お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第387話 現場の混迷はさらに加速する

「こやつ……」

「まさか、元柳斎殿の炎が効かぬとは……」

 

 とびきりの驚愕の感情を込めながら、山本元柳斎は静かに呟いた。

 それは彼の隣にいる雀部長次郎も同じだ。彼もまた、信じられぬ物を見たと言わんばかりの瞳で敵であるアスキンのことを睨み付ける。

 山本と雀部の二人は膝を折り、今にも倒れそうだ。呼吸は不規則で荒く、それだけでも彼らが危険な状態にいることを表している。

 それでも意識を保ち続け、膝を地に付けていないのは彼らの意地だ。とはいえどれだけ意地を張っても、彼らの脳裏には対抗策が浮かばなかった。

 このままでは間違いなく敗れ殺されるという現実を前にしながら、二人は必死に打開策を探し続ける。

 

「いやいや、効いてるって。ほら、見てよ。あちこち焦げたり焼けたりしてるでしょ?」

 

 焦る二人とは対照的に、アスキンは自身が纏う衣装の何カ所かを指差した。それらの部分には焦げ痕や血痕などが浮かび上がっており、アスキン自身も少なからず汚れている。

 全て、山本と雀部の二人掛かりで付けた物だ。だが汚れや血痕の量と比べて、アスキン本人は傷一つ負っていない。

 

「まあ、信じられないって思うのも当然だよな。普通に考えりゃ、どう考えても致命傷だってのに……気持ち、解るぜ」

 

 悔しそうな二人の死神を見下ろしながら、アスキンはうんうんと頷く。

 なにしろ山本にしろ雀部にしろ、尸魂界(ソウルソサエティ)でも屈指の猛者なのだ。

 致死量(ザ・デスディーリング)の能力で炎や雷、彼らの霊圧に耐性を得ていても、純粋な実力はアスキンがどうしても下回ってしまう。

 アスキンが勝てたのは、予め耐性を得ていたことが。そして耐性を得たアスキンに山本たちが驚いた隙を狙えたからというのが大きい。

 

「まだだ……まだ、負けてはおらぬ」

「無理すんなって。俺の毒入りボール(ギフト・バル)を喰らったんだ。このまま大人しく死んでくれないか?」

 

 手足に力を込め、立ち上がろうとする山本であったが、アスキンは棒立ちでそれを見つめる。

 毒入りボール(ギフト・バル)とは彼の操る能力を応用した技の一つ。ボールを投げつけ、喰らった相手の致死量を蝕むというものだ。この能力によって山本たちは酸素を致死化させられていた。

 呼吸するだけでも全身を毒が周り、苦しさのあまり動悸が激しくなることでさらに酸素を取り込もうとして、さらに苦しみを増すこととなる。

 そうなってしまえば、後は簡単だ。下手にトドメを刺さずとも、このまま死を待つだけでよい。実際、アスキンは下手に動くことなく二人の死を待っている。

 

「何を、勝手な……ことを……!」

「ぬ……おおおぉぉっっ!!」

 

 しかし大人しく死を待つなど、山本たちには出来なかった。

 最後の力を振り絞らんとばかりに立ち上がると、渾身の一撃を放とうとする。だがその攻撃が放たれるより早く、アスキンは体術にて二人へ蹴りを放ち無効化させる。

 蹴り飛ばされた二人を見ながら、彼は再び口を開いた。

 

「ほらぁ、だから言ってるだろ? 無理すんなって」

「ぐ……あぁ……」

「それに俺はもう耐性を獲得しているんだ。攻撃は効かず、傷は付かない。仮に傷ついたとしても、アンタらから受けた傷は治っちまう。もう勝てないってことくらい、理解してんだろ?」

「それが、どうした……? その程度、のことが……負けを認める理由にはならぬ!!」

 

 再び身体を起こし、山本は流刃若火の炎を放った。

 猛火が周囲を焼き尽くしながら、アスキンへと迫る。けれど彼は、その炎を冷静に見つめていた。

 

「炎で酸素を燃やそうってかい? 無駄無駄、もうそんなレベルじゃないんだよ」

 

 燃焼にはある程度の酸素濃度が必要だ。

 斬魄刀の能力にて放つ炎なので、その法則を無視している可能性は高いかもしれないが……アスキンが口にしたように、事態はその程度の小細工で何とかなる段階をとっくに超えている。彼ら二人だけでは、どうにもならない状況と言って良い。

 

「とはいえ、まだ動けるとはね。致死量を操作して倒すのが俺のスタイルなんだが……脚の一本くらいは奪っておくか?」

「それは困りますね」

 

 右手の腕輪から神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)を取り出し、山本へと狙いを定めた時だった。

 聞き慣れない女の声が響き、それを耳にした瞬間アスキンはその場から全力で飛び退いて距離を取った。

 

「脚を奪われるような大怪我は、後々治す者が大変なんですよ」

 

 下がるのと同時に、彼が今までいた場所に黒い影が飛び込んできた。

 その台詞には、暗に「私は治さないから困らないけどね」というニュアンスを込められている。その言葉を口にした者の姿を確認して、山本は思わず息を吐いた。

 

「卯ノ花……何故ここに……?」

「おや? 私の霊圧に気付き、炎で目くらましをした総隊長がそれを言いますか?」

 

 微笑を浮かべながら、卯ノ花は山本たちに回道を使う。

 その途端、二人の身体がスッと楽になった。完治こそしていないものの苦しみは半分ほどに緩和され、これでも今までと比べれば十分すぎるほどだろう。

 

「……回道、腕が落ちたな」

「これは失礼。藍俚(あいり)ならもっと上手くやるのでしょうけれど、何しろ私は既に四番隊の隊長職を辞した身なので」

 

 形ばかりの謝罪の言葉を述べられ、思わず渋面が浮かぶ。

 

「卍解を封じられたとは言え、総隊長の戦力は未だ健在。であれば、強敵が当てられると考えるのは当然。総隊長の援護に出向くのは、隊士として当然のことでしょう? それが、私がここに来た理由です」

 

 そこまで口にすると、卯ノ花は「それに……」と数秒の間、言葉を切った。

 

「しばらくの間、剣八の成長のためにと身を引いてきましたが、あの子も成長してきていますし……私自身も研ぎ澄ませねば、そろそろガッカリさせてしまうでしょう?」

 

 先ほどまでのとってつけた様な理由を口にしている時とでは、表情がまるで違う。

 ただ、強い相手を斬れるはず――これこそが、彼女がここに来た本当の理由だった。

 

「おー怖……大人しそうな格好しているくせに、なんて霊圧だよ……」

 

 飛び退いた先で死神たちのやり取りを見ながら、アスキンは肝を冷やしていた。その右手には、真っ二つに切断された腕輪が握られている。

 言わずもがな、これは彼が神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)を取り出す為に利用していたものだ。

 

「初代護廷十三隊、十一番隊の隊長にして初代剣八……陛下から聞いてはいたし、特記戦力にも入っていないってのに……」

 

 あの一瞬にも満たない交差の瞬間、気付くことなく斬られたのだろう。そうとしか考えられない。

 そんな相手をこれから相手にしなければならないという事実に、彼は思わず頭を抱える。

 その瞬間――

 

「ッ!?!?」

 

 卯ノ花が、アスキン目掛けて迫っていた。

 いつの間に抜いたのか、彼女の手には既に抜き身の斬魄刀が握られている。その切っ先はアスキンの左手首――先ほどまで腕輪があった位置――に、吸い寄せられるように迫っていく。

 

「くあッ……!!」

 

 間一髪で腕を引き寄せるが、完全に躱しきることは出来なかった。手首こそ逃したものの、切っ先は手の平に深々と突き刺さり、激痛でアスキンの動きを一瞬だけ鈍らせる。

 突き刺さった切っ先が瞬時に引き抜かれたかと思えば、再び刺突が放たれた。

 

「ちょ……!!」

 

 次に狙われたのは右の手首だ。

 身を捻ってその攻撃を避けたかと思えば、今度は脇腹目掛けて刺突が放たれる。

 息つく暇もない、反応するのが精一杯の攻撃を必死に耐えながら、アスキンは攻撃に込められた霊圧を採取していく。

 そして、何度目かの攻撃を躱したときだ。

 

「危ねぇ危ねぇ……けど、生き残った……これでアンタの霊圧も獲得できた。免疫が獲得できたってわけだ……」

 

 大きく息を吐きながら、アスキンは自分を落ち着けるように呟く。

 その言葉に卯ノ花は、薄い笑みを浮かべる。

 

「免疫? 免疫ですか……」

「何か、面白いこと言ったかな?」

「仮にも藍俚(あいり)が隊長となる前まで、四番隊の隊長職を勤めていたんですよ? その私に免疫を語るなんて、おかしくって」

 

 くすくすと、口元を袖口で隠しながら嗤う。

 

「免疫を獲得しても、抗原性が少しでも変化すれば役に立たなくなる。そんなことも知らないんですか?」

「そのくらい、知ってるっての!」

「あら、それは失礼しました。では、もう一つ。絶対に免疫を獲得できない方法があるのは御存知ですか?」

「へぇ? そんな方法が……いや、待った! これは!?」

 

 耐性を得たと思い、油断していたのか。それとも卯ノ花が一枚上手だったのか。理由はともかく、直前になってアスキンは気付いた。

 卯ノ花の霊圧が変化している。

 無論、別人と錯覚するほど劇的な変化が起きているわけではない。どれだけ見積もっても一割どころか一分(いちぶ)にも満たない程度だ。

 

「教えて上げましょう……それは――」

 

 アスキンの両手両足、それぞれの付け根から同時に血が噴き出した。

 卯ノ花が斬魄刀を振り抜き終えたことに。彼女の攻撃で四肢が深々と斬られたことにようやく気付く。

 斬られてからでないと気付けないほど高速の斬撃だ。

 しかも耐性を得ていても、変化した霊圧にはアスキンの身体はまだ対応しきれていない。

 

「く……あ……!?」

 

 激痛が走り、斬られた痛みで脚の踏ん張りが効かずに崩れ落ちそうになるが、その動きは途中で止まった。

 倒れようとするアスキンの髪を卯ノ花が掴み、無理矢理姿勢を維持させているからだ。引き千切れそうなくらい強く髪を引き上げられ、首を強引に上へと向けさせられた。

 その視線の先には、能面のような表情を浮かべた女死神が映っている。

 

「答えは単純。免疫を得る前に殺すことです」

 

 斬魄刀が、アスキンの喉元を刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 

「うおおおっっ!?」

「銀城!!」

 

 キルゲの一撃が打ち込まれた瞬間、銀城の身体は奇妙な霊圧に包まれた。

 その霊圧は打ち込まれた箇所から広がり、彼の全身を覆い隠しながら檻を形成していく。

 

「何だ、こりゃ……!?」

 

 慌てて破壊しようと巨大な剣を振るうが、霊圧の檻はビクともしない。

 浮竹もまた外部から檻を破壊しようと試みるものの、やはり檻には僅かな罅すら入ることはなかった。

 

「無駄ですよ。その檻は決して破壊することは不可能。敵である者のみを封する絶対の監獄。ですが安心して下さい。陛下へと献上する際にはきちんと出してあげますから」

 

 牢から脱出しようと足掻く二人をあざ笑うかのように、キルゲは自らの能力について語り始めた。

 その言葉に浮竹は手を止め、銀城の封じられた牢を背に庇う様な位置へと移動しながら、改めてキルゲを睨む。

 

「この牢を俺に使わなかったのは、封じるのではなく殺すのが目的のため……完現術者(フルブリンガー)の銀城は、捕まえるだけの価値があるから使った……ということか?」

「ええ、概ねその通りです」

「……どうして銀城を捕まえる?」

「そこまで説明する義理はありませんよ。まあ、陛下が必要だと判断したからとだけ答えておきましょう」

 

 ――つまり、完現術者(フルブリンガー)には、ユーハバッハが興味を示すような何かがあるのか? それとも完現術者(フルブリンガー)の中でも、銀城だけが特別……?

 

 キルゲの少ない情報から、浮竹は推測を続ける。

 だが考えに集中する暇はなかった。

 

「こ、コレは……一体……!?」

 

 つい先ほどまで、得意満面の表情を浮かべていたはずのキルゲが驚愕の表情へと変化していたからだ。

 信じられない物を目にしている様な様子で、浮竹のことを見つめている。

 

「……いや、違う俺じゃない!」

 

 キルゲが向かう視線の先は自身ではなく、正確にはその少しだけ後ろ。それを理解した浮竹は、首を半分だけ動かして片目だけで後ろの様子を確認する。

 そして、彼もまたキルゲ同様に驚かされた。

 

 銀城を封じていた霊圧の牢獄――それがゆっくりと解けていたからだ。

 格子状に編み込まれた霊子は一つ一つバラバラになっていき、その中に囚われていたはずの銀城の姿が次第に露わになっていく。

 

「困るなぁ、銀城……君がいないと、僕は困るんだよ……」

 

 牢獄のさらに後ろから、声が聞こえてきた。

 同時に牢の崩壊はさらに進み、背後にいた者の姿も確認出来るようになる。

 

「月島、秀九郎……」

 

 その人物の名を、キルゲは忌々しげに呟いた。

 

「すまねぇ、助かった」

「本当だよ。僕の能力が効かなかったらどうするつもりだったんだい?」

 

 栞を片手にしながらの言葉に、何が起こったかを全員が理解できた。

 彼の完現術(フルブリング)でキルゲの牢獄に新たな過去を挟み込むことで、捕縛を解除したのだ。

 今回は牢獄の外から解除された結果だが、これは内側からであっても同じだ。つまり、キルゲの能力は完全に無力化されたのだ。

 

「これは素晴らしい。完現術者(フルブリンガー)を二人も捕らえて陛下へと献上できるとは……気分が高揚しますねぇ……」

 

 それを理解していないのか、それともその程度では何の障害にもならないと判断しているのか。

 キルゲは銀城だけではなく月島も捕らえられると信じ込んでいた。

 だが、その判断はさらなる外的要因で崩されることとなる。

 

「黒崎一護だーっ!! 黒崎一護が来てくれたぞーっ!!」

 

 突如、声が響いた。

 地平線の彼方にまで響き渡りそうな大音声の知らせは、死神たちの耳にも滅却師(クインシー)たちの耳にも――瀞霊廷中の全ての者たちの耳に届いていた。

 事態はさらに動く。

 




次は多分、アレが出ます。イチゴが。

●キルゲと浮竹組
 月島さんなら牢獄だってなんとかしてくれる。
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