お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第40話 退院祝いと予想外の出会い

「そうそう、そこに霊圧をもう少しだけ……ね?」

「こう、ですか?」

「上手上手、味と効果のバランスを両立させるのって難しいから。効果は弱すぎるくらいで丁度良いのよ」

「指導ありがとうございます、副隊長!」

 

 四番隊隊舎の炊事場にて、調理担当の隊士たちに手順を教えている真っ最中です。

 しかも以前もチラッと触れた曳舟隊長の特製お料理ですからね。結構難しいんですよ。味と効果を簡単に両立させられるのは、やはり彼女クラスの天才的な技術があってこそ。

 私たちのような凡人は、色々と頑張らないといけませんね。

 この食事に頼りすぎないようにするためにも、効果は抑えめにするよう釘を刺しておくのも忘れてはいけません。

 

「でも、味の方は出来るだけ気をつけてあげてね。入院していると退屈で食事が一番の楽しみなんだから」

 

 最後におどけながらそう注意して話を纏めます。全員、にこにこしながらも返事をしてくれました。

 さて、これで調理場のお仕事は終わり――

 

「副隊長! お客様が!」

「お客様?」

 

 ――と思っていたところに、焦った様子で隊士の一人が飛び込んできました。

 

「はい! 待合室にお通ししましたので」

「わかったわ。ありがとうね」

 

 うーん……来客の予定とかなかったと思うんだけど……一体誰かしら? そんなことを考えながら客先へ向かいます。

 

「失礼、湯川藍俚(あいり)四席でいらっしゃいますか?」

「はい」

 

 そこにいたのは、死神とは少しデザインの異なる死覇装に身を包み、目元以外を布で隠した男性でした。

 ああ、この格好なら知ってます。隠密機動の格好ですね。

 護廷十三隊とは別の組織で、主に「裏」の仕事――暗殺したり、諜報部隊だったり、看守をやっていたり――を担う人たちです。

 ただ、友好的に話し掛けられた以上は暗殺とか逮捕されるわけではなさそうですね。

 一安心です。

 それにしても四席って呼ばれましたよ……私もう副隊長なのに……

 

 ……あ、そうか。

 

 まだ書類の上では四席なんでした。来期の頭から副隊長です。内部的にはもう副隊長扱いで仕事もガンガン振られているので、すっかりその気になっていました。

 向こうが正しい、私が間違ってました。

 

「自分は隠密機動第五分隊・裏延(りてい)隊の者です。湯川四席への言伝(ことづて)を持って参りました」

「言伝ですか、ありがとうございます」

 

 こういう直接の情報伝達も隠密機動の仕事です。

 他人に絶対に知られたくない、緊急性や機密性・重要性の高い情報をやりとりするわけですね。ある意味では、下手な仕事よりも重要です。

 ……なんですけれど、私にそんな重要を知らせるって……何かありましたっけ?

 

「二番隊隊長 兼 隠密機動総司令官 並びに 隠密機動第一分隊「刑軍」総括軍団長 四楓院(しほういん) 夜一(よるいち)様からです」

 

 い、一瞬早口言葉を言われたかと思いました。ですが、肝心な部分は聞き逃しませんでしたよ。

 思わず心の中で――

 

『我が世の春が来たアアアアアアァァァァァァッ』

 

 ――とばかりにガッツポーズを……ってうるさいな!! そこまでテンション上がってないからね!!

 

 四楓院夜一。

 原作でもかなりの人気キャラですよね。あけすけだけど姉御肌な感じとお茶目な性格とがあいまって素敵ですし、いざ戦闘に参加すれば滅茶苦茶強い。

 おまけに猫に変身するという謎の特技も持っています。

 射干玉の絶叫ほどではありませんが、関われるとあって私もウキウキしています。

 接点が出来るのはとってもとっても嬉しいです!! ……しかし、役職多いなぁ。

 

『何をおっしゃいますか藍俚(あいり)殿!! あの夜一さんですぞ!! 褐色エロスの化身みたいな御方ですぞ!! もっとこう、ダイレクトに感情を表現してですな……!!』

 

「先日は部下の探蜂の命を助けて貰い、感謝の言葉もございません。お礼の意を込めてささやかながら宴の席を設けさせて頂きました。つきましては、湯川四席に是非ご出席を……とのことです」

「祝いの宴、ですか? それはそれは、わざわざありがとうございます」

 

 あの事件(深夜の大手術)からもう二ヶ月くらい経過していますからね。

 探蜂さんの怪我も治り、一応退院しました。まあ、まだリハビリとか必要なのですが、その辺は自宅でも出来るということと、定期的に四番隊へ検診に来て貰うことで帰宅させました。

 だって、ずっと入院してると梢綾(シャオリン)ちゃんが涙目になるんですもの。

 

「出席するのは勿論構いませんが、予定はいつ頃ですか? 一週間後くらい?」

「いえ、本日の午後からです」

「……へ!? あの、今日の午後……から……ですか……?」

「はい。突然の連絡で大変申し訳ございません」

 

 今日!? 今大体、お昼ちょっと前くらいですよ!?

 パーティしようぜ! 今日の午後から開始な!! って午前中に誘われるのって、アリなんですか……?

 夜一さん、割とぶっ飛んだダイナミックな性格だってのは認識してましたけれど、こんな感じの人でしたっけ……??

 伝言に来た裏延隊の人も、すっごい申し訳なさそうな空気を醸し出しています。まあ、自分の属する組織のトップがこんな無茶振りをすれば、部下は自然とそういう反応にもなりますよね。

 

「今日の午後からというのは……」

「良いではないですか」

「あ、隊長!?」

 

 どうしたものかと思っていると、いつの間にやら卯ノ花隊長が姿を現しました。

 

「先方の厚意を断るというのも失礼ですし――なにより五大貴族の一家から直接のお誘いですよ?」

「……わかっています。さすがに、断れません」

 

 後半の言葉は声音を抑えて、耳打ちするように囁かれました。

 

 まあ、トップからのお誘いです。

 親が危篤とか、嫁が産気づいたとか。そのくらいの理由がないと断ったら失礼を通り越して不敬レベルですからねぇ……

 夜一さんはそんなこと気にしないでしょうけれど、周りが絶対五月蠅いですし。

 なにより私自身が、行く気満々です。夜一さんと交流を得て山登り(おっぱい)に活かしますよ!!

 

『その意気でござるよ!! 拙者も影ながら応援は欠かしませんぞ!!』

 

「では、お伺い致しますとお伝えください。それと隊長、そういうことになりましたので……」

「はっ! 急な誘いにもかかわらず、ありがとうございます! ではしばし後に迎えの者を派遣しますので、以降の案内等はその者に!」

「わかっています。本日の業務の方は山田副隊長に回しておきますから心配なく」

 

 伝令の人はそう言うと、なんだか軽い足取りで帰って行きました。

 そして隊長はその言葉に続いて「早退した分は後日働いて返して貰うので心配せずに」と言ってくれました。後で別の仕事をたっぷり割り振られるってことですね、わかります。

 おしごとだいすき! たーのしーなー!

 

 ……と、現実逃避はこのくらいにして。

 

 宴かぁ……一つだけ不安があるのよねぇ……まあ、なんとかなるかしら?

 

 

 

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「ここが貴族街……」

「ええ。そしてあちらが、四楓院家のお屋敷です」

 

 あれから一時間くらい後。

 お迎え案内役の方――四楓院家の使用人でした――が四番隊に来ました。

 その人に案内されるまま夜一さんのお家、つまり四楓院邸に向かうために貴族街を歩いています。

 

 ……なんとなくわかりにくい気がしたので説明しますね。

 

 まず、貴族たちは貴族街という地区に住居を構えています。そして四楓院家は五大貴族の一角なので、当然貴族街にお屋敷があります。

 そして五大貴族は貴族たちの中でも頂点、VIPの中のVIPです。

 そもそも貴族街って下手な人間は許可が無いと入れないんですよ。

 そんな特権階級が集まる中での特権階級、その一つが四楓院家です。

 案内役の方に教えて頂いた四楓院邸は、貴族街の中でも一際大きなお屋敷でした。

 対比で周囲の屋敷が掘っ立て小屋に見えます。

 ……まあ、この掘っ立て小屋だって貴族のお屋敷なので、一般庶民の感覚からすれば充分立派なお屋敷なんですけどね。

 

 なんだか価値観がおかしくなりそうです……

 

 

 

 

「こちらです。御当主様は既に中でお待ちです」

 

 あれから歩くことしばし。

 おっっきな門を通って、ひろおぉぉい屋敷を案内されて、とある部屋の前に到着しました。門を潜ってから玄関まで歩いて数分掛かるって、どれだけ広いんでしょうか……

 

「夜一様、お待たせ致しました。湯川 藍俚(あいり)様をお連れ致しました」

「うむ、入れ!」

「失礼いたします……どうぞ、こちらに」

 

 部屋の中から聞こえてきたのは、威厳よりも気さくそうなイメージが先行する声でした。了承の言葉を受けて案内役の方が厳かに障子を開けて先に入り、促されるまま私も後に続いて入室します。

 

「よく来てくれたのぉ! ワシが四楓院 夜一じゃ!」

 

 そこには、よく知っている夜一さんの姿がありました。

 褐色の肌に後ろで括った長い黒髪。

 一応は正装のような格好をしていますが、貴族の格好からするとかなりラフです。そして服の下には、男を惑わせるスケベな肢体が隠れているわけですね。

 

『テンション上がってキタアアアアアァァァァッ!!』

 

 今回ばかりは激しく同意!! あーもう、漂ってくる空気だけで一発イケるわね!!

 

『一発とは何の単位ですかな!? 詳細キボンヌ!! 教えてクレメンス!!』

 

 はいはい、もちつけもちつけ……って、今回はやたらと古いわね!?

 

 ただ、私の知っている姿よりも若干若いですね。黒崎一護をからかっていた頃の姿よりも若いです。若干少女っぽさが残っている感じ。

 当主らしく上座に座っており、既に一人で呑み始めていたのか近くにはお猪口と徳利があります。ちょっとだけ顔も赤く火照ってますし……

 

「四楓院様、お初にお目に掛かります。護廷十三隊四番隊の四席を任されています、湯川藍俚(あいり)と申します。本日はこのような宴席にお呼び頂き、誠にありがとうございます」

 

 土下座する勢いで頭をペターッと畳に付けて、思いっきり丁寧に挨拶とお礼の言葉を述べておきます。

 

 彼女がこういう態度をあまり好まないというか、気にしないというか、気さくな性格だと知っていますけれど、それはいわゆる原作知識で知ってるだけです。

 湯川藍俚(あいり)としては初対面で、しかも相手は五大貴族の当主の一人ですからね。一応、初対面の相手への礼儀という意味でもちゃんと挨拶しておきましょう。

 

「なんじゃ、固っ苦しいのぉ。もっとざっくばらんで構わんぞ」

「夜一様、それは……」

「ワシが良いと言っておるのじゃ。何より部下の命を救って貰ったんじゃぞ? 本来ならワシの方から礼を言いに行っても良いくらいじゃ」

「……失礼致しました」

「ほれ、もう良いから下がっておれ」

 

 軽く手を振ると案内してくれた方はすっと音も立てずに退室していきました。

 ……あれ? 二人っきり!?

 

「すまんのう、どうも頭が固くてな」

「いえいえ、お気になさらずに」

「じゃから! そう固くならんでよいと言っておろうが」

 

 お、いいんですか? いいんですね!?

 

「では……そうさせて貰いますね、夜一さん――こんな感じでしょうか? さすがに公の場では自重しますので、宴の場や個人的な付き合いの時くらいに限定しますけど」

「おお! よいぞよいぞ、そのくらいの方が気楽で好みじゃ!! ワシも藍俚(あいり)と呼ばせて貰うぞ!!」

 

 気の置けない友達を相手にするような砕けた言葉に、夜一さんはにっこり笑顔になりました。

 大貴族の枠に収まらない奔放で姉御肌な性格の人ですからね。寧ろ格式張ったのは苦手みたいです。

 

「さて、改めて……よく来てくれたのぉ! 探蜂の命を救って貰い、感謝の言葉もない。あやつはあれで中々どうして、優秀でな。それにまだ若く、あそこで死なせるには惜しい、お主がいなければどうなっていたことか。怪我したと聞いた時は"また(フォン)家の者が……"と悲嘆に暮れかけたが、どうやらあやつは運が良いらしい!」

「いえ、そんな。当然のことをしたまでですから」

 

 やたらと上機嫌で話し掛けてきますが、私としてはちょっと複雑です。だって――

 

「御当主様、お話中のところ失礼致します!」

「……なんじゃ?」

 

 ――ビックリしたぁ!

 突然障子の向こうから声が掛けられて、人影も見えます。大貴族のお屋敷ってこういうこともあるのね。

 

(フォン)家の方々がお見えになりました」

「おお、そうか! 通せ通せ!!」

 

 話を遮られて一瞬不機嫌になっていましたが、それもすぐにニコニコ顔になりました。やがてほどなくして、探蜂さんと梢綾(シャオリン)ちゃんがやってきました。

 

「夜一様、本日は自分のような者のためにお招き頂き、ありがとうございます」

 

 まずは探蜂さんがお礼の言葉を。

 

「は、はじめまして! (フォン)家の梢綾(シャオリン)ともうしますっ! ほんじつはおまねきいただき、ありがとうございましゅ!!」

 

 そして梢綾(シャオリン)ちゃんが慣れない様子で必死に挨拶しました。

 

 ……というか、噛んだ……かわいい……

 

『ロリコンに目覚めそうでござる……』

 

「おお、よく来てくれたのぅ探蜂! そして、こっちが――」

 

 夜一さんがちらりと梢綾(シャオリン)ちゃんに視線を向ければ、彼女はびっくりした様子で顔を真っ赤にしています。緊張してガッチガチですね。

 

「――梢綾(シャオリン)じゃな? 話は聞いておる。なんでもお主が知らせねば、探蜂はこの場にはおらんかったとか……幼いのに大したものじゃ! (フォン)家は傑物を得られたようじゃのぅ!」

「あ、ありがとうございましゅ!!」

 

 また噛んだ……かわいい……

 

『もうロリコンでも良いかもしれぬでござるよ……』

 

 それはそれとして。

 

「探蜂さん、お怪我の具合はどうです?」

「これは湯川殿、挨拶が遅れて申し訳ありません。身体の方はもうかなり復調しています」

「そうですか……身体は(・・・)……もう一つの方は、もうしわけありません。私の力不足です」

 

 もう何度謝ったかも分かりませんが、再び頭を下げておきます。

 実はあの手術、怪我は確かに治せたのですが一つだけ治しきれないところがありました。

 それは鎖結と魄睡です。

 必死に治療を試みたのですが、どうにも元通りにできなくて……一応、霊力を発生されるくらいまでは治せたのものの、その出力はお世辞に見積もっても子供レベル。

 

 これではとても、死神として働けません。

 

「いえいえ、その件については何度も謝って頂きましたし。命が助かっただけでも儲けものですよ」

「そうです湯川先生!! にいさままで失っていたら思うと、私……私……」

「こら、梢綾(シャオリン)! 申し訳ありません、妹が……」

 

 そうやって軽くたしなめつつ、探蜂さんが細かな事情を教えてくれました。

 まず(フォン)家というのは、処刑や暗殺を生業(なりわい)として生きてきた下級貴族だそうで。一族全てが刑軍に入るのが定め、入れなかった者は一族を追放される。

 

 ……キツイ一族ですねぇ。

 

 そして、探蜂さんは五男で上に四人の兄がいたそうですが、その全員が一度目の任務で殉職。彼だけは五度目の任務も生き残っていたので大丈夫かと思っていたところ、六度目がアレだったわけです。

 私がいなかったら間違いなく兄たちの後を追っていたとか。

 なるほど、だから夜一さんがあんな風に言っていたんですね。

 

 

 ……ああ、そういえばそんなエピソードがあったような……無かったような……覚えてないです。

 夜一さんが温泉に入ったシーンはしっかり覚えてますけどね。

 

『拙者も!! いやぁ、アレはたまりませぬなぁ……でゅふふふふ……!!』

 

 

 梢綾(シャオリン)ちゃんはそんな兄たちの姿を聞かされて育ち、同時に(フォン)家の者として"力無い者は死んで当然だ。死んだ兄たち対する感情は悲しみよりも、寧ろ恥でしかない"という気持ちが芽生えていたそうです。

 なまじ末っ子として生まれ、彼女が生まれた時には兄の半数以上は既に死んでいたこと。

 そして、兄たちのことは話でしか聞かされておらず、まして話したのが(フォン)家の思想でゴリッゴリに固まっていたのが悪影響となって。

 ほとんど洗脳のようになっていたようで、そりゃ"弱者は無用"と思うわけです。

 

 ところがどんな運命の悪戯か、それとも幼い彼女の中で"最後の兄だけでも助けたい"という気持ちがあったのか。

 兄の死の匂いを直感的に感じ取り、家を抜け出して私に知らせてくれた。

 おかげで一命を取り留めた。

 

 兄が生死の境に苦しむ姿を目の当たりにして、自分の中の価値観が一気に変わった。

 自分はなんて馬鹿なことを考えていたのだろう。

 兄様ごめんなさい。

 

 ――と、そんなことを梢綾(シャオリン)ちゃんは必死で語ってくれました。

 この感情が、大手術を成功させた翌日に彼女が口にしていたことに繋がってるのね。

 

「ふむ、そういうことを思っておったのか。(フォン)家の者らしい、と言えばそれまでかもしれんが……」

「恥ずかしながら、兄である私も妹がそのようなことを考えていたとは、知りませんでした……真面目で冷静な妹だとは思っていたのですが……」

 

 話を聞き終え、夜一さんと探蜂さんがそんなことを零します。

 お互い"彼女の肉親"と"彼女の主の家柄"という関係性ですからね。

 

「ふむ、梢綾(シャオリン)よ。では今はどう思っておる? お主の兄――探蜂の姿を見て、どう思う?」

「その……今は、にいさまは力がありません……だから、だから私が守るんです! もっと力をつけて! にいさまを傷つけた相手を倒します!! これ以上、にいさまみたいな人を増やしたくありません!!」

相分(あいわ)かった!!」

 

 梢綾(シャオリン)ちゃんの言葉を聞き、夜一さんは嬉しそうに笑顔を浮かべました。

 

梢綾(シャオリン)、お主を刑軍に入団させてやろう。そこで力を付け、今口にした想いと覚悟を実現するのじゃぞ?」

「……ええっ!?」

「夜一様、それはさすがに……」

「なに、見習いとしてじゃよ。さすがにまだ幼く未熟じゃからな、一人前の団員としては扱えん」

 

 見習い団員ですか。それならまあ……

 あ、そうか。この人って"隠密機動の総司令"と"二番隊の隊長"と"四楓院家の当主"を兼ねるすごい権力を持っている人でした。

 ならそのくらいの我が儘は余裕で可能ですね。

 

「それに心配なら、一人前になるまでお主が守ってやったらどうじゃ? 探蜂よ」

「それは……そうしたいのは山々ですが今の私は力を失い、刑軍を……」

「うむ、それは知っておる。そこでじゃ……」

 

 おっと、なにやら勿体ぶるように言葉を一旦句切りましたよ。

 

「探蜂、お主にはこれから指南役をやって貰う」

「指南役……ですか?」

「霊力の大半は失ったが、それでも今まで鍛え上げてきた戦闘技術や斥候技術、頭に叩き込んできた知識まで失ったわけではなかろう? ならばそれを活かし、後進の育成に勤めよ。長年刑軍への入団を生業としてきた(フォン)家の者が、よもや秘伝の一つも知らんとはいわせんぞ」

 

 なるほど。

 たとえ年老いても、積み重ねた知識や経験は伝えられますからね。それを伝授、共有できれば死亡率も少しは下がるでしょう。力を失った探蜂さんはまず間違いなくお家を追放されるでしょうが、これなら"刑軍にいる"と言えなくもないです。

 

 ……まあ、お家の秘伝を他の者たちに知られるというのは問題ありそうですが。

 四楓院家の当主の命令ですし、嫌とは言えないでしょうね。(フォン)家の中で"何をどこまで広めても良いか?"の打ち合わせは必須でしょうけれど。

 

「指南役となれば、見習い団員のことも目に掛けられよう。励めよ?」

「は……はいっ!! この探蜂、身命を賭して!!」

 

 深々と頭を下げてお礼を言っています。

 そりゃあ嬉しいでしょうねぇ。

 

「よかったですね、まだ刑軍のために働けて」

「湯川殿……ありがとうございます。湯川殿がおられなければ、このような事には……」

「やめてください。そもそも探蜂さんが努力していたからこそ、指南役としての道が残っていたんですよ。私はただ、中途半端に傷を治すことしかできなかったんですから」

「しかし……」

「まあまあ、今は宴の席ですから。湿っぽい話はこのくらいにしておきましょう。それと、よかったわね梢綾(シャオリン)ちゃん。お兄さんと一緒に働けるわよ」

「はい! にいさまと一緒です!! 私がにいさまを守ります!!」

 

 にこっと笑顔です。子供らしい邪気のない純粋な表情は見ているだけで癒やされます。

 

『ですが後に、あのように拗らせてしまうわけですな……』

 

 お黙り!!

 

「うむ! では、一件落着ということで。宴を始めるぞ!! ここからは無礼講じゃ!!」

 

 待っていましたとばかりに夜一さんが口にした途端、障子が開いたかと思えば料理が次々と運ばれてきました。

 出てくる料理がどれも豪華絢爛・栄耀栄華(えいようえいが)金襴緞子(きんらんどんす)・家内安全勝利確実商売繁盛酒池肉林って感じですね……

 さっすがは五大貴族のお家です。キラッキラですよ、キラッキラ!!

 

『目が!! 目があああぁぁぁっっ!!』

 

「では、探蜂の回復と職場復帰、並びに梢綾(シャオリン)の刑軍入団、そして稀代の名医藍俚(あいり)の腕に――……乾杯!!」

「「「乾杯っ!!」」」

 

 いつの間にか目に前にあったお猪口を手に取り、皆さんと一緒に私も乾杯のポーズは取ります。

 ですが、問題が一つ……

 

 実は私、お酒が弱いんですよね。

 ……え? ならなんで流魂街時代に居酒屋で働いていたんだって? あれは大将と女将さんのご厚意の結果ですよ!! 拾って貰って良くして貰っていたから、お手伝いと恩返しの意味も込めてですよ!!

 それとよく見てください「呑んだ」とか「酔った」なんて一言も書いてません。

 全部必死で躱してたんです!

 店員の自分が呑んだらお店が回らなくなるからとか、それならお仲間に奢ってあげてくださいとか、私よりも"そういうお店"の女の子に呑ませたいんじゃないのかとか、そう言って五十年間必死でお酒から逃げてました!

 まあ、お世話になった初日に大将と女将さんのご厚意でお酒をご馳走にはなりましたが、すぐに酔って潰れましたからね。そこでお酒が弱いと知って貰えたので、お店側からもアシストして貰って助かりました。

 

 ……とはいえ今は女将さんたちもいない……ええい、ままよ!! お猪口一杯くらいなら潰れないことは自分の身体で実証済み!!

 

「…………ふぅ」

 

 ぐい、と呑みました。呑みましたが……身体は正直ですね。

 もうこれで顔が赤くなっているのが分かります。思考能力も低下しているのが丸わかりです。行けてもう一杯……くらい……かなぁ……?

 芋焼酎をぉ……ロックでぇ……

 

「おお、言い呑みっぷりじゃのう!! ほれ、もう一杯!」

「湯川先生! 私がお酌しますね」

 

 ああっ!! 夜一さんやめて!! しかも梢綾(シャオリン)ちゃんがすっごい無邪気な笑顔でお酌してくれました。しかも子供だから加減がわかってない!! 並々注がれた!!

 アルハラ!! アルコールハラスメントですよこれ!! でもこの時代にそんな言葉ないし、そもそもが「酒が弱い? 飲み足りないからだ! だから呑め!!」って風潮の頃ですから、多分間違いなく夜一さんも呑ませてくるはず!?!?

 

 四番隊は良かった……忙しくて呑みに行く時間も無いし、断るとそういうことなら仕方ないねって無理強いする子もいなくて……じゃない!!

 

「おやおや~? 皆さん、お楽しそうで。アタシもご相伴に与らせちゃ貰えませんかねぇ?」

 

 お、天の助けかな?

 宴会場に一人の男が乱入してきました。

 ぼさぼさの髪の優男……着てる服もだらしないですが……あっ! コイツは!!

 

「む、喜助か」

 

 そうですよ! 浦原(うらはら) 喜助(きすけ)ですよコイツ!!

 なんか十二番隊の隊長やってて、あと怪しい駄菓子屋の店長で主人公をからかいまくってた人だ!!

 ……あれ、でも十二番隊って曳舟隊長……あれ?? あ、そうか。前の頃でした。

 

「すまんが今日はこやつらのための宴席でな、関係者以外立ち入り禁止じゃ」

「そんな殺生な! 美味しそうな料理とお酒の匂いをプンプンさせられちゃあ、たまったものじゃないっスよ!! ちょっとぐらい良いじゃないっスか、ねぇ夜一さん?」

 

 そんなことを言いながら、さも当然のように座ってお酒を手にしてます。

 

「……はあ、すまんの。余計な者が入ったが、一応紹介しておくかの。こやつは浦原喜助と言って、まあ………………ウチの無駄飯ぐらいみたいなもんじゃ」

「ちょちょちょちょちょ!! 無駄飯ぐらいは酷くありません!? 一応幼なじみですし、居候(いそうろう)くらいには言って頂けませんかねぇ!?」

「まあ、妙な道具を作るのは得意でな。何か困ったことがあったら、遠慮無くコキ使って構わぬぞ」

 

 浦原の文句を全部無視して夜一さん喋ってますね。

 ……あ、そうだ!

 

「妙な道具ですか?」

「ん、なんじゃ藍俚(あいり)。興味があるのか?」

「おおっ! なんスかなんスかこの美人さんは? ボクの技術に興味がおありっスか? 今ならお安くしときますよ?」

「やめい!」

 

 がこっ、と拳が一発入りました。

 まあ完全に悪徳商人の顔をしてましたからね。

 やたらフレンドリーな空気を発している二人に、探蜂さんはポケーッとしてます。

 逆に梢綾(シャオリン)ちゃんはムッとしてますね。夜一さんに馴れ馴れしい態度を取ってるからイラッとしてるんだと思います。

 

「作れるのなら、まずは自動で洗濯してくれる道具と食材を冷蔵保存してくれる道具を作ってください」

「洗濯と冷蔵……っスか?」

 

 私の言葉に驚いたような意外なような顔をしています。

 あれ? さっき殴られて沈んでたような……?

 

「四番隊は縫製や炊事場もあるので。怪我人の死覇装のお洗濯や食べる物をできるだけ保存しておきたいんですよ。できますか?」

「なるほど、なるほど……お安いご用っス」

「お願いします、これで四番隊の子たちの負担も減ると思います」

 

 二つ返事でOKですね……あ、でもそうだ!

 

「一応、設計図というか簡単な図面が出来た段階で一度見せて貰えますか? 全部お任せにしちゃうと恐いですし、まだ卯ノ花隊長に許可も取っていないので」

 

 こういうマッドサイエンティストなキャラに好き勝手させると後が恐いですから。手綱はしっかり握っておかないといけません。

 

「ああ、そりゃ勿論っスよ。しかし、良いアイディアですねそれ。実際に商品としてもいい値段で売れそうで、アタシも今からわくわくっス」

「なるほど、四番隊は後方支援業務で隊士たちが大変と聞く。実体験に根ざした考えというのは強いからの」

 

 コレでまずはOK。

 夜一さんたちが尊敬の目で見てますけれど、本題はここから。

 

「次はですね――」

「まだあるんスか!?」

「緊急用に一瞬で連絡を取れる道具を!」

 

 と前置きしてから、携帯電話を作れと言いました。

 原作でもルキアらが伝令神機という携帯電話そっくりの道具を使っていましたからね。需要があって成功するのは目に見えてます。

 地獄蝶や裏延隊を使って伝令するまでもない。鬼道を使って伝えるには手間が掛かる。ならそこで素早く簡単にやりとりが出来る道具があれば欲しがるんじゃないかと伝えます。

 

「そんな道具があったら、もしかしたら探蜂さんをきちんと助けられたんじゃないか……梢綾(シャオリン)ちゃんを不安にさせ続けなくて済んだんじゃないかって……ずっと気になっていたんです……」

「湯川殿……」

「先生……」

 

 あ、二人が泣きそうな目でこっちを見てる。

 さっきの"四番隊の実体験に根ざした考え"と言うのが、今度は自分たちのことで意見が出てるんだものね。そりゃ感激されても当然だったわ。

 

「ふむ、確かにそうじゃな。もしも僅かな伝達遅れで助けられたはずの命を失うやもしれんと思うと、気が気ではない」

「当然ですよ。それにボクの頭の中には、それと似たような構想がありましてね。渡りに船っスよ」

 

 あらら、もう構想はあったのね。さすがはマッドサイエンティスト。

 ならばとばかりに、携帯電話構想についてもう少しだけ意見を。

 とりあえず最初は通話機能をメインに。

 電話帳登録も出来て、連携させることで誰からの連絡が来たかわかるように。同時に登録しておけばそこから一発で通話可能に。

 あとは着信音は無音にすることもできるし、震えて知らせるバイブ機能もつけておこう。

 ショートメールは文字数を制限すれば行けるかな?

 

 ただこれは相当大がかりになるはずだから、まずは数と範囲を制限した運用でテストする。その結果や実体験、感想を元に護廷十三隊に売り込みを掛ける。

 上手く行けば瀞霊廷中にだって広げられるはず。

 

 ということを延々と伝えておきました。

 

「……喜助、これは」

「ええ、なんとしても完成させるっスよ」

「頼むぞ。必要ならワシに言え、資金援助は惜しまん」

「そう言って貰えると助かります。それに、大儲け出来そうな匂いもしますから。儲かったら少しは夜一さんにも還元しますよ」

 

 そうよねぇ……通信事業で大儲け、なんて夢に見るもの。

 でもそれ以上に大事なのは、情報を知る機会が増えるということ。

 通信するってことは、情報を知れるってことだから……たとえばアホが携帯電話で「山本総隊長暗殺しようぜ」とか連絡しようものなら、一瞬でバレてお縄にできます。

 浦原はそういう、情報の大事さはよく知ってるみたいだし。

 この話に食いつかないわけがない。

 

「で、最後に」

「最後!? まだあったんですか!?!?」

「霊圧吸収部屋を」

「……は、なんスかそれ?」

「これは私が個人的に欲しいなって思ってね」

 

 霊圧吸収部屋は、その名の通り周囲の霊圧を吸い込んでしまう部屋です。

 なのでこの部屋の中で下手に霊圧を垂れ流そうものなら、あっと言う間に吸い込まれて空っぽにされるような部屋。

 必然的に体内で霊圧を扱うのにより繊細な技術が求められるわけで、そういう特訓をするのに適した部屋というわけですよ。

 これでもっと強くなれるはず!!

 

 ――ということを話したら、軽く退()かれました。

 

「なんというか、ちょっと変わったところがあるんスねぇ……」

 

 別にいいじゃない!!

 副隊長になった(まだ正式ではないが、同権限を持っている)からおっきな家も借りられたし、そこに作ってくれれば良いから!!

 というか、そのくらいしないとホントに、いつまで経っても卯ノ花隊長に追いつけないの!! 強くならないとハリベルに会えないのよぅ!!

 

「ふう……今考えているのは、こんなところです」

 

 いっぱい喋ったので、喉が渇きました。手にした飲み物を――

 

「ごくっ――――――あっ……」

 

 これ、お酒でした……それも並々と注がれたのを一気に……

 

「あ……だめ……せかいがまわる……」

 

 意識がスーッと遠くなって感覚がなくなっていきます。

 

「おや、どうした藍俚(あいり)?」

「うわっ! 夜一さん、これひょっとして酔い潰れてません?」

「湯川殿!? 梢綾(シャオリン)、水だ! 冷たい水を!!」

「はいっ!!」

 

 そんなドタバタ声が、この日に私が聞いた最後の声でした。

 




●浦原と夜一
幼なじみ。居候。そんな関係性。
ただ、四楓院家の娘とどうやって知り合ったのか。
あの温泉(霊王様のところのアレを真似たやつ)をどこで知ったのか。
色々謎が多すぎるんだよなぁ……

●家電
三種の神器ってやつですね。四番隊大助かり。
藍俚(あいり)ちゃんの株もきっと上がるはず。

●携帯電話(伝令神機)
先取りして大儲けです。
これが正しい未来知識の使い方ってやつですね。

●霊圧吸収部屋
これでもっと過酷な修行が出来るぞ!!

●お酒が弱い
なんでこんな設定つけたんだろ……?

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