お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第409話 こんにちは厄さん

「やあ、十四郎。総隊長の就任、遅ればせながらおめでとう」

 

 大勢の供回りを連れて一番隊舎にやってきた大貴族――綱彌代時灘は、人払いを済ませ終えたところでそう告げた。

 続いて総隊長の近くにいる男にも声を掛ける。

 

「春水もだ。一番隊の副隊長を兼任と言えば聞こえは悪いが、実際の権限は総隊長と似たようなもの。霊術院時代の同期が二人揃って大出世とはな」

 

 一見すれば旧知の友人に対して賛辞を送っているように思えるだろう。

 実際、時灘は満面の笑顔を浮かべており、二人のことを我が事のように喜んでいるようにも見える。

 だがその表情の下でどれほど碌でもないことを考えているのかを、浮竹と京楽の二人はよく知っている。そして、目の前の男が単なる世辞を言いに来たのでもないことくらい容易に想像が付く。

 

「ああ、ありがとう時灘。そちらこそ新当主の就任、おめでとう」

「本当だよね。どのみち数百年の間は軟禁状態のはずだったのにまぁ……運が良いやら、悪いやら……」

 

 それでも目の前の男は今、四大貴族――それも筆頭と言われる綱彌代の当主なのだ。

 二人は内心を押し殺しながら、まずはとばかりに返礼する。

 

「ああ、そうだな。暗殺者の手に掛かって本家の連中が大勢死に、その結果分家の私に当主の席が回ってきた。私に罪を背負わせるのを恥とし、存在そのものを無かったことにしようとした結果、私だけが残った。家から罪人を出すのを躊躇った結果がこれだ。そんな中途半端な真似をするくらいなら、正式に裁き、処刑なり追放なりしておけばよかったものを……そうすれば、罪人に全てを奪われることもなかったろうに」

 

 その身に纏っていた笑みの質が変わったのを二人は察した。

 言葉通り、時灘が綱彌代家の面々を心の底から嘲り笑っているのだと判断する。

 

「そうそう、罪人に奪われると言えば十四郎。霊王様の左腕も手に入れたそうじゃないか。その身に宿した右腕と併せれば、お前に勝てる死神などもういないだろう?」

「知っているのか……」

「私を誰だと思っているんだ? 綱彌代の当主であり、映像庁を取り仕切っていたんだ。そのくらいのこと、知るのは容易いさ。まったく、流魂街の貧民には身に余る光栄じゃないか。一時とはいえ、霊王様の代わりにまでなったんだからな」

「……それだけのことを知っているのなら、教えてくれないか?」

「何をだ?」

 

 喉の奥から絞り出すような浮竹の問いかけに、時灘は何のことだとばかりの惚けた様子を見せる。

 その態度を目にした浮竹の口調は、自分でも自覚できないまま自然と強くなっていた。

 

「銀城空吾のことだ。映像庁を取り仕切っていたと豪語したお前が、まさか知らないとは言わせないぞ」

「銀城――ああ、思い出したぞ。瀞霊廷を裏切った狂犬か。酔狂なことに罪を許し、汚名返上の機会を狙っているとか……そういえばその件で、お前たちは私を司法の場に立たせようと画策していたんだったな。ご苦労なことだ」

 

 明らかに知っているはずだが、さも「今気付きました」とばかりに時灘は振る舞う。

 その姿がさらに浮竹の怒りを煽るものの、相手は四大貴族の一人だ。ギリッと奥歯を食いしばりながら、自らを必死で律する。

 

「ああ、そうだ。その銀城のことを、俺は信じている。汚名を晴らしてやりたいと、ずっと思っている。だから時灘……お前も当主になったんだ……だから……」

「解らんな、何をすれば良い? 謝罪の言葉を口にすれば良いのか?」

「違う! 自分の過去と向き合って欲しいんだ……罪を認め、やり直してくれ……」

「ならばその切っ掛けを作るのはお前の仕事だろう?」

 

 時灘は嘲るような笑みをさらに深くする。

 

「だが、もはや私は当主だ。それも四大貴族筆頭の綱彌代家のな。中途半端な切っ掛けなど揉み消し、全てを無かったことにできるぞ? いや、それどころか白を黒にすらできる」

「そう上手く行くかねぇ……?」

 

 口を挟んだのは、それまで沈黙していた京楽だった。

 

「今の四十六室は昔と変わってきてるよ? いや、尸魂界(ソウルソサエティ)の全てが変革の時を迎えているんだ」

「だが、貴族社会そのものは変わっていない。そうだろう?」

「…………」

滅却師(クインシー)の群れに滅ぼされかけても、朽木白哉が直々に説得しても、自分たちは引きこもっているだけ。あれだけ大きな切っ掛けがあってもなお、瀞霊廷の貴族どもの大半は変わることが出来なかった」

 

 そう言われて思い出すのは、霊王護神大戦のときのことだ。

 侵攻を知り、対策を講じながらも、貴族たちは頑迷な態度を取っていた。

 勿論、全ての貴族がそうではない。だが時灘の言うように何も変わっていないと判断しても仕方ない面は確かに存在している。

 その面がある限り、時灘の罪の全てを白日の下に曝すのは極めて困難だろう。

 

「当然、私も昔と変わってはいない。君への恨みもな、京楽春水」

「逆恨みだよ。ボクはただ、凶行に走ったキミを止めただけ」

 

 かつて時灘が妻であった歌匡を斬り殺した際、その罪を暴いたのが京楽だった。尤も京楽に言わせれば「肝心なことは全て藪の中。何も暴いてはいない」とのことだが。

 下卑た笑いを見せながら、過去に思いを馳せる時灘に向けて京楽は尋ねる。

 

「ところでさ、そろそろ本題に入ってくれないかな? ボクも浮竹もこれでも忙しい身でね。何をしに来たか教えてくれない? まさか本当に祝辞を言いに来たわけじゃないよね?」

「ああ、単純な話さ。話をつけて欲しい」

「……話を?」

「誰にだい? まさか一護クンかな?」

「いや、四楓院夜一だ」

 

 意外な名が出てきたことに、二人の死神は思わず表情を強ばらせた。

 

「あのジャジャ馬に少し用があるのさ。貴族の連絡網や金印貴族会議を通しても、反応がない。護廷十三隊の総隊長なら、そのくらいの仕事は出来るだろう?」

「……どうして彼女なんだ? 四楓院家の当主は――」

「当然弟のことは知っている。だが今回はあの女が必要なんだよ。尸魂界(ソウルソサエティ)も、現世も虚圏(ウェコムンド)も含めた全ての世界の調和のために」

 

 そう言いながら時灘は、夜一への言伝を書いた紙を渡してきた。それを受け取ったものの浮竹は中身に目を落とすことはなかった。

 紙を手にしたまま、視線は片時も切らすことなく時灘を見つめる。

 

「おいおい、随分と疑り深い目で見てくるじゃないか。私の言うことが信じられないのか? それともたかが護廷十三隊の総隊長ごときが、この私のこんな簡単な依頼も果たせないのかな?」

「……わかった」

 

 不承不承頷く浮竹の姿を、時灘は楽しそうに見下ろす。

 そしてさも良いことを思いついたとばかりに、手をポンと叩いた。

 

「そういえば東仙要の親友だった死神がいたな。滅却師(クインシー)との戦いで大怪我を負い、大して役に立たずに生きながらえたと記憶しているが――」

「狛村隊長のことかい?」

「ああ、その男だ。瀞霊廷通信の号外には、その男から是非祝辞を貰いたいな。担当者に頼んでおいてくれよ、浮竹総隊長殿?」

「……わかりました。依頼だけはしておきます」

 

 明らさまな挑発の言葉にも、浮竹は黙って耐える。

 だがそんな姿にはもう用も興味も無いとばかりに、時灘は踵を返し二人に背を向ける。

 

「もうお帰りとは、まさか本当にこれだけの為に来たのかい?」

「あとはお前達の顔を見に来たのさ。今はもうすっかり減ってしまった、霊術院時代の同期をな。おかげで色々な感情が、沸々と湧き上がってきたよ」

 

 背を向けたまま告げ、部屋から退出すべく足を進める。

 その背中へ、京楽はさらに声を掛けた。

 

「同期っていうのなら、藍俚(あいり)ちゃんも呼ぼうか?」

「京楽!?」

「正確にはちょっと先輩だけど、思い出話くらいはできると思うよ」

藍俚(あいり)……? ああ、あの四番隊の隊長か。確かに強いようだが、興味は無いな」

「いいの?」

「くどいな。お前の言葉を借りるなら『私も忙しい身』なのでね」

 

 会話の最中だけ止めていた足を再び動かし、今度こそ隊首室から出て行く。

 そして待機させていた供回りの者達を連れて隊舎を去り、その姿が完全に見えなくなるまで待ってから、二人は大きく息を吐き出した。

 

「やれやれ……」

「はぁ……」

 

 手近な椅子に身体ごと投げ出すように身を預け、削られた精神を少しでも癒やす。

 なにしろ時灘の霊圧は不気味の一言に尽きる。ナメクジに這い溶かされるような得体の知れない悍ましさを含んでいるのだ。当人の性格と相まって只でさえ神経が削られるというのに綱彌代の当主という権力まで備われば、誰であろうとこうなる。

 

「しかしまあ、こんな紙を持ってきて何を企んでいるのやら……」

「おい、勝手に見るのは――」

「いいじゃない。要件を知らなきゃ伝えようがないでしょ。どれどれ、何が書かれて……」

 

 机の上に伏せて置かれていた夜一宛てに言付けの書かれた紙を手に取ると、浮竹に断りを入れるよりも早く京楽は目を通す。

 続いて浮竹が京楽の肩越しにそれを覗き込み、二人揃って表情を消した。

 そこに書かれている内容。その裏にあるであろう真意を読み取れなかったからだ。

 

「これはまた……」

「本気か……時灘、お前は一体何を考えているんだ……」

 

 首を捻り、やがて考えるのを諦めたのか手にした紙を机の上に戻す。

 

「とりあえず二番隊に連絡はするように頼んでおこう。砕蜂隊長の機嫌は、間違いなく悪くなるだろうけどね」

「だろうな」

 

 一番隊に所属している部下の隊士に依頼してから「ところで」と京楽はさらに切り出す。

 

「浮竹の霊王様の件に口を出してきたから、てっきり藍俚(あいり)ちゃんにも何か言ってくると思ったんだけど……」

「ああ、不気味なくらい反応がなかったな……探りの一つくらいは入れてくると……」

「考えられるとすれば、映像庁の関係者だし、綱彌代家は大霊書回廊を管理している。もうこれ以上の情報は必要ないと判断した……とか……?」

「それこそあり得ないだろう。あの戦いで彼女がやったことを考えれば、何かしらの動きは絶対にあるはずだ」

 

 現在の護廷十三隊の体制と霊王護神大戦での出来事を鑑みれば、湯川藍俚(あいり)に何らかの接触があっても不思議ではない。

 そう考えたからこそ、京楽は去り際の時灘に声を掛けた。

 多少危険ではあるものの、狙いを探るにはこの程度の危ない橋は渡るべきだと判断したからだ。

 だからこそ、何の反応も見せなかった時灘の動きが逆に不気味で仕方ない。

 

 だが実は、彼らが気付かないのも、時灘が興味を見せないのも、無理はなかった。

 影の領域(シャッテン・ベライヒ)に上書きされ、ユーハバッハや一護や更木剣八の霊圧がぶつかり合ったことで、瀞霊廷は滅茶苦茶になった。

 映像庁の機能はその殆どが麻痺し、全ての事象と情報が強制的に集積される大霊書回廊の機能すら狂ってしまったのだ。

 その結果、藍俚(あいり)が行ったことの殆どは、正式な記録が残ることはなかった。

 藍俚(あいり)のことも腕の良い後方支援役という程度にしか、時灘は認識できなかったのだ。

 

 そんな、上手いこと真実が隠されて軽んじられてしまった当人はというと――

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

『へっくしょん! まもの』

 

 いや、射干玉は呼んでないから。

 

 檜佐木君と花太郎君を連れて四番隊舎を出発して、ようやく六番区の貴族街までやってきました。

 けどあんまり縁の無い檜佐木君は、歩みが鈍っているわね。キョロキョロと周囲を見渡して落ち着かない様子です。

 

「どうしたの?」

「いやぁ、なんて言いますか……貴族街を歩くのはいつまで経っても慣れなくて……」

「私も昔はそうだったわね。朽木家に出入りするようになって、ようやく慣れたっていうか……」

「先生もですか?」

「私だって流魂街出身だもの。それまでは貴族街に縁なんて無かったし、四番隊で働いていると暇や機会が、ねぇ……」

「あははは……」

 

 チラッと山田君を見ると、愛想笑いをしてきました。

 

『医療系の仕事は何時だって激務でござるよ。酔い潰れてて緊急コールに対応できません! みたいなことの無いように、皆さんは気を配っているでござるよ!!』

 

 平隊士の子は、そんなことは無いみたいだけど。出世するとどうしても、ねぇ……

 そんな他愛もない世間話をしている内に、ようやく目的地が見えてきました。

 

「ほら、あれが真央施薬院よ」

「僕、兄さんの就任祝いの時以来です」

「……一番隊の隊舎より豪華な造りしてません?」

「そりゃあ、貴族専用の病院だもの。みすぼらしい建物じゃ不満だったんじゃない?」

 

 そう教えたところ、檜佐木君は珍しい意見を口にしました。

 

「なるほど。でも、何ででしょうね……外見は全然違うんですけど……雰囲気が、技術開発局みたいで……」

「……ああ、それはそうかも」

「え? なんでですか?」

「だって総代が清之介さんだもの」

 

 

 

 

 

 施薬院の門を叩き、受付で私と花太郎君が名乗ったところ、それまでの態度から一転、やたらと丁寧な対応をされながら来賓室まで案内されました。

 まあ、仮にも四番隊の隊長と総代のご家族だもんね……

 

『絶対、花太郎殿のおかげでござるよ』

 

 そうなのよねぇ……隊長の肩書きも、無駄ってワケじゃないだろうけど……

 

 来賓室に案内された――ところまでは良かったんですが。

 室内の豪華絢爛な装飾に檜佐木君がめまいを起こして、無理を言って待合室に変えて貰いました。

 肝心の清之介さんは席を外しているので、戻ってくるまでここで待機することになったんだけど……

 

「病人の待合室、ですよねここ……? 貴族の屋敷じゃないですよね……?」

 

 来賓室を回避できたものの、それでもまだ檜佐木君は落ち着かないようです。

 でも気持ちは解るわ。待合室でもこれだけ豪華に飾られているもんねぇ……

 この調度品、幾つか持ち帰って四番隊(ウチ)の予算に計上できないかしら……

 

藍俚(あいり)殿?』

 

 じょ、冗談よ冗談! 決まってるでしょ!!

 

「これでも多分最低限だと思いますよ」

「清之介さんは無用な飾りは嫌う人だったから、貴族の患者からの要望でしょうね」

「そうですそうです、隊長も御存知でしたか?」

「当時の副隊長だし、そのくらいはね」

「自分たちが診察を待つ部屋も豪華じゃなきゃ気に食わないってわけですか。貴族の見栄ってのも大変っスね」

 

 副隊長になる前の頃の事を思い出すわねぇ……あの頃は私も未熟者だったわ……

 

『では今現在は?』

 

 ……み、未熟者……です……ごめんなさい……見栄を張りました……

 私も貴族と同じです……ごめんなさい……

 

「そうだ隊長! 急で申し訳ないんですが、休隊って出来ますか!?」

「え?」

 

 心の中で反省していると、花太郎君が突然そんなことを言ってきました。

 休隊って……まあ、出来るけど……

 

「突然どうしたの?」

「実は兄さんから言われたんです。瀞霊廷が少しばかり荒れそうだから、離れていろって。でも僕には何のことかさっぱり……」

 

 清之介さんから言われた……?

 えっと、立場的に考えると、情報源は……

 

「……ッ!?」

 

 そこまで考えたところで、不意に妙な霊圧を感じ取りました。どこかで感じたようでもあり、全く未知のようでもある、奇妙な霊圧です。

 漂ってくるのは、施薬院に中庭の辺り。そこに目を向け、じっと凝視します。

 

「隊長?」

「どうしたんですか先生?」

 

 どうやら二人ともまだ霊圧は感じていないらしく、私の行動を不思議そうに見てきます。

 ですが答えを口にするよりも早く、私は駆け出していました。感覚に導かれるまま中庭へと降り立ち、空間の一転を見つめます。

 その頃には檜佐木君も気付いたらしく、私のいる辺り全体を睨め付け始めました

 

黒腔(ガルガンタ)……!?」

 

 見つめていた空間に不意に亀裂が走り始めました。

 それはまるで(ホロウ)破面(アランカル)が使う黒腔(ガルガンタ)に酷似していて、思わず声に出してしまいました。

 その声が聞こえたのか、檜佐木君どころか花太郎君まで慌てて中庭に駆け寄ってきます。

 空間に生じた亀裂はさらに広がり、その中から一つの影が現れます。

 現れたのは、褐色の肌をした……えっと……

 

「男の子……いえ、女の子……?」

 

 どっち!? ここ、一番重要なところなのに!!

 なんで判断が付かないの私!! 

 ああああっ! だから私はいつまで経っても未熟者なのよ!!

 

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