お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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原作開始前 副隊長時代
第39話 願いが大体成就した日


「湯川四席、あなたを四番隊の副隊長に任命します」

「……はい?」

 

 卯ノ花隊長の言葉を思わず聞き返します。

 

「聞こえませんでしたか? 副隊長に任命する、と言ったのですよ」

 

 綜合救護詰所内に、同僚たちの拍手の音が響き渡りました。

 

 

 

 ――って、既に一度やりましたよこの流れ!!

 

 

 

 真夜中の探蜂さん大手術事件も無事に終わりました。まだ回復途中で布団から出られないのですが、意識も取り戻して経過も順調です。

 ただまあ、完全に元の状態には戻せなかったのは私の落ち度なんですけれど……

 梢綾(シャオリン)ちゃんはお兄さんの病室に常駐したいと駄々をこねていましたが、さすがに小さい女の子をずっと置いておくわけにはいけません。ご実家に連絡して引き取りに来て貰いました。

 

 そう言えば彼女がなんであんな夜中に一人でいたのか、気になって聞いたことがあったのですが「いわゆる虫の知らせのような嫌な予感を覚え、夜中に一人で抜け出した」だそうです。

 そこで大怪我をした探蜂さんたちと出会い、一人大急ぎで四番隊まで連絡を取ろうと思ったとか。

 

 幼女なのにすっごい気合入ってますね……けれど、その根性のおかげでお兄さんを助けられたのですから。

 一応、迎えに来た(フォン)家の方にはそれとなく取りなしておきましたので、色々合わせて"夜中に一人で抜け出したのを軽く怒られる程度"にしてあげて、とお願いしておきました。

 

 そんな大事件から一週間も経過したでしょうか? 朝のミーティングの時にいきなり隊長から副隊長昇格を告げられました。

 いきなり言われたら驚くに決まってるじゃないですか!!

 

「……副隊長、ですか?」

「そうです」

「山田副隊長が既にいますけれど……?」

 

 山田清之介副隊長、性格は悪いけれど回道の腕前は無茶苦茶凄いんですよね……

 ひょっとしたら、探蜂さんの怪我も彼がいたら完治できたんじゃないか? そう思わせるくらい、腕がずば抜けています。

 そんな人が現役でいるのに、それを押しのけて私が副隊長ですか!? ありえないですよ……

 

「ああ、気にすることはない。僕は護廷十三隊を辞めるからね」

「……えっ!?」

「瀞霊廷真央施薬院から"医師として働かないか?"と声が掛かっていてね」

「ええっ!?」

 

 瀞霊廷真央施薬院というのは、五大貴族を中心とした上流貴族専門の救護詰所――早い話が、超VIPな患者のみを対象とした病院です。

 噂でしか聞いたことありませんが、物凄いドロドロとしてるとか……古今東西、金と権力を持った者が次に願うのは不老長寿ですから。

 そのお零れにありつこうとしたり、足の引っ張り合いとかで、魑魅魍魎が跋扈しているという噂です。

 

 ……え、私は声なんて掛かりませんよ。だって流魂街出身ですから、その時点で招致の対象外です。貴族の権威主義が幅を利かせてますからねぇ……

 

「突っぱねても良かったんだが、その内に無視できなくなりそうだったんでね。湯川四席が先日大きな実績を残したことだし、丁度良い機会だったよ」

「……初耳なんですけど」

 

 私、一応四席ですよね? 上位席官ですよね? それなりには偉い人ですよね? なのになんで、副隊長が辞めるって話も私が副隊長になるって話も、まったく聞かされていないのでしょうか……??

 

「言ってませんでしたからね」

 

 隊長!? え、なんで私に言ってくれないんですか!? 当事者ですよね私って!?!?

 

「こういうのを、現世では"さぷらいず"というそうで。それに倣ってみました」

 

 さぷらいず……ああ、サプライズですか。たしかに驚きましたけれど! これ、どっちかっていうとドッキリの類いですよね!?

 

「正式な任命は来年度からだ。それまでは引き継ぎ作業などで、僕と行動を共にして副隊長の業務を覚えて貰う。まあ、権限や扱いは副隊長のそれと変わらんから、覚悟はしておくように」

 

 それって副隊長の仕事や責任はのし掛かってくるけれど、扱いやお給料だけは四席のままってことですよね……?

 

「わかりました。湯川藍俚(あいり)、謹んで副隊長の席を拝命いたします」

 

 まあ、いいです。

 副隊長になると、借りられる家もかなり豪華になるので。マッサージも捗りますね。

 どうしようかな? 家借りたら、お手伝いさんとかも雇って、マッサージ専用の部屋とか道具とかももっとお金掛けて揃えて、サウナとかも作っちゃおうかしら!?

 

 ……あ! その前に、お役所に届け出を提出に行かなきゃ……面倒すぎる……

 

 再び拍手の音が響き渡った四番隊の中、この届け出だけは何度やっても慣れないなぁ……と一人空気を読まず、気持ちを沈ませていました。

 

 

 

 

 

「湯川四席……あ、いえ。もう副隊長とお呼びした方がいいでしょうか……? と、とにかくおめでとうございます!!」

「ええ、ありがとう虎徹隊士」

 

 若干覇気の無い雰囲気を纏った藍俚(あいり)の様子を不思議そうに思いながらも見送っていた。

 

「……はぁ」

「どうやら、気分が優れないようですね。虎徹隊士」

「え……う、卯ノ花隊長!?」

 

 彼女の姿が消えてから、思わず口から溜息がこぼれ落ちた。

 そこに声が掛かり、誰かと思えば卯ノ花だったのだ。二重の意味で驚かされる。

 

「何か悩みでもあるのですか? 差し支えなければ相談に乗りますよ」

「いっ、いえ……あの……その……」

 

 驚きと緊張で混乱する頭を必死でフル回転させ――

 

「相談……といいますか……その、先日の夜のあの事件のことなんです……」

 

 ――やがて、ゆっくりと話し始めた。

 

「私、初めての夜勤だったんです……そこにあんな大怪我した人が来て、湯川四席に手術室に連れて行かれて……なのに、あの場で何にも役に立てなくて……恐くて……情けなくって……」

「なるほど……」

 

 あの夜に何があったのかは、卯ノ花も既に藍俚(あいり)から詳細に聞いている。

 確かに、あれだけの怪我人に対してでは、新人隊士を連れていったところで役に立つ以前に足手まといにしかならないだろう。

 どんなことにでも、段階というものがある。新人に経験を積ませる目的だったとしても、あの場は少々やり過ぎだ。

 

「確かに、普通ではありませんね」

 

 大人しく梢綾(シャオリン)のお守りでもさせつつ、補助の補助でもさせておくのが、普通だろう。

 ましてや藍俚(あいり)はあの場の責任者だったのだ。それが分からないほど無能でもないし、そもそも無能でいるのを許すほど卯ノ花は甘く(しつ)けていない。

 

「ですが、彼女は敢えてそうした……あなたが本当に役に立たないと思ったのなら、手伝いに呼ぶこともなかったでしょう。それはつまり、あなたの役に立つと思ったから。あなたの将来に期待をしているからこそ、敢えてそうしたのではないでしょうか?」

「わ……私の将来ですか!?」

 

 上位席官に期待されている、と聞いて一瞬満面の喜色を浮かべるものの、生来の気の弱い性格からか勇音は慌てて否定を始めた。

 

「む、無理ですよぉ! 私なんて……そんな……湯川四席の足下にも及びません……」

「そんなことはありませんよ。彼女にだって新人の頃はありましたし、昔はそれはもう……ああ、これは一応、本人の名誉のために黙っておきましょうか」

 

 来期からは副隊長ですからね。と口にしながらも、明らかに勿体ぶった様子で卯ノ花はくすくすと笑う。

 

「それに私見ですが、あなたは新人隊士という色眼鏡を抜いても優秀ですよ。霊術院の成績だけで比べても、藍俚(あいり)はあなたの足下にも及びません」

「え……っ!? 湯川四席ってそうだったんですか!?」

「あらいけない、口が滑ってしまったようですね」

 

 悪戯っぽく笑みを浮かべる卯ノ花に、絶対わざとだ、とさすがの勇音も思う。けれども、その話を聞いて、なんとなくだが"自分もやれるのではないか? 彼女のようになれるのではないか?" そんなやる気と希望が少しだけ湧いてきていた。

 

「しかし、いくら見込んだとはいえ今回のようなやり方は乱暴すぎます……一体、誰に似たのやら……今度の稽古では、もっと厳しくしておかないと……」

 

 師匠に似たんですよ。と、どこかの誰かがこの場にいたらそうツッコミを……口にする度胸はないだろうから、心の中だけで入れていたことだろう。

 

「稽古、ですか……?」

「そうですよ。彼女が新人の頃に願い出て来たので、それ以来ずっと」

「あの、隊長! その稽古……私も、私も……受けられますか!? 回道の腕をもっと磨いて、湯川四席みたいになれるでしょうか!?」

「うーん……そうですねぇ……」

 

 少し困ったように眉根を寄せながら、卯ノ花は勇音を上から下まで一度じっくりと見る。

 

「頑張り次第……そして、努力が必ずしも正当に報われるわけではありませんが、それでも良ければ……」

「はいっ! 大丈夫です!!」

「良い返事です。とはいえ私も暇ではありません。時間は作りますが、それほど綿密には見られませんよ」

 

 

 

 

 虎徹 勇音には、誰にも言わなかった――それこそ実の妹にすら恥ずかしくて言えなかった――四番隊を志望する動機があった。

 それが、藍俚(あいり)の存在である。

 霊術院時代の勇音は、ふとしたことから藍俚(あいり)の存在を知って、強い憧れを出していた。

 確かに席次は低かった――当時はまだ十五席程度だった――が、自分と同じ女性なのに背が高く、なのに堂々としていて、高い能力で活躍している。

 特に、彼女からすればコンプレックスであった長身を一切恥じないその姿は、勇音の目にはとてもまぶしく見えた。

 彼女のようになりたい、少しでも近づきたい。その願い叶って四番隊に配属され、初めての夜勤でドキドキしていたところに、大失敗をやらかしてしまったのだ。

 

 絶対に失望された、そう思っていた。

 

 だが卯ノ花の言葉で持ち直せた。消えかけた想いに火が付いたのだ。確かに藍俚(あいり)から直接聞いたわけではないが、その理由は勇音には十二分に納得できるものだった。

 

 彼女は、未来に思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 卯ノ花 烈は、今回の結果にとても満足していた。

 とてもとても長い時間が掛かったが、藍俚(あいり)がようやく花開いたのだ。それも、彼女が想像していた以上の結果でだ。

 時間は問題ない。結果を出した。回道の腕は十分すぎるほどになった。

 ならば次は剣の腕だ。

 あともう少し。

 あともう少しなのだ。

 

 彼女は、未来に思いを馳せる。

 




●山田清之介
本来なら、原作開始数十年前まで副隊長をやっていたのですが……
「まあ、いいや」と思ったのでここで交代。
一応、施薬院から「医師として働かない?」と声が掛かっていたので、そっちに移る。
という形にしている。
(彦禰的な意味で)

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