お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第41話 出会いから仕事が増える

 アセトアルデヒドの海を泳ぎながら「もう絶対お酒なんて飲まない!」と誓いました。

 でも多分、この誓いは破られると思います。

 

 夜一さんのお屋敷で酔い潰れていたものの、宴そのものは恙無く終わりました。まあ、私はその間はほとんど横になってたんですけどね。

 私、あの宴の一応は主役の一人だったのに……ぶち壊してしまったようで申し訳ない。

 

 なんとなく、夜一さんが何かの理由を付けて呑みたかっただけのような気もしますが。

 

 宴会も終わりがけの頃にようやく酔いも覚めたので、せめてもと思って料理だけ食べておきました。凄く美味しかったです。

 余った料理は別で包んでもらったので、お持ち帰りしました。でも食べずに夜勤の子たちに差し入れしておきました。喜ばれました。

 

 

 

『と、今回はこれで終わってしまいたいところでござるが、そうは問屋が卸さぬわけで』

 

 

 

「これで処置は完了です。でも出来るだけ動かさずに、清潔にするように心掛けてくださいね。お大事に」

「はい」

「次の方、どうぞ」

 

 現在、一人で診療の真っ最中です。

 

 何があったかと言いますと――

 

 

 

 

 

「――往診、ですか?」

「ええそうです。四楓院隊長から打診が来ていまして、藍俚(あいり)に頼めないかと」

 

 隊主室にて卯ノ花隊長から突然そう告げられましたが、私はなんとも判断がつきません。というかすぐに返事出来るような内容でもないんですよコレ。

 発端は私……と言うべきなのか、夜一さんの思いつきというべきなのか……

 

 私が探蜂さんを助けたのを切っ掛けとして、隠密機動の中で「やはり四番隊の治療は凄い。自分たちもお世話になるべきではないだろうか」という議題が持ち上がったそうです。

 とはいえ隠密機動は現代社会で言うところの公安とかFBIとか、スパイのような役目の組織です。

 

 なので一般病院には頼れない、なぜなら面が割れてしまうから。

 

 影に生きる者たち隠密機動にとって、これは都合が悪い。顔が割れて正体を知られた結果懐柔されるようなことがあれば問題になる。

 ということで、怪我の治療なども隠密機動の中だけで対処していたそうです。

 今まではそれで上手く回っていたそうですが「先日の怪我のような時に対処できないのではないか?」ということと「新しい医術を学んで自分たちのできることを増やすべきだ」という結論に落ち着いたらしく。

 なので往診医者兼医療技術の講師として私に来て貰えないか? と話が来たそうです。

 

 ……口の硬い病院施設の一件くらい用立てられなかったのでしょうか? 機密保持ってそこまで徹底するものなんですか??

 

「打診と言っていますが……」

「いえ、わかります。四楓院家からの依頼でもあるんですよね……」

 

 隊長はこっくりと首肯しました。

 これってつまり、貴族の思いつきに振り回されてるってことなんですよね……多分。

 

「四楓院隊長を通して、二番隊との結びつきも強くなりますし。そうそう悪いことばかりではありませんよ、きっと」

 

 そう言って励ましてくれましたが……隠密機動と関わりの強い外部の人間ということで、無駄に狙われる危険性とかも出てきそうです……

 

藍俚(あいり)殿藍俚(あいり)殿!!』

 

 なに、射干玉……今そういう気分じゃ……

 

『もしかしたら、くノ一みたいな格好したナイスバディのお姉さんとお知り合いになれるかもしれませぬぞ!!!』

 

 ……っ!! テンション上がって!!!

 

『キタアアアアアアアアアァァァッ!!』

 

 最近この表現多いわね。新ネタ仕込んでおかないと。

 

「わかりました。不肖ながら湯川 藍俚(あいり)、往診医の役目を引き受けさせて頂きます」

 

 そういうことになりました。

 

 

 

 

 

 なのでこうして、隠密機動の方々の怪我を治しています。

 とはいえ毎日ではないですよ。往診は週に一度だけです。

 夜一さんが気を利かせてくれたのか、隠密機動隊の建物の一室を治療専門用に一部改装してくれまして、そこで一人一人診ています。

 

 初回こそ探り探り。向こうもまだ私の医師としての実力を測っている最中というようにおっかなびっくりな雰囲気が漂っていて、訪れる患者も少なかったのですが。

 今では慣れたもので、結構遠慮無く来てます。建物の外にまで順番待ちの列が出来ています。

 皆さんそんなに怪我人ばっかりなんですね。やはり隠密機動は大変なお仕事のようで。

 

「はい、どうしました?」

「どうも腹が痛くて……」

 

 あら、またですか。

 ちょくちょく来てるんですよね、お腹が痛いって人が。

 食中毒とか流行ってないですよね? 心配です。

 

「わかりました、ではそこの診療台に横になって貰えますか? はい、お腹を出して……触りますよ? 痛いのはここですか?」

「いえ、もっと下……かな?」

「うーん、ではここですか? それとも……こっち?」

「もうちょい右、かな? で、下の方……」

 

 そうやって男性団員のお腹を触診していきます。

 下腹部の方まで行っていますが、痛みはそこまででもないようですし。疲れて腸が一時的に弱っているんだと思います。

 この程度なら医者に掛かる必要もないはずですが、やはり身体を大事にされているということでしょう。隠密機動の体調管理に賭ける執念は気合が違うようです。

 

 ようやく仕事が終わりました。

 こうやって何人も診療していくと、日もすっかり暮れてしまうんですよね。

 あーあ、明日の四番隊の仕事が増えちゃう……

 

 ――っと、いけないいけない。

 

「四楓院隊長、本日の診療業務は全て終わりました。緊急の対応が必要な者や入院が必要な者もいませんでした。詳しくはこちらの診断書に記載してあります」

「うむ、そうか!」

 

 一応は別の部隊から来ているわけですから。

 仕事終わりました、そのまま帰ります、お疲れ様でした。と言うわけにもいきません。

 ちゃんと上の人に業務が完了したと報告する義務があります。

 なので隠密機動の総司令である夜一さんに報告です。夜一さんももう慣れたもので、わかったとばかりに返事をしました。

 

 ……大前田(おおまえだ) 希ノ進(まれのしん)二番隊副隊長に捕まって引き摺られながらですが。

 

 隠密機動はその総司令を四楓院家の当主が務めます。そして当主は護廷十三隊の隊長も兼任するので、二つの部隊は横の繋がりが強くなります。

 現在の場合は、夜一さんが二番隊の隊長なので必然的に二番隊と隠密機動の繋がりが強くなっています。

 二番隊の副隊長や三席、四席などが刑軍や警邏隊の隊長も務める。といったように。

 

 ちなみに、ここ最近はずっと二番隊が結びついたままです。

 さすがに「先代は七番隊の隊長だったが、現当主は十番隊の隊長。だから今日から隠密機動は十番隊にお世話になります」みたいな事をしていると混乱しますから。

 

 と、話が少し逸れましたが。

 ですので、二番隊の副隊長が隠密機動の隊舎にいても普通なのです。

 そして夜一さんは仕事をよくサボるので、そのたびに副隊長が捕まえに行きます。そのまま逃げ切られることも多いようですが、今日は運良く(運悪く?)捕まったようです。

 

「ただ、腹部の不調を訴える者が多かったのだけが気がかりでした」

「腹の具合が?」

 

 そう声を上げたのは大前田副隊長の方です。

 

「はい、どなたも軽い症状で、内臓が疲れている程度でした。疲労回復の薬を処方しておきましたが……」

「……それ、どいつが言ってたんだ?」

「診療記録に記載していますよ。えっと……ああ、例えばこの人です」

 

 そう言いながら書面を見せると、副隊長は渋い顔をしました。

 

「ちっ! あいつらめ……後でとっちめてやるか」

「あの、何か問題が……?」

「いいや、何でも無い。コッチの話だ。お疲れさん」

 

 ……一体なんだったんでしょうか?

 

「では私は、これにて失礼します。診療にはまた来週窺いますので。それと大前田副隊長、お疲れ様です。頑張ってください」

 

 そう言って帰ります。

 夜一さんが捕まってるのも、もう見慣れた光景ですね。しかし夜一さんを捕まえられるとか、大前田副隊長もかなり強いですよね。

 

「あ、湯川様!!」

「あら、梢綾(シャオリン)ちゃん」

 

 外に出ようとしたところを呼び止められました。

 

「もう! その名前で呼ばないでください!!」

「ごめんなさい、砕蜂さんだったわね」

 

 不機嫌そうに頬を膨らませる彼女に、改めて名前を呼んであげます。

 どうも入隊すると名前から素性を調べられないようにと、今までの名を捨てて"(ごう)"という新たな名を名乗る者が多いようで。

 彼女も梢綾(シャオリン)から、砕蜂へと名を変えていました。なんでも曾祖母(ひいばあさん)が使っていた由緒正しい名前だとか。

 それを受け継げたのが誇らしいようで、最初に往診に来たときなどはしきりに名前を呼ばされました。

 その頃からですかね、彼女も私の事を"先生"呼びから"様付け"になりました。

 

「どう? 見習いの修行は?」

「大変です! でも、毎日修行の成果を実感できて嬉しいです!」

「探蜂さんは?」

「毎日張り切ってます。兄様、教えるのが好きみたいです」

「へえ、今度どんなことを教えているのか見てみようかしら?」

 

 往診で来る度に、それとなく彼女の様子を見ていましたからね。今では、こんな会話も自然に出来るくらい仲良くなりました。

 ……ひょっとして夜一さん、こういう気遣いのために私を呼んだのでしょうか?

 

「……捕まってたくせに」

「あの、何か?」

「え!? ううん、ただ夜一さんが大前田副隊長に捕まっていたのを思い出しただけだから……」

「もうっ! 夜一様ってば!!」

 

 そう憤る砕蜂の顔が少しだけ歪んだのを、見逃しませんでした。

 

「砕蜂さん、ちょっと診せてね……ああ、ここね」

 

 触診と霊圧照射で患部を見つけると、簡単に回道を唱えて怪我を治します。

 

「うん、もう大丈夫。あとはちゃんと食べて、お風呂上がりに柔軟運動をして、ぐっすり寝るといいわ。そうすればもっと強くなれるから」

「ありがとうございます!」

「それじゃあまた来週ね」

 

 本日のお仕事、全部終わり!!

 

 

 

 

 

 

 ……あ! いけない!! 大事なことを忘れるところだった!!

 

 残念だけど、ムチムチでエッチなくノ一はいなかったわ!!

 

『そもそも男ばっかりでござったなぁ……いや、それはそれで捗るでござるが……』

 

 砕蜂の将来に期待するしかないわね!

 




●アセトアルデヒド
二日酔いの原因と言われている物質。アルコールの代謝で生成される。
これに襲われると、大体半日くらいは反省するが、次の日には忘れている。

●往診治療
隠密機動なら、こういうことをしても良さそうだと思いました。
夜一さんと砕蜂と顔を合わせて好感度を上げる為のイベントとして考えました。

●列に並ぶ男共
例えるなら、男子校に来た若い女医。
お腹が痛いです! と嘘をついて、腹を触らせて、もうちょっと下……
と誘導する。
あわよくば触れて貰えるかも知れない。という期待……
それに気付いた大前田副隊長に後でシメられるという。描かれないネタ。

……冷静になるとこれはない。そもそももう成人だろコイツら。
(男子高校生の悪ノリみたいなネタを考えすぎですね)
まあでも、若い男ならこのくらいはあっても……

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