お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第426話 生まれたときからトラウマ持ちでした

 死神達が時灘の捕縛へと向かったその一方。

 破面(アランカル)滅却師(クインシー)完現術者(フルブリンガー)・涅骸部隊の混成軍は、彦禰(ひこね)と相手に戦いを始めていた。

 とはいえその目的は、あくまで時間稼ぎ。

 死神たちが時灘を捕縛するまでの間、彦禰(ひこね)を足止めしていればそれでいい。

 

「そーらァ! ブった切れろぉッ!! 断翼(アラ・コルタドーラ)!!」

 

 だが人造の霊王たる産絹彦禰(ひこね)は、並の強さではない。足止めをするだけでも相応の戦力が必要だ。

 虚圏(ウェコムンド)にて実際に刃を交えた破面(アランカル)たちは、それをこの場の誰よりも理解している。

 故にチルッチは、帰刃(レスレクシオン)するなり刃のついた翼を彦禰(ひこね)目掛けて全力で叩き付けた。

 先手必勝――というワケでもないが、彦禰(ひこね)が斬魄刀已己巳己巴(いこみきどもえ)の力を解放させる前に致命傷を与えてやろうという魂胆だ。

 必要以上に翼を大きく広げ、周囲の空間諸共切り刻まん勢いで攻撃を放つ。

 

「ありがとうございます。皆さんが相手でしたら、遠慮する必要はありませんから!」

「ああもうッ! 忌々しいッ!!」

 

 奇襲に近いその攻撃を、けれど彦禰(ひこね)は易々と受け止めていた。いつの間にか斬魄刀を抜いており、刃を翼ごと受け止めている。

 その光景に、チルッチは人目も憚らず罵詈雑言を吐き捨てた。

 

 翼に生えた刃は秒間百万回以上という超高速で振動しており、見た目以上の切れ味と破壊力を有している。

 以前、虚圏(ウェコムンド)にて石田雨竜と戦った際には似たような武器の前に敗れたが、それから鍛錬を詰んで振動数・消費霊圧ともに改善していた。

 少なくとも、あの時点での石田雨竜と再戦したのであれば、今ならば完勝できる――その程度には自信が有ったのだが、目の前の彦禰(ひこね)に傷一つ付けられない現状は彼女を苛立たせるのに十分すぎた。

 

 だが同時に、チルッチは理解している。

 実力が足らず十刃(エスパーダ)から落とされた身である以上、有効打になる可能性は低いと。

 正直に認めたくはないが、ハリベルやネリエルと行動を共にするようになったことで、日々理解させられる。

 

「ほら、出番よ! ウルキオラ!!」

「言われずとも理解している」

 

 広げた翼を一瞬の目くらまし代わりとしながら、帰刃(レスレクシオン)したウルキオラは背中の黒翼を羽ばたかせて彦禰(ひこね)へ襲いかかる。

 手には霊子で生み出した槍を持ち、尋常ならざる速度で一直線に刺し貫かんとする。

 

「わっわっ!」

「……ッ!」

 

 最短最速で肩へ突き刺さり相手を行動不能とするはずだった一撃を、彦禰(ひこね)は斬魄刀の角度を巧みに変化させて受け流した。

 同時に已己巳己巴(いこみきどもえ)の刀身が槍の霊子を喰らい、微かに震える。

 

「すごいですね! それが、えっと……刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)ですか!?」

「……いや、これはただの帰刃(レスレクシオン)だ」

「言ってる場合じゃないでしょうが!!」

 

 霊子を喰われ減衰した槍を手に持つ感触だけで気にしながら、馬鹿正直に訂正する。

 それを少し離れた所からツッコミを入れつつ、チルッチが彦禰(ひこね)目掛けて虚閃(セロ)を放った。

 

「馬鹿(ホロウ)!! ソイツは虚閃(セロ)を喰うんだよ!!」

「はぁ!? 何よそれ!!」

「テメー! 話聞いてなかったのか!?」

 

 その攻撃をリルトットは食いしんぼう(ザ・グラタン)の能力で喰らい、自身の神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)に上乗せして放った。

 だが機会を逸した攻撃は容易に回避されてしまう。

 神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)の霊子を刀身に当てて霊圧を喰らいながら、ウルキオラと切り結んでいく。

 

「チッ、滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)になれりゃもう少しマシだってのに……恨むぞクソ陛下!!」

「おいおいクソ陛下ってのは言い過ぎだろ?」

「うるせぇよナックルヴァール! とっとと前に出てろ! んで盗撮野郎は見てろ!」

「ひでぇ言い草だな」

 

 同じ滅却師(クインシー)仲間に対するあまりにもな言い草に、ナジャークープは苦笑すると彦禰(ひこね)目掛けてシュートサインのポーズを決める。

 

「もう観察は終わってるってのによ――モーフィーン・パターン」

「え……っ!?」

「なんだ……!?」

 

 指先から放たれた霊圧が突き刺さった瞬間、彦禰(ひこね)は信じられないとばかりに呆けた声を上げ、力無く倒れた。

 あまりの呆気なさに、対峙していたウルキオラが手を止めたほどだ。

 

「あれだけじっくり観察してりゃ、たとえ霊王だろうと俺の敵じゃないぜ! オマケにそこの破面(アランカル)の相手をしてるとなりゃ、超ラクショー!!」

「……やるじゃねえか」

「ナジャークープはこの為に連れてきたからな。本当なら俺が時間を稼ぐ予定だったが……ま、致命傷を受ける前に終わって助かったぜ」

 

 ナナナ・ナジャークープが持つのは無防備(ジ・アンダーベリー)――相手の霊圧の“穴”に対して楔を打ち込むことで、麻痺させるという能力だ。

 事前の下準備として相手の霊圧パターンをじっくりと観察・分析するという手間こそ掛かるものの、上手く決まればどのような相手であろうと一方的に無力化できてしまう。

 涅マユリが産絹彦禰(ひこね)対策として観察させ続けた成果が、ここに来てようやく実を結んだ。

 

「何よアンタ、そんな便利な能力持ってるならさっさと使いなさいよね!」

「無茶言うなって、鳥みたいな破面(アランカル)さんよ。このガキの霊圧の解析にゃ手間取って仕方なかったんだっての」

「なんにせよ、とっとと終わったのなら楽で良いだろ。月島、コイツに……ん?」

 

 ナジャークープの聖文字(シュリフト)を詳しく知らないチルッチが文句を言い、ほぼ決着が付いたことに安堵した銀城が彦禰(ひこね)へと近づいていく。

 月島の能力を使って過去を挟み込み、自分たちを味方だと思わせることで相手を確実に無力化させるためだ。

 

「――(かえ)り――」

 

 だがそこでふと気付いた。

 麻痺して動けなくなっているはずの彦禰(ひこね)の口元が、微かに動いている。聞き取りにくいが、何かを喋っている

 

「離れろ! 銀城!!」

「――亡べ、已己巳己巴(いこみきどもえ)

 

 危険性に気付いた銀城が叫ぶと同時に、彦禰(ひこね)は解号を唱え斬魄刀の名を呼んでいた。

 解放された斬魄刀は刃を膨張させ、霊子を激しく吹き上げながら一つの生物を形作る。

 現れたのは先刻の「葬送り記せ」と唱えた際の巨大な姿からすれば、とても小柄な姿。

 だがそれでも相対比較をすれば、ちょっとした家屋程もある大きさの異形の怪物となった已己巳己巴(いこみきどもえ)が立っていた。

 天まで届きそうな巨体と比べて、より一層棘々(とげとげ)しい印象の形態となっており、小さくなって凝縮されたことで一層濃厚な霊圧が漂ってきている。

 

「……ぷはっ! 驚きました! まさか、こんなことになるなんて。油断していたつもりはなかったのですが、勉強になりました!」

 

 その巨大な異形の上に立った彦禰(ひこね)は、ようやく解放されたとばかりにハツラツとした言動を見せる。

 

「ですが皆さんのおかげで、ようやくここまで育ちました! やはり敗北は成長に繋がるってことなんですね! 皆さんのことは、殺した後も決して忘れません! ありがとうございます!」

「おいおいおい、ウソだろ……」

 

 ナジャークープは絶望的に呟く。

 その様子だけでどうなったかは自ずと想像はつくが、ナックルヴァールは敢えて尋ねる。

 

「ナジャークープ……お前、能力は……」

「残念なことに、穴が塞がってやがる……斬魄刀があの姿に変化したからか、観察もやり直しだ……」

「役立たず」

「使えない色黒」

「オイコラ! リルトットはともかく破面(アランカル)! お前まで何だそれは!!」

「使えないヤツに使えないって言って何が悪いのよ! いいからアンタはとっとと盗撮を――」

「言ってる場合ではないぞ、チルッチ殿! あのぼうや(ニーニョ)を見たまえ!!」

 

 変化した瞬間、帰刃(レスレクシオン)したのだろう。暴風男爵(ヒラルダ)の姿となったペルニダが叫ぶ。

 そこには動血装(ブルート・アルテリエ)を両手に走らせ、空中に造り上げた霊子の弓で虚閃(セロ)を凝縮した神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を撃ち出す彦禰(ひこね)の姿があった。

 

「――ちょっと! なによそれぇっ!!」

 

 とっさに尾の先に集めた霊圧を放って相殺させながら、矢の範囲から逃れる。

 回避には成功したが、放った霊圧はあっさりと飲み込まれ消滅していた。その結果が、両者の力量の差を端的に現している。

 

「……刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)

 

 それを見ていたウルキオラは、覚悟を決めたように第二段階の刀剣解放を行う。

 足止めや時間稼ぎで十分だという認識は、今の彦禰(ひこね)已己巳己巴(いこみきどもえ)の姿を前にして完全に吹き飛んでいた。

 

「おい、ナックルヴァール。今のアイツは採取出来たか?」

「一応な。けど霊圧の質と量が違いすぎる。今の段階じゃ、免疫の上から磨り潰されかねないぜ」

「ならもっと喰っとけ!」

「ちょっと待てリルトット!?」

 

 ナックルヴァールの首根っこを掴んで盾にしながら、リルトットは彦禰(ひこね)目指して突っ込んでいく。

 その様子に、彦禰(ひこね)もまた迎え撃つように移動する。

 

「直接対決ですね? 自分は負けませんよ!」

「やれやれ、ここまでやる相手だったとはよ……無罪を勝ち取るってのも大変だな……」

 

 銀城もまた、自嘲染みた言葉を呟きながら彦禰(ひこね)との戦いに加わる。

 

 

 

 一方、骸部隊を含めた破面(アランカル)たちは、変化した已己巳己巴(いこみきどもえ)に傾注していた。

 

「あの子供もムカつくけどさぁ、こっちの(ホロウ)もなんかムカつくんだよねぇ……グリムジョーの代わり、憂さ晴らしってことでさ! 死んでくれないかなぁ!!」

「ルピ殿!?」

「前回、バラガン様のことを知ってたよな? なあ、お前。バラガン様の何なんだよ!!」

「ガンテンバイン殿も!? いや、それは今尋ねることなのかね!?」

 

 ルピとガンテンバインも既に帰刃(レスレクシオン)を済ませており、巨大な姿となった已己巳己巴(いこみきどもえ)目掛けて攻撃を仕掛ける。

 息のあった連携などとはお世辞にも言えないが、目的が一致しているためか最低限の気遣いは見せている。

 

「今だからだろうがよ、ドルドーニ! 龍哮拳(リュヒル・デル・ドラゴン)!!」

蝕槍(ランサ・テンタクーロ)!」

「ええいっ! 暴風男爵(ヒラルダ)よ!!」

 

 その動きに便乗するように、ドルドーニもまた攻撃を仕掛ける。

 帰刃(レスレクシオン)の能力にて風を操り、周囲の物全てを切り刻まんとする竜巻を生み出して已己巳己巴(いこみきどもえ)の全身を覆い自由を奪う。

 そこへ二人の一撃が突き刺さった。

 マユリの手によって強化改造された破面(アランカル)たちの力は、生前よりも遙かに強化されている。

 その攻撃は已己巳己巴(いこみきどもえ)の身体にもダメージを与える。

 

【小賢シイ!】

 

 だが問題は比率だ。

 その巨大な身体に有効打を与えるには、彼らの攻撃は威力はあれど少々規模が足らなかった。むしろ傷の影響など関係ないとばかりに已己巳己巴(いこみきどもえ)は暴れ出す。

 

「どうやらその姿なら攻撃は通るみたいね! 虚閃(セロ)!」

黒虚閃(セロ・オスキュラス)

 

 ならば密度を上げれば良いとばかりに、チルッチとウルキオラは虚閃(セロ)を放つ。

 二人の攻撃は巨体の大半を飲み込み、破壊していく。

 

【攻撃ガ通用スル。ダガ、ソレガドウシタ!?】

 

「超速再生……だと……!」

「アンタも出来るでしょ?」

 

 傷を負った場所が、見る見るうちに癒えていく。それを見たウルキオラは思わず口にしていた。

 

【我ハ、無限ノ成長ヲ続ケル。バラガンノ老イモ、追イツカヌ速度デ。超速再生ナド、ソノ一部ニ過ギヌ】

 

「あらぁ、バラガン様の老いの能力を知っているのねぇ」

 

【当然ダ。カツテハ覇ヲ競ッタ敵ダカラナ……決着コソ付カヌガ、我ガ勝利スルノハ明白ダッタ……】

 

 無限の成長を続ける已己巳己巴(いこみきどもえ)に取って、バラガンの老いの能力を相手にするのは、相性が良いとは言えなかった。

 尤もバラガンにとっても、成長の止まらぬ已己巳己巴(いこみきどもえ)を相手にするのには決定打に欠けていた。

 そのため、虚圏(ウェコムンド)の王の座を争いながらも千日手のような関係性の間柄であった。

 

「さながらアーロニーロのグロトネリアか」

「あたし、アイツ嫌い……」

 

 同じ連想をしたらしく、ウルキオラとチルッチが揃って似たような感想を口にする。

 

「なるほど、けど残念ねぇ! あなたではあの方の品格も力も遠く及ばない! そして美しさではあたしの足下にも及ばないわよ!!」

「俺の信じる神に、大層なことを言うじゃねえか!!」

 

 一方、バラガンの従属官(フラシオン)であったクールホーンと、バラガンを神と崇めていたガンテンバインは、已己巳己巴(いこみきどもえ)の言い草に強く反応する。

 

白薔薇ノ刑(ロサ・ブランカ)

主よ我等を許し給え(ディオス・ルエゴ・ノス・ペルドーネ)

 

 黒い茨が周囲に伸び、已己巳己巴(いこみきどもえ)の巨大を包み込む。その巨体全てを覆い隠す事は出来なかったが、半身ほどを絡め取ると身体から霊子を吸い上げていく。

 ならばと身を動かそうとするが、ガンテンバインの放った一撃が已己巳己巴(いこみきどもえ)の肉体に傷を刻み、そこから更に霊子が吸い取られていく。

 

【バラガンニ、従ウ者共ガ……ヨクモ……ッ!!】

 

「カビ臭い王様気取りのオッサンがさぁ、いい加減邪魔なのよねぇ!! 断翼“散”(アラ・コルタドーラ“ディスペルシオン”)!」

雷霆の槍(ランサ・デル・レランパーゴ)!」

 

 その場から距離を取り、黒い茨逃れようとするが、そこに二人の攻撃が再び襲いかかる。

 翼から射出された刃が已己巳己巴(いこみきどもえ)目掛けて襲いかかり、霊子の槍がウルキオラの手から放たれる。

 

【ソノ程度デハ、止マラヌ!!】

 

 だが已己巳己巴(いこみきどもえ)は攻撃を受けながらも、傷に構うこと無く身体を動かした。

 何しろこの巨体だ。動き回り、体当たりをするだけでも立派な攻撃となる。

 超速再生に任せて傷を無視しながら、響転(ソニード)にて動き回り反撃していく。

 

「えっ、きゃああああっ!!」

「なんとっ!!」

 

【貴様ラモダ! バラガンノ従者ドモ!!】

 

「うおっ!」

「いやぁん!」

 

 同時に身体から虚閃(セロ)を放ち追撃する。

 周囲の影響などお構いなしに破壊の嵐をまき散らしていくその光景は、災厄そのものだった。

 自由に暴れ回れる快感に酔いしれるかの様に、かつての同胞である破面(アランカル)達を已己巳己巴(いこみきどもえ)は蹂躙していく。

 

「捉えたぞ……王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)!」

 

 それでもただ一人。

 第二段階へと至ったウルキオラだけは、その動きに追いついていた。

 物理法則を無視したように動き回りながら已己巳己巴(いこみきどもえ)の攻撃に対応し、相手の一瞬の隙を突いて攻撃を放つ。

 それも十刃(エスパーダ)のみに許された、最強の虚閃(セロ)を。

 

【グ、オオオォォッ!?】

 

 閃光が已己巳己巴(いこみきどもえ)の巨体全てを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 已己巳己巴(いこみきどもえ)破面(アランカル)たちと地上で戦っているのと同じ頃、その上空では滅却師(クインシー)たちと銀城らが彦禰(ひこね)と相対していた。

 持ち前の霊力で際限なく攻撃を繰り出して、その全てが必殺の一撃に近い威力を秘めている。

 一方で彼らの攻撃は容易に躱され、命中した攻撃ですら鋼皮(イエロ)静血装(ブルート・ヴェーネ)に阻まれて大幅に軽減されてしまう。

 

「すごいですね、滅却師(クインシー)さん! 自分の攻撃をここまで耐えるなんて!」

「その辺が俺の取り柄でね! どうだい、致命的だろ?」

「致命的というのがよく解りませんが……はい、とてもすごいと思います! ですが自分も負けません! 絶対に貴方を殺してみせますからね!」

 

 最前線で盾役を押しつけられていたナックルヴァールがヤケクソ気味に叫ぶが、彼の洒落た言い回しを彦禰(ひこね)は理解できなかった。

 単純な自慢か何かだと判断すると、更に霊圧を込めた虚閃(セロ)の矢を用意する。

 

「おいおい、致命的すぎるぜ……」

 

 彦禰(ひこね)の霊圧から免疫を獲得くしているものの、それでは防ぎきれないほどの破壊力を秘めている。

 何より滅却師(クインシー)と相性の悪い(ホロウ)の霊圧の混ざった矢は、下手に食らえば一撃で死ぬ可能性まである。

 

「どいてろ兄ちゃん! 月牙天衝!」

 

 矢が(つが)えたところを狙って、銀城が完現術(フルブリング)を用いて霊圧を飛ばした。

 完全解放されたクロス・オブ・スキャッフォルドの力を完全に引き出し、彦禰(ひこね)の攻撃が放たれる直前で潰す。

 

「わあ、銀城空吾さんですね!! 自分は貴方にも負けませんから!」

「お前も時灘に踊らされちまったクチだからな。ちょいと同情するが……ま、お前はまだなんとかなんだろ!!」

 

 同じ霊王の資質を持つ者として、ライバル意識の様な感情を持っているのか。

 それが銀城の仕業と理解した瞬間、彦禰(ひこね)は嬉々として相手を変えた。迫り来る彦禰(ひこね)を相手に、銀城は正面から大剣を振り下ろす。

 

「大人しく観測させろってんだ!」

「やっべーな、コイツ……オレも残っときゃよかったか?」

 

 ナジャークープとリルトットは、舌打ちしつつも神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)から矢を放って援護する。

 だがその攻撃を、彦禰(ひこね)はほとんど目視せずに虚弾(バラ)を放って迎撃していく。

 

「手数が足らねえ……! 優男! お前も手伝え!」

「僕のブック・オブ・ジ・エンドは近づかないと効果を発揮しないからね。銀城が危ないし、狙っているんだけど……」

 

 月島は鋭い視線を向け続けながら、彦禰(ひこね)の隙を狙うべく集中する。

 だがどれだけ隙を窺おうとも、攻め込む機会が見えない。

 

「仮に挟み込んでも、あの子に効果があるのかな……?」

 

 それ以上に不安なのが、二人の間の霊圧差だった。

 あまりに巨大すぎる霊圧を前にして、果たして自分の能力は通用するのか? それもまた月島の不安を煽る。

 

 その時だった――

 

【グ、オオオォォッ!?】

 

 目に痛い程の閃光が走り、已己巳己巴(いこみきどもえ)の巨体がウルキオラの放った王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)の光に飲み込まれていく。

 いや、それだけではない。

 

「あははははっ! よくもやってくれたね……倍に、いや八倍にして返すからさぁ!!」

「痛ったいわねぇ……後で藍俚(あいり)に傷一つ無く治させるからいいけど、それはそれ!! 消し飛びなさいよ!!」

 

 ルピは、自身が操る全ての触手の先端に。

 チルッチの尻尾の先端に。

 それぞれ霊圧を集中させる。

 

 己の血を混ぜ込みながら。

 

「「王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)!!」」

 

 さらなる破壊の光が、已己巳己巴(いこみきどもえ)を飲み込んだ。

 彦禰(ひこね)と戦っていた者達ですら、目を奪われずにはいられない。それほどの光景だった。

 

【ギ、ガ……アァ……】

 

「あっちは、すげえな……」

「おいおいまだ生きてるのかよ……致命傷なんざとっくに通り過ぎてるだろ……?」

 

 光が収まった中から現れたのは、巨体の大半が砕け散った已己巳己巴(いこみきどもえ)だった。

 ウルキオラ・ルピ・チルッチの最大攻撃を受けながらも、未だに生きているのは驚嘆と呼ぶに他ならない。

 だがその姿は、どうみてもこれ以上の戦闘は不可能だ。まともな意識が残っているかすら怪しいだろう。

 そんな状況に陥りながらも、已己巳己巴(いこみきどもえ)譫言(うわごと)のように呟く。

 

【オノレ……我ガ名……名ヲ……】

 

「何を言っているんですか?」

「なに……!?」

 

 いつの間に移動したのか、已己巳己巴(いこみきどもえ)の上空には彦禰(ひこね)の姿があった。

 滅却師(クインシー)にも完現術者(フルブリンガー)にも、破面(アランカル)たちですら気取ることなく動いたことに、その場の全員が目を見開く。

 彦禰(ひこね)は、そんな周囲の状況など気にすることもなく――むしろ、破面(アランカル)たちに向けてお礼の言葉を口にし始めた。

 

「みなさん、ありがとうございます。自分の斬魄刀を――已己巳己巴(いこみきどもえ)を弱らせて頂いて」

 

【ソノ名……ハ……】

 

 にっこりと笑顔を浮かべる彦禰(ひこね)に、誰もが眉を顰める。

 已己巳己巴(いこみきどもえ)だけは、呼ばれた名を否定するように声を上げようとする。

 

「さあ、行きますよ! ――已己巳己巴(いこみきどもえ) 鳳落八景(ほうらくはっけい)

 

 手を翳し、最後の名を呼び上げた。

 異形の巨体が光り輝きながら崩壊したかと思うと、そのまま黒と白の混じった風となって彦禰(ひこね)の身体を包み込む。

 次の瞬間、彦禰(ひこね)の身体は変化していた。それはまるで、破面(アランカル)が死覇装を纏ったような姿。

 異形へと変貌していたはずの已己巳己巴(いこみきどもえ)はいつの間にか刀の形へと戻り、斬魄刀となって彦禰(ひこね)の手の中に収まっていた。

 

 だが何よりも異なるのは、彦禰(ひこね)から感じられる霊圧だ。

 只でさえ強大だった彦禰(ひこね)の霊圧に已己巳己巴(いこみきどもえ)の霊圧が上乗せされ、さらにはそれが鍵となって封じられていた霊圧そのものが解放されていく。

 一瞬ごとに強く強大になっていくような、そんな感覚が周囲の全ての者達を包み込んだ。

 

「では、いきま……――」

 

 圧倒的な霊圧を手にしながらも、以前とまるで変わらない様子で。

 けれども彦禰(ひこね)は途中で言葉を失った。

 

「剣ちゃんおそーいっ!」

「悪ぃな。なにしろあの(ホロウ)、ちょいと強かったからな。愉しんじまった」

 

 彦禰(ひこね)が向ける視線、その先には肩にやちるを担いだ更木剣八がいた。

 数万を超える(ホロウ)の群を斬り倒してやってきたのだろう。死覇装は返り血で汚れていない箇所が無く、死化粧の様に顔を彩る鮮血が彼の容貌をさらに恐ろしいものへと変化させていた。

 

「けど、いいじゃねえか。どうやら間に合ったみたいだしよ」

「そうだねぇ。あいりんが言ってたみたいに、強そうだよ」

「ああ……悪かねぇな……コイツは斬り甲斐がありそうだ!」

 

 血に汚れた表情を歪ませながら、ニヤリと嗤う。

 ワザワザ確認するまでも無い。

 この小僧は、産絹彦禰(ひこね)は超一級の強敵だ。それも、あのユーハバッハにも負けないほどだと、剣八の野生の勘が告げている。

 出し惜しみをしては勿体ない。

 そんなことをしては斬り合いを愉しめないと、剣八の本能が全力で訴える。

 

「――あ、ああ……」

「産絹彦禰(ひこね)、だったな? さあ、斬り合おうぜ! 卍解!!」

「あああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!」

 

 自身の心の命じるまま、剣八は卍解を発動させた。

 已己巳己巴(いこみきどもえ)を取り込んだ彦禰(ひこね)にも負けないほど強烈な霊圧が迸り、それまで漂っていた彦禰(ひこね)の霊圧と衝突する。周囲で見ていた者たちには、痛いほどの衝撃が走るほどだ。

 鬼のような姿へと変貌した剣八の姿を見ながら、彦禰(ひこね)は腹の底から悲鳴を上げていた。

 

「……あん?」

「ひっ、なんですかこれは!? なんなんですかこれは!? 嫌です! もう嫌です! 勝てません!! 勝てっこありません!! 王様なんていりません! いりませんから!! 誰か、誰か助けて下さい!! 時灘様! アウラさん!! 母様!! だれかああああああああぁぁぁっっっ!!」

 

 それは、今までの無邪気さとは異質な。

 けれど、とても子供らしい姿だった。

 

 それまで体験したことのない未知の恐怖に怯え、全身を恐怖で竦ませながら、母親の姿を追い求めて叫ぶ。

 小さな子供ならば誰しもが通るような、ごくありふれた、とてもとても普通の光景。

 

 唯一異質な部分があるとすれば、産絹彦禰(ひこね)がその行動を取っているということくらいだろう。

 手にしていた斬魄刀を放り捨て、小さく(うずくま)りながら涙を流す。

 今まで恐れを知らずにいた存在が見せるその姿は、先ほどまでと同一人物とはとても思えなかった。

 

彦禰(ひこね)!!」

「あん?」

 

 いつの間に現れたのか、一人の女性がそこにいた。

 何もない空間から、まるで霧が実体化するかのようにして姿を現した彼女は、彦禰(ひこね)を庇うように優しく抱き締める。

 それはまるで、泣く子供をあやす母親の様な姿だった。

 

「アウラ、さん……?」

 

 抱き締められたぬくもりと、優しい声に彦禰(ひこね)はゆっくりと顔を上げた。

 目と目が合った瞬間、アウラはにっこりと優しく微笑む。すると彦禰(ひこね)は彼女へと抱きついて胸元へ顔を埋める。

 

「大丈夫ですよ。私がついていますから」

「ですが……ひっく……ですが、自分は変なのです……えぐ……なんなのでしょうか……この、身体の奥底が無限に冷え込むような……感覚は……ひっく……この寒さは一体……」

「コイツ、恐怖を知らないのか……?」

「あの時灘ってヤツが教えてる……わけがないよな……」

 

 恐怖を理解できないままアウラへと泣き付く姿に、周囲の誰もが困惑する。

 だが、当然だ。産絹彦禰(ひこね)が恐怖を知っているはずがない。

 

 恐怖を感じたのは彦禰(ひこね)ではなく、その脳。

 更木剣八と戦い、卍解を前に恐怖して死していったグレミィ・トゥミューの記憶と感情が源だ。

 死を間際にして刻み込まれたその強すぎる想いが、さながらトラウマのように蘇って彦禰(ひこね)を苛んでいた。

 しかし情緒面が未熟な彦禰(ひこね)が、そんなことを理解できるわけもない。

 ただ未知の感情に突き動かされ、大泣きをすることしかできなかった。

 

「なんだよ、こりゃ……」

 

 斬り合う気が満々だった更木剣八ですら、所在なさげにコメカミを掻く。

 いざ戦いが始まると思えば、小さな子供の様に泣かれればそれも仕方ないだろう。

 

 誰しもが彦禰(ひこね)の恐怖の感情に振り回されている中、密かに蠢く物があった。

 彦禰(ひこね)が放り出した斬魄刀の刀身が僅かに光ったかと思えば、そこから現れたのは細長いヘビのような姿をした(ホロウ)――已己巳己巴(いこみきどもえ)だ。

 重傷を負いながらも、失った霊圧を総動員して自身の形を無理矢理に作り上げると、彦禰(ひこね)の身体を目掛けてゆっくりと、その身体を伸ばしていく。

 まるで泥棒が音と気配を消して動くような行為。

 だが彦禰(ひこね)の恐怖する様子に飲まれていた周囲の者達は誰も気付かなかった。

 

「あぐっ……!!」

彦禰(ひこね)!?」

 

 消えそうな霊圧であることと矮小な身体だったことが幸いして、已己巳己巴(いこみきどもえ)は誰にも気取られることなく彦禰(ひこね)の足下まで近づくと、その身体へと牙を突き立て肉を食い破った。

 

「痛い……痛いです……アウラさん……母様……!」

 

 激痛が――まるで自身の肉体の一部がごっそりと失われたような感覚が走り、彦禰(ひこね)は傷ついた足首の辺りを手で抑えながら痛みに喘ぐ。

 

【ハ、ハハハ……! ヤッタ、ヤッタゾ!!】

 

 一方で、彦禰(ひこね)の手から逃れた已己巳己巴(いこみきどもえ)は、周囲の霊圧を即座に吸収し始めた。

 彼が取り込んだのは、産絹彦禰(ひこね)の肉体の一部――それはつまり、霊王の身体の一部だ。

 その力は絶大だった。

 たとえ蛇のように小さな存在が、一口分だけ囓っただけの少量であったとしてもだ。

 見る見るうちに力を取り戻し、周辺から吸収していく霊圧によってその身体を禍々しく変貌させていく。

 肉体と共に膨れ上がる霊圧は、圧倒的なまでに濃厚な(ホロウ)の気配をまき散らしていく。

 

【一欠片デアッテモ十分ヨ! 絶望ト共ニ、ソノ身ニ刻メ! 我ノ名ハ――】 

 

「おい。つまり、テメエが代わりに相手をしてくれるってことでいいんだよな?」

 

 確認の言葉と共に剣八は、巨大な鉈のような斬魄刀を振り下ろす。

 それは、彦禰(ひこね)で拍子抜けさせられた鬱憤をも含んだ一撃。卍解状態で繰り出されたその攻撃は、已己巳己巴(いこみきどもえ)に食い込み――

 

「なんだこりゃ? これなら藍俚(あいり)の方がよっぽど愉しめるじゃねえか」

 

 物言わぬ斬魄刀を見下ろしながら、剣八は詰まらなそうに呟いた。

 




 卍解を会得した剣ちゃんがいる時点で、バトルで盛り上げるとか無理……
 剣ちゃんを足止めさせて時間を稼いで、その間にちょっとだけ他の子の見せ場的な物を作って……

 作った結果がこれでござるよ……仕方ないのでござるよ……

 已己巳己巴(いこみきどもえ)ェ……
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