凶となっていた星章(メダリオン)は壊れ、それどころか仮に予備の星章(メダリオン)を持っていたとしても再び同じ結末となるだろう。

 それは他ならぬ白哉本人が誰よりも理解している。

 

「ナゼダナゼダナゼだ!? 僕ノ卍解ガドウシテ消エる!? 陛下カラ与エラレタ(ちから)ガドウシテ通用シナい!?」

「既に答えたはずだ! 我々には生きる理由があると!!」

 

 千本桜景厳の全ての刃が、一斉にしてエス・ノトへと襲いかかった。

 血装(ブルート)を全力で発動して防御力を高めようとも、千本桜景厳の刃の前では意味をなさなかった。視界を埋め尽くすほどの量の刃は、エス・ノトの全身をまるでバターにナイフを当てたように容易く、そして一瞬にして深々と切り裂いていく。

 

「それとも、エス・ノトよ。私の言っていることが理解できないのか? ならばそれは恐怖、私が恐ろしいのではないか?」

「フザケルな!! コンナモノガ恐怖デアッテタマルか!! 僕ノ恐怖ハコンナモノジャナい!!」

 

 全身に刃を突き立てられながらもエス・ノトは止まらなかった。

 瞳に憎悪の炎を燃やしながら、恐怖の能力を込めた神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を連続して放つ。

 その矢の一本一本が、先ほどまでは白哉を恐怖に震え上がらせていた。

 だが今は違う。千本桜景厳にて受け止められ、一瞬にして無力化されてしまう。恐怖の能力は確実に発動しているというのに。

 

 斬魄刀にも心があり、好き嫌いなどの意思があれば感情もある。

 ならばエス・ノトの能力を受ければ斬魄刀とて恐怖のあまり動けなくなってもおかしくはないのだ。

 だが白哉の持つ千本桜は、恐怖の影響など皆無であるかのように飛び回る。

 それはユーハバッハから与えられた(エフ)聖文字(シュリフト)が、延いてはユーハバッハそのものすら否定することに他ならず、エス・ノトは血を吐きながら叫ぶ。

 

「ナゼだ! ドウシて!?」

「……貴様は最初、私の家族を。緋真と鴇哉(ときや)を殺すと口にしたな?」

「ナ……っ……!?」

 

 見るに見かねたのか、それとも己の決意の表明か。白哉は小さく言葉を口にする。

 その言葉を耳にした途端、エス・ノトはただでさえ大きな目をさらに大きく見開いた。

 

「ソレが、ソンナモノガ生キタイ理由ダトデも!? アリエナイアリエナイアリエナい! ソンナ浅イ理由ダケデ恐怖ニ耐エ乗リ越エタトデも!? アリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナい!!!!」

 

 口元を覆い隠していたマスクは絶叫に耐え切れずに破れ裂け、唇と頬が削ぎ落とされ歯が剥き出しとなった素顔が露わとなる。

 だがその程度では止まらず、エス・ノトは白目を剥きながらさらに叫んだ。

 

神の怯え(タタルフォラス)!!」

 

 それは滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)と呼ばれる姿。

 死神の卍解や破面(アランカル)帰刃(レスレクシオン)滅却師(クインシー)版、と呼んで差し支えないだろう。

 発動させれば戦闘力は大幅に向上し、与えられた聖文字(シュリフト)をさらに発展させた能力を操る。

 欠点があるとすれば身体への負担が大きいことと、星章(メダリオン)を使用している場合には卍解が邪魔で発動できないことくらいなのだが……

 千本桜景厳は既に奪い返され、このままでは確実に敗北するという現状ならばデメリットにはなりえない。

 

 エス・ノトの発現させたそれは、茨の冠を模した天使の輪を頭上に輝かせ、同じく茨を模した翼を背中に生やした姿となっている。

 だがそんなものは些細な違いとばかりに、彼の全身は死蝋化でもしたかのように白く染まり、両目から血涙を流している。

 元々のエス・ノトの姿と相まって、解剖された死体に天使が乗り移りでもすれば、こういう姿になるかもしれないような、なんとも不気味な姿へと変じていた。

 

「その、姿は……」

 

 滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)という現象こそ知らぬ白哉であったが、それが奥の手であることは膨れ上がった霊圧から容易に推測できた。

 自分たちですら卍解という奥の手があるのだ。ならば敵も同じ技術があって当然だ。

 

「僕ヲ見ろ! ヲ前ニモソノ斬魄刀ニモ恐怖ヲ与エテヤる!! ソノツマラナイ生キル理由スラ恐怖デ塗リ潰シテヤる! 恐怖ヲ恐怖ヲ恐怖ヲ恐怖ヲ死ナナイ恐怖ヲ死ネナイ恐怖ヲ生キ続ケル恐怖ヲ恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖キョウフキョウフキョウフキョウフキョウフキョウフキョウフキョウフキョウふ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 この姿となったことでタガが外れたのか、物知り顔で恐怖を口にし続けていたエス・ノトの今までの様子からは到底想像できないほどの変わりようだった。

 恐怖を恐怖で覆い隠すと告げるその姿は、エス・ノト本人が何よりも恐怖を恐れ続ける弱い存在にしか思えない。

 

 だがそれでも、口にした能力だけは本物なのだろう。

 変貌したエス・ノトを見つめている白哉は、自身の心がほんの少しだけざわめくのを感じた。

 

「終わりだ、エス・ノト」

 

 だがそのざわつきの中に恐怖は無い。

 恐怖を吹き飛ばすほどの覚悟と決意と責任と、そして歓喜が白哉と千本桜の心の中には存在している。

 

「奥義・一咬千刃花(いっかせんじんか)

 

 千本桜景厳の花びらの刃全てが刀の形へと変わり、エス・ノトの周囲を覆い尽くすように展開される。

 それは千本の斬魄刀に囲まれるのに等しい光景。その全ての刀が、エス・ノトへと一斉に襲いかかる。

 

「――――――ッ!!」

 

 列を為した千の刃に襲われ、エス・ノトの身体を瞬時に切り裂いていく。

 その破壊力は、声を上げる暇すらなく相手を絶命させるほどだった。

 

「…………ふぅ」

 

 相手の霊圧が完全に感じられなくなったことを確認すると、白哉は卍解を解除する。

 そこにあったのは細胞単位までバラバラとなったかのように切り裂かれた肉片と、流れ出た血は小さな赤い池だけだ。

 予め知っていなければ、この場にエス・ノトという滅却師(クインシー)がいたなど想像できないだろう。

 

 それらを確認し終えると、白哉は大きく息を吐いた。

 

「……そうだな。もしも緋真と鴇哉(ときや)だけであれば、私は恐怖に屈していただろう。貴様の与えた恐怖は、確かに二人の死すら感じさせた。生きている者は全て死を恐怖するというのは間違いないだろう」

 

 血の池に視線を落としながら、誰に向けるでもなく呟く。

 

「だが既に一つの命として存在している者ではなく、まだ個の命としてすら確立していないもの。母親の助けを借りねば、命とすらなりえぬほどのか弱い存在であればどうだ?」

 

 それはエス・ノトとの問答の最中、白哉があえて口にしなかった理由。

 

「生きたい理由は薄っぺらいものしか用意できないと言ったな? 確かにそうだな。私はそこに『新しく生まれてくるであろう我が子のため』としか用意できなかった……だがその理由は、親として意地でも死ねぬほどの重さと責任を伴う理由なのだ……」

 

 ほんの数日前、寝所にて妻の緋真からこっそりと打ち明けられた事柄を白哉は思い返す。

 

 ――月のものが来ない。新たな命が宿った、と。

 

 それを聞いたときの白哉の喜びは、いかほどだっただろうか。

 確かに彼ら夫婦の間には、既に鴇哉(ときや)という息子がいる。

 だがそれを承知で第二子を設けようとしたのもまた、彼ら夫婦の願いなのだから。

 

「死と恐怖しか知らぬ(けい)では、理解できなかったようだな……」

 

 既に生きている命に対する気持ちであっても恐怖に飲み込まれそうになった。

 だが、これから生まれてくるまだ命とすら呼べないほどの存在への想いであれば。

 ましてや親という、その命を生み出した存在という強力な責任を背負った白哉だからこそ。

 死という恐怖にすら打ち勝てたのだ。

 

「まだ死ねぬ。出産まで緋真を支えねばならぬからな……そして湯川殿には、また取り上げを頼まねばならぬ……千本桜よ、お前の願いももうすぐ叶うぞ」

 

 そう呟く白哉の腰では、同意の意を示すかのように斬魄刀がカタカタと嬉しそうに鍔を鳴らしていた。

 




恋次が犠牲(卍解強奪)になったのは、今回のネタが原因でもあります。
(白哉が突破予定があったので

●エス・ノト
ノト台詞書くの面倒だよノト。
(ダカラ1話デ退場ナノデスよ)

あと、ノトさんは白哉の卍解を凄く気に入ってました。
(千本桜は(他の卍解より)扱い易いから、仲間内の人気も高かったと思うの)

桜みたいに綺麗だから、きっとエス・ノトは自分と比較して凄く欲しかったと思うの。
(なので煽って卍解を使わせて即座に奪おうとする感じの動かし方をしています)

●タイトル
千本桜(斬魄刀)の「訴え続けていた夢が叶った!!」という意味で。

●おめでた
逆算すると、完現術者(フルブリンガー)の相手をしに現世に行った後くらいで命中したことになります。

……これはきっと月島さんに煽られたからで……つまり月島さんのおかげ。
(あと某四番隊隊長(現在囚われの身)が、また苦労する。おのれ月島さん)

●卍解を奪われなかった理由
お察しの通り「千本桜の『意地と気合いと根性』の結果」です。

(第二子がお腹にいて「その子には桜の文字を付けてあげるよ」と白哉から約束されたので「エス・ノト如きに奪われている場合じゃねえ!!」という斬魄刀の強い意志が呪縛を打ち破りました。
 マユリ様が知ったら「はぁ……詰まらんネ……興味が失せたヨ」と気落ちすること請け合いですね)

……あの時の「なんで(子供の名前に)桜の文字がないんだ!!」のネタが、回り回ってこうなるとは自分でも思いませんでした……

(「死を待つばかりだったエス・ノト」と「新しい命に対する覚悟決めまくりの白哉(既に命ある者ではなく、これから生まれてくる命に対する強い思い)」という感じの、対比的な狙いも一応あったり無かったりします)
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